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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


光と闇と言葉の戦士

●オープニング

「あれ?君…。」
学校で、同級生の少女とすれ違った彼は、彼女に、いや、正確に言えば彼女が持っていた本に、何かを感じて振り返った。
古い、茶色い革表紙の本。
その背表紙に、よく図書館とかで見かける『貸し出し禁止』の金色のシールが貼られていたような気がしたが…。
でも、その時はそれほど、彼は気にしなかった。
目立つ様子も、派手な様子も無い、彼女はごく普通の女の子に見えたから…。

数日後、学校内に不思議な噂が立つ。
「この学校に『アテナ』がいるんだってさ。」
『アテナ』というのは、最近ネットで話題になっているカリスマ少女。
「選ばれた神の戦士を探している。」と呼びかけているのだそうだ。
でも、誰でも彼でも勧誘する新興宗教などと違い、仲間になりたい、と言っても殆どが断られている。
文字から相手の本質を読み取るらしい。
どうやら「本物」らしく能力を見せられた人間は、仲間になれなくてもその手伝いをしたいと思ってしまうという。
彼も、何度か書き込みを見た事がある。
ふと、彼はある人物を思い出した。
あれ以来、強い自信で微笑むようになった『彼女』のことを。
何故だか解らない。でも、感じたのだ。繋がりそうだ…と。

さらに数日。
『アテナ』がネットから消えたという噂が広がった。どうやら、事件があったらしい。
その日から元気をなくし、本を開いてはため息をつき生気を失っていく少女。彼女を見たとき、彼の決意は決まっていた。
学校を出たその足で、ある場所へと向かう。

「お願いです。力を貸していただけませんか?彼女には何かがあります。このままじゃ、いけない。何かが憑いているのかも…。」
彼女を助けてあげたい。
ライター見習い少年の真剣な眼差しに、碇編集長も、探偵たちも目を細めた。

答えてやろうか。一途な思いに…。
何が出来るか解らないが…。

●「アテナ」の思い

その『本』との出会いがすべての始まりだった。
私は、何も出来ない無力な人間。
だから、クラスで無視される。だから、いじめという名の暴力をふるわれる。だから、家族にもかまって貰えないんだってそう思ってた。
ずっと心の中で思っていた事が、願っていた事がある。
だから、あの『本』と出会って、『力』が目覚めた時、その望みがかなったのだと思った。
今までのことさえも、修行なんだ。私は、誰かを救える。何かが出来る力がある。
私と同じように苦しんでいる人がいる。仲間がいる。その人とはきっと前世からの仲間なんだ。
本が、そう言っている、早く、探して出会わなくっちゃ。
そして、人が人を苦しめて何の罪にも問われない世界。暗黒の世界を倒すのよ。
そう…思ってた。

でも、それは間違っていたんだろうか。
『あの時』私は何も出来なかった。『誰か』に助けてもらわなければ、死んでいたかもしれない。
死ぬのは怖かった。知らない世界が怖かった。私は戦士だと思っていたのに…。
私には、勇気が足りないの?力が足りないの?それとも…。
『本』は答えてくれない。有る所からページは白いままだ。
誰か、教えて!私は、何をしたらいいの?…教えて。

『本』は答えなかった。ただ、茶色いはずの表紙は鈍く…銀に光って…。

●それぞれの思い

陵・彬が立ち上がったのは、一つの思いがあったからだ。
彼女に胸をはって生きて欲しいと。
『自分の力』が存在意義だった『アテナ』が、自信と居場所を失った時のショックがなんとなく彼には解るような気がしたのだ。
自分を認めてくれる場所にすがる気持ちが…。
「でも、それを捨てる勇気をもって欲しいな。」
小さく呟いて空を見た。白い月が雲間から彼を見つめていた。
我が化身よ。
おまえは、何をするのか、何が出来るのか、そう語りかけるように。

