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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


影に選ばれた家

 青い、青い、雲もなく青い空の下、派手な音が道路とその周辺を揺るがした。
 ブレーキの甲高い音と、衝突音。人々の悲鳴。
 青年はそれを、少し離れた歩道から目撃した。衝突した2台の車…一台はタクシーであったが…それから煙のように立ち上がった黒き影。
 それが禍々しきものの塊であると、青年の青い目が看破する。
 影はすぐに空中へと舞い上がり、そして遠方へと飛び去った。まるで目的を果たしたと言わんばかりに。
「…あれは」
 呟いてからタクシーへと視線を戻した青年は、炎を上げる車体から転げ落ちるかのように抜け出た少女を見た。まだ、警察も救急車も到着しておらず、彼女を助け起こす者もなかった。
 青年はすぐさま少女の許へ駆け寄った。
「すぐに、救急車が来るよ…しっかり」
 少女は頭から血を流し…だが意識はあるようだった。青年を見上げる。
「…おねが、い…。これを……届けて」
 青年に差し出されたのはA4サイズ程の封筒。受け取って青年は尋ねた。
「判った。必ず届ける…何処へ届ければいい?」
「…ありが…とう。……おねが…いします。もう…頼れるのは…あそこしか」
 少女は必死に言葉を継ぐ。
「草間…興信所へ……」
 こまで言うと、少女は意識を失った。

「…と言う訳で、依頼みたいだよ」
 青年はソファの背にやる気の無さが満面に溢れた様子で凭れている草間に封筒を差し出した。事故に遭った少女から受け取り、草間に渡すよう依頼された封筒を。
「久し振りに来たと思ったら、またコレか、聖……」
 いつものように草間の口の友は煙草で。短くなったそれを草間は既にいっぱいになりかけている灰皿に無理矢理捩じ込む。
「今回は行き掛り上仕方なかったじゃない? 別に俺が直接持って来た依頼じゃないんだし。草間サンに届けるように頼まれただけだよ」
 聖と呼ばれた青年は苦笑した。
「どの道持って来たモンはいつもと変わらん依頼なんだろうが、どうせ?」
 うんざりしたように草間は封筒から、中に入っていた書類と、一冊の本を取り出した。
「これは…家の間取り…か? こっちの本は…日記のようだな。聖、中は見たか?」
「草間サンに届けてくれって言われたモノを見るわけないでしょうに」
 困ったように眉根を寄せる聖を一瞥して、草間は日記を開いた。
それには自分の家に起き始めた怪異について書かれており、怪異は日付けを重ねれば重ねる程、酷くなっていた。
 最初は物が勝手に移動していただけなのが、突然家具が倒れ、家自体が揺れ、逃げ出そうとすれば閉じ込められる――
「ポルターガイスト…か?」
「…どうだろうね?」
 聖が草間の言葉に青い瞳を細めた。
「なんだ」
「…彼女が事故に遭った瞬間に居合わせたって言ったじゃない? 衝突した後に彼女が乗って居たタクシーから黒い影が出て来るのを見たんだよ」
「…何?」
 草間は聖の台詞に片眉を上げた。
「あれは嫌な影だったね。ひどく暗い…念の塊みたいだったけど」
「…お前がそう『視た』なら確かだな…」
 低く唸るように草間は零し…周囲に控えていた面々に視線を向けた。
「お前等、どうせ暇だったんだろう? この依頼、請けてみないか? この家の怪異を片付けて欲しいとさ」
「草間サン…自分は行かないの?」
 茶を啜りながらの聖の、のほほんとした横槍に草間は再び煙草を銜えた口でにやりと笑みを形造る。
「エキスパートに任せた方が安心だろう?」
 その場の全員が、秘かに、またはこれ見よがしに溜息をついたのは、既に草間興信所では日常風景の一つであった。
 
