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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


待っている女


■序■

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 差出人:アネゴ
 件名:まいおたすけろ

 くさかべだ
 まいがやばい
 おれはあいつのうしろからうごけないから
 めーるでたすけおよぶしかなかつた
 まいはおれおすくおうとしてくれた
 おれはまいおたすけたいが
 はらがたつばかりでなにもできやしない
 まいおたすけてやつてほしい
 おれのおんなにとりつかれちまつたんだ
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「……???」
 『アネゴ』こと橋掛舞からメールが届いたのは久し振りだったが、雫は首を傾げるしかなかった。どこをどう読んでもアネゴが打ったような文面ではない。まるで人差し指しか使えないような『人間』が、のろのろと時間をかけてやっとのことで入力したかのようなものだ。
 そう言えば、と雫はようやく思い出し、息を呑んだ。
 舞はひとり、幽霊を憑れていると聞いている。喉をかき切られ、片腕を無くした極道の幽霊だ――

 最近開設されたアネゴのサイトの日記を読んでわかったことだが――
 橋掛舞は数日前に、都内のあるマンションを訪れて、それから学校を休んでいるらしい。体調不良が原因だというが、病院には行っていないようだった。
 舞が行ったマンションの一室は、今は空室になっていたそうだ。
 なぜ舞はその部屋に行ったか、そこまでは日記に書いてはいなかった。「とても仲がいい男のひと」の「前の家」だ、とだけ言っていた。
 ただ――

  舞は俺を救おうとしてくれた
  俺は舞を助けたいが
  腹が立つばかりで何も出来やしない

 アネゴのパソコンを使って雫にメールを送った『彼』は、きっと何があったかを知っているし、心の底から舞の身を案じているのは確かだろう。
 これは……誰か、手伝いに行ってやるべきかもしれない。


■些細な疑問■

 橋掛舞の自宅は杉並区にある何の変哲もない家だったが、4人がここを突き止めるには少々の手数を踏まねばならなかった。
 というのも、仲介人である雫が舞の家を知らなかったからだ。メールの送り主は住所などの手がかりになるようなものを一切明記してくれておらず、雫も助っ人を集めてからそのことに気がついたのだ。
 とりあえずゴーストネットOFFの雫のもとに集まったのは3人だった。武田一馬、藤井百合枝、海原みその。雫はもうひとり協力者がいると言った。その場に居なかったのは光月羽澄(この少女は別の名前も持っていたが、今回もそれを明かす必要はなさそうだと、本人はすこし安堵していた)だった。羽澄は先に調べものを済ませてから舞の家に行くと、雫にメールをよこしてきていたのである。調査員は多いに越したことはないが、しかし、その落ち合う場所がわからないのでは――
 一馬がメンバーの中にいたのは幸運で、彼がそのとき思い出したことも幸運だった。


「つーか、オレが来なかったらどうする気だったんだろう……」
 一馬は首をひねりながら、他の3人を連れて渋谷の片隅に向かった。一馬は一件の何の店なのか外見ではない店に入り、すぐに出てきた。みそのとともに外で待たされていた百合枝は首を傾げる。
「……舞さんって、こんな街の真ん中に住んでるの?」
「あ、いや、違うんです。舞ちゃんの叔父さんの店なんですよ、ここ」
「一馬様のお知り合いでしたか」
「運よくね」
「住所わかった?」
「バッチリっす。杉並です。途中でアイスクリームとか買っていきましょう。具合悪いときは乳製品がいいんスよねー」
「面倒な距離だね……着くのは夕方くらいかも」
「まだ、幽霊様のお時間ではありませんでしょう?」
 みそのは『心から』にこにこしていた。百合枝はみそのの炎と微笑を見て、またしても首を傾げたのだった。
「あら、どうして楽しいの?」
「好奇心なるものが成長してきたようなのです。『わくわくする』のですわ」
 みそのがにっこりと笑みを大きくしたとき、留袖の背についた蜻蛉の翅が、ぱたりと揺れた。


