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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


灰かぶり姫

 ハイヒールを履いた足では、相当、走りづらそうだ。
 それでも女は走っている。髪を振り乱し、ドレスの裾をからませながら、それでも必死に走っていた。
「おい、待てよ!」
 背後から男の声がかかったが、耳に入っていないようだった。
 週末の、夜の渋谷だ。人でごった返している。その人並みをかきわけて女は走る。幾人かと、肩がぶつかった。
「いたっ……ちょっと何なのぉ」
 ぶつかられたほうは悪態をついたが、それでも、一瞬、目にした女の姿にはっとした表情は隠せなかった。とりみだし、焦った様子でいてさえ……女は美しかった。この群集の中にいても、彼女ひとりがひときわ浮かび上がってくるような美女だったのだ。
 駅前の、交差点の真ん中まで来て、ふいに女の口から鋭い悲鳴がほとばしった。
 それははたして、恐怖か、苦痛か、悲嘆か――それとも、そのどれもであったのか。
 女はアスファルトの上に崩れた。
 続いて、別の悲鳴があがる。そして、もうもうと立ちこめる煙のようなもの――
 事件を目撃してしまった人々は、呆然と、そこにただ残されている、ドレスと、ハンドバッグと、ハイヒールを見ていた。それは殺人現場の、死体の場所を示すしるしのごとく、人型になってそこに存在している。それを身につけていた女の姿はあとかたもなく……かわって大量の、灰色の粉末が広がっていた。
 そう、文字どおり、女は灰になって崩れ去ってしまったのである。



「これで3件目だわ」
 新聞記事を指し示しながら、麗香は言った。
「現場は渋谷が2件に、新宿で1件。被害者は全員若い女性、事件が起こったのは夜の0時頃というのが、目下のところの共通点ね」
 伶俐なおもてからは、その内面を読み取ることはできない。だが、少なくとも3人の命が失われたらしい出来事でさえ、面白い記事になると考えている部分が確実にあるはずなのだ。それがマスメディアに生きるものの宿業であるとわかっていてさえ、三下はこの上司のことを心底恐ろしい、と思うときがある。

■美女の灰

 ブラウス。スカート。下着。ベルト。靴。アクセサリー。鞄。
 長机の上に、並べられている品物は、まさしく、人ひとりの痕跡である。ただ、それらをまとうべき人体だけがない。そしてあるじを失った品物は、ひとつひとつビニール袋にいれられ、番号によって整理されている。
 金髪の白人青年が、机のあいだを歩き回りながら、3人ぶんの被害者の遺留品をチェックしながら、手元の資料とつきあわせていく。
「ウォルター……ランドルフさん?」
 声をかけられて、ふりむく。
「警視庁の鈴木です。このたびは捜査にご協力いただけるとか」
 壮年の刑事は、しかし、言葉とは裏腹に、あまり彼を歓迎しているような表情ではなかった。だが、そんなことは慣れっことばかりに、気に留めた風もなく、ウォルターは応えた。
「ええ。こんなあきらかに……怪奇なケースはね」
「怪奇事件専門の特別捜査官でいらっしゃるんですってね?」
 なんとも奇矯なことだ、アメリカの警察は一体何を考えているのか……そんなひびきが声にはこもっていた。
 そんな言外のメッセージを黙殺し、ウォルターは、遺留品のひとつに手を伸ばした(むろん、白手袋ははめている)。
(…………)
 走っている女の姿が、それに手をふれた瞬間、彼の脳裏にひらめいた。
 息せき切って走る女。後ろから呼び掛けてくる男の声。女の目が、時計を見た。23時59分。そして――。
「……被害者の交友関係は」
「当日、まさに一緒にいた男友達――恋人未満といったところですかね、そういう男がいます。食事をして、バーで飲んでいたら、突然、彼女が脱兎のごとくかけだしていったとか……」
「時間――」
「えっ?」
「どれもこれも、ひどい焦りの念ばかりが伝わってくる……」
「念――といいますと?」
「遺留品に残っている被害者の想いだ。何を焦っていた? ……“時間”だ。真夜中の0時。それを過ぎると、自分が死ぬことがわかっていたのか……」
 つぶやくウォルターの横顔を、刑事がうさんくさそうな目で眺めている。

