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<東京怪談ノベル(シングル)>


極彩色の記念写真

 ザワザワザワ――校内が活気に満ちている夕暮れ。
 年に一度の学園祭を間近にして、学校中が浮かれているこの時期。
 その空気に触れているだけでなんだか気持ちがウキウキしてきて、集合時間に遅れているっていうのについつい顔が笑ってしまう。
「すみません、遅くなりました」
 パタパタと小走りに駆けこんだ先は校舎裏。
 水泳部と演劇部に所属しているみなも。だけど普段は家事とバイトで忙しくて、ほとんど部活には出られない。つまり、幽霊部員。
 だけどさすがにこの時期は逃げ出すわけにもいかなくて、ここのところは連日居残りで学園祭の準備に終われている。水泳部の方はともかく、演劇部にとっては学園祭は晴れ舞台なのだ。
 もちろん、幽霊部員のみなもが表舞台に立つわけはなくて、みなもの仕事は裏方仕事。書割だとか衣装の補修、それから雑用。
「海原さん、遅いわよ」
「すみません、掃除当番だったんです」
 素直に理由を言って頭を下げれば、先輩もそれ以上は言ってこない。
 それなら仕方ないと言って体育館の方に戻っていった先輩を見送って、みなもと同じく幽霊部員裏方係の皆の方へと向かった。
「珍しいじゃない、みなもが遅刻だなんて」
「学園祭の準備の方が忙しいからって掃除サボる人がいたんだもの」
 大袈裟に溜息をついて見せると、会話の相手である同級生だけでなく、周囲の先輩たちからも失笑が漏れた。中にはあからさまに視線を逸らす先輩も。
 ・・・・・多分、みんな考えることは同じなんだろう。
「さ、もう少しだから頑張りましょ!」
「はいっ」
 先輩の掛け声に皆が頷く。みなもももちろんきちんと返事をかえして、早速作業に取り掛かる。
「海原さんはこっちをお願いできる?」
「あ、はい」
 書割用のベニヤ板を抱えた先輩に呼ばれて駆け寄ると、ハイ、とベニヤ板を数枚手渡された。
 どちらかといえばみなもは力があるほうで、自分でもそれを自覚しているけれど。
 ・・・・・・だいたい大道具って男の人が造るものではないかしら?
 ここでも例に漏れず、大道具はだいたい男の部員さんのお仕事。その中に混じっている女子生徒はみなもを入れても三人くらいで、なんだか少し浮いているような気がしてしまう。
 それでも与えられた仕事はきっちりやるべきだから。みなもは手渡されたベニヤ板を持って、今ちょうど組み立てをやっている先輩たちの方へ向かった。
 使わない時は舞台袖に仕舞っておくものだから、なるたけ簡単に分解組み立てできるように。前もって書いてあった設計図に合わせてベニヤ板を切り、組み付けて。
 最後の仕上げは背景。
 高いところは脚立を使い、ペンキの缶とハケを持ってベニヤ板に色とりどりに絵を描いていく。
 ただの茶色い板でしかなかった書割が、どんどん背景らしくなっていくのは、見ていて楽しい。
「へえ、みなもってば上手いじゃない」
「そうかな?」
「うん。上手い、上手い」
 いつの間に自分の作業の方を終えたのか、向こうで細々とした作業をしていた同級生の友人たちがみなもの描いてる書割を見に来ていた。
 自分で描いて、自分で見てると上手いかどうかってよくわからないのだけれど・・・・褒められるのはやっぱり嬉しい。
「え・・・・あ!?」
 ぐらりと、脚立の上でバランスを崩す。
「みなも!?」
「海原さんっ!」
「きゃあっ!?」
 慌ててバランスを立てなおして、脚立の上から地面に飛び降りた。
「・・・・・はあ」
 怪我なく降りれたことに安心したのも束の間、
「あ!」
「え?」
 バシャンっ!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 脚立の上に乗せていたペンキの缶が頭の上から降って来た。
「なあに、なんの騒ぎ?」
 すぐ傍の教室で練習をしていた先輩たちが、騒ぎに気づいて窓から顔を出してきた。
 バチリと目があって、一瞬の沈黙。
 なにを言えばいいのか言葉に困って、思わず浮かんできたのは照れ隠しの苦笑。
 途端。
「やだ、海原さんってば」
 周囲はどっと笑いに包まれた。
「なかなか綺麗じゃない」
 緑を基調に極彩色あふれる配色に染まったみなもに、みんなで冗談混じりの褒め言葉を交わす。
 本人としては頭から被ってしまったペンキを早くおとしてしまいたいところなのだけれど・・・・・。
「いよっし、この際だから派手に行こうっ♪」
 部長が勢い込んで楽しげな声をあげた。
 やんややんやの拍手喝采が起こり――
「きゃーっ!?」
 再度ペンキがぶちまけられた。
 みなもだけではなく、その近くにいた部員も少なからずペンキの被害を受けてしまって。
 校舎裏は見事なまでにカラフルな色に染められた。
「はい、みんな集まって、集まって」
「ええ?」
 誰が言い出したんだかの確認もしないうちに、みなもを―― 一番カラフルな人を中心にザッと集う。
 展開についていけずにキョロキョロと視線をさまよわせれば、真正面にはカメラを持って構える先輩たち。
「はいっ、チーズ!」
 つられて浮かべた表情はちょっと困ったような。でも、楽しい気持ちがめいっぱいに溢れる笑顔だった。