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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


その答えの一部は『S』が所持している


 悩めばいいと思ったのだ。
 見せられた光景は、憎悪のみで塗り固められた。揺るぐ事も変化も何もない復讐だけに捕らわれ続けている生き方。
 悩むと言う事は当たり前の様に昔からずっとしてきた事であり、自分がどういうモノであるか聞かされた時でさえ出来た事が、『S』の選択肢には無かったのだ。
 それを全部崩してやりたいと思った。
 迷わないという事は、前に進む事も……自らがした事を悔やむ事すら出来ないのだから。
 かつて自分がされたように、他の事に目を向ける切っ掛けを与えたかったのである。
 全てはそれからだと思ったのだ。

「で、結果がそれか?」
 面倒そうな声を聞き流しながら、医者の言葉に耳を傾ける。
「一通り傷は治したけど、盗られた目はそのままだし、力の使いすぎでしばらくは怠いはずよ。それと……背中の模様は呪術的なものだから消えないわ」
「……そうか」
 触媒能力を安定させるために『S』とメノウという少女によって魔法陣と呪符に書かれているような図柄を刻み込まれたのだ。
 曰く、使用説明書のような物らしい。
 慣れない能力ながらも使う事が出来たのは、これのおかげでもあるのだ。
 幸いな事に能力者にしか見えないようだが人に見せたくない代物ではある。隠すようにシャツを着込みながら、話をずらす。
「今はどうなってるんだ?」
 あの二人が流れていった後の記憶がない。
 力の使いすぎで倒れたらしい。
「病院にお前を放り込んだり、そのまま『S』を追ったり色々だな」
 それを聞いて、まだ全部が終わっていない事にホッとする。
「ちゃんと決着が付けたいんだ、もう少し話せば何とかなりそうで……」
 それがようやく出せた、答えらしき物だった。
「そんな状態で行っても邪魔だろ」
「それはまあ、増幅してなんとか……」
「よし、これ以上迷惑かけるなら今のうちに消えて無くなれ」
 夜倉木が止められたのはすぐ後の事である。

【綾和泉・汐耶】

 今にもケンカしそうなりょうと夜倉木を止め、海原みなもはにこりと微笑む。
「ここまできたら、あたしも最期まで見届けたいんです」
「仕方のない人ですね、周りに迷惑をかけない手度で、心ゆくまでやり合うなりしてください」
 パタリと本を閉じ、綾泉汐耶も視線をあげる。
「……ありがとう!」
 ホッとしたようなりょうの頭上に、即座に夜倉木の拳が叩き付けられた。
「だ、駄目ですよ夜倉木さん」
「甘い、みなもちゃん! 動ける状態じゃないって解ってないんだこいつは!」
 確かに、医者にも力の使いすぎでしばらく怠いだろうと言われた事は知っている。
「そんなに悪いんですか?」
 汐耶の封印も施してはいるし、医者にも診て貰っているはずなのだ。
「いつもなら、IO2に飛び込んだ時点でダウンしてるはずですよ。その上『S』に体を乗っ取られて力を使われて……ここに来る時も倒れたんだろうが、ほんとに死ぬぞ?」
 視線をりょうに向けると、あからさまに態とらしくそらされる。
 どうやら夜倉木の言っている事は真実のようだ。
「本当の事を言って下さい」
「協力するにしてもも状況を正確に知っておく必要がありますからね」
 みなもの真っ直ぐな視線と汐耶の言葉にグッと喉を詰まらせてから、渋々うなずく。
「ここの医者から借りてる呪札で普通にはしてられるけど……力は負担がかかるから使うなと言われた」
「そんな事だろうと思った、このバカが!」
 言いながら、今度は蹴りを入れようとするがりょうも負けじと両腕を前に交差させ受け止める。
 その場違いなほどに慣れた様子に、汐耶はため息を付いてから、話をまとめるように促す。
「とにかくどうするかを決めて下さい」
「行く、今度は……間違いたくないんだ!」
「甘い! 危険なのはこいつだけじゃないんだ、お前は足手まといなんだよ!」
 怒鳴りはしたが、今度は手は出さなかった。
 幾度か止めたからかも知れない。
「あの……あたしにはりょうさんは止められないです。本当にやりたい事をやって欲しいですし、止められるのならその方がいいですよ」
「みなも……」
「大丈夫です、何かあったらあたしが守ってあげますから!」
 ぎゅっと拳を握って力説するみなもに、りょうはがっくりとうなだれ複雑そうな顔をした。
 いい年して女の子に守って貰うのはどうなのか?
 そんな事はつゆ知らず……。
「あの、あたし変な事言いました?」
「い、いや……みなもは悪くない、から」
「ほんとにヘタレだな」
「まあ、仕方のない事ですね」
 更に追い打ち、返す言葉もない様子だっだ。
「とにかくやる事は決まりましたから、少し出てきます。そろそろ用事が終わるそうですから」
「はい、解りました。あたしはここにいますね」