●孤独の影に…

私立竜城学園中等部
勇太と『彼女』が通っている学園に一番先にたどり着いたのは陵・彬だった。
丁度下校時刻、門からは流れる水のように学生達が出てくる。正門前に立っていていは引かれるだろうから、少し離れた木に寄りかかって彬はその群れを見つめていた。
少し離れて見ていると、わかる事がある。学生達の多くが、一人で歩くことを恐れることを。
一人で歩いている者は、驚くほど少ない。二人、三人、それ以上で連れ立って歩くのが普通なのだ。
それは、悪いことではない。友達がいることはいいことだと思う。だが、それ故に一人でいるものの孤独が感じられてならない。
(一人…か。)
昔を思い出すように舌を打つ彼の肩を誰かの手が叩いた。
「誰だ?」
「はじめまして、かしら?あなたも同じ目的かと思うのですけれども。」
アトラスの…。そう言った年上の女性に彬は小さく頷いた。雨柳・凪砂と名乗った彼女に、自分も名乗ると彬は再び門に目をやった。
凪砂も、その横に立って学生達を見つめる。
「ねえ、彬さん。『アテナ』さんについてどう思いますか?」
突然の問いに少し彬は目を見開いたが、門を見つめながら彼は答えた。
「何かに、すがりたかったんじゃないかな。一人は…寂しいから。力があるのなら尚更。でも、力しか、自分の世界にしか、頼るものが無いのも寂しすぎると、彼女に伝えてあげたい…。」
力があることなんて、そういい事じゃないんだけどね。彼は自嘲ぎみに笑う。
何を伝えたいかまでは、彬は言わなかった。でも、凪砂にはなんとなく解る気がした。
(ゴーストネットで出会った『アテナ』さんは、少なくとも煽てられて喜んでいる子ではなかった。純粋に自分の世界を信じて仲間を求めていた。でも、一人はきっと寂しくて、直接人と出会うのは怖くて、ネットで仲間を探していたんだわ。無意識だったのかもしれないけど。)
だったら、私は現実の友達に、話し相手になってあげたい。その方が、きっといい。
「彬さん、私、『アテナ』さんのことを知っているんです。先に…少し話をさせてくれませんか?」
彬は、凪砂と『アテナ』がネットでの知り合いであることを知らない。でも、女性のほうが話しやすいかもしれない。彼女の本のことも気にかかる。
とりあえずの説得は凪砂に任せることにしようと、その提案に同意した。

●「アテナ」の力

「彼女じゃないかしら。」
門の影から帰り道の生徒たちを見つめていた凪砂と彬は一人の少女を見つけた。
ごく平凡なショートカットに眼鏡の少女。彼女は一人で歩いていた。
二人には、何故か彼女が解った。カバンから漂う善とも邪悪とも言えない不思議な気のせいもあるが、自分たちと同種の匂いを感じたからかもしれない。
とにかく、二人は彼女に話し掛けてみることにしたのだ。
「あの、ちょっとお時間を頂いてもいいですか?『アテナ』さん。」
最初は何かの勧誘かと、訝しげに顔を顰めた彼女だったが、『アテナ』と呼びかけられて顔からサッと血の気が引く。そして、二人を見つめ、さらに言葉を失う。
「あなたたちは…。」
「私は『フェンリル』です。こっちは私の仲間。少し、お話をしましょう。」
「『仲間』…。」
『アテナ』は頷きもせず、ただ、先を歩く彬と肩を抱く凪砂の腕に人形のように従った。

校舎の裏手、人気のない場所で、彼らは向かい合った。
「私のことを覚えていますか?あの日以来、本当に姿を見ていなくて、心配したんですよ。大丈夫ですか?」
「あの日…!」
青を通り越して白くさえなって俯く『アテナ』の顔を覗き込んだ凪砂に『アテナ』はビクリと肩を揺らすと後ず去った。
「えっ?」
自分の手から逃げるような『アテナ』の仕草に凪砂は彼女を見つめた。
「ごめんなさい。私、知らなかったんです。私の持っている『力』なんて本当の『力』の前には赤ん坊の同然なんだって。だから、あんな偉そうなことを、ごめんなさい、ごめんなさい!」
そう言うと、彼女はいきなりカバンを取り落とし、泣きじゃくった。
女の子にいきなり泣かれる。そんな事態を想像していなかった二人はただ、何がどうなったのかと戸惑うばかりだった。

「なるほど…な。」
香坂・蓮は何かを感じたように呟いた。
「どういうことなんです?」
背後で様子を伺っていた綾和泉・汐耶は蓮に問い掛ける。依頼人、西尾・勇太も側にいる。
先に行った3人の後をつける形になったのは、彼らの行動を邪魔せず様子を「視る」ためであった。
「確かにあの子には、力がある。テレパシーっていうのか?相手を感じる力だな。だけど、てんで弱っちい。それに今まで本物に会った事がなかった。だから、始めて出会ったあいつらのような『本物』の強い力にビビっちまったのさ。」
闇を知らないものは闇を恐れない。でも、少しでも闇の怖さを知ってしまえば、その前に足がすくむ。
蓮の言葉に汐耶も、勇太も頷かずにはいられない。それを乗り越えない限り、闇や「力」と立ち向かっていくことはできないのだ。
「彼女は、自分の世界しか見えていないんですね…。」
「あなたも以前はそうだったでしょ。力になってあげないとね。」
「?あのカバンはなんだ?」
彼女が泣き始めるとほぼ同時に、落とされたカバンの中から「視」ないと見えない何かが噴出しはじめたのを彼らは感じた。
会話していた汐耶と勇太の目も連の指さすほうへと向いた。
白、いや、銀色の光が、徐々に黒銀へと変わっていく。それに、『アテナ』も彼女と対している二人も、気付いてはいない。
「魔本『銀の鏡』の最終段階だわ!」
いけない!汐耶は躊躇わず、彼らの元に飛び出して行った。後に残された二人も、すぐにそれに続いて…。

