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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Noise

いつもいつも、知っている。
だからこそ、少し「特別」
大事な人へ思う気持ちだけじゃない、何時の日も君は、そこに居る。


ある休日の昼下がり。
中間考査も終わり、体育祭の準備や何やらもあるけれど純粋に本日はあるゲームをクリアするぞ!と
鬼柳要は集中して画面を見つつ、コントローラーを動かしていた。
そこへ、忍び込むようにかかる、人影。
ぶちっ!
――謎の音が人影が忍び込むのと同時に響く。

「要、遊びに来たぞ? 今日はお姉さん居るんだろうな?」
くるくると金の瞳を輝かせ、矢塚朱姫は「要」と呼んだ人物をじっと見た。
対する呼ばれた人物はかなり不機嫌顔。
何故かと言えば。
「――姉ちゃんなら一人、居るけどな? だがな朱姫……」
ふるふるとコントローラーを持ちながら要はぐっとこらえた。
相手は強いが女の子、そう女の子だ!
が、この怒りは何処に向けざるべきか……そう、集中してやっていた今まさしく佳境だった…しかもセーブしていないゲームをいきなり終了されたこの怒りをっ。
――そうして攻撃で怒りがあらわせない分、それは大声となって朱姫へ襲い掛かる。
「人が集中してやってたゲームをいきなり終わらせる阿呆がいるか――っ!!」
「――何度も声をかけたのに気付かない要が悪い」
はっきりきっぱり。
朱姫も負けじと言い切った。こういう点では幼馴染みだし勝手も知っている。
それに。
(こういう風にいうと何故か要は怒らないんだよな♪)
心の中で、くすりと微笑う。

私だけが知っている癖がある。
何時の日も、近くにいてけれども遠くて。
その距離が心地良い、私の――「幼馴染み」
いつも、いつも気付かないうちに行動を赦してくれる、たった一人の。

「……仕方ねえなあ」
大きく頭を掻き溜息をつく要に、にこりと微笑む朱姫。
やっぱりと言う、確信と共に何故だか嬉しくなる。
「で? お姉さんは何処だ?」
「さあ? 探していなかったのなら買い物じゃねえかなあ……まあ、暫くぼんやりしてれば戻ってくるだろ」
「じゃあ、戻ってくるまで居て良いな?」
「ああ、勿論。っていうか……」
「………何だ?」
「朱姫が良いかなんて聞くのは珍しいなって思ってな」
「――そうだった、かな?」
瞳を伏せ考え込むような仕草の朱姫。
その表情を要はどこかで見たような気がした。

あれは……確か。
多分小学校に通っている時のことだ。

――二人の出会いは、かなり小さい頃まで遡る事が出来る。
何かにつけ、何処か「浮いていた」子供だった二人が仲良くなるのに時間はかからなかったし、何よりもいつも近くに居たから。
肉親と過ごすことを除けば何よりも近い、と言える二人。それが要と朱姫だった。

誰も滅多には来ない学校の裏庭。
自分の背よりも高い樹木の下でうずくまるように泣いていた少女。

『どうしたんだよ、こんなところで』
『――何でもない』
『何でもないのに泣くか、普通』
『本当に何でもないんだ。……要だけだよな、此処に居るの』
『ああ、後は朱姫だけだな』
『……うん。要、良いか。誰にも言うなよ。言ったら絶交するからな、もう遊んでなんてやらないぞ』
『解ってる、言わない』

誰にも言わない。言うつもりもない。
幼いながらも要は朱姫の家の事や様々なことを肌で感じ取っていた。
複雑な事情もある事も。
何よりも孤独なのは朱姫なのだから。
はたはたと溢れ出る、涙。
拭う事もハンカチを差し出すことも出来ないまま金の瞳から形の良い涙が流れるのを見て『絶交』とか『遊んでやらない』と言う我が儘を言う朱姫の暫くの居場所になれればいい。
そう、自然に思えた。
手を差し伸べられることを拒絶しているのに、本当は誰かの手を必要としているのが、解っていたから。

