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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


襲い来る夢

『工事現場の宿舎で、土木作業員変死』

 そんな見出しの、新聞記事の切り抜きが、三下の目の前に舞い降りてきた。もちろん、それをもたらしたのは、碇麗香だ。
「武蔵野市のほうで、新しい地下ショッピングモールをつくろうっていうので、何カ月か前から地面を掘ってたらしいのね」
「その作業員が……殺された、っていうことですか?」
「よくあるプレハブの宿直小屋でね、ひとりで泊まってたらしいの。戸口には鍵がかかっていたらしいから、殺人だとすれば密室よね」
「ミステリーですかあ」
「ところが、むしろ、話はホラーの方向なの」
 麗香は微笑した。彼女がこういう興味の示し方をするのは、かなり不可思議で、不気味で、そして危険な出来事であることを、三下は知っている。
「新聞ではぼかしてあるけどね、死んだ作業員は全身の骨が砕けていて即死状態。なにか重いものに潰されたような感じだったそうよ。でもね、彼は鍵のかかったプレハブ小屋の中で眠ってたのよ? 人間をぺしゃんこにできるようなものが、そんな小屋の中に入ってこれるかしら」
「うーん……」
 三下は頭を抱えた。姿なき殺人者――それも、人間をぺしゃんこにして即死させる……?
 麗香の話にはまだ続きがあった。
 すぐさま工事は中断し、警察が乗り出したが、捜査は捗々しくない。といって、工事を主宰している企業と、自治体としてはいつまでも計画を遅らせるわけにはゆかない。
 そして、工事が再開されたわけだが――。
「また起きたってことですか」
「そ。こんどは二人組で泊まってたらしんだけど、一人がまったく同じ状況で死に、もうひとりはその隣で、茫然自失で発見。今も病院にいるらしいわ。無理もないわよね、目が覚めたら隣の同僚が潰れてたんですもの」
「ひええ」
「ろくに証言もできない状態らしいけど、『自分は目が覚めたから逃げられた』『アイツは夢の中で追い付かれた』って繰り返しているそうよ」
「夢の中で……?」
「ここからが重要なのだけど」
 麗香は声をひそめて言った。
「その工事現場の周辺に住んでいる人たちから、投書が来ているの。それも複数、お互いは無関係と思われる人たちからよ」
「な、何て――」
「ヘンな夢を見るんですって。何か大きなものが暴れている夢。おそろしい吠える声を聞いたって人もいる。あと、これは関係あるかどうかわからないけれど、見たこともない植物の生えた密林の夢を見たっていう話しもあるわね……」
 三下は沈黙した。
 麗香が何がいいたいか、わかるような気もするが、わかりたくない気もする。だが、容赦なく、彼女は告げた。
「そう。つまり犯人である『何か』は夢の中にいる。夢の世界から、襲いかかってくるのよ」