■夕刻の幽霊■

 そうして、4人が杉並区の何の変哲もない家の前で集合した。
 塀に寄り添うようにして立っていた銀の髪の少女が、光月羽澄であった。彼女は3人の姿を大きな瞳の中に映すと、微笑んだ。
「ゴーストネットの人たちね。よろしく、待ってたわ」
「ごめん、遅くなって」
「いいの、私も今来たところ。調べるのに時間がかかっちゃって。……あ、調べたのは私だけじゃなかったんだった。こんな言い方したら、あの人たち怒るな、きっと」
 羽澄は微笑を苦笑に変えて肩をすくめ、手にしていた蒼いファイルをひらひらと振った。彼女の声は、それこそ鈴を転がすような美しさと可愛らしさだった。思わず聞き惚れてしまうような――
「舞様とクサカベ様は、中にいらっしゃるようですわね」
 一戸建てを見上げて、みそのが言った。彼女には――傍らの百合枝にも――わかるのだ。いくつかの心が2階に留まっていることが。一馬もつられて2階を見上げ、一度触れたことのある霊気を感じて二の腕を撫でた。寒々しい哀しみと怒りと苛立ちを感じ取っていた。
「クサカベ様は男性ですよね?」
「うん、まあ」
「人間様のものではないような流れがございますが……」
「行けばわかるわ。私、早く会ってみたい」
 『アネゴ』に会いたいのか、クサカベに会いたいのか――どちらとは答えずに、ファイルをめくりながら羽澄は呟いた。

 かちっ、

 百合枝がインターホンを押そうとしたそのとき、鍵が開いた。


「……び、びっくりした」
「心臓に悪いわ」
「げ、元気そうっスね」
「初めまして」
 無言。

 4人を無言で出迎えたのは、がっしりとした体躯の男だった。
 目の前にいると言うのに顔立ちは杳として知れず、右腕は半ばで千切れていて、傷口から滴る血が玄関マットを汚している。さらに、首の付け根からも出血していた。
 ぞっとするほどの怨念を抱えた魂だ。
「クサカベさん?」
 羽澄がきょとんとした顔で尋ねると、だるそうに男は頷いた。
 男は投げやりな態度で、奥に見える階段を顎で指した。どうやら、とっとと上がれと言いたいらしい。
 ぺこぺこしながら一馬が上がり、クサカベを避けて階段に向かった。
 家の者は留守にしているようだった。
 百合枝は不機嫌そうなガラの悪い幽霊を見上げて、とりあえず尋ねた。
「……雫さんのところにメールを送ったのって……」
 無言。――俺だが、それがどうかしたか? 何か文句あるのか?
「いや、……ああ、なるほどね。片手がないからShiftキー押せなかったんだ。一生懸命打ったんだねえ」
 無言。――で?
「幽霊がキーボード打てるのかなって、ツッコミ入れちゃったんだよ。思わずね。でも、鍵を開けられるくらいならキーボードも打てるか」
 無言。
 クサカベが、やおら百合枝の肩にポンと手を置いた。
 ぞっとする冷たさとその異様な偽りの感触に、百合枝は思わず短い悲鳴を上げ、
「何すんの!」
 反射的に襟首を掴んで背負い投げをお見舞いしようとしたのだが、百合枝が伸ばした手は単なる空を掴み、クサカベはひょいと手を上げた。
 無言。――おゥ、威勢がいいな。
「……何だか不公平だよ……」
「百合枝さーん、何してんスかー?」
「今行くよ。ああもう、びっくりした。お化け屋敷のコンニャクじゃあるまいし、二度とさわるんじゃないよ! ものにさわれることはわかったからね」
 百合枝がいささか大股で家に上がり、みそのがくすくす笑いながら後に続いた。
「お邪魔致しますわ。――ああ、来てよかった」
 まだ問題は解決していないのだが(それどころか序章が始まったばかりといえよう)、みそのは満足感も露わに階段へ向かっていく。
 最後に残ったのは羽澄だった。彼女は名前の通りに澄んだ目で、クサカベを見つめた。
「クサカベシロウさんね」
 ぴくり、と幽霊が眉をひそめた――ような気がした。
「黒澤組若頭の」
 無言。
「去年、北海道で亡くなったんでしょう」
 ぎり……
「ごめんなさい、調べさせてもらったの。……東京の組のひとなのに、どうして北海道なんて遠いところで自縛霊なんかに……?」
 ぎり、り……
「いくら調べても……死因がわからなかった……」
「羽澄さん! ヤバいよ、もう止めた方がいい!」
 増幅する怨念と無念を感じ取って、すでに半ばほどまで階段をのぼっていた一馬がどたどたと降りてきた。
 その頃には、みそのが眉をひそめ、百合枝がこめかみを押さえていた。言葉にならない怒りと恨みが、家の中を渦巻き始めていたのだ。羽澄が一瞬戸惑うほどに、クサカベの怨念は凄まじいものだった。
「あー、いたたた。テレビに出てくる霊能者の気持ちがわかるよ」
「これほどの念の流れを御すお方ですか、舞様は」
「いや、出来てなかったよ」
 一馬がきっぱりとみそのの感嘆を否定した。

