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<東京怪談・PCゲームノベル>


幻想交響曲 4 死刑台への行進

【4_0xxx】

「……あ」

差出人:K_A
件名:死刑執行中継
日付:2003/09/XX 1X:XX

「……まさか、本当に来るとはなぁ……。……暇人」
 少なくとも、彼に云えた台詞ではないと思うが。本来ならクラブ活動や友人との語らい、アルバイトに受験勉強と云った、有意義な一時が過ごせる筈の放課後の時間をこうして某ネットカフェの個室で紫煙と戯れながら潰している高校生には。
 然しともかく、結城・磔也(ゆうき・たくや)はそのメールを開き、文面を一読すると即座に返信した。

『見たけりゃアクセスする方法教えてやるけど、どうせなら──』

【4_0zero】

 空は鈍色の雲に覆われ、折りからの強風に重い空気が頬を切るように冷たい。
 遠くに聳える首切り台の影。刑場へ続く石畳の上で口唇を噛み、握り締めた手を震わせている柾・晴冶(まさき・はるや)の視線の先には、すっかりその形相を人とは思えない程に禍々しく変えた嘗ての親友、水谷・和馬(みずたに・かずま)の姿が在る。

「……あーあ……」
 元はと云えば、水谷はこの中に居る筈では無かったのだ。
 半分、その原因を作ってしまった結城レイは画面を眺めつつ頬杖を付き、心の中で「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、悪気は全く無かったの、つまり私は何も悪くないの」と都合の良い謝罪の言葉を、同じく画面の中の面々、イヴ・ソマリア(いヴ・そまりあ)、ケーナズ・ルクセンブルク(けーなず・るくせんぶるく)、御影・涼(みかげ・りょう)、篠原・勝明(しのはら・かつあき)、陵・彬(みささぎ・あきら)、草壁・鞍馬(くさかべ・くらま)、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)、そして柾を庇っている倉塚・将之(くらつか・まさゆき)に向けて呟いた。
「……にしても、倉塚君てちょっと格好良いかも」
 などという独り言が口を付いて出た辺り、本来の気楽さを回復して来た彼女ではあるが、──その余裕も、着信を受けた携帯電話に応対している内にあっさりと消え失せてしまった。
「ああ、田沼さん?」
『──……、』
 受話口からの指示に従い、自分のノートパソコンでブラウザを開いて某掲示板に目を走らせたレイは、その中のある書き込みに目を留めると血相を変えて「磔也!」と吐き捨てた。腹立ち紛れに、某氏の抜け殻を部屋の隅まで蹴飛ばしつつ。
「あいつ……、絶対許さない、大体反則じゃない!」

【4_1ABCDFHIJ】

「和馬!」
 柾の声も風の唸り声と共に石畳の上でよく響く。
「お前だったのか、何故、千鶴子を殺した!」
「──……お前だよ、晴冶」
 水谷の顔が狡猾な、残忍な笑みに歪んだ。
「お前が殺したんだ、晴冶!」
「違う! ──っ、!」
 水谷を取り巻いている黒い影は触手を揺らめかすように自在に膨張と縮小を繰り返していたが、不意にその一塊が鞭のように風を切って唸り、柾の頬を打った。
 彼は石畳に倒れ込んだものの、怯まず上体を起こして声を張り上げた。
「俺は殺してない、和馬、お前が、千鶴子を殺した!」
「お前が殺したんだよ、千鶴子をな! 晴冶、お前が居なければ、千鶴子だって死なずに済んだんだぞ」
「何だと……」
「……、──あははははは!」
 狂人だ。破綻を来した笑い声が反響して幾重にも折り重なり、柾を取り囲む。柾は低く呻いて耳を両手で覆った。
「お前が居なければ、千鶴子は死なずに済んだんだ、お前が邪魔だったんだよ、晴冶! 一人では何も出来無い癖に、千鶴子を口説いた途端に昔っから世話を焼いてやった俺は邪魔者扱いしやがったお前が!」
「何だと!?」
「……お前は天才だったさ、でもな、天才の撮ったフィルムだって世間に出なきゃ、認められなきゃ一銭の価値も無いんだぞ! それを売り込んでやったのは誰だ、お前が、千鶴子を誑し込めるような価値を得たのは誰のお陰だ? 晴冶! 俺が、俺が何もかもやってやったんだ、その俺を!」
「邪魔者扱いなんかして無い、俺は、ずっと和馬の事は親友だと思ってた!」
「本気で云ってるのか!? ああ、そうだろう、邪魔にはしてなかったよな、その代わり、哀れんで呉れたか、俺だって千鶴子が好きだったのを知ってて、どうせ見向いて貰えやしない俺を、哀れんで──、」
「和馬ァ!」
「千鶴子を殺したのはお前だぞ、晴冶! 死ね、お前も消えて仕舞え!」
 鈍色の空の下、断頭台の影を背景に、中世を思わせる、──フランスの戦争映画のような場面が表れた。
 膨張し続ける水谷の怨念の黒い影が、死刑を求める野次馬に姿を変え、その間から甲冑に身を固め、手には斧や剣を振り翳した死刑執行人がぞろぞろと出て来た。魔女か、妖怪か、それとも水谷の怨念に同調した怨霊の類か──、死刑死刑死刑死刑、と口々に叫ぶ姿は熱狂的だ。──これで、柾の首が飛べばその骸を取り囲んで一人の魂の堕落を祝い、狂宴を始めるのだろう。
 その中心で昂然と顔を反らせて笑い続ける水谷の横には、いつの間にか一人の女が寄り添っていた。
 陵千鶴子、それも水谷に因って捏造された悪の華だ。髪を振り乱し、紅い口唇で笑う貌は美しい。だが、その心の闇に付け込まれた水谷にはともかく、彼等や、本当の千鶴子の思念に出会い正気に戻った柾にはその本質的な正体がはっきり見える。
「……、」
 柾が吐き気でも催したように口を押さえて蒼白の顔を背け、蹲った。
 千鶴子は媚びるような笑みを水谷に向け、柾を真直ぐ指して叫んだ。

──de Mort !