「シンデレラね」
 ぽつり、と、こぼれた言葉に、麗香は首を傾げた。
 アトラス編集部の一画にある打ち合わせ机で、麗香が用意した新聞記事や、とりいそぎまとめられたレポートに目を通した後、藤井百合枝がそう呟いたのだ。思案顔で、長めの黒い髪を指でもてあそびながら、彼女は続けた。
「だって……真夜中の0時に、ドレスを着た美女が走っている――さすがに、ガラスの靴は残していかなかったようだけど」
 ふふふ、と微笑った目に宿った光は、どことなく麗香のそれに似ていなくもない。だが。
「被害者に他に共通点はないのね?」
「さあ。それがわかれば苦労はしないわ」
 藤井百合枝は、麗香が、周囲で思われているほど冷徹な人間ではないことを知っている。というか、彼女なりに、亡くなった女性たちを悼む気持ちを抱いていることが、百合枝の目には見えるのだ。だが一方で、編集長という重責を担う部分では、なんとしても記事をものにしたい意気込みが、燃えてもいる――、そう、文字通り、『燃えている』のだ。それだけ確認すると、百合枝は、「渋谷と新宿で、他にも事件が起きていないか調べてみるわ」と、席から立ちあがった。
「わたくしもご一緒しても?」
 いつのまにか、ひとりの少女が百合枝の背後に立っていた。
「みそのさん」
 麗香の声に、スカートの裾をちょっと持ち上げて、優雅に挨拶してみせる。海原みそのの黒いドレスは、まさしくシンデレラのようだった。
「しんでれら、というのは岡の神話でございますわね?――なにか、このたびの事件とかかわりがあると聞き及びました」
「そういうわけでもないんだけどね……」
 麗香が苦笑するのへ、
「そうか……『灰かぶり』」
 百合枝がふいに思いついたように言った。
「『シンデレラ』って『灰かぶり姫』とも言われることがあるのよね……」

 その日、ユーリ・コルニコフを起こしたのは携帯電話の呼び出し音だった。
「ん……ああ、キッド……?」
 電話の向こうから聞こえてくる親友の声に、あくびまじりに応える。
「なんだよ、日曜の朝だっていうのに……えっ、もう昼だ? 知らないよ。昨日遅かったんだから……」
 もそもそとベッドから起き出した。
 すこし長めの、茶色い髪が、もつれているのを手ですきながら、携帯片手に、ユーリはキッチンへと歩いていった。
「……ああ、その事件なら知ってる。新聞で読んだ。たしかに、気にかかる話だな……」
 冷蔵庫からエビアンを一本、取り出し、栓を切る。
「それがいったいどう…………ん? 何?」
 ねぼけまなこだったユーリの目が、ふいにぱちりと開かれる。
 いよいよはっきりと目が醒めたらしい。金色の瞳に光が灯った。
 片手に電話。エビアンのボトルを口にくわえたまま、ベランダに走る。がらりとガラス戸をあけて見下ろすと――
 キッドこと、ウォルター・ランドルフが、ハーレーにまたがって、こちらを見上げ、手をふっていた。

■ハシバミの木の下で

「……せっかくの休日をキッドと事件の捜査とは」
「どうせヒマだったんじゃねえのか」
 ハーレー・ダビッドソンのふたり乗りは、休日の、ごったがえす渋谷の交差点ではひどく目立つ。まして、乗っているふたりづれは長身の白人たちなのだ。とくに、ユーリの繊細な、あまい顔だちは道行く女性たちの目をひきつける。
「ここが現場のひとつだ」
「……真夜中とはいえ……これじゃ目撃者もたくさんいただろうに」
「さて。犯人は一体何が目的なんだろうな」
「キッドはこれを殺人だと?」
「べらんめぇ、あたぼうよ」
 ウォルターは一体どこで覚えたのかわからない日本語を口走った。
「被害者はずいぶん“べっぴんさん”だったらしいじゃないか。おれは女に手を出すヤツは許さないぞ」
「…………」
 ユーリは、バイクを降り、歩き出した。
「……ちょっと――あたりを調べてみる」
「ああ、頼む。おれも……」
 ふと、ウォルターの目にとまったものがある。
 被害者が崩れ落ちたとされるあたりにたたずんでいる、若い女の二人連れだった。