 僅かな空白の時間。
 りょうを取り返した事で多少の猶予は得られた物の、やらなければならない事の多さを考えるとそれでも時間は足りなかった。
 あのメノウという少女の使う術を調べるために資料室の鍵を借りに行く。
「鬼道について調べたいのですが、鍵をお借りしてもいいですか?」
「その事とだが上手い具合に資料を借りられてね、この中に入っているはずだ」
 CD−Rをノートパソコンにセットし、汐耶の方に向ける。
「ありがとうございます、少しの間お借りしますね」
「ああ、後で返しておいてくれ」
 正直、あの部屋の中から探すのかと思うだけでため息が出そうだったのだ。
 内容を読み進めながら、他にも見せたほうがいいだろうと確信する。
 これは、間違いなく事件に関わってくる事だ。


 病室へと戻る途中、光月羽澄に呼び止められ振り返る。
「汐耶さん」
「ちょうど良かった、人化の法について解ったので知らせようと思ってたところだったんです」
「本当!?」
 パソコンをのぞき込み、文字の羅列を目で追っていく。
「……やっぱり」
「何か解ったんですか?」
「とりあえず向こうで話したほうがいいわ」
 病室に戻ると、困ったようなみなもと平然としたりょうの二人に気付く。
「どうしたの?」
「いえ……夜倉木さんが出ていっちゃって」
「別に何ともねぇよ」
 何をしたのかとは思いながら、斎悠也と九尾桐伯が戻ってきた事で話を進める事にした。


