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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


The end of Start...


「…あの頃はさ、楽しかったよなぁ。俺の周りにあいつらがいて、
いつも笑顔ってわけじゃなかったけど、何だか無性に楽しかった」
 微かに力を込めて右足を動かすと、靴の下でジャリ、と小石が擦れる音がした。
「きっと、あれが幸せってやつだったんだなァ…。もう、二年も前のことだけどさ…」
 くい、と顔を上げると、大粒の雨が己の顔に降り注いでいるのを感じた。
もっと降ればいい。もっと、もっと降り注いで、俺の穢れを流れ落としてくれ。
 でも分かっている。それはただ見えなくなるだけだと。
雨の粒に洗い流されても、この見に深く染み付いた穢れた血は、決して消えることはない。
幾つもの雨粒が頬を流れ落ち、雨ではない液体がそれに混じって流れ落ちても、気付かない振りをした。
 今の俺にとっては辛いだけだから。
「…月斗ッ…!」
 聞き慣れたその声に、俺は気だるそうに首を曲げた。
走ってきたのか、ぜえぜえと息遣いが荒い。
今の俺と同じようにずぶ濡れになりながら、身体を曲げ、まっすぐ俺を見ていた。
そして困惑したような目で、俺の周囲を見渡している。
「…くそ…ッ!」
 啓斗は悔しそうに舌打ちをし、己の膝を力を込めて叩いた。
啓斗の気持ちは分かる。自分が間に合わなかったことを悔いているのだろう。
 俺の周囲には、幾つもの屍体が折り重なり、転がっていた。
それらはもう決して動くことない、ヒト『だった』モノたち。
数分前には微かに痙攣していたものもあるが、今ではもう、唯のタンパク質の塊だ。
 何も隠すことなんかない。
 全部、俺がやった。
「月斗…!何で、何でこんなっ…!」
 切なげに眉を寄せ、かぶりを振る啓斗。
俺はそんな啓斗を見て、無表情のまま首を傾けた。
「…何でって、こいつらが悪いんだよ」
「…!そりゃ、俺はお前が悪いとか言ってない…
こいつらがこんな目に遭ったのは、手前ェらのせいかもしれないよ!
でもな、こんなの…ここまでしなくてもっ…」
「…それ、本気で言ってんのか?」
 俺は肩をすくめて、鼻で笑った。
馬鹿馬鹿しい。これは極当たり前の措置だ。
いや、もっと苦しめてから、『死んだほうがましだ』と感じるまで苦しめてから
殺してやったほうが良かったかもしれない。
だが、一度ついた炎は、そこまで考える余裕を俺には与えてくれなかった。
「こいつらはなァ、こうなって当然なんだよッ!」
 俺は脚を高く上げ、一番近くにあった屍体を蹴りつけた。
まだ死後硬直の始まっていない柔らかい肉体は、俺の蹴りをまともに受け、ぐちゃ、と潰れた。
「お前は知ってるだろう…俺の中の龍のことを。
こいつらはそれが解き放たれることを恐れて、また馬鹿な真似をしやがった」
「…あいつか。あいつが、生贄に…」
「そうだよ、その通りだよッ!全く、馬鹿な奴らだぜ!
そんなことすりゃ、俺にミンチにされることぐらい察しがつくだろうによ!」
 俺の中に、また新たな炎が湧き上がる。
これはもう、俺自身では押さえ切れなかった。
みすみす俺の為に殺された、あいつが可哀想でならなかった。
それを守ることの出来なかった俺自身が、憎くて悔しくて堪らなかった。
俺の知る限りの負の感情が寄り集まり、俺の中から出たいと暴れまわっている。
 これに全て委ねてしまえば、どんなに楽なことだろう。
「くッそ…!」
 俺は拳を握りしめ、押さえ切れない憎しみを、また肉の塊にぶつけようとした。
だが、俺の身体は寸前のところで止まっていた。
「ダメだ、月斗ッ…!」
 俺に覆い被さるように、背後から抱きとめていた。
「何をっ…」
「ダメだ、落ち着け。お前の気持ちは良く分かる。悔しい気持ちも、憎々しい気持ちも、良く分かるよ。
でもな、もう止めとけ。こいつらは十分、己のやったことの仕打ちは受けたんだから…」
 啓斗は、背後から俺を抱き締めながら、幼子に言い聞かすようにゆっくりと言った。
聞き慣れた啓斗の穏やかな声。雨に打たれ、冷え切っていた体を人肌のぬくもりが包んでくれている。
「………」
 俺は次第に、強張った体の力を抜いた。
「月斗…?」
「…もういい、分かった。もういいから離せよ」
「…駄目だ。」
 俺の言葉にも、啓斗は首を横に振り、腕を緩めようとはしなかった。
「…今離したら、お前どっかに行っちゃうだろ」
 俺は呆れた溜息をついた。
「そりゃ…もう俺には帰る場所なんて…」
 そう言いかけた俺を、啓斗の言葉が遮った。
また、言い聞かすような声で、今度は先程よりも必死めいた声で。
「…帰ろ?皆、待ってんだぜ」
「…馬鹿か」
 俺は苦笑で返した。
一体誰が待っていると言うんだ。こんな穢れた俺を。
そして俺自身、帰るつもりなどない。
もう帰り方さえ分からなくなってしまった。
「俺にはもう、帰る場所なんて、無い」
 啓斗を振り払うかのように、語尾を強めてはっきりと言った。
きっとこれで、俺を離してくれる。
そう思った。
帰り方を忘れるのは俺だけでいい。せめて啓斗は日常に戻してやりたかった。
 だが、啓斗はそれでも、俺にぬくもりを与え続けていた。
「…じゃあ俺も一緒に行くよ」
「……啓斗?」
 俺は思わず、目を見開いて首を曲げた。
「お前なんか来なくて良い」
「いや、絶対行く。お前を一人にはさせてやんねーから」
 そう言って、啓斗は笑った。
背後にいる啓斗の顔は、はっきりとは見えなかったけれど、きっと啓斗は笑っていた。
俺にはそう確信があった。
そして、何故だか、そう確信できることが嬉しかった。
 俺はぷいっとそっぽを向き、
「…勝手にしろ」
 と言った。
「ああ、勝手にさせてもらうよ。それに、いつか…」
 いつか、帰れるよ。
土砂降りの良く聞こえなかったが、微かに啓斗がそう言ったような気がした。





 雨はいつまでも降り続いていた。
 まるでこの先の、俺たち二人を暗示しているかのように。














    end.