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死面呪禍
0.オープニング
「「面の呪いを解いて頂きたいのです」
依頼人はそう言った。原因不明の奇病に襲われた、怪奇作家を救う為だと……草間は先を促した。
「実は、その筋では有名な品を先生がお持ちになられたんです。それはそれは見事な面が4枚でして。それぞれが、人間の喜怒哀楽を表現したものです。ただし、これら全ては死に顔を形作ったものだと伝え聞いています」
「死に顔の面?」
「はい、私達はこの面の事を『死面』と呼んでいるのですが、実はこれにはとある伝承がありまして……」
そこまで言うと、一瞬口を濁す依頼人。
「全てを話して下さい。でないと、調べようがありません」
草間の言葉に上目遣いに視線をやりながら、依頼人は口を開く。
「とある方法をする事により、面の力を解放し生きたまま極楽浄土へといけるという伝承だったのです。先生はそれを試そうと此処の所、躍起になって文献等を調べて居りましたが結局分らずじまいだったのです。所が、先日ひょんな事から答えを見つけたとかで、お試しになったそうなのです。そして、お試しになった翌日には、既に意識は無い状態で昏睡状態に成られた訳です」
眉間に皺を寄せて考え、草間は聞く。
「とある方法とはどんな方法だったのです?お聞きになられてます?」
「いえ、私は分かりかねるんですが、面が4つとも別の場所にあったんですよ。それが、方法なのかも……」
「その場所とは?」
「先生の自宅から、東西南北に丁度寺社がありましてね。そこに少しの間安置して欲しいとの事で……」
草間は黙し、暫く考えていたが一つ頷くと言う。
「分りました、お受けします」
1.四志発起
「まず、状況について整理しなければならないな」
草間 武彦の言葉に、集まった面子は深々と頷く。海原 みなも、シュライン・エマ、柚品 弧月(ゆしな こげつ)、綾和泉 汐耶(あやいずみ せきや)の四人に依頼人である男性である。
「気になるんですけど、作家さんが発見された時どう言う状態だったのでしょう?」
まず口を開いたのは、みなもだ。その質問に、シュラインも興味有り気に依頼人を注視している。
「どう言うと言われましても、うつ伏せに倒れておられました。後そうですね……苦悶の表情でした。何かに苦しんでいた様な……そんな感じです」
発見した時の状況を思い出しているのだろう、依頼人の眉間に皺が寄って居るのが見て取れた。
「喜怒哀楽に、東西南北……ベトナムのアンコール・トムにある菩薩像が思い浮かぶのよね……それと、釈迦の四門遊観。どちらも関係あるかしら?」
次いで問い掛けるのは、汐耶である。
「私には解りかねますが……ただ、そちらの関係では無いと思われます」
「ほう?それはまたどうしてです?」
断定に近い依頼人の言葉に、弧月は訝しげに問い掛けた。
「文献も多少残っていますが、作られたのは室町の末期の折だと言う風に記して有ったようです。先生からの請売りなんですけどね……」
「その文献を、貴方は御覧になられましたか?」
シュラインが口を開いた。
「いえ、私はただの担当ですから、そこまで見せて頂いた事は御座いません。先生が仰っていたのは、少なくともこれは日本で作られた物であると言う事位で……」
「日本で作られた死面……要するにデスマスクなんですよね……その頃のにそんな風習があっただろうか……」
考古学を専行する弧月は、自分の記憶に探りを入れているのか腕組をしたまま目を閉じている。みなもは、更に質問を続けた。
「東西南北に、喜怒哀楽の面はどう配置されてどうやって安置されていたんですか?」
「えーとですね……」
そう言って、ガサゴソと鞄をまさぐる依頼人。少し経って出されたメモにはあまり綺麗とは言えないが確かに配置が書かれていた。即ち、喜の面は北、怒の面は西、哀の面は東、楽の面は南である。
「この配置に、何か心当たりは有りませんか?」
「いえ……私には皆目見当も……」
汐耶の問いに答える依頼人は、本当に知らないのか困惑した表情を見せて居る。
「どの様に安置されていましたか?」
シュラインが再び尋ねた。
「それぞれの寺社に、箱のまま安置されておりました。然程何かをしたと言う話は聞いておりません。ただ一つだけ……」
「何です?何か有ったのですか?」
弧月が先を促すと、依頼人は沈黙した口を訝しげに開いた。