「死刑だ、晴冶!」
 一同を取り囲んで居た死刑執行人達が一斉に動いた。

──de mort ! de mort ! de mort ! de mort !

 千鶴子は高い笑い声を発しながらその中に紛れ、姿を消した。彼女の後にはそのドレスと同じ、毒々しい赤色が補色のように煩く点滅する。
 石畳の上に、いつしか大合唱となって死刑コールと重々しい金属音が響いた。

【4_1fh】

「鞍馬」
「……分かってる」
 それぞれ、視線を前に向けたまま言葉を交わした。
 皆、殺気立っている。
 水谷は、卑劣で小心な男だ。彼の行為は決して赦されない。
 ──だが、その彼もまた今現在生きている人間だ。
 罪人と云えど、その罪は生きて償われる可きだ。
 ──……冷えきっていた彬の手が、不意に暖かさに包まれた。
「──心配すんなって」
 顔を上げる、──力強い鞍馬の笑顔と目が合った。
「……あんなおっさんでも、殺ろうとする奴が在ったら、──俺が、雪月花で一刀お見舞いしてやっからさ」
 勿論、殺したり傷つけたりはしねぇぞ、と冗談めかしたのは彬の不安を少しでも取り除きたかったからだ。
 溜息混じりに、彬も微笑を返した。
「お互い──考える事は同じらしいな」
「当然だろ、俺と彬の仲じゃん。……何年、一緒に居るんだよ」

【4_1xxx】

「で、結局何やってんの、あんた」
 孝は桃缶をつまみつつ、刑場を映す幻想世界内の画面と交互に表示されるソース画面を弄って面白がっている磔也に呆れて問い掛けた。
「この連中が居る幻想交響曲、あー、ベルリオーズってあれイカれてるけど大した作曲家だよな、ピアノも碌に弾けなかった癖にこんな曲作ってるんだぜ。で、この第四楽章って云うのが最後には主人公の首がギロチンで飛ぶ所で終わるんだ。要は、この映像作家な。連中、何とかこいつを護ろうとしてるらしいけど……」
 内状はそうシンプルでも無いらしい。磔也は、既に先程迷い込んだ怨念の主を巡って彼等が内部分裂を起こし掛けている事を察知していた。元々は4分程の短い楽章だが、それ以上に時間が伸びれば勝手に自滅するだろう。
「取り敢えず反復記号の繰り返しを延々ループさせる。それから徐々に倍音列の煩い、要は不安を煽る音を紛れ込ませる。分からない位さり気なく。後はー……、第五楽章への移行にシャッター掛けるかな。で、結局ループ。出口無し」

【4_2zero】

「連れて来なくたっていいじゃない、」
 レイは、亮一、舞、孝に連れられて入って来た磔也を見て露骨に嫌悪感を示した。
「よぉ、久し振り、姉貴」
「わざとらしい」
 亮一は即座にノートパソコンを広げ、柾宅のターミナル型コンピュータ、レコーディング中のレイのノートパソコンに並べて置いた。無線LANは有効らしいな、と確認する。
 その背後で中の様子をテレパスで探っていた舞が、首を傾げた。
「交響曲って、コーラスが入る事あったかしら?」
「あるんじゃない? ……え、幻想にコーラスが入ってる? 何て?」
 レイは何気なく答えてから、異常に気付いた。
「フランス語で死刑死刑死刑死刑って」
「……誰よ、そんなパート勝手に作ったの」
 分かり切った質問だが、敢えてしてみる。
「俺」
 案の定、不良学生が挙手した。
「磔也!」
「……いいだろ、別に。大してイベントには関係してねえし」
「煩いのよ!」

──de mort ! de mort ! de mort ! de mort !

