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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


祭囃子に月は誘われて。

 楽しげに往来する人々の中を、何時しか人の波と同じ方角に向けて歩いていく
守崎啓斗と篠宮夜宵。
 世界最凶と大層な名乗りをあげた妖魔を退治しに行ったものの、実はただの不
浄獣霊で、あっさりと降伏してきた帰り道であった。
 遠くに鳴り響いていた太鼓と笛の音は、小気味良く響いて人々の心を別な世界
へといざない、小さく見える山車が喧騒と囃子をつれて各町会へと帰っていく。
 やがて薄闇が覆う空は茜色を天頂から紫紺に染めて、凛とした空気を辺りに流
し込む。
 ぼおっと灯るアセチレンの灯り。
 ゆったりとした時間の中、楽しげな人の流れはその神社に向けて流れていく。
「‥‥‥これは一体、何の集まりなのですか? 守崎さん」
「何のって、縁日なんだろうな。判りやすく言えば御祭り、か」
「御祭り、ですか」
 今まであまり一人で出歩くと言った機会が無かったため、こう言う時こう言う
場所に足を踏み入れた事など一度も無かったのだ。
 だが、この雰囲気。
 日本人ならば心をくすぐられて当然というか。
 入っていきたいような。
 でも、なんだかちょっとだけ気後れするような。
 微妙な表情の夜宵を一人置いて、啓斗は一人その方向へと歩を進める。
「あ‥‥‥」
「行きたいんだろ? 行こうぜ」
 ちょっとだけ嬉しかった夜宵は小走りでその背中を追う。
 金魚すくい、やきそば、りんごあめ。
 風船釣り、射撃、お面売り。
 焼き鳥、わたあめ、ラムネにフラッペ。
 普通に買ったら、実にチープな品物ばかりだ。
 けれど、ガス灯に照らされたそれらはまるで宝物のような輝きを放っている。
「‥‥‥‥‥‥買い過ぎだろ、篠宮」
 初めて夜宵の衝動買いと言う物を見て、思わず苦笑する啓斗。
 何時も大人びて見えるその横顔が、何か少女のようにあどけなく、柔らかく見
えた。
 戸惑いながらも、表情を変える事無く、綿菓子を買って夜宵に差し出す啓斗。
 白くふんわりとしたそれを、開けた事の無いと言うぐらい大きな口で頬張る夜
宵。
 楽しそうに、そして嬉しそうに‥‥‥普段余り見せる事の無い表情に、少しの
間見惚れてしまう。
 何気無しに啓斗の方を振りかえる夜宵。
 
