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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


呪われたアイドル
●オープニング【0】
「どうも呪われているらしいのよ」
 真顔できっぱりと言ったのは、月刊アトラス編集長の碇麗香だった。ちらと視線を送った先には、呑気そうにジュースを飲んでいる少女の姿が。少女の名前は姫乃木亜美、俗に言う不思議系アイドルとして売り出されているタレントだ。CDも何枚か出している。
「ええ。5月頃から、うちの姫乃木によくないことが起こっているんですよ」
 と、心配顔で言うのは亜美のマネージャーである女性・広田だ。何でも車道や線路に突き飛ばされそうになったり、誰も居ないスタジオで突然ナイフが飛んできたとか……挙げてゆけば、色々とあったそうだ。
「最近では、息苦しくて眠れない日もあるようですし……」
「広田さん、あれ捨てちゃったから罰当たったんだよ〜」
 亜美がストローから口を放して、話に割り込んできた。
「当たり前でしょ! あんな物、残してどうするの!! だいたいあなたはタレントとしての自覚が……」
「この異変が起こる前にね、五寸釘がびっしり打ち込まれたわら人形が届いたんですって。すぐに捨てたそうだから、参考にならないけど」
 広田が亜美に説教している最中、小声で麗香が教えてくれた。
「大丈夫だよ〜。亜美、昔から運がいいもん♪」
 あっけらかんと答える亜美。はてさて、自分が狙われているかもしれないという自覚はあるのかないのか。
「……そういう訳だから、何が起こってるのか調べてもらえる?」
 はいはい、麗香さん。いつものことですから、調べますとも。
 しかし……何でアイドル絡みの話がアトラスから?

●アイドルとアトラスの緊密な関係【1】
「んで、あたしにお鉢が回ってきた訳だ?」
 麗香の反応を確かめるかのように、女優サイデル・ウェルヴァが尋ねた。亜美も広田も、それから依頼を引き受けた大部分の人間が帰った後のアトラス編集部でのことだ。
 この場に居るのは麗香とサイデル、そしてもう少し詳しい話を聞こうとしていたシュライン・エマの3人だけだった。
「そりゃあね。餅は餅屋だと思うし」
 さらりと答える麗香。確かに、芸能界絡みとなるとそちら側の人間が居た方が心強い。
「で、どういう答えがお望みかい? 1・いい勘してるね、2・いい人選だね、3・実はそのことなんだけど。……まあいいさ、手引きや関係者以外に出ない話はこっちで洗っておくよ」
「ありがとう。そう願うわ」
 指を立てつつ言ったサイデルの言葉に、麗香がくすっと笑った。
「しかし、転んでもただでは起きない連中が多いのは愉快でいいさね。草間の旦那でなくお宅ってのは、話題にしたいって寸法だろうねえ」
 少し皮肉っぽく言うサイデル。するとここまで黙っていたシュラインが口を開いた。
「そう、私もその辺りが知りたかったのよ。何故芸能関係の話がアトラスで?」
 シュラインも引っかかるものを感じていたらしい。こういう話を雑誌に教えるというのは、よほど上手くやらないとマイナスに働くはずなのである。だから普通は興信所などに頼み、秘密裏に収拾を計るのが一般的であるのだが……?
