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<東京怪談ノベル(シングル)>


破滅に至る病 〜顔〜

 忘れるなかれ、その少女を。
 牢獄の闇へと送るなかれ。
 無限の黒で塗りつぶしても、少女はひらりと舞い戻る。
 耳元で、笑うだろう。笑いながら、言うだろう。
 けして逃れる事出来ぬ――
「主の自身、捨てられはせぬ」


◇◆◇


 まるで神が用意した、美しい双子が居たのです。
 月の様な顔立ちに、華の様な唇が咲き、陽の様な瞳が光り、川の様な黒髪なびかせ、雪の様な肢体が踊る。
 全身全霊溢れる美の夢を、和とするは、愛の心。
 それらが一つと、もう一つ。姉と妹、双つの子。
 だけど、彼女は彼女じゃなくて。許せなかった、
 姉が、私の想い人を。
 双子は鏡のやうでした。けれど、彼は二人居ませんでした。
 まるで神が用意した、美しい運命と思われて。憎くくやしくそして嘆く、世界の破滅を呼びそうなくらい、嗚咽は漏れる、涙、枯れた。
 嗚呼、そう、一つだけ、
 一つだけ、まるっきり違う物があったのです。
 心、
 心が、
 心として、
 疾走する―――
(ねぇだから許されるでしょう?)

 あの子の顔を焼いたって

 生まれた日も同じでした。だから彼女達は、同じ高校に通っていました。そして彼が居ました。恋した人も同じでした。けれど、
 一人しか居なかった相手を、
 手にしたのは、姉だ。
 けれど、思えばそれは僅かな差。歯車の軋み。ズレ。間。
 だから、
(今からする事は)
 私が、
(される事だっただろう)
 妹が、
(あの人を手にしたら)
 姉が、
(同じ事を、)
 、
 顔を焼く。

 理科室の、薬品を、戸棚から、ぶちまける。
 嗚呼、私が私じゃなくなる――


◇◆◇


 焼けた目では光を見れず、全ては事故と処理される。
 ベッドの上の姉の姿に、彼は優しい言葉をかける。知っているよ、貴方は優しい、そして、姿も関係ないって。
 心を見てくれたから、私達は貴方を、愛したのだ。
 だから、
 欲しいの。
 この心変えてでも。
 彼が名残を残して去った後、そっと、ただれた顔の傍、
 一言だけ言った。
「目をそらしてたよ」
 真実よりも残酷な嘘に、姉は窓から身を投げた。


◇◆◇


 そして一年が経過すれば、彼は今、私の傍。
 代わり、なのだ。恋人を失った絶望の渕に立った彼の前に、そっくりな妹を、現せたのだ。彼は、縋るしかなかった。それが間違っていても。
 けれど時は教えます、彼女は姉じゃないって、そして、妹だって。
 その心がどれだけただれていても、純粋なのは変わりない。
 だから、妹は幸せだった。姉を殺しても、幸せだった。
 私達は同じだった、私が幸せならば、
「あの子も、」
「幸せと、」
「え、」
「言うつもりか?」

 放課後に、赤い着物の少女。

「な、何、あ、貴方、ど、何処から、き、来た――」
 それはとても可愛らしく、手の平でころがしたいくらい、
 けれど恐怖を覚えるのは、背に冷を、脳に熱を、覚えるのは、
 何故―――

 心が廻る。夢に酔う。
 現が力を行使する。
「気付いておるのだろう、御主は主と」
「何を、何を言う、言うのよ」
「けして、姉と同じじゃないと」
「何を、何を」
 知っているの―――
「何を、とな?」
 小さな童は、夜に舞う。
 場所は、姉が顔を失った場所で。
「全てを」
 ゆっくりと、微笑めば、
 妹は叫びをあげた。

 赤い子供を殺そうとする。細い首を絞めようとする。
 けれど掌、宙をくるり。怖い、涙、何故、なんで、
「なんで貴方が知っているの」
 至極、
 、
 当然、

「御主だからよ」
 そこに居たのは、
 姉だった。

 姉の、姿。
「いやぁ、いやぁ」
 惑う、惑う、夜の森みたいに。心が、乱れる、千切れる、飛ぶ。
 ああその後は語る迄も無く。妹は薬を握り締め、もう一度、もう一度、
「私は、私は、」
 貴方とは―――違うッ!
 もう一度。
「……私は」


◇◆◇

 だから、顔が焼いたのだ。
 心が私よりも、綺麗な、貴方を。

◇◆◇


 夜の理科室に、静寂があった。
 鏡の前で妹は、ひざまづいていた。
 鏡に映ったのは自分だった、姉じゃない、姉じゃない、
 姉じゃ、無いのなら、

 その時涙が溢れた。
 青い雫は、肌に痛かった。

「私、」
 、
「綺麗?」

 姉と同じように、焼け爛れた顔。
 目をそらして。