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流離う者
------<オープニング>--------------------------------------
草間がのほほんとお茶を啜りつつ目の前にあった煎餅に手を伸ばしかけた時、ふいに目の前の電話が鳴った。
「はい、もしもし草間興信所・・・」
すぐさま受話器を取った草間がそう告げると、相手は最後まで聞こうともせずいきなり意味不明な事を呟いた。
「私の身体が半分見つからないの・・・」
「は?・・・ちょっ・・・」
訳が分からず草間は尋ね返そうとするが、そんな間すら与えず切れる電話。
いつまでも草間の耳元で鳴り続けるツーツーという電子音。
「なんだぁ?」
「どうかしましたー?」
間延びした口調で零が奥から顔を覗かせる。そんな零に草間は首を捻りつつ今の出来事を告げた。
「身体が半分見つからないって・・・その女の人真っ二つということ?」
生きてないですね、と至極当たり前の事を真面目な顔で言う零に草間は大きな溜息を吐く。
「だから訳が分からないって言ってるだろう。全く、オレは幽霊からの電話を取ったのか」
「兄さんだったらあり得るかも」
ニッコリと微笑んで零は紅茶を口に運ぶ。
草間は面白くなさそうにガリガリと頭を掻きつつ、ぐったりと椅子にもたれかかった。
そしてこれは依頼に入るのだろうか、それとも入らないのだろうかと数分悩み続ける。
内容的には幽霊からの電話ということで興味を惹かれる部分も多いような気もするが、依頼主が幽霊とあってはギャラはゼロと考えていいだろう。
金にもならない仕事を自ら進んでやる人物が居ただろうかと思いを巡らせるが、それは要らぬ心配だった。草間の回りにはそんな物好きな人物達で溢れかえっていたからだ。きっと話を持ちかければすぐさまやってきて調査に乗り出すことだろう。
そんな人物達の嬉々とした様子が目に浮かび、草間はもう一度溜息を吐く。
「もうこの際幽霊からの電話でも何でも良いんだが、身体が真っ二つになった事件かなんかの情報はないのか?」
草間の言葉を受け零は平然と、ありますよ、とすぐに答える。
「あるのか?」
「はい。えーっと、この間変な手紙が来たって言ってたでしょう?兄さんに聞いたら機嫌悪かったみたいで燃やしちまえーって言ってたアレ。合ってるかどうかは調査してみないと分からないけどちゃんととってありますよ」
ふふん、と胸を張った零はその手紙を持ってきて読み上げる。
『助けてください。私の勤務する女子校で変な事が起きています。学校は4F建てで南校舎と北校舎に分かれています。互いの校舎は1Fと3Fだけが中央廊下で繋がっていてそこ以外は両校舎を繋ぐ場所はありません。繋がっているので絶対に会えるはずなのにどうしてなのかは分かりませんが会えないみたいなんです。上半身と下半身が・・・。暗くなると互いに探し合うように校内を徘徊していて怖くて学校に残れません』
だそうです、と零は手紙を草間に渡す。
草間はニヤリと笑みを浮かべる。そして、依頼者がきちんと居るんじゃないか、と言いすぐさまその事件に合いそうな人物達に連絡を取り始めた。
------<手紙>--------------------------------------
「あら、どうしたの?零ちゃん」
シュライン・エマが買い出しから草間興信所に戻ると、何やら零がテーブルの上に紙を乗せてぶつぶつと呟いている。
ひょい、と後ろから覗き込むとテーブルの上には一枚の手紙と『北』と『南』と書かれた紙の他に、その二枚の紙を繋ぐように1本の細長い紙が置かれていた。
「難しいんですよ。どうして上半身と下半身がこの中央廊下が見えないのか」
うーん、と唸る零。そして電話をかけ続ける草間。
両者を見比べシュラインは零に問いかけることにした。
「また怪事件?この手紙今日着たの?」
見たことないわ、と呟きながら手に取ると零がその問いに答えた。