 やはり気になるのはメノウという少女の事だ。
「その事なんだけど……調べたら斑目メノウ(まだらめ・めのう)って名前と外見に一致する子のデータは見つかったけど、偽装された死亡診断書がでてきたのよ。もともと能力を奪う力はメノウって子の物だから、それを虚無に目を付けられたんじゃないかしら」
「……なるほど、確かに敵に回すと厄介な能力ですからね」
「どうりで陰の気が強いと思いました、もう既に何人かの能力を奪ってるんでしょう」
 予想はしていた事だったのだろう、桐伯と悠也も頷く。
「りょうさんが狙われたのも、能力を奪うためですね」
「それなら病院で『S』に体を乗っ取られた時は危険だったんでは……」
 考えれば、確かにそうだ。
 いくら不完全とはいえ、いくらでもいい訳は出来る。
 更にのんびり話す必要なんかもない。
「安全作、だったんではないですか。確かに体を奪えば一部の能力は得られますが盛岬さんの能力は魂込みで完全に揃ってないと触媒能力として機能しないようですから」
「どういう事です?」
「これを見てください、人化の法を調べてたら見つかった資料です」
 汐耶が全員に見せるようにパソコンの画面を見えるように移動させる。
 長い文面であったが、要約するとこうだ。
 陰の気を色濃く受け継ぎ、身にまとうものでもそれをうち消す方法がない訳ではない。強い陽の気を持ってうち消してやればいいのだ。
 数学で言うなら−をうち消すには+と言う事であり、ゼロに戻せさえ出きればいいと言う事である。
「………触媒としてはともかく、人化の法になんで俺が必要なんだ?」
「それは、ここを見てください」
 更にスクロールしていった画面を見て、りょうが黙り込む。
 ここでようやく一本の線らしき物が完成した。
 触媒能力者とは、どの能力のの補助も出来るように中立の存在であるらしい。そしてゼロという均衡を保ち、周りにも少なからず陰陽のバランスを整えるような効果が及ぼすらしい。
 すなわち、陰を陽に。陽を陰に。
 極端な例を挙げるなら、昔『S』から取った目がりょうに適合し、自分の物に出来たのも平均化されたためなのだろう。
「つまりでたらめな体質なんですね」
「いや、そんな言葉でまとめられても」
 ここまではまあいい。
「それに陽を陰にって事は悪影響を及ぼすって事ですよね」
「それもそうね、あんまり近づかないほうがいいわ、みなもちゃん」
「そんな、かわいそうですよ」
 本気か冗談か解らない言葉の連続に、一言。
「…………ヘコむぞ」
 多少肩を落としたりはしたが、とりあえず話を元に戻す。
「そうだ、何か他に解る事はありませんか?」
「そうですね、一通りの事は解りましたがそれでもまだメノウという少女については解らない事が多いですから」
 桐伯と悠也の言葉に、りょうが少しだけ沈黙してから口を開く。
「あんま記憶ねぇんだけどなぁ……」
「どんな些細な事でもいいですから」
「……そういえば、背中に色々書かれてる時に少しだけ解ったのは『もう、もたない。早くしないと』だったな」
 それぞれが顔を見合わせる。
「なんでそんな重要そうな事をもっと早く言わないのよ、本当にしょうがないわね」
「いやぁ、それはその……」
 気まずそうに羽澄から視線をそらしたのは、それが失策だったと気付いたからだろう。
「きっと手に入れられる限界まで能力を奪ったから、体を維持できなくなってるんです。限界以上の能力を得て体が崩壊するなんて、良くある話でしょう」
「能力が奪われると言う事はなさそうですね」
 糸口が見えてきた。
「さあ、そろそろ行きましょうか?」
「大丈夫ですか、りょうさん?」
「そりゃあ……」
 ノックの音。
 入ってきたのはリリィと夜倉木。
「どこ行ってたの?」
「少し用があって」
「はい、これ。夜倉木さんが借りてくれたの、一日ぐらいはなんとかいつも通りに動けるって」
「この貸しは高いぞ」
 リリィが渡したのはIO2支給の霊的防御がなされた服だった。
「……助かる」
 後は、動くだけ。



