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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している

「咲ちゃん、すっごく可愛いン♪」
更衣室から姿を現した咲に、『IO2』の構成員…ステラ・R・西尾は、西洋人にありがちなオーバーアクションで感動を表し、胸の前で手を組んだ。
「……ちょっと……おかしくない?」
咲の姿はレオタード…右肩からの濃紅が左の脇へと桃色に変じてグラデーションを作るそれは身体のラインを露わにし、かなり肌を露出させる部位の切込みがキツいタイプに見える。
「んン、とってもよく似合ってるわよー♪やっぱり女は愛でられてこその花よねー♪」
 うきうきと…黒一色のパンツスーツ姿なステラは、咲を鏡の前の丸椅子へと誘い、その髪をブラシで梳る。
「咲ちゃん、髪キレイねー。お手入れ、何してるノ?」
「自然素材のシャンプーとリンスに、それから湯上がりにエッセンシャルオイル、かな」
咲の緩やかに波打つ茶の髪を器用に編み込み、銜えたヘアピンで要所を固定しながら、ステラはふふ、と笑った。
「西尾さんの髪も綺麗♪」
咲は惜しみない賛辞を鏡に映る美女に向ける…スーツの黒に落ちかかる豪奢な金の髪は、なんというか存在感が違う。
「んフフー♪ そう? アリガト♪」
その金に劣らぬ鮮やかさを誇るエメラルドの瞳は、少女のように屈託のない笑いを宿した。
「女の子とこういう会話はイイわネ、楽しいワ♪」
うきうきとした様子に、咲もつられて自然と笑んでしまう…が、実際にはそんなのんびりとおしゃれ談義をしている状況ではない。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』は、犯人の捕縛に乗り出すに、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮として能力者に協力を求め…咲は一も二もないどころか自ら進んでその危険な任に立候補した。
「でも咲ちゃん、ダイジョブなノ?」
鏡越しのステラの表情が曇った。
「確かに、条件を掲示してくれれバ応えるとは言ったケド……一人で、なんて無茶ヨ?」
憂いの表情は、そのまま咲の身を案じる気持ち、親しさと遠い立場でありながら怖じぬ好意を、少し不謹慎ながらも心地よく感じ、咲は小さな笑いを零した。
 囮になる条件は、決して手を出さない事…事態の権限を咲に一任する、それが条件。
「あァ、代われるモノならワタシが囮になるのに……」
「体重落すの大変なんだからその位してね? …西尾さんにはどーしても無理」
標的は新体操選手…学業・部活・退魔と咲も鍛えてはいるが、それを主とした選手の骨格と筋肉で構成された体躯に近付ける為、減量を要したというのに。
 肉感的なステラがその境地に達するには、如何ほどの時間が必要か知れない。
「それに、そんなにステキなプロポーション崩したら、旦那様が泣いちゃうから」
その旦那様が、以前会った事のあるヒゲのオジサンであるのが少し信じられないが。
「そうネ、残念だけど諦めるワ……でも、アナタの身が危険だったラ、介入しちゃうわヨ?」
ステラの像が視線を合わせてくる。
「大丈夫、私、強いもの」
確たる…自信、というよりは決意から来る言葉の強さに、ステラは息を吐いた。
「それは知ってるケド……あの子が来るとも限らなくってヨ?」
真の狙いを心得ている風の言に、咲は笑みを深めた。
「大丈夫、私、運もいいから」
「若いっていいわねェ……」
と、その一言で括っていいか悩む言でステラは咲の髪の編み込みを終え、ぽん、とその両肩を叩いた掌のぬくもりを激励に変えた。


 競技会の会場で、本人の演技の終了後、入れ替わる。
 咲の演技力が長けていようと、付け焼き刃の新体操で本人の今までの努力をふいにしてしまう訳にも行かない…という以前にそれは犯罪である。
 審査の結果を待つ間、咲と入れ替わった本人はそのままIO2の手配する場所で潜伏し、変わって咲は彼女の生活を踏襲する事となる…期限は、犯人が捕まるまで。
 その為、見事に自由演技で優勝を飾った彼女に代わって賞とメダルを受け取る際、賛辞に罪悪感を覚えはしたものの、はにかむような笑顔に隠しきって顔を上げた、時。
「よ、一等賞、おめでとさん♪」
腕に白い大輪の百合の花束を抱いて、黒いばかりの姿が其処にあった。
「ピュン・フー……」
名を呼び、そしてにっこりと咲は微笑んだ。
「やっぱり普段の行いが出るわよね、こんな時」
「あれ?咲ちゃんじゃん」
手にした花束を肩に支え、ピュン・フーは相変わらず表情の半分を隠して円いサングラス…でも明確に、楽しげな感情を現した。
「スタイルだけのつもりが役に立ったな、オメデトー♪」
何処までが本気か…観客に混じる黒服の緊張が一気に高まるのにも気付いていようが、そんな様子は微塵もない。
「相変わらずね」
咲は嘆息と共に花を受け取った。
「どうして白い花ばかりなの?」
合わせられたかすみ草も彩りに乏しく、百合の香りばかりが強く存在感のある花束を指し。
「ん、いつ聞いたんだったかな?」
首を傾げた仕草のままに、内側を覗かせない黒い遮光グラスを指で少し、ずらした。
「死人に手向けるのは、白い花がいいってさ」
