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<東京怪談ノベル(シングル)>


青い鳥の幸せ

「おはよう。」
「おはようございます。」
ある朝、ある小学校ではこんな挨拶が交わされていた。
ごく普通の挨拶であろうと思われるか?
ならば、少し目を凝らしてみようか…。見えては来ないだろうか。彼、彼女達の姿が…。
「みあおちゃん、おはよう。」
向こう側を歩いてくる少女に、女の子が明るく笑いかけた。黒いスーツに、黒いスカート、赤いネクタイリボンに黒い尻尾。黒い猫耳カチューシャをつけた猫耳少女である。
「あ、おはよう!」
返事を返した女の子はどこかの有名幻想魔法学園風のローブをかぶり、小ぶりな杖を握っていた。頭には大きな三角帽を被っている。銀の髪に黒い帽子は良く映える。
「今日は、魔法使い?」
「ううん…魔法使いと言うより魔女かな。お姉ちゃんに借りたの。」
「昨日の妖狐も髪の毛と、とっても合ってたけど、今日のも可愛いね。」
「ありがと。今日は猫娘?」
「うん、前にみあおちゃんがやってたの見て、いいなあ、って思ってたからね。」
楽しそうに笑い合う二人の後ろから呼びかける声がする。
「おっはよう!」
朗らかな声に振り返ればそこには…巨大なかぼちゃが立って、いや、座って、いやいや、あった。
「今日はかぼちゃ?そんな大きいのよく車に入ったね?」
魔法使いの少女はクスクスと微笑みながら自分の身長ほどあるかぼちゃの着ぐるみをぽん、と叩いた。
亀のようににゅうと、手足が覗く。金の髪、蒼い瞳の少年の頭も。
「いや〜、なかなか入らなくってさ、車の後部座席のシート全部取っちゃったよ。」
そばかすだらけの顔で、照れ笑うかのように彼は笑うと歩き出す。さあ、カバンを持って学校に…。
「は、入らない…」
少女達の小さな微笑は爆笑に変わった。

東京都 武蔵野のはずれに、その学園はある。幼稚舎から、大学部までの一貫教育がおこなれている私立の名門学校である。
名前は伏せておこう。なぜなら、学園の生徒の半数を占めるのは、帰国子女や海外赴任者の息女、留学生、しかも「かなり」富裕な家庭の子女、子息ばかりなのだ。危険があるかもしれないから。
もっとも、ミッション系名門校である割に校則やルールはかなりアバウトである。これは、生活習慣の違う各国の生徒をお預かりしているための個性尊重だ、というのが表向きである。(裏向きもあるかは定かではないが。)
普段から服装は自由に近いが、今は、この学園の大きな行事であるハロウィンの祭典の真っ最中。
ハロウィンを挟んで前後一月の間はさらに「どんな服装でも学校生活が可能であれば許可。」されているのである。「どんな服装」には仮装、コスプレも含まれる。故に、今、この学園に潜入することができれば、某イベントの某広場顔負けの写真を取る事が可能であろう。
ぬいぐるみと、猫耳少女が笑い合い、かぼちゃと白いプラスチックマスクが並んで授業を受ける。シンデレラのドレスを纏った少女が、やきそばパンを食べ、顔から血を流したゾンビが、太陽の下でラジオ体操をする。いろいろな意味で別世界である。
(ちなみに、この「別世界」は年齢が上がるにしたがってディープになるらしい。)
そんな中で、まだ比較的大人しい服装の子が多い小等部1年B組、海原みあおは窓際の席で、外をぼんやりと見つめていた。授業が終わり、ホームルームも終わり、今はひと時、憩いの時間。
(へいわだねえ〜。)
「み・あ・おちゃん♪」
「あ、なあに?」
クラスメイトの呼びかけに笑顔で彼女は答える。ちなみにそのクラスメイトの衣装は尻尾つき悪魔である。
「今日はね、中等部の講堂でアニメ映画の上映会があるんだって、帰りに一緒に行かない?」
「行く♪」
子供のしかも女の子と言えばおおむね、皆、好奇心の塊、みあおとて、例外ではない。
帰り支度を整え、カバンを背負い立ち上がると、みあおたちは黒板に向かって小さく会釈した。陰陽司の服装をした担任がプリントの整理をしながら手を振る。
「さようなら、先生。」
「さようなら、また明日ね。」
どこにでもある日常風景である。見た目には、そうは見えなくても…。

