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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『ジャック・ザ・リッパ―』
【オープニング】
 私は今から、【私は彼女を殺しに行く】、という物語を書く。
 …これを読んでくれている君は誰だろう?
 君は霊感がある者だろうか? そしてその見える物に対してある程度の手段を持つ者だろうか?
 ならば、この書き込みにレスを付けてくれないだろうか? ただ、君の名前を書いてくれるだけでいい。【○○はその作家の後始末をつける事にした】と。それで君は彼女と出会う。
 そう、この書き込みが*月*日を過ぎても消去されていなかったら、それは私が彼女に殺されたという事だから…。
 彼女というのはかつて愚か者だった私が生み出した物語のキャラクターだ。
 君は知らないだろうか? 8年前から今日まで日本各地で夫に隠れて売春をしていた主婦が通り魔にナイフで刺されて殺されている連続通り魔事件を。
 ……告白しよう。それは私が作り出したジャック・ザ・リッパ−なのだー母は父に隠れて売春をし、挙句の果てに客の男と一緒に蒸発してしまったと祖母に教え込まれていた9歳の私が母への怨念を込めて生み出した…。
 そう、すべてが家庭内暴力の果てに妻を殺した我が息子である父を擁護するために祖母が作ったでたらめだと知らなかった…世界で自分が一番みじめで不幸だと信じて疑わなかった私が生み出した…。
 その事実を知った私は愕然とした。そして今更ながらに彼女を作り出し、放置してきた罪悪感に苦しみだした。……笑ってやってくれ。
 私は彼女は最強だと書いた。不老不死の殺人鬼と。しかし、それは絶対ではない。9歳の頃の私が持っていた物語を現実にする力を超える力ならば彼女を殺せるはずだ。
 私にはもはや9歳の頃に書いた物語を書き換えられる力は無い。だけど君を彼女に会わせる物語を書くことはできる。その物語はこの書き込みにレスで君の名前を書く事で始まる。もしも、君が力ある者ならば、すまん。身勝手な話だが、9歳の私の憎悪を抹消してくれ。頼む。これから失われるかもしれぬ命と流される必要の無い涙のために。

actT 海月(クラゲ)
 ただ月があった。
 真っ白な月が。青い海にたゆたう海月のような昼間の月を見つめながら俺は『正神丙霊刀・黄天』を抱き寄せる。
 この命を賭けた戦い…いや、浄化に俺が参戦する事になったきっかけは一つの書き込み。何気なくアクセスした掲示板で俺はそれを目にした。
 それはとある少年が残した懺悔と悔恨の悲鳴だった。
 シンパシー。テレパシストである俺が持つ共感能力。それが見せてくれたのは来る日も来る日も祖母に大好きだった母親の悪口を母親に置いていかれた事で出来た心の傷に塗りこめるように聞かされていた少年の姿。鬼のような醜い祖母の顔。心の奥底にまで侵食してくるような悪意に満ちた声。…そして顔の無い母親。
 シンパシー
『どうしてぇ? どうして僕を置いていったの、母さん?』
 疑問、戸惑い、孤独、絶望、悲しみ…。
 そして…
『くそぉ。くそぉ。くそぉ。信じるものかぁ。もう誰も信じるものかぁ。愛なんか知らない。信じない。世界で一番無条件に愛してくれるはずの人に僕は捨てられたんだぁ。僕の存在理由を真っ白にした。そうさ、僕は透明なんだぁ! 透明人間なんだぁ。世界で一番愛してくれるはずの女に裏切られ捨てられた僕は存在理由を失って透明人間になったんだ。だったらぁ…。だったらぁ…』
 悲しみは憎悪に変わった。きっと僕を迎えに来てくれるに違いない。母さんは僕を嫌いになったんじゃない。裏切ったりしてない。愛してくれているんだぁ…僕を………
 ……信じたい想いが強ければ強いほどそれが叶わなかった時に抱く想いは…………

『おまえは最強だ。心の醜い女どもをすべて殺す残虐非道なジャック・ザ・リッパ―だ。僕を裏切って透明人間にしたあの女のように今子どもらを裏切っている醜い女どもが第二第三の透明人間を作らないうちに皆殺してやれ。僕が書いてやる。そんなヒーロー、ジャック・ザ・リッパ―の物語を』

