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闇風草紙 〜出会い編〜
□オープニング□
夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の眠る街は眠らない――東京。人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。
イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
ガシャーーン！！
暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ？ 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは１度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない！！ 僕は戦いたくないんだ……」
男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ！！」
闇を風が切り裂いた。
笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。
□それでも行く道 ――綾和泉匡乃
時が経過しようとも、不変であるものは数多く存在する。人はそれに気づかず、見過ごしているだけ。自分の中に封じ込められた強すぎる退魔の力。忘れようとしても忘れさせてはくれない。
勤め先である予備校から、僕は自宅へと足を進めていた。満員電車を避けるために本屋で時間を潰し、ゆったりと座席に身を委ねての帰宅。かなりの長身であるから、群衆から頭ひとつ上に出て満員だとて息苦しい感じはない。けれど不特定多数と密着して移動するなど、自分には到底できそうにもなかった。
路線駅から自宅までは歩き。バスを使ってもいいが、夜の街を散策しながら帰宅するもの、またイイものなのだ。
「おや？ こんな場所で……？」
自宅が近づき、街灯がぐっと減った時だった。微かな能力の発現を感知した。
――僕と同類の力……か。
いつもなら厄介事が待っていることは予想できるので、避ける状況。だが、今夜はその源を探してみることにした。自分と同じ系列の力ということも気まぐれ要素に影響したのかもしれない。
「さて、なるべく人目は避けて…ですかね」
目の前には意識を失い倒れている少年。僕は腕組みをする。幸い大きな廃コンテナの影になっていたらしく、騒ぎにはなっていない。
「ああ、タクシーも足が付きそうですし、裏道を行きますか……」
もう助ける気になっている自分が、なんだか可笑しかった。
ここまで人に関わる人間だっただろうか、僕は。
被り過ぎた猫のお陰で、こんな誰もいない場所でも「イイヒト」でいようとしてしまうのかもしれない。自嘲的に笑ってしまった。
瞬間的に、妹の顔が脳裏を霞める。彼女に押しつけようかとも考えたが、足は自然に自宅へと向かっていた。
ポタリと肩に雫が落ちた。
それは、天からの恵み。
「お、雨ですね。これは好都合。この人も余程の強運とみえる」
抱きかかえた少年の青白い顔を眺めた。自分もずいぶん中性的な顔立ちだが、この少年も同じような雰囲気を持っている。髪の色も肌の色も近しいものがある。
力は同類――だとは思ったけれど。やれやれ、印象がここまで似てますか……。
彼の白いシャツに血の色は見えない。右足にはガラス片が刺さったまま。抜かずにおく方がいいと判断したからだ。強くなり始めた雨で、落ちた血痕は消えるだろうが、抜いた後に吹き出す血はまでは消せないはずだ。
＋
裏路地を自宅へと迂回しながら進む。歩行距離は長いが、人に遭遇しない可能性の高い方を選択した。
通りかかった空きスナックの前に、男が倒れていた。明らかに絶命している。血が流れていないところを見ると、あの力の発現はやはりこの少年なのだろう。血を流さずに倒す。そういった能力の持ち主らしい。
迂回路ではあるが、元々駅から自宅はそう遠くない。部屋に戻った僕は、少年をベッドへ寝かせた。
スーツを脱ぎ、楽な服装に着替えると、治療に取りかかった。食事は電車の便をやり過ごしている間に済ませている。
「久しぶりにやりますか」
治癒能力。
あって困るようなものでもないが、人に見せびらかすようなものでもない。親しい人物以外に治癒を行うのは滅多にないことだった。
手の平に力を集中する。ガラス片が刺さっているが、これを取ってしまうと、せっかく綺麗にしている部屋が汚れるのでそのままで行う。
銀に輝くオーラが手の平を中心に楕円を描いた。緩く広がって、そして次第に傷口へと集中していく。
ポロリとガラス片が抜け落ちた。
濡れたタオルで血を拭き取ると、傷跡は失われた。破れた布地までは復元できないので、穴が開いたままだだが仕方ない。
