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午後七時のピアノ弾き
オープニング
「ピアノ…ですか？」
草間武彦は目の前の老人に問いかける。
この老人は都内でも有名な名門校の校長だと名乗った。
「はい、ちょうど午後７時に音楽室のピアノが誰もいないのに鳴りだすんです」
―また…コレ関係の依頼か…。
草間は依頼主の老人に分からぬくらいの小さな溜め息を漏らした。
「そのピアノを処分すればいいのでは？」
手っ取り早い解決策を老人に言うが、老人は下を俯く。そして、重く口を開いた。
「…もう７回もピアノを買い換えているんです、ですが…」
「問題はピアノではなく音楽室にあるという訳ですか…」
草間は頭をガシガシと掻きながら零の持ってきたお茶を一気に飲み干す。
「分かりました、この依頼…お受けします」
そう草間が言うと、老人は深々と頭を下げて帰っていった。
−視点⇒海原・みなも
「お仕事、ですか？」
夕飯の支度をしようとしていた所、草間さんからの電話がきた。
『ある学校の音楽室で夜の七時に誰もいないのに勝手にピアノが鳴るという現象が起きているんだ。葛城くんと調査に行ってもらえないか？』
「分かりました」
電話を切り「夕飯の支度は姉妹に頼むしかないようですね」と苦笑しながら漏らした。制服を着替え、必要な物をバッグに入れて待ち合わせの場所まで行く。念のため霊水も持っていくことにした。
「夜の学校ですか…」
少し怖い気もしたが、仕事なのだからと言い聞かせ家を後にした。
午後四時半。
帰宅部の生徒は帰り始め、部活生は練習を始めている。
「今回は葛城さんと一緒といってましたね」
校門の所に立ち、葛城さんを待つ事数分、葛城さんがやってきた。
「遅れてしまいましたか？」
すみません、と頭を下げながら申し訳なさそうに言う。
「いえ、私も今きたばかりですから」
笑って言うと葛城さんは「よかった」と一言呟いた。
「紹介がまだでしたね。草間さんから聞いているとは思いますが…あたしは海原みなもと言います」
「あ、僕は葛城樹と言います」
「事件の事は草間さんから聞いてらっしゃいますよね？一緒に依頼人さんの所に行って話をききませんか？」
何が起きたのかは依頼人に直接聞くのが一番だろう。
「そうですね」
あたし達は近くにいた生徒に校長室の場所を聞き、その場所に向かう。
「初めまして、調査員の海原みなもと言います」
「葛城樹です」
依頼人は少し驚いた顔をしている。それもそうだろう。葛城さんならともかく、あたしはまだ中学生なのだから怪しまれて当然だ。
「君達が解決してくれるのかね？」
訝しげな表情で依頼人はあたしと葛城さんを見比べる。
「僕達の仕事は信用第一です。信用してもらえないのなら、この依頼はお断りします」
葛城さんが依頼人の態度に腹をたてたのか、はっきりと言い放った。
（勝手に依頼放棄したら草間さんに怒られると思うけどなぁ）
そう思ったがあたしも、少しばかり依頼人には腹がたっていたので何も言わなかった。すると依頼人は焦ったように「すまない」と謝り始めた。
「では、何があったのかお話願います」
あたしが聞くと依頼人は顔を曇らせながら話し出す。
「ピアノが鳴り始めたのは二ヶ月前からです。最初は吹奏楽部の生徒が聞き、噂が広がったんです。今では吹奏楽部の生徒は怖がって部活をしません」
「その間に何か事件などは？生徒が亡くなったりとか…」
葛城さんが聞くと依頼人は「とんでもない」と大声を出した。依頼人も調べてみたらしく生徒関連の事件は全くないようだ。
「誰かの悪戯という事は？」
「教員を何人か見張らせたりとしたのですが、誰も入り込んでないのにピアノは鳴り出すんです」
私と葛城さんは顔を見合わせる。
「分かりました、音楽室には何が置いてあるか教えてください」
あたしが聞くと依頼人は「えっと」と考えながら紙に書き出す。
「ありがとうございます。では、音楽室に行きますので誰も入らないようにお願いします」
他人まで守りきれないですから、と緩やかに脅しをかけたので誰も入ってはこないだろう。
「今回の相手は危険はないと思うんだけど…」
音楽室に向かう途中で葛城さんが聞いてきた。
「あたしもそう思います」
その答えに葛城さんは驚いたようだ。
「だったら、なんで」
「もし、その人が成仏してくれる間際までいったとしましょう。面白半分で生徒達が見にきたらどうなりますか？」
「そりゃ、下手すると怒って…」
葛城さんは分かったように「なるほど」と呟いた。
「危険のなさそうな相手だからこそ邪魔してほしくないんですよ」
「そうだね」
話しているうちに音楽室に着いたらしく、扉を開けて中に入る。
「作曲家のポスターに絵画、あ。あれが問題のピアノですね。葛城さんは音楽に詳しいと聞きましたけどピアノを調べてもらえますか？」
「分かった。きみは？」
「いざというときのための準備をしてますから」
そう言って葛城さんから離れる。窓から下を見ると幸いにもプールだ。私の能力には最適の場所らしい。
「懐中電灯、使い捨てカメラ、糸…か。使えるかしら」
霊に物理的な罠は効かないだろう…。
「さてと、使う時がきたら使おう…葛城さんはどうですか？」
「ピアノに問題はないみたいだ」
葛城さんは音を鳴らしてみたりと先程から調べていた。
