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<東京怪談ノベル(シングル)>


Jack-o'-Lantern

10月31日。
クロガネ邸では夜のハロウィンパーティーに向けて慌ただしく準備が進められていた。
「あれ?ピコハンだ。誰だろ、こんなところに置いたの……」
階段の途中に放り出された黄色と赤のピコピコハンマーを拾い上げて、蒼月支倉は首を傾げる。
はて、誰かピコピコハンマーを使った仮装をしていただろうか……。
ハロウィンと言えば仮装。
仮装と言えばパーティーと言う事で、今夜行われるのは仮装パーティー。
参加者も主催者も準備する人も誰も彼も、拒否権なく仮装をしなければならない。
邸内の飾り付けを手伝う支倉もまた、吸血鬼の牙と黒いマントを身につけている。
勿論これは準備中の仮装であって、夜までに幾つかのバリエーションを用意しているのだが。
左の掌に打ち付けて音を出しつつ、支倉は呟く。
「このまま置いとくかな……、持ち主を探すかな……」
階段の手すりには魔女の箒や黒猫の置物やお菓子が並んでいる。一緒に置いておけば持ち主が見つけるだろうか……。
考えつつ、手すりから取ったピーナツ入りキャンディを口に放り込んだ時、玄関が何やら騒がしくなった事に気付いた。
手すりから身を乗り出して見ると、準備に右往左往する人の足元を跳ねるように進んでくる金色のジャックオーランタン。
「何だろあれって……ロボットか何かかな?」
体長は30cm程度。
「蒼月支倉だな?」
「え?」
口があるからにはやはり口から発せられたのだろう、やや低い男の声で金色のかぼちゃは言った。
「違うのか」
「違わないよ。僕は蒼月支倉だけど……」
何故ジャックオーランタンが喋るのか。
……気になるのだがまぁそこはそれ、何せハロウィンであるからして多少の不思議には目を瞑ろう。
「そうか、蒼月支倉か」
まるで頷くように、2〜3度上下して金色のそいつは支倉の元へ跳ねてきた。
かぼちゃが慌てている……と表現するのはどうもおかしいような気がしないでもないが、さも慌てているかのように、くり抜かれた目で支倉を見る。
「き、君は一体?」
「名乗る程の物じゃない。急いで来てくれ」
「何処へ?」
「街だ!街に決まってるだろう!ジャックオーランタンが暴れ回ってるんだ!」
「へ?」
ピコピコハンマーを持ったまま、支倉は首を傾げる。
「早く止めてくれ!」
止めてくれと言われても。
「えーっと?」
「お前はこの街がどうなってしまっても良いのか!?自分さえ楽しければ他の人間はどうでも良いのか!?」
そう言う訳ではないのだが。
「良いから早く来るんだ!」
来いと言われても……。
「で、でもどうやって止めるんだよ?ジャックオーランタンの退治方法なんて僕知らないけど!?」
喋りにくいので吸血鬼の牙を外して言う支倉。
フッ。
と、金色かぼちゃが笑ったように見えた。
「お前の手にあるものは何だ?」
「何って……」
拾ったピコピコハンマーだ。
「立派な武器だろう。さぁ行くぞ!お前が街を守るんだ!」
ポンポン跳ねて先をゆく金色かぼちゃ。
「どう考えたって無理な気がするけどなぁ……ピコハンじゃぁ……」
体にまとわりつく黒いマントを外しつつ、支倉はその後を追い掛けた。


