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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


連鎖する『     』。

 何時もと変わり無い日常。
 高校生である雨宮薫が、授業を終えて帰途へ着こうと廊下を歩いていると、
人影がその進路を塞ぐように立っていた。不知火響である。
「薫くん、ちょっといいかしら?」
 ちょっと、と言うが表情はかなり冴えない。
「何かあったのか?」
「ええ‥‥‥そうなんだけれど。ここじゃちょっとアレだから。保健室まで
来てくれるかしら」
 促されるままに保健室に行くと、タロットカードが聖布から出されてまとめ
置かれていた。
 お茶を準備している響の背中を見ながら、カードを一枚捲って見る。
「‥‥‥‥‥‥死神、か」
 どのようなスプレッドで占ったかは判らないが、最終の結果のカードが一番
上に残る事が多い。響の身に不吉なものを感じながらそっとそれを戻す。
 間も無く、緑茶と茶菓子を薫に差し出して自らも椅子に腰をかける響。
「それで、何があったんだ?」
「え、ええ‥‥‥実は私が前に勤めていた学校、日野第一高校って言うんだけ
ど、その学校の周辺で最近通学途中に気を失って倒れる子が続出しているのよ。
原因不明で医者も正直静養させるぐらいしか手が無い‥‥‥そんなこと、普通
はありえないでしょう?」
 相変わらず生徒想いな事だ。その10分の1でも、自分の事を気遣ってくれ
ればこっちも心配しなくてすむのだが、と内心苦笑する。
「日野第一‥‥‥日野市か。そう言えば最近‥‥‥」
 祖母が気にしている呪術師‥‥‥名前は失念したが‥‥‥が、日野市に潜伏
していると思われる、との事だ。
 さらにあの周辺で術者が襲撃される事件が頻発していると言う情報も薫の耳
に届いていた。
「あまり喋っている時間は無いかもしれないな。場所もタイミングも最悪だ。
何か大きな事を起こそうと言う輩がいるんじゃないかと思う」
 そのまま、学校を出て車を走らせる。
 新宿まで向かい、そこから甲州街道を八王子方面に。約二時間の道程だ。
 日野市に着いた頃には夕闇が辺りを覆っていた。
「この辺で‥‥‥多いらしいんだけど」
 多摩都市モノレールを挟んでまっすぐな道が続いている。日野第一高校もこ
こから程近く、見渡すと灰色っぽい制服を着た生徒が帰途に着いているのが見
て取れる。
「随分と、露骨な相手だな」
 停車した車のドアを空けて、新井橋をゆっくりと渡っていく。そして中央付
近にある三本の鉄柱のオブジェの前に立ち、右手をそれに翳す。
「我令想求 解傘開界神鍵閂破っ!」
 そう唱えた瞬間、樹の表皮が内からあふれ出た汚物のような黒い瘴気によっ
て弾け飛ぶ。それが出尽くすと薄青色の光がゆっくりと大気の中に消えていっ
た。
「薫くん‥‥‥今のは?
「張られていた落精陣の外壁を飛ばした。術者はすぐに感知できる所だろう。
何らかのアクションを起こしてくれればそこから相手を辿れるはず」
 待ちの時間が無いのだとすれば、そうしてくれた方がこちらとしてはありが
たい。何せ、落精陣というのは設定された線を通過する毎に精気を吸い取られ
るといった厄介な物だ。
 まあ、薫にはその存在が判る過ぎるほど判るぞんざいな物であったが、中を
探し回るよりでばって来て貰った方が楽な事に違いない。
「あれは!?」
 遠目から見ても明らかに様子のおかしい‥‥‥日野第一高校の女生徒と思わ
れる人影がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「だ、大丈夫?」
 心配そうな表情を露に浮かべた響は慌てて彼女に走り寄ろうとする、が。
「ち、ちょっと薫くん!?」
「‥‥‥どうやら、思ったほどは馬鹿では無いらしい」
 厳しい表情を浮かべて見つめる先には、フラフラしながらも確実にこちらに
近づいてくる女生徒の姿があった。
 そして、5メートルぐらいの距離を取って立ち止まる。
『来たな、天宮の血を受け継ぎし者は全て此の世から消えねばならぬ。くっく
っく、自分から蜘蛛の巣に掛かりに来るとは、力を蓄えるために作ったこの陣
は一石二鳥と言う物よ。さあ、俺を求め、我が下僕どもを踏み越えてやってく
るがいい」
 愉快げにそうのたまう女生徒。
 だが、薫は怪訝そうな表情を浮かべて彼女を見据える。
「どんな事があったか知らないが、貴様のような卑怯者に渡す命は無い」
『ほざけ雨宮っ、侮るのも大概にしろっ! 貴様にはこの日野から生きて出る
道は無いと知れ!』
 衝撃音と共に女生徒の声と思われる悲鳴が発せられる。
「貴方が誰なんだかなんて、私には関係無い。今すぐこの娘を解放なさい!」
「‥‥‥せ‥‥‥んせ‥‥‥い‥‥‥た、たすっ‥‥‥け‥‥‥て‥‥‥」
 響が打った平手に一瞬だけ意識が戻ったようだ。
 苦しげな表情でそう懇願する、が。
 また、邪悪な表情を浮かべて響の顔につばを吐きかけた。
『女、どけえっ! 俺の用のあるのは雨宮なのだ!! 我が名を知らし」
 そこまで言ったところで、その声は止まってしまう。
 薫が手にした符が空を駆けて二人の頭上で弾け、女生徒の中の邪気を払った
のだ。名前を聞いてみたかった気もしたが、響の気持ちを考えるとそう悠長な
事も言っていられないだろう。
 ぐったりと膝をつく彼女の体を倒れないように支える響。
「許さない‥‥‥絶対に!! 許さないっ!!」