「結構前に届いたんです。その時に兄さんに見せたら虫の居所が悪かったらしく燃やしちまえーって。でもせっかくきた依頼だったので保管していたんですよ。そしたらビックリなんですけど、兄さんにこの手紙の中に書かれてる多分上半身さんから電話があったんです」
「武彦さんに幽霊から電話?」
「そうだ。で、似たような話を最近聞かなかったか?と零に尋ねたらその手紙が出てきたって訳だ」
電話を終えたらしい草間が二人の話に混ざってきた。シュラインは深い溜息を吐きつつ草間を眺める。何故この人物は冴えてるときは異常なくらいに冴えているのに、たまにこんなにも抜けているのだろうかと。依頼の手紙を捨てたり燃やしたりする事など普通なら考えられない。それでなくても財政は火の車、貧乏人生まっしぐらだというのに。来る依頼全てを請け負わなくてはならないくらい切羽詰まっているのではなかったのか。
「全く…依頼の手紙粗末に扱っちゃ駄目でしょ武彦さん。零ちゃんが保管してくれてて良かったわ」
零の頭を撫でながら、シュラインはもう一度依頼の手紙に目を通す。
「依頼者はこの学校の教師・・・ね。武彦さん、その電話をしてきた幽霊はなんて言っていたの?」
「私の身体の半分が見つからないの・・・だったな」
「そう。それでこの手紙。・・・様々な現象が考えられるわね。人形が半分に折られそれぞれの校舎に置いてあるからその場しか動けないとか、中央廊下が 見えない仕掛けが作られてるとか。最終的には上半身と下半身を合わせればいいのよね」
「・・・だろうな」
それで両者の要望は一致する、と草間は言いながら椅子にもたれかかり大きな伸びをする。
「これ・・・私が受け持ってみてもいいかしら」
シュラインがヒラヒラと手にした手紙を草間に見せながら告げると草間は小さく頷いた。
「あぁ。他にも何人か派遣してあるからそっちとの連携も頼む」
「了解。とりあえず行ってみないことには始まらないわね。ともあれ、まずは目先のお仕事片づけなくちゃ。お仕事お仕事」
手紙を丁寧に畳んで零に渡すと、シュラインは買ってきた品物を規定の場所に並べ、自分の席に着きパソコンを起動し始めた。
------<調査1>--------------------------------------
晴れ渡った青空の下、シュラインは問題の学校へと向かっていた。
朝の普通の通学風景。
高校生に混ざって通学路を歩いていくと、まるで自分も学校へ通学しているような不思議な感覚が襲ってくる。
吸い込まれるように門をくぐっていく生徒達。
シュラインもそのまま門をくぐろうとしたが、頭上で羽ばたく音が聞こえそちらに目を向ける。するとそこには黒い翼をはためかせた少年が居た。天狗で中学生の伍宮・春華だ。
「あら、お仕事?」
「そう。そっちも?」
そうよ、とシュラインが言うと春華はシュラインの隣へと降り立ち翼をしまった。そうすると春華は人間と何処も変わらぬ姿になる。
「霊が出るのは夜だっていうからさ、昼間のうちは学校に乗り込んで話聞いて回ろうと思って」
「奇遇ね。私も昼間の内に見て回ろうと思って。とりあえず中入りましょうか」
だな、とシュラインと春華は揃って門をくぐった。
しかし足を一歩踏み入れた途端、二人は顔をしかめる。
「何ここ・・・。音が歪んでる」
「結界とまではいかないけどなんか変だ・・・」
辺りを見回す二人だが、その付近におかしなものは見つからない。
「これぐらい音が歪んでるって事は空間もかなり歪んでる」
「うん。・・・ちょっと俺は空からこの付近一帯見てくる」
「よろしく。私は職員室でこの学校の見取り図とか貰ってくるから」
翼を広げ再び空へと舞う春華。シュラインはそのまま職員室へと向かった。
職員室へと向かう中、こんな音の歪みの中で人は暮らしていけるのだろうか、とシュラインは首を傾げる。この学校に一歩足を踏み入れた途端、別の世界へときてしまったような感覚があった。音の反響の仕方が普通の場所と違いすぎるのだ。ここまで空間が歪んでいると、現実世界に歪みが出来ても可笑しくはない。