「うわぁぁぁ!」
金色かぼちゃを追い掛けてやって来た街はどえらいこっちゃになっていた。
人々の足元を跳ねて擦り抜ける6個のジャックオーランタン。
そいつらが、そりゃもうあっちこっちで好き放題やらかしているのだ。
「ど、どうなってるのこれ!?」
兎に角、どうにかしなくては。
どうにかしなくてはならないのに、手持ちの武器はふざけたピコピコハンマー。
「頑張るんだ」
足元で止まった金色のジャックオーランタンが支倉を見上げる。
「あのねぇ!頑張るんだなって言ったってさ!」
一応、抗議はしてみるがどうも相手は聞く耳を持っていない様子。
「……一体何なんだよー。でもどうにかしないとな。うん。取り敢えず、やれるだけやってみよう」
仕方なく、ピコピコハンマーを握りしめる。
「えーっと……」
呟きつつ、目を走らると、どうやら暴れ回っているのは6体のかぼちゃであるらしい。
白と黒と赤、緑、桃色。そして橙色のやたら大きな奴。
「うーん、色合いが何だか特撮っぽいなぁ……」
などと言っている間にすぐ側の輸入菓子屋から悲鳴。
「中に入り込んだみたいだな。急げ!」
金色かぼちゃの指令。
支倉は慌てて店内に走る。
輸入菓子店は今日が久々の稼ぎ時とばかりにハロウィンの飾り付けで賑やかだった。
骨の形のキャンディ、小さなかぼちゃのクッキー、血の如く赤いガム。
モンスターや吸血鬼、ホラー映画のかぶり物などがところ狭しと並んだ中に、突然入り込んだ動くジャックオーランタン。
「Trick or treatだぁ〜!!」
ハロウィンおきまりの文句を叫びつつ、そこらそうじゅうのお菓子にかぶりついている。
「うーん、意地汚いなぁ……」
口に運ばれたお菓子がどこでどうやって消化するのかは取り敢えず置いといて。
「すきありっ!」
丸まると太ったピンクのかぼちゃに、支倉はすかさずピコピコハンマーを振り下ろした。
商品の棚から落ちてピタリと止まったピンクかぼちゃ。
「まずは1匹、討ち取ったりぃ!」
気絶したらしいピンクは金色に任せて、支倉は店の外に出る。
途端、
「うわっ!」
凄まじい風で店内に押し戻されてしまった。
「な、なんだ!?」
砂埃から目を庇いつつ見ると、体に何やら布のような物を被った緑色のかぼちゃが竜巻を起こしている。
「何でかぼちゃが竜巻なんか起こせるんだろう……」
感心しつつ、足を踏み出す。
「はっはっはー!良い気分だねぇこうして人間達を驚かせるのはーっ!気分爽快だねぇ!」
ひょんひょん跳ね回り竜巻を起こしたら、そりゃぁさぞかし気分爽快だろう。
「何で覆面なんか被ってるんだろう……」
などと呟きつつ、支倉は竜巻と言っても慣れれば身動き出来ない程でもない風に立ち向かってそっと緑の覆面かぼちゃに近付いた。
「何て言うか、ちょーっとツメが甘いんだよね……」
どうもかぼちゃと言うのは単純らしい。自分の所業や前ばかりに気を取られ、後ろに支倉が迫っても全く気付いていない。
「折角楽しく暴れ回ってるところを邪魔して申し訳ないんだけど……」
まるで血を吸いすぎて身動き取れなくなった蚊でも殺すように、支倉は緑の覆面かぼちゃにピコピコハンマーを振り下ろす。
「ぐぎゃっ」
妙な悲鳴を上げて地に落ちるかぼちゃ。弾みでちょっと割れてしまった。
動かなくなったかぼちゃに謝って、支倉はちょっと拍子抜けした声で言った。
「討ち取ったりぃー」
その途端。
「何やってんだーっ!!」
突然黒い影に突き飛ばされて、支倉は1mばかし飛ばされた。
「痛ぁ〜っ!な、何?」
強かに打った肩を手で押さえつつ、慌てて立ち上がろうとする支倉。
しかし立ち上がるよりも早く、再び黒い影が体当たりをかます。
「うわっ!」
今度は50cmばかし飛んで、支倉はその黒い影を見上げた。
体長1mはあろうかと言う橙のかぼちゃだ。
「でめぇ、うちの若い衆に何やってくれてんだ?きっちり落とし前付けて貰おうじゃないか?」
「若い衆って何だよーっ!!」
続けて体当たりしようとする橙かぼちゃから慌てて身を反らせて、支倉は立ち上がった。
「逃げる気だな?おい、てめぇ等!」
全く可愛げのない凶悪な顔で、橙かぼちゃは暴れ回る白のかぼちゃと何故か味方同士であろうに喧嘩している黒かぼちゃと赤かぼちゃを呼んだ。
「やっちまえ!」
「1対4なんて汚いぞ!」
「我らジャックオーランタン渡世に綺麗も汚いもあるかぁ!先にやられた緑と桃の仇だ!」
何だか甚だ納得いかないが、流石に勝ち目がなさそうだ。
支倉は逃げだそうと踵を返しつつ、自分をここへ連れてきた金色かぼちゃの姿を探した。
「コイツは俺が引き受ける!お前はそっちの3体を倒すんだ!」
輸入菓子店から漸く出てきた金色かぼちゃが、飛んで来たと思ったら橙かぼちゃに体当たりした。
「有り難う!頼むよ!」
言って、支倉は走る。
「あの〜、逃げても無駄です〜」
背後で白かぼちゃが囁くような声で言う。
「こちらにはビームがあるんです〜」
「び、ビームぅ!?」
「その通りっ!逃げても無駄だ!」
かぼちゃに血圧があるかどうか謎だが、人間風に言うなら妙に血圧の高そうな黒かぼちゃが言ったと思ったら本当にビームが乱射された。
「うわぁっ!?」
……よもやここで日頃バスケットで培った身のこなしが役に立つとは思いもしなかった。
支倉は敵チームからボールを守るように巧みにビームを避けて逃げる。
「おお、結構俊敏だ……ぅっグハッ……!」
だからその体の何処に血液が流れてるんだっ!?と、突っ込みを入れたいような気がするが、突然赤かぼちゃが血を吐いた。
「……ふっ……俺はもうダメだ……死ぬよ……、後の事は、お前達に……まかせ……」
「うわわっだ、大丈夫ですかっ!?」
ギザギザの口から血を滴らせる赤かぼちゃに慌てて近寄る白かぼちゃ。
……と思ったら。
「血ぃ吹きながら放火してどうするんだっ!これでも喰らえ!」
ビルとビルの間に積まれた古新聞に放火してる赤かぼちゃ。
そしてその赤かぼちゃにビームを放つ黒かぼちゃ。
「あわわ、やめて下さいよぉ〜」
囁くような声で2体を止める白かぼちゃ。
「五月蝿い!てめぇは黙ってろ!」
「ぎゃっ!」
黒かぼちゃのビームを受けて支倉の前まで飛んでくる白かぼちゃ。
「……仲間割れ?」
半ば冷めた声で尋ねる支倉。
「実は何時もこうなんです〜」
「ふぅん。大変だねぇ、君達も……」
溜息を付いて、支倉はピコピコハンマーを力強く振りかぶって。
「いっけぇ〜っ!!」
白かぼちゃを打った。
ビリヤードの要領で、白かぼちゃはビルの前で喧嘩している赤かぼちゃと黒かぼちゃに続けて当たった。
「ブッ」
「グハァッ!」
3体まとめて壁にぶち当たり、そのままずるずると滑って地面へ落下。
何だか無性に虚しいが、取り敢えず敵は一気に減った。
ハンマーを肩に担いで、支倉は言った。
「まとめて3体、討ち取ったりぃっ!」
さて、残すはあと1体。


