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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幻想の国から〜ハーメルンの笛吹き男

●ことのはじまり

 その日、結城は芳野風海(よしの ふうか)宅へ遊びに来ていた。二人でお喋りをして、遠出できない結城のために風海が買ってきてくれた本を受け取り。
「おやつ持ってくるからちょっと待っててね」
「おっけー」
 ぱたぱたと階段を駆けて行く音――そして数秒後。
「きゃーーーーーーーーーーっ!!!」
 バタバタバタっ!
「結城、結城ちょっと来て、来てっ!」
「へ?」
 何故かパニックに陥っている風海の声に呼ばれて、結城は首を傾げた。一体なにがあったというのだ。
「どうしたんだー?」
「あの、あれっ、あれっ!」
 一目散に結城の影に隠れた風海は台所の一角を指し示す。
「なに?」
「いたの、いたのよーっ」
「だから、なにが」
「ごきが〜〜〜っ」
「ああ」
 まあ、女の子とは大概ゴキブリが苦手なものだから仕方ない。
「でももういないけど?」
「知らないのっ!? 一匹見たら三十匹いると思えって!」
 取り乱し混乱している風海を前に、結城は大きな溜息をついた。
「で、どうしろって?」
「退治して。全部!」
「無茶言うなよ・・・・素直にゴキホイホイでも仕掛けておけって」
 ギロリと風海に睨みつけられて、結城は大きな溜息をついた。
 そういえばこんな話があったなー・・・・・・あれはネズミだったけど、なんて取りとめないことを考えつつ。一度風海の部屋に戻り、必要物品を持って戻ってくる。
 芳野宅の台所がさらなる騒ぎに巻き込まれたのは・・・言うまでも無い。


 さて、それから時間の経つこと十数分後。
「・・・あーのー」
 草間興信所に、結城がひょいと顔を出した。
 鏡の一件以来ちょくちょく遊びに来ているが、弱気な声で入ってくる時は大概なにか厄介事を抱えてきた時だ。
「ああ、結城か。どうした?」
 それを理解しているから、草間武彦も呆れ半分苦笑で答える。
「これ、どうしよう」
 結城は自分の後ろにざざっと連なるモノを指差して、情けなくも困った顔でヘラリと笑った。


