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<東京怪談ノベル(シングル)>


真夜中の逃亡劇〜カレー閣下、何処へ…

「どぉりゃあああああ!!!!!」
 …脇目も振らず神宮寺茂吉と言う仮の名を持つヤクザ・その本性はカレー閣下――は走っている。
「待って下せぇええ兄貴ィイイィイッ!!!!!」
「いやああああぁん、待ってぇええ、茂吉さああぁああんッ!!!!!」
「いったいこれからどうすんスか兄貴ィイィッ!!!!!」
 …部下三名も元気に賑やか。
 今は夜。
 山の中。
 繁る枝葉をぶち折りつつ、道無き道を突っ走るカレー閣下御一行様。
「どうするかなんて決まってンだろうがッ!!! この俺はただひたすら“究極のカレー”様の手掛かりを目指すだけよォ!!!!!」

 がらぴしゃーん

 カレー閣下は力強く宣言し、その背後にまたも雷撃一発。
 と。
「〜〜〜、〜〜〜!!」
(訳・居たぞ、向こうだ!!)
 その雷の光に気付いてか、複数の叫ぶ声が上がる。
 …そう、カレー閣下は今、追われている。

 ………………剃髪した大人数の出家僧に。

 …あー、今現在のこの状況をな、詳しく話すとなると…ちょいと前に遡らなきゃならねえ…。

■■■

 低く唸る辛気臭い一本調子な声。
 …周りに居る連中の読経の声だ。
 一様に同じ格好。
 坊主だ。
 いや、頭が、と言う訳じゃねえ。まァ、それもそれで間違いはねえが…それだけじゃなくこいつらは――職業が坊主だ。
 その中に紛れて俺たちは居る。
 一様に座禅を組んで…。
 そしてあの女吸血鬼が紹介状に書いたのと似た、蚯蚓ののたくったような文字がびっしり書かれた紙――御経らしい――が渡されたが…無論、読めねえ!
 カレーとは関りが無さそうな以上、読み解いてやる、ってな情熱も沸いて来ねえし…。
 …辛いぜ。

 ――そう、俺たちは…サツに拘置所ン中にぶち込まれた後…どうやら「頭冷やして来い」てな具合で何処ぞの仏殿に…修行に出されていた!
 ちなみに具体的な場所は何処だか全然さっぱりわからねえ!
 …取り敢えずインドと言う事に変わりはないようだが。

 出される食事は一日一回。
 …ここでカレーが出てくるのならまだ良いが…そんな事は一度足りとねえ。
 それどころか…。
「茂吉さぁん…今日のゴハン、これだけなのぉ?」
「知るか…」
 …つぅか本名呼ぶな、ゴラァ…。
「腹減ってしょうがないッスよぉ…」
「俺、カレー食いたいッス…」
「…俺もだぜ野郎ども…愛しいカレー様にゃ…いったいいつ再会出来るんだかな…」
 遠い目をしながら、それでもぱくぱくと他の方々の倍以上食べる四人組。
 …呆れられている。

 暫し後。
 再び座禅。
 そして瞑想。
 …つまらん。
 やはりカレーに関る事は一切出て来ねぇ!
 ハッキリ言って不服だ。
 幾ら瞑想しても頭に浮かぶのは“究極のカレー”様の事ばかり!!!
 ここまで離れねえってこたァ…これこそが神(せめてこの場では仏と言って下さい)の啓示ってモンだろうよ? 違うかい? あァ!?
 と、そこで瞑想しながら俺は決断した。
 …夜中にこっそりとここを抜け出そうと!

 密かに部下連中にも伝え、俺は虎視眈々とその機会を狙った。
 決行は――本日の夜半!