「あー……それ」
 麗香は2人の顔を交互に見ながら、苦笑いを浮かべた。
「実はね、利害の一致なのよ」
「どういう意味です?」
 シュラインが突っ込むと、麗香は理由を話し始めた。
「彼女、うちの読者なのよ。ちょうどアンケートはがき読んでたらそのことが分かってね、だったらインタビューしてみようかと思っていたの。そんな時に彼女のマネージャーから、今回の話があって……」
 なるほど、そんな繋がりがあったとは。
「事件が無事に解決したら、インタビューと事件の全容が掲載出来るのよ。そう約束取り付けたの。だからね、頑張ってもらわないと困る訳。最近返本率が少し上がっててね……」
 ……ま、色々と大人の事情があるらしいです、はい。

●確認【3A】
 翌日、亜美の所属する芸能プロダクションの事務所を、陰陽師である真名神慶悟が訪れていた。亜美たちが仕事先に向かう前のことである。
 応接室に通された慶悟は、並んで座る亜美と広田の向かいのソファに腰を降ろした。
「何でしょうか。そう時間はないんですけれど……」
 やや緊張した面持ちの広田。隣の亜美はちょっと眠た気な様子である。慶悟は交互に2人の顔を見ると、話を切り出した。
「1つ聞きたいことがある」
「はい、何を」
「わら人形は配達か? それともファンのプレゼントとして直接か?」
 配達であれば、個人の名前が記されている可能性はある。直接であれば、渡した相手の外見をつかめるかもしれない。どちらの場合も、そこから身元が解るかもしれない訳で。重要な質問であった。
 ところが広田から返ってきた答えは、どちらとも言えない物であった。
「いえ……楽屋に入ったら、それが入った箱が置いてあったんです。他のファンからの贈り物なんかと一緒に。4月下旬の、PVの撮影の時です」
「つまり、どちらなのか分からないということか」
「ええ。念のため他の人にも聞いたんですけど、その箱には覚えがないって言われまして」
「広田さん、やっぱり捨てちゃいけなかったんだよ〜」
「あなたは黙ってなさい!」
 口を挟む亜美をきっと睨み付ける広田。けれども今となっては亜美の言葉の方が正しい。残しておけば、そこから犯人を手繰り寄せることも出来たのだから。
「昨日の話を聞いて思ったが……明らかに狙われているな」
 きっぱりと言う慶悟。その言葉に、広田の表情が険しくなった。
「守りは万全にしておく。だから普段通り仕事に集中してほしい」
「本当に大丈夫ですか?」
 広田が心配そうに尋ねた。すると亜美がこう言った。
「大丈夫だよ〜。皆が守ってくれるし、亜美は運もいいもん♪」
 にっこり微笑む亜美。温かな笑顔であった。

●アイドル登場【4A】
 某テレビ局の正面玄関前に、高級リムジンが横付けされた。いったい何事かと、テレビ局の社員や通行人たちの視線がリムジンへ釘付けとなる。
 するとまず、助手席から金髪スーツ姿――ノーネクタイで、開襟シャツからシルバーのアクセサリーが覗いている――で少し派手目に見える細身の青年が降りてきた。甘いマスクを持つ佐和トオルである。
 トオルはそのまま後部座席の扉を開いた。最初に中から降りてきたのは亜美だった。きょろきょろと辺りを見回しながら笑顔で降りてくる。
 その瞬間、フラッシュが炊かれた。亜美の密着取材をするカメラマン、武田隆之が写真を撮ったのだ。
 リムジンから降りてくるのは亜美だけではない。続いて降りてきたのは、黒のドレスを身にまとった海原みそのである。ドレスといってもあれだ、一昔前のひらひらアイドル風の黒ドレスだ。亜美と並ぶと新旧アイドルの対比という感じで、ちと目を引く。
 3人目は錦の竹刀袋を手にした天薙撫子である。竹刀袋の中に何かが入っているのは、見るからに分かった。
 そして4人目、今度はスーツに身を包んだ男性だ。長身細身で中性的な顔立ちの綾和泉匡乃である。匡乃はリムジンから降りると、すぐに亜美の脇についた。
 最後に降りてきたのは広田だ。広田が降りたのを見届けると、トオルは扉を閉めて匡乃と反対側についた。そして広田が亜美の前に立ち、一行はテレビ局の中へと入ってゆく。隆之はその姿を愛用のカメラに収めながら、一行を追いかけていった。
