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<東京怪談ノベル(シングル)>


emergency☆ぱんぷきん

 この時期、クロガネ邸にはそこらに幾つものかぼちゃがごろごろと転がるようになる。勿論、ハロウィンのジャックオーランタン、所謂カボチャ提灯を作る為である。花霞もその手伝いに大忙しで、その日もぱたぱたと軽快に走っていた。そんな花霞の足元に、突然三十センチ程の綺麗な金色のカボチャがごろごろと転がり込んで来た。勢い余って、花霞はそれを思いっきり蹴っ飛ばす。ごろごろごろ!とその金色カボチャは前方に数メートル、勢いよく転がっていった。
 「イッタイんだな!イキナリ蹴るとは、酷いんだな!」
 くるくると水平方向に回転しながら、その金色のジャックオーランタンは花霞に向かって抗議した。怒りの余り、ぐるぐる勢いよく回り続けていたが、やがて目が回って酔ったのか、よれよれとしながら回転を止める。
 「あら、ゴメンネ?だっていきなり足元に転がってくるんだもん。…どうしたの?何か顔が青ざめてるよ」
 この派手な金色ジャックの、どの変が青ざめて見えるのかは、定かではないが、きっと花霞の目にはそう見えるのだろう。それを聞いて金色ジャックも、そうそう!と両手をポンと打ち鳴ら…せる筈もなく、そうそう!とその場でくるくると回った。
 「イヤ、実は、仲間のジャック達が、何故かは分かんないけど街中で暴れているんだな!このまんまだと、この街は焦土と化してハロウィン所じゃなくなるんだな!そうなる前に、一緒に皆の暴走を止めて貰いたいんだな。…ダメ?」
 金色ジャックが、花霞の足元から上目遣いで見上げてくる。その懇願の目線に負けたと言うよりは、好奇心に負けて、花霞はどーんと自分の胸を勢いよく叩いた。
 「任せて!鬼ごっこは得意だよ!」
 鬼ごっこじゃないんだな……金色ジャックは脱力してそう呟いた。


 最強アイテム(?)、ピコハンを手にした花霞と金色ジャックが家を出て街へと繰り出すと、街中は未曽有の危機…とまではいかないが、それなりには騒動になっているようだ。ワーとかキャーとか、やる気の無さそうな悲鳴が聞こえてくる。通りの向こうで、何かが煌めいては弾けるような爆発音が響いていた。
 「…なんか、すっごく派手な音がするんだけど……」
 「一緒に行って欲しいんだな。…多分、アレは、白カボチャと黒カボチャの二人が喧嘩をしているんだな……」
 金色ジャックの口調が重い。どうやら、その白黒カボチャの喧嘩は日常茶飯事のようだ。
 通りの角を曲がって、花霞と金色ジャックがその通りへと出る。その途端、一筋の白銀色のビームが、花霞の目の前を掠め、顔の横のコンクリ壁を、まるで炎天下のアイスクリームみたいにじゅわッ!と溶かしてしまったのだ。
 「きゃあ!!なに、コレ!」
 花霞が驚いて横っとびに飛びすさると、さっきまで彼女がいたその足元に、今度は白金色のビームが飛んで来て、同じようにジュー!とアスファルトを溶かした。
 「……派手な喧嘩ねぇ」
 「そんなのんびり感想を述べている場合じゃないんだな!」
 また、慌てた金色ジャックが、その場でくるくる回って花霞に抗議をした。そしてお約束でやっぱり目を回し、後ろを向いて、えぐえぐ吐き気を催している。
 そんな金色ジャックは置いといて、花霞が通りの方をと見れば、白いカボチャと黒いカボチャが、向き合って何やら言い争いをしているではないか。
 「ですから……さっきから言っていますでしょう……?それはアナタの我儘なのですから……」
 掠れたような細やかな声で、白カボチャが囁く。それに答えるのは、何やら妙に不健康そうな顔色の黒カボチャである。
 「何を言う!我儘なのは貴様の方だろう!身の程知らずめが!」
 そう叫ぶと黒カボチャの三角に切り抜かれた目がカッと光を放つ。白金色のビームが放たれ、白カボチャの真横をすり抜けて背後の道路標識をぐにゃりと曲げた。
 「…何をなさいますの…乱暴な方…ですのね………」
 白カボチャは溜め息混じりにそう囁く。こっちは何故か妙に色気のあるカボチャであった。人間に例えれば、血圧高そうなオヤジの黒カボチャに、妙齢のお水系美人の白カボチャと言った所か。
 「ねぇねぇ」
 「あ?なんだ?」
 「……なにか、…御用で……?」
 ひょこりと二つのカボチャの間で立った花霞が、人懐っこい笑顔で互いの顔を覗き込んだ。
 「さっきから何を喧嘩してるの?スッゴク不穏そうなんだけど、何か深刻な話?」
 花霞の質問に、二つのカボチャが同時にフン!とそっぽを向き合う。
 「深刻も深刻ですわ…アナタ、ちょっとこの強情なカボチャ頭に…何か言ってやってくださいません……?」
 「カボチャ頭は貴様の方だろう。融通が効かないとはまさにこの事だ」
 「…私にはどっちもカボチャ頭に見えるけど」
 ビシュ!ぼそりとツッコんだ花霞の足元目掛けて、ほぼ同時に白金色と白銀色のビームが鋭く飛んだ。
 「きゃ!危ないじゃない!」
 「喧しい!貴様が下らぬ事を言うからだ」
 「カボチャにカボチャ頭って言って、何が悪いのよ!」
 ムキになって花霞が言い返せば、再び白金ビームが飛んでくる。きゃー!と悲鳴を上げた花霞は、咄嗟に傍にいた金色ジャックを両手で抱えて盾にした。
 「ぎゃー!!」
 しゅううぅう……もろに黒カボチャのビームを正面から食らった金色ジャックは、白い煙を吐きながら白目を剥く。
 「ひ、…酷いんだな………」
 「ホントにヒドイわね!」
 憤慨する花霞に、金色ジャックは酷いのはキミだと言いたかったが、口から煙を吐いていたので言えなかった。花霞はそんな金色ジャックの哀愁は気にも掛けずに、手にしていたピコハンをえい!と白黒カボチャの脳天目掛けて叩き込む。ピコ!と音と共にキラキラ光る星が零れ出て、二つのカボチャは白目を剥いて気絶をしてしまった。
 「やりっ! 討ち取ったり〜★」
 わははは!とばかりに仁王立ちした花霞が、ピコハンを片手に高々と掲げて勝利を宣誓した。