 とくん。

 一つ心臓がはねた。
「な、なんですの?」
「いや‥‥‥‥‥‥別に」
 ちょうど合ってしまった視線と視線は、いつもなら何でも無い事であるはずな
のに。
 少々ぎこちない空気を漂わせながらも、二人は歩を合わせて参道を進む。
 闇はそろそろ空を覆い尽くして、真っ白な月が顔を出す。
 そして、喧騒の中微かに聞こえる秋の声。
「あれは‥‥‥」
「鈴虫、だな」
 虫籠の中、身じろぎもせずに羽根をこすり合わせるちいさな虫。
 季節の移ろいの中、生きる小さな命は刹那の輝きを精一杯振りまいている。
 捕らえてそれを聞くは人の業なのかもしれない。
 けれど、儚く切ないその歌は何時の世でも日本人の心を捉えて離さない。
「買うのか、篠宮」
「ええ。つがいで。庭に放そうと思って‥‥‥」
 結構な荷物を抱えて、受け取りづらそうに鈴虫の竹籠を貰う夜宵。
 苦笑して、啓斗は小脇に抱えた綿あめの袋を取る。
「持ってやるよ。買いすぎだっつーの‥‥‥お嬢さん」
 最後の言葉に少しカチンときたのか、夜宵はくるりと啓斗の方に向き直る。
「いりません。自分でもちますわっ!!」
「御祭り、楽しむんだろ? 行こうぜ」
 耳を貸さずにさっさと進む啓斗の背中。
 そしてその背中は今日、そしていつも見ているそれ。
 戦い、傷付き、それでもそこを動かない。
 二人で組むようになってから、何時も夜宵の前で闘ってきた啓斗。
 本来ならば、自分が受けるはずであったろう傷を幾度と無く代わりに受けて
きた彼の背中はとても大きく、たくましく見えて。
 気配、が動かない?
 何時もならばあまり人に遅れることも無い夜宵の歩調が止まっている事に気
づき、啓斗は後ろを振り返る。
 と、再び合う視線。そして、ぎこちなくそれを外す。
「な、なにしてんだよ」
「何でもありませんわ」
 小走りに啓斗の方に駆けていく夜宵。
 その時、誰かにぶつかって、手に持っていた鈴虫の籠が地面に落ちる。
「痛ぇな馬鹿野郎!!」
 柄の悪そうな、そして頭の悪そうな若者が、大声を張り上げて足元に転がっ
てきた虫籠を踏み潰す。
 嫌な破壊音。
 それに目を奪われた夜宵の頬を男は張りあげた!
「‥‥‥‥‥‥」
 痛みよりも、目の前で失われた命に対する悲しみに、夜宵の目尻から一筋の
涙が零れ落ちる。
 一瞬後に二人の間に割って入った啓斗の目にもそれが写って。
「なんだぁ、お前の女か?」
「煩ぇよ、クズ野郎が」
 小声でそう漏らしながら、啓斗の右の手は男の腹に掌打を叩き込んでいた。
 だが、男は衝撃に顔をゆがめる事も無く平然としている‥‥‥が、辺りに人
が集まってきたのを気にしてか、捨て台詞を吐いて去っていく。
「大丈夫か、篠宮」
「私は平気です‥‥‥けれど、可哀想な事をしてしまいました」
 惨たらしく割れた虫籠。そして本当なら苦手なはずの虫。鈴虫の死骸をその
籠に収めると掌に闇を作り出して、ゆっくりと息を吐く。
 闇の中から、蛍のような光が天井の月に向かって飛んでいった。
 もう、籠の中に鈴虫はいない。
「野辺送りか」
「ええ‥‥‥せめてものお詫びです」
 その光をぼんやり眺めていた二人の前に、一人の男が歩み寄ってきた。
 鈴虫を買った店の親父だった。
「見てたよ、災難だったね。どうだい、良かったら一組あげるよ」
「いいえ、結構ですわ。あのコ達の音はここにきちんとしまってありますから」
 そう言って、胸に手を当てる夜宵。
「そうか、それなら‥‥‥あいつらも浮かばれるだろ。とんだケチついたが、楽
しんでいきなよ」
「ありがとうございます」
 夜宵がそう答えたその時、悲鳴が響いてきた。
 見ると、先ほどの男が参道の真中で大の字に倒れているではないか。
「境内で殺生をした天罰だな」
 少し大きな声で、虫屋の親父がそう言うと、周りから失笑が漏れる。
 みっともない事に、口からは戻し、下は失禁をしているようだ。
 祭りの運営の関係者と思われる人達がその男の四肢をつかんで運んでいった。
 表情無く、それを見送る啓斗の脇腹を肘でつつく夜宵。
