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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>



------<オープニング>--------------------------------------
 応接用のソファに座った女性は、そわそわと落ち着きのない様子で手に握り締めたハンドバッグの紐を弄んでいた。視線がうろうろと定まらないのは、目の前にいる男のせいではなく、他に心配事があるために集中することが出来ないのだろう。
 その隣には、幼い少女が黙ったまま、小さな、薄汚れた白木の箱を手にちょこんと腰掛けている。白い肌に、柔らかな黒髪と黒い瞳が印象的な、5歳程の少女。
「――では、お話を伺いたいのですが宜しいですか?」
 草間の営業スマイルに軽く頷くと、少女と良くにた面差しの女性がようやく顔を上げる。何か言いかけて押し黙り、ちらりと隣に座る子供を見て僅かに体を震わせた。その仕草に草間が僅かに首を傾げた。
「私、雨宮瑞江と申します。相談とは、この子、翠のことなんです。…おかしいって、分かりますか?」
 ソファに行儀良く座っている少女。ぱっと見には何の不自然も…いや。
「これは…医者には?」
「もちろん、行きました。原因不明、対処方法も判らないそうです…」
 少女は、椅子に座った姿勢のままぴくりとも動いていなかった。――瞬きさえも。
「ここに来る時には、歩いてましたよね?」
 そうでなければ、いくらなんでもその不自然さには気付いた筈だ。
「手を引けば動きはします…でも、すぐこうやって動かなく…」
 その子に触れるのも恐る恐るといった感じで、女性が少女の頭を撫でる。それに対しての反応はない。
「自閉症とも言われましたが…いえ、それならむしろ其方の方がどんなに気が楽でしょう。この子、――もう一週間以上何も食べていないんです。なのに、全く変化がなくて」
 只、前方を見つめ続ける少女。それを痛ましそうに見つめる母親らしい女性。
「この箱を手に入れてから何もかもおかしくなってしまったんです」
「……その箱はどこから?それと、中には何が?」
「どこからか、見つけたとかで…公園か、神社に落ちていたか埋められていたか…そんなことを言っていたんですが…。中は…見せてくれないんです。この時だけは、信じられないくらい素早い動きで逃げ回ります」
 原因を調査してもらいたい、とその女性は言った。
 出来れば、その原因も取り払って欲しい、と。
 必死になって頼み込んでくるその場では断りも出来ず、かと言って即答も出来ずに答えに詰まっていると、目の隅で何かが動いているのが見えた。ふと気になって其方へ視線を投げかける。すると。
 少女が、唇をゆっくりと動かしながら、初めてその『真赤』な瞳をゆっくりと草間に向けた。
『――ムダ』
『――ムダ』
『――コレハ―ワタシノ―モノ』
 にぃ。
 凍りつく部屋の中、赤い唇を吊り上げ、少女に似合わない艶のある笑みを浮かべ。
 そして――再び、少女は沈黙した。
「わかりました」
 力強く、草間が頷く。
「お引き受けします」

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「公園、神社、近くのペットショップ…それに、春から上がる予定の小学校か」
 母子が去った後に、瑞江の書き出した、少女…翠の行動範囲を読み上げる。友達とも、1人でも良くそうやって出かけていたらしい。
「活発な子だったんだな…」
 呟きながら、依頼人の住所と名前、今読んでいた行動範囲等を一まとめにしファイリングする。
「――それじゃ、調査員を呼ぶか。誰がいいかな…」

