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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Sunny Sun

 いつもなら、そんな要求には応じるどころか聞く耳さえ持たなかった。
 それなのに何故今回だけは、その気になったのかと言うと。
 …彼女の、言葉が俺の胸に響いたからだ。

 『所詮は元より叶わぬ想いなんです』

 響いたと言っても同情した訳じゃない。ただ、同感しただけ。


 夢が見たいんです、そう言って智哉の顔を見上げたのは、智哉の親が営む病院に勤務する一人の看護師だ。可愛い顔立ちで気立てもよく、院内では人気者の女性だが、その彼女が数日前、父親に用事で学校帰りに病院に立ち寄った智哉を、話があると人気の無い場所へと連れ出したのだ。そして智哉に、先の言葉を告げる事になる。
 「…近々結婚すると言う女性が、他の男と付き合う、なんて知られたら困るんじゃないのか?」
 「知られたら、確かに困るかもしれません。でも、今のままの気持ちでは私は婚約者の元へ嫁ぐ事もできないんです。今時、時代遅れの話だとは分かっています。…望まぬ結婚をする前に、好きだった人に恋人の真似事をして欲しい…なんて」
 そう言うと彼女は苦笑いをした。彼女の実家は、その地方では著名な資産家で、以前より彼女は親の望む相手と結婚する事になっていたらしい。それを今までは看護師と言う多忙な仕事を理由に婚礼を引き伸ばしてはいたが、とうとうそれも限界が来たらしく。彼女の父親には政界進出の野望も抱えており、この結婚はそれへの布石の一つらしかった。
 確かに、今時そんな封建的な婚姻が有り得る訳ないと思われるが、有り得る場所には有り得る話なのだ。
 「私は、その婚約者の事を、嫌っている訳ではありません。彼は私を愛してくれるし、結婚すれば何の苦労もしなくて済む事は分かります。…でも、恋する気持ちとそのときめきは…彼からは貰えませんでした。だって、十の時から、私はこの人と結婚するんだ、って思ってたんですもの。ときめきようがないですよねぇ」
 「…さすがにその気持ちは俺には分からないが。……でも、あなたの、夢を見たい、と言う気持ちは分かるよ」
 俺にも、見たい夢はあるから。ただ、あなたと違って、その相手に一時の甘い夢を、例え偽りの夢でも、願う事は無理だと分かっているが。
 寧ろ、その偽りの夢を、後でそれが本当にいい思い出になるかどうかは賭けなのに、本気で望んだあなたの勇気に敬服する。
 「…一ヶ月でいいんだな」
 そう智哉が答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。


 「んじゃ、また明日な〜」
 直哉は友達と手を振り合うと、自宅へと帰り道、左右へと分かれた。部活のある日はいつも帰宅は夕暮れになる。この季節になると日が落ちるのも早く、既に周囲は薄暗くて、道すがらの街燈も灯り出していた。まだ、街の明かりとしての役割を存分に果たしていない、灰色と茜色と紫色を混ぜたような夕暮れの空に混ざってしまうような、ぼんやり灯る街燈を眺めながら直哉は帰路を急いだ。
 「………あれ?」
 ふと、その急ぎ足の歩みが止まる。人気の無い公園で、ベンチに座って何か楽しげに話している男女の姿を見つけたのだが、その両方に見覚えがあるような気がしたのだ。
 「…あれ、兄貴と、それと親父の病院の看護師サンじゃん」
 如何にもデート、な雰囲気の二人に、直哉はほくそ笑む。直哉は兄の智哉が女性にもてる事は知っていたし、またそんな兄を誇らしくも思っていた。弟の目から見ても、兄がもてるのは当然だと思うし、とっかえひっかえ付き合う相手を変えていても、いつも最初から本気では無い事と、智哉の人格なのだろうか、トラブルが起きた試しがない事も直哉は自慢だった。だから、視線の先で語り合う二人も、きっとそれと同じなのだろう、と直哉は思い、別段何の感情も湧く事なく、静かにその場をあとにした。