■夢が殺した

 新宿で中央線に乗り換え、オレンジの車両に揺られること数十分。郊外の街に、藤井百合枝は降り立った。編集部から送ってもらったメールの住所は、すぐに探し当てることができた。工事現場は、思ったより広く、その周囲をぐるりと目隠しされている。
 工事は二度目の事件が起きた時点でまたも中断しているらしく、人の気配はない。百合枝は敷地にそっと足を踏み入れる。中は、いくつもの土砂の山と、地面に開いた穴、それらのあいだにブルドーザーやらショベルカーやら工事車両が放置されているだけの土地だった。
「あれね」
 片隅に、プレハブの建物が見えた。
 近付いていくと、はたして先客がいたようだ。ひとりの若い女性が、小屋のまわりを歩いたり、地面にしゃがみこんだり、あきらかに何かを調べている。
「……もしかして、アトラスの?」
 呼び掛けに応え、彼女は、微笑みと会釈を返してきた。黒髪の、大人しい雰囲気の女性だった。ただ一点、目につくのは……か細い首に、『首輪』としか呼べないものが嵌っているということである。最近はこんな妙なアクセサリーが流行ってるのかい?――と百合枝は内心で首を傾げた。仕事に忙殺されているとつい世事には疎くなる。今度、妹にでも聞いてみなくては。
「雨柳凪砂です」
「藤井百合枝。……なにかわかった?」
「そうですね……まず、現実的な方向から考えてみました」
 凪砂は言った。
「密室といっても、これはプレハブ建てでしょう? クレーンで小屋ごともちあげて落とせば、中の人間を墜落死させることもできます」
「なるほど。でも……」
「ええ。見たところ、そうした形跡もないようですし。地面が乱れていませんものね。……やはりなんらかの超常現象かと」
 そっと、百合枝は窓から小屋の中をのぞきこもうとし……そして、思わず身をすくませて、目をそらした。すさまじい恐怖の痕跡を、見たからである。
「直感なんだけど」
 暗い顔で、百合は言った。
「何かヤバイ物を掘り当てたんじゃないかしら」
「私もそう思います」
「……人を潰せそうなものっていったら……ゾウ、とか?」
 くす、と、凪砂は微笑った。
「一案ですね。……でも、もっと大きな生き物だっていますよ」
「そうかしら? ゾウより大きい動物なんて――」
 百合枝の言葉は、近付いてきた足音に遮られる。
 ふりむくと、立っていたのは大柄な壮年の男だった。
「…………」
 体格だけでも、相当、威圧感がある。
「失敬するが、こんなところで何を?」
 低い声が問うた。
 暗い色調のスーツを着くずし、どことなく「かたぎではない」と思わせる風貌だったが、物腰は紳士的だ。
「……工事会社の方ですか?」
 と凪砂。
「いや、そういうわけではないのだが。――良くない話を聞いたものでね。……この土地の地縁を介して、なにやら凶事が起こっているとか」
「地縁というと、やっぱり、この場所そのものに何か原因が?」
「さて。それはこれから調べるのだよ。……あまり女性向きの仕事ではないと思うが」
「そういう発言、気をつけたほうがいいわよ」
 勝ち気な、緑の瞳がきらめく。凪砂も微笑で同意をあらわす。
「これはいかん。なにぶん、年寄りなものでね。……巌嶺顕龍と言う。しがない、バーを経営しておるものだ」
 男は言った。もっとも、斯様な事件に引き寄せられるようにしてあらわれた男が「ただのバー経営者」などではないことなど、百合枝も凪砂も、よくわかっていた。

「三下さん。ちょっとお願いがあるのよ」
 一向に片付かない仕事から顔を上げると、思いのほか近くにウィン・ルクセンブルクの青いな瞳があった。三下はどきまぎしながら答える。
「な、なんでしょう……あー、でも、僕、ちょっと立てこんでいて……」
「あら。武蔵野の事件、いっしょに手伝ってくれるんじゃなかったの」
「ええと……」
「まず、問題の工事現場のね――」
 矢継ぎ早に出される要件をメモしていく三下。ふたりのうしろを麗香が通りがかった。いいように使われている三下の様子を見てもくすっと笑っただけで、決して助け舟など出そうとはしなかった。
「じゃあお願いね。さて、と。それじゃ私は……」
 ウィンは、そこで、編集部のフロアの片隅に見なれぬ二人連れの姿を目にした。遠目にも、自分と同じ白人の、男二人だとわかる。麗香に目で問う。
「なんでも怪奇事件専門の特別捜査官なんですって。アメリカから来た。武蔵野の事件のこと、聞きにきたのよ」
「警察関係者ということね? ちょうどよかった。……じゃあ、三下さん、またあとで」
 それだけいうと、大股に歩み去る。
「ハイ」
 呼び掛けると、ふたりの青年はぱっと顔を上げた。
「こんにちは。私はウィン・ルクセンブルク。私も事件について調べているのだけど」
「こいつは驚いた」
 ライダースのジャケットを着た男が、立ち上がり、おおげさに手を広げながら言った。
「さっきの編集長の女性もだが……アトラス編集部はこんなゴージャスな美人ばかりだなんて!」
 青年のブルーアイズの輝きにウソはないようだった。心底、感嘆しているらしいのだ。
「ええと……私は編集部員じゃなくて……なんていうか、ちょっとお手伝いをしているの
よ」
「そうなのかい。ともかく会えて嬉しいよ、ウィン。おれはウォルター・ランドルフ、みんなにはキッドって呼ばれている。こっちは相棒のニコフ」
「……ユーリ・ニコルコフです」
「あら、ロシア系ね?」
 かるく言ってみただけだが、ウィンに真正面から見つめられると、とたんに、ユーリと名乗ったほうの青年は顔を赤くしてうつむいてしまった。ウォルターのほうは、ウェイターのように椅子を引くと、
「まあ、坐って」
 と、うやうやしく(いや、なれなれしく?)接してくる。
「これって……」
 ふたりがテーブルの上に広げていたのは、いくつもの封筒や、メールの打ち出しのようだった。これが問題の投書だろう。そのうちの一通を手に取ってみる。
『最近、おかしな夢を続けてみます。遠くから、ズシン、ズシン、と重い足音が聞こえてくるんです――』

