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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


恋するお料理教室

+++++オープニング+++++

キューピットお料理教室  投稿者:アイコ

こんにちは!
キューピットお料理教室のアイコです。
恋する皆さん!
大好きな人に、手料理を食べて欲しくないですか?
お料理と一緒に、あなたの思いを伝えてみませんか?
アイコの「キューピットお料理教室」で作った料理なら、誰に見せても
恥ずかしくありません!
お料理初心者・経験者、男女問わずアイコが優しくお教えします。
どうか、アイコを皆さんの愛のキューピットにさせて下さい。
当お料理教室で作った料理を食べれば、彼も彼女もあなたにメロメロ!
教室は毎週土曜日午後6時からです。
受講料は材料費のみ!
興味のある方は問い合わせて下さいね。


++++++++++

指定された場所に看板はなく、色とりどりの花で飾られた門があった。
料理教室と言うから専用の、調理するに相応しい建物があるのかと思いきや、メールで知らされた住所にあるのはごく普通の民家。
蔦の絡んだ壁に囲まれた白い家はホームドラマに出てきそうな雰囲気。
その門の前に立って、シュライン・エマは建物全体を眺める。
あの掲示板に書かれた内容がどうも妖しく思えてならない。
キューピットお料理教室と言う名称にもそこはかとなく怪しさが漂っている。
『彼も彼女もあなたにメロメロ!』になる料理とは一体。
どんな材料を使って作る物なのか、妙な薬草を入れたりするのだろうか……、それとも、極々普通の料理なのか……。
「気になるわねぇ……」
呟きながら、門を開ける。
ここで作った料理を草間に食べさせようなどと言う気ではないが……。
特定の誰かに食べさせるわけではなく、調理方法や流れ、手際に興味が出ての参加希望でも良いかとメールを送ると快い返事と共にこの住所が知らされたのだが……。
「実は本物のキューピットさんだったりとか……」
……まさかねぇ。
呟いて、シュラインは門を潜った。

++++++++++


「皆さん、ようこそアイコのキューピットお料理教室へ!」
皆さん、と呼びかけられて顔を合わすのは5人。
志神みかね、シュライン・エマ、天慶美空、海原みなもと、紅一点ならぬ白一点の真名神慶悟。
それぞれ通されたのは広いキッチンだ。
外装・内装共に料理教室とは思えないごく普通の民家だが、キッチンだけは一般家庭よりも遙かに広い。
2倍の大きさがあろうかと言うシンクに巨大な冷蔵庫。
調味料のぎっしり詰まった戸棚に陶器やガラスの積みかさなった食器棚。
キッチンの中央に置かれた作業台。
「当お料理教室では何一つ強制はしていません。幾つかお約束事はありますが……参加するも自由、見学するも自由、好きにしてくださって構いません。疲れたらリビングで休んで下さっても結構ですよ」
5人を前にして言うアイコはふわふわとカールした髪を一つにまとめ、白地にピンクのハートマークと小さな天使のプリントの入ったエプロンを掛けている。年齢は不詳……どこか、頭に花でも咲いていそうな雰囲気を持っている。
「勿論、ちゃんと参加して下さった方がお料理に想いが籠もって恋も成就し易いと思うのですが……」
と付け足すアイコに手を挙げてシュラインは発言の意志を伝える。
「はい、シュラインさん。何でしょうか?」
「約束事と言うのは?」
料理教室なのに参加も見学も自由、挙げ句の果てにはリビングで休んでも良いなどと言うのはあまりにもいい加減過ぎる。
掲示板の書き込みに料金が記されていなかった事を思い返すと、実は詐欺まがいなのではないかと少々疑ってしまう。
「簡単な事ですよ」
にっこりと笑ってアイコは応える。
「3つあります。一つは身だしなみを整える事。きちんと手を洗って、髪の長い方は一つに束ねて下さいね。二つ目はエプロンをする事。持っていない方にはこちらで貸し出します。三つ目は、食器棚の隣の棚の調味料類には絶対に触らない事、です」
「調味料ですか?」
調味料に触れることに何の問題があるのだろう。
みかねが首を傾げるとアイコは軽く頷いて瓶や缶の並んだ棚を指さす。
「全て私オリジナルの香辛料です。まだ作りかけのものもあって、出来上がるまでなるべく中身を外気に晒したくないので……」
良いですか?と確認されて5人はそれぞれ頷く。
「はい。それでは早速お料理に取り掛かりましょう」
言って、アイコはメニューとレシピを記した用紙を配った。
「今日は鰯を使ったお料理です。安く手に入ったので、受講料はお一人500円になります。……構いません?」
「500円……」
一体どれほど請求されるのかと思いきや、500円。
思わず呟いてみなもは笑った。
***本日のメニュー***
パルメザンサラダ
にんじんのポタージュ
鰯のバジルパン粉焼き
ガーリックトースト
フルーツタルト