**************************************************

「ああ…来ていただいてありがとうございます」
 玄関先で深々と頭を下げた女性は、草間に聞いていた人と同一人物かと思えるほどに老け込んでいた。落ち窪んだ目を瞬かせながら、家の中へと案内する。
 やがて、連れられて来た少女は…こちらは、聞いたままの姿だった。艶やかな黒髪が歩くたびにさらさらと流れ、大事そうに両手で持った箱を手放そうとせずに導かれるままにソファに腰を降ろす。
「その後の様子は?」
 訊ねた言葉に疲れた顔のままゆっくりと首を振る。変化は無いということなのか、諦めたような表情からは読み取り難い。
「一つ質問があるんですが、箱を持ち帰った日…その箱、綺麗でした?」
 土とか付いてました?と重ねて訊ねると、ようやく顔を上げて考え込む仕草になり、
「ええ」
 と頷いてからぽつぽつと言葉を続けた。
 その日は箱だけでなく、手も足も服までが土塗れだったと…きつく叱ったので良く覚えていると。
 写真を借りたいと言う言葉には少しの間席を立ち、アルバムから剥してきたのだろう、それほど古くは無い写真を数枚手に戻ってきた。
 写真の中には、歳相応の――悪戯っぽい笑みを浮かべた少女がいた。

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「ここで一旦分かれませんか?丁度今日は手数が多いことですから」
 家で見せてもらった地図を書き記し、行動範囲に印を付けている間、誰からともなくそんな提案が出た。それには皆異論はないらしい。
「俺は全ての地点を回ってみたい。…ただ、そうすると集中的に調べることが出来ないのが難点なんだが」
 香坂蓮が始めに切り出すと、
「ああ、それなら俺も付き合うよ。彼女を連れて回ってみたかったんだけど、1人だと何かあった時に不便だからね。丁度良かった」
 御影涼が蓮の言葉に便乗する。
「何、子供付きか?」
一瞬不満げな顔を見せた蓮に、涼がにこりと笑いかけた。
「――実際に連れ歩いた方が、分かりやすいんじゃないかと思って、ね」
 全く歩かないのなら、それも難しかっただろうが、今も見たとおり手を引きさえすれば抵抗無く歩いてくれるのだから、移動することは難しくない。
「僕は――」
「はいはーい、花霞は図書館に行きまーす」
 漁火汀の言葉に被せるように手をぴしっと挙げた少女――賈花霞の言葉に、汀が頬にちょっと指を当て、それから大きく頷いて、
「資料を調べるならそれも良いですね。僕もお手伝いします。僕はその後公園で聞き込みに回ってますので」
「花、騒がしくするんじゃないぞ?」
 ちょっと心配そうに少女へ釘を刺した少年は腕を組んで、
「じゃあ僕はネットの側から調べてみる。…ええっと」
「私も同行するわ」
 す、と手を挙げたシュライン・エマが部屋を見回していた蒼月支倉に静かにそう告げた。こく、と頷いた少年に、よろしい、と言うように小さく笑みを浮かべて最後の1人へと視線を投げかける。
「さて――それでは、私は直接神社へ行くことにします。もし何かあればお知らせしますよ」
 セレスティ・カーニンガムはそう言い、膝の前で軽く手を組む。
「決まりね。――何かあってもなくても、集まりましょう。そうね…場所は、行動半径の丁度真ん中辺りにある此処。時間は、お昼過ぎを目安に」
 エマが指差した部分は、この辺りで一番大きな自然公園の入り口だった。時計を持っているメンバーが時間を確かめ、軽く頷いた。

