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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


流離う者
------<オープニング>--------------------------------------

草間がのほほんとお茶を啜りつつ目の前にあった煎餅に手を伸ばしかけた時、ふいに目の前の電話が鳴った。
「はい、もしもし草間興信所・・・」
すぐさま受話器を取った草間がそう告げると、相手は最後まで聞こうともせずいきなり意味不明な事を呟いた。
「私の身体が半分見つからないの・・・」
「は?・・・ちょっ・・・」
訳が分からず草間は尋ね返そうとするが、そんな間すら与えず切れる電話。
いつまでも草間の耳元で鳴り続けるツーツーという電子音。
「なんだぁ?」
「どうかしましたー?」
間延びした口調で零が奥から顔を覗かせる。そんな零に草間は首を捻りつつ今の出来事を告げた。

「身体が半分見つからないって・・・その女の人真っ二つということ?」
生きてないですね、と至極当たり前の事を真面目な顔で言う零に草間は大きな溜息を吐く。
「だから訳が分からないって言ってるだろう。全く、オレは幽霊からの電話を取ったのか」
「兄さんだったらあり得るかも」
ニッコリと微笑んで零は紅茶を口に運ぶ。
草間は面白くなさそうにガリガリと頭を掻きつつ、ぐったりと椅子にもたれかかった。
そしてこれは依頼に入るのだろうか、それとも入らないのだろうかと数分悩み続ける。
内容的には幽霊からの電話ということで興味を惹かれる部分も多いような気もするが、依頼主が幽霊とあってはギャラはゼロと考えていいだろう。
金にもならない仕事を自ら進んでやる人物が居ただろうかと思いを巡らせるが、それは要らぬ心配だった。草間の回りにはそんな物好きな人物達で溢れかえっていたからだ。きっと話を持ちかければすぐさまやってきて調査に乗り出すことだろう。
そんな人物達の嬉々とした様子が目に浮かび、草間はもう一度溜息を吐く。
「もうこの際幽霊からの電話でも何でも良いんだが、身体が真っ二つになった事件かなんかの情報はないのか?」
草間の言葉を受け零は平然と、ありますよ、とすぐに答える。
「あるのか?」
「はい。えーっと、この間変な手紙が来たって言ってたでしょう?兄さんに聞いたら機嫌悪かったみたいで燃やしちまえーって言ってたアレ。合ってるかどうかは調査してみないと分からないけどちゃんととってありますよ」
ふふん、と胸を張った零はその手紙を持ってきて読み上げる。

『助けてください。私の勤務する女子校で変な事が起きています。学校は4F建てで南校舎と北校舎に分かれています。互いの校舎は1Fと3Fだけが中央廊下で繋がっていてそこ以外は両校舎を繋ぐ場所はありません。繋がっているので絶対に会えるはずなのにどうしてなのかは分かりませんが会えないみたいなんです。上半身と下半身が・・・。暗くなると互いに探し合うように校内を徘徊していて怖くて学校に残れません』

だそうです、と零は手紙を草間に渡す。
草間はニヤリと笑みを浮かべる。そして、依頼者がきちんと居るんじゃないか、と言いすぐさまその事件に合いそうな人物達に連絡を取り始めた。


------<相棒>--------------------------------------

「さてと、それじゃぁ配達に行って来ますか」
綺麗にデコレーションされたケーキを箱に詰め、天樹・昴はぱんぱんと手を払う。
喫茶店の繁忙期を過ぎ、店内に居るのは顔なじみの客ばかりだ。
今日も逢魔が時を無事に過ぎ、夜の帳が降り始める。静かに訪れる闇。
バイトの子に、ちょっと行って来るから、と告げ昴は店を後にした。
喫茶店といっても最近はケーキの配達も行う。
昴の店の自家製ケーキは口コミで評判が広がり、今では日に何十個と配達を頼まれることも多くなった。
忙しい時でなければ昴が自ら配達をする。
しかしバイトの子からすれば昴には店に居て欲しいのだという。人の良い昴との会話を求めてやってくる常連も多いのだからと。それを聞き昴も以前よりは店にいることが多くなったが、大学生という本職の為に店を開けていることが多い。それは仕方のないことだろう。