 ふと、ある事に気づき、辺りを見まわす薫。
「なるほど‥‥‥落精陣の大まかな中心は向こうか。馬鹿ではないと言ったの
は訂正しなければならないな」
 そう言って、薫の見つめる先には。都立日野第一高校があった。
 気づいた事、それは。
 先程まで、多くの生徒が下校しているのが見て取れたのに、今はぱったりと
きれいさっぱりいなくなってしまっているのだ。
 時間が遅いと言うのもあろうが、それにしてもいきなりいなくなるというの
もおかしな話だろう。
「まさか‥‥‥学校が!?」
 歯軋りが聞こえそうなぐらい強く歯を噛み締める響の肩に優しく手を置く薫。
「行こう」
 置かれた手に自分の手を重ねる。駄目ね‥‥‥私。何時も薫君に‥‥‥。
「ええ。行きましょう」
 車の中に女生徒を寝かせると、車自体に結界を張る。
 そして二人は、川と平行に続く日野第一高校への道を歩み出した。
 道すがら、どこに隠れているのか二人の周りを取り囲むように生徒たちが現
れだした。
 だが、一定の距離を取って接触し囲んでいるので、集団は必然的に一緒に移
動することになっていた。
その集団と共に校門を潜ったところで、その集団は一斉に散会していく。
「あのコ達‥‥‥」
 ぎゅっと両手を握り締めてその様子を見る響。
「操っている人間を倒したほうが早い。とりあえず、向こうから名にか仕掛け
てこないかぎり‥‥‥」
「判ってる、けど。可哀想で‥‥‥」
 空虚な瞳はふらふらと視線をさまよわせ、ただそこに立ちつくす生徒達。
「隠れていないできなさいっ! 求める力が何であれ、用があるなら目の前で
話すのが筋って言うものでしょう!」
 生徒達の向こうにある意思に向かってそう言い放つと、響は純白のタロット
カードをホルダーから取り出して。
 なんと周囲の生徒達に向かってそれを投げ付けたではないか!
「霊理霊脈っ、天道に満つる全き力。紡ぎ、舞い踊れ!!」
 白刃が如き光で閃く大アルカナ。
 それは、響の心を現す鏡が如くに生徒達の中に巣食う者を怒りによって焼き
尽くし、反対に生徒達の体と心を癒していく。
 だか。
 短い吐息を一つ吐き、響は声もあげずに地に伏していた。
 何か、それを予見していたかのように薫は深い溜息をついて響の体を抱き起
こす。響の双眸から一筋の涙が零れ落ちる。
「‥‥‥ごめん、なさい。私やっぱ‥‥‥駄目な先生ね。いつも薫君に負担か
けて。でも‥‥‥」
 優しい微笑を浮かべて、人差し指で響の唇を封する薫。
「判ってる、何も言わなくて良いから。少し‥‥‥休んで」
 その言葉に、起き上がろうと体を硬くしていた響はゆっくりと力を抜いて混
濁の中に落ちていく。
『ふはははははははっ。おろかな女よのぉっ!』
 屋上から響いてくる声。見上げるとそこには一人の黒尽くめの男が立ち、下
卑た笑いを投げかけてきていた。
『その絞り粕どもは貴様をここに誘導するためだけの物だ。用が済んだものに
わざわざ情けをかけて気を失うとは、なんともおめでたいおん‥‥‥』
 空気を切り裂く音が、見下して吐き出す男の口を封じる。
 薫が、足元に落ちていた響のカードを一枚拾って投げ付けたのだ。
「‥‥‥貴様のような汚れきった悪党には、人を思いやる心などミリほども無
いのだろう。微塵の同情も挟むつもりは無い。その体に罪を購わせてやる! 
急急如律令! 式神召喚!!」
 現れた6mはあろうかという白鴉に跨ると、屋上のその男に向かって飛び立っ
た。
『愚かしい雨宮よ。ならば我が秘術見るが良い!!』
 男がそう叫んだ瞬間、その体が黒い光に包まれて弾けて飛んだ。
 そして男がいたはずの屋上と同じ高さにまで飛びあがったが、そこに男の姿
は、と言うよりもさっきまでいた日野第一高校の校舎や周辺の風景全てが消え
失せて、全て混沌と黒い光が蠢く、そんな光景になっていた。
「こ‥‥‥これは?」
『ふははははは、さすがの雨宮とて驚いたか。我が極哭陣には。そうだろうそ
うだろう』
 何やら満足げな声がその空間に響き渡る。そして。
『受けろ、極哭陣の恐怖を!!』
 ギリッ‥‥‥。
 なるほどな。それで、ね。
 見ると、今まで雨宮薫がその術を以って屠って来た妖魔たちがあたりの空間
から続々と這い出して来たではないか。
 さまざまな方向から力の波動を感じ、体を振動が揺らした。
 見た顔、そして姿が痛みと苦しみの慟哭を上げて薫に襲いかかって来るが、
薫は眉毛一つ動かさない。
「ここまで馬鹿だとは正直予想外だった。最早、呆れ果てて声も出ない。こん
な事の為に‥‥‥こんな事の為に!!」
 怒髪天、とでも言うのだろうか。
 短い詠唱の後に飛ばした符が高い金属音を発して回転をはじめる。すると、ま
るで糸巻きに意図が巻き取られていくかのように黒い光がその中に吸い込まれ
ていく‥‥‥だが!
「なっ!」
『完全に掛ったな。死ねっ、絶望の果ての"虚無"に押し潰されて!!』
 闇を払った先は何と屋上の柵の上で、何か白い塊に圧し掛かられた瞬間、式神
の姿は消え失せた。
 つまり、五階屋上から地面へ急降下と言う訳だ。
 自殺者の9割5分以上が死ぬ高さ。
 印を組もうとするが声を手を動かす事はおろか、声を発する事すらできない。
 迂闊‥‥‥!
 この白い何物かを召喚する為の、膳立てであったとは‥‥‥。
「絶対させない! 私の目の前で‥‥‥私の目の前で薫君を死なせるなんて、許
さないっ!!」
 朦朧とした意識を執念で引き寄せた響は、なんと落下地点に立って薫を受けと
める姿勢を取ったではないか!