 この一部始終を見ていた者たちは『何だ撮影か』と思い、また普通に歩き出した。が、実際の所は怪しまれぬよう撮影風に見せかけていた訳で――。
 順序を追って説明してみよう。まず、隆之は周囲には密着取材を装うように動いていた。そしてトオルと匡乃は各々事件を調べるためにマネージャー見習いとして、撫子は身辺警護をするために付き人として、みそのはデビュー予定者として、亜美についてきた訳である。
 まあ人数も人数ということで、誰からともなくこの場面の演出プランが出てきて、実際にこうして繰り広げられたのだ。ここまでやってしまえば、かえって疑われないだろう。
 しかし偽の密着取材で高級リムジンはやりすぎだろうと思う者も居るだろう。だが、まるで見計らったかのように車を提供してくれた者が居たのである。
 それが少し離れた場所に車を止めさせ、様子を見守っていた財閥総帥のセレスティ・カーニンガムだ。
 亜美に危険な場面を出来るだけ回避してもらうため、セレスティは移動手段として車を提供したのだ。これならば、移動中に襲われる可能性も低いと思われたために。
 けれどもまさかこんな風に使われることになるとは、提供を申し出た時のセレスティには思ってもみないことであったろう。
「出してください」
 後部座席のセレスティは、何事もなかったのを見届けると運転手にそう告げた。
「はい」
 運転手はエンジンをかけ、再度車を走らせた。向かう先はこのテレビ局の駐車場であった。

●楽屋にて【5A】
 楽屋に入ると、亜美はすぐにメイクに取りかかった。今日はメイクの人はつかない、自分でやるのだ。
「メイク風景も押さえとくか」
 そう言うと、隆之はその様子もくまなく写真に撮り始めた。汗を拭いながら、そしてミネラルウォーターで水分を補給しながら真剣な眼差しで。名目上の密着取材とはいえ、写真のことになるとやはり本能的に熱が入るのだろう。
「いいですか。こういう場合には……」
 メイクの最中、トオルと匡乃は広田からマネージャー業務の基本的なレクチャーを受けていた。何しろ建前は2人ともマネージャー見習い。いつ何時誰が入ってきてもいいようにしているのだ。
「……妙、ですね」
 亜美に言われた物を手渡し戻ってきた撫子が、興味深気に台本を覗き込んでいたみそのに向かって言った。
「何がでしょう」
 台本を閉じ、みそのが顔を上げた。
「わら人形のこともありますから、きっと何らかの呪詛を受けていると思っていたんですが……」
 首を傾げる撫子。霊視をしてみたが、『呪い』の残滓すら感じなかったのである。
「奇遇ですわね。わたくしもそう感じておりました。むしろ感じるのは温かな……『流れ』」
 みそのが静かに言うと、撫子がこくんと頷いた。負ではない、温かなものを亜美からは感じるのだ。
 また、験担ぎで実家の神社に馴染みのある芸能関係者に撫子が聞いた限りでは、亜美の周辺で問題があるかどうかは知らない、分からないという。
 では狂言なのかと言われると、そうでもないようなのである。広田の心配の仕方は芝居には見えないし、みそのも広田から負の気は感じなかった。
「呪詛がどんな類の物なのか分からないのは、少々困りましたね……」
「いいえ、恐らく心配には及ばないと思います」
 撫子のつぶやきに、みそのがきっぱりと言った。
「え?」
「……生半可な『呪い』では、姫乃木様には通用しなさそうだということですわ」
 何か思う所でもあるのか、みそのはそんなことを言った。
「はい、メイク終わり〜☆」
 亜美の明るい声が楽屋に響いた。カメラを下ろす隆之。ちょうどこちらもフィルムが終わったのだ。
「んー、ポラでも1枚撮っとくか」
 言うが早いか、隆之はインスタントカメラに持ち替えて亜美に向けた。
「はい、ポーズ」
 両手でVサインを作る亜美。シャッター音が響き、写真が1枚出てくる。
「ほら、マネージャーさんも1枚、どうだい」