●その頃の草間興信所

 今日も興信所は賑やかだった。
 武彦は、半ば客たち――本当に客と呼んでよいものか怪しいところだが――を無視しつつ、書類の整理のため机に向かっていた。
 興信所事務員・・・というか、ほとんどボランティア状態のシュライン・エマは、やはり賑やかにたむろっている客たちを半ば無視しつつファイルの整理中。
 真名神慶悟はソファーで静かに煙草をふかして、目の前の騒ぎをなんとなく見つめていた。
「なあ、武彦〜。ここにある菓子食っていいの?」
 どっかとソファーに座り込み、テーブルの上のお菓子を指差したのは鬼頭郡司。
「ああ」
「わーいっ、みあおも食べる〜」
 ちょこんとソファーに座っていたみあおも、武彦の返事を聞くなり嬉しそうにお菓子に手を伸ばした。
 さてそのお菓子を持って来た風祭真はといえば、テーブルに置かれてそのままになっている急須で、人数分のお茶を入れているところだ。
「ああ、隣の箱のは食べないように」
 真持参のお菓子のすぐ隣に置いてあった同じような形の箱を指差して、ヘルツァス・アイゼンベルクが淡々と告げた。
「ええ〜?」
「なんだよ、ケチだなあ」
「その後の健康状態について文句を言わないならいくらでも食べていいが」
「・・・・・・・・・・・・」
 彼は一体何を持って来たんだか。二人はとりあえずヘルツァス持参の箱には手を出さないことに決めた。
 コンコン。
 そんな賑やかな会話の最中、ノックとほぼ同時に扉が開いて、
「草間さん、いらっしゃいますか? 幼馴染みの将ちゃんから、ここに来れば確実に仕事が貰えると聞いたので、本当かどうかお伺いしにきたのですが」
 顔を見せたのは空木崎辰一。
「うわあ、綺麗なお姉さんだ〜」
「すいません・・・・僕、男なんです。こう見えても」
「え? そうなの。ごめんねっ」
 華奢な体格に綺麗な顔立ちからすっかり勘違いしてしまったみあおが慌てて謝罪する。
 最初の辰一の言葉に武彦が答える前にみあおと郡司が騒ぎはじめ、つられて各々の自己紹介が始まり。
「彼、仕事探しに来たんじゃないのかしら・・・」
 何時の間にか雑談に加わっている辰一の様子に、シュラインがぽつりと呟いた。
「まあ、いいんじゃないか?」
 武彦はすでにあちらの騒ぎには関知しない方針を決め込んで、書類から目を離さぬままに答えた。
 その時だった。
 コンコンとまたも扉がノックされ、ガチャリと少しだけ扉が開く。
「・・・あーのー」
 そこから顔を出したのは蒼い髪に金の瞳の少年。時折草間興信所に顔を出す、九十九神の少年だ。
 普段は元気な彼が弱気な声で入ってくる時は大概なにか厄介事を抱えてきた時だ。
「ああ、結城か。どうした?」
 それを理解しているから、草間武彦も呆れ半分苦笑で答える。
「結城もこれ食べる?」
 お菓子を差し出しつつ、みあおはにこにこと上機嫌だ。
 だが結城はチラリと自分の背後に目をやると、
「これ、どうしよう」
 自分の後ろにざざっと連なるモノを指差して、情けなくも困った顔でヘラリと笑った。