■悪夢の彼方へ

 顕龍は懐から金属の筒を取り出した。
「何が入っているんです?」
 好奇心に目を輝かせる凪砂に、
「あまり気持ちの良いものではないかもしれん」
 と、苦笑まじりに答え、彼は蓋を開け放った。
「っ!」
 凪砂と百合枝は、筒の中から長い、ぬらぬらとした紐のようなものが、うごめき、からまりあって出てくるのを見て顔をひきつらせた。
「巫蟲の地虫だ。地中のものを探らせる」
 見る見るうちに、ミミズのようなゲジゲジのような回虫のような、得体のしれない虫たちは土を穿って地面の下へと消えていく。
「さて。次はこの土地の四方に呪い針を打ちこむ。この地のものに干渉できるはずだ」
「というと?」
「敵がこの土地に属するものであるなら……それを地に縛りつけることができるかもしれん、ということだよ」
「……何だか、あいまい」
「正体が今ひとつさだかではないのでね」
「それを確かめましょう」
 凪砂が言った。
「現場監督の方にアポイントを取ってあります。もういらっしゃる頃かと」
「さすが」
「事件を解決できれば、原稿を買ってもらえるかもしれませんしね」
 照れたような笑顔。
 タイミングよく、一人の男が、彼女たちの視界に入ってきていた。

「ランドルフさん、ですね。どうぞこちらへ」
 白衣のナースに案内されて、ウォルターとウィンは、病院の廊下を歩いている。
「でも、会話はできないと思いますよ?」
「構いません」
「……ではどうぞ。……山田さん、ご面会ですよ」
 習慣的に声はかけたものの、ベッドの上の男に反応はなかった。日に灼けた中年男は、ベッドの上に膝をかかえて坐ったまま、うつろな目をしているばかりだった。ブツブツとなにか呟いているようだったが、聴き取れない。あきらかに、正気ではなかった。
 看護婦が部屋の戸を閉めて出ていったので、病室には3人だけになる。
「たしかに、お喋りは楽しめそうにないわね」
 とウィン。心を読むことも、彼女には出来ないわけではなかったが、正気を失った人間の精神に接触するのは危険な行為だった。
「本人は無理でも、物たちが教えてくれるさ」
 ウォルターは、壁に、ハンガーでかけられている、男の上着らしきものに目をやると、それに歩み寄り、そっと手をふれた。
(――!)
 フラッシュする、いくつかの場面。ウォルターの目が信じられないものを見たように、見開かれた。ウィンには、やはり同様の能力を有するがゆえに、彼の行為の意味するところがわかる。男の衣服に残された彼の記憶を見ているのだ。
「どこだ……密林……『夢』の中か? 走っている……。この声は――死んだ同僚か。悲鳴。……ふりかえった…………何……!?」
 はじかれたように服から手をはなし、反動でもくらったようによろめくウォルター。ウィンはそっと、その腕に手をかけて……
「えっ!?」
 やはり驚きの声をあげた。
「『見た』かい?」
「え、ええ。それじゃあ……かれらが『夢』の中で出会ったのは……」
 ちょうどそのとき、病室の戸を開けて、ユーリが駆け込んでくる。
「……キッド。『夢』を見た人たちから話が聞けた」
 ポケットから取り出した紙を広げる。
「……こんな植物が生えていた風景だったらしいんだ。図書館に寄って調べてみたんだけど、これって……」
 ウォルターとウィンの、青い瞳同士が見交わされ、ふたりは無言で頷く。
「……大昔の――ジュラ紀の頃の植物なんだ」