茶目っ気のある笑いに細めた目の、濃い紅に本能的な不吉さが覚える震えは、足下から立ち上る霧に冷たさを増した。
 咲が周囲を見渡せば、寸前まで確かに存在した人の姿はただ一人もなく、ただ影だけが、霧に映る形で動きを見せていた。
 室内灯に淡く、窓辺からの日光に濃く、その黒だけが人の存在を示して、けれど自分とピュン・フーだけが切り離される。
「んー、邪魔が多そうだったから。そろそろ殺されたかったんだろ? 俺に」
問う眼差しに答えて笑うピュン・フーに咲も微笑みを返した。
「いいえ全然?」
咲は一度、鋭く手首を…その手にしたリボンを鞭の如くに振るった。
 それは意のある動きでピュン・フーの身体に巻き付き、腕の自由を封じる。
「私自分の夢を叶えるまで死なないって決めてるの」
予めリボンに織り込んだ呪が、咲の力に反応し淡い光を放ち、力を込めても微塵と緩まぬそれに、ピュン・フーは器用に肩を竦めた。
「んなら逃げろって言ってんじゃん?」
 幾度となく彼は確かに警告し、咲はそれに応じなかった…が、だからと言ってそれは甘んじて死を受ける理由にはならない。
「未来の旦那さまの奥さんになって…そして素敵なお母さんになるの」
咲はリボンの端、演技用のそれと見せる為の持ち手を握り締めた。
 一見、何事もなく張った細い帯…は、小刻みに震えている。
 それを支える為に咲は自然と腰を落とし、体重をかける事で縛を保とうとする…呪は幾重にも巻き連ねる事で同じだけ結ぶように工夫を凝らした、それが内側からの圧力に抗していた。
 静かな攻防。
「ピュン君は夢とか…欲しいものないの?」
「ピュン君ゆーな」
厳かに告げ、ピュン・フーは悩むそぶりに眉を寄せた。
「んー、夢、ねぇ……?」
答えに詰まったまま続かない言葉に、咲は肩を落とした。
「そこですかさず咲ちゃん、くらい言えないのかしら」
「んじゃ、咲ちゃん♪ってったらくれるワケ?」
「……考えさせて頂戴」
正直な咲の返答に、ピュン・フーは喉の奥で笑った。
「咲ちゃん、相変わらず可愛いなー♪ 殺すの勿体なくなるじゃん?」
笑いにそのまま背を丸め、両者の間を繋ぐリボンが緩まる。
 繊維を裂く音を立て、ピュン・フーの背に一対の皮翼が拡がった。裂けた布が床に散り、たゆたう霧に沈む。
 同時、術による縛までも解いたピュン・フーは自由になった両腕をうんと伸ばした。
「あ〜、キツかったー」
ついでとばかりに首をこきこきと鳴らし、ピュン・フーは眼前に翳した五指を折り曲げた。
「じゃ、次は俺の番な?」
言葉のまま、その爪が鋭利な光で伸びる。
「……女の子には優しくね?」
牽制するようにじりと動く咲にピュン・フーは肩を竦めた。
「男の子も優しくして欲しー時はあんだけど? 風邪の時とか」
「あら、風邪の時だけじゃなくても優しいわよ?……でもピュン君、風邪引くの?」
吸血鬼に感染する根性の座ったウィルスが居れば、拝見してみたいものである。
「なんかよくわかんねーガスにあたった時は熱出したけど。いやー、アレしんどいなー」
命を奪うと言っておきながら、変わらない軽口。
「そういや、咲ちゃんそんな薄着で寒くねー?」
そして案じてみせるのに、咲は少し眉を開いた。
「平気……ねぇ、ピュン君ホントに欲しいものない?」
「どしたんだよ、俺の誕生日なら一月だぜ?」
また変わらぬ口調で答え、続ける。
「咲ちゃん、今幸せ?」
挨拶のように、繰り返される問い。
 咲は胸元に握った拳を当てた…彼が欲しがっているのは、答え。けれど。
「欲しい物と違うかもしれないけど」
首から下げた鎖…胸の間に落とし込んでいた、小さな袋を取り出すと、その中身を掌の内に開けた。
 転がり出す、小さな桜貝……咲は怖じる事なくピュン・フーの手を取り、まるで爪のように薄いそれを掌の上に乗せた。
「欲しい物と違うかもしれないけど」
前に会った折、水族館で買っておいた品だ。
「あ、咲だけずりぃ。俺が法螺貝買おうとしたら止めたくせに」
「かさばるじゃない」
「首から下げといたらすげぇ目立つと思わねぇ?」
「そしたらお付き合いを考えさせて貰うわね」
こつん、と額を胸にあてると静かな呼び掛けが降る。
「咲、どした?」
厚い黒革に遮られて鼓動は感じられない…その胸の奥、彼の危うさそれ自体を示すような力。
「ね、渡したリボン、どうしてる?」
「あー…部屋に置きっぱなし」
てへ、と頬を掻く仕草を見上げる。
「持ってて。肌身離さずに……リボンも、今の貝殻も」
護身の呪を篭めたそれが、どこまで功を成すか分からない。でも何もないよりいい。
 咲の出来得る限りの力、寄せる心でなりとせめて守りたい。彼を。
 祈るような思いで見上げた強い瞳を受け、ピュン・フーはてへ、と頬に人差し指をあてた。
「えー、恥ずかしいん♪」
法螺貝が平気で何故リボンが持てない…咲のこめかみのあたりでぷちり、と何かが切れる音がし、怒りに反して浮かぶ表情は、笑み。
「でないと呼ぶわよ?」
凄味のある眼差しに、ピュンが身構えるより先、咲は用意しておいた…最後の切り札を出した。
「ピュンキー♪」
名を正しく呼ばれない事を嫌がるピュン・フーの為の愛らしい呼び掛け…今度は製菓のイメージキャラな猿か。
「ん、可愛い♪」
 皮翼をばたつかせて声なく笑い転げるピュン・フーに、咲は満足げに微笑んだ。