「――そう」
 羽澄は、涙さえこぼしそうなほど陰鬱な顔で呟いた。
「クサカベシロウがどうして死んだのか、本当に『誰も知らない』のね。クサカベさんさえよければ、おくってあげられるのに……恨みとつらみしか、覚えてないなんて――」
 哀しい幽霊だ。
 了承の得られない浄化は無理強いと同じ。羽澄は、クサカベの浄化を断念した。
「ごめんなさい。気を静めて」
 ちりりん……
 羽澄の声のような鈴音が、百合枝の頭痛と乱れた『流れ』を癒し、一馬の肌を粟立たせていた怨念の渦を鎮めた。
 クサカベは眩しそうに羽澄から目を背けて、音もなく黒い霧へと姿を変えた。黒々とした怨念と呪詛の塊は、一馬の脇を通って2階へと上っていった。
「早く来い、だってさ」
 百合枝が苦笑した。
「立ち直るのが早いのかな」
「だった今ご立腹されたことを、覚えてはいらっしゃらないのでしょう。ご自分の中の感情の『流れ』を御すことがお出来にならないようですね」
「本人に出来ないことを舞ちゃんが出来るはずないよなあ。……慣れたら別なのかな? でも慣れるまでずっとこれじゃあ始末悪いよなあ」
「だから私たちが手伝いに来たんでしょ? さ、クサカベさんにまた怒られる前に、舞さんの部屋に行こうか」
 4人は黒い霧が上がっていった2階を見上げた。
 肌を刺すような強い想いが流れてきていた。


■つぶれたアネゴ■

 2階にはいくつか部屋があったが、ひとつだけドアが開け放たれている部屋があった。一目瞭然ということか――4人は顔を見合わせて頷き合うと、ドアが開けられている部屋に入ってみた。
『アネゴ』こと橋掛舞の状態を見て、4人はひとまず言葉を失った。
「う、ぅぅぅぅぅぅぅううううううう」
 百合枝は先日観たVシネ『呪怨』を思い出す。確か伽椰子なる怨霊がこんな声を上げてはていなかったか。目が覚めた直後に喉から漏れる、声とは言えないような声だ。
「ま、舞ちゃん……こりゃ……」
「大丈夫、なんて聞けないわね……」
「お、お、重いぃぃいいいぃぃぃぃぃ」
 伽椰子か貞子の如くに、舞はずるりずるりとベッドから降りて、床を這ってきた。潰れたカエルのように床にへばりついているその様は、笑えないほど気の毒であった。
「舞さん、はじめまして。海原みそのと申します」
 いつでもどこでも我が道を行くみそのが、ひょいと屈んで挨拶をした。
「はじ……めましてぇええぇぇぇ」
「どうしたの、一体?!」
「舞さんの代わりに私が説明します」
 羽澄が、ファイルを手にして前に出た。

 恐らく舞が行ったマンションは、クサカベシロウが生前住んでいたところだ。
 住人が北海道で惨殺死体として発見され、一週間後には空室となったその部屋で、クサカベの恋人が首を吊って死んでいたらしい。そんなひどい曰くのついた部屋なので、不動産側もさすがに売りに出すのをしばらく控えていたのだという。多忙だったため御祓いも後回しにされていて、まだ済んでいない。つまりは、ここのところずっと空室のままだったのだ。
 舞は思い出深い自宅に行けば、クサカベの怨み辛みも多少は和らぐのではないかと――考えた。
 だがそこで遭ってしまったのは、


