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調査コードネーム:秋がふけゆく
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人
------<オープニング>--------------------------------------
すっかり高くなった空。
涼味をました風がそよぐ。
暑く激しい夏が終わり、おだやかな秋へと、季節も装いをかえる。
「ふぅ‥‥」
溜息をついた草間武彦が、長くなった灰を灰皿に落とした。
黒い瞳には、薄く霞がかかっている。
珍しく物思いなどにふけっているのだろう。
まったく似合っていなかった。
不幸なことに。
「仕事をするに気にならないな‥‥」
呟く。
怪奇探偵が、仕事する気満々だという話は聞いたこともない。
ようするにサボりたい口実なのだ。
つかつかと書棚に近寄り、アルバムを取り出す。
いつもの顔、懐かしい顔、また会える顔、もう二度と会えない顔。
たくさんの顔たちが写っている。
「どうしたんですか? 兄さん」
お茶を運んできた義妹が訊ねた。
「なあ、零」
「はい?」
「零がここに来たのは、去年の今ごろだったな」
「そうですね」
「はやいものだなぁ」
草間の慨嘆。
軽く小首をかしげる零。
歳月のふりかたが、怪奇探偵と彼女では違うからだ。
「生きていれば、いろんなことがあるもんさ」
「どうしたんですか? ちょっと変ですよ?」
まあ、いつものことですが、という台詞は飲み込む零であった。
「そうだな。ちょっと俺の話に付き合ってくれるか?」
「???」
「秋の一日、ゆっくり話をするのも悪くないさ」
「はい。たしかに」
くすりと微笑する零。
草間も笑った。
「あれは‥‥」
ゆっくりと口を開く。
※水上雪乃の東京怪談500本突破記念作品です☆
1名様限定です。
料金が高くなっていますのでご注意ください。
※わたしの扱うNPC(メインから1話限りのちょい役まで)との過去話として描写いたします。
絡みたいNPCの名前を書いてください。
物語は、可能な限りご希望に添います☆
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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秋がふけゆく
「すっごいボロ‥‥」
見上げた女が溜息をついた。
盛夏の風が黒髪をなびかせる。
「なんか‥‥入ったら最後のような気がするんですけどー」
微妙に平坦な声が紡がれた。
青い眸から放たれた視線に射抜かれ、おんぼろビルが恥ずかしそうに建っている。
新宿区の一角。
古ぼけた雑居ビル。
四階の窓に、草間興信所の文字が掲げられている。
ここが、彼女の目的地である。
先日ちょっとした事件に巻き込まれた際に、ここの所長が助けてくれたのだ。
その礼を兼ねて、陣中見舞いのサンドイッチ持参で訪れたのである。
とはいえ、多少足がすくまなくもない。
彼女の常識からいえば、探偵などヤクザの一歩手前みたいなものだ。
そんなものの事務所に足を踏み入れるというのは、なんとなく仔牛が自分からオーブンに飛び込むのに似ている。
外国に売り飛ばされたりしたらどうしよう?
でも、とりあえず言葉に不自由はしないわよね。
危機感があるんだかないんだか判らないようなことを考えてみる。
「さって‥‥ここで悩んではじまならないわね。いくわよ。シュライン・エマ」
自分の名を呼んで気合いを入れた。
穏やかな環境音楽が、一〇年落ちのステレオコンポから流れる。
「ええ? それがシュラインさんだったんですか?」
草間零が訊ねた。
「そうよ。初めてここに来た人間の反応としては普通でしょ」
言って、紅茶のカップを持ち上げるシュライン。
それはかつて、彼女がこの探偵事務所の事務員になる少し前の話。
ひょんなことから交わった運命の歯車。
「あのころは、もうひっどい散らかりようでね‥‥」
「そうなんですか?」
「うん。男所帯に蛆がわくってやつ」
「ほっとけっ」
煙草を口の端にくわえたまま、草間武彦が憤慨して見せた。
もちろん、本気で怒っているわけではない。
自分に整理能力というものがないことくらい知っているのだ。
