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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


・朔月

何を求め何処へ行くのか。
それは誰にも答えられない。

夜半。
いつものように、いつもの場所、いつもの公園で凪塚響夜と一ノ瀬羽叶は会話をしていた。
否。
初めに羽叶が奇妙な問いを投げかけたのだ。
『今度逢ったら殴る!』と言う事もせずに「頼みがある」と響夜へと。

そうして。
響夜はといえば何故か本日は、かなりの傷を負って公園へ来ていた。
拠って彼がいつも所有している人形はない。
『どうした?』と羽叶が問えば。
『追っ手を撒くのに苦労しただけだ』と返すばかりで、何の追っ手かは教えてはくれなかった。
秘密主義。
それが羽叶が持つ響夜本人を形作るのに一番近い言葉だった。
誰も彼もが自分の心の中に言えぬ物を持っている。
羽叶もそうだ、特に本音を言わぬと決めているから心の部屋の数も多い。
だが、それでも。
この3つ年下の彼はそう言うこともないだろうに何も言いはしないのだ、何も。


――言葉は様々な方向へ向かい、波紋を投げる。


「報酬は?」
響夜が問う。
頼みと言うのならば仕事のことだろう。
仕事のこと以外に羽叶が自分に何かを頼むなどありえはしない、と――響夜自身、何処かで知っていたから。
「――これ。足らないかな?」
羽叶は鞘へと封じた氷翠を差し出す。
これは私自身。私の闘いたい衝動が刀になり――そして、氷翠が望むがゆえに生かされてきた、見たくない自分自身でもある。
妖刀が響夜の手に委ねられた。
「…忘れてるかも知れぬが。私にも刀はあるのだぞ?」
「知ってる。でも二刀流でも格好良いじゃない? で、どう? 頼み、聞いてくれる?」
「内容によるが…良いだろう、聞こう」

羽叶は息を吸い込むと、話し出した。
この頼みを言うまでに考えたこと、思っていたこと――全てを。

居場所がないんだ、信用できる人も居ない。
いいや、本当は居るのかもしれないけれど私は、どうしても人になんて頼れなくて弱味なんて言えなくて。
どうしてなのか、ずっと、考えに考えて。
いつからか、自分の中にぽっかり穴があいていることに気が付いたんだ。
それがなんであるのかは、良くわからない…けれど、きっとなくてはならないものだったと感じていることも確か。
気が付いてからは、尚更、全てがどうでも良くなって、私が存在してなくても世界は回っているんだったら消えてしまってもいいんじゃないかと思う程になって。
――おかしいよね、居場所がないなんて言ってるくせにさ。
「大事」だと思うことすらなくなった。
…いいや思ったとしてその気持ちは、いつか消えていくものだと判ったから…自分も他人も。
だったら何も思わないし望まないし、期待もしないことにした。そしたら裏切られても平気、だから。

だから。

「――心を殺して、私の。ううん、これは正しくないね…眠らせてほしいの、ゆっくりと何も考えずに」
何ももう、考えたくないの。
何ももう、見たくはないから。
痛む心だけ引き連れて生きて、忘れたくはないと思っていてもいずれ、消えてしまうなら。
裏切られても、自分さえ騙せる様に。
一息に羽叶は響夜へとそう、告げる。
だが、響夜の表情は変わらない。人形のように微動だにしないまま、羽叶をじっと見ていた。