今日の届け先は『草間興信所』だ。興信所というところは探偵業だっけかな・・・と昴は思いつつその扉を開けようとした。
「あんたもここに用事?」
その時突然背後から声をかけられ、昴は驚いて持っていたケーキを落としそうになり、慌ててそれを大事そうに持ち直した。
振り返りその人物を確かめると、人の良い笑みを浮かべた青年が立っている。昴はケーキを落とさなかった事に安堵しながら溜息と共に言葉を吐き出した。
「脅かさないでくださいよ。落としちゃうところだったじゃないですか。・・・俺はこちらにケーキを届けに・・・」
「ケーキ?草間のダンナ文句言いつつケーキちゃんと用意してくれたのか?・・ま、いっか。よーしお邪魔するかー」
訳の分からないままに昴は青年に腕を捕まれ、引きずられて興信所の中に入ってしまう。
ちょっと待ってくれ、なんて言葉を言うことすら忘れてしまうくらい唐突だった。
青年は笑顔で開口一番ケーキのお礼を部屋の主に述べる。
「草間のダンナ、ケーキありがとな」
「は?俺は頼んでないぞ?」
青年の言葉に椅子に座った男が首を傾げる。すると奥から少女がパタパタと走ってきて声を上げた。
「こんばんは、雅さん。あ、ケーキ頼んだのは私です」
『雅』と呼ばれた青年はぽん、と少女の頭に手を乗せ笑う。
「そっか、零ちゃんか。ありがとなー。俺も可笑しいとは思ったんだけどな。草間のダンナがケーキなんて頼んでくれるほど気が利くとは思えないしなー」
「あはは。・・・で、あの・・・あなたは?」
部屋の主の名前が『草間』で青年の名前は『雅』で少女の名前は『零』と言うらしいと昴が思ったのも束の間、今度は自分に話が振られて慌てて思考を外へと向ける。
零がひょいと覗き込むように昴へと視線を合わせ声をかけてくる。
すると雅が、悪い悪い、と言いながら昴を掴んでいた腕をほどいた。
「えっとですねご注文のケーキを届けに来たんですけど・・・」
昴は複雑な笑みを浮かべ手にしっかりと持っていた箱を零に差し出した。
「アリガトウございます。シュラインさんから美味しいケーキがあるって聞いたので楽しみにしていたんですよ」
嬉しそうにケーキを受け取り、代金を支払うと零は奥へと消える。
これで任務完了、とほっとした表情を浮かべる昴。
さぁ帰ってまたお仕事お仕事、と昴が達成感を胸に草間興信所を後にしようとしたところ、またしても自分の腕を掴む手があった。

「あの・・・まだ何か?」
困惑した表情を浮かべつつ昴が振り返るとじっと見つめる二人の顔。見比べつつ首を傾げる昴に、雅はにかっとした笑みを浮かべ名を尋ねてきた。困惑したまま昴は自分の名を告げる。
「天樹昴ですけど・・・どうかしました?」
「よし、あんた俺と組もう」
突拍子もない雅の言葉。
「いや、あの・・・なんのコンビ・・・」
「はい、。草間のダンナ、今回の依頼の概要をヨロシク」
戸惑う昴の言葉を遮って雅が草間に話を振ると仕方なく草間は掻い摘んで依頼の説明をした。それが終わると雅は先を続ける。
「そこで今回俺が相棒に選んだのがあんた。俺は影崎・雅よろしく」
「はぁ・・・あのですね、事件があってそれを影崎さんが解決しようとしているところまでは分かりましたけど、そこでなんで俺が相棒に選ばれるんでしょうか。しがない喫茶店店長代理なんですけど・・・」
「だってあんた見える質だろ?しかも身体の中になんかでっかいもの持ってるようだし」
「いや・・・それはですねー」
こっちも見える質か、と昴は苦笑を浮かべるしかない。昴にも雅が特殊な力を持っていることは分かった。お互いにそれが分かったとしても『力』の事を面と向かって言われることは少ない。
しかしそれを引き合いに出されようとも昴はここでこの依頼を受けるわけにはいかなかった。喫茶店店長代理+大学生という立場。しかもよく分からない内に数に入れられているような雰囲気。
逃げ切ろうと必死な昴だったが、相手も逃がしてなるものかという執拗さで迫ってくる。勝手にコンビを組まされ、アッという間にギャラの話にまで飛んでしまった。
「とりあえず俺と一緒に事件担当決定!ということでいいよな、ダンナ?仕事のギャラも半分ずつということで」
「分かった」
草間が頷いたのを見て、今度こそこの件から逃れられないということを知った昴はがくりと肩を落とす。
「あの・・・もしかして俺も人数に含まれてますか?仕事が・・・」
昴の悲痛な声が興信所に響くが、ケーキと紅茶を持った零の出現により湧いた歓声でかき消された。