闇集う■
 草間が協力者に依頼を任せて紫煙をくゆらせている頃。
 依頼人である少女は病院に居た。一命を取りとめた少女は、白いベッドの上で眠っている。
 陽射しは既に夕暮れの光帯へとその姿を変えており、窓から差し込むそれは白い病室を燃えるオレンジへと染め上げている。
 その、部屋の片隅。室内を区切るカーテンに遮られていくらか光が弱められた壁際に、音も無く黒き影が生じた。影、と言うにはあまりに濃いか。地上の全ての色彩を混在したとしても造り得ぬ程の黒。
 影と呼ぶより闇と呼ぶが相応の…それがゆっくりと、広がって行く。縦に横に、じわりと染み出すように。やがて形造られたのは人の型。すらりとした闇色のシルエットは完全な形を得ると少女の眠るベッドへと移動した。やはり音は無く、滑るように。
「今こそ、条件は揃い…、貴女は私の主となった…さあ、望みを…何にも勝る強き願いを」
 歌うように紡がれた言葉が、眠る少女の上に落ちる。だが、少女はその声に目を覚まさず、身じろぎすらせぬまま。
「新しき主よ…私は裏切らず、嘘も無く…ただ貴女の願いの為に在り」
 祈り乞う様に、厳かに重ねられる言葉にも少女は動かない。薄らと開いた唇からは静かな吐息が上がっており、今はそれだけが彼女の生を語るかのようだ。その唇に、黒い指先が近付き、ゆっくりと色を失って青い唇を辿る。端から端へと指先が移動し、離れた。
「さあ…貴女の、ただ一つの望みを」
 静かな声が促す。意識の無い少女を、自らの境へと、闇の領域へと誘うかの如く――
「………けて」
 それまで呼吸を生むのみであった唇から、明確な声が滑り出た。
「たす…けて下さい…まだ、お父さんも…お母さんも……居る、の…。私の……家を元に…戻し……」
 少女の瞳は閉じられたまま、身体も微動だにしない。ただ唇だけが、少女の意思を…望みを紡ぐ。
「私の…家を元に…戻して……!」
 眠る顔のままに激しく告げた言葉を最後に、少女は再び沈黙に戻った。たった今、言を発したのが嘘であるかの様に。
 少女の傍らの闇人は、ただの眠りに還った少女の前で、緩く身を折る。恭しくさえあるそれは、主に対する礼であったか。
「その願い確かに……」
 呟かれた言葉が消え行く間も無く、少女の傍らの闇は収縮し始めた。最初に現れた様をそのまま巻き戻すかの様に……。
 