「辛いか? 名があり、住む家があり友とは呼べぬかも知れぬが知り合いが多数居ても、生きることが」
「……言ってる意味が解らない」
「つまらない、と言っている。辛いのは誰もが同じだ、痛みだけは誰のものとも比べることが出来ず一人で対処せねばならぬから辛い、と思う。が、一ノ瀬さんの言葉を聞いていると」
ひたすらにつまらない。
逃げ出したいだけなのか、それに手を貸すようなことを果たしてしていいのか、悩む程に。
悩みがあることは知っている、それらに誰も介入できなかったであろう事も。
なのに、何故―そのつまらないと感じることを?
(私にその権利を委ねる? ……それが、解せぬ。いいや、理解…したくはないのだ、私は)
ソンナノハ、ツマラナイカラ。
――まるで呪文のように何度も繰り返しては言葉を飲み込む。
羽叶の瞳が響夜を見据える。強い光は、まだ瞳にも宿っているのに眠りたがる。
あまりにアンバランスだ。
「凪塚クンだから、頼めるんだ……お願い、この刀で足りないなら私を好きにしていいから」
「そう言う事は好まない…刀だけでいい」
「じゃあ、いいの? ――ありがとう」
「その前に、ひとつだけ聞く。何故、私か?」
"何故"と言う問いに羽叶は瞳を丸くした。
そう問われたらどう答えていいのか戸惑う部分もある。が……本当に何故だろう?
誰だって、良い筈だ。知り合いに刀を扱う人は多い。術を使う人も。
だが……何故、彼にした?
「解らない……でも、多分……嫌いだから頼めたんだ」
どんな人でも知り合いだし、友人。
言葉上だけの知り合いなら沢山居る中で唯一嫌いだった「宿敵」と認められた人物。
好意を持たないから、だから安心。この人物なら頼める、だって私が嫌いだから。
(それに……ない、だろう? 凪塚クンは、決して)
犬は苦手、忍び寄るようにやってくる好意も苦手。
投げられる視線なんてうるさいだけ。
涙は零さないで、いつかは起きるのだからそれまで待っていてくれる人がいい。

――なるほど、と独り言のような声が聞こえた。

手には体内から召喚された炎が剣の形を作っていた。
赤、とも青ともつかぬ不思議な色合いの炎。
…こうして、間近に見るのは初めてで羽叶はそれに触れようとしたが響夜はそれよりも早く立ち上がった。
月光にさらされて、蒼の瞳がいつもよりも冴えて、見えた。

「嫌いだから、か」
「凪塚クン?」
「いいや……何でもない」

呟くと響夜は刀を振り上げ、羽叶へと向ける。
肉体を傷つけるのではなく心を眠らせるために、初めてこの刀を使うのだと気付いた。
いつもならば、この刀は命を屠る為に存在するものなのに。

だが眠らせるためのこれは儀式のようなもの。
納得はしている。
いいや――納得しようと努めている。
嫌いだから頼める、と言う言葉にも眠りたいと言う理由にも。

細かく震える手をごまかす様に羽叶の首に手をかけるとそれが合図のように、ぷつり……と切れた音がした。
人が眠りに入った瞬間に響夜に必ずと言って良いほど聞こえる音だ。

―― 一瞬のうちに全ては訪れた。

抗わない羽叶の心を眠らせるのは何よりも簡単で、人が蟻を踏み潰すのに良く似ていると響夜は一人自嘲した。
瞳を閉じ眠り続ける羽叶の顔は、今まで見たどの顔よりも安らいで見える程なのに、自分がした事を後悔してしまうほどに。

『だから頼めるんだ』

お願いだから眠らせて、と羽叶の声が何度も何度も頭の中を駆け回る。
今まで、何があったということもない。
夜の公園で逢い、話をして何処か似ているとお互いを見ていた。
触れることも無いわけではなかったが。いつも遠いのに近くて、逃げ込めない、場所。

だが、それらももう。

もう――全てが。

払拭された、羽叶の何気ない一言で全ては消える。
自分自身の中で何かがあったような気がする思いさえも。

頬に指を這わせる。安らかな、寝息と共に温かさだけが伝わってくる。
震えていた手が漸く、落ち着きを取り戻す。


「……少しは、眠れているか? 次に起きるときまでは、せめて」


裏切られても平気、求めるのも疲れたんだと羽叶は言った。
何を、求めていたのだろう?
思いは、気持ちは、何処へ行くというのだろう?

……決して誰にも答えられるまい。見たことも触れたことも無いものゆえに。
夢はやがて醒めるからこそ夢。
だからこそ「夢」と言う。
夢が醒めなければ、ただの現実。何の面白味も無い流れるだけの、日々。

傍らの人物は、ただ眠り続ける。
漸く、赦しを得た罪人のように安らかに。

(――次に起きる時には、せめて)

夜に逢える羽叶でなくとも良い。
痛みに逃げた己を眠らせることが出来なくなっていた彼女でなくても良いから。


―――天に浮かぶは禍々しいほどに細い朔月。
怜悧なほどの細さ、光を放ちながら嘲笑うように、微笑むように。二人へ存在を知らしめすように。
煌々と、輝き――瞬く。





―End―