「ここだわ」
 渋谷駅に降り立ち、ハチ公口の改札を抜けた百合枝は、迷う事なく、まっすぐに歩いて、その地点に到達した。みそのは、半歩うしろをしずしずと歩いてくるだけだったが、彼女ひとりでも、そこにたどりつくはできただろう。みそのは“流れ”をたどることができるために、そして、百合枝はそこに強い感情の“燃え残り”を見い出すことができたがゆえに。
 百合枝の目に映るのは、文字どおり無惨な焼跡である。
「かわいそうに……」
 知らず、呟いていた。
「『死にたくなかった』――のね。でも……」
「『もう間に合わな』かった」
 はっと顔をあげると、焼け焦げを挟んで、ひとりの男が立っている。金髪に青い目の、外国人青年だった。
「……わかるんだな、この残留思念が」
「あんたもね」
 百合枝は、慎重に身構えた。こう見えて、百合枝は柔道の心得がある。彼女自身、女性としては背の高いほうであるから、いざとなれば目の前の男を投げ飛ばすことも――
「おっと、そう警戒しなくてもOKだぜ。おれはウォルター・ランドルフ。この事件を捜査してるんだ」
 胸ポケットからIDを出して見せる。
「キミたちもそうなのかい? ええと――」
 彼が悪意ある炎を背負っていないのをみとめて、百合枝は緊張を解いた。
「藤井百合枝」
「海原みそのと申します」
「ユリエにミソノか。日本じゃこんなエクセレントな美人が事件の捜査をするのかい。KUNOICHIってやつか」
 くったくのない、少年のような笑みだった。思わず、百合枝も相好を崩した。
「おおい、キッド。ダメだったよ。そのへんの木が、なにか見ていなかったか聞いてみたんだけど、ここ、人が多過ぎて……」
 かけよってきたもうひとりの白人青年が、百合枝たちの姿を見て、足を止めた。
「ああ、こいつは相棒のニコフ。……ニコフ、ユリエとミソノだ。彼女たちもこの事件を探ってる」
「あ……えっと」
 ユーリの頬に、ぱっと朱がさした。彼を知らない人間は、きっと日本語がわからないのだと思ったかもしれない。百合枝は初対面だったが、燃え上がった緊張と羞恥の色の炎で、この青年がたいへん人見知りなたちであることを悟っていた。
「こんにちは」
「コ、コンニチワ……」
 助けをもとめるようにウォルターへ視線を遣る。が、おりあしく、かかってきた携帯電話に、友人は奪い去れられてしまう。
「Hello? ……ああ、スズキさんか。……そう。……そうなのか。サンクス!」
 電話を切ったウォルターは、顔を輝かせて言った。
「ニコフの推理がビンゴだ」
「えっ、おれ?」
「被害者に共通点は本当にないのかってこと。共通して出入りしていた店があったらしい」

「それではまず……こちらのカルテにご記入していだいて、すこしお待ち願えますか」
 書類とペンを寄越し、それだけ言うと、係の女性は、どこかへ姿を消した。
 赤いソファーに並んで腰掛けているのは、百合枝とみそのだ。服装はバスローブのようなものに着替えさせられている。
 部屋は、ロココ調というのだろうか、建物の外観からは想像できないような、豪奢な――というか、豪華なフリをした内装だった。壁は淡いピンクに塗られているのを、百合枝は内心、「あまりいい趣味とは言えないわね」と思っていた。
 壁にかかる現代アート。ギリシア風の石膏象。花瓶いっぱいの、バラのドライフラワー。そして静かに流れるクラシック音楽と、ほのかにただようなにかの香気。
 なにもかもが、いかにもゴージャスを演出しようとして、どこかちぐはぐになってしまった――そんな印象だった。
 ご職業――派遣社員。
 ご年齢――25歳。
 生年月日――……。
 さて、どこまで真実を書いたものか。書類に記入しながら、百合枝は今に至るいきさつを思い返してみる。
「あそこなの?」
 繊細な書体でデザインされたロゴは『サロン・ヘイゼル』と読めた。
 一同は、その看板が掲げられた、原宿の裏通りにある、うらぶれた雑居ビルを遠巻きに眺めながら囁きあう。
「ああ。3人とも、あそこの会員証を持っていたらしい」
「エステサロンねぇ……ま、あまり繁盛もしていないようだし、3人ともがこんなマイナーなエステサロンの会員だったとなると……たしかに怪しいわ」
 わずかな時間のうちに、百合枝とウォルターはすっかり息が合った様子である。ユーリは、なんとなく気後れしたようで、言葉もなくうつむいた。が、ふと、みそのがにこにこして彼を見つめているのに気づいて、真っ赤になってしまう。
「ヘイゼル……か。たしかハシバミのことよね」
「Cinderella」
「えっ」
「シンデレラは知ってるだろ? ハシバミが金と銀の粉をふりかけてくれたから、きれいになったシンデレラはパーティに行けたんだ」
「何よ、それ。魔法使いのおばあさんは?」
「そういうヴァージョンもあるってこと」
「ふうん……」
 百合枝はすっと目を細めた。なにかが……彼女の中で実を結ぼうとしている。
「では、参りましょうか」
 と、突然、みそのが言ったので、ウォルターはぎょっとして振り返った。
「ミソノ!?」
「あら。あのお店にうかがうのではないのですか?」
「それは調べてみたいけど、どうやって近付くかを考えてるんじゃないの」
「『えすてさろん』は、女性を美しくさせてくれるお店とうかがいました。わたくし、ぜひいちどお願いしたいと思っておりましたわ」
 百合枝とウォルターは、顔を見合わせた。