------<調査>--------------------------------------

「さてと、行くとするか」
 雅は青空の下で大きく伸びをしながら後ろに佇む昴に声をかける。
 無理矢理『相棒』として引きずりこまれた昴だが、断ろうと思えば断れたはずだ。しかし話を聞いている内にどうにかしてやりたいという気持ちが働き現在に至る。
 昴も雅と同じように青空を見上げ、空の青さに目を細めた。澄んだ青空に少し肌寒くなった風。もう少しで冬が訪れる合図。
「そうですね。行きましょうか」
 人の良さそうな笑みを浮かべ頷いた昴に、にかっ、と笑いかける雅。
 2人は揃って問題の女子校へと向かいはじめた。
 
 通学ラッシュが過ぎたのか、通学路にはまばらに人がいるだけだ。
 霊本体が現れるのは夜だという。それならば昼間は聞き込みをしようという事になったのだった。
 女子校が見えてきたが別段変わったところは無いように見える。
 変わったことがあるのはやはり夜だけなのか、と思いつつ2人が足を踏み入れると薄いベールに包まれたような妙な感覚が2人を襲う。
 昴が立ち止まり当たりを見渡すが、目立つものは見あたらなかった。
「なんか・・・変ですね」
「妙な違和感だな。だけど違和感を感じるだけでそれ以上のことはない」
試しに、と昴はもう1度学校の門から外に出る。するとその不思議な感覚は消え去った。それを確認してから再び門をくぐる。
くぐった瞬間に別の世界へと紛れ込んだ気持ちになる。
「結界でもないし・・・なんでしょうね」
「やっぱ現地来てみないと分かんないもんだなー。ま、なんかおかしな事が起こるわけでもないみたいだし今のところは問題なしでしょ」
うんうん、と頷きつつ雅は当初の予定の職員室を目指す。
 しかし後ろから付いてきていた足音が聞こえなくなり、雅は振り返り昴の姿を探した。すると校門付近にある木を見上げて立っている昴が見える。
「おーい、置いてくぞー」
 雅が声をあげると、どうぞー、という返事が戻ってくる。雅は苦笑するしかない。
 なにか気になるものでも見つけたか、と呟いて雅は職員室へと歩き出す。
 
 昴はじっと木を見上げて、そしてすぐにその根元を眺める。
 見上げるくらい大きな木は何年も前からそこにあるようだった。最近植え替えをされたものではない。
 それを確かめると昴は中央廊下を眺めるためにそのまま歩き出した。
 近くまで近寄ってみて静かに息を整え集中をする。
 緩やかな血の巡りを感じつつ、閉じていた目を開いた。
 急激に襲ってくる映像の渦。それをなんとか整理しながら昴は少し先の未来をみる。
 『月読』は未来を見ることの出来る力だった。それを制御するのは年月を重ねているがそれなりに苦痛でもある。
 しかし事件の解決の為というならばあまり気にならない。
 昴は今見たものを明瞭に思い出しながら、中央廊下脇に生えている木の片方に登りはじめたのだった。

------<調査2>--------------------------------------

「っと、ちょっとこの木滑るみたいだな」
 小さく呟いて昴はもう少しで届くところにある、光るものに手を伸ばす。
「よし、一つ取れた」
 身体を包んでいる違和感が少し和らぐような気がする。
 そしてもう一段上の方にあるものに手を伸ばそうとした時、背後にあった窓から声が飛んできた。
 昴がそちらに目を向けると雅が中央廊下から顔を出していた。
「おーい、なんかいいものあったのか?」
「いいものというかー・・ってわぁ」
 手を滑らせた昴が空から地上へと降っていく。それを見た雅がすぐにぽちを走らせ昴を上手くキャッチさせる。
「冷や冷やさせてくれるなぁ。で、手に持ってるのは?」
「鏡です。謎が解けたんですよ、この中央廊下の」
 鏡をキラキラと回転させながら昴が告げることには、合わせ鏡のせいで地場が狂っていたらしい。四面からの合わせ鏡の影響はそこに強い霊場を創り上げてしまう。鏡で囲まれた世界になってしまうと予測されると。
 そしてそこが中心になり、全体の敷地の空間を歪ませているのではないかと。
「なるほどなー。それじゃ、その合わせ鏡を全部取り除いてしまえば、中央廊下の異変と敷地の歪みは収まると。
 雅がそう言うと昴が頷く。
「ただ・・・仕組みは分かっても誰が何のためにそんな手の込んだ事をしたのか、それが分からないんですけどね」
「それが一番厄介だ。たとえこの事件を解決できたとしても、地場を利用してまでこんなことをしている奴を止めることは出来ないしな」
 ふぅ、と溜息を吐きつつも昴はもう片方の木へと登りはじめる。
 それを1階まで駆け下りた雅にすんでの所で止められた。
「ちょっと待て。さっきみたいな思いをするくらいなら俺が登る」
 人の失敗見てる方が恐ろしい、と雅は呟き器用に木を登りはじめた。
「器用ですねー、雅さん。あ、その辺です。鏡が置かれているのは」
 下から昴が声をかけると、雅がその付近を探し見事鏡を見つけだした。
 そして二人は4階中央廊下へと向かいそこでも1個の鏡を見つけだす。
 あとは下ですね〜、と言ってるところで外からシュラインと春華の声が聞こえてきた。
 雅はいそいそと窓から顔を出し外の二人に声をかける。