迷うことなく職員室へと辿り着いたシュラインは、手紙を出してきた教師の名前をあげ取り次いで貰う。やってきたのは20代後半の女教師だった。
「初めまして。私、お手紙を頂いた草間興信所からきましたシュライン・エマと申します。手紙にありました学校を夜毎徘徊する者について詳しく伺いたいのですが・・・いつ頃からこの現象は起き始めたのですか?」
「先月の学校の改築工事終了後からです。以前からよくある学校の七不思議として、北校舎と南校舎に分かれて夜毎徘徊している上半身と下半身の少女の話はありました。けれど、実際に動いているのを目撃されるようになったのは先月からです」
「改築工事後から・・・。その改築工事はどのようなことを行ったんですか?」
暫く記憶を整理するためか、そうですねー、と考えていた女教師だったが、やがて持ってきていた現在の地図と以前の地図をシュラインの前に広げた。
「改築といっても特に目立ったところはないんですけれど。ただまばらに建っていた食堂や音楽室を校舎の近くに集めただけです」
以前の配置と現在の配置を見比べていたシュラインは、あっ、と声を上げる。
「北校舎と南校舎の間に線を引くと分かりやすい。左右対称になっているんですね」
シュラインの指摘した通り北校舎と南校舎を中心に音楽棟、体育館、プール、実験棟が左右対称に配置されていた。大きさもほぼ同一だ。
しかし女教師はそんなことには気づいていなかったようだ。言われて初めて、あぁ、と頷く。
その時、本当だな、とシュラインの上から声が降ってきた。
気配もなにもなかった為、シュラインと女教師は揃って慌てたようにそちらへ視線を移すが、シュラインはそこにあった顔を見てすぐに緊張をほどき苦笑した。
「やっぱり来たのね。名前は聞いてたからここに来るような予感はしてたんだけど。・・・えっと、彼も草間興信所から派遣された人物で影崎・雅さん」
女教師に雅を紹介してからシュラインは雅に、もちろん聞いていくわよね?、と問いかける。すると雅は、もちろん、と頷いてシュラインの隣に当たり前のように腰掛ける。それを気にした様子もなく、シュラインは話を続けた。
「それではお話を整理させて頂きますね。その霊は上半身と下半身に分かれた少女で、北校舎には上半身が、南校舎には下半身が存在して居ると。そして二つの校舎を繋ぐ中央廊下があるにも関わらず、その霊の半身は出会うことなく自分の半身を求め続け彷徨っている。そしてその現象が起き始めたのは改築工事後から・・・でよろしいですか?」
はい、と頷いて女教師は辺りを見渡して誰もいないことを確認してからこそこそと告げる。
「実はその霊なんですけど・・・どうも昔うちの学校に通っていた生徒のようなんです。事故死してしまったという話をちらっと聞いたことがあるのですが・・・その事故というのがかなり悲惨なもので。現在屋上は出入り禁止になっているんですが、それはその事故が原因だとか。屋上から過って落下した少女の身体はすぐ下にあった木の天辺に刺さり二つに分かれてしまったと言われているんです。それで上半身と下半身の話が・・・。だいぶ昔の事のようなので今では本当のことを知っている人は誰も居ませんけれど」
そこまで話し終えるとタイミング良く生徒が女教師を訪ねてくる。すみません、と言い残し女教師は席を立ち部屋を出ていった。
残された二人は軽い溜息を吐き出すが、すぐに表情を一変させ期待に満ちた瞳で雅は言う。
「当たり・・・っぽくないか?」
雅の言葉にシュラインは、そうね、と言いながらもう一度地図を眺めた。
「人形かなんかが半分にされて置かれていると思ったんだけど、まさか実際にあった事とはね。・・・やっぱり校舎の配置もなんだか気になる」
「そうだな・・・」
そう雅が呟いた時、窓から春華が飛び込んできた。ここは2階だったが翼のある春華には建物の高さなど関係ない。
「いたいたーっ!やーっと見つけた。ちょっと凄いこと発見したんだけど」
「こっちも収穫有りよ。それじゃあ、情報交換といきましょうか」
