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趣味が合うのは偶然だったか
「こっちの壷なんか細工がおもしれーよな?」
裏がありそうで。
例えば手先の器用な天狗が残したみたいな。
興味深そうに品を見分しつつ呟く――落ち着いた色合いの和装に、翡翠の如き澄んだ碧の玉を列ねて作られた長い数珠を手に巻き付けた少年――天波慎霰。
「…何かすげえ綺麗じゃねえ?」
そして、多少煤けてはいるが、壷自体に彫られた美麗な細工を見、素直に感嘆する――同じく和装の少年がひとり。赤い瞳が印象的な、自分の感情に素直そうなこちらは――伍宮春華。
年の頃は十四、五に思われる彼らは、本日、連れ立って某骨董品店に寄っていた。
彼らが出会ったのはやっぱり骨董品店の――櫻月堂。
何やら趣味が合うようで、そこで意気投合して以来…行動を共にしている事も多くなっている。
有態に言えば、友達になった…と言ったところだろうか。
妙に気が合うのだ。
共に居て居心地も良い。
「日本人て手先が器用なんだよな。こーゆーの見てると、しみじみ思うよ」
春華はたまたま近場にあった、これまた目立たないながらも細工が見事な煙草入れと煙管の組を手に取る。
「で、天狗が造った、ってなるとまた違った風合いが増すんだよな、なんてーの? 神通力とか込められてるとでも言やあ良いのかな」
「あー、確かにそー言うのだと何となく馴染み易そうだよな…っと。んじゃなく、俺、あんまりそう言うのは知らねえから…見てみてぇな…」
「んじゃ今度見せてやるよ。春華♪ 幾つか持ってんだ、俺」
きっとお前も気に入ると思うぜ。
俺と趣味近いみてぇだしな。
談笑しながら慎霰は片っ端から骨董品を物色している。
興味の赴くまま見ているだけの春華と違い、何か、買う気ではあるらしい。
「ところで…天狗と言えば…さ」
「…お、おう」
「本当に居るのか…なあ?」
「い、居るんじゃ…ねぇか、な」
「居ると…良いよな?」
「そうだ、な。うん。俺ァ天狗が造った、って代物探してる訳だし、な」
…何やら話題が『天狗』に傾いている。
良くない傾向。
いや、楽しくはあるんだけど。
…だって、『俺は天狗だから』。
それぞれ思う、春華に慎霰。
実は。
ふたりはお互い、相手も『そう』だと――知らない。
――幾ら天狗に興味があるったって、俺が『そのもの』だなんて…知られたら。
さすがに嫌われるだろ。
…だから春華は明かせない。
――俺としてはどっちでも良いんだけど、天狗って事ァ隠さないといけない事になってるし。
外部の、普通の人間には。
…だから慎霰は明かせない。
どちらにもそんな思惑があるので…互いに遣り取りするにも何となくぎくしゃくしている。
『天狗』と言うキーワードを聞くたび、びくりと不自然な反応をしてしまう。
実在するかどうか、なんて話になれば尚更。
「…んじゃ、これにすっかな」
やがて、ん。と納得したように慎霰がひとつの品を手に取った。
朱塗りの小刀。
…実は、そこはかとなく妖気が感じられる一品。
春華もそれを感じたか、慎霰を見て、に、と笑う。
「んじゃそこらで見て待ってる」
「おう」
軽く応じて、店主の元に小刀を持って行く慎霰。
勘定を済ませて春華の元に戻って来る。
「待たせたな」
「いや、大丈夫。店内見てまわってるの面白いし」
頷く春華を促し、んじゃ、行くか、と慎霰は店を出た。
「…実は抜いては見なかったんだよな」
鞘から。
もう『勘』で手を出しちゃって。
…この小刀はそのくらい気になる『妖気』を持っていたから。
封印解くのも気が引けちゃって。
柄と鞘部分が緒で確りと封印されている。しかも、複雑で綺麗な――飾り結びで。
多分一度解いたら同じようには結べない。
「でも気になるなあ。柄と鞘に鍔の造りから見ても…緒も良い紐使ってるし…中がばったもんってこた無いと思えるしな」
好奇心一杯に春華が言う。
「…だよな」
抜いてみたいよな。
ふと立ち止まり、慎霰。
「…でもこれ…俺ァ結べねえだろうしな」
ぼやきつつ慎霰は思う。
と。
ちょっと待てよ?
…隠れ里のジジイ連中ならこんな結び方くらい知ってるんじゃねえか?
だったら別に今ここで解いても?