 今度は広田や匡乃たち3人へとカメラを向ける。職業柄なのか知らないが、トオルは自然と格好よく写る角度に移動していた。またシャッター音が響き、写真が1枚。
「今度はそっちだ」
 最後に撫子とみそのにカメラを向け、また写真を1枚。都合3枚撮ったことになる。
 そして隆之はミネラルウォーターを切らしたため、インスタントカメラを持ったまま近くの自動販売機へ出ていった。

●いつもの人に【5C】
 さて、亜美たちがテレビ局の楽屋に居る頃、全く別の場所に居た者たちも居る。サイデルとシュラインだ。
 2人が居たのは島公園スタジオ。そう、『魔法少女バニライム』の撮影がよく行われているスタジオだ。ここに居るということは、誰に会いに来たかは容易に想像付くだろう。『魔法少女バニライム』の監督、内海良司である――。
「……予想通りと言うか、予想外と言うか……」
 複雑な表情のシュライン。隣のサイデルは苦笑して言った。
「もうこうなってくると腐れ縁だねえ」
「おい、そんな言い方されると、まるで俺が事件起こしてるみたいじゃないか」
 2人の目の前で苦笑する内海。内海の楽屋での話である。
「でもこの間の事件は、話を持ってきたのは……」
 じとっとした視線をシュラインは内海に向けた。ま、そういう意味では前科ありなのだが。
「……今までだって、随分事件は多いしねえ。何なら、数え上げようかい?」
 追い打ちをかけるようにサイデルが言った。
「止めてくれ。こないだのも、今までのも、ほんとに悪かった、すまん!」
 頭を下げる内海。ともあれ内海をいじめるのはこの辺にして、2人は本題を切り出すことにした。
「あ? あのPVの日のことで?」
 わら人形が届いたというPV撮影日、少し調べてみた所、実はその監督をしていたのが他ならぬ内海だったのである。だからこうして事情を聞きにやって来たという訳だ。
「PV撮ったりしてんのは知ってたけど、まさかあの娘までやってたとはね」
「いや、最初は受ける気じゃなかったんだ」
 サイデルの言葉に、内海が首を振った。ちと意外な言葉である。
「とりあえず本人に会ってから決めてくれって言われてなあ。実際に会ってみたら、何か……撮ってみるかって気になったんだよ。ま、実際ファンからも業界からも評判は悪くなかったらしいがな、あのPV」
「それでその撮影当日のことなんですけど」
 このまま話が脱線してしまいそうだったので、シュラインが慌てて修正をかけた。
「おっと、そうだった。わら人形の話は聞いてるよ。箝口令はしいたが、スタッフの間で話題になったからな」
「何か変なこととかなかったですか? 誰か楽屋に忍び込もうとしていたとか」
「そういうのは聞いてないな。ただ、後になってスタジオの警備員からこんな話を聞いたんだが」
「どんな話だい?」
 サイデルがやや身を乗り出した。
「何のことはない、その当日に灰色の作業服を着た30歳くらいの男が入ってこようとしたから、警備員が追い出したって話だよ」
「それは入る前ですか?」
 シュラインが確認すると、内海は頷いた。
「そうだとも。玄関入ってすぐのとこだって言ってたな。入ってくるのを見た者も居るぞ」
 怪しいことは怪しいが、ちと決定打にかける。けれども、注意はしておいた方がいいのかもしれない。
「それはそうと、監督としての目から見たあの娘の印象ってどうなんだい。あたしが見た所、アイドルの傾向としては敵は少ないけど、その分反比例するタイプだねありゃ。おまけにプレッシャーなんか気にしないから、かけてる方に余計なストレス溜まってるだろうね」
「そんな感じだな。極端な話をすると、よっぽど大物の器を秘めてるか、屈託ない馬鹿者かのどっちかだな。少なくとも、悪い娘にゃ見えんよ」
 サイデルの言葉にほぼ同意する内海。するとシュラインがこう聞いてきた。
「あの。評判はどうなんです?」
「あの娘のかい? そうだなあ、悪くはないか。よくは知らないが、この間のほれ大倉美奈子や、亡くなった片平レイなんかと同期で、ライバルみたく扱われてたんだろ? 実際は違ったらしいけど」
 その瞬間、シュラインとサイデルは顔を見合わせた。これは単なる偶然なのか?

