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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


落葉樹

 時期になると、葉が落ちてゆく。その様は季節と真正面から向き合うが如く勇ましく、また葉の落ちてゆく様子が何とも言えず優雅である。

 びゅう、という強風が吹き、豊な黒髪がふわりと揺れた。それを天樹・燐(あまぎ りん)は押さえる事もせず、ただ真っ直ぐに黒の目で相手を見ていた。頬を赤く染め、燐を見る眼差しが熱いその相手は、燐の次の言葉を今か今かと待ち構えている。
「……それで」
 燐は口を開く。「一体、どういう事でしょう?」
「え?だから……えっと、分からなかったかな?」
 相手が戸惑ったように苦笑した。燐はそれにつられて笑う事も無く、ただ真っ直ぐに相手を見ている。
「だから、ずっと君の事を目で追っていて」
「それはお聞きしました」
「それで、ずっと気になっていて」
「それで?」
 燐はきょとんとしたまま相手を見つめる。思わず、相手の方が目線を逸らしてしまいたくなるほど。だが、それは叶わなかった。燐の目は、余りにも吸い込まれそうなほど澄んでいた。黒の瞳は相手の全てを曝け出すが如く、射抜く。
「お……俺と付き合って欲しいんだけど!」
 相手にそういわれ、燐は漸く「ああ」と呟いた。やっと理解したのだ。
(もっとちゃんと言ってくれないと、分からないじゃないですか)
 燐は不思議そうに相手を見つめた。
「それでは……子どもを産ませていただけますか?」
「へ?」
 突然の燐の言葉に、相手は一瞬目を見開く。
「だから、お付き合いした暁には、子どもを産ませていただけるんですか?」
「こ、子ども?」
「ええ」
 突如降りかかったその言葉に、相手は戸惑った。燐ははっきりしない相手に対して小さく溜息をついた。
「子どもを産ませていただけないのでしたら、お断りします」
 きっぱりと燐は言い放ち、毅然としたまま相手を見据えた。相手はくるりと方向を変え、走り去っていってしまった。燐は小さな溜息をつく。
「愛されたから……愛したいから……」
 ぽつりと燐は呟いた。

(何だ?)
 突如店先で二人の男女が立ち竦んでいたのを見つけ、龍澤・直生(たきざわ すなお)はそちらに赴いた。
「たく、そんな所に立ち止まったら客足が遠のくじゃないか」
 ちょっと注意しに行ってやろうと、直生は声をかけようとした。だが、二人の間には緊張感が漂っており、近寄り難い雰囲気をかもし出していた。
(何だよ、告白かよ)
 言いにくい、と直生は小さく舌打ちして様子を窺った。一段落ついたら、注意してやろうと思いながら。
「子どもを産ませていただけないのなら、お断りします」
 突如聞こえたのは、女の声だった。直生の眉間に皺が寄る。
(何だと?)
 直生は信じられないくらいの気持ちで女を見た。女は毅然として立っていた。男の方は戸惑っているようだ。
(一体、何を考えているんだ?)
 女の言葉に恐れのようなものを感じたのか、男は走って行ってしまった。直生は歩を進める。既に目的は、注意ではなかった。