「そこに居るか、2人とも」
「えぇ、ちょっと捜し物。って、あら?マスターも呼ばれたの?」
 シュライン行きつけの喫茶店店長代理の天樹・昴の姿を雅の隣に見つけ驚きの声をあげるシュライン。
 苦笑を浮かべ昴は、色々あって、と言葉を濁す。まさか美味しいケーキだと零に推薦してくれたおかげでこの件に巻き込まれることになったらしい、なんて事は昴の性格上言えるはずもない。
 しかしそんな二人の様子を気にすることもなく、雅は、にやっと笑みを浮かべ楽しそうに告げる。
「捜し物ね。さっすが勘がいいな。そこにあるの多分鏡だぞ」
「鏡?どういうこと?」
 昴が手にしたものをヒラヒラと翳してみせる。それは夕焼けを反射してキラキラと光った。
「ここにもあったんです、鏡が。天井に埋め込まれてました」
「合わせ鏡かっ!」
「そういうこと。4階の天井から地面の鏡。そして中央廊下両脇の木にも鏡が設置されてた。四方に合わせ鏡でその中間であるここは強力な霊場となる」
「じゃ、1つはずしたって事は少しそれが緩和されてる?」
「とりあえず気づいた部分の鏡は外したから。計5個だっけ?」
雅が隣の昴に尋ねると、そうです、と昴は頷く。
「よっしゃ!やっぱちょっと退いてて」
 それを聞いた春華は、嬉々としながら竜巻を起こし地面を風の力で掘っていく。
 威力は普段より小さいものの、それでも手で掘るよりはかなり楽だった。
「あ、見えた!」
 シュラインの声に春華は術を取り消すと穴を覗き込む。
 そこには小さな手鏡が埋まっていた。いつから埋まっていたのか分からないが20年は経過してるだろう。以前は色鮮やかな紅であったであろう色はくすみ、時を感じさせる。
「6個目ね。・・・これで全部・・・かしら」
 シュラインはゆっくりと瞳を閉じ耳をこらした。
 音の歪みは感じられない。空間も正常になったように思われた。
「大丈夫みたいだけれど・・・」
「俺も何も感じない」
「俺は元から結界とか気にならないからなぁ・・でも今朝来た時の感覚は消えたな」
「・・・いや、まだです。もう1個。空間の歪みにもう1つ落ちてます」
 昴はそう呟き意識を集中させる。
 そして赤と蒼に光る2刀の剣を身体の中からゆっくりと取り出した。まるで自分自身が剣の鞘だ。
『焔・月姫』は昴が身体に宿す2刀の剣で、物理法則に捕らわれない行動を行える。昴に与えられた力だった。
 意識をその2刀に集中し、空間の歪みを切り裂く。
 切り裂いた瞬間、今まで中央廊下付近を吹いた風がずっとその場所に溜め込まれていたように、突如として猛烈な風が昴と雅を襲った。
 二人の両脇にあった硝子は砕け散り二人に鋭い切っ先を向ける。
 しかしその瞬間、雅の身体を護法のぽちが瞬時に形を変え取り囲み切っ先を交わす。
 昴は剣の力でそれを交わし、歪みの中に落ちていた手鏡を拾い上げた。
「回収完了だな」
「えぇ」
 余裕の笑みを浮かべる2人にシュラインと春華から心配そうな声がかかる。
「大丈夫なの?すごい音がしたけど」
「なんか今の俺が作る風よりも凄くなかった?」
「いやー、あんたの作る風が凄いかどうかまでは知らないが流石の俺もすこーしだけビックリしたなー」
「雅さんってなんだか緊張感がありませんよね」
 くすくすと笑う昴に雅はヘラヘラと笑いながらシュライン達を覗き込み、さっさと上がってこーい、と呼んだ。