「恐竜の化石を、掘り当ててしまった。――そうですね?」
 凪砂の単刀直入な質問に、現場監督の男は、言葉を返すことができなかった。
 プレハブ小屋の中の、畳敷きの床に正座した男は、対面する凪砂よりも、小さくなったように思えた。百合枝は、おそろしい恐怖の感情が燃えた跡の残る部分には近寄りがたく、腰はおろさずに壁にもたれたまま、ふたりのやりとりを眺めていた。ふと、窓に目をやると、あの顕龍という男が、工事現場の要所要所に、なにか術式のようなものを施している様が見えた。
「ただでさえ、工期が遅れていて……ああいうものが出たら、調査だ何だっていって、工事が中断するんだ……」
「それで、無視して、工事を続けようとした。……化石はどうしてしまったんです?」
「別に。砕いてしまって、他の土砂と一緒に……」
「犯人がわかったようですね」
 凪砂が百合枝に顔を向けた。
 ゾウよりも大きな――人を踏みつぶすことのできる、巨大な生物。
「でも、化石がなくなっても、夢に出てくるんでしょ? どうするのよ」
「……そうですね。供養して差し上げればよいのか、それとも」
「害なす魔性は退けるまで」
 のっそりと、顕龍が戻ってきた。
「地虫たちに探らせたところ、この地下にはまだまだ、太古の生物の骨が眠っているようだ。だが、呪い針で動きを封じることができるはず。あとは……少々、乱暴だが、ねじふせるよりあるまい」
 どっかりとあぐらをかき、小さな壷のようなものを取り出す。
「これは巫蟲の眠りの毒。一種の催眠剤だな」
「まさか」
 息を呑む百合枝に、顕龍は不敵に微笑ってみせた。
「夢の中でしか出会えないとあらば、致し方あるまい?」
 ふっと、百合枝もまた、頬をゆるめる。
「暴れる恐竜を退治しに、夢の中へ――か。……アトラスにかかわると、いろんな経験ができるねえ」

 シャッ、と、ブラインドを開けると、ちょうど正面の方向、建物のあいだからよく現場が見える。
「ロケーションは完璧ね。ここでなら『夢』を見られると思う。われながら無謀な冒険だけど、他に方法が思いつかないわ」
 そういってウィンは、ベッドの上に腰を降ろした。
 そこは現場にほど近い、ホテルの一室である。
「急にこんな部屋取るの大変だったんですよぉ。現場にいちばん近くて、できれば現場が見える部屋だなんて」
 と主張する三下を無視してウィンは、
「三下さんがツインしかとってくれなかったら、どちらかはソファになるけれどいいかしら」
「ツインしか、って、それはウィンさんが――」
「問題ない。ニコフがベッドを使えよ」
「……ああ。でも、本当に大丈夫かな。ある程度の危険は、やむを得ないかもしれないけれど……」
「そのために三下さんがいるのよ。問題がありそうだったら、すぐに私たちを起こしてね」
「えっ、ウィンさんたちが寝てる部屋に、僕が一人で?」
「そうよ。……三下さんを信用してお願いするんだから。紳士な三下さんなら、まさか無防備な私にイタズラなんてしないでしょう?」
 にっこりと笑ってみせたのが、果たしてどこまで本心か。
「それより、あの土地の歴史のことも、調べてくれたのよね?」
「ああ……あそこはですね、もともとはただの山だったんです。山っていっても、ちょっと小高くなって、木が生えてる程度の。ずっと長い間、地元の地主が手をつけずに残してあった土地で……」
「ずっと開発されていなかった」
「……掘り出されることなく、かれらは眠っていたんだ……」
 ユーリはつぶやいた。
「……何億年も。――そして、そのまま眠り続けるはずだったのに……」
 突然、まどろみから呼び起こされて、それは目醒めたのだ。
 荒ぶる怒りの咆哮をあげながら。

