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<東京怪談ノベル(シングル)>


あさがお(?)観察日記

●7月18日
「はい、みあおちゃん、これあげるね」
 と、差し出されたのは、ちょっと大きな花の種だった。
「たね?」
 みあおの位置から、見上げる姉の表情はとてもにこやかだ。
「あさがお?の種だよ」
「あさがお?」
 語尾が上がって疑問形になっているのがちょっと気になる。
「夏休みの宿題にはぴったりでしょ? みあおちゃん宿題多くて大変だよね」
 とても無邪気な微笑み。
 その笑顔の輝きを見ながら、何故か胸に不安の広がるみあおである。
「う、うん〜」
 みあおは小学6年生。銀色の月の雫のような細い髪と、美しい瞳の色を持った美少女である。
 といってもとても6年生には見えない。
 1年生、もしくは幼稚園児と常に間違われる程、小さな女の子だった。
 この見かけは実は、通りがかりのマッドサイエンティストと偶然すれ違ってしまった事から発端する思い出したくもない事件と深く関わっていたりするのだが、今回はその事は置いておこう。
 ともかく海原家に預けられてからの彼女は、楽しく過ごしていた。
 そして楽しい夏休みが訪れて、その胸はとてもときめいていたのだが。
 『夏休みの宿題』
 これが多くて多くて、なんて幸せなんだろうと涙する子供なんか、きっと100人に1人もいやしない。
 みあおはお勉強が嫌いなほうではないけれど、それでも頂いたその量に辟易もしていた。毎日コツコツとやらなければ終わらない程度の量がある。
 彼女の通う私立の留学生や帰国子女専門のスクールは若干夏休みが長い代わりに、宿題の量も少なくなかったりするのだ。
 その一つが「植物の観察日記をつけよう」だった。
 好きなお花を育てて、その様子を絵日記につける。その宿題に使ってね、と姉は言ってくれたのだ。
「ありがとう、お姉さん」
 にこにこと微笑み、みあおは、用事を思い出したと、離れていく姉を見送った。
「大切に育ててね〜」
 手を振りながら、姉は遠くに駆けていく。
「うん」
 みあおは見送って、手を振り返した。
 その時だ。その小さな手のひらの中で、種が「びくっ」と震えた気がして、みあおの銀色の瞳が大きく見開かれた。
「……?」
 気のせい?
 みあおはしばらく種を凝視した。でももう何も起こらない。
 何故か脂汗だけがいっぱい流れたけど、みあおはとにかく、その種を植木鉢の中に埋めて、たっぷりと水をかけてあげた。
「さっきのどうしてかな〜……でも種さんは生きてるっていうし」
 それはちょっと違うような、みあおちゃん。
 けれどまだ、みあおは元気な種を貰ったのだと喜んでいた。
 その時までは。

●7月21日
「あー、芽が出てるーっっ!」
 毎日植木鉢を覗いていたみあおは、その日の早朝、庭先で歓声を上げていた。
 小さな煉瓦色の植木鉢の中、その緑のふたばはかわいく顔をのぞかせていた。
 さっそく絵日記帳を持ってきて、スケッチを開始するみあお。
「ふたばさん〜♪ あ、さ、が、お、の、ふ、た、ば、さん〜♪」
 思わず歌なんて歌ったりしたりして。
 植木鉢の側に体育すわりにすわりこんで、夢中でスケッチをしている彼女の見てない瞬間。
 ふたばは、その歌にあわせて左右に揺れていたりした。
 彼女はまだ気づいてないけれど。

●7月25日
「見て見てー、お姉さん」
「んー?」
 姉の腕を引っ張って、みあおが朝顔?を見せにくる。
 そこには四つの葉が並んだ、まだまだ赤ちゃん朝顔の姿。
「芽が出たね。大切に育ててあげようね」
 みあおの頭を優しく撫でて、去っていく姉。
 みあおは満足げに頷いて、またまたスケッチを始める。
「よつばさん〜♪ あ〜さ〜が〜お〜の〜よ〜つ〜ば〜さ〜ん♪」
 鼻歌も進化しようというもの。
 天気のよい夏の日差しの下、みあおはスケッチに励んでいた。
 ガサガサ。
 ふと、葉ずれのような音を聞き、みあおはふと顔を上げる。
 四葉がなんだか大きくなっていたような気がした。
 しかも、その中央からは緑色のツルが顔を出している。
「ほにょ」 
 絵日記帳の中の自分の書いた朝顔と見比べるみあお。
「……あさがおさん、すぐにおおきくなっちゃうんだからぁ〜」
 何の疑問も抱かず、葉を大きく書き足し、ツルを書き加えるみあおであった。

