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化けもの屋敷・獺編
＊どーせボクは…＊
「…へぇ、本当に動いて喋ってるよ、コイツ」
玲璽が玉の脇腹辺りの毛皮を摘まむ。擽ったいぃ〜！とじたばたと玉が暴れた。
「着ぐるみ…にしちゃ、ちいせぇし、ラジコン…な訳ねぇか」
玲璽の手が今度は玉の頭を撫でる。どうやらラジコンのアンテナを捜しているらしい。
「捜しても無駄ですよ、玉サンは正真正銘、生きている獺ですから。確かに珍しいでしょうけど、彼が住んでいる家に行けば、同じような動物達が他にも居ますよ？」
物珍しげな玲璽の様子を、おかしげに喉で低く笑いながら司録が見ていた。その隣で、化楽も頷いてみせる。
「それに、ここに居る茶釜子さんが大体、本当は狸ですからね」
「そうそう、それを聞いてさ、びっくりしたんだよな。あんた、本当に狸なのかよ？勿体ねぇなぁ、こんな美人、人間でも滅多にお目に掛かれねぇのにな」
「それはつまりは、三下サンの女性の好みが凄い美人、と言う事になりますね」
【ったく、狸のままの方がナンボか別嬪だっつうのによ…女ってのは人間も獣も、所詮は俺達、男には信じられねぇ生きモンかねぇ】
司録の言葉に答えるよう、化楽の中の犬神が悪態をついた。視線が思わず傍らの茶釜子へと向く。今日も茶釜子（勿論人間バージョン）は美しく、そして恋する三下の役に立てるとあってどこかいつも以上に生き生きとしている。同じ物の怪の仲間である玉を助けるのではなく、三下を助ける、と言う辺り、恋する乙女の発想と言うべきか。
「でさ、三下さんはどうしたの？」
不意に想司が、茶釜子に尋ねた。小首を傾げて茶釜子は、さぁ、と答える。
「さっき、編集長さンに呼ばれて出て行ったっきりですケど…このビルにはいないみたいですね。どこかにお出掛けしたのかシラ？」
「そか、じゃあ既に臨戦態勢に入ってるんだねっ☆ 分かったよ、じゃあ僕もそろそろ準備に入るよっ」
そう言うと想司が、どこかへウキウキと出掛けて行った。その背中を呆然と見送っていた残りの三人だが、我に返って玉の方を向く。取り敢えず、想司の事は想司に…いや、しのぶに任せて、自分達は自分達のすべき事をしようと思ったらしい。
「ちょっと待ってよ！想司くん！」
スキップする勢いで楽しげに白王社を出た想司を、しのぶが追い掛けて来る。なぁに？と振り返った想司のその表情は、新たな獲物を見つけた、その喜びに打ち震えているかのようだ。
「なぁに？じゃないわよ。何処へ行くの？」
「ドコって決まってるじゃないかっ。三下さんの期待と願いを叶えに行くのさ♪」
三下さんの期待…？しのぶは何やら、イヤーな予感がした。
「…想司くん、三下さんが何故皆を呼んだか、分かってる？」
「モチロン！三下さん、とうとう本気になってくれたんだよねっ☆ いやぁ、三下さんも意外と考えるよね…一対一と言う、動きを制限される戦いではなく百対百で命を削り合おうなんて」
「………はい？」
「三下さん、百分身の術を手に入れたんでしょ？それで、このボクと血の一滴までも搾り合う、壊滅消耗戦をしようって☆ だから僕も、それに応えるべく同じ条件を揃える事にしたよ♪」
「ちっ、違うってば、分身しちゃったのは、獺の玉さん………って、想司くんが百分身―――！！」
しのぶが悲鳴紛いの声をあげる。想司が百人。一人だけでもこうなのに、それが×百！？その恐ろしさに気が遠くなったしのぶだが、その一瞬の眩暈が命取りになった。はっと気が付いてみれば、既に想司の姿はどこにもないではないか。
「想司くーん！どこ行ったのよー！！」
＊カワウソ大捜査線・side-B＊
「さってと☆ まずは肩慣らししないとねっ。いきなり本戦に持ち込んだら、愉しみが半減…じゃなくって、やっぱり三下さんに敬意を評して、ウォーミングアップは充分にしとかないと♪」
未だスキップの勢いで想司が……いや、百人の想司が楽しげに歩いている。ギルドの脅威の技術力で百人に分身した想司だが、しのぶにしてみれば、その技術力をもっと他の事に有効に活かせないのかと少々問い詰めたくなるだろう。当然、行き交う人々はこの異様な光景に呆然と立ち竦んで見送るだけだ。殆どの人は、特殊メイクか何かだろう、そしてこれは何かのテレビの撮影だろうと思い込んでいたので、ヘタなパニックになる事はなかったのが幸いだ。尤も、同じ顔の少年が百人居ると言う異様さだけであって、想司自体の外見は少女のようであるし、その表情も純粋（色んな意味で！）そのものなので、誰もこの少年が核弾頭並みの危険さを秘めているなどと思ってもみなかっただろう。