 「さっ、この調子でバンバン行きましょ♪」
 意気揚々と歩く花霞の後を付いていく金色ジャックだが、その歩みはよろよろと蛇行している。やがて二人の前に現われたのは、真っ赤なカボチャだ。くるくると回りながら花霞の足元までやって来た。
 「………?」
 うん?と疑問符浮べた表情で花霞が足元の赤カボチャを覗き込むと、イキナリその赤カボチャが、がはぁッ!と喀血した。
 「うわぁ!ちょ、ちょっと大丈夫!?」
 さすがに心配になって花霞が赤カボチャへと手を伸ばす。その途端、赤カボチャが咳き込む様子を見せたかと思うと、再び喀血…ではなく、今回は何故か、がぁッと火を噴いた。
 「ぎゃー!!」
 今度の悲鳴も、金色ジャックの悲鳴だった。当たり前のように、花霞は金色ジャックを盾にして、赤カボチャの炎攻撃を防いだのだ。金色ジャックの表面が少し焦げて、何処となく美味しそうな香りを周囲に漂わせている間に、花霞のピコハンが炸裂する。
 「討ち取ったり〜★」
 最後まで討ち取り終わる前に、自分の命運の方が討ち取られそうだ。遠くなる意識の片隅で、金色ジャックが涅槃を見た。


 「…これ以上、ボクを盾にすんのは止めて欲しいんだな……」
 「何言ってるの!まだ二回しか盾にしてないじゃない」
 にこやかにそう言い返されて、金色ジャックは静かに涙を流している。
 と、そんな二人の前を、ゴーッ!と凄い勢いで細い竜巻が通り過ぎて行った。花霞のスカートをも吹き上げて、際どい所まで捲り上げる。
 「いやぁッ、えっちー!」
 「ぎゃー!!」
 花霞の悲鳴と共に、聞き慣れた誰かの悲鳴も聞こえたような気がした。慌ててスカートを両手で押さえた花霞だが、そのスカートの中に何かがもごもご引っ掛かっている事に気付く。はっとして花霞がスカートの裾を持ち上げると、どごっと鈍い音がして、中からチョビ髭を付けた青いカボチャが転がり出て来た。
 「イテテ…失礼だな、キミ。痛いじゃないか」
 「痛いじゃないか、じゃないわよ、このスケベカボチャー!」
 勢いつけて、花霞が青カボチャを蹴っ飛ばす。キーン!と音速の勢いで、青カボチャは銀河の彼方へとすっ飛んで行った。キラリ、とお約束で星となって空の向こうに消えたのだが、まぁ数時間後には重力に引かれて落ちてくるだろう。多分。
 「…あれ、金色ジャックちゃんは?」
 ふと気がついて花霞が周囲をきょろきょろと見渡す。暫くして、金色ジャックが上空からすこーん、と落ちて来た。どうやら、さっきの竜巻に巻き込まれ、空高く舞い上がったのが、元凶の青カボチャが消えた事で竜巻も消え、そのまま落下してきたらしい。
 「…ジャックちゃん、ヒビが入ってるよ……?」
 「……」
 既に自分の悲しい運命を悟った金色ジャックなのであった。