【4_2ABCDFHIJ】

「──Unteil sie fall ein Todesurteil uber ihn !」
 ケーナズが吐き捨て、大きく腕を振った。青い瞳が煌めく。それに呼応して、彼の手中にサイコ力を帯びたサーベルが現れた。
「裁かれるのはお前だ、水谷」
 もう片方の手ではイヴを庇いつつ、その切先は気狂いじみた形相の水谷を向いている。
「──……、」
 その様子を見た彬は、無言のまま鞍馬の腕を掴む。ある意思を込めた指先は僅かに震えていた。
 彬の意思を受けて鞍馬は頷き、大丈夫、とその指先を剥がして歩み出した。両手を翼のように広げ、ケーナズの前に立ち塞がった彼の赤い髪が強風に靡く。同じ色の赤い瞳は、悲しみに翳って、──それを、じっと見守る彬の瞳も同じ色を湛えていた。
「何の積もりだ」
「殺すな」
「鞍馬君!」
 悲愴な声を上げたイヴは、彬が目を伏せて首を振っているのに気付いた。
「……彬君まで、どうしたの?」
「……皆、忘れてないか。一人の人間の命を奪うと云う事が、どれ程重い罪なのか」
「その罪を犯し、柾に擦り付けようとしたのが水谷だ」
 ケーナズの声はあくまで沈着だ。彬は彼に向き直る。静かな怒りに揺らめく青い瞳と、悲しみに翳った赤い瞳がぶつかった。
「俺は、水谷の卑劣な行為を認める気は無い。彼のした事は決して許される事じゃない。だが、思い出して欲しい、その水谷だって一人の人間なんだ」
「では、水谷を誰が裁く!」
「……、」
 彬と鞍馬は同時に目を伏せた。
「いいか、このまま水谷を肉体へ返しても、日本の法律では水谷を裁けはしないんだ。奴を見てみろ、反省する所か更に怨念を柾にまで向けて居る。こんな奴を活かして置く必要性など、私には感じられないな」
「──、」
 柾が小さく呻いた。半ば開いた口唇が震え、歯のかち合う音がする。
「何、柾さん」
 涼の感応能力を引き受けている勝明が、彼に代わって柾の肩を抱いた。
 少年の腕の中で柾は数度声を飲み込んだ後、視線を水谷へ向けて絶叫した。
「……、俺は、──許さない、和馬、お前を絶対に許さない!」
 不快な笑い声が、一層激しく水谷の口から上がった。
「莫迦が、──晴冶! 死刑だ、死刑死刑死刑死刑!!」
「──あ、あの野郎」
 逃げる、水谷が。将之は咄嗟に追い掛け、柾の存在に気付いて踏鞴を踏んだ。
 水谷は追いたい、だが大丈夫なのか? ──このややこしい連中に柾の護衛を託して。それでも自分が追わなければ鞍馬や彬は追わないだろうし、ケーナズだと追い付いたと同時に瞬殺してしまいそうだし、紅一点且つトップアイドルに追えと云うのも気が引けるし、何とか財閥総帥セレスティに走れとは云えないし云っても無駄だし。
 ……何で、この中で俺だけやけに落ち着いてるんだ? 
「死刑だ、死刑死刑死刑死刑!」
 そうする間にも水谷は彼方此方に小煩い死刑コールの怨念を撒き散らして遠ざかって行く。舌打ちして追おうとしたケーナズに、鞍馬が真直ぐ御神刀「雪月花」を向けて制止した。
 ──何でこんなややこしい事になってるんだ、結局、元はと云えばもっとシンプルな事じゃなかったのか? 自分達の仕事は柾を護り、精神を元の世界へ連れ戻す、それだけだろう。降り掛かる災難は払う。それが、何故こんな複雑な事になってるんだ。
「……ああ、もうあんな遠く行ってんじゃねえか、どうすんだよ、──待てよ、おっさん!」
「……倉塚さん、……追って」
 苛立ちながら怒鳴った将之の袖を、勝明が掴んだ。振り返ると、彼と一緒に涼が微笑しながら頷いている。
「……、」
 大丈夫かよ、と将之は眼鏡の奥で目を細めたが、二人の目は真直ぐ彼に訴えている。
「柾さんは涼が護って呉れる。涼への霊的な負荷は、俺が引き受けてるから、大丈夫、ヘマはさせない」
「柾さんは任せて」
「……、」
 その辺りの詳しい事情は将之の知る所では無い。どうしたものか、と決め倦ねている彼に決断を下させたのは、一番冷静にこの状況を判断していると思しいリンスター財閥総帥にして水霊遣いの占い師、セレスティだった。
「御影君を信用なさい。捕り物に助力出来ない私が云うのは恐縮ですが」
「……了解、」
 謎多き男である。未だに一つ正体が掴めない。が、その彼が穏やかに微笑しつつ断言すると何故か信用出来る気になって来るのは不思議なものだ。怪我の治療に何度も世話になっているだけではないだろう。
「……本当に頼むぞ、」
「ああ、」
「あなたの冷静な判断力は頼りにして居ますよ、倉塚君」
 何とでも云え。ともかく追えば良いんだろうが、俺は。
 刃を向け合って居るケーナズと鞍馬、それを見守るイヴと彬、柾に付いている涼とそれをサポートしているらしい勝明、そして余裕で微笑みながらも何かを思案して(企んで?)居ると思しいセレスティを残し、将之は水谷を追って駆け出した。
 そこで、イヴが全員に向けて大声を張り上げた。

「皆、気を付けて。この楽章は外から第三者の介入に因ってデータが改竄されてるわ、多分、彼方此方に罠が仕掛けられてるわよ、」

【4_3zero】

 レイの携帯電話が、本日何度目か数えるのも面倒だが着信音を発した。
「はい?」
 ──おっと。レイ自身は直接面識の無い、草間興信所所長直々の電話だ。
 はいはい、と愛想良く相槌を打っていたレイだが、やがて受話口を指先で押さえて舞を呼んだ。
「……お出ましになったらしいわ、陵氏、千鶴子さんのお兄さんが」
「今草間興信所に?」
 レイは頷く。
「こっちに向かいたいがどうかって。草間氏は反対らしいわ。私も同じよ。いくら何でも、抜け殻とは云え水谷と向かい合わせるのは賢い方法とは思えない。……それでね、」
 レイは、遠い所で血縁関係にあり、自身が霊媒体質である彬に陵・修一(みささぎ・しゅういち)氏の意識をシンクロさせる事を提案した。
「微妙な所ね、取り敢えず彬君に聞いてみる」
 テレパスで幻想世界内の彬と交信していた舞だが、やがて「オーケー、彬君、承知したそうよ」と答えた。