 やがて夕陽が落ちて光の差さなくなった病室には、薄闇が訪れていた。
 そこに、先の来訪者の姿は無かった。
 キリート・サーティーン――、それが来訪者の名であった。
 
そこに在りし憎しみは■
 依頼人である少女の家の前に、青年は立った。
 草間興信所から派遣された青年である。
 ここに来る迄に色々と情報収集を行って来た為に、時間は既に夜の7時を回っていた。
 青年は家を見上げた。立派な家だ。外観を見ただけでも少女の家が裕福であろうことが判る。
 だが。
 この家では様々な怪異が起きていると言う。
 少女の日記には怪異が克明に綴られていた。何時の間にか移動している小物。漂う何かの腐臭。地震の様に揺れる室内。
 怪異は時を経る程に頻度を増し、それにつれて怪異の質も酷くなる。
 飛んで来る食器。倒れる家具。逃げようとすれば閉ざされるドアと窓。少女と家族は閉じ込められて数日を過ごしたと言う。恐怖に怯え、家の隅に固まって。そして、今も尚、少女の両親はこの家の中に閉じ込められたままだと言う。
「…とても信じられないけどなあ…」
 青年はぽつりと呟いた。今青年の前に佇む家にはそんな事が起きているような気配は見られない。
 夜に沈黙する、一軒のただの家にしか。
 周囲の聞き込みも、昼間行っておいたがそれらしき話は聞けなかった。
 閉じ込められていると言うのなら、外に助けを求める為にドアを叩く事くらいはするだろう、力の加減などせぬに違いない。その音が外に漏れないわけわないと考えて、最近この家から何か音が聞こえないか、と聞いて回れど、音を聞いた者はなかった。隣家ですら、何の音も聞いていないと言う。
 いっそ静かすぎるくらいだと、笑っていた隣家の女性を思い出す。
「まあ、とにかく…調査してみないことには判らない、か」
 青年は確かめるようにして開いていた日記を閉じると、門前に歩み寄った。インターホンに指を伸ばす…が、それは脇から伸びて来た手に遮られた。
「うわっ」
 唐突に現れたそれに、青年は飛び退く。
 飛び退いた拍子に転げそうになりながら体勢を整えて、手が現れた方を見ればそこには一人の青年が立っていた。
「………あんたは……?」
 図らずも声がすぐに出なかったのは、青年の姿に目を奪われたからである。
 光の繊糸の髪、白磁の肌は光に縁取られた月のよう。そして、深紅の瞳は深く何物をも見透かし見通すかのような、それでいて一度見てしまえば目の離せぬ不思議な魅力を称えた。
 人であらざる存在であると、その姿は暗に語っている。
 流石に草間の許から派遣されただけあって、青年はそれを感じ取り、警戒に身構えた。
「この先には立入らない方がいいでしょう…」
 青年の質問には答えず、美しき姿は静かに声を発した。夜の静けさを思わせる響きだ。
「…そう言う訳には行かない。仕事だからな」
 突然、名乗りもせずに仕事の邪魔をされれば不機嫌にもなろう。青年は眉を顰めて目前の美貌を睨んだ。
「この家の憂いは私が取り除く…それが主の願い。そしてそれは私が叶える…貴方の仕事はここまでです」
 青年の警戒も言葉も目に入らぬかの様に、薄く形の良い唇は語り…手が翳される。
 白い、手が。
「な………」
 青年の顔の直前に翳された手は、触れてもおらぬのに青年を拘束した。少なくとも青年にはそう感じられた。手が現れた途端に自由を奪われたのだ。
「何を……」
「戻りなさい……帰るべき家へ。戻るべき場所へ。振り返らずに」
 淡々と、抑揚もないのに詩を紡ぐような滑らかな調べが青年を支配する。言葉の成るままに、青年は踵を返した。声に逆らえなかった。逆らおう、と言う気すら起こる事は無かった。
 草間興信所から派遣された一人の青年は、仕事を完遂する事は出来なかった。

 キリート・サーティーンは、正に闇に属する存在だ。
吸血鬼により生み出され、その身は限りなく概念に近く、主となった者の願いを叶える為に現れ、叶えし後は再び闇へと消える。
 そして今、キリートは新しい主を得、願いを得…故に姿を得、訪れている――主の家の前に。
 今し方、草間興信所から派遣された青年を帰したばかり。主の願いを叶える為に必要の無い存在を排除したのだ。
――そう。必要が無い。目の前に聳える、邪悪なる意志に覆われ姿を変えた家を見抜く力を持たぬ者など。
 キリートの現在の主…病院のベッドの上で眠る少女の家は、変貌していた。
 邪念が集い、更に邪を喚び濃く蠢くがごとく交わりうねり家をすっかり覆ってしまっている。『視える』者であるならば、膨れ上がった黒き邪念が、咆哮を上げ、暗き歓喜に身を震わせているのに気付かぬはずがない。
 気付けぬ者に、ここに訪れる資格は無い――主の願いを叶えられぬ者に。
 キリートは白い貌に何の表情も乗せる事なく、家に向かって足を踏み出した。それに迷いもまどいもなく。
 家を覆う黒き意志から攻撃の手が放たれ、キリートを邪気の触手が襲撃するも、キリートの身体に届く事能わず四散した。それはキリートが門扉を開き足を踏み入れ、玄関を上がり居間に辿り着く迄、幾度も繰り返されたが、遂に一度もキリートを害する事は出来なかった。
 