 狂気という名の哀しみ。すべてを呪う事で自分を悲劇のどん底のまたその更にどん底までに貶める事で得ようとする安心。そしてそれがまた心を悲しみと絶望に染めていく。
 だけど…
『な、なんだって…』
 知ってしまった…真実を。
 見るようになった幻は洗っても落ちる事のない己の全身を染める血と、母親を泣きながら探す子どもたち…。
「心を満たしていく。彼が抱く罪悪感が」
 そして俺は迷う事無くその書き込みのレスに自分の名前を書き込んだ。これで俺は彼女と会う。悲しみと絶望が産んだ…哀しみに…。
 そう、俺の持つ力が役立てるなら、俺はこの命を賭ける危険を厭わない。【感情】は不変ではないから…現に彼は後悔してるから、だから対応できる可能性があるはずだ。
「救える感情があるのならばそうしたいんだ」
 そして俺は青い空にたゆたう真っ白な月が流された血の涙に染まったかのような赤い月に変わった深夜の空の下で、真っ黒なキャミソールを着た妖艶な美しい女と対峙した。

actU 物語の力
「ジャック・ザ・リッパ―。この『正神丙霊刀・黄天』で俺が浄化する。そう、貴女を具現化するその哀しみを」
 俺は『正神丙霊刀・黄天』を中段に構えた。
 彼女には一部の隙もない。さすがだ。確かに最強と言うキャラは具現化されている。だからこそ俺も戦闘態勢で事に望んでいる。だけど心構えは浄化だ。なんとか彼女の懐に飛び込んで、それで俺の【穏やかにする】能力で彼女の行動を削ぐんだ。そうすれば…
「そう、それに俺も信じたい。彼女も憎悪だけで行動するのは無理があるのだとぉ。だからぁー」
 俺は地面を蹴って、突きの一撃を放つ。おそらくは彼女との戦闘力の差は差ほど無い。力が均衡している以上、無闇に動くのは上手くない。そう、セオリーでは。だけど相手が動いてこない以上こちらが隙を作ってやるしかない。そう、最悪一撃を入れられてもその時に出来た彼女の隙に付け込んで、彼女の腕を取る事ができれば。
 突き。彼女は紙一重でそれを上半身を逸らして避ける。だけど俺は見ていた。避け様に彼女の赤いルージュが塗られた唇が嗜笑を刻んだのを。
 そして一撃必殺の突きを放った俺にはその瞬間にどうしようもない隙というのができていて、
 そしてそのまま上半身を逸らした態勢で彼女は左足を軸にバレリーナのように回転し、
 …俺はその次の瞬間に本能的に後ろに飛んでいる。だが、虚空を舞う俺の腹部には鋭い灼熱感が走った。
 アスファルトに着地すると同時に、もう一度地面を蹴り、更に間合いを取る。そして『正神丙霊刀・黄天』を構えながら自分の腹部を確認した。そこには4本の線が刻まれており、剥き出しになった部分からは血が滲んでいた。
 俺は戦慄しながらジャック・ザ・リッパ―を見た。彼女の両手の爪は今や鉤爪状に鋭く伸びている。それがこの8年間、多くの女性を殺してきた彼女の武器なのだ。
 傷口からはどくどくと血が流れ出している。だが、医学生の知識と今までの経験で言わせてもらえば出血は激しいがそうは心配いらない。だから俺は傷の事は頭から追い出す。
 俺とジャック・ザ・リッパ―。均衡状態は再び。互いの武器は互いの武器に。互いの目は互いの目…彼女の両目の端が垂れ下がり、反対に彼女の赤いルージュが塗られた唇の両端が吊りあがる。
 そして今度は彼女がそのまま軽やかなステップで一気に俺へと肉薄してきて。
「舐めるなぁー」
 確かに彼女は物語の中の最強のキャラ、ジャック・ザ・リッパ―かもしれない。だけど俺だって剣の腕前は全国レベルだ。浄化の波動を生み、森羅万象をも断つ『正神丙霊刀・黄天』だって伊達じゃない。
 俺もアスファルトを蹴って前に飛び、彼女を迎え討つ。しかし…
「なにぃ?」
 俺は思わず驚愕の声をあげた。突き出した『正神丙霊刀・黄天』を彼女は避けようとはせずにむしろ自分からその剣先に飛び込んできたのだ。その彼女の行動の意図する物に気がついた時にはすべてが遅かった。『正神丙霊刀・黄天』は確かに彼女の胸を突き貫いていたが(しかも完全に急所だ)、彼女にそのダメージは見られない。現時点では物語を具現化する力の方が上なのだ。
 血のように赤いルージュが塗られた唇の両端は耳まで吊り上がり、そして『正神丙霊刀・黄天』も微動だにしない。
「ちぃぃ」舌打ちする俺。
 俺は『正神丙霊刀・黄天』を手放し、後ろに飛んだ。それと同時に転瞬前まで俺がいた場所を死神の鎌かのような湾曲した鉤爪が薙いでいる。
 しかも……
「『正神丙霊刀・黄天』…」
 彼女の胸を貫いたままだった『正神丙霊刀・黄天』がそのまま彼女の胸に吸い込まれていき、そして消滅する。
「冗談じゃない」
「死ねぇぇ――いィ」
 アスファルトを蹴って、彼女が肉薄する。
 とにくか俺は無茶苦茶に繰り出される彼女の攻撃を避け続ける。
 赤い靴を履いた少女がその靴に込められた呪いのせいで死ぬまで踊り続けるという物語があるが、今の俺のこの状況がまさにそれだ。この彼女とのワルツをほんの一瞬でも止めれば俺は死ぬ。
 どうすればいい?
 繰り出される攻撃。右斜め下から繰り出されるその一撃を上半身を逸らして避けたところに、左手で繰り出される突きが俺の戻りかけた顔面に…、
 笑う彼女。
 だけど俺は諦めない。
 俺は自分からスリップした。それで間一髪その攻撃を回避した俺はそのままブレイクダンスを踊るようにして彼女の足に蹴りを叩き込んだ。
 倒れる彼女。
 形勢逆転。速攻で俺は回転の勢いを利用して立ち上がり、彼女の上に馬乗りになった。両膝で彼女の腕を固め左手で彼女の顎を押さえる。これで人間の体の構造上彼女はもはや上半身を起こす事は不可能だ。
 そして俺は右手で彼女の顔を鷲掴んだ。後は右手から【穏やかにする力】を送り込めば!