 今舞の真上でぶらりぶらりと揺れている、白い女の幽霊だ。


 女の飛び出しかけた目が、ぎょろりと動いた。部屋に入ってきた4人をゆっくりと見てから、尋ねるように、甘えるような、そんな視線を部屋の片隅に向けたのだ。
 部屋の隅にはクサカベがいたのだが、黙って女を見上げているだけで、何も言わなかった。
「ったく、ほら、クサカベさん」
 一馬はグロテスクな女の霊をあまり見ないようにしながら(後ろの百合枝は部屋に入ったことを後悔しており、視線をずっと舞に向けて、労わりの言葉をかけていた)クサカベに近づくと、その背を叩く仕草をした。いや、叩こうとしたのだが、一馬の手はむなしくクサカベの黒い身体を通り抜けてしまいそうになっただけだったのだ。
「彼女なんだから話せばわかってくれるって! このままじゃ舞ちゃんがどうかしちゃって、クサカベさんは北海道に逆戻りだよ」
 無言。
「……あ」
 無言。
「喋れないんだった……すんませんした」

「重いって、どういうこと? 舞さん」
 百合枝はパジャマ姿の舞を抱き起こした。体重自体は少女として妥当なものだ。舞が物体を負っているわけではないのである。
「う、ぅぅううぅぅ」
「どうやら、舞様は『おーばーわーく』をされているようですね」
 さすがに微笑みを消して、みそのは舞の背を撫でてから――見上げた。
 首を吊った人間がどうなるか、みそのは初めて知ったのだった。今日はよい日だ。新しい知識と、話しがいのある土産話に満ちている。
「オーバーワーク……? そう言えば、舞さんの力は自縛霊を憑れて歩くこと……」
「彼女まで剥がして憑れてきたのね! ひとりでも一杯一杯なのに、無茶よ」
「あぅぅぅぅう、でも……ぉ……」
 ――彼女と一緒だったら、きっとクサカベさんは嬉しがると思ったの。
 ――余計なおせっかいなのよ。
 白い女が、ぱくりと口を開けて、呻き声を漏らした。女の強い本心を知り得たのは、百合枝だけであった。
 ――シロウさんはわたしのひとよ……あんたみたいなガキに……気持ちがわかってたまるもんですか……あははははは……
 クサカベは喉を裂かれて声が出ず、女は喉が潰れて頚椎も外れており、声が出ない。
 筆談をしようにも、クサカベはどうやら利き腕をなくしている。
 どうしたものかと一馬は考えた。
「あ」
 目についたのは、羽澄のポシェットからちょろりと飛び出しているストラップ。
「現代科学万歳!」
 一馬はぱしんと手を打った。
 次の瞬間、彼の右手は黒い携帯電話を、左手はピンクの携帯電話を握りしめていた。どちらも最新機種に近いものだったが、ぼろぼろで、とても機能しそうには見えなかった。
「これ、クサカベさんの! もう棄てられてたみたいで助かった。こっちは、彼女さんのっス!」
 一馬が放り投げたピンクの携帯は、空中でパカと開き、音もなく床に転がった。
 クサカベが無言で一馬の行動にけちをつけた。
「……声が出ないのに電話なんてバカか、だって」
 百合枝が通訳。何もクサカベが思っていることをそのまま伝える必要はなかったはずだが、百合枝があえて忠実に訳してしまったのは、彼女自身の突っ込みと全く同じものであったためか。
 一馬は憤慨し、声を荒げた。
「ちがーう、メールっスよ!」
「あっ」
「なるほど」
「うぅ」
「『めーる』?」
 無言。――ああ。すまん、悪かった。
 カチリと死んだ携帯を開いて、クサカベが左手で不器用にメールを打ち始めた。


■ラブメール・フロム・ヘル■


 一体どんな愛の言葉を伝えるのだろう、
 羽澄と百合枝は固唾を飲み、みそのはクサカベが携帯から流した言葉の波動の行方を『目』で追っていた。
 ピンクの携帯が、メールを受信した。着信音はいやな具合に音が外れていた。


『 ◆シロウさん◆  件名:
 早く消えろ バカ 舞を殺す気か 』


「ぅわあ」
「えっ」
「ちょっ……」
「ぅう」
 ぁあぅぁあぅぁあぅぁあぅぁあぅぁぁぁあああぁぁあ!
 ピンクの携帯の液晶画面を見て、息を呑む者、悲痛な声を上げる幽霊、相変わらず呻く舞――
 だが真っ白になる一行をよそに、再びピンクの携帯がメールを受信した。


