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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


視線

+夕刻

いつもいつも、見ていてくれてたね。
凄く、真摯な眼差しで。
「犬」のようだと思ったこともあったけれど……それでもね。
――本当は、気付いていたんだ。
その、視線の持つ意味に。

だから、と言う訳でもないのだが。
夕方、一ノ瀬羽叶は校門で此処から出て来るだろう人物を待っていた。
昼間じゃないのは自分なりのけじめをつけるため。
羽叶自身が何かに対して深く、考えをもっているゆえでもある。


(……昼の私では駄目、なんだよね。夜じゃないと意味がない。……果たして本当に)


『私』を必要としてくれる人が居るのだろうか?
昼のでもない、夜のでもない『本当の私』を。

(…いいや、今は深く考えちゃ駄目だ……何も行動できなくなる……)

かさり、と。
枯葉が音を立て落ちる。
風に乗るのではない、落ちてゆく葉をまるで羽叶は自分のようだと思う。
そこに、声。
待っているとは考えもしなかっただろう人物の、声がかかる。

「一ノ瀬先輩? どうしたんですか、こんなところで」
「ん? 天樹君を待ってたんだよ、一緒に夜になったら遊ぼうと思って」
「――え?」

"待ってた"と言われ、天樹火月は自分の頬をぎゅうっと抓りあげた。
……無茶苦茶痛い。
という事は、夢ではなくて現実で。
…いつもいつも、するりと手から抜け出るような人だったのにどういう心の変化があったのだろう?
なのに羽叶は気にせずに喋り続ける。
まるで――そう、気まぐれな猫のようだ。

「行く、でしょ? 家の前で待ってて? 必ず迎えに行くから」
立ち去る羽叶に向かい、火月ははっとして叫ぶ。
「――って、一ノ瀬先輩! 俺、まだ……」
何の返事もしていないのに。
良いとも悪いとも。
それでも決定項目になっている「夜、一緒に過ごすこと」に火月は逸る心を抑えられずに居た。
何故とも聞けなかったから、尚更。



+夜

漆黒ではない闇が辺りを包む。
近くで、犬の遠吠え。
…そう言えば近所で大型犬を飼っている人が居た、と思い出す。

小型にしろ、大型にしろ…犬は苦手だ。
だって、本当に無条件で擦り寄ってくる。怯えた仕草すら見せない安心しきったような瞳、懐ききった仕草――ねぇ、どうして?

――何も、私には出来やしないのにね。

ヘルメットをかぶり、羽叶はバイクへと跨ると目的の場所までかなりのスピードを出し街を駆け抜けた。
バイクの免許は18になってからすぐに取得した。
時折、どうしようもないことがあるとこうして街を駆け抜けたくなる。
大勢の中に居るからこその孤独を噛み締めたいからなのかどうなのかは、解らない。

目指す場所が近くなる。
ぼんやりと、光が見えた。家の、光。誰かがつけるからこそ存在する光。
その場所に、火月は立っていた。羽叶を待ちわびるように、所在無く。
ブレーキをかけ、止まる。

「――お待たせ、行こうか」
「…はい…って、あの…二人乗り、ですか?!」
「そ、はいヘルメット。落ちたら申し訳ないから私をしっかり掴んでてね」
「…マジですか」
「大真面目だよ、一人の少年がバイクから落ちて怪我しました――洒落にならない」
「そうじゃなくて……いや、乗ります……すいません」
火月にしてみたら羽叶の何処を掴んでいれば良いんだろう?と言いたいのだが…とりあえずは服を掴むことにして。
羽叶が着ているのがライダースーツではない普通の服でよかったとつくづく思う。
…ただ、この「服を掴む」と言うのもこの後、羽叶の運転の荒さに何時の間にか忘れてしがみついてしまって居たのだが。

バイクは唸りを上げて街と言う街を駆け抜け郊外へと向かう。
流れるように瞬いては消える街の灯りが、まるでフラッシュバックする光のようで火月は一瞬だけ瞳を閉じた。

――閉じなければ良かったんだ。

ふと、そんな風に考えてしまった自分をおかしく思いながら。



+夜の、色

どれくらいの時間が経ったのか。
羽叶がバイクを止め、降りるのを追うように火月もついていく。
「ほら」指をとある方向へ向ける羽叶の指先を見ると。
火月はその圧倒的な風景に声も無く立ち尽くした。
東京は「眠らない一つの国」だと誰かが言った事があるが、正しくその通りだ。
ネオンの渦、立ち並ぶ高層ビル群の光。
まるで空まで光ってるようで眩暈がする。