『母さん、もうやめてぇ…』

 しかし俺の意志と反して発動したのはぁ、
「な、これは…残留思念?」
 俺の中にあった彼の残留思念が彼女の中に流れ込んでいく。そして…、
「泣いているのか?」
 右手の手の平を濡らす涙。その事に俺は戦闘中だと言うのに茫然としてしまう。
 そして彼女はそれを見逃さなかった。
 ジャック・ザ・リッパ―は俺の拘束する力が緩んだその瞬間にしなやかな全身のバネを使って、ブリッジ、そして更には驚異的な足首、膝、手首、肘のバネによって生み出される力で俺を跳ね飛ばしたのだ。
 虚空を舞った俺はそのままその勢いに逆らう事無くその身を任せ、そしてアスファルトに難なく着地する。だがその隙にしかしジャック・ザ・リッパ―が俺を攻撃してくる事は無かった。
 彼女は消えていた。

actV 涙と血に濡れた手
 電信柱にもたれた俺はため息を吐いた。
「さて、どうする御影涼?」
 腹部を押さえる左手の指の隙間からは赤い血がじわりと染み出して、滴り落ちた赤い血の雫がアスファルトを濡らす。
 血が止まる気配は無い。更に『正神丙霊刀・黄天』も無い。だけど…
「やめられる訳が無いよね」
 他人からは穏やかで優しい性格だと見られている自分。確かにそう。だけどそんな自分の中にも時には積極的に行動する熱い自分もいる。
「自分の血に濡れた左手よりも、彼女の涙に濡れた右手の方が痛いよ」
 だから俺はここで引き下がれない。
 彼女は決して憎悪だけじゃないとわかったから。
 そしてそんな彼女と俺の中にあった残留思念とが混ざり合った今、彼女の物語は揺らいでいるはずだ。そこに俺は勝機を見る。
 世界がざわめく。
 俺は再び物語の中へ。