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「尼御前?」
 駅近くのネットカフェに陣取って調べ始め、それほど時間が掛からずに一つのキーワードが現れた。
「この辺の伝承になってますね」
 カタカタと忙しく指先を動かすシュラインの前にあるモニターと自分のを交互に眺めながら支倉が呟く。
 ――昔、高貴な家柄の娘が戦で亡くした恋人を慕い、髪を切って身を投げたと、簡潔な 言葉で書かれているそのページに見入る。
「髪を切って、その髪箱を納めたとも書かれてるけど、それって普通はお寺ですよね?尼さんなんだし」
「でも、納めたと言われる箱はどのお寺にあるのか明記されてない」
「昔話ですから。本当にあったことかも分かりませんよ」
「…待って。面白いサイトを見つけたわ」
 沢山開いていた窓を閉じ、ひとつだけ前面に出す。
「この辺りの伝承を研究してる人がいるみたいね」
レポートのように、資料の名と共に書き込まれた文章に目を走らせていたシュラインの手がぴたりと止まった。
「――別の文献によると、髪は切ったのではなく切らされたのだという噂もあり、また髪箱は捨てられたとも埋められたとも言われており…」
 小声で読み上げるその文章に、支倉があれ?と首をかしげる。
「なんだか、全然話が違いませんか?」
「あくまで噂よ。それも、文献自体がこの女性のことを指しているとは限らないのだし」
 それでも、とシュラインが楽しげに言葉を続ける。
「箱を埋めるっていう行為が気になると思わない?」
 埋めると言う行為は何となく犬っぽいな、と思い、他のイメージを探し出そうと首を捻る。
 そんな支倉を見ながら、シュラインがぽつりと呟いた。
「――まるで、呪(まじな)いみたいね」
 と。


 それから、二人で手分けして少女の行動範囲内にある土地を調べてみる。
 公園は児童用の遊技場と散策向けの自然公園が重なっていてそれなりに広いと言うこと、だがその分歴史はあまり古くなく、都市計画に沿って整備されたのだと告げられていた。
「公園にはあんまり箱を埋めるような雰囲気ないなぁ…」
 その前は自然林と平原や畑が広がっていたと言う所まで調べて支倉が隣で他のことを調べているシュラインにそっと声をかける。
「――神社も、特に珍しいものじゃないわね。普段は人がいないことも多いらしいわ」
 ご神体は鏡。但し、謂れがあるのかどうかは良くわかっていない。とは言え、この神社だけはかなり古くから存在するものらしく、以前はもっと大きかった山の中腹にあったものだと言う。
 この辺りの土地開発に絡んで大分削られたらしい。結果、今の神社の位置が一番高くなってしまったということだ。
「古くからあるのは神社だけ…判ったのはこんなとこですか」
「そうね。それに伝承も。さて、これからどうするつもり?」
「僕は妹と合流する約束があるのでそっちに移動です」
「私は、そうね…ペットショップに回ってみるわ。良く行っていたと聞いたから、何か判るかもしれない」
 時計を見、まだ時間の余裕があることを確認してから2人はその場で解散した。