「いや…抜いてみっか」
「良いのか?」
「俺の故郷のじーさんがこう言うの結構詳しかったからな。ひょっとしたら元通りに出来るかもしれねえし」
うん。と納得し、慎霰は封印を解きに入る。
興味深そうに春華もそれを見ていた。
が。
するり、と緒が解かれたその時。
僅かズレたその鯉口から瘴気が湧いた。
「え…?」
驚く間もなく、黒い何かがぶわっと膨れ上がり、獣染みた形を取る。
そして。
ずがががっ
その黒い獣から尖った槍のような物が数本生え、迷いもせずに春華と慎霰に襲い来る。
ふたりとも奇跡的に咄嗟に逃げられたが、退いたその場所の歩道が…派手に削られていた。
「げ…」
「マジ…?」
魔物か!?
――ってちょっと待て春華の前じゃ何も能力使えねえじゃねえか!!!
――慎霰の前で天狗の力使うなんて出来ねえぞ!? どうするんだ俺!!!
互いに心の中で叫びつつ、春華と慎霰はそれぞれ駆ける。
無論、空飛ぶ山の妖怪・天狗の力は使わずに、自分の足で。
黒い魔物はどんどん追って来る。距離を詰めて、ガガガガガッ、と先程同様の槍を突き出し、周囲を破壊に走っている。
危ない。
慎霰は素早く身を翻し横道に逸れる。
春華もそれに倣った。
が、やはり黒い魔物は追って来る。
…標的にされている。
封印されていたと思しき黒い魔物。
それを開封した時、春華と慎霰、どちらもがその場に居たからか。
ふたりはただただ走るのみ。
対処法がそれしか無い。
天狗の力が使えないとなれば。
ふたりはひたすら走っている。
と。
前方が。
行き止まり。
…ちょっと待てぇええ!?
それは確かに、春華も慎霰もこの辺りの道は不案内だったが。
前方に壁がある。
普通の人間であるなら、登れないだろうその高さ。
振り返る。
そこには既に、黒い魔物が。
またも槍状の突起を――。
窮地。
やば…!
今ここで飛べたなら…っ
と。
思ったのは。
――春華が先だったか慎霰が先だったか。
ばさり。
無意識の内に力強く扇がれていた黒い翼。
空中に。
身体を押しやる。
――春華の。
――慎霰の。
どちらも。
飛翔していた。
「あ…」
思わず顔を見合わせる。
――赤い瞳がかち合った。
背で扇いでいるのはお互い、黒い翼。
…慎霰の瞳は、黒かった筈では?
否、それ以前にお互い黒い翼を持って、飛んでるって…?
まさか?
…確信した途端、春華と慎霰、ふたりともの瞳が悪戯っぽく煌いた。
そして。
「ハァッ」
裂帛の気合いと共に振り下ろされた春華の手。そこから黒い魔物に向け無数の鎌鼬が撃ち出される。
慎霰の手の数珠がじゃらりと鳴った。次の瞬間にはその手に、天狗火を纏った小太刀が現れた。その刃を勢い付けて黒い魔物に向け撃ち出す。戦い慣れた振るい方。柄だけは手許に残っている。その妖異な小太刀の柄は鎖で繋がれているから。遠隔操作も可能な、妖具。それを容赦無く繰り出した。ブツッ、と音を立て、その黒い魔物を力強く斬り裂く。春華の撃ち出した無数の鎌鼬も相俟って、それら刃に様々な角度から黒い魔物はザク、ザクッ、と斬り裂かれた。
気付けば原型を留めていない。
細切れになった――と思ったら、その黒い魔物の姿は風に吹かれるように掻き消える。
おしまい。
…なぁんて感じで。
能力使えば、一発KO。
■■■
…ばさり、と翼を扇ぎつつ着地する。
思わず、にやつきそうになってしまうのは何故だろう。
春華は、鼻の頭をぽりぽりと掻きながら、ちら、と慎霰を見る。
「俺、今まで自分以外の天狗に会った事無いん…だよな」
しかもそれが、慎霰なんて。
偶然櫻月堂で出会って仲良くなった友達が、なんて。
「だから…仲間に会えたのがさ、何かすげー嬉しい…んだけど」
春華の態度に、慎霰もじーっと春華の目を見ている。
自分と同じく、赤い色。
…考えてみりゃ、天狗状態――ってぇか本性ン時の俺と同じだ。
天狗って事隠さなけりゃならないってったって、仲間の前でまでそりゃナシだよな?
言い訳めいた事を心の裡で呟いてから、慎霰も、ふ、と息を漏らした。
と。
それが合図になったか、唐突にふたりして爆笑する。腹を抱えて笑い出す。
笑い過ぎて涙まで出てきた。
「んだよ…ったく」
「まさかお前がなぁ」
そしてまた嬉しそうに言い合うと、春華と慎霰は軽く拳に握ったその腕を、斜めに軽く打ち合わせた。
…なぁんだ。
隠す必要なんか、全然無かったんじゃん♪
【了】
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