 向こうに時間がないと言う事が解ったのは正直ありがたかった。
 相手が必要とすしている能力、つまりりょうはこちらにいるのだから囮としてこちらに優位な展開を進められる。
「場所はどうします?」
 ハンドルを握る桐伯が問う。
 被害の事は、悠也が結界を張るから気にしなくていいという。
 前回メノウが施した、元の地形をそのまま結界に取り込むと言う事をそのままやろうというのだ。
「それなら、せっかくだから寛永寺にしましょう」
「そこに何かあるんですか?」
「あそこは東京という街の結界が守っている場所でもありますから、力は思う存分出せますよ……多少陰の気が強いですが」
「陰の気どころか鬼門その物じゃないですか」
「はい」
 汐耶の言葉に楽しげに言う悠也。
 結界については、江戸時代に作られた四神や風水が深く関係し、街その物を使った封印等と言ったいきさつがあるのだが……詳しく説明するとあまりにも長くなるので、とにかく今は東京という街の鬼門であり霊的パワースポットと言う事だけ理解していただきたい。
 そんな所でなにをする気だと聞きたかったが、それはすぐ後で解る事だ。
「場所も広いし……そうね、そこにしましょう」
 ひとまず同意した羽澄、そして桐伯が同時に気付く。
「来る!」
「この車が借り物で本当に良かった。少し運転が荒くなるので気を付けてください、舌を噛みますよ」
「ーーーーーーっ」
 誰かが何かを言いかけるよりも早く、乗っている全員の体に加速の重みが加わる。
 予告なしに道を外れた車が、なんの躊躇もなく狭い路地へと突っ込んだのだ。
「な、なにを!?」
「ショートカットですよ、それに周りへの被害は少ない方がいいでしょう」
 冷静な口調とは対照的に、外からは車の側面を盛大に引っ掻く音がして……サイドミラーも愉快な音を立てて遥か後方へと吹き飛んでいく。
「九尾さん!!!」
「大丈夫ですよ、多少の無茶をしてもIO2が何とかしてくれます」
「そう言う問題!?」
「話してる時間はなさそうですよ」
 屋根の上に大きな音を立てて何かが飛び乗った。
 それがなにかは言うまでもない。
 最後に見た時の獣の姿をした『S』の拳と爪が何度も叩き付けられる。
「きた!!!」
 車には霊的防御が施してあるが、物理的な手段で破壊されてしまえば終わりだ。
「とにかく振り落とさないと……」
「解ってます」
 それぞれが行動を起こし身構える中、桐伯も同様にハンドルを握りながら器用に屋根の部分にだけ鋼糸を巻き付け切断し、悠也が計ったようなタイミングで屋根事『S』を吹き飛ばす。
「これで動きやすくなったでしょう」
 言いながらも、上に飛んだ場合すぐに降りてくる、そう予想したが、流石に屋根事切り離す事は『S』にとっても予想外ではあったのかも知れない。
 派手な音を立てて地面へと叩き付けられる直前。屋根の残骸から逃れて着地し、こちらを睨んでいるのが見えた。
 あのメノウという少女も一緒である。
「方法はともかく……」
「時間稼ぎにはなったわね」
 すっかり風通しの良くなった車内。
 流石にキッチリと座っている訳にも行かず、後方に意識を向けながら手短に意見を交わす。
「魔術めいた力は使ってきませんでしたね」
 もちろんその場合には即座に汐耶が封印をしていただろうが、流石にあの一瞬だけで封印は出来なかった。
「呪文みたいな物を媒介にしてるから、ワーウルフの時は使えないのかも」
「確かに話すのは大変そうですよね」
 眉をひそめる羽澄に、みなもが出した意見は確かに納得できる。
 犬のような口というのは確かに話すのは向いていないだろうし、ワーウルフには自我を失う者もいるという話も聞くからそれが原因だろう。
「ではあの少女がしかけてこなかったのは……」
「様子見でもしたかったか、りょうさんが乗ってたから攻撃できなかったんじゃないですか?」
「あ、なるほど……」
 向こうもりょうを殺さずに手に入れたいのだから、これでまた一つ優位に運べそうな点が見つかった。
「そろそろ見えてきましたよ、準備はいいですか?」
 それぞれがハッキリとうなずく。
「流石にこのまま乗り入れる訳には行きませんから、降りたらすぐに結界を張ります。その時は注意をしてくださいね」
 悠也の言葉が終わると同時に、入り口の前に急ブレーキの跡を残しながら停止する。
 ドアから、上から、一斉に飛び降りた瞬間に詠唱が聞こえ……悠也の掌から数数多の蝶が舞い、広がっていく。
「悠也君、来た!」
 結界の及ぶ範囲には十分すぎる距離だ。

 蝶が舞い、そして……結界が、発動した。

 目に見える景色その物は同じなのに、世界がぶれる感覚。
 転移した疑似空間の中は、確かに外よりもずっと霊的濃度が高い。
 その事自体は前回張られた結界と同じだが、質が違う。不快感を感じるほどの陰の気配はなく、むしろ体が軽いとすら感じるほどだ。
「ここでなら、増分に戦えますよ」
 後を追ってきた人の姿をした『S』とメノウの二人と軽く対峙する。
「その男を、こちらに渡せ」
「まさか言う事を聞くと思っている訳ではないですよね」
 命令じみた言葉を桐伯が即座に切って捨てるが……『S』の表情はあえて感情を表に出さないようにしているのか、作ったかのように無表情だ。
 今なら解る、『S』の感情は確かに揺らいでいる。
「そっちこそ、こんな事に意味はないって解ってるんだろ……ナハト!」
 ファーストネームを呼ばれ、僅かに目を開いた後に明らかに強すぎる力で右目を押さえた。
「……俺に何をした!」
「少しきっかけを作っただけだ、今そんなに動揺してるのは自分の感情だろ?」
 声を荒げるのに対し、りょうは淡々とした口調で言葉を返す。
「そこまでにしてください」
 間に割って入ったメノウが『S』……いや、これからはナハトと呼ばせていただこう。ナハトの耳に何かを囁くと眉をひそめ顔を上げる。
「交渉決裂、ですね」
 柔らかく微笑みながら、スッと手を挙げ印を結ぶ。
「散って!」
 一斉に散開した箇所へと、召還された鬼が地面事えぐり取るように蹂躙していく。
「引き離すのが先決ですね」
「そうね、また何か言われたら話にならないし」
 メノウが何を言ったかは解らないが、こちらの不利になるだろう事だけは考えなくても解った。
「予定通り、そちらはお願いします」
 汐耶がメノウに視線を移し、意識を集中させる。
「封印します」
 ギシリと空間が軋む音が聞こえ、禍々しい呪力が押さえられていく。
 すぐに封印能力にあらがおうとするが、悠也が札をかざし発動させた雷で石畳をうち砕き二人を引き離させる。
「何をしているんです、こっちへ……」
 ナハトの方へ声をかけるのを、間に割って入り阻止する。
「こんな物では済みませんよ」
「ーーーっ!」
 まだ何か手があるのか、刹那に視線をずらしメノウが走り出し、後を追う悠也と汐耶。
「ここは任せた!」
 そう言い残し、夜倉木も二人の後を追う。