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 最初に見たときよりも高く昇っている太陽を避けるように一つの店へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
 奥から店長らしい、恰幅の良い男声がにこやかな営業スマイルと共に現れた。
「少々伺いたいことがあるのですけれど、宜しいかしら?」
 少女の写真を差し出しながら、この少女の様子が最近おかしいのでその原因を探っているのだと説明する。
「ああ、翠ちゃんですか。よく遊びに来ますよ」
 写真を目にした途端、口元に笑みが浮かびかけ、それから心配そうな顔になって顔を上げた。
「――この子が、どうかしたんですか」
「最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
「そう言えば最近ずっとひとりだったみたいだね…何かあったのかな。ん…ちょっと待って」
 手を上げて奥へと体を向けると、おーい、と声をかける。その声に呼ばれてやって来た青年に写真を見せ、
「加藤君、確か二週間前だっけ?子供がドッグフード買いに来たって言ってたよね?もしかしてこの子かい?」
 アルバイトらしい青年が写真を受け取って何度か頷き、ドッグフードと子犬用ミルクを買いに来た子供だと言った。
「貯金箱ごと持ってきてね、これで買えるだけ下さいって。ちょっと妙だとは思ったけど、急ぎみたいだから適当に見繕って渡しました。まずかったですか?」
「いや、確認したかっただけだ。ありがとう、作業に戻ってて」
それから改めて向き直り、今度は首を傾げながらこんな事を言った。
「家の事情でペット飼えないって言ってたし、ペット飼い始めたなんて噂も聞かないしね…変だね」
 箱のことを聞くと、大体一週間程前に持って歩いているのを見た、と言った。其れを見た日以来、少女がこの店を訪れることはなくなったとも。以前は家が近いこともあり週に何度も顔を出したのに、とちょっと寂しそうに続けた。
 其処を出て、ちょっと考えて小学校へと向かう。本当なら少女の友達の家を訪ねたかったのだが、翠の母親からの要望で断念したのだ。何でも、今後のことを考えて少女に傷がつかないようにしたい、とのことだったが…。
「――傷は、とうに付いてるわ」
 少女自身の不審な行動と、自分たちのような者が情報収集に当たっている時点でそのようなことを言われても困るのだが。却ってそれが原因で長引いたらどうするつもりなのか、と思い浮かべながら足早に目的地へと向かう。
 ――たたたた。
 小さな、足音が後ろを通り過ぎたような気がして振り返った。が、誰も見当たらない。
 ――気のせい?
 前に向き直って、足を進めると再び背後で小さな足音が聞こえてくる。
 後をついて来ているような、適当に歩いているような…その割には、足音は付かず離れずのままだったが。
「―――」
 もう一度、振り返る。
 やはり人影は無い。
 ふぅ、と小さくため息を付いて前に向き直り。
「!!!!!!」
 ――息が、止まるかと思った。
 僅か数十センチ。
 一歩踏み出せばぶつかる、そんな距離に――翠が、立っていた。
 両手で木の箱を持ち、無表情でじ、っとシュラインを見つめ続け。物を語ろうとしない唇は、言葉にならない何かを告げて。
「あー。こんな所まで来てたのか。…っと。お前もこんなトコまでご苦労さん」
 そこに、少女を追いかけてきたらしい蓮が息を整えながら、シュラインを見て声をかけた。
「お互い様でしょ。それより、どうしたのこの子?」
「学校で話聞こうとしたらいきなり走ってってたのさ。学校の方は奴に任せて俺は追っかけてきたってわけ。――なんか、いい話あったか?」
「そこそこ、ね。後で皆が集まった時にまとめるわ」
 そっちは?と目で問いかけるが、蓮は首を傾げるばかり。
「――妙なことが、いくつかあったな。ま、詳しくは集まってから話すよ。俺ら、一旦こいつ返してから行くし」
 少女が気になるのか何度も視線を送る蓮に、そうね、と頷いてから学校へ向かおうとしていた足を公園側へ向ける。
「――それじゃ、先に行ってるわ。遅れないようにね?」
「ああ、それじゃあとで」
 少女の手を引いて歩き出す蓮の姿を見、此方も移動するかと背を向けた時、
 風に乗って、ごく微かな笑い声が聞こえた、気がした。――それと重なるように、小さな、小さな――泣き声も。

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 最後に来たのは涼と蓮の二人連れだった。
 そして、皆が日当たりの良い公園のベンチに座り、情報を交換していたその時、蓮のポケットがけたたましく騒ぎ出した。
「なんだよこんな時に…はいもしもし?」
 着信の番号を見た蓮が急いで携帯を耳に当てる。皆が黙ってその様子を見つめ、何度か相槌を打っていた蓮が舌打ちし、じゃあな、と言葉をかけた。
「まずいことになった」
 携帯のボタンを押して通話を切ると、眉間に皺を寄せながら蓮が言う。
「どうかしたんですか?」
「母親から事務所に緊急連絡だ。――彼女が、消えたそうだ」


**************************************************


「来てないぞ?…間違ったか?」
『箱』が埋められていたと思しき場所――小高い地に建てられた神社の鳥居をくぐり抜け。
 足を踏み入れた其処は、酷く静かだった。人の気配は、何処にも無い。
 焦った声を出す支倉をフォローするように涼が携帯を取り出す。
「事務所に連絡してみる。もしかしたら先方から連絡が来ているかも…」
「しっ」
 セレスティが形良い唇に指を押し当て、水面の如き瞳を入り口に向ける。
 その場にいた者たちにもすぐにそれと分かったらしい。ざ、と入り口間際にいた何人かが足早にひやりとする薄暗い空間へ体を移動させ、入り口の――階段へ視線を注いだ。


