|
東京怪談・草間興信所「悲願への道を」
■オープニング■
『崇高なー思想とはー理解されないものなのであーる』
「零、コーヒーを頼む」
「はい、兄さん」
『私はー私達の置かれたー不当にして不幸な状況をー改善すべくー全力をあげてー立ち向かう事をー誓ったー!!!』
「……ああ、ブラックで少し濃い目にな」
「……わかってます」
『しかしーこの崇高なる志はー理解されずー私はー仲間をー失う事となったー』
「…………兄さんそろそろ買い置きの豆が少なくなってます」
「…………買い出しに出る時にでも補充しておいてくれ」
『それでもー我がー不屈のー闘志はー衰える事を知らぬー!!!!!!』
「……………………それじゃあこのコーヒーいれ終わったら買い出しに行ってきます」
「……………………俺も付き合おう」
『そこでー私はーそこの労働闘争等知らずー30に手が届きそうだというのに嫁もおらずー日々安穏と生きている探偵とかいう便利屋っポイ職種に依頼を行うー!!!!!』
「って誰がなんだと!?」
返事をした時点で草間の負けである。
事務所内は換算としていた。その中央で滂沱の涙を流した『それ』がたった一人で聴衆のないアジ演説を行っている。
半透明の頭に『春闘』と言う鉢巻をつけた――一人の親父な幽霊が。
全国幽霊共同組合連合、略して全G連会長。嘗て『幽霊は夏のもの』と言う根拠のない思い込みを打破し広く幽霊を世間に認めさせるために立った立志伝中の人――もとい死人である。どうやら全G連は紆余曲折の果てに解散してしまったらしい。
『再びの全国幽霊共同組合連合、全G連結成に向けての会員を広く募集するのであるー!!!!』
「勝手にすればいいだろう勝手に!」
『そうかー私の為に死んでくれるかー!!!!」
「何故そうなる!」
にじり寄ってくる幽霊に怒鳴り返しながら、草間は必死の形相で受話器を取った。
「誰かー!!!!」
草間を救い、そしてこの迷惑な幽霊を撃退するものは誰だ?
■本編■
全国幽霊共同組合連合、略して全G連。
それは『幽霊は夏のもの』と言う安易な思い込みを打破し、幽霊の正当なる社会権を回復するべく集った幽霊達の組合。
その悲願が達成された暁にはその名は深く歴史に刻まれ、燦然たる輝きを放つであろう。
ガンバレ全G連!
いつかその栄光を手にする日まで!
襲い掛かる艱難辛苦を乗り越えて!
道はできる、きっとできる、君達の後ろに!
と無責任なエールを送ってもなんにもならない単なる迷惑な幽霊の集団である。と言うか、だったのである。
現在会員一名。その一名は草間を二名目に加えるべく、勧誘の真っ最中であった。
果てしなく迷惑に。
そろそろ風が冷たくなってきたな。
そう思いつつシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は事務所への階段を昇っていた。暇な時のバイトの筈が今ではすっかり社員状態だ。別段それに不満はないがおやおやという感慨は沸いてくる。
つまり、
「なるほど秋ねえ」
センチメンタリズムをその一言で片付けてとんとんと残りの階段を昇る。
そこに聞こえてきたのだ、その悲鳴が。
『誰かー!!!!!』
一瞬ぴたりと動きを止めたシュラインは次の瞬間ものすごい勢いで残りの階段を昇りきり、事務所へと駆けこんだ。
「何事なの?」
「あ、シュラインさん」
頭からなべの蓋を被り、部屋の隅に退避していた制服姿の少女がシュラインへと手を振る。
「みなもちゃん?」
海原・みなも(うなばら・みなも)は頭のなべの蓋を取らないままちょこちょことシュラインのいる戸口へとやってくる。みなもは登校前に興信所へと顔を出したのだが、そこへ『この』事態に遭遇し、登校できなくなったらしい。
「うちのお母さんお仕置きが過激ですから、学校に連絡だけでもしておきたいんですけど」
ほとほと困ったと言うように、みなもは深く深く嘆息する。
シュラインも部屋の中を見て困ったように肩を竦めた。
「確かにこれじゃあ電話もできないわねぇ」
「そうなんです」
どうしましょう?
