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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


†走れ、神父 †


 ■一枚のパンフレット■

「えぇ〜〜〜〜〜〜?? 運動会ですかぁ?」
「シーッ! 三下さん、静かに」

 三下は話を聞くなり、大声を上げた。
 金の髪を緑のリボンで結い、黒いカソック(僧衣服)を着た若い枢機卿は口に指を当てて制する。
 眉を八の字にして、三下はその人を見た。
 言わずと知れた『ケーキフリーク&本屋とカラオケ屋の敵』ユリウス・アレッサンドロ枢機卿猊下…その人である。
 毎回、ろくでもないお頼みごとを持ってきては、何故か甚大な被害を及ぼしてゆく。
 またもや、自分の身に何かあるんじゃないのかと、三下は怖くなっていった。

「怖い事とか、痛いことなんかじゃないですよねぇ?」
「運動会ですよ、子供の……」
「はぁ……」
 じとーっと言った瞳で見つめると、三下は溜息をついた。
 そんな相手の様子を見てクスクス笑いながら、ケーキを突付く。
 本日のケーキは『シブースト』
 洋酒の香りが仄かに馨って、思わず三下は喉を鳴らした。

「廃校になる学校の最後のお祭りですから、盛り上げたいんですよ。三下さん、お願いできませんか?」
「最後のお祭りかぁ……じゃ、しょうがないですよね」
 そういわれてしまうと断る理由も無くて、三下はしぶしぶ頷いた。
 編集長に扱き使われている身分で体力の方は大丈夫だろうか。
 少し、三下には体力に自信が無かった。
「いいですけどぉ……でもぉ」
「じゃぁ、ここにパンフレット置いておきますから、後は頼みましたよ〜」
「え?」
「私、これから町内会の親善会に行かないといけないんです」
「だ……だって…」
「参加者と当日の準備スタッフが足りないんですよ」
「何処へ行けばいいんですか…いきなり言われたって」
「学校側には『三下さん』と言う人が手伝いに来るって言ってありますから」
「い!?」
 何を勝手にと言おうとしたところ、笑顔一つ浮かべてユリウスは立ち上がった。
「そこに書いてありますからお願いしますね? 当日は私も行きますから」
 ニッコリと微笑むと、ユリウスはひらりとカソックの裾を翻し、そそくさと去っていってしまった。
「ゆ…ユリウスさぁん……」
 はぁ…と溜息をついてその姿を目で追ったが、三下はふと笑ってパンフレットを手にする。
 そこには、『区立 寺田小学校 第86回 秋期運動会』と書かれてあった。


「小学校の運動会かぁ……」
 幼い子供達が自分をお兄ちゃんといって慕ってくれるところを想像しては、にへらぁ〜〜と頬を緩める。


 ☆・☆・(只今妄想中)☆・☆・

少年A:『お兄ちゃ〜ん、こっちこっち〜!』
三下 :『そんなに慌てたら危ないよ』
少女A:『三下お兄ちゃん! 遊ぼ♪』
少年B:『それよかサッカーやろうよ、お兄ちゃん』
三下 :『しょうがないなー』
少女B:『おままごとのがいいなぁ〜。パパ役やってぇ』
三下 :『一度に全部は出来ないよ』
少女A:『じゃぁ、お医者さんごっこ!』
少女B:『あたし、患者さんがいいなvv』
三下 :『お兄ちゃん困っちゃうなぁー♪』

 ☆・☆・(以下、妄想が続く)☆・☆・


「うへへ〜☆」
 楽しい想像をしつつ、編集部に帰ろうと伝票を手に取り、それを見た。
「…あ……。ああ〜〜〜〜〜ッ!!」
 ガックリと項垂れて、三下は伝票を握り締める。
「お金……置いてってくれてない……」
 気がついたときには既に遅く。ユリウスはとうに行ってしまっていた。
 ケーキセット1200円×二人分に消費税。
 しめて、2520円を財布から出すと、会計係の方へと歩いてゆく。
 外に出れば北風に吹かれながら、携帯を取り出す。
 楽しい妄想の後の悲しい現実を抱えつつ、三下は手の空いていそうな人に電話をかけまくった。