――ああ、あの時の表情に良く似ているのか。

いつも見ているから、気付く。
けれど「何かあったか?」と聞ける筈も無い事も知っている。
聞いてしまっても何も出来はしないのだと知っているから。

だから、
「ああ、珍しすぎて明日には世界中が海になっちまうんじゃないかと考えてさ」
奇妙な喩えだと自分でも思うがそう言って。
朱姫の綺麗な柳眉が僅かに顰められる。
「…それはどういう意味の喩えなんだ。私だってちゃんと考えてるんだぞ?」
「や、なんつーか…しおらしい朱姫は奇妙だっつーのかな? いつもの天上天下唯我独尊の方がらしいというか」
だから、しおらしいと海になって沈んじまうんじゃないか?までは要は言うことが出来なかった。
軽いパンチが要の顔面に綺麗に決まったからだ。
軽かったから、痛みは僅か。
だが、さすがに瞬時には声が出ないから、じろりとにらみ付ける。
「〜〜〜朱姫」
「…この方がらしいのだろう? 全く、要は本当に奇妙な意味で失礼な奴だ」
「そう言ったからって殴るか、フツー……」
「ほら、私って天上天下唯我独尊だから。むか、と来たら殴るんだ──要でも」
「……なるほど」
要がしみじみと頷いた瞬間、
「ただいま〜あら、朱姫ちゃん? もう来てたの?」
最初に朱姫が探していた件の人物である、要の姉が帰ってきた。
「うん。家に居てもつまらないし。それに早く料理教わりたかったから」
「そっか、じゃあ材料もあるし早速やろうか……要、出来たらちゃんと残さずに食べるのよ?」
「了解…つーか、俺が朱姫の料理を残したことがあると?」
姉と朱姫の間で数秒、視線が絡み合う。
うーん……と互いに唸りあいながら出た言葉は、
「……ないわね」
「うん、確かにないな。要はいつも綺麗に、平らげてくれるから嬉しいぞ?」
と言うもので、要と要の姉は微妙に苦笑いをせざるを得なかったけれど。
…何と言えばいいのか。
朱姫は料理が物凄く独創的で…いいや、それが悪いと言うわけではない。第一、料理と言うものは手際やら色々と慣れなのだから覚えようとし、色々姉に教わりに来ている朱姫ならば上達は早い筈である、と。
――誰もが思うだろう、料理上手になると。
しかし!
此処であるのが大いなる落とし穴っ。
何故か、何故なのか上達しないのである…しかも朱姫は奇妙な食材を見つけてくるのが上手と言う恐るべき特技がある。
確かこの間は「偽物だと思うけど」とマンドラゴラを見つけてきた――それは食材じゃない!と姉と自分がかなりの回数諭して漸く捨ててくれたりもした……勿体無いと言いながら。
ぼんやり視線を動かすとにこにこと微笑う朱姫の顔。
「さて、それじゃあ出来たら呼ぶからな?」
「おう、それまでに腹、すかしておくし」
言いながら姉と一緒に台所へ向かう朱姫を見送る、果たして今日の料理はなんだろうか。
黒く煮込まれた味噌汁か、それとも茶飯と疑うほどの焦げたご飯か…いいや焦げてるだけなら良い、ケチャップや何かで味付けされていなければ!
…おかずもどういうものが出ることか…炭焼きの秋刀魚…って、これはさっきご飯のときに考えていた筈だ。
とにもかくにも色々と凄いものが出るのは想像に難しくないのだろう。

(あれ……そういや……?)

不意に浮かんだ疑問。
そう言えばどうして朱姫は料理をするようになったんだろうか?

……確か調理実習のときもあまり手伝わせてもらえないんだって苦笑してて、こふき芋さえ満足に作れなくて。
何処かから『美味しい』と呟く朱姫の声が聞こえる。

夕暮れ時の室内。
……自分が作った何かを食べている朱姫。
瞳は泣いた所為なのかほんのりと赤い。

『…美味しい、こういうのを作れる要は凄い』
『なら、朱姫も作ってみるといい。多分、喜んでもらえると思うぞ? ……にも』
居ないはずの人物の名前を呟く。
その人物がどのような表情をするかはさて置いても、喜ぶことは確かだと思えた。
くるくると金の瞳が嬉しさで輝き、問い返す。
『――本当?』
『勿論』

何度も聞くから何度も頷いて。
決して、要は朱姫一人のナイトと言うわけでもないけれど出来うる限り、幸福であることを考えてほしいと常にその思考が頭の片隅にある。
…喩え、それが今のこの料理の試食係という負い目を背負わされたとしても。

時に憎まれ口、時に高飛車。時折、怒鳴りたくなることもあるけれど。
それでも、誰とも違う場所に居るたった一つの大事な。

"要"と呼ぶ声が聞こえる。
――そろそろ、料理が出来上がった頃だろうか。

「おう、行くよ。――今日の試作料理はなんだ?」

朱姫の嬉しそうな声が要へと伝える。
最初に胃腸薬、飲んでおくべきだったかなと微笑う要の声と共に。



―End―