「あんた、その態度はないだろう?」
 突如後ろから声をかけられた。燐ははっとして振り向くと、そこには直生が立っていた。
「聞いていたんですか?」
 立ち聞きされ、尚も文句を言われて燐はちょっとだけむっとして尋ねた。直生は吐き捨てるように口を開く。
「別に聞きたくて聞いたんじゃない。店先でやらかすから、たまたま聞こえたんだ」
 燐ははっとして直生の背後を見る。『フラワーショップ神坐生』とあり、様々な花が溢れていた。
「ここ、花屋さんだったんですね」
「因みに、俺はここの従業員だ。別に怪しいものじゃない」
「店先ですいません。すぐに失礼しますから」
 燐は直生に頭を下げた。店先で告白劇を、しかも失恋劇を見せられては困ったであろうから。
「俺が言いたいのはそう言うんじゃなくて」
 直生はポケットから煙草を取り出し、一本口にくわえた。
「あんた、子どもを産ませてくれないのなら断るって言ってたよな?」
 直生のくわえている煙草に火が灯され、白い煙が空へと昇っていく。
「ええ」
「それ、おかしくないか?」
「おかしいですか?」
 さも心外と言わんばかりに燐は尋ねた。その態度に更に直生はむっとする。
「子どもの事をちゃんと考えているとは思えないぜ」
 直生はそう言って煙を吐き出した。口の中に残る、苦味を妙に感じながら。燐は半ば呆然として直生を見つめた。どうしてそのような事を言うのかが分からないといわんばかりに。
「私はちゃんと考えています」
 直生は「はっ」と嘲笑する。
「どうだか」
「そんな事ありません!ちゃんと考えて……考えたからこそああ言ったんですから」
「突然告白された相手に向かって言う言葉とは、到底思えなかったが」
「そんな事はありません!」
「子どもさえ産ませてくれれば、誰でもいいんじゃないのか?」
 燐ははっとする。直生は、先程の燐の言葉からそう言う風に見ていたのだ。相手は誰でもいいから、子どもが生みたいという女なのだと。燐はきゅっと唇を結び、直生を真っ直ぐに見つめた。
「違います!全然、違います!」
「じゃあ、何でああいう台詞が出て来るんだよ!」
 直生の声が、店の中に響く。
「そんな意味のない子どもの産み方をして、子どもの方は迷惑だって言ってるんだ!」
「意味が無い訳がありません!」
「無い!……親という存在になるのならば、ちゃんと責任を持たないと駄目だ!」
「責任を持つ覚悟ならばちゃんとあります!」
「軽々しい覚悟、か?」
「違います!」
 燐は大きく溜息をつく。
「……子どもは、愛の証ですから」
「愛の証……そうだ。分かってるじゃないか」
 そうは言うものの、直生の目は未だに燐を見下したままだ。
「愛の証だから、愛したいから……!だから、私は子どもを産みたいと思っているんです」
「……愛したいから?」
 直生の目が変わった。燐の言葉に、自分の持っていた燐への意識を変え始めたのだ。
「そうです。私は、愛されてきました。だから、自分がされたように愛したいんです。子どもを、愛する人との証を」
「……だが、あんたが思うだけじゃ駄目だろう?」
「ええ。だから、確かめたかったんです。愛の証である子どもを、産ませてくれるのかどうかを」
 子どもを産んでもいいと、子どもを産ませてくれると。それだけの愛を自らに与えてくれるのならば。
「……あんた、子どもを愛したいと望んでいるのか?」
「勿論です。そうでなければ、子どもを産む意味などありません。さっき言われたように、意味の無い子どもの産み方になってしまいますから」
「なんだ……」
 直生はそう言ってその場に座り込んだ。力が抜けたように、がっくりとして。燐は慌てて直生の傍にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「……安心したら、気が抜けた」
 直生は苦笑しながら煙草を灰皿に押し付けた。燐はそれを聞いてはっとする。
「もしかして、同じ事を……?」
 燐が驚いて直生を見ると、直生は苦笑したまま頷く。それからふと、燐は気付く。直生の言っていた言葉の一つ一つは、燐の考えと似通っていた事に。
「悪い。……あんたはちゃんと分かっていたんだよな。子どもを産み、愛したいと望んでいなければ親になる資格が無いって事を」
 直生の言葉に、燐は微笑みながら頷いた。
「私、愛されてきたから……私も子どもを産んで、愛したいと思っていて……」
「そうだよな。あんた、ちゃんと分かってるよな」
 優しい目で微笑む直生に、燐は目に熱いものを感じた。ほろり、と涙が頬を伝う。
「わ、悪い」
 誤解をしていた事に泣いているのかと直生は思い、慌ててもう一度謝った。が、燐は首を横に振ってそれを否定した。
「違うんです。私、申し訳なくて」
「それは俺だって同じだし」
 突然の涙に、直生は動揺する。
「それと……嬉しくて」
 止め処なく溢れる涙に、燐は拭う事もせずにそのままにした。直生は突如燐を抱き寄せ、胸を貸した。
「あーもう悪かったから!頼むから、泣くな」
 ぽふぽふ、と優しく燐の頭を撫でる。その優しい仕種に、燐は再び涙が溢れる。
(分かってくれる人がいる……)
 燐の胸が、熱く鼓動する。
(同じ思いの、奴がいる……)
 直生の胸が、大きく波打つ。同じ思いを持つ者が、今この場に存在していると言う喜びが、二人の心を支配していくのだった。

「ごめんなさい」
 漸く涙の収まった燐は、そう言って頭を下げた。目がまだ赤い。それを見て、直生は何となく居た堪れない気持ちになる。
「いや、いいんだ。気にするな」
「有難うございます」
「い、いや……礼を言われるほどでも……」
 直生はそう言って、「あ」と声を上げる。
「そう言えば、まだ名前も教えてなかったな」
 直生の言葉に、燐も「あ」と声を上げる。
「そうでしたね。……私は、天樹・燐と言います」
「俺は龍澤・直生。……妙な縁だけど、宜しくな」
 直生はそう言って手をすっと差し出した。燐はにっこりと微笑み、その手を握り返した。何となく、その手を熱く感じるのは気のせいだろうか。
「次は、是非ともお花を買いに来ます」
 燐はそう言って、直生の後ろにある花を見た。色とりどりに咲き乱れる花たち。そのどれもが儚げで、美しく、幸せな気分にさせる。
(まるで、龍澤さんみたいですね)
 燐の目は、真っ直ぐに直生に向けられた。
「是非、来てくれよ」
 直生はそう言って笑った。花は美しく、儚げで、時々驚くほど強い。
(まるで、あんたみたいに)
 直生の目は、優しく燐に向けられた。
「それじゃあ」
 燐はそう言って頭を下げ、家路に着いた。心の中で、直生の名前を反芻しながら。
「じゃあな」
 直生はそう言って手を振った。同じく心の中で、燐の名前を反芻しながら。

 風が、びゅう、と吹いた。季節の変わりを告げるかのように。葉がひらひらと舞いながら落ちる。次の季節に備える為に。その身に次への思いを宿して。

<始まりの予感を携えて・了>