「おうっ。じゃ、俺から。この学校なんか結界じゃないけど入った瞬間変な感じがしただろ?あれの意味が分かったんだ。北校舎と南校舎を中心に敷地内に一際高い木が6本植えられていてそれを辿っていくと六芒星が出来上がる。それがまず一つ目。で、霊に見えないらしい問題の中央廊下だけどそれがその六芒星の中心部。なんかこの学校そのものが創られた図形になってるんだ。それが結界みたいな役割をはたしてる」
「やっぱ空から見ると違うものが見えてくるんだな」
へぇ、と感心したように雅が言うと少し得意気に春華が胸を張る。
「まぁね。で、そっちは?」
「今話に出たけどやっぱり中心部は中央廊下みたい。地図を見て一目瞭然。そして手紙を送ってきた人物の話だと、霊はこの学校の生徒で屋上から過って転落したみたいね。その際、木の天辺に落ちてしまい上半身と下半身に分かれてしまったということらしいの。それとこの校舎と回りの建物なんだけど、左右対称にわざわざ改修工事でしたようね。そしてこの工事が終わってからだそうよ、霊が出始めたのは」
シュラインの言葉に雅と春華は顔を見合わせる。
「歪んだ音に歪んだ空間。鏡面効果とでも言うのかしら。同じように向かい合った建物の間にある中央廊下。そこに歪みがあるのかもしれない」
とりあえず私はその木を見に行って中央廊下を調べるわ、とシュラインが言うと春華も一緒に行くという。
雅は一瞬考えるそぶりを見せたが、実は初めから決めていたらしくそっけなく告げる。
「じゃ、俺は中央廊下とその付近を先に調べておく。相方も探さなくちゃなんないしなー」
ぽち、と名を呼ぶと黒い狼の姿をした護法が雅の足下に姿を現す。そして雅の回りを犬が飼い主に懐くようにくるりと一周すると何処かへ駆けていった。
「それじゃあ夜に中央廊下で会いましょう」
3人は顔を見合わせて頷き、それぞれの調査を開始した。
------<調査2>--------------------------------------
「木が六芒星をね・・・でもたかだか形を描いていたからといってそれがそんなに強い効力を発揮するかしら」
シュラインは不思議そうに首を傾げ、隣にいる春華を見る。
「でもなー、それしか考えられないって。それかこの土地自体に何か力があるか」
「力・・・ね。元はその六芒星自体には効力がなかったかもしれない。だけどその六芒星の中に全ての建物をいれたことによって規則性を持たせてしまい力が生まれてしまったとも考えられる」
とりあえずこの木自体には音の乱れも何も感じない、とシュラインは木を背にし歩き出した。
「やーっぱそうなのかなー。あ、でもあそこおかしかったんだ、そういえば」
「どこのこと?」
シュラインが立ち止まり春華を振り返る。
「中央廊下のあたり。風がさ、全くないんだ。他の場所では風が吹いてるのにそこにいくと風が消える。おかしいだろ?」
春華はかまいたちを起こそうとしたが起きなかったことは内緒にしておく。まるで自分の力が足りなかったようで。弱みを見せることなど出来るはずがない。
「それじゃ、中央廊下に急ぎましょう。風が起きないっていうことはその付近一帯になにかあるはず」
シュラインは中央廊下の真下へと移動するとその地面を掘りはじめた。
「ちょっ・・・泥まみれに・・・」
「だって気になるじゃない。木と木に囲まれた中央廊下。この土地に何かあるかもしれないと言ったでしょ?土地全体ではなくこの場所だけっていうことも考えられない?」
「それも一理あるな・・・ちょっと退けて俺が・・・あ、やっぱいい。俺も一緒に掘る」
小さい竜巻でも起こして土を退けようと思った春華だったが、この場所では風の力が使えないことを思いだしシュラインの横で一緒に土を掘り返しはじめた。
「木と木の間。中央廊下の真ん中。多分以前からここにあったもの・・・彼女が転落した当時もあったかもしれない」
その時。上から声が降ってきた。
「そこに居るか、2人とも」
雅が4階の中央廊下から下を覗き込みながら叫んでいる。
