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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


旅行にいこうよ





「みなもねーさま! 起きて、起きてっ」
 耳元の声で、あたしは目を覚ます。それくらい、みあおの声は大きかった。
「んー……」
 寝ぼけ眼で、目覚まし時計を見る。目覚ましのセット時間より一時間も早い。
「みあお、起きるの早いよぉ」
「だって、ワクワクしちゃってしょうがないんだもん!」
 そう言って、みあおはピョコピョコと座った状態で跳ねた。みあおはあたしの布団の上に乗っている。だからみあおが身体を動かすたびあたしの身体に重みがかかった。
「そんなに嬉しい?」
「うんっ」
 またピョコンと身体を上下に揺らして――みあおは笑う。
「だって、だって、だってだもーん♪」
 みあおがはしゃぐのも無理はなかった。
 ――だって今日は旅行の日!



 きっかけは、お父さんの言葉。
「たまには姉妹三人で旅行でもして遊んできたら?」
 ――そう言うとお父さんはあたし達の返答を待たずに、
「旅行と言えば、温泉かな」と呟きながらさっさと宿を予約してしまった。
 勿論みあおは大喜びしていたけど、みそのお姉さまはそっと表情に戸惑いを浮かべていた。
 みそのお姉さまは深遠の巫女という役目がある。それがどういうことをさすのか、あたしは把握出来ていないけれど、まとまったお暇はいただけないものなのかもしれない。
(あたしだって、学校やバイトがあるし……)
 みあおにだって、学校がある。みあおのことだから「学校なんて休んじゃお♪」なんて言いそうだけど……ね。やっぱりそういう訳にはいかない。
(三人で旅行するのは楽しみだけど、そんなに遠出は出来ないなぁ)
「心配いらないさ」
 お父さんは断言した。
「場所は熱海。そんなに遠くないから、一泊だけして帰ってくればいい」
「温泉♪ 温泉♪」
 みあおは素直に喜んでいる。
(確かに熱海なら丁度いいかなぁ)
 みそのお姉さまはどう思っているのかな――目が合うと、みそのお姉さまは穏やかに微笑んで頷いた。大丈夫みたい。
 それなら、思いっきり楽しんでこようかな。
 みあおと一緒に、あたしも内心はしゃぎながら毎日カレンダーを眺めることにした。
 カレンダーには印がついている。旅行の日に、大きな赤丸。みあおがつけたものだ。
「晴れるといいね♪」
 みあおは窓際にテルテルボーズを飾った。
「絶対に晴れるよ」
 本当に晴れる気がした。



 予感って、意外と当たるもの。
 今日はよく晴れていた。雲ひとつない。
「行きましょうか」
 支度を整えたみそのお姉さま。音もなく立ち上がった姿は、楚々としている。妹のあたしが思うのも変だけれど――綺麗。
「みあおも支度出来たよ!」
 明るく答えたみあおは、リュックを目の前に置いた。ドン!――という音。とても子供用のリュックとは思えない音を立てたみあおの荷物は、持ち主の身体と同じくらいに大きい。
「えへへっ お菓子一杯詰め込んじゃったんだぁ」
「みあお……それ、背負えるの?」
 どれだけ荷物を詰め込んでも、背負えなければ意味がない。
「余裕だよ♪」
 みあおはリュックを背負って立ち上がる。――さすがみあお、と妙に感心。
 ――そう言えば。
 あたしはみあおから視線を逸らし、あちこちに移動させる。
「お姉さまは?」
 みそのお姉さまが見当たらない。
「お姉さま〜?」
 返事が無い。家にいないのだろうか。
 ――と。
 玄関からドアを開ける音がした。
 行ってみると、そこにはみそのお姉さまが不思議そうな表情で立っている。
「みなも、やっぱり家にいたのですね」
「みそのお姉さま、いつの間に外に……」
「先程ですわ。『行きましょう』と声を掛けたでしょう?」
 その後すぐに出かけていたらしく、やがてみなもとみあおが付いてきていないことに気付き、戻ってきたらしい。
(お姉さま、やはりマイペース……)
 この旅行、大丈夫なのかなぁ。