 ■人を呼びましょう■

 学生時代のジャージを着込んだ三下は日曜日に6時半起床と言う快挙を成しえた。
 痛くて悲しい依頼が自分を苛む日常に突如として現れた希望。

 『小学生と運動会』

 こんな楽しい依頼なら、毎回そうであってもいいだろうにと三下は思った。
「幽霊もいなければ、怪物も無い楽しい日曜日……最高だ」
 うっとりと三下は言った。
 瞳の端には涙さえ浮かんでいる。
 相手が小学生ならば、命令される事も無い。
 至福の時とは雅にこの事だろう。
 ダサダサのジャージを着ても、三下は幸せだった。
 今は7時38分。
 もうすぐ、調査員が来る頃だ。
 良い人たちだといいな。問題を起こさない人だといいな〜♪…などと考えつつ、三下は校門の方を見た。長い髪の少女の姿が見える。
 三下は生徒かと思って手を振った。
「おーはーよ〜〜〜〜〜〜♪」
 朝の挨拶は元気が一番とばかりに、三下は大声を張り上げる。
 向こうも流石に気が付いたらしく手を振ってきた。
 背の高さからすると、6年生ぐらいだろうか。
 きっちりと長い髪をおさげにして、愛くるしく手を振っている。
「心が洗われるようだ……」
 爽やかな風と陽射しを浴びて輝く体操着少女の姿に視線を向けて、三下は呟いた。
 女神が早乙女となって歩いて来たかのような錯覚にうっとりと浸る。

 だが、しかし……

「三下様、おはよう御座います。お久しぶりですわねー」
 ピンクのリュックを持った少女が微笑む。
「ほぇ?? ……あ、あま…亜真知さん?」
「何を仰いますか、三下様。わたくし、亜真知ですわ」
「がび〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
 朝の夢は覚めやすいと言うが、こんなにも呆気なく冷めてしまうとは思ってもいなかった。
 亜真知さんは良い人だ。
 優秀で優しいお嬢さん。
 しかし、町内カラオケ大会の記憶が三下の脳裏に甦ってくる。
 あの人が居れば…ユリウスさんが居れば、今日の自分の運命はどうなってしまうのか?
 考えるだけで恐ろしい。
 三下は思わず亜真知に縋りついた。
「まぁ!」
「亜真知さぁ〜〜〜〜〜ん、助けてぇ」
「どうなさったの? 今回も何か出るのでしょうか」
「そうじゃないですけどぉ…」
 えぐえぐと泣きながら亜真知を見上げた。
「今回の依頼は、種目に参加して、受付などのスタッフをしたり、小学生と遊んだりして盛り上げてくれればいいだけですぅ」
「あらまぁ……そんなに怖い事は無いじゃありませんか」
「でもでもでもでもぉ」
「困りましたわね」
 ちょっと首を傾けて、亜真知は考え込んだ。
「あら?」
 何かがひょいと浮かんで、亜真知は目を瞬かせた。
 浮かんだのは三下で、いきなり10メートル先に飛ばされていった。
 情けない声を上げて三下が地面に転がっていく。
「いーたーいー(泣)」
「お前、何やってんだよ」
「ほへ?」
 怒りを含んだ声が聞こえてわけがわからず辺りを見回した。
 転がったショックで落ちた眼鏡を拾い上げ、見上げれば異様な光景が見えて仰け反った。
「うぇえええええええええええええ!???」
 虎皮の褌一丁で仁王立ちになった男が立っていた。
 年の頃は高校生ぐらい、髪が金色であるところを見るとヤンキーなのかもしれない。
 そんなことを考えながら三下が見上げていると、ジャージの襟をつかまれ宙に吊り上げられた。
 苦しくて怖くてジタバタと脚を動かせば、どんどん首は絞まってゆくばかり。
「うげっ! ごげげっ!!」
「ここはお前の縄張りか?」
「ち…違ッ……ぐええ!」
 反論した瞬間、ぎゅ〜っと首を締められて、三下は陸に揚げられた魚のように喘いだ。
「た…助け……」