■ロストワールド

 そっと目を開けると、そこはそびえたつ羊歯の森だった。蘇鉄に似た、しかし見たこともないような植物がその合間に突き出している。
 木陰には奇怪な形の、びっくりするほど大きなキノコ。
 心なしか、空の色が違って見えるのは気のせいか。
 いずれにせよ――生温かく湿った風の、空気の匂いを嗅ぐまでもなく、そこは、現代の地球では、ましてや東京都武蔵野市ではありえなかった。
 ユーリはゆっくりと身体を起こし、生々しい土の匂いがする大地の上に立ってみて、ともに眠りについたはずの仲間のすがたが見当たらないことに気づいた。
「キッド!」
 呼ばわってみるが、返事はない。
(ここは……)
 周囲を見回してみる。
(……ジュラ紀……なのか? ジュラ紀っていったい何億年前なんだっけ……)
 羊歯の林はどこまでも続いているように思えた。
 そっと、そのひとつに触れてみる。
「こんにちは」
 羊歯は沈黙している。
 意思がないわけではないようだ。ただ、他の生き物から働きかけがあることが珍しいのだろう。
「人を見なかったかい? 人っていうのは、つまり……おれみたいな……」
 さわさわと、返ってきたのは、しかし、あいまいな返事だった。
 やむなく、彼は歩き出す。
(……本当に……人間がいない世界なんだ。そのかわりに……恐竜たちがいるっていうのか……)
 今のところ、それらしい姿も、その痕跡もないようだが。
 ユーリは、ポケットの中にしのばせた、丸い銀貨の感触を確かめた。いざとなったら――、と、そう考えるだけで、かなり落ち着くことができた。
「!」
 突然、植物たちがざわめきはじめる。
(なにか来る!)
 ポケットに手を入れ、コインを握りしめた。
 くさむらをかきわけ、あらわれたのは、巨大な爬虫類だった。四つ足で歩き、頭と、鼻の先からにょっきりと、サイのような角をはやしている。
 もしユーリが、恐竜に詳しければ、それがトリケラトプスという生物なのだとわかったかもしれない。だが、そんなことを考えるいとまもなく、それは角でユーリに狙いをさだめ、突進してきたのである。
「ちょ、ちょっと待って!」
 なんとか意志の疎通を試みるが、難しいようだった。やむを得ず、ユーリは銀貨を取り出す。その丸い形が、彼の中の獣の力を解き放ってくれるのだ――。
 すんでのところで突きをかわし、なかば獣の姿となったユーリは、尋常ならざる跳躍力でトリケラトプスを飛び越えた。恐竜は見失った獲物をもとめて首をめぐらし、再び襲いかかってくる。
 ユーリが身構えたその時、
(……!)
 黒い影が、恐竜におおいかぶさった。
 それは人のようなすがたをしているが……一方で、狼の特徴をそなえている。
 ユーリは、まぎれもない、自身と同系統の存在に驚いてたちつくした。いや、だが、その半獣人からは、なにかひどくまがまがしい、黒い魔性の力を感じもする。
 それは爪と牙とで恐竜を残虐に傷つけ、その動きが止まるまで、攻撃をやめるつもりはないようだった。
「……お、おい」
 ユーリは、思わず声をかけた。
 黒い獣人ははっと、はじめてユーリの存在に気づいたように動きをとめ……そして、風のように、身をひるがえして草むらの中に姿を消してしまった。
 あとには、瀕死のトリケラトプスが残されているばかりだ。

 ズシン――、と大地が震えた。
 巨大蘇鉄の梢よりも高く、羊歯の森を越えてあらわれたもの。
「こいつか!」
 探索者たちのうち、ウォルターとウィンが、最初に、その姿を見上げることになった。
 暴竜――ティラノサウルス……恐竜の王者。
 地上最強と言われた爬虫類は、ギロリ、と、小さな二匹のほ乳類を睨みつけた。
「こっちへ来るわ!」
「てやんでぇ! 来るなら来てみろってんだ!」
 ウォルターが銃を構える。
「冗談やめて。拳銃くらいであの大きな恐竜にかなうはずないでしょう!」
 電信柱よりも太い足が、ジュラ紀の大地を踏みしめ、ふたりに向かってくる。
「逃げるわよ」
 ウィンはウォルターの腕を取った。恐竜の足が、彼女たちの2メートルの手前まで迫った瞬間、ふたりの姿はかき消え、数十メートル離れた場所の、羊歯の上の空中にあらわれていた。
「でもあいつをなんとかしなきゃ、事件は解決しない!」
 ウォルターが声を荒げた。ウィンとて、それがわからないではない。しかし、どうやって……?
「ニコフ!」
 ウォルターが叫んだ。茂みから飛び出してきたのは、人間と狼の中間のような異形のすがただった。
「彼――?」
 とまどうウィンをよそに、獣人はおそろしい吠え声をあげた。それが合図ででもあったかのように、恐竜の頭のまわりに、ぱっと炎がともった。
「いいぞ、やれる!」
 巨大な爬虫類は火傷の苦痛と炎への恐怖に、暴れ狂った。その足が羊歯の林を踏み倒し、太い尻尾が蘇鉄をへし折った。
 参ったな――と、獣人のすがたのユーリは、内心、毒づいた。あの程度の炎では完全に息の根を止めるには至らない。しかし、こう暴れられては……。
 その時、唸りをあげて尻尾が振り降ろされてきた。うしろざまに跳躍してかわす。獣化していなければ避けられなかったと思うとぞっとする。
「……動きを止められれば!」
 われしらず口走った言葉に、
「任せてもらおう」
 思いもかけず、いらえがあった。
 背の高い、壮年の男だった。むろん、巌嶺顕龍である。
「ニコフ! ニコフでしょう?」
 そばには百合枝がしたがっている。
「ユリエ!? どうしてここに……?」
 すうっ、と、獣人は、やわらかなブラウンの髪を持つ青年の姿に戻った。
 そんなふたりを尻目に、顕龍は恐竜へと向かい合い、不敵に唇をゆがめた。
「さて、二億年後の土地に仕込んだ呪術がどこまで効くか」
 すうっ――と息を深く吸い込み、
「…………縛ッ!」
 気合一喝。
 凄まじい地響きの音を立てて、巨体が、地に倒れ伏した。
 生きては、いる。ただ、動けないのだ。まるで、地面に縫い付けられたように、恐竜はわずかにもがき、ふるえるばかりだ。ぶすぶすと、ユーリの放った炎が肉を焦がすいやな臭いが周囲にたちこめる。
「動けぬものを相手にとは気がひけるが、これも仕事だ。……今度こそ――安らかな眠りにつくがいい」
 彼の手の中の針が、ジュラ紀の陽光を受けてぎらりと輝く。
 恐竜の断末魔が、羊歯の森に響きわたった。
「…………」
 一部始終を、しげみの陰から、雨柳凪砂が見守っていた。
「二億年前の、ジュラ紀で育まれた夢……」
 誰にともなく、そっとつぶやく。
「わたしたちの足の下は、まだまだ、そんな神秘が眠りについているんでしょうか」