…秘めてないよ、全部包み隠さず表に出してるよ、と言う説もあるが……。
ＣＧのように、全く同じ動きでスキップしていた想司×百だが、やがてぴたりとその歩みを止める。
「では！散開！」
オリジナルの想司がそう声を掛けると、九十九人の想司が、すちゃっと敬礼をする。蜘蛛の子を散らすように方々へと散り、街中で殺戮の限りを尽くしている（尽くしてません）、百人の三下（百人もいません）を捜しに消えていった。
「さ、僕も始めるか！……あれ？」
よし！と嬉しそうに背伸びをひとつした想司が、目を瞬かせる。目の前を、一匹の獺が横切って行ったのだ。しかも、後ろ足だけで立って平然と歩いている。
『…あれは……そっか！』
にか。と笑顔になった想司が、足音を忍ばせてそのまま直進し、獺の先回りをした。こちらも、想司と同じぐらい楽しそうにスキップしていた獺だったが、その目の前を遮る形でザッと飛び出して来た想司に通せんぼされ、思わずその場に飛び上がった。
「う、うわぁ！」
「みーっけ♪ もう逃げられないよ、覚悟してねっ☆」
「逃げ…っつう事はてめぇ、玉の手の者か！」
ぎっと獺が歯軋りをする。やはりこの獺は、玉の分身の一人らしい。だが、それを聞いた想司が、きょとんとした顔で首を傾げた。
「玉？なんだろ、それ。つうか、君は三下さんの斥候だろ？だからっ、覚悟してねって言ってるんだよ、じゃあ行くよ！ちゃんと全身全霊を掛けて応戦してねっ♪」
「ちょ、ちょっと待……うわあぁぁ！？」
ぎゃー！と悲鳴を上げて分身が後ろに飛びすさる。イキナリ腰から鋭い大型のナイフを取り出した想司が、横薙ぎに切り付けて来たのだ。ギルドの切り札、想司の攻撃を避けただけでも立派なものだが、それはただ単に本能のなせる技だったらしい。急に腰が抜けたか、その場にぺたんと座り込んでしまった。そんな好機？を想司が見逃す訳がない。
「もらったぁ！」
「待ちなさいってば―――！」
クリティカルヒット！しのぶのかいしんのいちげき！
いつの間にやら追いついたしのぶのハリセンが、想司の後頭部に炸裂したのだ。想司は手で後ろ髪を撫でながら振り返る。
「痛いなぁ、邪魔しないでよー。これから血噴き出し肉飛び散るイイ所なのに」
「…その日本語、ちょっと違うわ、それ」
微妙な想司の言い回しに、思わずしのぶは額を押さえた。
「…そうじゃなくて。想司くん、この獺さん達は三下さんが差し向けたものじゃなくて…」
「あっ、あっちにも獺！ 待ってました、こう言う困難を僕は待ってたんだよ！」
しのぶの話は半分どころか殆ど聞かず、想司は視線の先で同じように二本足で歩く獺に向かって突進して行く。困難だと本人は言っていたが、その割には足取りが軽そうな…。
「あっ、待って、想司くん！誰か、彼を止めてー！！」
無理。
想司が、次に見つけた獺を追い掛け回しているうちに、いつの間にやら白王社の方へと向かっていたらしい。多分、命の危険に晒された分身達が、玉と同じく、三下に助けを求めに行ったのだろう。ひーん！と涙を風で飛ばしながら必死な形相で分身が走り続ける。あの短い足でよくもまぁそんな高速が出せるなと感心したくなる程だが、それほどまでに切羽詰まっていたのだろう。尤も、想司はと言えば、
『やっぱり…あの目にも留まらぬ足の運び、タダモノじゃないねっ☆ 嬉しいよ、これ程までにヤり甲斐のある相手には久々に出逢ったよっ』
と、物凄く嬉しそうにニコニコと笑っていた。勿論想司も、凄い勢いで走り抜けながら、息一つ切らさずにの満面の笑顔なのだから、よっぽど想司の方が凄いと思うのだが。…今更？
分身と想司が白王社の前まで来た時、運良く（？）三下がお遣いから戻った所だった。その姿を見つけた分身が、ダッシュで駆け寄り、背中にタックルをかます。
「三下さーン！」
「うぎゃあ！？」
もんどり打って、三下が前のめりに転倒する。いつの間にか、偶然タイミングが一致したのか、三匹の獺が三下の背中に懐いていた。どうやら、想司（とその分身達）が、街の要所要所で玉の分身達を見付け、それで同じように追い掛け回して来たらしい。