■笑う仮面

 そうして……エステサロン『ヘイゼル』に客としてみそのと百合枝が入り込むことになったのだが。
「キッド、どこへ行くんだよ」
「見ろよ、ガラスが割れてる。あの窓から入り込めそうだ」
「ええっ、忍び込むのか? でも彼女たちが……」
「レディたちだけに危険な任務をやらせておくわけにいくかよ!」
 ビルの裏手に回ったウォルターは、言いながら、たちまち、放置されていたゴミ箱に足をかけ、小さな窓に手をかけた。
「ニコフは残っててもいいぞ」
「……そんなわけにもいかないだろ」

 入り込んだ先は、倉庫のようだった。
「……静かだ」
 ニコフがささやく。
「ああ。でも、エステなんてそんなうるさいもんじゃないだろ」
「だけど……なんか妙だな」
「妙なのはハナっから承知之介よ」
 棚のあいだを滑るように音を立てず移動して、ウォルターはドアから外の様子をうかがった。
「おい、キッド。やっぱり何か変だ」
「変なのはわかってるって」
「そうじゃない。ここ、倉庫のはずなのに、どうしてこんなに埃が積もってる? それに、見てくれ、このクリーム、製造年月日が古過ぎる。これじゃデッドストックだ……」
「どういう――ことだ?」
「わからない……けど……エステとして、もう営業してないとしたら……」
「しっ」
 ウォルターはユーリを制した。
 物音が聞こえたのだ。そっとドアを開けて、首を出す。だが、廊下にも人の姿は見えない。ふたりは忍び足で倉庫を抜け出す。隣にも部屋があり、そこは事務室のようだった。
「…………」
 ふたりは目を見交わした。ここもまた無人で、デスクにも埃が積もっている。倉庫が、放置されているのはありうるにしても、事務室が使われないなどということがあるはずがない。これではまるで……廃墟ではないか。
 ウォルターは、事務室に足を踏み入れた。ユーリはそれに続こうとして――
(……!)
 誰かいる。
 気配に、振り向く。廊下の奥を、なにかの影が横切ったような、そんな気がした。
(ここはなにかおかしい)
 ある意味、言わずもがなのことであったかもしれないが、ことに内側に潜入してから、ここの空気そのものが、気味悪い質感を持ってユーリに迫ってくるようだった。ぴりぴりと、うなじの毛が逆立つような気がする。野生の勘、などと言ってしまうのは陳腐な言葉であるけれども――。
「うあ!」
 ユーリは思わず声をあげてしまった。
 女が――いつのまにか、背後に立っていたのだ。エステティシャン――なのだろうか、美しい女だった。女の、赤い唇がにぃっ、と、歪むのを、ユーリは見た。そして、えもいわれず邪悪な気配が匂い立つようにゆらめいたのも。
「男性のお客様は珍しいですわ」
 女の顔は、奇怪な仮面だった。その心は笑ってなどいない。だが、表情だけは、笑い顔のまま固定されている。
「お、女の人たちを……灰に変えたんだな」
 確信を持って、ユーリは言った。
「ふふふふふ……」
 可笑しそうに、仮面が笑う。
「忠告を守らなかったのだからしようがないでしょう。魔法が解けたらどうなるか、わかっていたはずなのに!」
 しゅっ、と音がしたかと思うと、女の、真っ赤なマニキュアを塗った爪が、肉食獣のそれのように、長く伸びているではないか。空を切って、その凶器がユーリを狙う。
 かわしながら、ユーリの目が、無意識に「丸いもの」を探している。内なる力を解き放つ必要がある。
「キッドーッ! ニコフー!!」
 呼応するように飛び込んできたのは、百合枝の叫び声だった。