凪砂に涙を拭われ、彼女は少し落ち着きを取り戻した。目元を服で擦り、ぽつぽつと話し始める。
「私、自分が嫌で、いつも人の顔色を窺って生きていました。そんな時、図書館で不思議な本に出会って。その本の中で私は特別な力を持つアテナ神の戦士で…。何時の間にか私、本に書かれていることがホントに思えてきたんです。きっと自分の前世なんだって。それ以来、ネットの書き込みとか、小説とか書かれたものを見ているとその人の事がなんとなく解るようになって。」
「それで、ネットにいらしたんですね。」
「ええ、人と出会うより、言葉を見たほうが、解ったんです。」
「で、その本はどこに?」
『アテナ』はカバンを拾い上げ、鍵を外した。だが、その瞬間
ブワッ。
「キャアアア!!」
大きな音と共に、カバンの中身が宙に舞い上がった。黒い力と共に『本』が浮き上がったのを見てがくがくと震える『アテナ』を背で庇いながら彬は舌打ちした。
「そんなに、悪いものには思えなかったのに、なんだ?これは一体?」
身構える彬と凪砂の前に、3人の人間が飛び込んでくる。
「誰…」
誰だ、と言いかけて彬は止めた。勇太が側にいる。見知った顔もいる。敵でないならそれでいい。
『本』は力を噴出して威嚇するように浮かび続ける。その目標が『アテナ』であることは明らかだった。彬が、銃で攻撃しても力がそれを阻む。蓮の力は媒介になるヴァイオリンがない今、触らないと
浄化の力を発動できない。凪砂は、その力をできるなら使いたくなかった。
汐耶は彬の後ろに怯えるように身をすくめる『アテナ』に駆け寄った。
「私のせいで、私のせいで…。また迷惑をかける。…あの時みたいに」
ペシン!
自分を責め続け、蹲る彼女を立たせると汐耶は頬を軽く平手で打った。
痛みや、衝撃よりも自分に向き合ってくれる人がいる。その思いが彼女の顔を上げさせた。
「あの本『銀の鏡』はあなたの鏡、あなたの思いを映しているの。止められるのはあなただけなのよ!」
「私…だけ?」
「そう、あなたはあの本に何を望んだの。神になること?力を得ること?違うでしょ?」
「自分と向き合いなさい。私達は、助けてあげられるわ。」
「私が、望んだことは…。」
汐耶の言葉に背を押されるように、『アテナ』は立ち上がって『本』に向かって歩き出した。
『本』は、不思議と動きを止める。
「私は、強くなりたかった。いじめに負けないくらい、力が欲しかった。誰かを助けることのできる、世界を変える存在に…なりたかったの。でも、自分だけで歩くのは怖かった。だから、神様の力を借りて、その戦士だと思いこんだ。そうすれば、自分の責任だって思わずにすむから。」
でも、神様に頼っても、力を持っても、自分自身が強くならなければ意味が無い。それが解った。
ゴーストネットで、そしてここで、自分を救おうとしてくれた、本当に強い人たちのおかげで…。
彼女は真っ直ぐに『本』に向かって立った。それは、自分を写す鏡。なら、心をちゃんと言葉にしよう。
「自分の物語は、自分で紡ぐわ。もう、あなたには頼らない。お願い。静まって!」
一瞬、彼らの前で何かが爆ぜた。彼女と『本』の間に閃光が走る!
刹那の時、目を閉じた5人が再び前を見たとき、そこには、崩れるように倒れる『アテナ』と重力に従い落ちる『本』があった。凪砂と彬が駆け寄って彼女を支え、蓮は、本を拾って浄化の力をかけた。
本からはすでに殆どの邪気が消えていたが、蓮の力によって完全に沈黙した。
「あっ…。」
彼女が目を醒ました時、側には一人ではなかった。自分を見つめてくれる優しい眼差したち。
「もう、君はアテナじゃない。でも、君を必要としてくれる人はいる。胸をはって欲しい。君は強い人だよ。」
「今を懸命に生きる以上の戦いは無い。そこでなら、おまえは戦士になれるさ。」
「あなたが望むなら、世界は広がる。私達は、その助けが出来るわ。これからも…。」
「君は、ひとりじゃないんです。僕らがついていますから…。」
「友達に、なりませんか?相談相手くらいなら、いつでもできますよ。あなたの、名前は…?」
「北野・香です。」
あんなに、迷惑をかけたのに。この人たちは強い。本当に…。私も、こんな風に強くなりたい。
香の目からは自虐でも、悲しみでもない無い涙が、止めどなく流れていた…。