 たどり着いたのは墓地。
「そう来ますか……」
 結界の中とは言え、通常でも陰の気配が強いところなら召還が出来ると踏んだのだろう。
 事実、宙には様々な霊魂が浮かび……地からは数数多の鬼がわいて出てきている。
「数で圧そうと言う事ですね」
「厄介だな……」
 同じような手で代わり映えはしない地味な手だが、以外に有効なのだ。
 術者であるメノウは呼び出した雑魚で壁を作り、こちらの体力を削るように呼び出し続ければいいのだから。
「どうする? ある程度数を削らない事には近づいても意味がない」
「普通ならそうでしょう」
「何か手があるんですか?」
 一つに固まって封印能力や符術を行使して数を減らしながら、交わす会話に僅かにながらメノウは苛立ちを覚えたようである。
「そんな余裕があると思うんですか?」
 新たに呼び出した群れは、翼持ちだ。
「早く手を打ちましょう、時間が経過するほど厄介になります」
「解りました、こっちは何とかして向こうに行きますからその間だけ耐えていてください」
「道を造る手伝いは?」
「助かります」
 汐耶が振ってくる翼を封じると地へと落ちその姿をかき消し、その隙間へと体を割り込ませた夜倉木が足下にいる獣を踏みつけながら前に踏み出す。
 そして…………。
 悠也がトンと地を蹴り、夜倉木の肩を踏み台にして跳躍し、まとわりつく物の怪を発動させた呪筆はじき飛ばしながら一気にメノウとの間合いを詰める。
「戻ってくださ……」
「そんな暇、あると思うんですか?」
 指示を出すよりも早く、悠也が取りだしたのは宝石の瑪瑙。
「七宝の一つに座する『瑪瑙』の名を持ってその力を封印する!」
「ーーーーーっああああ!!」
 ビクリと体を震わせ、両肩を抱くように地面へと座り込む。
「何をしたんですか?」
 周囲には、召還した物はキレイにいなくなっていた。力を封じた事で、現世に止めておく事が出来なくなったのだろう。
「メノウと言うのが、宝石の瑪瑙だと予想したんでそれを利用させて貰いました」
 もう今のメノウは、なんの力も無い只の少女である。
「何故こんな事を……」
「わ、私はっ、げほっ、ごほっ」
 激しく咳き込むのを見て、僅かに駆け寄ってもいいものか迷ったが……それでも放っておけるものではない。
「大丈夫ですか?」
 背中をさすると少しだけ楽になったようではあったが、苦しそうに肩を上下させるのは変わらなかった。
「私の力はどんな力でも奪えます、けれど……体が持ちませんでした。だから……命がつきる前に他の力を奪って継続するしかなかったんです」
「だったらどうして力を奪うのをやめなかった」
 その質問には答えずに、ゆっくりと首を左右に振る。
「私は死にたくなかった例え、人じゃ無くなっても生きていたかったんですよ」
「だから、ワーウルフの身体能力が欲しかったんですね」
「ですが……その力は、大きすぎる。だから触媒能力者が必要だったんです。そうすれば許容範囲を大きくできる」
 大きすぎる力を手に入れた事で身を滅ぼしたというのに、それをもっと強い力と器を手に入れる事で防ごうとしたのだ。
「その必要はありませんよ」
 汐耶が手をかざし、メノウの額に触れる。
「これまで奪った力は、全て封じます」
「………あ」
 フワリと、柔らかい光に包まれたメノウが目蓋を閉じ糸が切れた人形のように倒れ込む。
「平気なのか?」
「しばらくすれば目を覚まします、その後の事は彼女が考える事でしょう」
 ひとまずメノウは夜倉木が抱え上げる。
「急いで戻りましょう、向こうでまたりょうさんが無茶な事を始めましたよ」
 悠也がりょうに付かせていた蝶で見たのだという。
「また何かやったのか?」
「行けば解りますよ」