++++++++++

家庭で手早く簡単に、そして愛情込めてと言うのがアイコの料理のモットーなのだそうだ。
故に、メニューにはレンジを使うものもある。
作る料理は家庭的なもので、飽きにくいもので、材料代が安くて、手間がかからなくて、見栄えの良い物がいいと思っていたみなもには好都合、天慶料理学園の講師として技術を身につけるのも悪くないと思った美空には少々拍子抜け。
みかねは初挑戦らしいがシュラインと慶悟にとっては今更習わなくても良いようなメニューだ。
「鰯は各自2尾つづ3枚におろして下さいね。骨を取っておいて、後で油で揚げるとおつまみになりますよ」
言われて、誰よりも素早く作業を終えたのは慶悟。
スーツのジャケットを脱いで腕まくり、その上にアイコが貸し出した紅白水玉模様のエプロン……少々ミスマッチで笑える出で立ちだが流れるような手つきはアイコの絶賛を受ける。
「ま、これくらいならな……」
謙遜しつつ、口寂しげに朴を書く。
因みに、料理中の喫煙は絶対却下。
「3枚に下ろすのは良いけど、この生臭さがイヤねぇ」
ぼやきつつ、こちらも手早く終えるシュライン。
取り出したはらわたと頭を残飯用の袋に移し、まな板を洗う。
慣れた手つきが流石だ。
「鰯と言えば照り焼きも美味しいわね」
おろし生姜と酒のたれに漬け込みながら、鰯料理のレシピを一つ思い浮かべる。
「酒の肴にはフライが一番」
と、玉葱をみじん切りにする慶悟の横で、
「梅干しと一緒に煮ると臭みが取れるんですよ」
と、こちらも難なくおろし終わったみなも。
家事を手伝っているお陰で全く手こずらずに済んだ。
時々、生魚を見ただけで逃げ出す受講生がいるのだそうだ。
「そう言う人達は煮魚が海で泳いでるとでも思ってるのかしらね」
そう苦笑するのは美空。
こちらも実践した事はないとは言え流石は料理教室の管理者。手順も処理も文句なく完璧。そして手早い。
「カワハギと言う魚は、あの皮を剥がれた状態で泳いでいると信じてる人もいますからね」
煮魚やアラが泳いでいると信じる人がいても不思議ではないのかも……などと軽口を叩きつつ、4人は次々と作業を進めていく。
途中、「お喋りも良いですが料理に真心と愛情を込めるのを忘れないで下さいね」とアイコに注意を受けつつ。
その横で、口を真一文字に結んで真剣な面持ちで鰯と格闘しているのはみかね。
右手でグッと包丁を握り、左手でつるつる滑る鰯を押さえる。
「みかねさん、先に頭とはらわたを取らないとダメですよ」
みなもの言葉に、みかねは「え」と顔を上げる。
3枚ではなく開き状態になった鰯。
「あ、はい」
慌ててはらわたを取り、頭を切り落とそうと包丁をあてがう。
「お、おい、左手、気を付けろ……」
見ていると、頭よりも指先を切り落としそうで恐い。
「あらあなた、骨をまだ取っていないのね?」
「あ、骨ですね、はい」
美空に言われて、続けて骨に取り掛かるみかね。
「ヒッ」
肉も骨も削がず空気を切った包丁の刃先にシュラインが短い悲鳴を上げる。
一瞬息を飲んだ他の4人に構わず、みかねは黙々と作業を続ける。
「お料理教室の講師って、大変ねぇ……」
「結構ハラハラする仕事かも知れませんよね」
シュラインとみなもの言葉も耳には届かない模様。