●黒いアレ。もしくは黒い悪魔。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 扉が完全に開かれた瞬間、シュラインは硬直した。
 結城の後ろに控えていたのは数十匹の黒い悪魔――ゴキブリ。
 とにかく扉から離れる方に離れる方にと後ずさりして・・・・・壁にぶつかる。
 顔面蒼白。恐怖で声も出ないが、頭のなかではぐるぐると台詞が巡っていた。
 なんでこんなのが来るの・・・。
 いっそこのまま気絶出来たらどんなに楽かしら。
 でも恐すぎてそれもできやしないけど・・・・・。
「うぅ。と、とりあえず見えない所に・・」
 だだっと台所に駆け込むと、辰一と目が合った。
 どうやら彼もゴキブリから逃げてここに入ってきたらしい。
「貴方も?」
「ええ・・・まあ」
 避難組は溜息をついてチラリと向こうの部屋の様子に意識を向けた。
 なにやら大騒ぎになっている音が良く聞こえた。
 シュラインは震える体を無理やり抑えつけて、適当な武器を探す。
「え、えーと・・・・」
 確か、ゴキブリには台所用洗剤が良いらしいと聞いた覚えがある。
 とりあえず手近にあったクイックルワイパーを手にして・・・・・・・そこで、シュラインの動きが止まった。
「エマさん?」
「どうやって渡しに行こう・・・」
 退治のために動きまわっている面子は、みな扉付近ソファーの方。少なくともここから手が届く距離ではない。
 だが手渡すために向こうの部屋に行こうとすれば当然黒い悪魔が視界に入ってくる。
 行くに行けないとはまさにこの状況を指すにぴったりの言葉ではないだろうか。
「そうですね・・・・」
 向こうの部屋の様子を覗くこともできずに硬直しているシュラインに頷いて、辰一はこっそりと向こうの部屋の様子を覗きに動いた。
 何やら中空に閉じ込められているゴキブリ、白い狼に食べられているらしいゴキブリ、その白い狼の傍に真、壁の傍で腕組して静観を決め込んでいるヘルツァス、数体の陣笠姿の式神と甚五郎はハエ叩きを持ってゴキブリを追い回している。ソファーの上ではあの騒ぎの最中、呑気な雰囲気の会話がなされている様子。
 何故か壁の一角にわさわさとゴキブリが集中しているのがとてつもなく不気味だった。
「ど、どんな感じ・・・?」
 恐る恐るといった感でシュラインが、辰一に声をかけた。
 ・・・・・あの惨状をどう言えばよいものか。少なくとも一言で言い表すには難しいかもしれない。
 しばらく考えたのち、辰一はまず結論を告げた。
「大騒ぎ、ですね」
「・・・・どんなふうに?」
 シュラインとしては、一匹たりとゴキブリを逃がして欲しくはない。
 ここは自分の職場なのだ。つまり、しょっちゅうここにいる。そんな場所にゴキブリが潜んでいるなど・・・・・・考えただけでも震えがはしる。
「そうですねえ・・・真名神さんと風祭さんがものすごく頑張ってくれてるみたいです」
「そ、そう」
 あの二人の能力はシュラインもよく知っている。それでも、どうか全部きちりと退治してくれますようにと心の中で祈り。
「あれ?」
「どうしたの?」
「えーと・・・海原さんと結城さんがこっちに向かってます」
 シュラインは、再度硬直した。
 みあおは良い。
 問題は、結城。確か彼がゴキブリを引き連れている当人のはず・・・・・・・。
「・・・二人だけ? 後ろになんかついてたりしない?」
 ビクビクと弱気の声で問いかける。
 辰一はじっと部屋の向こうの様子に目を向けた。
 どうやらヘルツァスが噴射しているスプレーから逃げてきたらしい。みあおと結城はそそくさとこちらに向かって歩いてきている。
 ゴキブリがついてきているかどうかは・・・・・・正直ここからではよくわからなかった。
 部屋中にゴキブリとその死骸が散乱している中で、動いているゴキブリが結城についていっているかどうかなんて、わかるはずもない。
「多分」
 仕方がないのでとりあえずの答えを返したそのすぐ後。
「二人とも、大丈夫ー?」
 みあおがひらひらと手を振って台所の中に入ってきた。後ろに続くは結城。
「え、ええ」
 シュラインは結城から距離を取るべく、台所の端へと逃れた。
「えーと・・・向こうはどんな感じですか?」
「もうすぐ終わるんじゃないかな」
 チラリと後ろに目を向けて答えた結城は、直後、固まった。
「・・・・・・・・・・・なに?」
 嫌な予感がして、シュラインは小さく問いかけ――途中で、止まった。
 辰一の悲鳴が響く。
 結城とみあおの足元をすりぬけ、数匹のゴキブリが台所へ侵入してきたのだ。
 辰一は慌てて、丁度手にしていた本をばしばしとゴキブリに叩きつける。
 シュラインはと言えば、ゴキブリから逃げようとして――しかしすでに壁に張り付いている状態ではそれ以上下がることも出来ずにオロオロした後、
「はい、これっ!」
 みあおに向けて、手にしていたクイックルワイパーを投げ渡した。
「りょうかーい」
 みあおはすぐさまその意図を知り、シュッとゴキブリに洗剤をかけようとするも素早さゆえになかなか当たらない。
「あああ・・・これ、今日出たばかりの新刊なのに。頼まれものなのに・・・」
 しかしかといってゴキブリを放っておくこともできない辰一はひたすらにゴキブリ叩きにせいを出すしかない。
「逃げるなー♪」
 みあおは楽しげな声をあげつつ、クイックルワイパーをゴキブリに向けて放出しては外している。
 だがまあ、こちらに来たのはたかが数匹。
 台所に置かれていた洗剤を見つけた結城も参戦して、ものの数分でゴキブリは鎮圧された。
 ゴキブリが苦手なシュラインと辰一にとってはとてつもなく長い数分であった。