【4_3af】

「彬君、」
「……分かっている。了解した」
 彬を慮ったイヴに、彼は静かな表情のまま頷いた。
 つい今しがた、現実世界のイヴ、朝比奈舞を通して彼に、知らせを聞いて草間興信所に駆け付けた千鶴子の兄、陵修一の意思を、彬の霊媒体質を通して伝えて呉れないか、と連絡があったのだ。
「大丈夫なの?」
「……ああ」
 彬の目は虚ろで、ケーナズと刃を合わせている鞍馬の姿を映して居た。
 金属音が響く。お互いのサイコの波と、霊力がぶつかって火花を散らした。
「……俺は無力だ。……水谷でさえ殺したくはない。でも、俺には鞍馬のようにそれを阻止する事さえ出来ない。……俺に出来る事なら、何でもやるよ」
「でも、血縁なのでしょう、何かの弊害が生じないかしら」
 イヴを真直ぐ見た彬は大丈夫だ、と穏やかに微笑んだ。
 ……鞍馬が聞いていれば何が何でも留めただろうが、今現在、彼は取り込み中である。
 そして、アルビノの青年はゆっくりとその赤い瞳を閉じる。銀色の髪に色素の薄い肌が、一層白さを際立たせて発光したように見えた。

「……、」

「──彬君、どう?」
「──……」
 彬がゆっくり目を開いた。それを覗き込んだイヴは思わず言葉を失う。
 彬の顔ではない。──何と云う形相だ。空を上目遣いに睨み付けるような瞳は燃えているようで、少なくとも、この青年がそんな激昂し顔を見せるとは信じられ無かった。
「……陵さん、……修一さん?」
「……、」

【4_3ABCDFHJ】

 キキキキキ──、と「雪月花」の峰の上を滑ったサーベルが異様な金属音を立てた。
 ケーナズは舌打ちしつつ眉を吊り上げた。本気であと一閃すれば、雪月花の刀身ごと鞍馬の身体を叩き割れそうだ。
 ──本当に斬ってやろうか、と思う。
 あくまでケーナズが水谷を始末するのを阻止する為だけだ、殺してはいけない、と思いながら力加減を意識している鞍馬は、ケーナズから見れば隙だらけだ。
 上級者に依る剣の打ち合いは、結局は精神上での駆け引きだ。
 鞍馬には手加減しなければ、という迷いがある。ケーナズには迷いは無い。
 ──友人と同姓と云うだけで怨霊相手に攻撃を迷い、何かあれば柾を放り出し、14かそこらの小娘に良い様に振り回され、彬が水谷を殺したく無いと云えばケーナズに刃を向け、──。
「全く、君には自分の意思と云うものが無いのか? 君はまるで「精霊の守人」どころか彼の操り人形だぞ」
 わざと、殊更嘲笑めいた口調でケーナズが吐き捨てると、鞍馬は「彬が云ったからじゃねえ」とはっきり答えた。
「俺の意思だ」
 ……共感出来るんだ、水谷に。
 勿論、水谷のした事を肯定はしない。だが、元はと云えばそれは千鶴子への思慕が過ぎた結果だったのだ。──永遠に叶わないだろう恋心。
 楓や彬への想いを抱く鞍馬には、そんな報われない恋心の所為で堕落して行った水谷を、ただ厳しく裁くと云うことは出来ない。

「危ない!」
 涼は柾と勝明を纏めて両腕に抱え、身を屈めて伏せた。
 その傍らで空を切った触手を、涼は『正神丙霊刀・黄天』で断ち切った。後に、ばらばらと石畳に落ちたのは斬れた大型の鎖の断片である。
 首無し騎士。
 この際無気味なものなら何でもありなのだろう、戦死した騎士が自らの首を抱えて馬で走り回ると云う化け物だが、それが今柾を引き寄せようと凄まじい勢いで駆け抜けながら鎖を投げて来たのだ。
 セレスティは無事か、慌てて彼の姿を探した涼の心配は取り越し苦労だ。災難の降り掛かる位置は予め察知して居て、余裕を持って悠然と避けているこの麗人に対しては。
「……御無事で何よりです」
「……あなたこそ」
 皮肉の一つも云いたくなって投げ遣りな微笑をセレスティに返した涼だが、戦えと命令出来ない彼はともかく、──。
「何やってるんだ、仲間割れ起こしてる場合じゃないだろう!」
 少し離れた場所のケーナズと鞍馬に怒鳴る。彼等も何体か死刑執行人を斬っては居たが、あくまで運悪く二人の間を通過してしまい、「邪魔」と判断されたものだけである。
 二人は水谷を殺すか、殺さないか、という問題を巡っての議論がいつの間にか打ち合いにまで発展してしまった。それも問題ではあるが、相手は、この数だ。そんな事で油を売っている暇など無い筈だ。
「文句ならこいつに云え!」
 ケーナズも負けずに、視線は鞍馬に向けたまま涼へ怒鳴り返した。然し、そうは云いつつもイヴの背後で斧を振り下ろそうとしている執行人を鋭く見咎めるや否や、くるりと身体を翻してその甲冑を叩き割る。
「イヴ、怪我は」
「大丈夫よ、……ありがとう、ケーナズ」
「あなたを護る者として当然の事をしたまで」
 片手を胸に当てて頭を垂れて見せる。
「……何やってんだか」
 最早卒倒しかかっている柾の肩を抱きながら、勝明まで呆れたように呟く。
 実は、そう云う勝明も気を抜けば遠のきかける意識を必死で押し止めていた。
 死刑だ死刑だ死刑だ死刑だ、と頭の中に響く声。それは、涼への負荷を「干渉」に依て引き受けているが故に通常の2倍、否それ以上に大きく反響していた。
「……、」
 額を押さえつつ、相変わらず水谷を殺すな、否死んで当然だ、と物騒な喧嘩をしている二人を見遣りつつ、それでも「干渉」して本当に良かった、と痛感した。
 結局、その仲間喧嘩の所為でこの場に居る戦闘要員、基い護衛役は涼独りになってしまっているのだ。
「全く、これだから男の子って厭ね☆」
 申し訳程度にそう呟いたイヴも、先刻のケーナズの言葉にまだうっとりと意識を奪われている状態だった。
 ──その時だ。先程まで、当初の無口さに輪を掛けてやけに大人しかった彬が、突如殺気立った気配に変わって絶叫したのは。