 ひたひた、と。
 階段を上る足音がする。
 ちいさな腕で、しっかりと箱を抱きかかえて。
「靴音じゃないな。裸足か?」
 素足でも痛みを感じないのか、無表情な顔を真っ直ぐ前に向け。
 ひたり、と。
その場にいた人々の前で、足を止めた。
「――翠、ちゃん?」
「ジャマ、しないで」
 少女の口が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。声色はあるものの、表情が変わることはなく。
 視線を動かすことも――否、瞬きすらせず。
「…助けてくれなかった癖に。見ているだけなら――いらない」
 きち、と白木の箱に爪を立て、静かな口調のままそう告げる。
「助ける?」
「――」
 不思議そうな問いには答えず、そ、っと箱に腕を絡ませ、古びたそれに頬擦りを繰り返す。はらり、と少女の長い髪が顔にかかり、口元を除いて覆い隠してしまう。
 ――残ったのは、赤い――唇。
 笑みの形に歪めたままの。
「お前――」
 くくく。
「余計なことをせずとも――この体は私のものだ。コレと契りを交わしたのだからな」
「何だって」
「体をくれると言うたのはこの童ぞ。御主らに邪魔立てされる謂れは無いわ」
 とん、と自分の胸元に指先を置き、すぅ、と撫で上げる。
「愚かよ。――誰に恨みを言うことも出来ず、逃げただけではな」
 ふわり、ふわり、と。
 少女の黒髪が舞っていく。舞い上がるたびに長さを増す其れは、美しい光沢の割には誰の目にも禍々しいモノと映った。
 髪の間から時折覗くその表情は楽しげで、そしてその目は――
 深紅の輝きを隠さないまま。

 ざ、ざ、ざざざ―――

 風が吹き、先程まで日の当たっていた境内がみるみるうちに蔭って来る。
「憎き相手――滅ぼすまでは邪魔されるわけにいかぬ」
 風に舞う少女の黒髪が先程よりも更に長さを増し、全員を絡めとろうと太い7本の触手へを姿を変える。
と、突然、花霞が
「哥々――抑えてて!」
「花?」
「いいからっ」
 言われるままに、普段使い込んでいる筋肉を、自分の使いやすいように少し開放する。僅かに目を細めながら、ぐん、と足を踏み込んで一気に距離を縮めた。そのままの勢いで少女の腕を取る。
 箱を抱えている故か、少女の反応が少し遅れた。もしかしたら本来の自分の体との違いに戸惑ったからかもしれないが。
「邪魔――」
 するな、と言おうとしたのかも知れない。細い細い生き物のような髪がざわざわと支倉の腕に巻きつこうと蠢きだす。
 だが。
 すぱぁん!
 次の瞬間、カマイタチによって切り裂かれた少女の髪が、風に乗って舞い上がった。
 あっけに取られた少女の顔に、ばさりと残った髪がかかる。
「な――何を。『また』、貴様らも執着を断ち切れと言うのか!」
 きりきりと歯を軋らせるその声は、しかし先程とは明らかに違う。
「『髪』にわだかまっていたあなたの思い――捨てさせてもらったの。悪く思わないでね」
 でも、まだ半分。
 花霞の呟きから数瞬後、少女とは思えない強い力で支倉が振り飛ばされ、地面に激突しかけ、その動きを汀が半ば予想していたように受け止め、勢いを抑えきれずに二人で地面に転がった。
「哥々!」
 花霞が慌てて二人に駆け寄った。