「ふぅ、使いつけないとやり方を忘れそうですね」
ノートパソコンの電源をいれ、メールのチェックをする。妹から、また手世話な情報が寄せられている。
まったく、送ってこなくていいと言ってるのに……。
どれだけ経っただろうか、背後に人の気配を感じた。もう寝ようかと思った時だった。
「ああ、目が覚めたんですね」
僕は振り向いた。少年がゆっくりと体を起こし、こちらを凝視している。警戒心が剥き出しになっているところをみると、自分の状況が把握できていないらしい。
肩をすくめ、僕は遠巻きに言った。
「僕は綾和泉と言います。あなたが倒れていたので助けたんですよ」
強い疑念は払えないようだ。僕はもう一度肩をすくめ、彼の右足を指差した。
「ほら、治療もしましたし」
「なっ！ アンタ、能力者！？」
自分の傷が失われていることに気づき、少年は目を剥いた。明らかに動揺している。僕は彼の周囲に治癒能力を持つ者なかったのかもしれないと感じた。
未刀と名乗った少年は、傷口があった場所を擦り僕を見た。
「力……。力があることを恐ろしいと思ったことは…ない？」
声のトーンは重く、青い瞳をまっすぐにコチラへと向けている。突然の質問に、僕は答えを見失ってしまった。
自分の心はどうなのだろう……。
封印された力の奥にあるのは、それに怯える感覚か、それとも人と違う特異な力を持っているという自負か。答えられないままに、未刀の視線だけが突き刺さる。
「思いますよ……やはり、ね」
そう、ずいぶん時間が経ってから言葉にした。未刀は視線を僕から外し、窓の外へと泳がせた。
彼の心が分かるような気がした。人と違う――それがどれほど恐ろしいことなのか、肯定してくれる人物を、僕もまた探しているのかもしれない。
「に、仁船！！」
突如、未刀が立ち上がった。僕も彼の視線を追って窓へと顔を向ける。
「ククク。楽しそうだね未刀。父上がお待ちです、帰ってもらいますよ……衣蒼に」
不敵な含み笑いと共に、カーテンに影が映った。マンションの４階であることを配慮すれば、常人でないことは分かる。
「帰らない！ アンタが帰ればいいだろう！」
「おや、あれくらいで気を失うような人に、説教されるとは思いませんでしたよ」
白髪の長身。未刀を同じ青い瞳は焦点がズレ、常に揺れている。上品な出で立ちであるのに、危険な感じを受けるのはこの目のせいだろう。
男は僕が見えていないらしく、未刀だけを見ている。そして、両手を一旦広げたあと背中へと隠した。
「弟を助けてくれた人には、申し訳ないですが……」
彼は僕を初めて見た。造られた柔和な笑顔。
「！！ 仁船待て！ ……わかった、帰る。だから、その手を下げろ」
「いいでしょう、下で待つことにしましょう。では、失礼」
やけに丁寧な言葉。僕を見て、仁船は顔を歪ませて笑った。その笑いはこれから始まる何かを期待しているようでもあった。
昇り始めた朝日。
光に吸い込まれるように、未刀の背中は消えていく。愚兄を持つ彼の未来に不安を禁じ得なかった。
なぜだろう……。
今日出会ったばかりの人間にここまで入れ込むことなど、自分の人生の中で久しく珍しいものだ。
輝き始める街。溢れる朝の光。
光に打ち消されそうになりながら、それでも闇を歩いて行かねばならない運命。
自分に似てはいても、人生を準えるほど近い存在でもないだろうに――。
今日もまた仕事だ。何も変わらないはずの日常。
僕はゆっくりと昇ってくる朝日を、異質の目で眺めていた。
□END□
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
＋ 1537 / 綾和泉・匡乃 (あやいずみ･きょうの) / 男 / 27 / 予備校講師
＋ ＮＰＣ / 衣蒼・未刀(いそう･みたち) / 男 / 17 / 封魔屋（家出中）
＋ ＮＰＣ / 衣蒼・仁船(いそう･にふね) / 男 / 22 / 衣蒼家長男
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの杜野天音です。遅くなってしまい申し訳ありません。
今回は「闇風草紙−出逢い編−」にご参加下さり、ありがとうございました。
綾和泉さんは大人で、しかも知的なキャラでしたから、つい思考が多くなりました。
キャラ設定が未刀と似ていたので、ふたりが同調している感じに書いています。もっとふたりの会話を書いたらよかったかな、と思っていますが如何でしたでしょうか？
気に入って頂けたら幸いです。他のＰＬさんの話もUPしています。登場キャラも違い、別の話になってますので読んでみて下さいませ。
次回「−再会編−」は、１ヶ月後くらいになります。もしよかったら、またご参加下さい。
シナリオUP日時は、OMCのクリエーターズショップか私のサイトにて確認下さい。ありがとうございました！
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