 …そして夜。
 むくりと起きたカレー閣下は注意深く周囲を見渡す。
「…茂吉さ」
「…静かにしろィ」
 言葉通りひっそりと部下三名の起きるのを確認する。
 薄っぺらい寝具からこっそり抜け出すと、カレー閣下以下三名はそろそろと仏殿の外へ。
 出た。
 …振り返り仏殿の様子を見るが――動く気配は、無い。
 それを確認してからカレー閣下以下三名はお互い顔を見合わせ頷き合うと、次の瞬間には一目散に駆け出した。

 が。

 程無く。
 どどどどどどどど、と、地響きが。
 何事かと振り返れば――そこには仏殿に居た出家僧連中が迫って来ていた。
 うお!?
 …何イイィイイィイイイ!?
 まさかこんなすぐに追って来やがるかぁっ!?
 カレー閣下は驚愕する。
「〜〜! 〜〜〜!!!」
(訳・コラ新入り! 托鉢サボって逃げるんじゃねえええええ!!!)
 …更に恐るべき事に、どうやら彼らの時間としては既に今は朝――ちょうどぼちぼち起き始めるくらいの時間帯――だったらしい。
 が、カレー閣下にはそんな事はわからない。
「追って来んじゃねえええ!!!」

 ビシビシビシビシビシィッ

 気合い一発、カレー色の米粒――もといエアッドを撃ち出すカレーピラフつぶてで足止めの為に攻撃!
「〜〜! 〜〜〜〜〜!!!」
(訳・何だこりゃ! 目、目が痛ぇっ!!!)
「〜〜〜! …〜、〜〜…〜〜〜!」
(訳・香辛料か! …く、やるな…さすが日本人!!!)
 …取り敢えずそれは色々な意味で間違った発言だと思われます。
「〜〜〜〜〜〜! 〜〜〜〜〜〜〜〜!」
(訳・負けないで下さい皆さんッ! 逃がしたら私どもの願いは未来永劫叶いませんぞ!)
 カレーピラフつぶてを食らった同胞に発破を掛ける僧が居る。
 そんな背後。
「…〜〜〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜〜〜〜〜…」
(訳・…我等が教義はヒンドゥー教に飲み込まれるようにして追われ…更にはイスラムに破壊され…同胞は殆ど追われるがままかの仏教大国・チベットに逃れてしまったのだ…)
 …僧のひとりから、誰にとも無く説明的科白が吐かれる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜――〜〜〜〜〜〜…〜〜…!」
(訳・多少曲げられたとは言え仏教がその文化にしかと馴染み定着している『あの』日本から来た――この地では滅亡寸前である我等が教義の後継者となり得る者達よ…逃がす訳には行かん…!)

 追っ手の皆さんとしてはそんな勘違いな理由で日本人四人の元・旅行者で現・修行者を逃がせない。
 が、無論そんな理屈はカレー閣下には全く通じず。
 カレーピラフつぶてで追っ手にめくらましを試みつつ山奥へと。
 突っ走って逃げている。

 ………………てな訳で始めに戻る訳だ。

 カレー閣下は、ち、と舌打つ。
 ある程度の連中をカレーピラフつぶての餌食にしてはやったが…。
 …結局、奴ら、数に任せてじりじりと詰めて来やがる…。
 俺はこんな場所で油売ってる場合じゃねェんだゴラァ! “究極のカレー”様の手掛かりを探さなけりゃならねえんだ捕まって堪るかクソー!!!!!
 心の裡で叫ぶ。
 …その情熱は変わらない。
 変わる訳がないのだ! “究極のカレー”様を手に入れるまで! いや、手に入れても変わる訳はねえ!!!
 それでも現実問題、今読経しながら追ってくるあの連中から…逃げ切れるかどうかは…。
 カレーピラフつぶてだけでは心許無い…。
 …畜生。
 しつこい奴らだぜ…。
 舌打つ。
「クソッ――“究極のカレー”様は何処だゴラァアアァアァッ!!!!!」

 ………………果てしない闇夜にちょっとヤケクソ気味なカレー閣下の咆哮が木霊した。

【了】