「――おのれ――せっかく、せっかく、ここまで溜めていた『力』を――」
 先程のような威圧感はないものの、真赤に染まった瞳はそのままで、その場にいる皆を縛り付けるように輝き続けている。
 かたかた、と少女の手の中にある木箱の蓋が悔しげに鳴った。
「…尼になったんじゃなかったのかよ」
 壊れたレコードのように延々繰り返す言葉の中には、恐らく呪った相手の名も含まれているのだろう。時折人の名が混じり、そしてまた呪いの言葉を繰り返す。
「――成らなかったのよ。『尼御前』はね、髪を切って身を投げたの」
 ぽつりと呟いたシュラインの言葉に蓮が目を見開いた。
「妄執だけを残してね」
「それなら、引き離してしまえばいい。――妄念を切り離せば――あの子は元に戻るんだろう?」
 万一のためと持ってきていた『黄天』をすらりと抜き放ちながら、涼が静かに呟いた。
 ぴたり、と少女の動きが止まる。
 流れるように構えた剣の動きに魅入られたかのように、剣を凝視し続け。
 何かが弾け飛びそうな程、ガタガタ箱が暴れ回る。僅かに隙間が開いた其処から、するすると――細い黒髪が、少女の手に、腕に、顔にざわざわと巻きついて行く。其れは、どうみても箱の中に入っていたとは思えない程の、量。再び髪がざわざわと蠢きだしたが、
「―――鋭!!」
 空をも切り裂く程の鋭い声が青年の口から発せられ。
 光が少女を割った――
 その場にいた皆にはそう、見えた。

『ああ嗚呼アアああアアああああアー―――――――――――――ッッッ!!!!!!』
 それは、悲鳴だったろうか。少女の口からあふれ出た声は、辺りを一瞬赤く染め上げ。
 そして―――。

 ぱかり。

 綺麗に、箱が半分に割れた。
 恐らくは――昔埋められた、『彼女』が。
 彼女の――豊かな黒髪が。
 ぼろぼろの、木で出来たヒトガタに巻き付けられて。
 空気に触れた途端、どういうわけか艶やかに見えた黒髪が一瞬で白く変色し。
 さらさらと。――砂に、なった。
 箱も、何もかも。

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 短くなった髪も、元には戻らなかった――切り落とされた少女の髪は何故かどこにも見当たらなかったが。
 同時にぱたりとその場に倒れた少女を抱き上げ、花霞とシュラインが意識や呼吸の有無を確かめる。只気を失っているだけで、安らかに呼吸していることを確認すると、二人を含めそれを見守っていた全員がほっと息を付いた。
 気付けば、陰っていた筈の境内に日が差し込んでいる。何も無かったとしか思えない程の柔らかな光。
「ん…」
 それから暫くして、ふあぁぁぁ、と大きな欠伸をしながら少女が伸びをして起き上がる。現状が把握できないらしく、きょとん、とした顔で皆の顔を見上げる少女。
「…だぁれ?ここ…どこ?」
 何を聞いてもよく分からないといった顔できょときょとと周りを見回している。
 ぼんやりしているせいだろうか、見知らぬ人たちに囲まれている現状に対し何とも思っていないらしい。
 その後の会話で分かったこと。
 ――少女は犬を拾った時点から現在までの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
 それは『彼女』の仕業なのか、それとも…自分のしたことを思い出さないようにするための防御弁なのか。そればかりは誰にも分かりようが無かった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ    /女/26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1532/香坂・蓮        /男/24 /ヴァイオリニスト(兼、便利屋)  】
【1651/賈・花霞        /女/600/小学生              】
【1653/蒼月・支倉       /男/15 /高校生兼プロバスケットボール選手 】
【1831/御影・涼        /男/19 /大学生兼探偵助手         】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い    】
【1998/漁火・汀        /男/285/画家、風使い、武芸者       】


名前のあるNPC
  雨宮瑞江
     翠

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■         ライター通信          ■
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まだまだ新米の字の消えることが無いライターの間垣久実です。皆様、参加してくださって有難うございました。

そして、お待たせいたしました。「箱」をお届け致します。
如何でしたでしょうか?
今回の話は、恐らく1人のお話だけでは細かな所まではわからないだろうと思います。出来ましたら、他の方のパートも読んでいただければ幸いです。

それでは、縁あれば再びお会いできることを願いまして…。