 が。数日後、また同じ場所を通り掛かれば、智哉と例の彼女が楽しげに話をしているではないか。そしてまた次の日も。今まで、女性と継続的な付き合いをして来た事の無い兄が、何度も同じ女性とデートをするなんて事は、直哉が記憶している限りでも初めての事だった。ふと、直哉の胸の奥底、自分でも気が付かないか、気が付いても得体が知れなくて訳が分からない程の箇所で、疼く感情がある。それが何であるかを自己分析する前に、直哉は歩き出していた。大股で、智哉と彼女が座るベンチへと向かう。先に気付いたのは彼女の方だ。あっ、と驚いた顔をして隣に居る智哉の袖を引く。その、如何にも慣れ親しんでいるような仕種に、我知らず直哉の頭にかっと血が昇った。
 「直哉。どうしたんだ。部活の帰りか?」
 至って平和に、いつも通りの口調で智哉が言う。その態度自体にも、直哉の昇った血は温度を増したようだ。彼女に厳しい視線を一瞥、のちに同じような視線を兄へと移した。
 「…なんでこんな所で二人きりで話なんかしてんだよ」
 「なんでって言われてもな…おかしいか?」
 「おかしいね。だって兄貴、今までこんな風に同じ女と繰り返し付き合うなんて事、なかったじゃないか。なんでこの女だけ特別扱いなんだよ!?」
 「直哉、この女呼ばわりは失礼だろう?少なくとも彼女はお前よりも年上なんだぞ」
 至極真っ当な理由で弟を窘める兄の姿は、余計に直哉の、自分でも意味不明な怒りを助長しただけに終わったようだ。そのうえ、智哉の一言がとどめを刺す。
 「付き合ってるんだよ。彼女と。恋人同士なんだよ、俺達」
 そう告げる智哉の袖を、再び彼女が引く。それは、偽りの関係をおおっぴらにしていいのか、と言う意味の行為だったのだが、直哉には、恥ずかしいから言わないで欲しい、と言う類いの甘えに見えたのだ。ぎっ、ときつい目線で彼女を睨みつける。思わず怯えた彼女を、智哉が自分の身体の後ろに庇うので、直哉は余計に苛立つばかりだ。
 「直哉、何をそんなに怒る事があるんだ。俺が誰と付き合おうと、どんな付き合い方をしようとも、お前には関係無いだろう?大体、お前にも付き合っている彼女が居るじゃないか」

 「それは、俺の年頃では当然興味がありまくりの、嬉し恥ずかし、あーんなことやこーんなことやそーんなことをイロイロイロしてみたいからに決まってるだろ!オトコとしては当然の好奇心だ!……いや、勿論カノジョの事はカワイイから好きなんだけどさ」

 …なんてことは、さすがに言えない。言葉に詰まって下唇を噛み締める弟の顔を、智哉はじっと厳しい目線で見詰めていた。その瞳の光の意味に、直哉は気付く事ができるだろうか?まず無理だろう、直哉は真っ直ぐで純粋で剛直、兄である己の事を疑う事など欠け片もないような。いい意味で明け透けな奴だ。今、自分が発している言葉以上のものを、それ以外の思惑や感情などをこの兄が持っているなどと、思いも寄らないだろう。しかし、それはあるんだよ、と智哉は心の中だけで呟く。
 所詮は元より叶わぬ想い。それを、叶わぬと知りながらでも、相手に告げる事の出来る彼女は、まだ幸せだと智哉は思う。
 告げる事さえ不可能な想い。その気持ちを、人は邪と取るだろうか。

 俺自身は、邪と言われようが何と思われようが構わない。…だが、同じ辛さを、直哉にまで味わわせる訳にはいかないのだ。

 「もう知るかっ、兄貴のバカヤロー!好きにすればいいだろー!」
 捨て台詞を残して直哉がその場から走り去る。不安げに動揺を見せる彼女に、大丈夫だと笑みを向け、宥めるその手が細い彼女の肩を抱き寄せた。