そう言ってみなもがシュラインを見上げてくる。実にほのぼのとした心温まる光景だ。
この一角に於いては。
『つまりーこの探偵とかいう職種はー世の為ー人の為と言うーお題目でー人様のプライバシーをー覗いたりするものな訳であるからしてーここはー我々のー仲間となるべきー資格をー有しているとー考えるーものであーる!』
「何故そうなる!」
『天罰とーいうものであーる!』
「勝手にそんなものを当てるなー!!!!」
……………………
「そーねえ。だったら後から私が連絡してあげるわよ。みなもちゃんがするより大人の私がした方が説得力もあるでしょうし」
「わーほんとーですかー! 助かります」
「どう致しまして、いいのよ大した手間じゃないもの」
『とー言う訳でーいざ参られよ全国幽霊共同組合連合、略して全G連へー!!!!』
「お前らいい加減他人のふりは止めないかっ!」
シュラインとみなもは顔を見合わせた。
「まあ……」
「誤魔化せるとも思ってませんでしたけど」
二人揃って溜息を吐く。
部屋の中央では草間武彦が怪しげな幽霊に迫られている真っ最中であった。
こくり。
零にいれて来てもらったコーヒーを一口飲み込みシュラインは溜息を吐いた。
何があったのかを問い掛けて、実演付きで再び言い争いを始められた時には本気でどうするかと思ったが。
それは一部始終を見ていたみなもにもうんざりだったらしい。みなもはみなもで今はソファーの上で頭を抱えていたりする。まあなにを考えているのかそれは外からは窺い知れないが。
「………まぁ、30近くで独身でも、係長で出世打ち止、見合い17回失敗、女子職員にマニアックな酷評をされた挙句風俗店入りを目撃され、セクハラの噂が立ち会社を追われ、思い余って受けたゲイバーの面接を客が逃げそうと断られたワケじゃないんだし良いんじゃない? どこの誰の話とは言わないけれど……我ながらよく覚えてたと思うわ」
誰でもない、この幽霊の経歴である。中々凄まじい。
『きーさーまーはー!!! それはー我々に対するー挑戦なのかー!!!』
「何故そこで喚きながら俺の肩を抱くんだ貴様は」
『同志ではーないかー!!』
相変わらずのアジ演説口調でとんでもない事をさらっと言い放つ。
あのねと抗議しかけたシュラインを遮って、みなもがきょとんと小首を傾げた。
「ところで『春闘』ってなんですか? なんかお父さんたちが昔よく言っていたのを見た気がしますけど。闘うんでしたら、何と闘うのですか。幽霊さんたちにも社会保障とかボーナスとかやっぱりあるんですね。だって勝ち取るんですよね。そういえば、秋なのに『春闘』なんですか?」
つらつらと疑問符を投げかけてくるみなもに、幽霊リーダーは大威張りで答えようと胸を張る。
『いいか娘ー春闘というものはー崇高なー意志とー』
しかし、
「うーん分からない単語が多いですね。それじゃ先に調べてきますから」
ぺこりと頭を下げ、みなもは立ち上がる『零ちゃーんパソコン貸して欲しいのー』と呼びかけながら。
これはつまり。
「逃げたな」
「逃げたわね」
しかも自覚なく実に要領よく。
シュラインと草間は溜息をついて顔を見合わせた。
『小娘ー我々のー至高なる演説をーなんと心得るー!!!!』
「だから我々と言いながら俺の肩を抱くな!」
『おお同志よーだがー男同士がー手を繋ぐと言うのはーそれはあまりー気持ちのいい光景ではーないとー思うーところであーる!!!!』
「誰が代えろといった止めろと言ってるんだ俺は!」
ぎゃあぎゃあぎゃあ。
シュラインはコーヒーカップを持って立ち上がる。
「エマ!?」
「ごゆっくり」
あほらしくて相手にしてられるかこんなもの。
完璧な笑顔にその本音を見事に潜ませて、シュラインはみなもの向かっているパソコンへと歩み寄った。
春闘終わって日が暮れて。
頑なに拒みつづける草間に幽霊が根負けした頃。
みなもとシュラインは二人揃って給湯室の床に座り込みオセロに興じていた。完全に現実逃避である。