「――此処の、風景好きなんだ。自分があの街の中に居る、そう考えるだけで何故だか心が弾んだ」
「……本当にそうですね、一ノ瀬先輩が好きになるの解るような気がします」
「今日、どうしても見せたかったんだ。お礼も兼ねてね」
「……何のお礼ですか?」
火月は問う。
どうしても、今日の羽叶の考えが読めない。いいや、いつも読めていたわけではないけれど。
だけど、いつもならば少しだけでも見えてくるものがあったはずだった。
時にからかわれようとも伝わってくるものが。
戸惑う火月に羽叶は労わるような笑みを向ける。
昼には決して見ることの出来ないだろう、表情。
「……いつも、傍に居てくれてありがとうと言うお礼だよ」
ああ、と火月は安堵の溜息をつく。
そういう意味だったのか、という安心感が身体中に満ちてくる。
ならばお礼を言うのは自分だ。羽叶ではない、自分こそが言うべきなのに。
「……俺が望んでしている事だから。だから、ありがとうは俺の方から言う言葉。一ノ瀬先輩、側に居させてくれて有難う」
「ふふ」
「……何ですか、その笑いは」
「ううん、火月君らしいなあと思ってね」
本当に、らしい言葉だと思うよ。
何故、と私はやっぱり考えてしまうけれど…お礼を言われるくらい良い事をしたことあったかな。
昼の私は眠り続ける。今あるのは「夜」の私。
空を見る。ネオンの照り返しで光る東京の空。
私にとっての夜の色。それは、この東京の空そのままの色。
照り返しで本来の色が見えなくなる、闇。それこそが。
「…先輩?」
笑ったまま何か考えているような羽叶を気遣うような火月の声。
「…ああ、ごめんごめん。――星がね、見えたもんだから」
「え?」
「ほら、見て。東京じゃ、あんまり見れなくなっているけど……それでも、まだ瞳凝らすと」
見える、でしょう?
羽叶が口の中で消してしまった言葉は誰へ向けた言葉だったのか。
星を見つけるべく火月も瞳を凝らす。
穏やかな時間が、ただ流れた。
季節外れの虫の声が何処かから、聞こえてくる。
…東京でも郊外に出ると虫が鳴くのだと言うことを火月は改めて気付いた。
隣に居る羽叶と見る東京の街と空。
思いがけない状況で、なのに、幸福でどこか不安。
――何時の間にか、火月は星を見ながらうとうとと緩やかな眠りへ落ちた。


+無音声

頬を撫でるように風が吹いた。
東京では風さえも感情を持ったように生温かい。
ちらりと横を見ると気持ちよさそうに火月は眠っていて。

「火月君? ふふ……寝ちゃったか……」

いつも見ていてくれてたね。
その閉じた瞼の向こうにある青い瞳で。

眠る火月の髪を撫で、羽叶はその頬へと口付けた。
感謝の気持ちでこういう事をするのは初めてだ。
傷つくのが嫌だからと傍に居てくれた。
けれど、いつもその存在が私には眩しい光で。

――気付かなかったでしょう?

いつもぎりぎりのところで立っていなければ私は「生きてる」と認識できないって。

命をギリギリまで削り上げて、昼の日々を過ごさなければ。
どうしようもない衝動が立ち上がる。
だから、本当はね。
護って欲しいと言うのは無いんだ。生と死は同義。けれど氷翠が望むから、生かされて。

いつもいつも。
あまりに真摯な眼差しで私を見るから、言えなかったけど。

口付けはやがて頬から唇へと降りる。
軽く触れるように掠めると羽叶は自分の瞳が濡れているような気がして瞳を擦った。

(……ごめん、火月君)

いま、こうして動こうと決めたこと。
羽叶は自分で決めたことを覆すことは出来ない。
歯車は軋みをあげて回り続けるだけだ。
カラカラ、カラカラと。
羽叶の中で空しい音を立て続けながら。

眠っている火月を起さぬ様に抱きしめる。
大事な人、大事なこと、私にはそうした護るべきものなんて―――解らない、のに。
ねえ、どうして?

……けれど、きっと知っていた。
君が私を見る、その視線の持つ柔らかな意味。

私を壊す、あたたかな感情であることに。
怖くて、いつも逃げてしまいたい感情だと言うことに私は――知っていて、見ない振りをしたんだ。

『ごめんね』

再び呟く。
もう羽叶の瞳に涙が宿ることは、二度と無かった。




―End―