 近づくに連れ、柔らかな歌声が……淡い色彩を放ちながら光の粒になってゆっくりと降りそそいでいた。
 歌い手の心がハッキリと伝わってくる。
 助けを求める事すら出来ない、罪にまみれた魂。
 その中に眠る無垢なる心。
 彼を助けてあげたい。
 救う事が出来るのなら、そう願う。
 どうか、どうか安らぎを……。
「………雪のようですね」
 思わず呟いてから、視線を移した箇所にはりょうとナハトが無言のまま対峙している。
 りょうの喉元にナハトが剣の切っ先を突きつけ、りょうもナハトの胸元に銃口を突きつけていた。
 緊張状態を刺激するのは良くない。
 少し離れたところから様子を見守る。
 銃口をそらすりょうにナハトが言葉を発した。
「お前に俺の何が解る!」
「……だから、聞いてんだろ、本当はどうしたかったんだ?」
「認めて、欲しかったと言ったら笑うか」
「そんな奴ここには居ない」
 無言のまま、切っ先を引く。
 そして………。
「なら、もういい」
 剣を離し、変わりにりょうが手にしていた重をつかみ自らの胸へと押し当て引き金を引く。
 とっさに鋼糸を繰るが、僅かに軌道をそらしただけだった。
 撃ち抜いた弾丸が、真っ赤な血を吹き出しながら辺りを染める。
「ーーーーナハトッ!!!」
「まだ終わってない!」
 急所は、逸れている所為か完全ではない。
 再び引き金を引こうとしたナハトを止めに入った瞬間、制止の声がかかった。
 良く通る……誰もを魅了する力ある言葉。
「ナハト・セイクレイド・ワーシュネー」
 いつからそこにいたのか、さも当然のような顔をして悠也と汐耶、そしてメノウを抱えた夜倉木が揃っている。
 悠也が前に進み、囁くように言葉を続けるのを、ナハトはりょうに支えられながら……それ以外が耳に届かないかのように聞き入っていた。
「大丈夫、あなたは悪くありません……誰も悪くないんですよ……」
 全てを包み込むような声。
 母親が子供に語りかけるような口調に、ゆっくりとナハトの体から力が抜け血で染まっていた銃が手から滑り落ち小さな音を立てる。
 同時にナハトの体が倒れ込み、りょうも一緒に地面の上へと倒れ込んだ。
「あ、あれ?」
 フラフラしているりょうに、悠也は意外そうな呟き。
「……りょうさんにも効いてしまったみたいですね」
 一瞬ポカンとしたが、すぐに真っ赤に染まった手と服を見てナハトを抱え起こす。
「はやく治療しないと!」
 ワーウルフに、銀の弾丸は致命傷である事は有名な事実だ。
「あまり動かさないで」
 桐伯がナハトの状態を見たが、あまりいい顔はしない。
「心臓は逸れてますが、このままでは」
「そんな……」
 認める認めないにもかかわらず、致命傷である事は誰の目にも明らかだった。
「こんな終わりかたを望んでいた訳じゃありません」
 みなもは声を詰まらせ、ナハトへと駆け寄る。
「ちくしょう、ちくしょう!! また、救えないってのか!!!」
 こぼれ落ちる命を防ぎ止めようとするかのように、必死に傷口を押さえるが流れ落ちる血は止まる事はない。
「頼む……もう、これ以上死ぬのは見たくないんだ……っ!?」
 そこまで口にして、胸を押さえて咳き込み始めた。
「まずい! 血の毒が」
「離れないと!!!」
 出来るだけ息を止め、ナハトから引き離す。
「毒は俺が浄化しますから、治癒の方はお願いします」
「私が傷を封じますから、急ぎましょう」
「そう……そうよね。私が痛みを押さえるから……」
「はい、私は怪我と浸食する弾丸の効果の封印に集中します」
 幸いし近距離からの発砲だったので体内に弾丸は残っていないが、それでも銀の弾丸の威力は傷口を崩壊させ始めている。
 それ以上に心臓付近に痛みが及んでいたら、ショック死する可能性もあるのだ。
「そうだ、俺の触媒能力を使えば……」
 そうりょうが言いかけたのを、悠也が掌で目をふさいで止める。
「りょうさんは寝てください。もう、限界でしょう」
 その言葉が耳に届いていたかは解らない。
 だが……催眠術にでもかかったかのように倒れ込んだのは事実だ。
「何かしたの?」
「何も、ですが……気配が弱まっていたのは確かですから。誰がやっても同じだったと思いますよ」
 つまり、軽く目を押さえる程度で眠ってしまうような状態だった訳である。
「さて、ではこっちですが……みなもさん、水をお借りしていいですか」
「は、はい!」
 桐伯がナハトの傷口をのぞき込み、傷口に水をかけ見えやすくする。
「人としてみた場合は位置的に見て今すぐ治療できれば助かる可能性は半々ですね」
「それは私がなんとしてみる」
 だがここで問題になってくるのがワーウルフとしての銀の弾丸が及ぼす退魔効果だ。
「ですから同時に封じて貰う事になるんですが、可能ですか?」
「やってみます。まずはケガと銀の弾丸の効力、それからワーウルフとしての特性ですか?」
「できればワーウルフとしての能力はあまり封じないほうがいい、今完全に封印してしまったら体力が持たない可能性があります」
 そうして……治療に専念する事暫し。