「三下さん！見つけたーッ☆」
想司のひとりが、嬉々として銀色に光るナイフを振り上げる。が、体勢整えようと急ブレーキをかけて立ち止まった所為でか、その後ろから付いて来ていた想司（の分身達）が次々とその背中に衝突する。すると、入れ子の容器に大きい順に収まっていくように、スココココン！と想司の分身達が見る見るうちにひとつに戻って行く。最終的には、三方向から三匹の獺を追って来ていたので、三人の想司だけが残った。
「な、な！？なんだこれ？何で想司くんがあんなに沢山！？」
三匹の獺に伸し掛かられたまま、三下が目を白黒させた。
「なーに言ってんの☆ 全部三下さんの願い通りでしょ？ で、三下さんの分身は何処にいるの？」
「…いや、僕は最初から一人しかいないけど……」
でも数人なら分身がいたら、仕事も楽だろうなぁ。そんな事をちらりと考えた三下に、真の意味での危機感はない。
「え、だって三下さんが百分身で、僕に命（タマ）と命（タマ）の奪い合い削り合い凌ぎ合い、どっちが先に生暖かい血反吐の中でのたうち回るか勝負ダゾ☆ってな訳で正々堂々と僕と握手♪……じゃ、なかったっけ？」
「…何だか良く分からないけど、物凄く物騒だったって事だけは分かるよ……」
がっくりと脱力して、三下が玄関前のコンクリートの上でへたばった。
＊結果オーライ＊
そんな騒動を繰り広げていると、通りの向こうから化楽・司録・玲璽と茶釜子、そして玉の他に三匹の獺が連れ立ってやってくる。三下と玉の、残りの分身達がいる事自体にはほっとした表情を向けるが、その傍らにいる三人の想司にはさすがに目が点になった。
「…なんでお前まで分身してんだ？」
玲璽の言葉に、三下が身体の上から獺達を降ろしながら、
「こ、これでも減った方なんですよー。さっきまでは、もっとたくさんの想司君がいたんですよー！」
等と、泣き言を零しながら助けを求める。同じく、玉の分身達もひーん！とやはり玉と同じような泣き方で茶釜子の後ろに隠れた。
「……どうやら役者が揃ったようですね。何はともあれ」
事情は分からないが、まぁ良かったのでは？と、司録が帽子の影で白い歯を剥き出して笑った。
＊玉、再出発＊
こうして玉は、分離してしまった他人格達と話し合い、元々のように、玉をオリジナル、残りの人格をサブとして適度に折り合いをつけてやっていく事にした。
四人は、それからも時々玉と街で出会ったりしていたが、その度に違う人格なので、可笑しくて堪らなかったようだ。
おわり。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 0374 ／ 那神・化楽 ／ 男 ／ 34歳 ／ 絵本作家 】
【 0424 ／ 水野・想司 ／ 男 ／ 14歳 ／ 吸血鬼ハンター 】
【 0441 ／ 無我・司録 ／ 男 ／ 50歳 ／ 自称・探偵 】
【 1973 ／ 威吹・玲璽 ／ 男 ／ 24歳 ／ バーテンダー 】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせをいたしました（本当にな）、化けもの屋敷の獺編です。
これで化けもの屋敷のシリーズも三編を数える事となりました。これも、参加してくださる皆様のお陰と、大変感謝しております。有り難うございます！
そして。水野・想司様、お久し振りです！またお会い出来て光栄です。
ゲームノベルは久し振りだったのですが、如何だったでしょうか？いつもいつも進歩がなく遅筆だな！と言うお叱りは甘んじて受けますが……（涙）
こちらのパーティは男ばかりだったので、紅一点、茶釜子を入れてみましたが、全然活躍してないような…（汗）ま、まぁ、雰囲気？だけでも受け止めて頂けたら成功かな、と。
私的には玉のキャラクターが結構気に入ってしまったので(笑)、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
それでは今回はこの辺で…またお会い出来る事をお祈りしつつ……。
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