●呼び出し【6】
「あの……これ、よろしければ」
 隆之が楽屋を出ていった直後、撫子は特製のお守りを亜美に手渡した。
「わあ、ありがと〜☆」
 にっこり微笑みそれを受け取った亜美は、ポケットに仕舞うとすくっと立ち上がった。
「ちょっとお手洗いに行ってきま〜す」
 と言い、楽屋を出てゆく亜美。それと入れ違いに、ADの青年が楽屋へ入ってきた。亜美の出演する番組のADだ。
「すみません! マネージャーの方、ディレクターがお呼びです!」
 元気よく言い放つADの青年。そこで広田が扉の方へ歩こうとしたが、ADの青年は慌ててこう言った。
「いえ! 皆さんです、3人とも」
 トオルも匡乃も、もちろん広田も怪訝な表情を浮かべた。3人全員とも?
「1人ではダメなんですか」
「え、はい。僕もそう言われているんで……すみません」
 匡乃の言葉に対し、ADの青年は首を竦めて言った。
「……嘘は吐いてないみたいだ」
 トオルは小声で2人に言った。ADの青年から、嘘の色は見えないのだ。
 仕方なく3人はADの青年についてゆくことにした。1人だけ残るとかして、怪しまれてしまってはどうしようもなかったからだ。
 楽屋に残されたのは、みそのと撫子の2人だけ。ふと不安を覚えた撫子は、みそのにこう言った。
「すみません、ちょっと見て参ります」
「どうぞごゆっくり」
 錦の竹刀袋を手に出てゆく撫子。かくして、楽屋にはみその1人が残る状態となったのだった。

●不可思議な行動【7A】
 さて、自動販売機でミネラルウォーターを何本か買い、隆之はその場でそのうちの1本を飲んでいた。
 すると、目の前をとことこと亜美が歩いてきたではないか。
「あれ、嬢ちゃん? どうしたんだ?」
 不思議に思った隆之が声をかけると、亜美は隆之の方へ近付いてきた。
「あ、カメラマンのおじさん! あのね〜、亜美呼ばれたからこっちに来たの〜」
 屈託ない表情で言う亜美。しかし亜美が向かおうとしていた方向に目をやると、誰の姿もない。空耳でも聞いたのだろうか。
「誰も居ないぞ?」
「あれ〜……? 確かに呼ばれたのに〜」
 亜美は不思議そうに首を傾げた。
「……しかしアイドルってのは忙しいもんだなあ。嬢ちゃんくらいの歳の子なら、もっと友だちと遊んだりしたいんじゃないのか」
 間が持たなくなったのか、不意に隆之がそんなことを亜美に尋ねた。スケジュールを見せてもらって、そう感じていたのである。
「ううん、平気。大丈夫だよ〜」
「この仕事は好きか?」
「うんっ! 大好きだよっ!!」
 亜美は目を輝かせて答えた。
「だったらいいんだけどな」
 隆之はそう言って、またミネラルウォーターを1口飲んだ。こう答えておいて万一仕事が嫌での狂言とかだったら、腹立たしいことこの上ないが。というか、許す気になれない。
「あっ、また呼んでる!」
 亜美は突然そう言うと、パタパタと駆け出していった。
「あ、おい!」
 慌てて後を追う隆之。声など全く聞こえていなかった。
 同じ頃、トイレに様子を見に行っていた撫子は青ざめていた。
「……いったいどこへ……」
 そんな撫子が亜美の居場所を知るのは、もう少し後のことであった。

●ヒーロー登場!【8】
 亜美が向かったのは、無人のスタジオであった。中へ入ってしまった亜美を追い、隆之もスタジオへ入る。
 非常灯の他、別段明かりはついてないので中は薄暗い。スタジオの扉が開いているから、外からの明かりで何とか見えるという感じか。
「おーい、嬢ちゃん。何を……うわぁっ!」
 隆之が亜美に声をかけようとした時だった。突然、大きな脚立が隆之目掛けて倒れてきたのは。
 反射的に身をかわす隆之。しかしかわしきれずに、脚立が肩に少し当たってしまった。弾みでインスタントカメラのシャッターを切ってしまう隆之。
 そして脚立が倒れた音が響き渡ったのと同時に、亜美が悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!!」
 何と、亜美にも別の大きな脚立が倒れてこようとしていたのである!