「時間まであと一時間ありますね」
「じゃあ、ここの食堂で何か飲まない？海原さんも疲れただろう」
確かにあと一時間をここで過ごすのは辛いものがある。葛城さんも疲れただろうし…。
「そうですね。食堂はこの校舎の一階にあったはずです」
そう言って音楽室を後にする。もう放課後ということもあり食堂に生徒達の姿はない。
「何を飲む？」
「あ、自分のお金くらい払います」
慌ててあたしは財布を取り出すが葛城さんは「いいよ」と笑って私の分も買ってくれた。
「ありがとうございます」
あたしはペコリと頭を下げ、ジュースを受け取る。
「もうすぐ…ですね」
あたしが食堂に備え付けられてる時計を見て呟く。
「最初は外にいた方がいいね」
「ですね、最初から中にいると事が起きない場合がありますし…」
「そろそろ行こうか」
葛城さんは持っていたジュースをグイと飲み干していった。
二階の階段を上り終える頃に七時を知らせる鐘の音が響いた。
「海原さん、聞こえる？」
「はい。鐘の音に混ざってピアノの音、エリーゼのために…ですね」
葛城さんは何も言わずに音楽室の中に入った。それに続き私も中に入る。誰もいないはずの音楽室にいたのは薄く透けている男子学生。この高校の制服を着ている。
「深九里翔太？」
葛城さんが震える声で言う。
「お知り合いですか？」
「直接的な知り合いじゃないけど十年前に死んだ天才ピアニストで音楽に携わる者で知らない者はいないよ」
二ヶ月前からピアノが鳴り出したといっていたので十年前のことは調べていなかった。
「貴方達は誰ですか？」
「あたしは…海原みなも。ここの校長先生にあなたの事を依頼されたの」
「僕は葛城樹、用件は彼女と同じだよ」
すると驚くことなく淡々としていた。
「驚かないんですね？」
しばらく重い沈黙が続いた後にあたしは聞いてみた。
「驚いて欲しかったんですか？」
クスクスと笑いながら言ってくる彼の言葉にゾッとした。
「でも、なぜ今頃からココに現れ始めたの？十年前からいたのならともかく…それに七時って」
その言葉に彼は視線を外し、一枚の楽譜を見た。
「七時というのは僕が死んだ時間です。ココに現れたのは吹奏楽部の生徒が僕の楽譜を見つけてから…」
彼は楽譜に呼ばれてこの世に引き戻されたのだろう。楽譜に染み付いた生前の彼の残留思念に呼ばれて…。
「最初は大人しくしてたんですが、ピアノを見てると弾きたくなって…でも」
彼は深呼吸をして次の言葉を紡いだ。
「僕も疲れました、僕を送れるのなら送ってください」
彼は笑いながら言った。
「僕はもう存在しないんですから迷う事はないです」
その言葉に動いたのは葛城さんだった。
「ピアノはもう一台ある？僕の呪歌で、今後誰にも邪魔されないように送るから」
葛城さんはピアノの連弾を行い、彼を送るといった。
「確か、奥の部屋に…」
「そこまで動ける？」
「はい、音楽室からでなければ動けます」
奥の部屋は教員用の部屋、そして今は物置になっている。ピアノが二台余裕で入るから小部屋というには少し大きいような気がする。
「うん、調整の必要はないな」
ポーンと音を鳴らして葛城さんが呟く。
「僕の能力は呪歌といって、曲に魔力を込めることができるんだ」
「そうなんですか、今回はあたしの力は必要ないみたいですね。あたしの能力は防御や攻撃系ですから」
「さっきのは？」
さっきとは最初音楽室に来たときのことだろう。
「あ、いつでも戦えるようにと準備してたんですけど、必要ないみたいです」
「そうだね、さぁ、始めようか」
葛城さんが椅子に座りピアノを弾き出す。彼もそれに続くように弾き始める。音楽に長けているだけあって迫力がある。
「…すごい」
あたしは曲に聞き入っていた。気がつくと彼の身体が光に包まれて少しずつ消えかけている。
「…ありがとうございました」
最後まで弾き、彼はにっこりと笑う。
−そして、消えた。
「また、ピアノが弾けるといいですね」
彼が消えた後に呟くと葛城さんは「そうだね」と呟いた。
「仕事終わったし、報告に行こう」
そう言ってあたしたちは学校を後にした。
悲しいピアノが鳴るのは今日で最後。
−もう午後七時のピアノ弾きはいないのだから……。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
1252/海原・みなも/女/13/中学生
1985/葛城・樹/男/18/音大予備校生
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■ ライター通信 ■
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海原・みなも様、葛城・樹様。初めまして、瀬皇緋澄です。
この午後七時のピアノ弾きは私のライターとして初仕事なのです。
ですので、未熟な面が多いとは思いますが、多少でも面白いと思っていただけたら幸いです。
＞海原・みなも様
初めての仕事で気合&不安が入り混じった作品です。
お客様に面白いといっていただけるようにと、未熟ながらがんばりました。
納品が他の方と比べて遅れてしまい申し訳ございません。
それでは、またお会いできることを祈りつつ失礼します。
−瀬皇緋澄
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