各学部を繋ぐミントグリーンのタイルの上を、明るい表情の子供達が歩き、駆け抜けていく。
通路の各所に、食べ物や、ゲーム、飾り物の香具師が店をかまえ、まるでお祭りか縁日のようだ。
みあおたちも、そんな店を覗き、主人と話し合ったり、時には買い物をしたりする。立ち食いなど行儀が悪いと親が見れば顔を顰めるだろうが、子供達はこういうのが大好きである。
「ここのシシカバブ美味しいね。」
「パンプキンパイもいい感じだよ。」
日替わりの屋台は、毎日覗いても飽きない。
学園内のどこかで、何かイベントがあるし、学生達有志の出し物もある。
流石名門学校。お金もコネもめいっぱい使われている分、出し物の質も量も申し分ない。
このハロウィン期間は、学園祭のようなもので子供たちは毎日がお祭り気分だろう。
(楽しい。でも、もし…?)
ふっ、とみおあの顔にかすかな影が走る。
それは、あまりにもかすかで、他の子たちは気付かない。
「みあおちゃん、行こう!アニメ始まっちゃうよ!!」
友達に手を引かれ、みあおは促されるまま、一緒に走った。

暗闇の中、スクリーンは楽しげな明るい世界を映し出す。
楽しいことだけの、今の学園生活のよう。でも、みあおはそれを見ながら思っていた。
(1年前まで、ここでこんなことをしているなんて思いもしなかっただろうな…。)
一年前の自分は、6歳じゃなかった。最初は中学生だったし、もっと大人にも、させられた。
心の中には、幾人もの…自分がいた。
とても、学園生活を、いや、平凡な生活を楽しめる状況には無かったのだ。
「あの人」と出会うまでは…。
学園に通えるようになるまでのことを思い出すと、いや、思い出したくない。
今でさえ、医者や、病院を見れば背筋が、心が冷たくなる。
みあおは、目を閉じた。
声優の笑い声が、どこか別の世界のように遠くに感じる。
(今の生活。6歳児だから楽しめるけどもし、そうでなかったら…。)
闇を知ってしまった自分。偽りの自分がここにいて、いいのだろうか。
もし、この楽しい夢の世界が壊れてしまったら、もし…。
普段は忘れている。でも、楽しすぎるこんなとき、ふと感じてしまうのだ。
光の反対側にある…一縷の闇。世界に潜む陰を…。
「幸せを運ぶ青い鳥」そう呼ばれる事がある。
でも青い鳥自身の幸せはどこにあるのだろうか?

「…ちゃん。みあおちゃん。どうしたの?」
夢から醒めたように、みあおは目を開ける。
周囲は明るい。何時の間にかアニメは終っていたらしい。
クラスメイトたちが心配そうに自分を見つめているのを見てみあおは、慌てて首を振って立ち上がる。
「なんでもないよ。ごめんね。」
「ねえ、みあおちゃん。どこにもいかないでね。」
「えっ?」
みあおは、隣に立つ友達を見た。囁くような自分への…言葉。
「時々、みあおちゃん。どっか、遠くを見ているような気がするんだもん。いやだよ。私、みあおちゃんのこと大好きなんだから。」
胸のどこかで冷えていた何かが、ほのかに熱を帯びるのをみあおは感じた。
何故だろう。こんなに、嬉しいなんて…。
「どこにもいかないよ。みあおは、みあおだもん。」
そう、自分は自分。何があって、どうなったとしても、今、ここにあるのが、自分なのだ。
みあおは、彼女の手を取った。ぬくもりが手に伝わってくる。
「今度は、どこに行こっか。」
「じゃあ、世界の衣装展見に行こうよ。きっとキレイなお洋服、いっぱいあるよ。」
「そうだね、明日は何を着てこようかなあ。」
「あんまり大きいのは止めた方がいいよ。車に乗り切らなかったらヘリコプターで登校してこなきゃならなくなるから。」
「アハハ!」
繋がれた手、結ばれた心。大事な…人たち。

自分に、誰かを幸せにする力があるならそうしたい。
今の、自分にできることを、やっていこう。
みあおは、そう思っていた。
「小学校っていう楽しい時間をもう一回できるなんて、ラッキーだよね♪」

秋風が、吹きぬける中。銀の天使が走っていく。
「おはよう!」
「おはよう。みあおちゃん。」
友達が、笑顔で答える。みあおも、笑顔で、それに答える。
背中には、白い天使の翼。作り物よりも、それはもっと美しく輝いて…。

彼女は飛び立つ。心に闇と、光を持って。
闇を知るからこそ、光を知る。
笑い合える、幸せの今を感じて。

幸せの天使、小さな青い鳥は空を飛ぶ、過去を飛び越え、明日へと…。