「えぇ、ちょっと捜し物。って、あら?マスターも呼ばれたの?」
シュライン行きつけの喫茶店店長代理の天樹・昴の姿を雅の隣に見つけ驚きの声をあげるシュライン。
苦笑を浮かべ昴は、色々あって、と言葉を濁す。まさか美味しいケーキだと零に推薦してくれたおかげでこの件に巻き込まれることになったらしい、なんて事は昴の性格上言えるはずもない。
しかしそんな二人の様子を気にすることもなく、雅は、にやっと笑みを浮かべ楽しそうに告げる。
「捜し物ね。さっすが勘がいいな。そこにあるの多分鏡だぞ」
「鏡?どういうこと?」
昴が手にしたものをヒラヒラと翳してみせる。それは夕焼けを反射してキラキラと光った。
「ここにもあったんです、鏡が。天井に埋め込まれてました」
「合わせ鏡かっ!」
「そういうこと。4階の天井から地面の鏡。そして中央廊下両脇の木にも鏡が設置されてた。四方に合わせ鏡でその中間であるここは強力な霊場となる」
「じゃ、1つはずしたって事は少しそれが緩和されてる?」
「とりあえず気づいた部分の鏡は外したから。計5個だっけ?」
雅が隣の昴に尋ねると、そうです、と昴は頷く。
「よっしゃ!やっぱちょっと退いてて」
それを聞いた春華は、嬉々としながら竜巻を起こし地面を風の力で掘っていく。
威力は普段より小さいものの、それでも手で掘るよりはかなり楽だった。
「あ、見えた!」
シュラインの声に春華は術を取り消すと穴を覗き込む。
そこには小さな手鏡が埋まっていた。いつから埋まっていたのか分からないが20年は経過してるだろう。以前は色鮮やかな紅であったであろう色はくすみ、時を感じさせる。
「6個目ね。・・・これで全部・・・かしら」
シュラインはゆっくりと瞳を閉じ耳をこらした。
音の歪みは感じられない。空間も正常になったように思われた。
「大丈夫みたいだけれど・・・」
「俺も何も感じない」
「俺は元から結界とか気にならないからなぁ・・でも今朝来た時の感覚は消えたな」
「・・・いや、まだです。もう1個。空間の歪みにもう1つ落ちてます」
昴はそう呟き意識を集中させる。
そして赤と蒼に光る2刀の剣を身体の中からゆっくりと取り出した。まるで自分自身が剣の鞘だ。
『焔・月姫』は昴が身体に宿す2刀の剣で、物理法則に捕らわれない行動を行える。昴に与えられた力だった。
意識をその2刀に集中し、空間の歪みを切り裂く。
切り裂いた瞬間、今まで中央廊下付近を吹いた風がずっとその場所に溜め込まれていたように、突如として猛烈な風が昴と雅を襲った。
二人の両脇にあった硝子は砕け散り二人に鋭い切っ先を向ける。
しかしその瞬間、雅の身体を護法のぽちが瞬時に形を変え取り囲み切っ先を交わす。
昴は剣の力でそれを交わし、歪みの中に落ちていた手鏡を拾い上げた。
「回収完了だな」
「えぇ」
余裕の笑みを浮かべる2人にシュラインと春華から心配そうな声がかかる。
「大丈夫なの?すごい音がしたけど」
「なんか今の俺が作る風よりも凄くなかった?」
「いやー、あんたの作る風が凄いかどうかまでは知らないが流石の俺もすこーしだけビックリしたなー」
「雅さんってなんだか緊張感がありませんよね」
くすくすと笑う昴に雅はヘラヘラと笑いながらシュライン達を覗き込み、さっさと上がってこーい、と呼んだ。
------<遭遇>--------------------------------------
橙色に染まっていた空が、だんだんと深い青に染まっていく。
既に校舎には長い影が伸び、夜の訪れを告げていた。
硝子の割れてしまった中央廊下に集まる4人はじわじわと忍び寄ってくる寒さに身を震わせる。
「ちょーっと寒くないか?」
「ちょっとどころじゃなく寒いわね。ちょっと場所移動しない?」
雅とシュラインがそんな提案をする。すると昴がそれに乗ってきた。
「だったら上半身さんを探しに行きませんか?せっかくこの中央廊下、彼女も通れるようになったんですし迎えに行ってあげましょう。両手で動き回るのも大変でしょうし、俺がおぶって下半身さんのところまで運んでいってもいいですしね」」