●エピローグ

「せ、汐耶さん、助けてください!!」
図書館に、勇太が駆け込んでくる。汐耶はしーっと指を唇にあて、勇太を睨んだ。
図書館では静かに。意味を理解して、彼は口を押さえ、そっと足音を忍ばせて汐耶に近づいていく。
「どうしたのよ、勇太君。」
「香さんが、僕を皆さんやアトラスに紹介しろって追いかけてくるんです。」
「いいじゃないの。別に困りはしないでしょ。」
「でも、やっぱりこの世界は、危ないし…。」
「お前、あいつのことが結構気に入ってるんじゃないのか。だから、心配なんだろう?」
『銀の鏡』を肩に担いで汐耶のそばにいた蓮が意地悪そうに笑う。自分のことは解らなくても他人の感情の動きには仮にもヴァイオリニスト、敏感である。
顔を赤らめる勇太を、彬も悪戯っぽく笑う。
「彼女のことを今度は君が守ってあげればいいだろう?」
「僕は、まだ…別に…!」
「勇太君、見つけた♪」
「げ、香さん。どうしてここが?」
「あ、そういえば、凪砂さんが、彼女に携帯のメアド教えたって言ってたっけ。」
「それを先に〜〜。」
彬の言葉に、勇太は頭を抱え、逃げ出した。彼らに会釈し、香は彼の後を追う。
『アテナ』だったときとは比べ物にならないくらい、明るく素直で年相応の笑顔で…。
「彼女、テレパシー能力は残ったみたいですよ。でも、制御して使える"力"なら持っていても問題はないんじゃないかって言ったらそうしたいって。彼女もいつか、勇太君と一緒にこの世界の住人になるかもしれませんね。神の力に頼らない、自分自身、北野 香として。」
みんなとの待ち合わせ時刻をこっそり、香にリークした凪砂がそう言うと、他の皆も楽しそうに笑った。それは、決して悪くないと…。
一笑いの後、蓮から汐耶は『銀の鏡』を受け取った。今日は、この物語の最終章。だから、皆集まった。
「この子も悪い子では無いんですけどね。」
本の背表紙を撫でる汐耶の様子はまるで、子供を慈しむ母親のよう。仲間達もそれを見つめた。
この本が彼女の手に渡ったのは、何かの導きだったのかもしれない。それこそ、神の?
「いつか、必要とされるときまでお眠りなさい。」
封印をほどこされ、汐耶の手によって本棚の奥に本は差し込まれた。

そうして、この事件の始まり。魔書『銀の鏡』は探偵たちの立会いの元、図書館の奥で静かに封印の眠りについたのである。

一人の少女と、ひょっとしたら少年の運命を、ほんの少し変えて…。


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■   登場人物                  ■
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【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 /司書】
【1532 / 香坂・蓮 / 男 / 24歳 / ヴァイオリニスト(兼、便利屋)】
【1712 / 陵・彬 / 男 / 19歳 / 大学生】
【1847 / 雨柳・凪砂 / 女 / 24歳 /好事家】

NPC
西尾・勇太 男 14歳 中学生 ライター見習い
北野・香   女 14歳 中学生


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■         ライター通信          ■
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今回はご参加くださりありがとうございます。
ライターの夢村まどかです。

光と闇と言葉の戦士、B面です。
このタイトルと、少しずれたかもしれませんが、一応の結論はつけたつもりです。
「アテナ」北野・香は、少し現実の少女がモデルになっています。
いじめられたからこそ強くなりたいと思い、でも、それができなくて、自分が神の戦士と思い込んだ。そんな子。
ひょっとしたら、「香」はあなたの隣にいるかもしれません。

彬さん、ご参加ありがとうございます。
彬さんの、自分に似たところがある、という思いをとてもうれしく感じました。
彼女を守るナイト役のようなつもりで書きました。
勇太を追いかけている香ですが、彼女の王子様は彬さんかもしれません。
魔本「銀の鏡」についての詳しい話は「調べて」くださった蓮さんと、汐耶さんの方に書いてあります。
凪砂さんのゴーストネットの話と合わせて興味がありましたらご覧下さいませ。

また、次の機会にお会いできることを楽しみにしております。
改めてご参加ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けます様に…。