 不安は的中。
 駅のホームで電車を待っているときのこと。
 電車が来たのであたしが乗ろうとすると――みそのお姉さまがホームから動かない。目を閉じて何かに神経を集中させている。
「お姉さま?」
 みそのお姉さまは、電車から降りてくる人々を気にすることなく立っている。人の肩が当たっても動揺しない。見ているあたしがハラハラしてしまう。
「お姉さま、はやく乗りましょうっ」
 お姉さまの手を掴み、小さなみあおを抱き上げて電車に乗り込む。
 ドアが閉まり走り出す電車――ホッと一息。
 空いている座席に三人で座った。
 みあおは身体が小さいので、足先が宙に浮いている。
「みあお、足をばたつかせたりしないでね」
「うん!」
 みあおは返事をすると、掌を座席につけて胸から上を後ろの窓へ向けた。
「わぁっ 動いてる〜速いねっ」
「これからもっと速くなるよ。――ね?」
 ガタンゴトンと音を立てて、電車は速度を上げていく。
 ――と。
 黙りこんで目を瞑っていたみそのお姉さまが、目を開けた。
「お姉さま、先程は考え事でもしてらしたんですか?」
「ええ」
 みそのお姉さまは静かに答えた。
「なんて人の多い場所なんでしょう、と――」
 みそのお姉さまの声はオルゴールの音色に似ている。そのせいか、電車内にいる人々――特に男性の人達の視線がみそのお姉さまに集まった。
「ここもたくさんの気の流れが河のようになっていますわ――人が多いのですね。ここは何と言う場所なのです?」
「――電車です……」
 乗客の視線を感じる。
(恥ずかしいです……)
 うつむいても、視線を感じてしまう。頬が火照ってくるのがわかる。
 みそのお姉さまは顔色を変えることなく、目を再び閉じていた。人の気の流れを感じているのだろう。
(電車内にいる間は、そのままでいてください……)
 ――うつむいていると、みあおがあたしの身体にもたれてきた。小さく寝息を立てている。
(朝一番早く起きていたみたいだしね。眠いのかな?)
 みあおを腕で抱き寄せ、頭を撫でる。
(あたしも少し寝ようかな)
 次に乗る電車内は相当混んでいる筈だから……。



 ――混んでいる、なんてものじゃなかった。
(先程寝ておいて良かったぁ)
 ため息をつく余裕さえない、電車内。つり革になんとか掴まっている。
(息苦しいなぁ……)
 隣に立っているみそのお姉さまも、少し疲れているみたい。立ちっぱなしだから、仕方ないけれど。
 一番心配なのは、みあお。
 みあおは乗り継ぎの時に起こしてから、また元気にはしゃいでいる。電車に乗るときの人ごみにも飛び込んでいったくらい。
 だけど、さすがに満員電車に乗っているのは辛いのか、時折下から「ん〜!」という声が聞えてくる。そうかと思えば、乗客の荷物を興味津々に眺めていたりする。
 あたしはと言えば――やっぱり辛い。
 電車内の人ごみも勿論辛いけれど、みそのお姉さまが何か言い出すんじゃないかとか、みあおが何かするんじゃないかとか、不安は尽きない。
 さっきの恥ずかしい体験は、なるべく避けたい。それに今は、さっきよりもずっと人が多い。この状態で、みそのお姉さまが何か言ったりしたら――!!
(お願いです、このまま無事に着いてください……)
 ずーっと祈る。景色を見る余裕もないくらい。
 祈ったお陰か、ここでは何事もなく過ぎた。
 恥ずかしい出来事は、その先で起こるのだった。