「! 今のは……!」
 その悲鳴は亜美を探していた撫子の耳にも届いていた。けれども今からでは絶対に間に合わない! ところが――。
「危ない!」
 と叫び、スタジオに疾風のごとく飛び込んできた1つの影があった。その影は黄色いマフラーを首に巻いており、嫌味のない爽やかな好青年に見えた。
「サイボーグNo.か−005! ただ今出動!!」
 そう名乗った影の正体はサイボーグNo.か−005こと、星野改造であった。改造は亜美の身体を抱きかかえると、瞬時にその場を離脱した。直後、亜美が居たはずの場所に脚立が倒れ込んだ。
 説明しよう! サイボーグNo.か−005の持つ能力の1つハイアクセルは、マッハ8で走れるらしいのである!!
「大丈夫!?」
 改造は抱えたままの亜美にそう問いかけた。
「う、うん……ありがとう。あなた誰〜?」
「ボクの名前は……サイボーグNo.か−005。悪から平和を守るため、日夜戦っている正義のヒーローさ」
 一瞬ためらってから、天を見上げ亜美の質問に答える改造。
「悪って〜?」
「……悪の秘密結社『π』! ボクの戦いは、奴らを倒すまでは決して終わらない。終わることは出来ない」
 悔し気に改造は言った。
「へ〜、凄いんだ〜、戦ってるんだ〜。かっこいい〜☆」
 目を輝かせる亜美。改造はそんな亜美に、憂いを帯びた笑みを浮かべ言った。
「……それがボクの運命だから」
 傍目には自分の不幸に酔っているようにしか見えないが、それはともかくとして。
「あ! 誰か出てくよ〜!」
 亜美が異変に気付いた。スタジオから飛び出してゆく影があったのだ。
 脚立が当たってしまい、うずくまっている隆之に追うことは出来ない。今、奴を追えるのはサイボーグNo.か−005だけなのである!
「キミはここに居て!」
 改造はそう言って亜美を降ろすと、ハイアクセルで後を追おうとした。しかし、それを邪魔するかのように新たな敵が現れた!
「こらこら、無断で入ってきたのはお前か! ここで何してる!」
 現れたのは、テレビ局のガードマンであった。ガードマンたちは改造の襟首をつかむと、有無を言わさず外へ連れてゆこうとしたのだ。
 正義のヒーローであるサイボーグNo.か−005が、一般市民たるガードマン相手に事を構える訳にはゆかない。ましてや戦う訳には――。
 そして改造は、そのままずるずると引っ張られていった。ありがとうサイボーグNo.か−005! また会おうサイボーグNo.か−005!!