 気が遠くなる。
 息が出来ない。
 視界が狭まっていく。
 お母さん……不甲斐ない息子のままで済みませんでした。
 今度生んでくれたら、もっと良い息子に育ちます。
 先立つ不幸をお許しください。

 ………そんなことが頭の中を駆け巡っていったとき、不意に手が離れて三下は地面にボトッと落ちた。起き上がる気力もなく、顔をそちらに向ければ幾つもの人影が立っている。
 虎皮褌の男の手を掴んで、眉を顰めていたのは御影・涼だった。
 調査員の一人で、何度かお世話になった人でもある。
「御影…さん…」
「誰だ…お前」
 虎皮褌の男が手首を掴まれて、涼を睨んだ。
「俺は御影・涼だ。三下さんが何をしたって言うんだ?」
 眉を顰めて涼は言う。
「へ…?」
 相手がアトラスの三下と分かると、じーっと見下ろした。
 どうやら調査員だったらしく、昨日、依頼を受けたときは、いつものよれよれスーツだった三下が、今日はジャージなのに気がつかず。本人だとは分からなかったのだった。
 ひょいとしゃがむと、そこらへんにあった木の枝で突付いてみる。
「やめてください〜〜〜」
「お、生きてるな?」
「生きてるな…じゃないよぉ」
 涼の後から銀色の頭が覗いている。
 愛らしい顔に少々の怒りをトッピングして、海原みあおがじぃ〜〜〜っと睨んでいた。
 本日は学生さんらしく、紺のジャージに赤い鉢巻姿である。
「ただでさえ、三下さんは『不幸』なんだから…」
「みあおちゃん……酷い」
 ガックリと三下は項垂れる。
「おにーさん、誰?」
「俺は鬼頭・郡司」
「ふーん…」
 ちょっと口を尖らせたまま、みあおはじーっと相手を見上げた。
「とにかく虐めちゃダメ」
「虐めてねー」
「みあおちゃんにまでぇ〜〜〜」
 しおしおとイジケれば、地面に転がったまま、団子虫のように膝を抱えて丸まってしまう。
「おやおや……三下さんは大丈夫ですか?」
 スケッチ用の鞄とバスケットを抱えた漁火・汀がひょいと顔を出した。
 のんびりと穏やかな笑みで三下に笑いかける。
 後には牧・鞘子、六巻・雪、田中・裕介の三人も居た。
 調査員は揃ったというのに、当の編集者はいじけたままである。
「三下さん、運動会のお手伝いは?」
ふと、鞘子が声をかけた。
 今回、鞘子が調査員に立候補したのは、師匠である人形師の所に遊びに来ている子供達の何人かがこの学校の子供だった為である。
 何か手伝うことがないかと思って弁当持参で来て見れば、三下がこうでは後が思いやられるというものであろう。
「ダメですねぇ、三下さん。こんなところで寝ちゃあ…」
 不意に声が聞こえて、一同は振り返る。
 暢気な声の出所はユリウスであった。
 歩いてくると、郡司に笑顔を向ける。
「もう、コスプレ徒競走の用意ですかぁ?」
「なんだそりゃ」
「何言ってるんですか、貴方、やるんでしょう? 仮装して走るんですよ」
 ニコニコ笑って言うと、パンフレットと放送用選曲リスト、アナウンス原稿と時計などを皆の前に出す。
 常にこのようなカッコでふらついているだけなのだが、ユリウスは鬼頭の褌姿をコスプレだと信じ込んでいるようで、何処か上機嫌であった。
 多分、「手際がいいなぁ〜☆」ぐらいにしか考えていなかったのであろうことは予想できた。皆は何も言わず、鬼頭の奇行を遠くから見つめていた。
 三下におそろいの褌を付けさせようとしているのだ。
 逃げようとしたところをあっさり捕まり、三下はひん剥かれて褌一丁になる。
 恥かしさに内股になって地面に三下はへたり込んだ。
「うわぁああああああん!!」
 なまっちろい尻を震わせて三下は泣き喚く。
「あんまりだ…あんまりだぁ!!……ぅうッ…」
「じゃぁ、説明しますよ〜」
 …と言うなり、よく手順や説明を皆にして回った。勿論、いじけたままの三下は無視して。
 各々、自分に向いていてやりたい仕事を選んでいった。
 生徒達も登校し始めて、学校内は賑やかになった。
 ポールを立てて各組の陣地を決めれば、先生の指示に従って生徒は校庭に並んでいく。
 そうなればユリウス達の出番は間近で、早々に仕事を決めなければならない。
 一同は手早に決めていった。