「は?なに?」
呆気にとられる3人を、ここでただ座ってるのも寒いでしょう?、と昴は皆を急かす。
かくして4人は昴提案の元により『北校舎・上半身さん探索ツアー』へと出かけることになった。
しかし北校舎に入ってすぐ、異質な音を耳にする。
「この引きずる音って・・・」
「おでましだな」
雅の向けた視線の先に、血まみれの上半身がゆっくりとこちらに向かってくる姿が見えた。
しかしその上半身の前に集まり出す光の粒子。
それは人の形を成し、皆の前に姿を現した。
その人物を見上げた少女は唸るように声をあげる。
「キリート・サーティーン・・・」
「あなたは条件を満たしています。私の現在のマスターと言っても過言ではない。私は願いを叶える者。さあ、あなたの願いを仰って下さい」
突然のキリートの出現で4人は声を失う。しかし一番先に動いたのは昴だった。
「きっとあれは説得ですよね・・・。俺も混ざってこよう」
臆した様子もなく昴はつかつかとキリートと少女の側へと向かう。そして少女の目線に合わせて昴は声をかけた。
「こんばんは、貴女の手伝いをさせて頂けませんか?」
優しい笑みを浮かべた昴の表情に一瞬毒気を抜かれた少女の表情。
それを見ていた残りの3人もそれぞれに動き出した。
雅は護法のぽちに下半身を連れてくるように命を下し、自分は少女の元へと向かう。
先ほどから出しっぱなしにしてる翼をはためかせ少女の元へと降り立った。
シュラインは手にした先ほどの手鏡を指先で弄びながら、少女に声をかける。
「どうして屋上から落ちてしまったの?」
「それ・・・」
シュラインに目を向けた少女の視線が、手の中で所在なさそうに弄ばれている2枚の手鏡に釘付けになる。その手鏡は昴が空間の歪みの中から拾い上げたものと、シュラインと春華が土の中から掘り出したものだった。
「鏡は嫌い・・・嫌い嫌いっ!それがあったから・・・私は・・・」
少女は突然半狂乱になり暴れ出す。それを必死に押さえつける昴と雅。
「落ちたのはこの鏡のせい?だから鏡が嫌いなの?だからあの中央廊下へ向かうことが出来なかったの?」
「それだけではないでしょう・・・あそこは合わせ鏡の作り出す世界でした。北校舎を見ても南校舎を見ても全面鏡張りで自分の姿しか映らない」
ぽそり、とキリートがシュラインの言葉を聞いて呟く。
「だから私は少しあの空間を壊しました。その世界があなたを苦しめるものだと思ったから。今はもうないようですが」
「俺達が壊滅させたからな」
春華がにんまりと笑いそう告げる。
「これであんたを脅かすものはなくなった。分かれた半身もほら、ここに」
雅の足下にぽちが連れてきた下半身がある。
「この学校の中央廊下に誰が何のために合わせ鏡の空間を作ったのか分からない。あんたを苦しませるためだけにやったとは思えないしな。そっちも気になるけど今はあんたの方が先だ」
「そうです。あの・・・俺達を信用して貰えませんか?」
昴はそう少女に尋ねる。すると少女が逆に5人へ問いかけた。
「なんで私が気になるの?血まみれで半分ずつの身体で・・・昨日、あなたには酷いことをしたわ」
最後の言葉はキリートへ向けられる。しかしキリートは小さくかぶりを振りどうでも良いことのように、あなたの望み通りに、と呟く。
そんな中、昴が5人を代表するような形で言葉を発した。
「人は心の在り様で物事の見え方が違うって言いますよね?私には、貴女が困っている普通の人と同じに見えるんです」
俺達はあなたを助けられる力を持っていると思うんです、と昴は笑顔を向けた。
胸が暖かくなるような笑顔。少女の鋭かった瞳が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「・・・私は・・・私は元通りの身体になりたい。ずっと誰かに助けて貰いたかった。で誰も私が見えなかった。だけど皆が私を見れるようになって、いかに私が恐ろしい姿をしているか知ってしまった。ずっと元に戻りたくて、でも戻れなくて。本当は助けが欲しくて電話をしたの・・・もう生きれないけど・・・でも・・・」