------<遭遇>--------------------------------------

 橙色に染まっていた空が、だんだんと深い青に染まっていく。
 既に校舎には長い影が伸び、夜の訪れを告げていた。
 硝子の割れてしまった中央廊下に集まる4人はじわじわと忍び寄ってくる寒さに身を震わせる。
「ちょーっと寒くないか?」
「ちょっとどころじゃなく寒いわね。ちょっと場所移動しない?」
 雅とシュラインがそんな提案をする。すると昴がそれに乗ってきた。
「だったら上半身さんを探しに行きませんか?せっかくこの中央廊下、彼女も通れるようになったんですし迎えに行ってあげましょう。両手で動き回るのも大変でしょうし、俺がおぶって下半身さんのところまで運んでいってもいいですしね」」
「は?なに?」
 呆気にとられる3人を、ここでただ座ってるのも寒いでしょう?、と昴は皆を急かす。
 かくして4人は昴提案の元により『北校舎・上半身さん探索ツアー』へと出かけることになった。
 しかし北校舎に入ってすぐ、異質な音を耳にする。
「この引きずる音って・・・」
「おでましだな」
 雅の向けた視線の先に、血まみれの上半身がゆっくりとこちらに向かってくる姿が見えた。
 しかしその上半身の前に集まり出す光の粒子。
 それは人の形を成し、皆の前に姿を現した。
 その人物を見上げた少女は唸るように声をあげる。
「キリート・サーティーン・・・」
「あなたは条件を満たしています。私の現在のマスターと言っても過言ではない。私は願いを叶える者。さあ、あなたの願いを仰って下さい」
 突然のキリートの出現で4人は声を失う。しかし一番先に動いたのは昴だった。
「きっとあれは説得ですよね・・・。俺も混ざってこよう」
 臆した様子もなく昴はつかつかとキリートと少女の側へと向かう。そして少女の目線に合わせて昴は声をかけた。
「こんばんは、貴女の手伝いをさせて頂けませんか?」
 優しい笑みを浮かべた昴の表情に一瞬毒気を抜かれた少女の表情。
 それを見ていた残りの3人もそれぞれに動き出した。
 雅は護法のぽちに下半身を連れてくるように命を下し、自分は少女の元へと向かう。
 先ほどから出しっぱなしにしてる翼をはためかせ春華は少女の元へと降り立った。
 シュラインは手にした先ほどの手鏡を指先で弄びながら、少女に声をかける。
「どうして屋上から落ちてしまったの?」
「それ・・・」
 シュラインに目を向けた少女の視線が、手の中で所在なさそうに弄ばれている2枚の手鏡に釘付けになる。その手鏡は昴が空間の歪みの中から拾い上げたものと、シュラインと春華が土の中から掘り出したものだった。
「鏡は嫌い・・・嫌い嫌いっ!それがあったから・・・私は・・・」
 少女は突然半狂乱になり暴れ出す。それを必死に押さえつける昴と雅。
「落ちたのはこの鏡のせい?だから鏡が嫌いなの?だからあの中央廊下へ向かうことが出来なかったの?」
「それだけではないでしょう・・・あそこは合わせ鏡の作り出す世界でした。北校舎を見ても南校舎を見ても全面鏡張りで自分の姿しか映らない」
 ぽそり、とキリートがシュラインの言葉を聞いて呟く。
「だから私は少しあの空間を壊しました。その世界があなたを苦しめるものだと思ったから。今はもうないようですが」
「俺達が壊滅させたからな」
 春華がにんまりと笑いそう告げる。
「これであんたを脅かすものはなくなった。分かれた半身もほら、ここに」
 雅の足下にぽちが連れてきた下半身がある。
「この学校の中央廊下に誰が何のために合わせ鏡の空間を作ったのか分からない。あんたを苦しませるためだけにやったとは思えないしな。そっちも気になるけど今はあんたの方が先だ」
「そうです。あの・・・俺達を信用して貰えませんか?」
 昴はそう少女に尋ねる。すると少女が逆に5人へ問いかけた。
「なんで私が気になるの?血まみれで半分ずつの身体で・・・昨日、あなたには酷いことをしたわ」
 最後の言葉はキリートへ向けられる。しかしキリートは小さくかぶりを振りどうでも良いことのように、あなたの望み通りに、と呟く。
 そんな中、昴が5人を代表するような形で言葉を発した。
「人は心の在り様で物事の見え方が違うって言いますよね?私には、貴女が困っている普通の人と同じに見えるんです」