 家の内部は濃密な瘴気に満ちていた。本来の色彩は失われており、家具や壁に掛けられた絵、置かれた観葉植物に至るまでが全て一つの意志の元に禍々しい色に染まっている。
 そして壁と言う壁、床から天井と、走るのは木の根の様なもの。木の肌を持ちながらもどす黒い血脈が通っており、どくどくと脈打っている。常にずるりずるりと辺りを這い、時にしなってキリートを攻撃するが、キリートが白い繊手を翳せば先端からさらさらと崩れ去った。あらゆる物を…存在を、現実から切り離し消滅させる事が出来るキリートの前にあっては、邪悪なる念の具現化も児戯に等しいもの。
 キリートは何をも語らぬ表情のまま、真直ぐに――まるで標的を始めから知るかのように歩を進める。静かな、聖者の行進のように。
 廊下を進み、途中にあるいくつかの扉を開ける事もなく、突き当たり迄辿り着く。
 そこには重厚な木の扉があった。
 キリートは躊躇いなくその扉のノブに手を添えた。抵抗もなくそれは回り、扉は開かれる。
 開かれた扉の先…眼前に広がる光景は、常識では考えられないものだった。
 別空間としか言い様が無い。
 本来の居間の広さでは無いだろう。外観から察する事の出来る家の敷地からは導き出せないその広がりは、まるで果てが無いかのような。
白く霧がかって、先まで見通せない程だが、それだけははっきりと見えた。
 それ…巨大な木は、中央に聳え捩れた枝を垂らしている。枝はびっしりと床を這い、これが家中を覆っているものである事を、キリートは無感動に理解する。
 枝はまるで根であるかの様に、床を潜り、床から先端を出し、常にゆるりと移動している。その数は少しずつ数を増しているようで、見る間にも床を覆って行く。キリートの足下も例外なく枝があったが、キリートに触れる事は無かった。触れる直前で全て崩れ去っているからだ。
 大木は黙してそこに在るのではなかった。怨嗟の声が常にその幹を震わせ、枝に伝い、呪いの歌を唱和し、空間を歪ませる。
 常人がこれを耳にすれば、ただではいられまい。気が触れるか…良くても昏倒は免れず、そして昏倒などすれば邪木の思うがままに命を啜られ喰らわれる。
 だが、やはりキリートの表情は変わらぬまま、白い面を木の幹の中央へ向ける。
 そこには男女一対の顔が浮かんでいた。否、浮かんでいるのでは無い。二人は幹に取り込まれ、顔のみを幹から出している状態だった。
 少女の家に居る、男と、女。それはつまり彼女の両親であろう。
キリートは深紅の瞳を細めた。二人の顔は白く、血の気を失っているが、どうやら死んではおらぬようだ。精気を吸い取られているようだが、それは割合にゆっくりとしたもので、衰弱は急激でないようだった。
 そこまでを見る事で感じ取り、キリートは止めていた歩を再び進めた。
 その前を遮るように現れたものに、キリートは足を止めた。
 一人の男がキリートを阻むように立っていた。
 痩せこけた頬、身体。瞳は落ち窪み、およそ生気というものが感じられない。死者であると、キリートは見抜いていた。
『何故…私の邪魔をする……。ここはもともと私の土地だった……私を騙し、土地を奪い、勝手に家等建てた…その酬いを…罰を与えているだけであるのに……何故、邪魔を……………』
 恨みに満ち満ちた声で、男は声を絞り出す。キリートを睨む目は爛々と輝いていた。
 生気の無い男の中で、それだけが生々しい色をしていた。だが、それもやはり生者でない証だった。
対してキリートの瞳は、静かである。何も語らず、感情は無く。乱れぬ水面のごとく、ただそこにあり、ただ静かである。
「私は、主の願いを叶える為だけに在る……、何故と問うならばそれが答えです」
 色無き透明な声でキリートは告げた。大きくもないその声は、だが良く通る。闇を貫く一筋の光のように。
『では、消えるがいい………』
 男は、いびつな笑みを浮かべると、次第に姿を薄れさせ、霧に紛れ去る。
「消えるのはあなたの方です……主の為に」
 男が消えた場を見つめ、キリートが言ったと同時。
 突然空間が激しく揺れた。
 キリートはそれにも動揺する事なく、しかも彼自身は全く揺れる事なく。確かに音を立てて場が揺れ、この空間に存在する…この空間を創り出した大木に類する枝でさえ、輪郭をぶれさせ揺れに身を任せていると言うのに、キリートただ一人だけが直立不動を保っていた。
 別段足に力を入れているわけではない。自然な視線のまま立っているだけであるのに。
『消えるがいい、滅びるがいい、朽ちるがいい………』
 佇んだままのキリートに、男の声が谺し届く。恨みに沈んだ声、怒りに膨らんだ邪念。それもやはりキリートの表情を侵す事は出来ない。
 声は同じ語句を繰り返す。
―消えろ、滅びろ、朽ちろ…………………
 次第に大きくなる声とともに、揺れも激しく大きくなる。そして周囲を覆う枝が、踊りゆらめき立ち上がる。その、全てが。
 うおん、と唸りを上げて総立ちになった枝々が、一斉にキリートに向かった。
 霧を引き裂き次々と襲い来る枝を見つめたまま、キリートはその場を動かない。
 右手を軽く前に差し出しただけだった。だが、それだけで枝はキリートの直近で止まった。
 遮る壁があるでない。特別何かを唱い術を発動させたようでもないのに。これまでがそうであったように、やはり、キリートを傷つける事…触れる事すら出来ないのだ。
 キリートはゆっくりと歩き出した。手を軽く差し出したまま。
 枝はキリートの半径一メートル内に入ったものから順に崩れ去って行く。それでも諦める事を知らず、キリートへと次々に向かうが、結果は変わらない。
 キリートに滅ぼされるが望みであるかの様に、その歩みに誘われるかのように。
 怨嗟の声、枝の蠢く音、揺れる空間が生ずる轟音…その中にあってキリートの周りは静穏に満ちていた。さらさらと、崩れ去って行く枝がそれ以上の音を発する事は無く。
 キリートの無の祝福を受ける為に集うかのような枝が途切れたのは、キリートが木の真下まで辿り着いたからか。
 幹の前に立ったキリートに、枝は向かう事をせず、少し離れて様子を窺うようにゆらめいている。
 キリートは幹から顔だけを出している、主の両親の顔を見る。まだ辛うじて息はある。
 今助け出せば命は助かるだろう。
 幹に向かって手を差し伸べようとしたキリートに、突如声が掛けられた。
「お疲れさま」
 この場に不似合いな、ゆったりとした声。
 キリートは声の方向に視線を向ける事すらせず、問うた。
「誰です」
「ん? 俺? 俺は敦賀。敦煌の敦に賀正の賀、って書いて、つ・る・が。宜しく」
 現れたのは黒髪の青年だった。
 黒いシャツにジーンズの、ラフな格好をした、年の頃は二十台中盤あたりか。顔はそこそこに整っている。だが、何処にでもいる少し顔が整った程度の、普通の青年にしか見えなかった。
 その纏う気を覗いては。
「……鬼、ですか」
 問うでなく、断定にキリートは呟いた。
瞬時に見破ったキリートに、青年はにこりと笑う。
「うん。あったりぃ♪ 良く、判ったねえ。…って、此処まで辿り着くくらいだから判るか」
 青年が纏うは「鬼気」。
 外見上は普通の人間にしか見えないこの青年の正体は、鬼だ。
 短い後ろ髪に反して長目の前髪をかきあげて青年は言う。
「この地に閉じ込められたヤツを解放したくってさ。あのおじちゃんに手を貸したはいいんだけど何か大袈裟なコトになっちゃって。あんたが来てくれて助かったよ」
 ぽんぽん、と幹を叩いて鬼…敦賀は事も無げに言う。
「……あなたが元兇ですか」
 ゆるりと振り向けられた視線を受けて、青年は浮かべた鷹揚な笑みを深めた。
「睨まないでくれる? 俺は別にあんたの邪魔をしようってわけじゃない。ただここに眠らされたモノに用があっただけ。あんたは場を元に戻せればいいんだろ? お互い利害は一致…って程でなくともそんなに相違はないでしょ? 穏やかに行こうよ」
「…邪魔はしないと?」
「勿論? 俺もここをこのままにしておきたくはないし。でも自分でどーにかするのは面倒だからさ。で、「助かった」わけよ」
 先の台詞をおどけて繰り返し、敦賀は肩を竦める。
「……では下がっていてください。邪魔です」
 一言の元に敦賀を切って落し、キリートは手を幹に触れさせた。
「つれないね。ま、いいけど」
 敦賀の台詞が終わらぬ間に、キリートの手が触れた場所から、怨嗟を苗床に生じた大木は崩れて行く。崩れながら木は、悲鳴を上げた。恨みを晴らし切る事無く消える事への無念の声か、それとも消え行く間にも蘇る怨みの声か。言葉にならないそれから、真意を計る事は出来ない。
 幹が消えると共に、場を覆い尽くす程にあった枝も次々と崩れ去って行き、気付けば広大な空間は姿を消していた。
 そこにあるのは、散乱した居間と、少女の両親。
 敦賀と名乗った鬼の姿も、何時の間にか消えていた。
「願いは成り……我が主よ」
 キリートは静穏を取り戻した家を後にし、小さく告げた。