 「ん〜、美味しいんだなぁ!やっぱりハロウィンはお菓子を食べないとなぁ!」
 そう叫びながらはぐはぐと店頭のお菓子を食べ散らかしている桃色カボチャの背後に、そっと花霞がピコハンを構えて忍び寄る。お菓子好きな故か、丸々とした桃色カボチャに向け、必殺ピコハンを頭上高く構えたその時だった。
 ずーん、ずーん、ずーん……。
 何やら、低く重量感のある振動音が響いてくる。花霞と一緒に、口から棒キャンディーをはみ出させた桃色カボチャも背後を振り返った。
 「……もしかして…ラスボスってヤツ?」
 花霞が、ぼそりと呟く。その視線の先、道路の真ん中をひょーいひょーいと飛んでくるのは、全長一メートルあまり、ジャックオーランタンの定番とも言える、ツヤツヤとした燈色のカボチャだったのだ。さすがにラスボス、その様子は威風堂々たるものである。ほーっとそれに見惚れる花霞と桃色カボチャであったが、素知らぬ顔で花霞が視線も向けずに斜め右に振り下ろしたピコハンにヤられて、桃色カボチャもその場に昏倒した。
 「これで最後なんだな!頑張って欲しいんだな!」
 「分かってるって、任せて!」
 むん、とガッツポーズをする花霞に気付いた燈色カボチャが、ぐるーりとゆっくり振り向く。
 「…何用だ」 
 そう呟き、暫しの間花霞の方を見詰めていたが、地面から数センチ浮いた状態のまま、凄い勢いで花霞目掛けて体当たりをかまして来た。すんでの所で、それを避ける。濛々たる煙を巻き上げ、燈色カボチャは花霞の背後のコンクリ壁にめり込んだ。ブロックが崩れ、瓦礫が転がる。その様子を呆然と見詰めていた花霞だが、傍らに居た金色ジャックを両手に持つと、そのままガクガクと前後に揺さぶった。
 「ちょっと!聞いてないよ!こんなに狂暴なジャックオーランタン、どうしろって言うの!?」
 「だっ、だから言ったんだな、街が壊滅するかも、って」
 「だからってこれは幾ら何でも……アアッ!」
 花霞が悲鳴を上げたのは、燈色カボチャが崩れたコンクリの瓦礫の中から体勢を立て直してまたこっちに突進して来ようとしたからだ。咄嗟に花霞は、手にしていた金色ジャックを、燈色カボチャに向けて投げ付ける。
 「ぎゃー!またなんだなー!!」
 ガッ!金色ジャックの悲鳴と共に、彼の体は特大ジャックのくり貫いて作られた右目の隙間にかっぽり嵌まってしまったのだ。
 「あう、あう…取って欲しいんだなー!」
 「それはこっちの台詞だ、早く出て行け!」
 ぐるぐる回って金色ジャックを振り落とそうとする燈色カボチャと、自分も抜け出ようとじたばた暴れる金色ジャック、その二つのカボチャが慌てている隙に、花霞は華麗なるジャンプを決める。
 「ひっさーつ!ほあしあハンマー!!」
 ピコ!

       ほあしあの こんしんの いちげき!

 花霞のピコハンは、見事、特大カボチャの眉間に炸裂した。そこからしゅうぅ…と白い煙を吹き上げながら、特大カボチャのジャックオーランタンも、崩れ落ちるように気絶する。ごろん、と転がったそれの右目から、同じく昏倒した金色ジャックも、ごろごろと転がり出て来た。


 夕暮れを迎えたクロガネ邸の庭に、カボチャ提灯の柔らかな光が揺らめく。何とか六匹の暴走ジャック達を捕獲出来た花霞は、被害も最小限に押さえて無事にハロウィンを迎える事が出来たのだ。
 「Trick or treat!」
 玄関先でそう叫んだ花霞の前に、金色ジャックオーランタンがばーん!と飛び出して来た。金色ジャックの身体は、ビームや炎で焦げてたり、落下の衝撃でヒビが入ってたり、燈色ジャックの目に嵌まってたせいで、カボチャの角が削れたりと、満身創痍の状態だ。中で灯った蝋燭の光が、くり貫かれて作られた顔以外の所からも漏れ出ている。楽しい筈のハロウィンの夜に、何故かうらぶれた雰囲気をひとり漂わせていた。


 「なんでボクの被害が一番甚大なんだなー!?」