actW 正神丙霊刀・黄天
「殺す」
「今のあんたにそれができるかな?」
 俺は肩をすくめて薄笑いを浮べる。
 彼女はアスファルトを蹴って、俺に肉薄する。だけど俺は避けない。彼女の左手の突きが俺の右肩を貫く。更に振り上げられた右手が俺の顔にめがけて…
「どうした?」
 しかしその右手は俺の髪に触れる寸前の所で止められていた。
「どうして、俺を殺さない?」
 静かな俺の問いに彼女はヒステリックに叫んだ。
「殺したいさぁ。殺してやりたいさぁ、貴方なんかぁ。私を…僕を透明人間にしたあの女のように僕を苛めるあんたなんか殺してやりたいよ。だけど…だけど僕はぁ…僕はぁ…」
 彼女はいつの間にか小さな男の子になっていた。
 そう、俺の考えは正しかったのだ。彼女を作っていた物語は憎悪なんかじゃない。悲しみだったのだ。常に憎悪を騙っていた悲しみはだけど残留思念と混濁し、もはや物語を紡げなくなった。
 俺の目の前で泣いている彼が求めるのは救い。愛情。だから俺は…
「来い。『正神丙霊刀・黄天』」
 物語が効力を無くした今『正神丙霊刀・黄天』の存在を禁じる物は何も無い。
「俺が君を浄化する。この『正神丙霊刀・黄天』で。逢わせてあげるよ、君をお母さんに」
 そう言った瞬間の彼の涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んだ顔に浮かんだのは迷子の子どもが親に巡りあえた瞬間に浮べるような表情だった。
 そして俺は『正神丙霊刀・黄天』を一閃した。

ラスト
 夜空には綺麗な蒼銀色の月が輝いていた。
 その月明かりを見て想うのはすべてが悪い夢であったのだろうという感想だ。現に俺の腹部や肩の傷は消えている。
 だけど右手にはまだ涙の温もりがあった。
「さてと、帰るかな」
 右手をぎゅっと握り締めて俺は呟いた。ずっと迷子だった彼の方向性は決まったのだ。もう彼は決して迷う事は無いだろうから。
 そんな歩き始めた俺の懐で携帯電話が着信音を鳴らした。液晶画面には草間の文字。やれやれ。またあの人の下に怪奇絡みの依頼が舞い込んだらしい。
 俺は携帯に出て、彼にすぐに行くと伝える。そして一人苦笑いを浮べた。
「俺ってけっこうお人好し?」
 ひとり呟きながら見上げた月はとても優しかった。
 
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1831/御影涼/男/19/大学生兼探偵

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、お客様。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
草間・アトラスに引き続きゴーストと連続で制覇していただきありがとうございます。
本当にもうお客様にはただただ恐縮でたくさんのお力を頂きました。^^
まだまだ拙い文章しか書けず、理想と今の技術との差に思い悩む日々。だけどこんな僕の小説を連続でご依頼していただけた事、頂けた物・・・それはもう本当に言葉にできないほどに嬉しくって。
本当にありがとうございました。m(_ _)m
もう本当にこれほどまでに嬉しい事は無いのです!!!


さてさて、そしてこのたびの小説はどうでしたでしょうか?
今回は涼の熱さと感情の動きを表現したくって一人称で書かせていただきました。
もう本当に涼の持つ優しさと同時に彼が持つ熱さ、そして『正神丙霊刀・黄天』を思う存分に書けて、
とても嬉しかったです。
『正神丙霊刀・黄天』浄化の波動を生み、森羅万象すらも断ち切るこの刀は草間では哀しいジンクスを生み出した女性の哀しみを、そしてこのゴーストでも哀しみの結晶である男の子を救ってくれました。
ただ敵を滅する武器ではあらず、哀しい想いを救う力・・・今回は本当にその一番の魅力を表現できて嬉かったです。
実にこの『正神丙霊刀・黄天』は優しい涼にぴったりの武器ですよね。武器を振るうことによってそのキャラの優しさを表現できるというのは書いていて本当に面白いですし、やりがいがあります。
どうでしょうか? 今回の小説、お気に召していただけたでしょうか?
もしもお気に召していただけたのなら、作者冥利に尽きます。^^ 

涼というキャラの魅力をまだまだ引き出していきたいと思います。
そしてもっと『正神丙霊刀・黄天』の見せ所を書く事ができたら!
課題はたくさんはありますね。^^
前にも書きましたがクリエーターズショップで『ドリームコーディネート』という部屋を開かせていただいております。
そこでちょくちょくと情報を載せていくので宜しければチェックしてやってくださいね。
今は新たな草間の依頼サンプルの構想を練っております。^^

それでは本当にお客様、たくさんのありがとうと力を頂き、本当にありがとうございました。
魅力溢れる涼と『正神丙霊刀・黄天』は書いていて本当に楽しいので、また宜しければ書かせてください。その時は誠心誠意一生懸命書かせていただきます。
それでは失礼します。