●二段構え【10】
「あ、つつ……大丈夫か?」
 改造が居なくなってから、肩を押さえつつ隆之が亜美の方へとやってきた。この状況でも、カメラを手放さないのはたいしたプロ根性である。
「うん。おじさんは〜?」
「一応生きてる」
 しかし痛みは治まらない。後で病院に行った方がよさそうだ。
「ここに居た!」
「居ましたか?」
 トオルと匡乃がスタジオに入ってきたのは、ちょうどその時だった。
「大丈夫ですか?」
 匡乃が尋ねると、隆之と亜美はこくっと頷いた。すると相次いで携帯電話の着メロが鳴り出した。トオルのと、匡乃のとが。
「もしもし?」
「はい、もしもし?」
 同時に電話がかかってくるとは珍しいものだ。けれども、もっと珍しい光景があった。
「作業服の男? 灰色のですか?」
「30代の灰色の作業服の男ですか?」
 何と似たような言葉が、2人の口から飛び出したのだ。
 各々が電話を切ってから話を聞いてみると、匡乃に電話をかけてきたのはシュラインとサイデル、トオルに電話をかけてきたのはセレスティということだった。
 どちらも別の場所で調べたことを知らせてくれたのだが、不思議なことに同じ内容だったのだ。
「灰色の作業服の男に気を付けろということでしょうね。どちらもそう言っているということは」
 そう匡乃がまとめた瞬間、突然トオルが叫んだ。
「危ない!」
 トオルは咄嗟に匡乃と隆之を突き飛ばし、自らは亜美を庇いつつ遠くの床へ飛んだ。直後、ガシャンという大きな音がスタジオに響き渡った。天井からライトが落下したのだ。
 トオルのおかげでライトの下敷きになる者は居なかったが、不運にも割れて飛び散ったガラスの破片でトオルの頬が傷付いてしまった。傷付いた頬に、一筋の血が流れた。
「……人の商売道具に何てことしてくれる……」
 ぐるり薄暗いスタジオを見回すトオル。そして見付けた、亜美に向けられた憎悪の色を。今まさに、スタジオから逃げ出そうとしている所であった。
「灰色の作業服の男ですよ!」
 トオルの視線の先を見た匡乃が言った。まさに今電話で教えられた格好の男が居たのだ。
 トオルと匡乃はすぐに男の後を追いかけた。残される亜美と隆之。
「おじさん大丈夫〜?」
 亜美が隆之のそばへやってくる。その時隆之は、1枚のポラ写真を無言で見つめていた。さっき弾みでシャッターを切った時のあれだ。
 そこには薄暗い中、悪霊と思しき姿がしっかと写っていたのである。

●中庭での決戦【11】
 トオルと匡乃は男を追いかけ、中庭にやってきた。漆黒とも呼ぶべき憎悪の色を、トオルが見失うはずもないのだから。
 そして中庭に出ようとした瞬間、2人に向かって悪霊たちが襲いかかってきた!
「くっ!」
 反射的に匡乃は壁をイメージした。咄嗟のことだったので、大まかなイメージしか出来なかった。
 しかし強い悪霊でなかったのが幸いだったのか、悪霊たちは2人の手前で次々に消滅したのである。まるで見えない壁に遮られるかのように。
 そこへ慶悟と撫子が合流した。撫子はすぐに妖斬鋼糸を用い、その場に霊的結界を張った。これでしばらくは悪霊を防ぐことが出来るだろう。
「あれが犯人か!」
 慶悟は男の姿を確認すると、式神十二神将のうちの数体を召喚した。並みの式神では返り討ちに遭うと判断したのだ。
 するとどうだ、男も式神を召喚したのである。慶悟同様、式神十二神将を。ご丁寧に数まで合わせて。
 式神たちが互角の戦いを繰り広げる中、男は執拗に悪霊や時には火の玉まで4人に放ってくる。慶悟が男との陰陽合戦でほぼ手一杯なのに対してこれなのだから、男の力が推し量れるというものだ。
 先程の結界や、撫子が錦の竹刀袋から取り出した御神刀『神斬』を振るったり、匡乃が退魔能力を用いることで対抗出来ているものの、状況としては五分。戦いはこのまま推移してゆくかに思われた。
 しかし、天は4人に味方した。どこからともなく、謎のエネルギーが男を襲ったのだ!
「サイボーグNo.か−005! 再び登場!」
 何と改造がガードマンから逃げ出して、この場に現れたのである。そして動力エネルギーを一点に集中して、プラズマ能力を使用したのだった。ありがとう、サイボーグNo.か−005!