『──殺せ!』

「……何……?」
 思わずケーナズと鞍馬までがそう呟いて「喧嘩」を止めた。
「……陵修一氏、千鶴子さんのお兄さんよ」
 イヴがようやく真顔に戻って告げた。
「千鶴子さんの兄貴って、何で彬が──、……まさか彬、」
 遠い所で千鶴子にもその血が流れていたと思われる陵一族は、代々霊媒としての素質を持つ家系である。その彬の口を借りて千鶴子の兄が出て来たと云うことは──。
「いつの間に、……莫迦野郎、彬!」 
 霊媒体質とは云っても、基本的には本人の意思無しには他者の意識が憑依する事は出来ない。鞍馬が傍に居れば止めただろう。が、彼が取り込んでいる間に彬がさっさと同意してしまったらしい。──血縁者の意識ともなれば、何らかの弊害が残ってもおかしくは無いのに。
「彬!」
 ケーナズを放り出して駆け寄った鞍馬を、最早尋常ではない気配の彬が振り払った。
『……赦さない。水谷、……誰が何と云おうと。……千鶴子を殺し、晴冶君までこんな目に遭わせた水谷を、僕は赦さない。……殺して下さい。……殺せ、──殺せ!』
「……見ろ、被害者の兄がああ云って居る。……これでも未だ、水谷を生かして返す気か?」 
 呆然と彬を見詰めている鞍馬に追い討ちを掛けるように、背後からケーナズの冷たい声がした。

【4_3xxx】

「……、」
 磔也の視線の先では、亮一が必死に三台のコンピュータのモニタを見遣りながらキーボードに置いた指を動かせずに苛立って居る。
 自らもピアノをやっているとかで音楽には異様に詳しいとレイが評した不良学生に改造された第四楽章のソースは亮一にもお手上げだった。
 音楽データのソースにはJavaScriptでやたらと細かいイベントが組み込まれているが、元々がAIFFに変換したデータをXHTMLとJavaScriptでサーバ上にアップロードしたものである為に、どこまでが元のままでどこまでが改竄されているのか判断が付かない。
 レイが暗殺者のデータと引き換えにパスワードを教えてしまったのが悪かった。既にサーバ上、つまりは幻想世界の何処にも元のデータが残っていないのだ。書き換えた後、消去してしまったに違い無い。
 かと云って、この改造版データすら消去してしまえば、彼等とこの世界を繋ぐラインが断たれてしまう。永久に幻想世界に取り込まれたままになってしまうのだ。恐らくは何の前触れもなく音楽が止み、周囲の風景も消え失せた闇の中を彷徨う事になる。あの禍々しい怨念と共に。

 磔也は目を細める。
 ──焦れ焦れ。急がないと、受刑人不在の今の状態ではもうすぐ169小節目のトラップが解放されるぞ。
「ループだぞループ、刑場で延々ループ」

【4_4ABCDFHIJ】

「あれ、どうしたのあいつ」
 水谷の周囲は疾風の壁で確保しつつ、将之がイヴに訊ねた。
 何やら、彬の様子がおかしい。
「……憑いてるのよ、千鶴子さんのお兄さん、陵修一氏が」
「はあ? ……何だそりゃ」
 
『水谷!』

 彬──基い、水谷に妹、千鶴子を殺された陵修一が、将之が連れて帰った水谷の姿を認めて俄に殺気立った。

『殺して下さい、奴を! 水谷、千鶴子や晴冶君をこんな目に遭わせたお前を、俺は決して赦さないぞ!』

「止めてくれ!」
 鞍馬が耳を塞いで悲鳴を上げた。
「陵さん、あんた、もう彬から出て行ってくれ! 早く!」
 耐えられない。このままでは彬にも何らかの害が残るだろうし、何より、自分の意思では無くとも殺せ、などと叫ぶ彬を見るのが耐えられない。
「耳を塞ぐな、良く聞け! あれは殺された千鶴子の兄だぞ、その兄が殺してくれ、裁いてくれと云っているんだ。ちゃんと聞くんだ、妹を奪われた兄の意思を!」
 ケーナズは容赦無く鞍馬の肩を掴み、彬へ向き直らせた。

「将之君、もう良いわ」
 イヴは彼の耳許でそっと囁いた。水谷を囲んでいる、風の檻の事だ。
「え?」
「あとは私が」
「……、」
 大丈夫かよ、と訝りつつも将之は云われた通り、水谷を解放した。イヴがその周りをぐるりと一周したと思うとその軌道上に何人もの彼女の分身が現れ、水谷を取り囲んだ。
 一斉に水谷を見つめる彼女達の表情は、どれも千鶴子の顔をしている。勿論、天才的な演技力と歌声で以て人を魅了するセイレーンの声を持った、イヴの演技だ。
『……さあ、行きましょうか、貴方の行く可き場所、……あの断頭台へ』
 千鶴子……、と掠れた声を上げた水谷の表情が強張った。イヴ(達)は慈愛に溢れた、とさえ云えそうな神々しい微笑みを浮かべたまま、断頭台へ向けて歩き出す。
「駄目だ、止めろ! イヴさん、止めてくれ! あれは彬じゃない、彬はそんな事望まないし俺だって厭だ、水谷は、──一歩方向を間違っちまっただけじゃねえか、そこで、足を踏み外しちまっただけだ、そのおっさんだって人間なんだ!」
 鞍馬がイヴの内一人に取り縋り、ケーナズのサーベルに制止される。鞍馬はそれを雪月花で払い、斬り込む。──鍔が競り合う。