●ことの終わり

 興信所がようやっと落ちついたのは、結城が入ってきてから二時間も経ってから。
 ゴキブリ退治そのものは一時間ほどで終わったのだが、その後の死骸の片付け、壁の掃除、接着剤の除去もまた時間がかかったのだ。
「お・・・お疲れさま」
 ビクビクと一行の様子を窺いつつ、結城が乾いた笑いを浮かべた。
「楽しかったねー♪」
「良い実験材料が手に入って助かりましたよ」
「あとで虫除けでも調合しようかしら。草間さんもいる?」
「是非!」
 真の言葉に即答したのは武彦ではなくシュラインだ。
「ふう・・・」
 ようやっと落ちついたのを確認して、武彦は、溜息をついて机の前に戻る。
「ああ、また買いなおしかな・・・」
 叩きつけられていささかボロボロになった本を見つめて、辰一が小さく肩を落とした。
「そんなに嫌わなくたっていいじゃん。可哀想に・・・」
 呑気に言った郡司が、ふと床に目を向けた。
「ホレ、可愛いぞ♪」
 見つけたそれを、丁度隣に居た慶悟の頭に乗せて、無邪気に笑う。
 途端。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!」
「うわああぁぁっ!!」
 シュラインはこれ以上ない素早さでソファーから離れ、
 辰一は・・・手にしていた本でゴキブリを――つまり、慶悟の頭を――思いきり叩いた。
「あ」
 分厚い本の直撃をうけて撃沈した慶悟に、周囲の声が重なった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

1415|海原みあお        |女| 13|小学生
0086|シュライン・エマ     |女| 26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389|真名神慶悟        |男| 20|陰陽師
1887|ヘルツァス・アイゼンベルグ|男|901|錬金術師・兼・医師…或いはその逆。
1838|鬼頭郡司         |男| 15|高校生
1891|風祭真          |女|987|『丼亭・花音』店長
2029|空木崎辰一        |男| 28|神職兼門屋心理相談所事務員

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。日向 葵です。
 みあおさん、シュラインさん、慶悟さん、郡司さん、真さん。いつもお世話になっております。
 辰一さん、ヘルツァスさん。初めまして。
 このたびは幻想の国から〜ハーメルンの笛吹き男編へのご参加どうもありがとうございます。
 黒い悪魔の退治、お疲れさまでした(笑)

>海原みあおさん
 今回も可愛いプレイングをありがとうございました。
 カメラを出したものの、全員集合記念撮影のチャンスがなく残念でしたが・・・。
 退治に頑張るみんなの様子はフィルムに入っていそうです(笑)

>シュライン・エマさん
 ほんっとうに、お疲れさまでした。
 私もゴキは苦手なので、気持ちはよくわかります・・・。
 ゴキブリという単語を書くたびに、ちょっと震えてしまうWRでした(汗)

>真名神慶悟さん
 すいませんっ、最後の最後で思いきり貧乏籤を引かせてしまいました(滝汗)
 その分術で活躍をと思いつつ書いていましたが・・・・。いつもながら、術は書いていてものすごく楽しかったです♪
 
>ヘルツァス・アイゼンベルクさん
 以前はヘルツァスさんのところの妖精さん&人造人間さんにお世話になりました。
 今回はいろいろと面白い薬が出てきて面白かったです。騒ぎ倍増(笑)

>鬼頭郡司さん
 郡司さんがいるといつも場面が賑やかになって楽しいです♪
 今回も予想違わずの楽しいプレイングをありがとうございました。

>風祭真さん
 真さん本人のプレイングもですが、特に疾風のプレイングがとてもとても可愛かったです。
 食うな、吐くなは読んだ瞬間爆笑してしまいました(笑)

>空木崎辰一さん
 甚五郎さんの出番があまり作れず・・・すみません(汗)
 綺麗なお姉さんによく間違われるとこのことで・・・そういうネタが大好きなので、しょっぱなから使わせていただきました。


 それでは、今回はこの辺で。
 またお会いする機会がありましたら、その時はよろしくおねがいします。