 並木道を通ると、旅館が見えてきた。
「いち、にーぃ、さーん」
 樹の影を踏みながらその数を数えていたみあおはそれをやめ、
「旅館が見えたぁ〜☆」
 並木道を走り出した。徒競走気分みたい。
「あら。みあお、急に走り出すと危ないですわ」
 みそのお姉さまが注意する。でも、みそのお姉さまはみあおを追いかけたりはしない。ゆっくりと歩く。あたしはみあおを追いかけようかと思ったけど、みそのお姉さまがゆっくり歩いているので、走るべきか歩くべきかわからない。
(二人ともマイペースだなぁ)
 結局、二人の間を歩く。
 並木道は秋色に染まり、秋の匂いが漂っていた。
 それは勿論地元にも言えることだけど、いつもと違う地で秋を感じるのも良い感じ。
 ここまで着くのに色々と苦労したから、余計に景色に癒される。
(なんて言ったら、みあおとお姉さまに怒られちゃうかな?)
 ――急にみそのお姉さまの足音が止まった。
「お姉さま?」
 みそのお姉さまは樹の傍へ寄り、手を触れていた。やがて樹を撫で、興味深そうに頷いていた。
 先でみあおの声が聞える。
「到着〜☆」
 あたしはため息をついた。マイペースな二人の間で困り果てる自分が目に浮かんでしまう。
 しかも。
(この想像は現実になるんだろうなぁ……)
 既に半ば当たっているようなものだけど。



 旅館に着いて驚いたのは、お客はあたし達だけということ。
 お父さんがあたしたちの貸切にしたらしい。いかにもお父さんらしいやり方で、あたしは苦笑した。みあおは思い切りはしゃげると大喜び。
 その間みそのお姉さまはと言えば――宿の守り神の気を感じたらしく、挨拶をしていた。
 ――不思議そうにみそのお姉さまを眺める仲居さん達の視線。
(さ、早速変な目で見られてるよぉ)
 あたしは慌てて仲居さんとみそのお姉さまの間に割り込んだ。
(仲居さんの注意を逸らさなくっちゃ!)
「す、少しの間ですがお世話になりますっ」
 仲居さんは視線をあたしへ移し、笑顔になって頭を下げた。
「あたし達、今日を楽しみにしていたんです。特に妹の――」
 と言いかけて、気付く。ドタドタという音――その『妹』が旅館中を走り回っている事実に。
「みあお!!」
 あたしは二人を捕まえてさっさと部屋に入った。
(旅行中、あたしずっとこんな風に悩んで過ごすのかなぁ……)
 これじゃあ、胃が痛くなってしまいそう。気をつけなくっちゃ。



 窓から熱海湾が見渡せる部屋。
「うわー! きれーい」
 みあおがはしゃぐのがよく理解出来る、綺麗な景色。熱海に来ているんだと実感する。
「温泉は二十四時間入れるみたいだよ。いつ入る?」
「みあおはもっと景色見ていたいから〜……ご飯食べた後がいいなー」
「お姉さまは?」
「わたくしも食後が良いと思いますわ」
(今ゆっくりしたい気もするけど)
 夕方の今より夜の方が、夜景が綺麗で良いかもしれない。
「じゃあ、食後にしようね」
 ちょっとの間、畳の上で休憩。
 ぼんやりと、考え事をする。



 ――考えてみれば、あたしはみそのお姉さまやみあおのことをよく知らない。
 姉妹なのだから詳しく知っていて当然な筈なのに――みそのお姉さまは深淵の巫女、みあおはあたしとの血のつながりがなく、一定の年齢まで知り合うことがなかったせいだろうか。
 心が霧に隠れ、お互いにお互いを知らない時間が積もっていって、今に至っている。
(お父さんがあたし達に旅行をすすめたのも、あるいはこのことが関係しているかもしれない)
 ――なんてことを、思う。