++++++++++

「……作ったとしても文句言いながら食らうんだろうな、やはり……」
ポタージュに使うにんじんを銀杏切りにしつつ、苦笑して呟くのは慶悟。
「あらあら、あなたの意中の方ですか?」
耳ざとく聞きつけてアイコが口を挟む。
「え、あんた好きな人なんていたの?」
にんじんの皮を剥きながらシュラインが振り返る。
「わぁ、どんな方ですか?」
「是非聞いてみたいわ」
女性4人の注目を浴びて慶悟、少々たじろぎつつ今までされてきた所業を思い出して、
「い、いや別に意中と言う訳では……毒を感づかれずに仕込む方法を教わったほうが良いか……?」
などと洒落にならない事を口走る。
「毒だなんて……、」
アイコが引いた様子で苦笑した。と思ったら。
「そう言うお料理教室も、必要ならご紹介しますけど……」
などと更に洒落にならない事を口走った。
「あははははー…………」
笑って誤魔化して、シュラインはせっせと玉葱の皮も剥く。
「そう言えば、あなたは彼がいるんじゃなかったかしら?」
隣のみかねを振り返る美空。
パセリをみじん切りにしつつ顔を上げるみかね。
「え、あ、はい、実は……」
改めて聞かれると妙に気恥ずかしいものだ。みかねは頬を染めて僅かに俯く。
ぱせりがだんだんと乱切りになっている事には、誰も口を挟まなかった。
「そう言う美空さんはどうなんですか?このお料理を食べさせたい人がいるんですか?」
カップに水を測りながら訪ねるみなも。
「ふふ。それはもう、沢山ね」
たまねぎのみじん切りに涙する事なく笑みを浮かべる美空。
美空の場合、この美貌さえあれば料理など全く必要ないように思われる。
「ところで、アイコさんはやはりご自分の料理で意中の人をゲットされたのかしら?」
アイコは実は本物のキューピットではなかろうか、と思っていたシュライン。
用意された材料や調味料にくまなく目を通したが、今のところ妖しげな物も目新しい物も出てこない。
これでどうやって意中の相手を靡かせるのだろうか。
何気なくした質問に、しかしアイコはふと表情を曇らせた。
「はぁ……実は、それがどうしてもダメなんですよ……」
頭に咲く花もしおれそうな声。
「そりゃまたどうして?」
揃った材料をミキサーにかける音に負けない声で訪ねる慶悟。
「肝心の料理が上手く出来なくて……」
「料理って、どんな料理ですか?」
どろどろになった材料をミキサーから鍋に移しながら、みかね。
「そんなに難しい料理なんですか?」
用意してあった牛乳を注いでみなもが首を傾げる。
「いえ、料理自体は簡単なんです。今日のメニューにもありますが……」
と、アイコは用紙の最後を指差した。
フルーツタルト。
「フルーツタルト?」
慶悟は未だ作った事がないので分からないがそんなに難儀なのだろうか。
「ええ、フルーツタルトです。これは、私の一番の得意料理なんです。だから試験もこれで受けようと思うのですが……」
「試験?」
意中の相手と試験では随分違う。
聞き間違ったのかと、美空は首を傾げる。
「試験なんです。昇格試験」
聞き間違いではなかったようだ。
「昇格試験と意中の相手にどう言う関係が?」
尋ねる美空に、アイコは深い溜息を付いて応えた。
「実は私、初級キューピットなんです。自分の一番得意な分野で中級の試験を受けるんですが、もう8回も落ちてしまって……、10回落ちるともう試験が受けられなくなるんです……」
その、試験と言うのが意中の相手を自分に靡かせる事、なのだそうだ。
「キューピットの昇格試験ねぇ……」
そんなものがあるとは初耳……そして、生身のキューピットを見るのは生まれて初めてだ。
予想が当たったなと思いつつ、シュラインは苦笑する。
「それなら、一緒に作りましょう。素人の目で見て、何か足りないところとか分かるかも知れませんし」
「キャッ」
ポンと手を打って提案したみなもの横で、突然悲鳴。
慌てて振り返ると。
塩の容器を鍋の中に落としたみかね。
慌てて取り出そうとして再び悲鳴。
「熱っ!」
「大変、早く水で冷やして!」
みかねの手を引いてシンクに走るシュライン。
アイコが取り出した氷を運ぶみなも。
「……ま、味は変わらないだろう……」
グツグツと沸き立つ鍋からお玉杓子で塩をすくいだして、慶悟。
「容器のままで良かったこと……」
にこりと笑って、美空はスープまみれになった容器を布巾で拭った。