 デジカメとハンディーカムで撮影を担当するのは、みあお。
 アナウンス原稿をしっかり持ったままにっこりと微笑んでいる、亜真知。
 絵を描こうと絵筆を用意している、汀。
 保健用テント内の整備に余念の無い、鞘子と雪。
 ユリウスの側について、スタッフとして動き回っているのは祐介だった。
 褌一丁の三下は生徒にからかわれ、同じ格好の鬼頭は何故か生徒の人気者になっている。
 片や、御影の方は生徒と共に作業をし、皆の中に溶け込んで、よい雰囲気を作っていた。
 ユリウスの方はと言うと…………町内会の延長線上で、手伝いに来ていた奥さん方とおしゃべりをしていた。


 ■午前の部■

 開会式も始まり、併設されている乳児院と幼稚園のお遊戯も始まってゆく。乳児院の『はいはい競争☆』は一番の人気だった。
 終われば、亜真知が放送を始める。
 爽やかで歯切れの良い亜真知のアナウンスが校内に流れた。
「三年生による、『障害物競走』でした。次は、1年生の『家族とコスプレ徒競争』です」
 亜真知は言い終わると、元気の良い行進曲を流して放送のスイッチを切る。
 入場口を見れば、生徒の親に混じって、みあお、郡司、鞘子、涼が並んでいた。
 事前に用意された衣装の箱を運んでいるのを偶然見てしまった涼は、倒錯傾向の強い箱の中の衣装を暫しジーっと眺めてしまっていた。
 自分より一歳下の裕介がコスプレ徒競争用の衣装を用意をしていたが、何故かメイド服だけとても多い。
「メイド……」
 じーっと見つめていた涼がポロッと呟く
「…気のせいという事で」
 にっこりと笑顔を見せて祐介は去っていった。
 ふと、さっき起きた出来事を涼は思い出す。
 あれを着なければならないのかと思うと、少し頭が痛いが、ここまで来てしまったらもう遅い。
 仕方なく、涼は定位置についた。
 一方、みあおは元気一杯だったし、鬼頭は元気どころではなく大はしゃぎしている。
 鞘子は楽しそうにニコニコしていた。

「位置について…よ〜〜〜い、ドン!!」
 先生の声が聞こえると同時にパーンっと言う合図の音がした。
 第一走目の『みあおチーム』と『鬼頭チーム』が同時に走り出す。
 しかし、野生児そのものの鬼頭はあっという間に彼方に走り去った。
「みあお、負けないもん!!」
 必死で走っていけば、衣装箱の前でおたおたする鬼頭がいた。
 隣には審判係の先生が居る。
 どうやら衣装を着ろと言われて着ているらしいのだが、ゴスロリ服のボタンの多さに苛々しているようだ。
 隣には一緒に走っていた少年が「遅いよ〜!」と言って、叫び狂っていた。
 そんな二人を追い抜くと用意されていたダンボールの陰で、みあおと相手の女の子はスペースファンタジー風の銀色タイツ姿に着替えた。
 ブーツ代わりの長靴を履いて二人で必死に走る。
 遠く後ろの方で、鬼頭チームの少年の怒りの声が聞こえた。
 一方、『みあおチーム』はゆうゆうと走り去って一等賞をゲット。
 鬼頭チームは最下位だった。
 