 なんとか一命を取り留める事は出来たのだが………。
「………えっと」
 どう言っていいか解らないみなもに、それぞれがポツポツと言葉を発し始める。
「努力をした結果ですから」
「そうよね、やれるだけの事はやったわよね」
 ここでどうにかしなければ、命はなかったのだ。
「でもどうするんです」
 そこで桐伯がナハトの方を見て一言。
 一瞬で現実に引き戻すが、結論は早かった。
「りょうさんに任せましょう」
 誰とも無くうなずき、熟睡しているりょうの方へと視線を移す。
「まあ、寝てるのが悪い」
 そうまとめたくなる気持ちがわかる程度には、安心しきった寝顔ではあった。


 その後。
 一週間ほどりょうが昏睡状態だったり。
 ナハトの処遇についてもめたり。
 りょうの能力の事でも色々あったりしたのだが………それも一月立つ頃には大体落ち着いていた。
「協力していただいて助かる」
「いえ、ですがあのままでいいんですか?」
「………まあ、多少変わった形の封印になってしまったが、上はその方が都合がいいと言うんでね。そのままにしておいてくれるとありがたい」
「解りました」
 ナハトと、りょうの事だ。
 互いに監視させようと言う事なのだろう。
 その上IO2が監視しやすい形でもあるのだ。
 話すべきか迷いはしたが……他にもやる事はある。
「メノウさんはどうなったんですか?」
「……大人しくしているよ、封印されている限りはね」
 あれだけの事をしでかしたのだ。
 それに戸籍も死亡扱いになっているのだから、親元に帰す訳にも行かずIO2で身元を預かる事になったそうだ。
「そうですか、では私はこれで」
 ナハトも、メノウという少女が起こした事件も……きっと最初から誰かを傷けようだなんてつもりではなかったと信じたい。
 ほんの少しだけ歯車が食い違ってしまっただけなのだ。
 様子でも見に行こうと、病室へと向かう。
 あの事件の関係者として、言わなければならない事もあるのである。