++++++++++

「何々、材料は……」
(アイコ特製)ホットケーキミックス
バター
卵黄
薄力粉
コーンスターチ
砂糖
牛乳
(アイコ特製)恋のエッセンス
いちご、キウイ、ブルーベリー、バナナ、ミント
読み上げながら、作業台に並んだ材料を確認する慶悟。
「この、(アイコ特製)ホットケーキミックスと(アイコ特製)恋のエッセンスって何ですか?」
白い粉袋と、その横の小瓶を指差すみなも。
「私特製、なんです。大丈夫、人体に影響のあるような物じゃないですから。成分等は秘密にさせて下さいね。壁に耳あり障子に目ありと言って、初級キューピットの試験を受ける天使達があちこちで情報収集してるんです」
……なかなかシビアな世界であるらしい。
「あら、そちらの方を是非教えて頂きたかったわ」
「ちょっと気になりますよね」
媚薬か何かの類なのか、或いは天国産の特別なスパイスなのか……。
「さぁさぁ、早速始めましょ」
(アイコ特製)ホットケーキミックスと(アイコ特製)恋のエッセンスから出来上がるフルーツタルトは如何なるものか。
「それじゃあたし、粉をふるいますね」
と、みあおが早速粉ふるいを取り出す。
「なら俺は果物の準備をしよう」
「私とシュラインさんでバターと卵黄を用意しますね」
作業に取り組む慶悟とみかね、シュライン。
「あら、一番肝心のカスタード作りを私に任せて良いのかしら……?」
「あ、そちらは私が手伝いますので」
全員集中でフルーツタルト作り。
「ところで、普通のタルトとアイコさんの特製タルトと、どう違うのかしら?」
切り取った無塩バターを容器に入れて、シュラインがアイコを振り返る。
「意中の相手を靡かせるタルトって、気になりますよね」
バターを受け取って、振るった粉にくわえるみなも。
「やはり味が違うものなのか……?その、(アイコ特製)恋のエッセンスを入れると?」
「そもそも、初級・中級・上級にはどんな差があるのかしら?」
生のキューピットと話をする機会など滅多にない。
この際に出来る限り話を聞いておこうとしている訳でもないのだが、黙々と作業するより話をしながらの方が楽しい。
次々質問する4人。
と、その横でみかねが卵と格闘している。
「あら、ちょっと、要るのは卵白じゃなくて卵黄よ?」
卵白の中に落としてしまった殻を取るみかねに、シュライン。
「え?あれ?そうでしたっけ?」
慌てて別容器に入れた卵黄を差し出す。
「でも、卵白の方、捨てちゃうのは勿体ないですね」
「それなら、後でメレンゲのお菓子でも作りましょうか?勿論、アイコさんが良ければ、だけど……」
アイコを見ると、勿論構わないとの返事。
因みに、初級は『人が幸せになれる料理』、中級は『意中の相手を靡かせる料理』、上級は『どんな人も虜いなる料理』を作るのだそうだ。
「うん?掲示板には確か『当お料理教室で作った料理を食べれば、彼も彼女もあなたにメロメロ!』と書いてなかったか……?」
洗った苺のへたを取りながら慶悟が首を傾げる。
「すみません、誇大広告なんです……」
アイコは素直に認めて頭を下げた。
そうでも言って受講生を集めなければ、この人間界では生計が成り立たないのだとか……。
「世知辛いのねぇ……」
商売敵と言うには足元にも及ばないが思わず同情してしまう美空。
「特製エッセンスを使ったからと言って、味や外見が変わる訳ではないんですよ。見た目は普通のタルトです」
違う点と言えば。
一口食べた瞬間に、胸がほわっとなるのだそうだ。
「胸がほわ、ですか?」
ひとまとめにした生地をラップに包みながらみかね。
「ええ、ほわ、です」
アイコが言うところによると、一口食べて「美味しい」「もう一口食べたい」と思う料理が初級。一口食べて「心がほわっとする」「思わずそれを作った目の前の人物を見たくなる」料理が中級。一口食べて「この人の作ったものならどんなものでも食べたい」「またこの人に作って貰いたい」と思う料理が上級なのだそうだ。
「うーん……何だか分かるような分からないような……」
苦笑しつつ、生地を休ませる間に手早く周囲を片付けるシュライン。
「出来上がりを食べてみなくちゃ分からないと言う事ね」
出来上がったカスタードクリームをバットに移し、冷蔵庫に入れながら美空。
ここまでの作業に間違いはなく、順調だ。
さて、一体何が足りなくてアイコは中級試験に合格出来ないのだろうか。