 6走目では、鞘子と涼のメイド服対決。
 お互いの見事な走りっぷりと妙に似合う涼の姿がお母さん方に大ウケしていた。
 ミニとまではいかないものの、膝丈のスカートは何処か倒錯的で、涼は物悲しい気分になっていた。
 一緒に走った女の子が、大柄ではあるが可愛い感じの子で、それが余計に二人をクローズアップさせてしまっている。
 色々な衣装に目移りして眺めるのに夢中になってなかなか決まらず、結局他の人に勧められた衣装を着て鞘子は走っていた。
 その衣装に迷う姿といい、ロングのメイド服で眼鏡を掛けた鞘子の姿といい、若いお父さん方の心をゲッチューしていたらしく、時折、「萌え萌えー!」と言う声と共にオーラが校内に漂っていた。
 この勝負では、赤組と白組の点差は開かずに次の勝負に持ち越しとなった。

 次の競技は騎馬戦。
 男子・女子チームに分かれるも、試合自体は一緒になってする、珍しい試合だった。
 女の子も元気な子が多く、勝敗はなかなか分けられない。
 アナウンス作業をお母さん方に任せた亜真知と開会してからずーっと絵を描いていた汀、六巻・雪の三人が参戦していた。
 子供を背に乗せ、猛烈に走り回る雪に追いすがる、亜真知。素早い動きで雪チームの子供と対戦していた。
 軽やかな身のこなしで逃げる亜真知を雪の疾走が追う。かつて、武芸者としても生きていた汀は隣で見事な体さばきを見せている。怯んだ隙にひょいと帽子を奪って、次のターゲットに向かう姿は勇ましいぐらいで、その細い体つきに似あわぬ勇猛ぶりだ。
 馬役の雪の迅速さを淀みない所作で狙う亜真知の動きに会場一同は歓声を上げた。
 亜真知の動きを止めるように汀が横から手を伸ばすも、見事な勘で亜真知は逃げる。
 そんな三チームの動きに他の参加者も燃えて参戦していった。
 撮影隊のみあおはデジカムとコンパクトカメラで激写してはスナップを取りまくる。
 結局、赤組チームの違反が見つかって、勝敗は白に渡った。
 残念な結果に終わっても、白チームの皆の顔は晴れ晴れとしていた。


 ■真昼の星

「雪にいちゃ〜〜ん」
「なんだよ……」
 ぼそりという雪の前に、5年生ぐらいの男の子がやって来た。
 先程の競技で怪我をしそうになった男の子を助けたのだが、少年は雪の能力に興味を持ってやってきたらしかった。
「一緒に食べようよー」
「なんでだよ……」
 かったるそうに雪は言ったが、少年の方はまったく気にしていないようで、シートを広げて座り込んだ。
 昼食休憩が間に入って会場はまた違った活気に満ちている。。
 自分にとってヒーロー的な存在である雪と一緒に食べようという算段らしい。
 雪の周りには、涼や亜真知、祐介達が居る。
 祐介は「人が増えると裏方が忙しそうですし…」などと言って午前中は参加をせず、後は競技などで子供を集める時の誘導係をかってでていた。