 それから数日、直哉は智哉と口を聞こうとしない。それどころか、目も合わせようとしなかった。兄弟の異変に気付いた両親は智哉に(直哉ではなく智哉に尋ねる辺り、両親もさすがにこの兄弟の性格の違いを正しく認識しているらしい)何事が遭ったのかと尋ねるが、智哉は大丈夫だと笑うだけだ。全面的にこの息子の事は信頼している両親は、ただ頷いて任せるしかなかった。


 「…ごめんなさい、私の所為で、智哉さん達にご迷惑を……」
 「いや、あなたの所為ではないよ。直哉がコドモなだけさ」
 一ヶ月の期間限定恋人は終わりを告げ、病院を退職した彼女は今日、実家に帰るのだ。新幹線のホームで見送りに来た智哉に、彼女は深々と頭を下げた。
 「ありがとうございます、本当にいい思い出が出来ました。これで思い残す事なく、お嫁にいけますわ」
 そう言うと彼女は悪戯げな笑みを浮べて肩を竦める。その様子は、言葉だけでなく本当に吹っ切れたようないい表情をしていた。
 「…本当に、あれであなたは良かったのかい?」
 聞いても詮ない事だろうが、思わず智哉はそう尋ねた。彼女はしばらく考えていたが、ふ、と穏やかな笑みを浮べて答える。
 「良かったのだと、私が思えるのなら良かったんですよ、きっと。どんな事でも、結局は自分の想いヒトツでしょう?例え世間一般的には唯の勘違いでも、私が幸せだと思えるのなら、それでいいんですよ」
 そうでしょう? そう言い残して彼女は新幹線の車両へと消えた。手を振る彼女に、姿が見えなくなるまで手を振っていた智哉だが、女とは強いものだな…と呟かずにはいられなかった。


 「……おはよう」
 寝ぼけた顔で、髪にはまだ寝癖が付いている状態のまま、直哉が起床してきた。浅井家には今は直哉とお手伝いさんしかいない。欠伸を噛み殺しながら直哉は憮然と食卓についた。今朝、兄が例の恋人を見送りに行っている事は昨夜の内に聞いた。余計に今朝、すっきりと目覚める事が出来なくて、不完全燃焼のまま、こうして朝食を取ろうとしているのだが。
 「………」
 直哉は思わず目の前の皿を眺める。自分の席に置いてあると言う事は、自分の為の朝食に違いない。大体、両親も兄もとっくの昔に朝食は済ませていて、ダイニングテーブルには一人分の皿しかないではないか。
 「…なぁ、これ、俺のだよな?」
 直哉が家政婦に尋ねると、そうですよ、と返事が返って来た。
 「でも私が作ったものじゃないんですよ。智哉さんの手作りですよ」
 「…兄貴の?」
 「ええ、何故だか分からないけど、今朝はご自分で作るから、と仰って…で、ついでに直哉さんの分も作っておいたから、と」
 「………」
 再度、まじまじと皿の上を見つめる。メニューは目玉焼きにレタスとトマト、ポテトサラダ、ソーセージと至って普通の朝食メニューだ。
 だが、その目玉焼き。綺麗なサニー・サイド・アップの二つ目玉。黄身の表面は薄らと白くなった程度で、フォークで潰せば熱を加えられてとろみの増した黄身がどろりと流れ出る。家政婦の作る目玉焼きは、いつも少し火を通し過ぎてるんだ、そう愚痴を言った事を思い出した。
 「………ったく、いい加減にして欲しいぜ」
 水道の水を流している所為でか、家政婦には直哉の呟きは聞こえなかったようだ。聞こえていたならば、その不穏な言葉とは裏腹な、可笑しげな響きに首を捻った事だろう。何をやっても結局は兄貴はお見通しかぁ。そう思うと口惜しい事は確かなのだが、その反面、それ程に鋭くて思慮深い兄は、確かに直哉の誇りでもあったのだ。


おわり。 


☆ライターより
お久し振りです、また、しかも東京怪談でもお会い出来て光栄です。
そしてお待たせしてしまって申し訳ありません…、私的には大変楽しく書かさせて頂きましたが、如何だったでしょうか?少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
それでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ…。