●7月30日
「わぁ、もうこんなに大きくなった」
 みあおは隣の藤棚に届きそうな程成長した朝顔を見上げ、かわいい目を丸くさせていた。
 昨日まではみあおの背くらいまでしかなかったのに。
 でもまだツボミはついていない。
「書くの、、、大変、、、」
 みあおは何歩か後ろに下がる。
 絵日記帳のキャンバスに、当てはまる比率にしなければ全体像を描けないからだ。
 何歩も下がって、地面の上にぺたりと腰を下ろしたみあおの鼻が、やがてくんくんと動いた。
「……なんだかいい香りがする……」
 みあおは辺りを見回した。
 海原家の庭にはいつもお花が耐えない。
 綺麗なお花がいっぱいだけれど、この香りはどのお花の香りだろう。
 結局わからなかった。
 
 その夜。
 不思議な声をみあおは聞いたような気がした。
 ベッドで横になっていると、庭先が何やら白く光ったような気がして目が覚めた。 
 二階のお部屋の窓から庭を見下ろすと、月の光を浴びて、ユラユラと動く朝顔?のツル。
 それは宇宙から一閃の光を浴びているようにも見えた。
「……?」
 みあおはしばらく眺めていたが、あまりもの奇妙さにこれは夢なのだと思えてきた。
 そしてそう思ううちにまた眠くなって、ベッドに潜り込む。

 みあおが眠りについた頃。
 揺ら揺ら動く触手は、唐突に空に向かって突き上げるように伸びた。
 まるで弾丸のような速さで。
 その時、空の上には梟が飛んでいた。
 ツルはその梟の体をぐるりと包みこんで、また地上に向かって降りていった。
 やがてその丸まったツルの間から、『ガリガリガリ』という硬いものをかじるような音と、その隙間から真っ赤な雫がたれていくのだった。

●8月5日
「お花がついた!!」
 みあおはそれを知り歓声を上げた。
 今までどんなにツルが伸びても、その幹が太くなり続けても、ツボミだけはつけなかった朝顔?がようやく、ツボミをつけ始めたのだ。
 ツボミの外側からもわかる。
 赤い花、青い花、紫の花。
 甘い香りが再び強くなり始めた。
「この……あさがおさんのかおりだったのかも〜」
 みあおは満足そうに頷いた。
 近所の人が飼い猫を呼ぶ声が、門の前を通り過ぎていく。
 みあおは振り向いて、その人たちに近づいた。
「ねこさんをさがしてるの?」
「ええ……いなくなってもう3日……遠出するような子じゃなかったのに……」
 最近行方不明になる猫や犬が多いのよ、とその人はみあおに言った。
「何か悪いことの前触れでないといいのだけどね……」
「わるいことのまえぶれ」
 みあおの体に何かぞっとするものが走った。
 まるで背後から見つめられているような。
 その視線は、みあおのおうちの庭から感じた。
 恐る恐る振り返る。
 そこには巨大に成長した朝顔?の姿があった。
「……気の、せい、だよね?」
 なんだかとっても自信がなかった。
 根拠はないけれど……。

●8月10日
 明日には咲きそうだね、という姉の言葉に、みあおはその朝、頑張って早起きをした。
 まだ誰も起きていない早朝。
 時計を見たらまだ午前5時にもなっていなかった。それでも、朝顔の花さんの咲くところを見たくて、みあおはパジャマ姿のまま、お部屋から飛び出した。
 朝露に濡れる芝生を踏みながら、さらに巨大化した朝顔?に近づく。
 甘い蜂蜜のような香りがたちこめていた。
 あまりに芳しく、クラクラしそうだ。
 ……あれ、本当にクラクラする……。
 みあおはちょっとあせった。
 朝顔のゆるく結ばれた、今にも開きそうなツボミ。
 その香りの中でそのツボミを見上げていると、何故だかどんどん気が遠くなっていくのだ。
 
 バチ。
 変な音がした。
 チィチィチィ。
 スズメさんの声だ。
 みあおはパチリと瞼を開いた。
 すると、みあおの目の前で、スズメさんが朝顔のツルに巻かれて暴れていた。
 みあおも何故か、違うツルに巻かれて、宙に浮いている。
「……??」
 違うツルの先から、ぶしゅううううう、と茶色の息が吐き出された。
 すると、辺りを飛んでいた小鳥達がパタパタと地面に落ちてくる。うごめくツルは、その小鳥達を拾い上げては、大輪の花を咲かせた朝顔?の花びらの中へと放り込まれ、、、
「……!?」
 ストロー型の花は、それを含むと、ぱくっと口を閉じた。
 そのまま、まるで噛み締めるようにもぎゅもぎゅと動く。
 そして最後に、ごっくん、と。
 花びらの先から、ぽたりぽたりと赤い雫が垂れた。
 ツルがさらに空を目指してうごめく。目標としたのはあの大きな黒い鳥、カラス。
 庭の向こうの電柱の上にとまったカラスに向かって、弾丸のように飛び掛るツル。
 カラスも危険をさっして、さっと飛び去った。
 けれど。 
 ぶしゅぅぅぅぅぅぅぅっっ。
 茶色の瘴気が追うように襲いかかる。
 カラスは気を失ったのか、空中からそのまま落下した。
 地面に落ちるまでにツルはカラスに追いつき、それを拾い上げる。
 まだ意識はあったのか、カァカァと暴れだすカラス。ツルはどんどん伸びて、カラスの体が見えないくらいに巻き込んだ。
 バキバキバキ。。。
 何かが砕ける音がした。
 そしてもうカラスの声は聞こえない。