 いけない!
 逃げろ‥‥‥。
 いいから、逃げてくれ!!
 どけえええええええええええええええええええええええええええええええっ!!
 声にならない声を叫ぶ薫。思い出す、あの時のカード。

              ]V THE DEATH(正)
      死。停止、停滞。終了。飢餓、病気。別離。急激な変化。

 絶叫する薫。
 微笑んで顔を上げ、両腕を広げて抱きとめようとする響。
 運命を‥‥‥‥‥‥‥‥‥覚悟する。





 その時。





 ひらひらと舞い降りてきたカード。

               ] WHEEL OF FORTUNT(正)
    転換期(良い兆し)。絶好のチャンス。良い意味での運命的な出来事

「動く! 手が‥‥‥急急如律令 式神召喚! 飛べえぇっっっ!!!」
 弧を描いて再び空中に戻る薫。
 その時、響と触れたような気がするが、そんな事を構っている余裕は正直無かっ
た。姿勢を正してから、ぺたんと座り込んでいる響の無事を確認する。
 そして、視線を屋上に移した薫の表情が一転した。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれは、一体!?
 既に半身が無くなっており、腰の辺りからさらさらと白い砂のような物が風に
乗って飛んでいく。
 白い塊はもう気づいた時にはいなかった。
 身丈に合わぬ強大な力を呼びすぎたのか。何にせよ、憎しみで自らを滅ぼした
か。しかし、今回は危なかったな。
 頬に伝った汗を拭う‥‥‥と。
「なっ!?」
 今日、幾度と無く目にした響の顔が浮かぶ。
 引いていたルージュの色。そして、拭った手の甲についたそれ。
 呆けたように座り込んだ響は恐らく、まだ気づいていないようだ。
 慌てて、ごしごしとそれを落とす。
 とんだオマケつきの運命の車輪だと、苦笑して響の下へと降り立つ。
 すっかりと暮れた秋の空。
 明星が二人を優しく見守っていた。

[エピローグ]
 今回も、薫君に迷惑かけちゃったわね。
 本当に、なんて言って良いやら‥‥‥。
 あれから、全ての生徒が帰途につけるかどうか、木陰から見守っていた。
 と、言うのもあるが、実際は響の腰が立たなかったと言う理由もある。
 あれから、なぜか薫は一言も発しない。
 無茶しちゃったから、怒ってるのかしら?
 参ったわ‥‥‥。
 そんな事を思いつつ、路駐した車に近づく。幸いな事に駐車違反は取られては
いないようだ。
 すっ、と歩調を速める薫。
 そして、運転席のドアを空けて乗るように促してくる。
「安全運転でな」
 強かに微笑する薫に思わず苦笑する。安全運転しないと、恐らく生きて帰られ
そうもない。
「ええ、任せて♪」
 帰る車内の中、対向車のライトで白く映し出される車内。
 ルームミラーに写った薫の顔にうっすらとルージュの跡が残っているのを見え
たが、響は敢えて何も言おうとはしなかった。
 だって、ね?
 何故か、突然上機嫌になった響を薫は不思議そうに見つめていた。
 
                                 [FIN]