残されし跡■
 一ヶ月後。
 少女は両親と共に草間興信所へ訪れていた。
「有難うございました」
 家族揃って草間に深々と頭を下げる。
 草間は慌てて手を振った。
「おいおい……俺は何にもしてないぞ。…確かに調査に人をやったが、戻って来ちまったし」
 馬鹿正直に真実を口にして、草間はソファから立ち上がった。
「でも、確かに…助けてもらいました」
 少女は一家を代表してもう一度頭を下げた。
「これが、私が病院で眠っている間に置いてあったんです」
 頭を上げて、少女は言い何をか差し出した。
「これは……石蕗?」
 少女が手にしていたのは石蕗の黄色い花。
「うちの庭に咲いている花です…これを届けてくれた人が」
 きっと、助けてくれたんです、と少女は小さく呟いた。
「そうか……」
 草間は他に言葉が見付からなかった。先程言ったように、確かに人はやったのだが、何もせず戻って来てしまった。事情を聞いたが要領を得ず、結局翌日に草間自身が協力者と共に家に向かった…が、結局何も得られなかったのだ。どれだけ調べてみても異常は無いと言う結論しか出なかった。
 そしてその後、依頼人である少女の両親が病院に運ばれ、衰弱はしているが無事である事を知ったのだった。
「まあ、いずれにしてもウチは本当に何もしてないから、報酬を受け取る事は出来ない」
「…でも」
「あんたの声を聞き届けた奴が他にも居たって事だ。…良かったな」
 苦笑に似た笑みを浮かべてそう言った草間に、少女は困ったように口を閉ざし。だが、すぐに顔が綻んだ。
「…はい」
 それは手にした石蕗のように、綺麗な笑顔だった。 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1986 / キリート・サーティーン / 男/ 800 /吸血鬼