「えっと、いまより汚かったんですか?」
零の質問は、もっともだ。
現時点でも草間興信所はキレイとはいえない。
少なくとも零基準では、「かなり汚れている」というカテゴリに入る。
「今の状態を一〇とするわよね。零ちゃん」
「はい」
「そーすると、当時の汚さは、四八,二九くらいね」
「はわぁ‥‥五倍近く‥‥」
「ちょっとまてシュライン。その小数点はなんだっ」
「近似値よ。武彦さん」
あでやかに、美貌の事務員が笑う。
いつもの事務所。
いつものメンバー。
そう。
あのころは、こんな未来を予測してなどいなかった。
挨拶とともに扉を開く。
仕事をしていた男どもが、一斉に振り向いた。
「どもー」
なんとなくへらへらと笑うシュライン。
正直、少しだけ怖かった。
なにしろ男しかいないのだから。
「先日はどうも。草間さん、います?」
応対に当たった所員い訊ねる。
たしか榊とかいう名前の調査員で、バッグを届けてくれた人だ。
「いますよ、こちらへどうぞ」
案内してくれる。
たいして広くもないオフィスなのだが、なんだか迷路みたいである。
積み重なった書類だかゴミだか判らないもののせいで。
「すみませんねぇ。依頼が一つ片づいたばかりで、ちょっと散らかっていて」
言い訳がましく榊が言う。
「はぁ」
シュラインが曖昧に微笑した。
「ちょっと」だろうか。「かなり」とか「壮絶に」のような気がする。
もちろん、口に出したりはしなかったが。
「よ。こないだの」
デスクから顔をあげた所長が、軽く手を挙げる。
整えない黒い前髪、同色の瞳、やや痩せ形だが引き締まって無駄のない体躯。
バーであったときと、印象は変わらない。
「こんにちは。陣中見舞いにきました」
言って、紙袋を差し出す蒼眸の美女。
「おおっ。さんきゅ」
「たいしたものじゃないですよ。サンドイッチですから」
「も、もしかして手作りかっ!?」
「そうですけど、それがなにか‥‥?」
「おお‥‥」
所長の両眼から、滝のような涙が流れた。
と表現するといくらなんでも嘘だが、感動に身を震わせている。
「おお‥‥」
「所長‥‥おれたちにも‥‥」
なんだか変な声。
振り返ったシュラインの瞳に映る所員ども。
「ひぃっ」
思わず悲鳴がこぼれる。
のそーりわらわらと集まってきていたのだ。所員たちが。
まるでゾンビみたいだった。
怪奇映画のノリだ。
二歩三歩と後退するシュラインを尻目に、草間のデスクへと群がっていく。
「あの‥‥たくさんありますから‥‥」
「やらんっ! これは全部俺のだっ!!」
草間の声が響く。
殺気立つ所員たち。
「俺のものだーっ!!」
「そうはいきませんよっ!!」
青い瞳の目前で、争奪戦が始まった。
どうやら男所帯の彼らは、手料理に飢えているらしい。
史上まれにみる好勝負だった。
史上まれにみる情けない動機だった。
呆れたように見守っていたシュラインだったが、忘我の一瞬がすぎ、
「いい加減にしなさいっ!!!!」
思いっきり大声を出す。
のちに事務所一の歌い手と評判になる彼女である。声は大きく、そしてよく通る。
静止画のように静まりかえる一同。
「たくさん作ってきたから。仲良く食べるの。いいわね?」
にっこりと笑う。
所長以下三人の男たちが、かくかくと頷いた。
出来損ないのからくり人形のように。
「つまり、それ以来、シュラインは事務所の女帝として君臨してるってわけだ」
草間の言葉。
「なるほど」
頷く零。
「あーんーたーらー」
シュラインが腰に手を当てた。
「うひゃ☆」
「きゃ♪」
草間兄妹が戯けたように首をすくめる。
仲良きことは美しきかな。
「で、お茶でも煎れようとおもって台所に行ったんだけどね」
ふたたびシュラインが話し始めた。
「そこも汚かったんですか?」
「そりゃもう、汚いなんてもんじゃないわよ。今の状態を一〇とすると‥‥」
「近似値はもういいっ」
壮絶な悲鳴が事務所に轟く。
台所からだ。
慌てて駆けつけた草間たちが見たものは、蒼白になっているシュラインだった。
「どうしたんだ?」
「ご‥‥ご‥‥」
「ごるごじゅうさん?」
「あほぅっ!」
間抜けたことをいう探偵を、げしっと蹴飛ばすシュライン。
「あうちっ」
「黒くて光ってるあれよっ」
「ああ、ゴキブ‥‥」
「その名を口にするなっ!」
ふたたび蹴り上げられる草間の身体。