 百合枝はみそのの手を引き、うす暗い廊下を走っていた。
「ほほほほほ……」
 狂おしい哄笑をあげながら、追ってくる女がいる。
「!」
 前方からも、女がやってきた。それも一人ではない。そして、その誰もが皆……まったく同じ顔をしているのである。美しいが無機的な、量産された仮面のようだった。
「なんなの、あんたたちッ!」
「この方たち……ふつうのひとではありませんわ」
「そんなこと見りゃわかるわよッ」
「人の念が――形をとったもののようです」
 まがまがしく伸びた真っ赤な爪。口々に、女は叫んだ。
「大丈夫」
「とびきりキレイになれるわ」
「夜の十二時までしかもたないけれど」
「それまでにまたやりなおせばいいのよ」
「キレイになりたいでしょう?」
「素敵だね、って言われたいでしょう?」
「キレイになれるわ」
「キレイに」
 狂気の炎に、圧倒される。百合枝の膝から、力が抜けかけた、その時。銃声が、空気を裂いた。
「バカヤロウ! 女はもっとていねいに扱えってんだ!」
「キッド!」
 拳銃片手に、飛び込んでくる背の高いすがた。
 そして、そのわきをすり抜けて、黒い影が飛び込んできた。
 それは、みそのに掴み掛かろうとしていた女ののど笛に喰らいつき、鋭い牙を突き立てる。女は灰になって崩れ去った。黒い、狼だ。獣は、唸り声をあげながら、次々と、女たちに襲いかかる。そのたびに、生ける人形のような女たちは、灰になって消えていった。
「大丈夫か、ユリエ」
「ええ――平気」
 言いながらも、百合枝は頭を振る。
 ひどく悪い夢を、見たような気分だった。



 エステサロン『ヘイゼル』は、一年前に倒産していた。ごく普通のエステサロンとして営業していたが、あるとき、使用したマッサージオイルが原因で客が肌のトラブルを訴えるという事件が起きる。事件はこじれ、最終的には訴訟にまで発展して、閉鎖に追い込まれることになった。オーナーはそれ以来、行方は知れず、物件は空家になっていたはずだったのだが。
「訪れていた女性たちの、『キレイになりたい』という想い、でも『キレイになれなかったじゃないか』という怨みや憤り、そして、自分よりキレイな人へのねたみ……」
「そうした“念”が、あの場所にはこもっていたのですね。場所も霊的によくない条件だったのでしょう。よどんだ“念”は鬼になってしまった」
「それが、あのお化けエステティシャンどもの正体か!」
 やれやれ、といわんばかりに頭を振るウォルター。
「たしかに……みんなきれいだったけれど……」
 あおざめた面持ちで、ユーリはつぶやいた。
「でも、みんな、灰になっちまったよな」
「そうね。麗香さんが、お祓いしてくれる人も紹介してくれるそうだし」
「それならもう……犠牲者は出ないよな」
「どうでしょうか」
 みそのの言葉に、はっとする百合枝。
「なにかあるっていうの」
「さあ。ただ……百合枝さまも、おわかりのはずでしょう? 美しくなりたいと願う女性が、絶えることはないということを」


  ハシバミさん ハシバミさん
  金と銀の粉をわたしに落して
  お城のパーティに行きたいの……


(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1388/海原・みその/女/13歳/深淵の巫女】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】
【1955/ユーリ・コルニコフ/男/24歳/スタントマン】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、リッキー2号です。たいへんお待たせいたしました、
『灰かぶり姫』をお届けします。

今回は第3パートのみ、一部、個別に書き分けていますので、よろしければ他の方のぶんを目をお通しくださいね。

エステというものは、ある意味、現代文明の象徴であるような気がします。
人間が生物として生きていくにはなくても一向に困らないけれども、人間が人間たる理由――他人とコミュニケーションすることで社会を成り立たせている特性と、とても関係しています(「美」は、たしかにコミュニケーションを円滑にしますからね)。

ま、そんな小難しいはどうでもよくって、べつに取材というわけじゃありませんが、いちど行ってみたくもあるのですが(むろんメンズエステですよ)経済的な問題もあって敷居は高いです。OMCのピンナップが3枚くらい買えそうですからね(笑)。

>ユーリ・コルニコフ様
ご参加ありがとうございます。
“腹話術”(?)の設定が個人的にツボったのですが、うまく組み込めず残念。次のチャンスがあれば是非〜!

また機会があればお会いできればうれしいです。
ありがとうございました。