 会話も少なめで、人に距離をおいているように見えがちの雪の元に来た少年を皆は見た。
 男の子は弁当を開ける。
 中身はのり弁に鮭と小さなコロッケ一個。
 雪は粗末な弁当の中をじっと見つめた。
「お前…そんだけっか食わねぇの?」
「だって…無いんだもん、お金」
 平然と言って、少年はお弁当に箸をつけた。
 お弁当の中身を見て、亜真知がそっとやって来た。
「皆さんに食べてもらおうと思ってたくさん持ってきましたの。いかがかしら?」
「んー?」
 ひょいと顔を向ければ、黒塗りの重箱の中に、和風をベースに洋食風のメニュー仕立てのおかずが綺麗に並んでいた。
 豪華な弁当に少年の喉が鳴る。
「いいのか?」
 少年は弁当を指差して言った。
 亜真知はニッコリと笑って頷く。
 そんな様子を汀や涼、ユリウスが見つめていた。
 鶏の照り焼きやだし巻きタマゴなどの入った二の重から筑前煮を取ると口に運ぶ。
「美味〜い!」
 少年は思わず大きな声で言った。
「まだありましてよ?」
 そう言って亜真知は弁当を見せる。
 三の重にはミニオムレツやコールスローサラダなどが入っていた。
「すっげぇ!!」
「私のも食べてくださいね?」
 鞘子も自分の重箱を出し、笑って言う。
「皆さん、ご一緒に頂きましょうね」
「一緒に食べたほうが美味しいわ」
 そう云うと、亜真知と鞘子は二人の弁当を皆の手に届く位置に置いて、誰彼の関係なくご馳走を振る舞った。
 少年はしっかりおかずを貰いながら、涼のタコさんウィンナーと汀のサンドイッチも食べている。
 隣に座った汀はスケッチしながらサンドイッチをつまんでいた。

「美味いか?」
 何気なく雪が少年に訊いた。
「美味いよ、最高!」
 顔をくしゃくしゃにして少年が笑って言った。
「みあおのお弁当あげるっ!」
 お姉さんズからのお弁当を見せてみあおが笑う。
 たこさんウインナとか玉子焼きの王道シリーズが三段重ねとお茶を差し出して言った。
「あぁ、ありがとう……」
 少年も笑って返した。
 粗末な弁当を持っているぐらいだから、家の金銭的な余裕は見込めないだろう。
 生徒の間でもあまり仲良くしてくれるような相手もいないのだろうか、友人が近づいてくる気配も無かった。
 何処か寂しげな少年の姿に、雪は溜息をついた。
 そんな様子をユリウスは見つめて微笑んでいる。
 少年はたっぷりとご飯を食べた後、貰った紫芋の特製スイートポテトを食べていた。
「そんなに食って大丈夫なのか?」
 呆れたような口調で雪が言った。
 よく入るなと感心して言っているのだが、如何せん口調がきつく感じられるような語尾なのでそう聞こえるらしい。
 若者らしいといえばそうなのだろう。
 しかし、少年はそんな雪の口調も気にならないらしく、普通に応えていた。
「んー…お腹空いてたしさぁ…午後の持久走やりたくないんだよなあ…」
 どうやら走るのが苦手なようで、サボる事を考えているようだ。
「何もしないで負けるのかよ」
「しょうがないじゃん……走んの遅いし……」
 口を尖らせて言う少年を雪は見つめた。
「教えてやっから」
「何を?」
「走り方」
「んー……」
 コクリと頷くと、雪の話し始めた『速い走り方』を真剣に聞いた。
 その向こうでは、子供達と穏やかに過ごす汀の姿が見える。
 お弁当を貰いながら、人の間を渡り歩く鬼頭と褌を脱がさせてもらえない三下。
 談笑している一同を見つめながら、ユリウスは柔らかな陽射しと澄んだ空気の空の下、太陽を仰いだ。
 暖かさと優しさを持った人々に幸があるように。