「先生が御倒れに成られる前夜に、それぞれの面を箱から出して本殿に置いて置いて欲しいと……先生から言伝が有ったようで……それが関係して居るかどうかは分りませんが……」
「当然それをやった?」
汐耶の問いに、全員の視線が依頼人に集まる。依頼人は、コクリと頷いた。
「分りました。後は、色んな角度から調査してみましょう」
シュラインの言葉に、皆一様に頷く。そして、誰もが同じ考えであったのだろう。
「作家さんが倒れられていた部屋を見せて下さい」
弧月の言葉に、誰もが肯定の視線を依頼人に向けた。
2.呪影虚躯
その部屋に満ちた空気は、酷くじめじめして重かった。
作家の部屋……貴重な文献等が整然と本棚に納められ、奇怪な面や飾り物が棚を所狭しと占拠し、更には部屋の壁・床に至るまで、奇怪な紋様で埋め尽くされていた。
「これは凄いですね……全て呪術に関する紋様ですよ……」
汐耶は部屋を見回しながら、感嘆の言葉を洩らす。仕事柄、そう言った文献の管理を任されている汐耶ならではかも知れない。
「どう言った物かは、分らないんですか?綾和泉さん」
隣に居たみなもは、汐耶に視線を向けて問う。
「多分、呪的な力を増幅させる様に書かれた物だと思うわ。はっきりとした事は言えないけどね」
「へぇ〜お詳しいんですね、綾和泉さん」
辺りを見回しながら、弧月は笑顔を向ける。
「どう行った方向に向いて倒れられて居たか、覚えてらっしゃいますか?」
辺りを気にしながらも、シュラインは何が起こっていたのかを知ろうとする事に余念が無い。いや、シュラインだけではない、みなもも弧月も汐耶も何か手がかりはないかと、それぞれ調べ始めている。
「倒れられていたのは、こういった形です」
そう言って再現してくれた依頼人を見ながら、シュラインはコンパスを開くと方角を確認する。「頭は北東?鬼門の方角ね……たまたまかしら?それとも……」
シュラインがそうしている頃、弧月は部屋の物にサイコメトリーを掛け、その記憶を探って居る。情景が、頭の中に浮かんでは消え浮かんでは消える。
「……駄目ですね……断片的にはあるんですが、それと確定できる物は何も……」
どうやら、事件当夜の情景が浮かびはする物の断片的過ぎるのか分からないようである。一方のみなもと汐耶は、書籍や机の上を重点的に書き残した物が無いかどうかを探していた。
「どう、みなもちゃん?何かあった?」
「これと言って、何も無いです。何かメモ書きでもあれば助かったんですけど……」
みなもは作家の机を中心に探していたのだが、予想していたような方法に関するメモ書きは無く、文献を漁った後の走り書き位しか見付ける事が出来なかった。
「私の方は、少しだけ分かった事が有るけれど……これもどうなんでしょうね?」
「何?何か分かったの?綾和泉さん」
シュラインが汐耶の元に、近づきその手に持つ本を覗き込んだ。
「……『四面五生の奉舞』……?」
そこに書かれていたのは、現在は失われてしまったとされる舞いの紹介であった。
「付箋があった事から見て、これだと思うんだけど……ちょっと自信ないわ。弧月君だっけ?君、私に付き合ってくれない?」
「俺ですか?俺で良ければ、付き合いますが?どちらへ?」
些か面食らった弧月の答えに、汐耶は微笑みながら言う。
「著者さんの所♪」
「なるほど、分かりました」
微笑を返し、弧月と汐耶はシュラインとみなもに挨拶を残すとそのまま部屋を後にした。
「じゃあ、みなもちゃん。私と貴女は、一緒に寺社を回りましょう。何か手掛かりが有るかも知れないから」
「はい、シュラインさん」
微笑むみなもに、シュラインもまた微笑を返した……
3.古想現威
「よもやあれがね……現存している事実は知っていましたが……」
溜息と共に呟かれた言葉は、舞いについて記した著者の物だった。
「実は、それを使ってある儀式を行った方が居たんですが、現在昏睡中でして……」
弧月が、現状を端的に伝える。
「やり方は分かりませんが、あの面が意味する物は一応調べ上げていますけどね」
「それはどう言った物なのでしょうか?」
汐耶の言葉に、著者は煙草に火を灯し深く吸った後、吐き出す煙と共に口を開く。
「あれは、四面であり五面を表す物なんですよ。即ち、五行の相生と相克を体現させた面であると言う事です」
「五行?五行と言うと、陰陽の?」
弧月は思わず問い掛ける。
「その通りです。ですが、忘れては成らない事が有りまして……あれが死面で有ると言う事実です」