まあ、シュラインが怒るのも無理はない。彼女は、大がつくほどコレが苦手なのだ。
しかも、小さな家の形をした捕虫ボックスをゴキブリが「通過」して行ったのを目撃したのだから。
わなわなと震える美女。
恐怖ゆえか怒りゆえか、本人にもよく判っていないだろう。
「掃除するわよっ! いいわねっ! 草間さんっ!!!」
「は、はいぃぃっ」
「他のみんなもっ!」
『ヤーサー!!』
逆らうなどとんでもない。
声まで揃えて敬礼する。
なんだか海兵隊みたいなのりだった。
こうして、シュライン小隊による、事務所大掃除作戦が始まる。
それは、草間興信所はじまって以来の快挙だった。
なにしろ、草間がここに事務所を構えてから、掃除などというものをしたことがないのだから。
「まったく‥‥」
なるべく黒いもののでなそうな場所を掃除しながら、シュラインが嘆息した。
たしか、自分は陣中見舞いに来たはずだ。
どうして掃除部隊の司令官なんかやっているのだろう。
ものすごく不思議だった。
「つまり、掃除がきっかけで、シュラインはここに居着いたんですか?」
零が訊ねる。
現在の掃除部隊長だ。
隊員は一人しかいないが。
「居着くってなによ。居着くって」
憤慨してみせる事務員。
もちろん、本気で怒っているわけではない。
「あははは」
「まったく‥‥ま、それはともかくとして、その段階では、私はただのお客よ」
「タダの客が掃除させるのかよ‥‥」
「なにか言った?」
シュラインが微笑する。
にっこりと。
草間の頬を冷たい汗が伝った。
愚か者の未来に幸あれ。
「ところが、ちょっとした事件があってね‥‥」
「ああ‥‥」
女と男の瞳に、懐旧の靄がたゆたう。
興味深そうに零が見つめていた。
エピローグ
「どうしたの? 急に呼び出したりして」
女が言った。
「いや‥‥ちょっとな」
男が応えた。
「あによ?」
「こないだ掃除したのは良いんだが‥‥ファイルがどこにあるか判らなくなってな‥‥」
「どのファイル?」
「ええと‥‥」
頭を掻きながら、目的のものの名を告げる興信所所長。
シュラインが溜息を漏らした。
「それなら、あそこの棚に片づけたわよ。こないだも言ったはずだけど?」
「そうだったか?」
「ちゃんと言いました。どこで聞いてたのよ?」
「耳」
「天誅っ!!」
言葉とともにシュラインの足が上がり、そして、振り下ろされる。
「ぎょぴっ!?」
踵落としの直撃を受け、悶絶する探偵。
くたばった所長に代わって、書類棚に近寄ったシュラインが、
「あれ?」
と、伸ばした手を止める。
ごく微妙に、ファイルの位置がずれていた。
だれかが触ったのだろうか。
しかし、草間が動かしたのなら、わざわざ彼女を呼び出さなくても場所は判るはずだ。他の所員だとすれば、それこそその当人に訊けば判ることだろう。
疑問符を頭に乗せる蒼眸の美女。
「ねぇ、草間さん」
「あ、ファイルは良いから、ちょっとコーヒーを淹れてくれないか?」
「え? ええ。良いけど?」
「インスタントじゃなくて、豆を買ったんだ」
「へぇ。大盤振る舞いじゃない?」
くすりとシュラインが笑う。
神妙な面持ちで草間が頷き、小さく唇を動かした。
このとき、彼はまだシュラインの超聴覚については知らない。
だから、
「‥‥‥‥」
彼女が台所に消える時、その頬が少しだけ染まっていた理由など、知る由もなかった。
やがて、芳醇の香りを立てるカップを持って戻ってきたシュラインに椅子をすすめると、草間は言った。
「我が探偵社では、優秀な事務員を募集してるんだ」
立ち上るコーヒーの香り。
ほのかに混じる煙草の匂い。
「よろしくお願いします。武彦さん」
はじまりを告げる微笑。
老兵のエアコンディショニングが、頑張って風を送り出している。
そんな、夏の午後だった。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「秋が更けゆく」お届けいたします。
草間とシュラインさまの出会いのお話です。
むいうより、むしろ事務所で働くきっかけと申しましょうか。
現在と過去を交互に描写するというカタチをとってみました。
楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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