―― 主よ、永遠に我らと共に……

 穏やかな時を見つめる神を心に描いていた。


 ■午後の部■

 応援団の歌合戦が午後の部の最初の演目だった。
 みあおは応援団の主将としてガクランを既婚で勇ましい姿を見せていた。
「上のお姉さんがガクラン必須っていってたもん! 裏地に龍と虎っ! かっこいいでしょ?」
 ニコニコ笑ってみあおは他の生徒に見せていた。
 男子生徒には流石に人気があって、あちこちから「かっこいい」やら、「可愛い」との声が上がった「赤組〜〜〜っ! 三三七拍子ーっ!」
 ブンブンと腕を回して、笛を吹き、応援を始める。
 不意に歌おうとしたユリウスを、汀はすんでのところで押さえ込んで、ガムテープで口を塞ぎ、縛り上げればカソックごと体をガムテープでグルグルにする。
 ホッと一安心の溜息をつけば、みあおが準備を整えた後だった。
 元気な歌を歌うと思いきや、のんびりした民謡を歌い始めた。
 みあおの愛らしいガクラン姿で歌う童謡におじいちゃんやおばあちゃんが拍手を送ってくれていた。
 長閑な午後に相応しい応援歌だった。
 応援歌に後押しされるように始まった次の競技を生徒は楽しそうにやっていた。
 点数だけではなくて、競技に参加する事に楽しみを感じているのか、勝っても負けても皆が笑っていた。
 互いに努力し称えあっている姿があちこちで見る事が出来た。
 そうやって皆が共に競い合うことに楽しみを感じている姿は健康的に見える。
 三下は何故か眩しく感じるその光景を見つめた。
「なんだろう……」
 そう呟くとジャージに着替えた三下は、次の種目の準備をしに走っていった。
 次は全校生徒代表100人よる、宝物探し&お手玉サバイバルゲームだ。
 これが終われば、この学校の運動会は終わる。
 二度とやってこない次季の運動会。

 この校舎も来年の卒業生を送ったら、永遠に時を止める。

 その前に、自分達大人は子供に何かを渡してやらなければならないのだ。
 何を渡せば良いのかわからない。
 それでも、そうしなければ。
 そう感じて、三下は準備の手伝いをするために待っている皆のもとに走っていった。

 泣いても笑っても最後の種目。
 皆で騒いで、遊んで走り回る。
 校長先生からの贈り物。
 最後の最後に大きなお祭りを。
 生徒達はそれぞれの陣地に宝物を隠し、秘密のメモを『メッセンジャー』という役割の生徒に託す。
 その生徒を探して宝物を探し、投げられるお手玉を避けて相手の陣地に乗り込んでいくのだ。

 雪はメッセンジャー役の生徒とペアになって階段に潜んでいた。
 メッセンジャー役の生徒はお弁当の時間にやって来た少年で、二人で倉庫に隠れていた。
 曲が流れてくるとあちこちで歓声が聞こえてくる。
 走り回る足音とお手玉を投げて妨害してくる2チーム50人が同時に投げあっていた。メッセンジャーは定位置から動かず、仲間にメッセージを渡さなければならない。
 メッセンジャーは常に狙われる。どきどきしながら少年は雪の隣に居た。
「いたぞーっ!」
 遠くで聞こえた声に少年は飛び上がった。
 震えながら顔を出せば走ってくる生徒の姿があった。
「馬鹿! 顔出すな……わぁッ!!」
 不意にお手玉が飛んできて、雪は思わず避けた。
 隠していたお手玉を使って投げ返す。
 相手にヒットしたのを確認すれば、他の人間にも投げつけて当てた。
「走って逃げるぞ」
「だってぇ…走るの苦手だってば」
「お昼に教えたぞ」
「う…うん……」
「行くぞ……」
 そう言うなり、雪は走り始めた。
 代表の一人になった涼と女子生徒が校庭を走って逃げていた。
 校庭の端には喧嘩が起きて仲裁に入った祐介と亜真知がなにやら話し込んでいる。
 鬼頭は相手の陣地に、物凄い勢いでお手玉を投げ込んでいた。
 飛んでくるお手玉を掻い潜って、どこかに隠れているメッセンジャーの下に走っていく。何処に居るのか分からなかったが、そんなことを気にはしなかった。
 ただ、ひたすらに教えてもらった走り方で校庭を駆けた。
 不意に人影を感じてそちらを見れば、涼が隣を走っている。後からユリウスも走ってきていた。
 何やら呟けば、飛んできたお手玉が弾き飛ばされて吹っ飛んでいく。
 また異教の術を使ったらしい。
 相手チームの妨害を避けて走れば自分の陣地だ。
 当たった人が「ヒット!」と叫んで、次々に寝転がっていく。
 鞘子は生徒を連れて走っていた。どうやら彼女もメッセンジャーらしい。
 それに気がついた少年は彼女の方に走っていった。
 今までの走り方と違う、鋭敏な動きだった。
 大きく手を振って、鞘子の方に走ってゆく。
 腕を伸ばして、手に持ったメッセージの紙を差し出した。
「おねーちゃん、早くッ!!」
 飛んでくるお手玉を避けながら、少年は懸命に叫んだ。
 涼と雪も走ってくるとお手玉を投げながら、少年を守る。
 雪たちの後押しに乗って、少年は鞘子に向かって走ってゆく。
 メッセージを渡すと、今度は鞘子を守るために走った。
 落ちているお手玉を掴んで投げる。
 ユリウスもやってきて、皆で追っ手に投げ返した。
 少年の額には汗が滲んでいる。顔には笑顔が浮かべて楽しそうに投げていた。