そこまで話すと、著者は再び煙草を口に咥え深く吸い込む。
「死面であると、何があるというのでしょう?」
汐耶は訝しげな表情で著者に問い掛ける。
「それはですね……」
告げられた言葉に、弧月と汐耶は思わず息を呑むのだった……
「これがその面になります」
神社の本殿で、シュラインとみなもの二人は最後の一枚である面をまじまじと見詰めた。
「どれを見てもそうですけど……」
「ええ……気味の良い物ではないわね……」
死面の四面……それは正に、人の死に顔をその皮ごと貼り付けた面であった。腐食も劣化も無い生々しい表情は、生前の面影さえ今に伝えようとしているかのようだ。
「お持ちになられた際には、驚きました。後、伝えられた時間にお出しして居た折も、驚いた物です」
「一体何があったんですか?」
みなもの問いに、神主は溜息と共に話し始めた。
「夜中でしたからね、尚の事でした。ここにあるのは、笑顔の面だったからかも知れませんが、突然の笑い声が辺りに響きまして……一体何事かと思って見に来て見れば、この面が宙に浮いて笑って居たんですよ。気味が悪くて早くお返ししたかったんですけどね……」
「なるほど、それは確かに手放したいでしょうね」
その時の様子を思い浮かべたのか、シュラインは身震いする。みなもも隣で青褪めた表情で、面を見詰めていた。
「面自体はそうだけど、箱とかには怪しい物は無いですよね……作者の明記も成されてないみたいですし……面関係の方に当たってみますか?シュラインさん」
「そうね……一度そうした方が良いかも知れないわね」
シュラインとみなもは、神主に頭を下げるとその場を後にした。
4.死面呪禍
「覚悟はいい?」
「はい、大丈夫です」
「ええ、大丈夫」
「無論です」
作家の部屋に、シュライン・弧月・みなも・汐耶が集まる。各々の手には、面の入った箱がある。シュラインが喜の面を、みなもが怒の面を、汐耶が哀の面を、そして弧月は楽の面を持っていた。
「じゃあ、やりましょう。手順は大丈夫よね?」
「問題ないと思います。もう、あちらの準備は?」
「済んでます。何時でも」
「じゃあ、また後でね♪」
それぞれに、緊張の面持ちを残しつつ部屋を後にする中、汐耶は作家の部屋に残った。
全員が揃ったのは、作家の部屋を後にしてから3時間程経ってからの事だった。
「どうでした?シュラインさん」
「それなりに分かった事は有るわ。そちらはどうだったの?柚品さん」
「貴重な話が聞けました。ね?汐耶さん」
「ええ、からくりは解けた感じよ」
「そうなんですか!あたし達も、何とかからくりが分かったんですよ」
全員が一呼吸置いた次の瞬間同時に口を開く。
「「「「五行相克」」」」
その言葉に、一同が大きく頷く。
「能の方に聞いてきたんだけど、口伝でしか伝わってない面だそうなの。舞える者も無いそうよ」
「どうしてですか?」
シュラインの説明に弧月が訝しげに問う。
「口伝によると、舞い方が無いそうなの。ただ舞うのではなく、想いを舞えと伝えられているそうよ」
「想いを舞う……?」
「良く分からないんですけど、兎に角決まった形式の無い舞いらしくて、誰にも舞えないと同時に、誰にでも舞える舞いなんだそうです。だから廃れてしまったのだと……」
汐耶の問いに、みなもが答えるのを見ながら、シュラインは弧月に問い掛けた。
「そちらが分かった事は?」
「はい、面が五行を表すのは直ぐに分かったんですが、重要な事が一つ有りまして」
「そう、死面と言う事に意味があったのよ!」
汐耶が息巻いて弧月の言葉を継ぎ話し出す。
「そもそも死って言うのは、陰陽からするなら陰に当たるのよ。当然、それは一つでは相成らないから陽を求めるわ」
「そうです。故に、今作家さんの命……即ち陽は面に囚われている事になる」
弧月と汐耶の言葉に、シュラインとみなもは黙したまま考えていた。更に弧月が続ける。
「命が四つに分断されて吸収されきるまで、もう余り時間が無いと思います。迷っている時間は無いですよ?大丈夫、きっと上手く行きますよ」
笑顔を向ける弧月に、シュラインもみなもも汐耶も笑顔を返した。
「23時か……後30分ね……」
シュラインは、北の寺に居た。此処がシュラインがいる場所だった。
「後少し……上手く出来るかな」
みなもは、東の神社の境内に立っている。
「これが駄目なら、どうしようもないですね」
弧月、南の神社に待機している。