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■         ライター通信          ■
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初めまして、今回が初依頼の匁内アキラと申します。
先ずは………。
大変、大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ございませでした……!
折角の初依頼、折角の初のお客さまに、何と言う事をしでかすか…!
申し訳なさに、下げた頭を上げられません。
私の様な新人の、初の依頼をお選び下さったと言うのに、その御期待に添う事叶わず、どのようにお詫びを申し上げてよいのやら、言葉が見付からずにおります。
さぞ、御不快であろうかと思います。
お叱りの声、心して受け止めます故、もし何かお言葉ございましたら、テラコンよりお願い致します。

キリート・サーティーン様■
さて…、今回本当は数人のお客さまをお迎えしたのですが、キリート様の設定を拝見した際、設定を生かすにはお一人のみで話を考えた方が合うのでは、と思い、個別に物語を組ませて頂きました。
如何でしたでしょうか。
納品が遅くなりました分、少しでもお気に召して頂けると良いのですが……。
イメージの相違等、やはりお気に掛かりました事があれば、お言葉頂ければ幸いです。
この度は当依頼をお請け頂きまして、本当に有り難うございました。

それでは此度はこれにて失礼させて頂きます。
最後に納品の遅れにつきまして、重ねてお詫び申し上げます。

図々しくはございますが、再びいずれかの闇の片隅で御会い出来る事を願いつつ…