「それはあなたの願いですか?」
「そう、願いよ」
昨日は自分から逸らした瞳をキリートにしっかりと向ける少女。
「その願い確かに・・・」
キリートは願う。少女本来の姿を。
血まみれなどではなく、裂かれた身体でもなく、大切にしていた鏡を拾おうとして屋上から不運にも落ちてしまった少女の姿を。
キリートの身体を形作ったときと同じように、少女の身体を光が取り巻いていく。
ゆっくりとその光は消え、そこには上半身と下半身が元通りになった少女が居た。
悲しみと苦しみに満ちた瞳は消えている。
「あっ・・・私の身体・・・」
あなたの願いは叶えられましたか?、とキリートは座り込んだ少女に手を貸しその場に立たせた。
昨日はキリートよりも冷たかった肌が、今は普通の生きている人間と同じ暖かさを宿している。
「ありがとう・・・血まみれの自分の姿が怖くて惨めで鏡が怖かったの・・・今なら見れるよね。私普通よね」
「えぇ。・・・さぁ、鏡を見てご覧なさい」
シュラインは少女へ手鏡を渡す。
おそるおそる少女は鏡を自分の顔の前に持っていき、ゆっくりと鏡面を自分の顔に翳した。
そしてゆっくりと少女は鏡を下ろす。
「良かった・・・」
これで私逝くことが出来る、と少女は笑う。
その笑顔につられて昴も微笑んだ。
「ひとつお願いがあるの」
「最後だから特別サービスで聞いてやる」
ぶっきらぼうにそう一言告げる春華。隣で雅も頷く。
「私が消えたらこの鏡を壊して」
瞳の端に涙を浮かべ少女が手鏡を2枚差し出す。
「まかせとけ!」
「それがあなたの願いならば・・・」
雅とキリートが1枚ずつ手鏡を受け取った。
その手鏡だけが心残りだったかのように、少女は手鏡を渡すとすっと闇に融けていった。
少女の全てが消えた瞬間、雅とキリートは手鏡を消し去る。
雅の拳が手鏡を粉砕し、キリートの力で手鏡は闇に吸収されるように消えてなくなった。
「良かったですね、彼女」
昴が安心したように呟くと、シュラインも頷く。
しかし心配そうに硝子の割れた中央廊下を眺め呟いた。
「だけど・・・この霊場を創り上げたのは誰なのかしらね。また訪れることになりそうでイヤだわ」
「ま、その時はその時じゃない?とりあえずは一件落着したんだし」
んー、と大きく伸びをした春華がそう告げると雅もつられたように伸びをする。
「さてと、帰るか。草間のダンナに報酬貰わなきゃなー」
「・・・でも武彦さんのことだから・・・硝子の修理費に私たちの報酬使いそう」
「それって詐欺だろ」
「人助け・・・もとい霊助けできたんだから、良しとしましょう」
「俺はそんなボランティア精神持ち合わせちゃいないんだけどなー」
雅がそんなことを言いながら歩き出す。
それに合わせシュラインと昴と春華はその場を後にした。
既にキリートは願いを成就させたため、闇へと身を任せ消えている。
そしてそこから全ての生ある者が消え去った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1986/キリート・サーティーン/男/800/吸血鬼】
【1892/伍宮・春華/男/75/中学生】
【0843/影崎・雅/男/27/トラブル清掃業+時々住職】
【2093/天樹・昴/男/21/大学生&喫茶店店長】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、夕凪沙久夜です。
この度は『流離う者』へのご参加まことに有り難うございました。
今回紅一点ということでウキウキと書かせて頂きました。とても魅力ある方で書きごたえがありました。
女性的な一面が少しでも描けていれば良いなぁと思いつつ。
またどこかでお会いできることをお祈りしております。
有り難うございました。
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