「……」
 みあおにもようやく事の重大さがわかってきた。
「このままじゃ……、、」
 殺されちゃう。
 みあおは腕に力を込めて、そこから逃れようとした。
 すると、彼女に意識が戻ったことに気がついたのか、ツルもぐいぐい力を入れてくる。
 すごい力だ。小さなみあおの体が、みしみしと音をたてるようだった。
 ……つぶされちゃう……っっ
 瞼をぎゅっとつむり、苦痛をこらえるみあお。
 ふと、その体にさらに違和感を感じて、顔色を変える。
 そのツルには表面に無数の棘があるのだ。そんなに痛くはなかったはずなのに、その突起が大きくなり、みあおの柔らかい皮膚に食い込んでくる。
「……痛いよぉ……」
 みあおは助けを求めるように空に叫んだ。
 圧迫感のせいで、とてもおうちにいるお姉さん達に届く程の声も出なかったけれど。
 棘がさらに皮膚をえぐってくる。
 みあおの体から血が流れた。
 嫌だ。痛い。
 痛みと恐怖感。そのうえ、悪夢のような記憶が蘇りそうになる。
 嫌。思い出したくない!!
「いやぁぁぁぁっっ!!」
 みあおは叫んだ。
 叫ぶと同時に彼女の全身に光が走った。
 白い光。聖なる光とはこんな色なのかもしれない。清浄に満ちた、白銀の光。
 ツルはそれに気押されたかのように、一瞬収縮した。
 そして光が消えたとき、ツルに囚われていたみあおの姿はなくなっていた。
 変わりに空には、美しい青い小鳥。
 サファイアの羽根の色。光沢に照らされたその小鳥は、朝顔を観察するように見つめていた。
 
 小鳥めがけてツルが舞う。
 ひらりとそれを避け、小鳥は中空を自在に飛んだ。
 何本ものツルで、朝顔?は小鳥を狙い続けた。小鳥の軌跡を追って、右に三本、左に六本。
 しかし、何故か、身動きがどんどんとれなくなってきたことに朝顔も気づいたらしい。
 小鳥のせいで、ツルはがんじがらめに結ばれてしまったのだから。

 みあおは目的が成功したことを知ると、すぐに少女の姿に戻って、裏庭に駆けた。
 倉庫の中に、まだ残っていたはず、と、扉を開く。冬に使った灯油の残りがまだ少しあったのだ。
 それを抱えて、朝顔の元に戻る。
 太い幹を中心に背の届く範囲のツルに灯油をかけて、それからやはり倉庫で拾ったマッチで火を放つ。

 ボォォォォォォォッ。

 炎の渦が一気に広がる。 
 飛び跳ねるように背後に下がるみあお。
『グォォォオオオオォォォォォォ ウガァァァァァァアアアアアァァァァァァァっ』
 獣の咆哮のような声が、その炎の中から響き渡った。
 燃え盛りながら、朝顔?はまるで生き物のように熱さに呻き、体をひねるのだ。
 みあおは黙って、それを最後まで見届けた。

8月11日
「……みあおちゃん、もう二度としたらだめよ?」
「うん……ごめんなさい……」
 こんな悪いこと普段ならするはずないのに。
 お姉さん達はみあおを何度も叱った。
 庭に横たわる燃えカスとなった朝顔を見て。
 そのトゲで怪我だらけになったみあおを見て。
 みあおは怪我をした理由を、朝顔に登ろうとしてすべったからだと説明し、怒って悪戯心でそのアサガオを燃してしまったと告白したから。
 それはとてもとても悲しかったけど、でも、口にはできなかった。
 あのままにしておいてもきっとお姉さんに怒られそうだったし。
 せっかく種をくれたお姉さんにも悪かったし……。
 でも。
「ねえ、お姉さん……」
「なあに?」
「また、あの種があったら欲しいなぁ……?」
 みあおは甘えるような仕草で姉を見上げた。
「ん? いいけど、手に入ったらね」
 ウインクを決める姉に、みあおは両手を上げた。
 次は人気の無いところにあの種を植えてみようかな。
 一体ほっといたら、どのくらいまで大きくなるか見てみたかったのだ。でも、お姉さん達に危険の無い場所でね♪

                                                    おわり♪