「……、」
 涼は勝明を抱きかかえたままどうしたものかと途方に暮れてそんな状況を見ていた。
「……そう云えば……、」
 第二楽章、舞踏会の時。あの場に居た化け物達はこの黄天で斬る事が出来た。──なら……。
「……結局、あれが在るから皆、揉めてるんだろ」
 そして視線を遣った先には断頭台の影が在る。
「……斬ってみようか」

 勝明の身体をそっと横たえると、涼は、賭けに出た。

【4_4xxx】

「──掛かったな」
 磔也が笑みを浮かべて吐いた言葉に、姉が駆け寄って来て何がよ、と彼を小突いた。
「あー、頭から77小節の反復のループ。イベントが解放された」
「どういう事?」
「今さー、こいつ、茶髪の優男が刀でギロチン斬ったろ。まあ、そうしなくても刃が降りなきゃ終わんねーようにはしてたんだけど、それより先に自分からループ解放しちまった」
「は?」
 だから、と楽しそうに微笑みながら磔也は懇切丁寧に姉に説明する。
「種明かしするとー、最初から77小節目の反復に無限ループ設定しといたんだけど、最初はそのまま、反復無しで通過させてやったんだよ。親切だろ? ただし、ギロチンで誰かが首飛ばされなきゃ終止しないで最初にループ付きで戻るようなイベント設定してたんだ。……まあ、トラップの積もりだったけど、ここまで積極的に解放して呉れるとは思わなかった」
「この莫迦」

【4_5ABCDFHIJ】

「……、」
 何が起こった? とその場に居た全員の表情が訊いていた。
「……つまり、今、御影君がギロチン、斬ったじゃない。……あれが斬れるっていうのも凄いけど。……それで、」
 第四楽章の冒頭から77小節目までを延々ループするイベントが発動されたらしい、とイヴは、舞が聞いていた磔也の説明を今ここに居るメンバーに向けて繰り返した。
「……無茶苦茶だ」
 誰だか知らないけど、帰ったら後で覚えてろよ、と涼は黄天を石畳の隙間に突き立てて吐き捨てる。
「……ふん、焦る事は無い。要は、受刑者の首が落ちれば良いのだろう。簡単な事だ」
 ケーナズが、未だイヴ達が確保している水谷を一瞥して不敵な微笑を浮かべた。
 陵修一に身体を貸したままの彬は水谷を殺せ、殺せと壮絶な叫びを発し続けて居る。
 千鶴子がその狂気じみた絶叫に呼応するように姿を現し、矢張り死刑を執行人に命じて笑う。
 周囲には再び死刑死刑と姦しく喚き立てるコーラスが巻き起こった。

──de mort ! de mort ! de mort ! de mort ! de mort !! de mort !!

【4_6zero】

「……ねえ、ちょっとヤバくない?」
 元々ヤバいよ、と異口同音に切り返した舞、亮一、孝の答えにレイは首を振って画面を指した。
「そうじゃなくて、倉塚君、……キレかけてない?」
「キレもすんだろ、こんな無茶苦茶な中に居りゃあ」
 孝はキーボードを操作しながらも、相変わらず口調と声質のギャップが激しい。
 そりゃそうだけど、とレイは暫し考え込んだ。
「……大丈夫……よね。……倉塚君なら多少ブチ切れても……」
 ……大丈夫、多分。……大丈夫な筈。

【4_6ABCDFHIJ】

──de mort ! de mort ! de mort ! de mort !

『殺せ!』

────ユートピア国家の理想は軍部と専制政府の完全なる支配下に因ってこそ実現され、それでこそ研究に於ける完全なる秩序とその研究を通じて芸術が目指す素晴らしい成果が保証されるというものである!

『水谷、堕ちろ! 殺せ、殺せ殺せ殺せ!!』

 千鶴子の笑い声と全く意味不明な水谷の絶叫、死刑死刑死刑死刑と喚くコーラス、そして水谷を殺せと怒鳴る、彬の口を借りた陵修一の声は今や混沌と混ざりあって、何が正常で何が異常なのか、一体誰の死を望むものであるのかさえ区別が付かない。
 音楽は、延々と同じ箇所を反復し続け、耳にこびり付いた喧しいファンファーレにはうんざりする。
 
