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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


扶助考案

(しまったか)
 黒髪が揺れるほど肩で息をし、黒の目でじろりと対象を睨みながら、浅井・智哉(あさい ともや)はちっと舌を打った。目の前で智哉を見て薄く笑っているのは、昔人柱として捧げられた少女の霊。
(あの時、見てしまわなければ)
 智哉は思い起こす。大学の帰り道で見てしまった、神になりかけた気配。神に捧げられた少女は、その神になろうとしていたのだ。
(もう少し待っていたら、ちゃんと神としていたか?……否)
 なりかけているからと言って、本当に神としてなるとは限らない。本当に神になるといっても、何年かかるかも分からない。現に、何百年も前に捧げられたこの少女が神格を現し始めたのは、智哉が彼女の神格を見つけたのがつい最近であった事を考えると、容易に想像がつく。
(尤も、移動していたら知らないが)
 勿論、少女が捧げられた川のほとりに祀ってあった祠で少女を見つけたのだ。移動は考えにくい。
 智哉は自らと契約しないかと持ちかけた。媒体である血を用いた、契約を。だが、少女から返って来たのは薄笑いと拒絶だった。
「……本当に、嫌ね。あんた達、どうしてこの川が暴れないか不思議にも思わないんだから」
「それはきちんと舗装されているからだ。昔とは違う。あなたの保護が無くても、この川はもう暴れない」
「嘘よ!まだ、川は暴れる事を忘れてないもの」
 少女はそう言って忌々しそうに川を見た。穏やかに流れる、綺麗に舗装された川。実際、彼女の保護は無くてももう大丈夫になっていた。だからこそ智哉は契約を交わそうと考えたのだ。保護者がいなくても大丈夫だと考えて。
「ほら、川が言ってるわ。まだまだ暴れるって」
 少女はにやりと笑い、手を大きく振りかざした。途端、水が粒となって少女を纏った。
「ほら、暴れたりないって!」
 少女が叫ぶと、水の粒は智哉に向かって降り注ぐ。一瞬の出来事に、智哉は何かを降ろす暇さえ与えられない。ただ腕を前に交差し、少しでも水の粒から身を守るだけだ。
「ほらほらどうしたの?あはははは!」
 少女が笑う。智哉は自らが傷つく事を覚悟し、交差した腕を解こうとした……その時だった。水の粒たちは、炎が一閃した事によって蒸発してしまった。蒸気が風に靡く。
「……何よ、あんた」
 少女が不愉快そうに呟く。智哉の目の前には、赤い癖っ毛の少年が立っていた。手には炎を纏った刀が握られている。
「大丈夫か?兄貴」
 くるりと振り返り、黒の目でじっと心配そうに智哉を見た。浅井・直哉(あさい なおや)、智哉の弟だ。
「直哉、どうしてここが……」
「何となく、兄貴が大変そうな気がして」
「何となく?」
 智哉の疑問に、こっくりと直哉は頷く。智哉は直哉に分からぬように苦笑する。
「何よ、あんた」
「浅井・直哉」
「名前を聞いているんじゃないわ」
 少女が苛々と呟く。
「何って聞いてきたじゃん」
 直哉が不思議そうに言うと、少女はかっとして手を振りかざす。
「そういう意味じゃないわよ!」
 再び、水の粒が少女に纏わりつく。今度は粒というよりも、礫と言った方が近い。直哉はちっと小さく舌打ちし、刀に意識を集中して一閃する。じゅっという音と共に、いくつかの礫が蒸発する。直哉はある程度蒸発させられた事を確認し、少女に向かって走る。
「近付かないで!」
 少女はそう叫び、今度は大きな水の塊を練成して向かってきた直哉を押し返す。直哉の体は水の固まりに押し返され、後方に飛ばされた。少女はそれを見計らって再び礫を纏い、直哉に向かって放った。ガードする術もなく、また体勢が悪いまま直哉は礫を全身に受けた。水とは言え、硬く作られた礫。普通の石と同じく……否、少女の念によって作られているせいか、寧ろ硬く感じる。
「あはははは!いい気味!」
「お前……」
 直哉は重い体を引きずり、立ち上がろうとする。少女は、直哉を見下したように嘲笑する。
「いやだ、まだ立ち上がるの?面倒くさいわね」
「だって、ここに立っているのが俺じゃなくて兄貴だったとしても同じ事をするんだろ?」