「さて、そろそろいいかしら?」
「うーん……そうですねえ」
みなもは真剣な面持ちでちょっと負けが込んできているオセロ板を見つめている。シュラインは苦笑して立ち上る。それに慌ててみなもも続いた。
「お疲れ様」
草間に歩み寄り、シュラインは苦笑する。最早言い返す気力も体力もないのだろう、草間はぐったりとソファーに懐いたまま顔も上げない。それは幽霊も同じようで実体がないくせにぐったりとしている。透明度が多少増した用に見えるのは恐らく気のせいではあるまい。
「それで、気は済みました? 悲願の達成は……まあちょっと無理だと思うんですけど、できればあんまり霊水とかでの強引な浄霊はしたくないんですよね」
『うううう、だってだってええええー』
泣くな頼むから。
そう内心思わないでもなかったが、シュラインは真剣な面持ちで(面持ちだけは真剣にとも言う)幽霊に語りかける。
「で、全G連が解散した一番の理由は何? その辺りをちゃんと認識して改めておかなきゃいくら集めても元の木阿弥でしょうし」
『それはー皆がー盆がきたと言うのでー実家に戻りーそしてそのまま成仏したらしいからであーる!!!!』
なるほどとシュラインとみなもは頷く。そう言えば特に悪さをするわけでもなくただなんとなく幽霊でいましたと言うような無害な幽霊の集団だった気がする。そしてこんなのが上なら成仏の方がなんぼか健全だと答えを出したのも頷ける。だってほらこれだし。
「つまり根性の入った幽霊さんでないとだめなんですね」
「武彦さんが根性入った幽霊になるとは思えないけど」
『いいやーこやつはーきっとー結構ー怨まれているのでー根性はいっているのであーる!!!』
どんな理屈だろうかそれは。シュラインは流石に痛み出した頭に指を当て、ほとほと呆れたとばかりに肩を竦める。
「あるならこんなに消耗してるはずがないでしょう。それにホントに集める気があるなら、もっと連合に対し積極的に後押しするような人間が居る場で演説したらどう? 例えば年中心霊ネタ集めてる某雑誌社とか某サイトだとか。心霊スポットにも詳しいし力になってくれると思うけど」
「エマさんそれ押し付けてるっていいません?」
ぼそっとみなもが囁いた言葉は勿論無視だ。
『しかしーこやつをースカウトするのはー捨てがたいー!!!!』
「草間さんはダメですよ。ちゃんと生きてますし。ホントにちゃんと死んでる方じゃないと幽霊さんの悲願も理解してもらえないんじゃないんですか?」
『ううう〜〜〜〜』
幽霊リーダーはいやもう単品幽霊だが唸った。唸って唸って唸った挙句に、
「第一職なくって自殺した幽霊が料金払う充てがあるの?」
という非情極まりないシュラインの言葉にすごすごと退散の憂き目を見た。
「世の中不条理ですよねー」
オセロの続きに興じながらみなもが言う。シュラインも全くと頷く。
とりあえず幽霊の脅威は去った。去った後に残ったのは、
「……見捨てたな。容赦無くお前達俺を見捨ててくれたわけだな?」
気炎を吹き上がる草間武彦の存在のみである。
寧ろこれからが大変なような草間興信所だった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
今回はお話がいくつかに分かれております。端的に言いますと『成敗編』『なんか説得編』『真摯じゃないけど説得編』の三パターンです。
どれがどれに当たりますかは見た感じでなんとなく分かってください。<おい
現在避難民生活中。もう数日の事だとは思うのですがまともに家にいれない状況です泣ける事に。ああ、流浪の幽霊リーダーの気持ちが良く分かる。てのは嘘ですが。わかって溜まるかこんなもの。<すさんでるし
今回はお待たせしてしまって申し訳ありません。参加ありがとうございました。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
|
|
|