『 ◆シロウさん◆  件名:
  俺の女は そんなしつこいやつじゃなかったはずだ
  お前 変わったな 』

『 ◆シロウさん◆  件名:
  俺はまだいけない
  お前 先に行ってろ
  行かないと 殺すぞ 』

『 ◆シロウさん◆  件名:
  舞に何かあったら
  俺はいつまでたっても いけないんだ
  だから 早く消えろ 』

『えぅ、えぅ、えぅ、えぅ、えぅ』
 首を吊った女が、泣き始めた。
 嫉妬と感動と怨みと喜びが入り混じっていて、胸が悪くなりそうな霊気の災禍を生み出した。百合枝は再び頭痛を覚え、羽澄が鈴を取り出した。
「ねえ、『向こう』で待っててあげて。彼氏さん、随分言葉は悪いけど、あなたのことはちゃんと想っててくれてるみたいだから。……怨霊がこんなこと言うなんて、よっぽどのことなのよ。わかってあげてほしいの」
「それにあんたはわかってるはずだよ」
 百合枝がそっと囁く。女には、届いただろうか。
 ちりりん、
「ね、だから、『逝く』って言って」
 ちりん――
 女は頷いた途端に『音』に包まれた。
 みそのは何もしないでいるふりをして、こっそり羽澄と女を手伝った。怨嗟と憤怒の流れをとめて、羽澄の生み出す『音』の流れを早めてやったのである。
 首を吊った女の姿は、光り輝く糸のように細くなり――
 天井を貫き――
 消えていった。


「ぷはぁっ!」
 舞が大きく息をついた。目の下にはべっとりと隈がはりつき、やつれていたが、青褪めていた顔には血の気が戻ってきていた。
「あ、ありがとうございましたぁ……死ぬかと思ったぁ……」
 そして突然泣き出した。
 気のいい助っ人たちは、「自分の力のほどをわきまえるように」などとはとても言えず、ただ舞をなぐさめてやるしかなかった。
 部屋の片隅で、黒い幽霊が携帯を取り落としていた。


■恋人■

「クサカベさんがメール打ってたことなんて知りませんでした。ほんとに具合悪くって」
 舞はパソコンを見ながら肩をすくめた。キーボードには、べっとりと血がついている。それでも問題なく動くだろう。何しろあの血はこの世のものではないのだから。
「もっと頑張って、10人とか憑れて歩けるようになりたいです」
「それくらいのガッツがあれば出来るよ」
「『がっつ』? ……ああ、そうでしたわ。『めーる』とは如何なるものなのか、まだお答えをいただいておりませんでしたね」
 相変わらず我が道を行くみそのに、百合枝が苦笑した。
「仕方ないね。私が教えてあげるよ」
「あー、携帯がある世の中でよかった! ねえ、クサカベさん!」
 クサカベは舞の横で、相変わらず不機嫌そうだった。だるそうに突っ立って、一馬の言葉にも一瞥でもって返しただけだった。
 それでも、百合枝は見てしまったのだ。
 クサカベの黒く燻る炎の残骸。
 怨みつらみの奥でわだかまる、寂しさと哀しみ。怨霊の中の、一抹の心だ――
 羽澄の携帯が鳴った。着信メロディは人気歌手Lirvaのデビュー曲である。彼女はディスプレイを確認して、嬉しそうに微笑んだ。大人びた美貌の少女であったが、その微笑は可愛らしいものだった。
「ごめん、これから舞ちゃんの快気祝にお食事でもと思ったんだけど……予定が入っちゃった。また、今度ね!」
 ぱたぱたと駆けていく羽澄の後ろ姿を見送りながら、一馬が伸びをした。
「じゃ、俺たちだけで行こうか。舞ちゃんの奢りで!」
「えぇ?! ……うぅ、そうですよね、それが妥当ですよね……」
 舞は肩を落とすも、それ以上抵抗はしなかった。
 快気祝だという名目にも関わらず、食事代を払うのはそれまで寝込んでいた人間――みそのに間違った常識が植え付けられたことに、誰も気がついてはいなかった。




<了>


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】
【1559/武田・一馬/男/20/大学生】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】

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               ライター通信
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どうも、モロクっちです。お待たせしました。『待っている女』をお届けします。
予想以上にほのぼのとした内容になりましたが、いかがでしたか? どこがほのぼのなんだというツッコミもありです(笑)。モロクっちにとってはものすごくほのぼのとしているのです。
クサカベさんはまだまだ成仏できないようですが、それには謎の死因が絡んでいる様子です。また、機会があれば舞&クサカベさんの話を皆さんと作っていきたいと思っています。
それでは、またお会いできる日を願って。