 不意に、一陣の強風が吹き抜けた。
「……お前ら全員、──いい加減にしろ」
 一同がはっと顔を向けた先、──この疾風の発生場所に居たのは、倉塚将之である。
 今までも、特に一癖二癖ある面々の中でもあくまで当初の依頼内容、柾の護衛にクールに徹して来た彼、元々は人の好い少年だった筈なのだが、──。
 低い静かな口調が、逆に彼の不穏な精神状態を示唆している。
 彼を中心に竜巻きのように起こる風は鋭く、鎌鼬のような鋭利な刃を持っていた。
『殺せ!』
 状況が分かっていないらしい、彬の身体を借りた陵修一は相変わらず絶叫する。
 風が、一段と強くなった。
「煩ぇ! あんたもそんなに殺せ殺せって喚くなら、自分が来いよ!」
 今までにも、将之が剣術の他にも自身の能力らしく風を壁や刃に変えて自在に操っていたのは目にして来た。……そして、この状況は……。
「不味いぞ、」
 ケーナズは一同に下がれ、と腕を振って合図し、イヴに分身を解除しろ、と命じた。その一言で水谷を取り囲んで居たイヴの分身達は慌てて一体に纏り、その分身も走ってケーナズの傍らに居る本体に収まった。
「不味いですね。……ですが丁度良いのでは? この小煩い存在を掃除して呉れますよ、屹度」
 落ち着き払っているセレスティに、君は特に急いで下がれ、と吐き捨ててケーナズはイヴの腕を取り、将之の傍を離れる可く駆け出した。
「急いで、彬君を!」
「分かってる!」
 勝明と共に柾の腕を引いてケーナズに従いつつ、涼は鞍馬に向けて叫んだ。云われるより先に鞍馬は、陵修一の意思で水谷を呪い続けている彬を無理矢理、──腕を引いてもびくともしないと分かったので、幾らかある身長差に任せて抱き上げて移動した。
 ──その直後だ。
「もうどうなろうが知った事じゃねぇ、──勝手にしろ!」
 
──轟──!

「──!!」
 辛うじて範囲外すれすれの地面に伏したイヴ、ケーナズ、涼、勝明、柾、そして彬を押さえ込んで身を伏した鞍馬、何故か一人余裕で安全圏に居るセレスティの目の前で、将之を中心に吹き荒れた尋常ではない量の疾風が鎌鼬となって全てを、──妖しの死刑執行人達を、死刑を求めるコーラスを、千鶴子の幻影を、断頭台の無い刑場の風景を切り刻み、一掃した。

──今だ、。セレスティはぼんやりとした視界にその破壊的な動力を認め、既に掌中に在った「キー」を、──外の世界から受け渡された「例の」音声データを解放した。
 ──目論み通り、水谷が風の刃に飲まれる前に消え失せたのを感知し、彼は口唇の端を持ち上げて悠然と微笑んだ。

【4_6fh】

「……、」
 鞍馬の下で、彬が低く呻いた。
「……あ、御免、彬、怪我無ェか!?」
 鞍馬は慌てて身体を起こし、彬を覗き込んだ。
「……ああ、」
「……あ、……戻った」
 陵修一が、消えている。こめかみを押さえて瞬きしている彬の平常通りの表情に、ほっとすると同時に鞍馬は軽い憤りをぶつけた。
「……何で、あんな事したんだよ」
「……あんな事って?」
「千鶴子さんの兄貴。……俺の知らない間にさっさと憑依させやがって」
「仕方ないだろう。あんなに凶暴な意思だとは思わなかったんだ。それに、俺のする事だ、いちいちお前の了解を得る必要など無い」
 顔を上げた彬は、何時になく鞍馬の表情が険しいのに気付いて驚きつつ黙った。
「……鞍馬?」
「……心配したんだ、本当に」
「……、」
 ──すまない。……喉元まで出掛かった言葉を、辛うじて普段のクールな彬が押し止めた。
「……そう云えば」
 そこで二人ははた、と顔を見合わせた。
「水谷は?」

【4_6ABCDFHIJ】

 陵修一が抜け、正気に返ったらしい彬と鞍馬が合流してから、一同の関心はようやく肝心な点に向けられた。
「……水谷は、」
 どうなった?
 将之の風の刃は全てを一掃したが、水谷がそれだけで消えてしまったのだろうか。
「殺しちまったのかよ、」
 鞍馬が慌てたように、すっかり無傷になった将之を問い詰めた。
「知らねぇ、……悪い、俺にも分かんねえ」
「おい」
「……死んで良かったんだ、あんな奴は」
「手前ェ!」
「やめて!」
 再三、衝突しかけたケーナズと鞍馬の間にイヴが慌てて割り込んだ。イヴはケーナズの意見に賛成して居たが、ここでまた将之がキレるのだけは何としても阻止しなければ不可ない。
「……、」
「……何をしたんですか、セレスティさん?」
 勝明は確信を持って誤摩化されないぞ、と彼をじっと見詰めた。
 どうも、涼すら都合良く動かしてしまったらしいこの謎多き青年が何かやったのは明らかだ。
「……安心なさい。水谷の精神は死んでいません。……但し、彼には死よりも辛い罰を受けて貰っていますが」
「一体何を?」
 訊ねたケーナズを始め彼を見詰める一同に、セレスティは淡々と告げる。
「先程陵君の妹君から受け取ったファイルの内容を覚えて居ますか? 田沼探偵達が水谷を現実世界で追い詰めた時、エマ嬢が声帯模写を利用して千鶴子嬢の声で水谷に彼のした事を思い出させたそうですね」
「……、」
「何それ」
「……さあ」
 彬の妹、楓にかまけて例のファイルを見て居なかった鞍馬と彬を覗いて一同、頷く。将之がファイルのデータがプログラムされたフロッピーを出し、後で読んどけ、と押し付けた。
「すみませんね、……御影君を利用する気は無かったのですが。外からの干渉に因って反復の無限ループが存在すると聞いた時、思い付いたもので。……エマ嬢の音声データをキーに、水谷を自らが犯した罪の意識と共にその反復の中に閉じ込める事を」
「……じゃあ、」
「流石にそれは残酷過ぎるかとも思ったのですが、殺すか殺さないかの選択肢では決着が着かなかったようですので」
「……、」
 ケーナズと鞍馬が触り気無く視線を反らした。イヴがそんなケーナズを見てくすりと笑い、涼と勝明は苦笑を交わし合った。──全く、あの「喧嘩」には大分とばっちりを喰わされた。

