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過ぎ去ればそれも良い思い出
朝七時。
仕事を終え店を閉めたトオルは、歩いて十五分程度の自宅への道のりを歩いていた。
空は快晴、なかなかに気分の良い朝だ。
その時、
「別にいいじゃない、そのくらいっ!」
甲高い女の子の声が耳に飛び込んできて、ふいとそちらに目を向けた。
高校生くらいだろうか・・・。なにやら喧嘩をしているらしいカップルがいた。
これが二十代過ぎのカップルだったらこんなふうには思わないのだろうが、相手が子供というだけで微笑ましく見えてしまうから不思議だ。
少しばかりの微苦笑を浮かべて通りすぎようとした時、
バチリと、彼女のほうと目が合ってしまった。
止まった口論に嫌な予感がしたが、かといって避けるほどの時間はなかった。
通りすぎようと視線を逸らそうとしたところで、彼女がいきなり抱きついてきたのだ。
「あたしこの人と付き合うから!」
・・・・・・は?
彼氏に向かって怒鳴りつけた彼女の台詞に、思わず目が点になるトオル。
突然の宣言に振り払うことも忘れ、唖然としている間にも彼女はずんずんと歩き出している。
腕を掴まれているトオルも一緒に引きずられ・・・・・・。
彼女が立ち止まったのは、彼氏のいる場所から少し離れた路地。
まだ少し興奮している様子の彼女を前に、トオルは小さくため息をつく。
なんで子供の喧嘩に付き合わなきゃならないんだ・・・・・・。
そんな思いがばれたのか、彼女は拗ねたような表情でトオルを見上げてきた。
「いきなり巻き込んだのは悪かったわ。でも・・・」
「でも?」
止まった言葉を促すために問う。彼女はぷいっと視線を逸らし――その視線の先は今来た道、彼氏がいる方向だった。
「原因の半分はお兄さんにもあるんだから」
少しだけ口を尖らせて、言う。
「俺?」
なんでここで自分のことが出てくるんだかわからずに問い返すと、彼女は今度は真正面からトオルを見据えて、
「お兄さん、毎朝学校の近くを歩いてるでしょ?」
「ああ」
だがそれが今回の喧嘩にどう繋がるのかわからず、とりあえず相槌だけを打つ。
「ちょっと、カッコイイって言っただけなのよ。それで怒り出すんだもん」
つまり彼女の発言に彼氏が嫉妬したというわけだ。
あまりにくだらない子供らしいいざこざに思わず苦笑を浮かべると、彼女はますます口を尖らせて怒ったような表情で俯いた。
その仕草がなんだかあまりにも真剣で。
「わかった、わかった。俺も仲直りに協力するから。な?」
そう告げると、彼女は途端にぱっと表情を明るくして顔を上げた。
「ホント?」
「ああ」
彼女の念押しに、頷いて答える。
「どうもありがとう」
彼女が、にっこりと笑った。
仲直りの定番と言えばプレゼントだろうか?
あのまま話していたら学校に遅刻するからという理由で彼女と別れたトオルは、一旦家に帰り、いつもと同じように簡単な食事や片付けをしながら考えていた。
でもまあ、原因を聞く限りで言えば、きちんと冷静に話せばすぐに片はつくようにも思える。
・・・・・・自分が高校生の時はどうだったっけ?
出来事は覚えていても、その当時の気持ちまでは案外覚えていないものだ。よほど印象深いものならば別としても、些細な喧嘩まで全部は覚えていない――その仲直りの方法も含めて。
これが例えば仕事だったら話は簡単だ。
怒らせてしまったならば電話をかけて、ちょっとしたプレゼントを渡すのも良い。
まあとは言っても、トオルが女性を怒らせるなんて滅多にあることではないが。
眠って、ちょっとのんびりして、ふと時計を見上げればそろそろ出かける時間になっていた。
翌日朝。
トオルは再度彼女と会う約束をしていた。
結局結論として出たのは、きちんと話し合うのが一番ということだ。
「えへへ。今日はこんなの持って来たんだ〜」
彼女が手に持っていたのは青い弁当袋だった。
仲直りと話すきっかけになにかプレゼントしたらどうかというトオルの案に、彼女は彼氏がいつも購買でお昼を買っていたことを思い出したそうだ。
「大丈夫か?」
あんまり話しかけにくそうだったら、トオルが彼氏に声をかけて、彼女のところまで連れて来ようかとも考えていたのだ。
彼女はにっこりと笑って、
「大丈夫。いろいろ考えてくれてありがとう」
軽く頭を下げると、ぱたぱたと彼氏の方へ向かって駆けて行った。
彼女は後ろからポンと彼氏の肩を叩いて、笑顔で声をかけた。
彼氏は最初は不機嫌そうにしていたものの、二言三言話して――ここからでは会話の内容はよく聞こえなかった――お弁当を渡されて、嬉しそうな表情になる。
エンパシーを使うまでもない。
二人肩を並べて楽しそうに歩く様子を見ながら、久しぶりにプライベートの彼女でも作ろうかと思うトオルであった。
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