「当たり前じゃない」
「だから」
 にっと笑う直哉に、少女は一瞬きょとんとしてから目つきを鋭くして直哉を睨んだ。その目から溢れているのは、憎悪。
「何よ、それ」
 ふわり、と少女の髪が揺れる。
「何なのよ、それ」
 さあ、と川の水が少女の周りを囲う。
「あんたの兄なんて、あんたの後ろで安穏としてるじゃない!」
「してないよ。……兄貴は今、大事な事をしているんだ」
「何よ何よ!見てから言いなさいよ!」
「見て無くても、分かる」
「嘘よ!……ほら、ただ目を閉じて立っているだけじゃない!」
 少女はそう叫んで直哉の後ろにいる智哉に向かって水の礫を放つ。が、それらは直哉の刀によって蒸発されていく。蒸発できなかったいくつかは、直哉自身の体で止めながら。
「……邪魔はさせない」
「何がなのよ!……馬鹿じゃないの?あんた、馬鹿じゃないの?」
 少女が叫ぶ。直哉はただ笑うだけだ。自身を含んだ笑みで。
「馬鹿だっていうのなら、逆に返してやるぜ。お前の方が馬鹿だって」
 直哉の言葉に、少女はかっとなる。そして再び水の礫を智哉に向かって放つ。が、やはりそれらは智哉に到達する前に直哉の手によって阻まれる。
「だから言っただろう?邪魔はさせないと」
「何よ何よ!あんたなんて……」
 少女の言葉は、そこで止まった。突如直哉の体ががくんと崩れたからだ。少女はそれで冷静さを取り戻し、静かに微笑む。直哉を見下しながら。
「やっぱり、馬鹿はあんたじゃないの」
「そうでもない」
 突如聞こえた声に、少女ははっとして目線を直哉から外した。そこには、智哉が立っていた。ただ、立っているだけだ。先程まで閉じられていた目は開いている。ただ、変わっているのはそれだけなのに。
「どうした?」
 智哉が静かに問い掛ける。少女は全身が悲鳴をあげるのを感じた。本能が働き、必死に少女に叫ぶ。これはまずい、対峙してはならないと。
「何、あんた……?」
 少女は後ろに下がりながら、智哉を睨んだ。智哉はただ静かに少女を見つめているだけだ。静かな気配。そう、言うなれば格が違うのだ。
「やはり、神格の兆しはあるようだな。この気配が分かるとは」
「分かる、ですって?何よ、あんた!人間でしょう?人間の癖に」
 少女が動揺して叫ぶ。智哉はただ静かに少女と向き合っているだけだ。
「今、水神を降ろした。尤も、あなたのように……」
 智哉はそう言いながら水の粒をいくつか発生させ、小さく笑う。
「自在に水を攻撃目的には扱えないが」
「……おかしいんじゃないの?」
「何故?」
「だって、人間でしょう?そこに転がっている奴が人間なんだから、兄であるあんたも人間なんでしょう?」
 転がっている、という言葉に直哉を見た。全身に打身を作られた、動かない直哉。
「……直哉」
 小さく問い掛けるが、直哉は答えない。智哉は全身が熱くなる。
「所詮は人間よ!汚くて腹立たしい、人間っていう生き物よ!」
「……お前も、その汚くて腹立たしい人間だった」
 静かに言う智哉の声には、怒りが含まれている。だが、興奮する少女は気付かない。
「過去はそうよ!でもね、私は人間でいる事をやめさせられたのよ!」
「過去は過去として、明らかに存在する」
「私は人間じゃないわ!人間には出来ぬ真似が出来るから!」
 少女はそう言って水の礫を智哉に向かって放つ。が、それは智哉が手をすっとあげるだけで消滅してしまった。
「言っただろう?……水神を降ろしたと」
「何よ……それ」
「直哉が、邪魔を阻んでくれたお陰で降ろせた」
「何よそれ……何よそれ!」
 川が少女の意思に従うかのように水かさを増した。
「馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい!」
 少女は叫んで、智哉に向かって大きな水の塊を放った。智哉はそっと直哉の前に立ち、意識を集中させる。水神の意識とリンクし、力を解放させるために。
「……馬鹿はどっちだ」
 智哉はそう呟き、手に力を集中させる。一瞬のうちに水を分散させる、力を。そして水の塊が智哉の目の前に来た時に思い切り打ち込んだ。少しの力不足も許さぬ。智哉の後ろには、直哉がいるのだから。
(多少、無理をしすぎか?)