「おおうっ!?」
 不意をつかれ、男の精神集中が一時途切れた。その瞬間を慶悟や撫子は見逃さなかった。
 隙をつき一気に男の式神たち、そして悪霊たちを倒し、禁呪や妖斬鋼糸によって男を捕縛したのだった――。

●爆弾発言【12A】
「……解決したって。事件」
 シュラインは携帯電話を切ると、そうサイデルに言った。シュラインは苦笑いを浮かべていた。
「何だ、早いねえ。そろそろ向こうに行こうかって矢先に」
 前髪を掻き揚げつつ言うサイデル。ちょうど内海の前からお暇しようかとしていたのである。
「……お、そうだ。言い忘れてた」
 ふと思い出したようにつぶやく内海。2人の視線が内海へ集まる。
「俺、もうすぐ結婚するんだよ。相手は……ま、言わなくてもいいな。招待状送るから、気が向いたら来てくれや」
 少し照れながら内海が言った。爆弾発言であった。

●浮かぬ顔【13】
 翌日のアトラス編集部――そこに全員が集まっていた。事件解決の翌日なのだから明るい表情が並んでいるかと思われたが、さにあらず。一様に曇っている。
「……今回の視聴率買収の件につきまして、皆様に深くお詫びをいたします」
 つけっぱなしになっているテレビから、そんな声が流れてきていた。昨日大部分の人間が居たテレビ局の不祥事である。
「完全黙秘ですって」
 溜息混じりに麗香が言った。あの後、男は警察に引き渡されたのだが、何にも喋らないのだそうだ。
 一応状況証拠はあるが、このまま黙秘を貫き優秀な弁護士でもつけば、裁判で無罪に持ち込まれる可能性も否定は出来ない。
 皆の表情が曇っているのは、そういう理由からであった。すっきり終わっていないために。
「まあ……インタビューの方は掲載出来ることになったんだけど」
 喜ぶべき点はそのくらいだろうか。いや、亜美の身にひとまず安全が訪れたのだから、これも一応喜ぶポイントだろう。
「……とりあえずお疲れさま。お礼はちゃんとするからね」
 と皆に言うと、麗香は手元にあったポラ写真に目を向けた。隆之が撮った亜美の写真である。
 写真の中で亜美は両手でVサインを作っていた。不思議なことにそこには、亜美を包み込むような温かな光も写っていた。

【呪われたアイドル 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0024 / サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ)
                    / 女 / 24 / 女優 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1388 / 海原・みその(うなばら・みその)
                 / 女 / 13 / 深淵の巫女 】
【 1466 / 武田・隆之(たけだ・たかゆき)
                 / 男 / 35 / カメラマン 】
【 1537 / 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの)
                 / 男 / 27 / 予備校講師 】
【 1781 / 佐和・トオル(さわ・とおる)
                   / 男 / 28 / ホスト 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 2069 / 星野・改造(ほしの・かいぞう)
     / 男 / 17 / 高校生・正義のヒーロー・サイボーグ 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全22場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、自分が呪われているという自覚があるんだかないんだかよく分からないアイドルのお話をここにお届けいたします。完成した作品を読み返してみて思ったのはですね……普段とはちと違うテンションだな、と。さてさて、こういうテンションも気に入っていただけるか心配ではありますが。
・本文はああいう謎のある終わり方ですけれど、『この事件単体』についてはこれでおしまいです。ちなみに、一応いい方の終わり方だったりします。場合によっては男の自殺というパターンも考えていましたから。
・とりあえず残された謎に対しては、年内に決着をつけることになるかと思います。興味がおありの方は、思い当たる調査依頼に目を通してみてください。そう予告させていただきます。
・シュライン・エマさん、60度目のご参加ありがとうございます。いやほんと、考え出すときりがないですよ、冗談抜きに。わら人形のことを調べているうちに、本文のようになりました。事件の本筋とは違う情報もありましたが……まあ、あれも年内予定です。ちなみに虚無のことですけど、これからは出てきますよ、ふとした時にカウンターパンチみたいに。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。