++++++++++

「あらまぁ、可愛く仕上がったわねぇ……」
テーブルに並んだ料理を見て、美空が笑みを浮かべる。
白い器に盛りつけられたシャキシャキしたパルメザンサラダ。
揃いのスープカップの薄いオレンジのポタージュ。
鮮やかなトマトソースを敷いた鰯のバジルパン粉焼き。
その横に添えられた香ばしいガーリックトーストと、色とりどりの果物とカスタードで飾られたタルト。
「美味しそうですね」
「本当、思ったより上手く出来たみたい」
割烹着を外して微笑み合うみなもとみかね。
「成る程、鰯のサクサクした感じを活かすためにソースは皿に敷くのか……」
漸く許可を得て煙草に火を付ける慶悟。
と言っても窓と換気扇に近い場所で、だが。
「ご飯にも合いそうねぇ……、パスタにするとイタリアン風だし……」
トマトソースを別のものに変えても良さそうだ……と考えつつシュラインも割烹着を外す。
「はい、ご苦労様でした。早速試食にうつりましょう。多目に作ってあるので、必要な方はお持ち帰り分を取り分けて下さいね」
言いながらアイコが持ち帰りようの容器を差し出した。
が、人体に影響はないと聞いても良く分からないエッセンスの入った料理を人に食べさせるには気が引ける。
まずは自分で食べてから……と、取り敢えず持ち帰りは後に回す。
リビングのテーブルに就いて、5人は顔を見合わせつつフォークを手に取った。
「うん、美味しい」
躊躇うことなく口に運んで慶悟は頷いた。
それを見てから他の4人もそれぞれ手を伸ばす。
「あ、本当。美味しい」
「バジルの香りって良いですね」
「このサクサク感がポイントかしらねぇ……」
「トマトソースもよく出来てること」
途端にテーブルは賑やかになり、カチャカチャと食器の触れ合う音と感想が飛び交う。
「……どうですか、食べてみて……?一応、お酒にも特製のエッセンスが入ってるんですけど……?」
アイコの言葉に一同は顔を見合わせる。
「うーん……、『美味しい』以外に感想があるかと言われるとねぇ……」
手元に視線を落としてシュライン。
「ああ、確かに旨い。食が進むとは思うが……」
「『心がほわっとする』かどうかと言われるとちょっと……」
みかねの言葉にみなもと美空が頷く。
「見た目も味も悪くない普通の料理の域かしらね?」
ガックリと肩を落とすアイコ。
「ま、まぁまぁ、タルトの方も食べてみましょ」
いそいそとタルトを切り分けるシュライン。
「美味し〜い!」
一口食べて、みなもが声を上げた。
「ホットケーキミックスで作ったとは思えないな……」
「思ったよりさっくりしてるのねぇ」
初めて作ったにしてはカスタードクリームの味も上々。
「でも……」
手を休めてみなもが一同を見回す。
そこに漂うやや気まずいムード。
「うん……」
「そうねぇ」
アイコの深い溜息。
「……私ってキューピットの才能がないのかも知れません。実は初級も5回目でやっと合格したんです」
嘆くアイコに、ふとみなもが首を傾げる。
「今思ったんですけど……、このタルトを作るとき、どんな事を考えながら作ってました?」
「え?それは勿論試験の事ですけど……」
その返答に、みかねと美空が顔を見合わせる。
「もしかして、料理を作る時は何時もそう考えているのかしら?」
「それは勿論そうです、初級より中級が良いし、中級より上級の方が天国での地位が違いますから」