「手伝うよ!」
金色かぼちゃVS橙かぼちゃ。
明らかに大きさで金色かぼちゃが負けている。
体にひび割れを作って尚かつ橙かぼちゃの体当たりから逃げまどっていた金色かぼちゃが安堵したように応える。
「助かった!」
支倉はピコピコハンマーを振り上げる。
「俺はジャックオーランタン渡世で長年戦い抜いてきた戦士だ。俺に勝てると思ってるのか人間風情が!」
ターゲットを金色かぼちゃから支倉に変更する橙かぼちゃ。
「うん、思う!」
あっさり答えて、支倉は橙かぼちゃが体当たりしてくるのを待った。
「何ぃ!?この俺を馬鹿にしたツケはキッチリ耳を揃えて払って貰うぜ。覚悟だっ!」
「危ない!避けろっ!!」
金色かぼちゃの警告にも動じず、支倉は橙かぼちゃを迎え撃つ。
「ぅう゛ぉるら゛ぁぁぁぁっ!!!!」
「あっ!」
突然支倉は叫んで左手で宙を指した。
「あっちにすっっごいグラマーなハニーブラウンかぼちゃがっ!!」
「え?」
一瞬振り返る橙かぼちゃ。
勿論、その隙を逃す筈がない。
「ラスト1体っ!討ち取ったりぃぃっ!!」
「ぶひぇぇっ!」
力一杯打ったからと言って、流石に1mもあるかぼちゃが飛ぶ筈がない。
橙かぼちゃは口を無様に2倍ほど大きくこじ開けられた状態で地に伏せた。
「呆気ないなー……僕、来る必要なかったんじゃないの?」
フラフラと跳ねてくる金色かぼちゃを振り返って、支倉。
「何を言うんだ。お前じゃなきゃダメだったんだ」
「何で?」
金色かぼちゃはそっとピコピコハンマーを見る。
「それが、ごろつきジャックオーランタン達を仕留めるアイテムだからだ。全てお前のお陰だ、礼を言う」
「え、い、いや、どういたしまして?」
「良いハロウィンを過ごせ。サラバだ蒼月支倉!もう二度と会う事はないだろう!」
きりりと向きを変えて跳ね去って行く金色かぼちゃ。
思わず手を振って見送った後になって、支倉はふと気付く。
「あ、ちょっと!このかぼちゃ達はどうするんだよーうっ!?」
呼びかけが届く筈もなく。
「僕が後かたづけしなくちゃいけないのかなぁ……」
支倉は深い溜息を付いた。


その後。
何故かハロウィンを過ぎてもクロガネ邸には6体の少々いびつなジャックオーランタンが並んでいる。
そして。
支倉が前を通る度に6体6様の声がかかるのだった。
「ボス!今から学校ですか!俺達が護衛致します!押忍!!」
………とても迷惑な話だった………・。


end