 あと5分で、この競技が終わる。

 運動会も終わる。

 二度とやってこない日々と思い出を引き換えに、校舎は養老院となって新しく街に貢献する場所となる。
 当然、子供達は他の学校に移動するだろう。
 その学校にも運動会はある。
 中学になってもあるけれど、この学校とこの学校の運動会は無くなるのだ。
 だが、子供達の輝いた思い出と新しい未来は、永遠にあり続け、輝く。
 放送席で怪我を治療していた三下は、じっと皆を見つめていた。
 届かない位置に居ながら、手が届くような感覚。
 中天を降り始めた太陽が自分達を照らしていた。その中で少年は歓声を上げている。
 誰よりも…ではなく、自分だけの走りを掴んだ少年が、鞘子を守るために懸命になっていた。
 遠くで、汀がペンを持ったまま少年達を見つめていた。

 走ることへの怖さ。
 笑われることへの反発。
 自分自身を恐れた過去は陽射しの中で輝いていた。

 大人たちが渡してやらなければならない何か。
 三下は直接参加できなかったけれど、気にはならなかった。
 自分が渡してやりたい何かは……いつでも渡す事が出来たから。

 運動会は終わる。

 未来は永遠に輝く。

 三下の目に涙が浮かんでいた。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1593/榊船・亜真知 / 女 / 999歳/超高位次元生命体:アマチ…神さま!?
   (Amati・Sakakibune)

1998/漁火・汀 / 男 / 285歳 /画家、風使い、武芸者
   (NagisaIsaribi)

2005/牧・鞘子 / 女 / 19歳 /人形師見習い兼拝み屋
   (Sayako・Maki)

1831/御影・涼 / 男 /19歳 /大学生兼探偵助手
   (Ryo・Mikage)

1098/田中・裕介/ 男 /18歳 /高校生兼何でも屋
   (Yusuke・Tanaka)

1308/六巻・雪 / 男 /16歳 /高校生
   (Yuki・Rokumaki)

1838/鬼頭・郡司/ 男 /15歳 /高校生
   (Gunji・Kitou)

1415/海原・みあお/ 女 / 13歳 /小学生
   (Misono・Unabara)

                 (以上、年齢順)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、朧月幻尉で御座います。
 今回は珍しくも、年齢順で登場PC様を紹介させていただきました(笑)
 大分長い話になりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
 お久しぶりです、お元気ですか。お風邪など召しませんようにお気をつけくださいませ。
 相変わらず可愛いみあおちゃんの元気一杯な姿を書けて楽しかったです。

 楽しんでいただけたら幸いです。
 また、お会いできる事を願って。


                 朧月幻尉 拝