フォークを置いて、慶悟は軽く鼻先を掻く。
「つかぬ事を聞くが……あんたは最初に『お料理に想いが籠もって恋も成就し易いと思う』と言わなかったか?」
「『お喋りも良いですが料理に真心と愛情を込めるのを忘れないで下さいね』とも言ったわね」
慶悟と美空の言葉に全員が頷く。
「あたし、思うんですけど……、才能じゃなくて、肝心の『想い』が足りないんじゃないでしょうか?」
「私もそう思います。試験に合格したいと思うあまりに、真心と愛情を込めるのを忘れてしまってるんじゃないですか?」
「恋愛は損得勘定ではままならないもの……、常に相手を愛おしく思う気持を忘れてはいけないわ」
3人の言葉に、アイコはゆっくりと頬に手を当てた。
「……あら、まぁ……」
「一番大事な事だからこそ、見失ってしまうのよね」
「常に初心を忘れてはいけないと言うことだな」
アイコはゆっくりと溜息をついて5人を見回した。
「私ったら、すっかり忘れてしまっていました……何時も言ってる事なのに……。皆さんの方が余程キューピットに向いているような気がします……」
感心しつつ、良かったら試験を受けてみないかと言うアイコ。
因みに、キューピットになる為にはまず天使にならなくてはならず、天使になる為には魂をあの世に返さなければならないのだそうだ。
「……いや、今の仕事に十分満足している」
丁重に断って、5人は残りの料理を次々口に運んだ。
意中の相手を靡かせる料理こそ作れなかったが、まあレパートリーが少し増えたと言う事で。


++++++++++

1ヶ月後、5人の元にそれぞれメールが届いた。
送信者は勿論アイコで、キューピット中級試験に見事合格し更には結婚したと言う内容だ。
これからは夫婦で料理教室を続けていくらしい。
是非また受講して欲しいとの事だったが……、恐らく、2度と行く事はないだろう。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0249 / 志神・みかね   / 女 / 15 / 学生
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 / 陰陽師
1531 / 天慶・美空    / 女 / 27 / 天慶家当主護衛役補佐
1252 / 海原・みなも   / 女 / 13 / 中学生

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■         ライター通信          ■
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今年から歳を逆算する事にした佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
今日(10月9日)が誕生日ですがこの年になると全然嬉しくありません。
若い頃ならケーキでも買って祝いましたが、生クリームやバニラの匂いに
胸焼けを起こす今日この頃、頂き物のラスカルチーズケーキと焼酎(え)で
もっそり祝いたいと思います。
因みに、今回のお話に出てきました料理、作った事はありません。
そして、「パルメザンサラダ」なるものが存在するかどうかも実は確認して
いないので謎だったりします。
とか言う訳で。
また何時か何かでお目に掛かれたら幸いです。