「……水谷和馬、赦し難い罪人です。彼のような人間の為に、誰一人手を汚す事はありません」
 青い瞳を遠くへ向けたセレスティの口唇に残酷な笑みが浮かんだ。
「──自ら産み出した幻想と共に、永遠に恐怖を味わうが良い」

──……まあ、生きて罪を償うなら、……でもそれもあんまりだ、と彬は内心で呟いた。

【4_7zero】

「……うわ、これきッつ……、」
 画面を切り替え、反復部の映像を映し出したレイはおそらく前髪の奥で眉を顰めたと思われる。
「……ちょっとぉ……総帥、これはキツいって……」
 ──まあ、小気味良い事は良いが。

──……何故、私を殺したの、水谷さん
──……千鶴子……、
──……晴冶さんをどうする気なの? ……私は知っているわ、私を殺したのは水谷さんだって
──……千鶴子、……嘘だ、千鶴子がここに居る訳はない、
──……警察や晴冶さんは騙せても、私は騙せないわ。……何より
──……来るな……、千鶴子、やめてくれ、
──水谷さん自身の心に嘘は吐けない
──……危ない──……

 永遠に反復を繰り返す断頭台の影と刑場の風景の中、水谷の精神は既に恐怖で壊れ始めていた。……だが、この恐怖は終わる事はない。死に損なった水谷の魂は、永遠にこの声を聴き続ける事になる。……永遠に。
 抜け殻となった彼の肉体が朽ちても、何百年が過ぎようと。この異世界から分離した、反復を繰り返す音楽の中で。

【-Xilef-】

 ──柾晴冶は呆然と座り込んだまま、低声で呟きを繰り返していた。
「……ユートピア国家の理想は……完全なる支配下に因って……完全なる秩序とその……芸術が目指す……成果が保証され……」
 ──柾、と声がする。自分を呼ぶ声にはっと一団を振り返った柾は、小首を傾いで歩き出した。
 ……何か今、ぼんやりしていたようだ。

【4_7ABCDFHIJ】

──皆、そのまま一気に走って、第5楽章まで抜けて! と云うイヴの声を合図に、一同はともかく駆け出した。

 今度こそ、本当にあとは脱出するだけだ。──この楽章、魔女の狂乱の宴さえ掻い潜れば、──無事駆け抜ければ。

【4_8】

 白い閃光に覆われて行く第四楽章の舞台から脱出するべく、一同は柾を連れて走る。
 その先には、青い、深い闇が広がっている。
 闇の中には、妖艶な笑みを浮かべた紅い女の影が潜んでいた。

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幻想交響曲 Phantastische Symphonie Op.14
作曲:Hector BERLIOZ (1803-1869)
作曲年:1830

「病的な感受性と、はげしい想像力を持った若い芸術家が、恋の悩みから絶望して阿片自殺を計る。しかし服用量が少なすぎて死に至らず、奇怪な一連の幻夢を見る。その中に恋する女性は、一つの旋律として表れる──」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0931 / 田沼・亮一 / 男 / 24 / 探偵】
【0932 / 篠原・勝明 / 男 / 15 / 学生】
【1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 / 製薬会社研究員(諜報員)】
【1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502 / アイドル兼世界調査員】
【1555 / 倉塚・将之 / 男 / 17 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋】
【1712 / 陵・彬 / 男 / 19 / 大学生】
【1717 / 草壁・鞍馬 / 男 / 20 / インディーズバンドのボーカルギタリスト】
【1831 / 御影・涼 / 男 / 19 / 大学生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1990 / 天音神・孝  / 男 / 367 /フリーの運び屋・フリーター・異世界調査員】

NPC
【1630 / 結城・磔也 / 男 / 17 / 学生】
【1889 / 結城・レイ / 女 / 21 / 自称メッセンジャー】
【水谷・和馬(みずたに・かずま)】
・今回の依頼人にして元凶らしい。アマチュア時代から柾と共に創作活動をしていたディレクターの卵。御愁傷様です。
【柾・晴冶(まさき・はるや)】
・新進の若手として注目を集めていた映像作家。どうも、厄介な事に見舞われ易い問題青年らしい。
【陵・千鶴子(みささぎ・ちづこ)】
・一ヶ月程前に轢逃げに拠り死亡。柾の元恋人で舞台女優。今回の件は彼女の怨念が引き起こした物と見られていたが、本当の彼女はただ柾を心配していた模様。
【陵・修一(みささぎ・しゅういち)】
・陵千鶴子の5つ違いの兄。千鶴子殺害の犯人に見当を付けており、草間興信所に依頼に行った。

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■         ライター通信          ■
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今回、もう何も申し上げようがありません。
ただ、皆様本当にお疲れ様でした……、と云うばかりです。

後は、脱出するのみです。
結局はその途中にも魔女の狂乱の宴を通過しなければならず、簡単に素通りは出来ないと思われますが。
次回、第五楽章の受注は10月1日水曜日午後8時から行う予定です。
さて、何名様が幻想世界内に残った事になるのでしょう……。

今回の御参加、本当に有り難うございました。

■ 陵彬様

引き続きの連投、有り難うございました。
お言葉に甘えて霊媒能力を使わせて頂きましたが、千鶴子嬢の代わりにあんな殺気立った兄の方をシンクロさせてしまって良かったものか……どうにも、大変な目に遭わせてしまったようです。申し訳ありません、そして本当にお疲れさまでした。

x_c.