 一応神格を現し始めたばかりとはいえ、相手は川の守り神。それ以上の力で畳み込むのは、明らかに無茶であった。が、それもやってのけねばならぬ。後ろには、直哉がいるのだから。
「うおおおお!」」
 智哉が、智哉の中の水神が叫ぶ。圧倒的な力でなくては意味が無い。守るべき者を守り、手に入れたいものを手に入れるには、圧倒的な力が必要なのだ。
 パシュン、という音があたりに響き、水は跡形もなく消えてしまった。少女はその場で崩れ落ち、また智哉も肩で息をしながら少女を見下ろす。
「……まだ、やる気か?」
 実際、まだやる気があっては困った。智哉は力をほぼ使い果たしてしまい、水神を辛うじてこの身に留めていることで精一杯だったのだから。が、その言葉は少女には覿面の効果を発揮した。少女は青い顔をし、首を横に振った。
「やらないわ……敵わないもの」
「そうか」
 智哉はその身から水神を解放し、少しずつ少女に近付く。少女はただただ震えて、智哉を見つめている。
「……私にも、兄がいたのよ。優しい兄が」
 震える声で、少女は口を開く。
「私にもいたの。でも、兄はそれ以上に村を思っていて……私を諭して」
 がたがたと震え、思考もままならない。
「私は嫌だと言ったわ。でも、兄は……」
 智哉はそっと少女に向かって手を差し伸べた。
「俺はあなたの兄にはなれないが……話し相手くらいにはなれる」
「話……相手?」
「契約をしないか?俺の血をもって、その攻撃性の高い水を操る力を貸してくれ」
 少女はそっと智哉の手を取った。途端、少女は小さく笑った。
「弟が羨ましいわ。……本当に、羨ましい……」
 智哉はちらりと直哉を見た。体力を回復しようと、眠っている直哉を。少女はもう一度笑い、姿を消した。契約の終了だ。智哉は小さく溜息をつき、直哉の傍にしゃがみ込む。倒れこんでいる直哉の頭をそっと撫でる。
「直哉のせいで、無駄に力を使ってしまったな」
(助けに来たのか、助けられに来たのか)
 智哉がそう考えて小さく苦笑すると、そっと直哉の目が開いた。
「……兄貴?」
「やっと起きたか」
 直哉はがばっと起きあがり、立ち上がった。きょろきょろと辺りを見回し、警戒をしながら。
「あ、兄貴!あの子は?大丈夫なのかよ?」
「……直哉……」
 智哉はその様子に思わず笑う。全てはすでの終わっているのに、まだ直哉は辺りを警戒している。智哉の為に。
「兄貴は大丈夫なのか?なあ、怪我とか無いのかよ?」
「お前はどうなんだ?」
「俺は大丈夫……大丈夫!」
 全身の痛みに小さく顔を歪め、直哉は無理に笑って見せた。智哉は苦笑し、立ち上がって直哉の肩をぽんと叩く。
「帰ろう。……もう、大丈夫だから」
(本当に羨ましいのは直哉か?……それとも)
 自分ではないのか。だが、智哉は口にはしなかった。直哉があまりにも惚けた顔で「え?そうなの?」と智哉を見つめてきたから。
(世話の焼ける奴だ)
 智哉は立ち竦む直哉を追い越し、家へと向かって歩き始めた。後ろから「待てよ」と情けない声で追いかけてくる直哉の声に、小さく笑みをこぼしながら。

<互いを助ける思いは消えぬまま・了>