 事件現場のプレハブ小屋で……、あるいは、現場近くのホテルの一室で……。
 かれらは目覚めた。目覚めてみればそこは、いつもとなんら変わることはない、二十一世紀の日本――東京だった。
 期せずして、プレハブでは百合枝が「ものすごい夢を見た気分……」とつぶやき、ホテルでは三下が「大丈夫ですか〜? なんかみなさん悪い夢見たって感じの顔ですよ!」と口走って、一同の苦笑を誘うことになった。
 結局、工事は中断したまま、件の場所では考古学者による発掘が続いている。
 日本では例をみないほど多数かつ豊富な種類の恐竜の化石が出土し、ちょっとした考古学上の発見になったようだった。
 正当な扱い(?)に満足したのか、痛い目に遭わされて懲りたのか、あれ依頼、事件も起きていなければ、付近住民が奇妙な夢を見ることもなくなった。
 ただ――
 決して超常的なものではなく、ごく普通の夢としてではあるが、この一件にかかわった面々は、その後何度か、あのジュラ紀の風景を夢に見るようになった。
 澄み切った空を横切る翼竜の影。背の高い羊歯類が密生する原始の森。火山をのぞむ瑠璃色の湖。そして恐竜たちの足音と、空気を震わす咆哮。
 それはもしかしたら、人間がその身に、DNAレベルで保持する、太古の記憶の覚醒であったのかもしれない。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1028/巌嶺・顕龍/男/43歳/ショットバーオーナー(元暗殺業)】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25歳/万年大学生】
【1847/雨柳・凪砂/女/24歳/好事家】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】
【1955/ユーリ・コルニコフ/男/24歳/スタントマン】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】

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■         ライター通信          ■
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荒ぶるダイノガッツ!(……。)リッキー2号です。お待たせ致しました、『襲い来る夢』をお届けします。
第3パートの一部は個別になっています。よろしければ、他の方のぶんも、ご一読なさってみてくださいね。

いつも迷うのが、OPにどこまで情報を盛り込むか、ということです。WTほど戦略的に動いていただくことはないとはいえ(自分の依頼の場合は特にです)、やはりプレイングの幅は初期情報に制約を受けます。
一方で、「お話」としてはサプライズが欲しいわけで、今回は特に、怪異の正体が「恐竜」である点をどこまで匂わせつつどこまで伏せるか、非常に悩みましたし、ちょっとOPから示唆される方向性と、結果がズレてしまったかもしれません。

当初は、夢の中のジュラ紀で秘境探検モノ風につくろうかと思っていたのですが、恐竜に出会うという発想がないと、どうしても調査モノに傾いてしまいますよね。うーん、難しい。

まあ、そういうのは創作上の永遠のテーマのひとつだろうとも思うので、これからも迷い悩みながら創っていくことになろうかと思います。

>ユーリ・コルニコフさま
いつもありがとうございます。
さて、植物と語り合う力を持つユーリさんも、さすがにジュラ紀の植物とお話をしたのははじめてではないでしょうか(そりゃそうだ)。そして半獣化モードでのティラノサウルスとの大立ち回り。今回も波乱万丈なことになってしまいましたが、この経験は、怪獣映画のスタントに活かせるかもしれません!?

それでは、またの機会にお会いできればと思います。
ご参加ありがとうございました。