「何かしましたわね」
 小声で問うてくるそれには無言の苦笑で答える。
 種を明かすと、明星(臍下丹田)に気を流し込んで気海を破り、任脈を乱し
て気絶した、と言う訳である。これから二、三日腹痛に苦しみ抜く事だろう。
 鈴虫のこともあってか、そして、祭りの雰囲気のせいか微妙な空気が流れる
ようになった為か、それから暫く二人の間には会話も無く、ただなんとなしに
見て歩くだけになっていた。
 時折、その店の説明などしてもみるが、それで途切れて無言に逆戻り。
 ひとしきり見て周り、どちらとも無く歩は帰途へと向かっていた。
 そんな時、夜宵の目に飛び込んできたかんざしや櫛を扱う店。
 夜宵がそれを見ているのに気づいたのか、行ってみようかと手で合図する。
「ええ、行きましょう」
 だが、それより夜宵の目を釘付けにしたのは月に兎が施された黒い漆塗の柞
櫛、そして鮮やかな赤に桜に流水を表す銀紋が施された柘植の櫛であった。
「可愛らしいですわ‥‥‥どちらにしようかしら」
 そう言いながらも、手にしているのは赤い柘植の櫛。今にも買いそうな勢い
である。
 櫛と夜宵を見比べながら、啓斗は髪に収まった姿に思いをめぐらせた。
「赤は似合っちゃいないな、篠宮には」
 雰囲気と比べて、なんだかガキっぽいかなと思い、そう言葉が口を突いて出
た。
 けれども、決めるのは夜宵な訳で。
 悩んでいる夜宵を残して、参道の真中辺りまで歩み出てみる。
 何時の間にか天頂にある月と提灯、そしてアセチレンの灯が、夜の世界を彩っ
ていた。
 ネオンなどでは醸し出せないやわらかな雰囲気に、少しだけ口元に笑みを浮
かべる。
「買いました」
 そう言う夜宵の手にあったのは黒い漆塗の柞櫛。
 随分と赤い櫛が気に入っていたようなのに、と思わずきょとんとした顔で夜宵
を見てしまう。
「黒いのにした‥‥‥のか?」
「赤は似合わないっておっしゃらなかった?」
 何をおっしゃってますの、と言わんばかりにそう平然と答える夜宵に少し戸惑
いを覚える啓斗。
「では、帰りましょうか。あまり遅くなっても家の者が心配しますし」
「そうだな、行こう」
 そうして、二人並んで帰途に着く。
 御互い、特に意識とか、気づく事も無かったのだが。
 御祭りに寄る前よりも、少しだけ‥‥‥辺りの間の距離が縮まっていた。
 町会でも宴会など行なわれているのだろうか。
 どこからか、祭りの笛の音が響いて。
 人々の喧騒は後ろに遠ざかっていき。
 やがて、しっとりとした闇に包まれる二人。街頭の薄暗い光だけがぽつんぽ
つんと辺りを照らしていた。
 無言のまま歩み行く、二人。
 そして、夜宵が公会堂の裏手で歩みを止める。
「今日はここにピアノのコンサートを見に来てると言う事で抜け出してきまし
た。だから、送って頂くのはここまでで結構です。表に車も待っていますし」
「そうか、じゃあ‥‥‥またな」
「ええ。また」
 そう言って歩み去っていく啓斗。
 暫くそれを見送っていた夜宵だったが、背中を追っかけて啓斗の元へと走る。
 帰る筈なのに、と戸惑いを覚えながらも振り向く啓斗。
「どうした?」
「忘れ物をいたしましたわ」
 何か渡す物受け取るものがあったっけ、と考え込むが、そんな物は無かった筈。
「今日は付き合ってくださって有難う御座いました。とても楽しかったですわ」
 それだけ言って、再び駆けていく夜宵。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥忘れ物、ね」
 苦笑して夜宵を見送る啓斗。
 まあ、俺も楽しかったかな。
 何だかんだ行っても縁日なんて一人で行く物でも無いし‥‥‥何時振りだろう。
 その脳裏に一瞬浮かんだ夜宵のはしゃぐ姿。
 なんだかな‥‥‥。
 呟いて、空を見上げた。
 懐かしく、そして満たされた思いを抱えて啓斗も帰途へと向かう。
 月が優しく光を注ぐ中を‥‥‥‥‥‥。

                                    [FIN]