 大体全員が集まったのだが、そうなると絶対に聞かれるだろうナハトの事を考えると自然に口数が少なくなっていた。
「………なんだよ?」
 当然のように不審がるりょうに、言うなら今だろう重い口を開く。
「ナハトの事なんだけど」
「………どうしたんだ」
 暗い雰囲気に、最悪の事態でも想像したのだろう。
 サッと想像を曇らせる。
「なんだよ、何かあったのか?」
「今りょうさんの目が無事なのは、ナハトの物が帰ってきたからだと言う事は解りますね」
「……まあ」
 回りくどい説明だが、これは言っておかなければならない。
「許可は得ていないんですよ、話せる状態ではありませんから」
「……! どういう事だよ!?」
「落ち着いてください、とにかく……見れば解りますから」
「リリィちゃん、いいわよ」
 その合図で入ってきたリリィのすぐ後ろにいたのは………大きい犬だった。
 犬は右目が閉じたままだったりする。
「………」
「………」
「………」

 耳が痛いほどの沈黙。

 犬はたしたしと足音をさせながら、りょうのベットの上に前足をかけワンと鳴く。
「みんな頑張ったんですが……」
 肩を落としながら、ナハトの頭を撫でるみなも。
 さわり心地は疑いようもなく犬だ。
「アイリッシュ・ウルフ・ハウンドと言う犬種に似ていますね」
 雑学を披露してみせる桐伯。
 ちなみに似ていると言うだけで、アイリッシュ・ハウンドではない。
「瀕死の状態である事や、ナハトの状態が関係してるのだとは思いますが……詳しくは解りません」
 事実を口にする汐耶。
 つまりは何時戻るか解らないと言う事らしい。
「……けどそれまでは色々と保留になったみたい、色々と思惑も関係してるみたいだけどね」
 確かに羽澄の言うとおり、犬は裁けないだろう。
 IO2も混乱したに違いない。
 堰を切ったようにそれぞれが思っていた事を口に出し、そして悠也が微笑みながら追い打ちをかける。
「りょうさんが面倒見てあげてくださいね、戒耶さんのマンションはペット禁止なので」
「ワンッ」
 パタパタとシッポを振るナハトを、りょうは無言のまま見下ろしていた。
「さて、この話題は盛岬さんに任せるとして、忘れられているようなので思い出していただきたい事があります」
「まだ何かあるのか!?」
 驚いた用に目を開くが、心底楽しそうな笑顔に嫌な予感がしたのか黙り込んでしまう。
「大したことではありませんよ、そろそろ約束を果たしてもらってもいい頃かと思いまして」
「………約束?」
 思った通り、忘れているようだ。
「病院でナハトに切られる前に、言ったでしょう『迷惑かけて悪いな、礼は後でするから』と……」
「あっ……そう言えば」
「確かに言ってたわね」
「約束は守ってくださいね」
 頷いたり発展していく話に一気にりょうの血の気が下がっていく。
「そんな事言ったんですか?」
「いや、あの時は……まあその」
「私も聞いたわ」
「ハッキリとな……」
 全員が頷き、何をさせようかという話題に発展し始めた。
「何をおごって貰おうかな〜?」
「資料室の手伝いという手もありますね」
「何か面白いのを考えましょう」
「あんまりキツいのは可哀相ですよ」
「大丈夫よ、色々迷惑かけてるんだから」
「そうそう、ちょうど医者から退院してもいいって言われてるし」
「マジで!」
 逃げ腰のりょうを、桐伯が鋼糸で縛り上げ軽々と引きずって行く。
「では行きましょうか」
「誰か! 助けてーー!!!」
「ワンッ!」
 かくして、一人事件の不幸を全部被ったりしたのだが……自業自得と言うものだろう。
 それに見合う程度にはこの件は丸く収まったのだから。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0164 / 斎・悠也 / 男性 / 21 / 大学生・バイトでホスト】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 司書  】

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■         ライター通信          ■
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 参加していただいた皆様、本当にありがとうございました。
 書いている内に、想像以上にシリアスな展開・重いテーマを扱う事になっていました。
 そしてナハトも助けてくれるというかたが多かったのが嬉しかったです。
 それと各自の能力とが合わさって作中では死者が出ませんでした。
 これも皆様のおかげでしょう。

 今回の話は、このような結果になりましたが何かを感じていただけたら幸いです。
 これからも機会があれば参加していただけると嬉しく思います。
 それでは、ありがとうございました。