 食事の時間。
(楽でいいなぁ)
 こちらが何もしなくてもご飯が出てきて、食べ終えたら片付けてくれて。
 普段では考えられないこと。
(旅館って、いいなぁ)
 その分、みそのお姉さまとみあおに振り回されて、いつもより疲れている気がしなくもないけど……気のせいだと思いたい。
 ――が。
 いつもより大変な目にあっているのは、明らかだったのだ。
「いっただっきまーす!」
 元気良く手を合わせるみあお。
 グーにした手で箸を握り締め、それを刺身へ振り下ろす。食事をするというより、工作を見ているみたい。あたしは生まれて初めて、刺身がザクリと音を立てて箸に刺さるのを目撃した。その初めての体験に対してあたしは喜びを覚えることはなく――というよりむしろ、
「みあお〜っ」
 恥ずかしさに顔を赤らめて、みあおに作法を教えようとする始末。
「みなも、抑えて。みあおはただ無邪気なだけですわ」
「それはそうですけど……」
(作法は今のうちに知っておいた方がいいんだけどなぁ)
 でもみそのお姉さまがそう言うなら――と、みそのお姉さまを見て。
「――え?」
 目をしばたたく。
 みそのお姉さまは手づかみで食事をしていたのだ。
 それはもう優雅な挙措で――刺身を手で取っては口へと運び、ご飯を手で掴んではこぼれる米粒を気にすることなく口へと運び……。
「どうしました? みなも」
「いえ……ただちょっと」
「ちょっと?」
「眩暈が……」
 あたしはさっき自分が考えていたことを思い出した。
(姉妹とは言え、知りたくないこともあるみたい)
 海鮮料理を手で食べているみそのお姉さまを見、食事を終え水菓子をパクついているみあおの餡子だらけの口を見、あたしは海よりも深いため息をついた。



 そしてそのふかーいため息は、入浴中もあたしと同伴していたのだった。
 夜景が見渡せる温泉。夜の中に、小さな光が幾つか煌めいて例えようもなくロマンチックなのに――。
 みあおは湯の中で必死に泳いで移動している。
(これは、まぁ、予測していたことだけど)
 困っているのは、あたしの背中に絡みつくみそのお姉さまの視線な訳で――。
「みなも、何故こちらを向かないのです?」
 ――お姉さまの方こそ、何故あたしにこちらを向かせようとするのでしょうか。
「こちらを向いていたい気分なんです……」
「そうですの。では、わたくしがみなもの前へ行けば良いのですね?」
 ――何故そうなるのでしょうか?
(からかわれてるような気がする)
「あたしはもう上がりますね。みあおと二人でくつろいでくださいっ」
 ここから出ようとするあたしをみそのお姉さまが捕まえる。
「もう少しくらい、ここに居ましょうよ」
「何故ですっ?」
「そうですわね、せっかくですからここで姉妹の語らいなど――」
「何ですかそれは〜っ!?」
 ああ、もうため息どころじゃない。
(遊びに来てるというより、罰ゲームをしているみたいだよぉ)
 心の底で、泣く。海よりもしょっぱい涙。



 姉妹の語らい、とみそのお姉さまが表現していたのはどうやら自己紹介のことらしく――それは一晩かけて行われた。
 もっとも、一番はしゃいでいたみあおが、自分の好きな食べ物を思いつくだけ上げていた途中で寝入ってしまったけれど。
 その後は二人で話し続け、やがてはみそのお姉さまの小さくて耳に残る声が、あたしの枕になった。
「またそのうち話をしましょうね」
 とみそのお姉さまが言った。
「いくら話をしても、見えないことは多いでしょうけれど」



 翌日。
「いやだよぉ! もう一日泊まりたい〜」
 駄々をこねるみあおを説得させて、帰り支度を整える。
「ねぇ、ねぇ、また来ようね?」
「そうですわね。いつかきっと」
 二人が仲良く帰りを惜しんでいるときに――あたしは一人複雑な思いでいた。
(楽しかったような、ただ振り回されていたような……)
 苦笑してしまう。
 とは言え――旅館を出て並木道に入ると、あたしは後ろを振り返った。
 昨日泊まった旅館を離れて眺める――駄々をこねたみあおの気持ちが、ちょっとだけわかった気がした。
 ――何度も振り返るみあおと、周りを気にせず先に進むみそのお姉さま。
 その間を歩くあたし――次女という役目。
(家に帰るまで、気が抜けないなぁ)
 海よりは浅い、小さなため息をつく。




 終。