 俺達はあなたを助けられる力を持っていると思うんです、と昴は笑顔を向けた。
 胸が暖かくなるような笑顔。少女の鋭かった瞳が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「・・・私は・・・私は元通りの身体になりたい。ずっと誰かに助けて貰いたかった。で誰も私が見えなかった。だけど皆が私を見れるようになって、いかに私が恐ろしい姿をしているか知ってしまった。ずっと元に戻りたくて、でも戻れなくて。本当は助けが欲しくて電話をしたの・・・もう生きれないけど・・・でも・・・」
「それはあなたの願いですか?」
「そう、願いよ」
 昨日は自分から逸らした瞳をキリートにしっかりと向ける少女。
「その願い確かに・・・」
 キリートは願う。少女本来の姿を。
 血まみれなどではなく、裂かれた身体でもなく、大切にしていた鏡を拾おうとして屋上から不運にも落ちてしまった少女の姿を。
 キリートの身体を形作ったときと同じように、少女の身体を光が取り巻いていく。
 ゆっくりとその光は消え、そこには上半身と下半身が元通りになった少女が居た。
 悲しみと苦しみに満ちた瞳は消えている。
「あっ・・・私の身体・・・」
 あなたの願いは叶えられましたか?、とキリートは座り込んだ少女に手を貸しその場に立たせた。
 昨日はキリートよりも冷たかった肌が、今は普通の生きている人間と同じ暖かさを宿している。
「ありがとう・・・血まみれの自分の姿が怖くて惨めで鏡が怖かったの・・・今なら見れるよね。私普通よね」
「えぇ。・・・さぁ、鏡を見てご覧なさい」
 シュラインは少女へ手鏡を渡す。
 おそるおそる少女は鏡を自分の顔の前に持っていき、ゆっくりと鏡面を自分の顔に翳した。
 そしてゆっくりと少女は鏡を下ろす。
「良かった・・・」
 これで私逝くことが出来る、と少女は笑う。
 その笑顔につられて昴も微笑んだ。
「ひとつお願いがあるの」
「最後だから特別サービスで聞いてやる」
 ぶっきらぼうにそう一言告げる春華。隣で雅も頷く。
「私が消えたらこの鏡を壊して」
 瞳の端に涙を浮かべ少女が手鏡を2枚差し出す。
「まかせとけ!」
「それがあなたの願いならば・・・」
 雅とキリートが1枚ずつ手鏡を受け取った。
 その手鏡だけが心残りだったかのように、少女は手鏡を渡すとすっと闇に融けていった。
 少女の全てが消えた瞬間、雅とキリートは手鏡を消し去る。
 雅の拳が手鏡を粉砕し、キリートの力で手鏡は闇に吸収されるように消えてなくなった。
「良かったですね、彼女」
 昴が安心したように呟くと、シュラインも頷く。
 しかし心配そうに硝子の割れた中央廊下を眺め呟いた。
「だけど・・・この霊場を創り上げたのは誰なのかしらね。また訪れることになりそうでイヤだわ」
「ま、その時はその時じゃない?とりあえずは一件落着したんだし」
 んー、と大きく伸びをした春華がそう告げると雅もつられたように伸びをする。
「さてと、帰るか。草間のダンナに報酬貰わなきゃなー」
「・・・でも武彦さんのことだから・・・硝子の修理費に私たちの報酬使いそう」
「それって詐欺だろ」
「人助け・・・もとい霊助けできたんだから、良しとしましょう」
「俺はそんなボランティア精神持ち合わせちゃいないんだけどなー」
 雅がそんなことを言いながら歩き出す。
 それに合わせシュラインと昴と春華はその場を後にした。
 既にキリートは願いを成就させたため、闇へと身を任せ消えている。
 
 そしてそこから全ての生ある者が消え去った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1986/キリート・サーティーン/男/800/吸血鬼】
【1892/伍宮・春華/男/75/中学生】
【0843/影崎・雅/男/27/トラブル清掃業+時々住職】
【2093/天樹・昴/男/21/大学生&喫茶店店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、夕凪沙久夜です。
この度は『流離う者』へのご参加まことに有り難うございました。
今回のかなりキーキャラでした、昴様は。
普段のぼけっぷりと真剣な際の頼れる雰囲気出せていたら良いのですけれど。
またどこかでお会いできることをお祈りしております。
有り難うございました。