「狭いのに大丈夫なの?此処……」
汐耶は作家の部屋を見回しながら、溜息一つ。
「頼むぞ、皆」
草間が、依頼人と作家を連れて西の神社に居た。駒は全て揃った。
時計の針が、23時30分を指した。
「始めましょう!」
「やるしか!」
「何とかなります!」
「狭いのよ!此処は!!」
それぞれの場所、それぞれの面を付けて、四人は舞う。いや、舞いと呼べる物では無いのだが、兎に角踊った。魂が解放される様に、願いを込めて想いを込めて……面の魂が鎮まる様にと……
どれくらい経っただろう、汗が滲むほど踊り続けた四人の顔から、自然と面が外れる。
「面が」
「外れた」
「終った?」
「のかしら?」
呆然とする四人の携帯に、草間から連絡があったのは直ぐの事だった。
5.余話清々
「今回はご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした」
病院のベットの上に上体だけを起こした作家が深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせて頂きまして感謝しています」
汐耶が返礼を返す中、弧月とみなもは呆然と作家とその隣にいる依頼人を見詰めていた。
「まさか、女性だったなんて……」
「依頼人さんが、旦那さんだったなんて……」
呟く言葉を耳にしてシュラインがクスクスと笑っている。依頼人もまた苦笑いを浮かべて二人の視線を受け止める。そんな中、作家は話し始めた。
「あの面を手に入れて、五行って言うのは直ぐに分かったんです。後は方法だけだったので、能や狂言の文献を漁り、その方面の方にお伺いしたんです。そしたら、舞い方の無い舞いだと言う事なので、安置した後時間を指定して舞って見たんです。そしたら、幾つ物声がしたかと思うと、急に重苦しくなって……そこから先は覚えてないんです」
青く血の引いた顔で、語る作家を見てシュラインはそっと肩に手を置く。
「大丈夫ですよ。もう、何も怖い事は無いのですから」
「……はい……」
「そうそう、あの面は私が責任もって封印させて頂きます。その方が安全でしょうしね」
汐耶はそう言うと、微笑み作家を見詰めた。
「有り難う」
「まずは身体を癒して、それから頑張って下さいね」
微笑むみなもに、作家も淡い笑顔で応えた。
「では、俺達はこれで。お大事に」
弧月の言葉を最後に、皆は一礼をして病室を後にした。
昼下がりの道を、四人と草間は歩いて行く。
「はぁ、何とか解決してよかったですね」
「そうだね。最終的には面を覗いてみようかと思ってたんですけどね」
「やらなくて良かったわね。死の瞬間の記憶を同時に体感する事になる所だったわよ」
「まあ、何にしても終ったんだからもうよしとしましょ」
他愛も無い会話が、充足感に包まれた四人の表情を喜びの色に変えるのを、草間は笑顔で見詰めていた……
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1251 / 海原 みなも / 女 / 13 / 中学生
1582 / 柚品 弧月 / 男 / 22 / 大学生
1449 / 綾和泉 汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書
0086 / シュライン・エマ / 26 / 翻訳家&幽霊作家
+時々草間興信所でバイト
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■ ライター通信 ■
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どうも、凪蒼真です。
御参加有難う御座います。(礼)
今回の依頼は、如何だったでしょうか?
宗教と言うのは時として、面白い価値観を見せてくれる時があります。今回の依頼はそんな感じを出してみようかと思って作った物です。楽しんで頂ければ幸いです。
僕が何よりも重視して書くのは、感情であったり雰囲気であったりキャラクター性であったりします。プレイングを見て、それらを読取り出来るだけ近いものをと思っています。もし、お見かけした際には、今後ともどうかよろしくお願い致します。
それでは、またお会い出来る日を楽しみに♪失礼致します。
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