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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:日本が終わる 中編  〜吸血奇譚〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 日本政府は、対応に苦慮していた。
 鼠の大発生と、それにともなう大混乱。
 さらには、ペストが大発生する危険すらあった。
「とにかく、製薬会社にはワクチンの増産を指示してください。それに、海外からも大量に輸入しないと間に合いません」
 稲積秀人が言う。
 警視庁刑事部参事官としてではない。
 日本に冠たる名家、稲積家の当主としてである。
 相手をしているのは、日本国の顔である内閣総理大臣だ。
「それがな‥‥稲積くん‥‥」
 首相の顔に苦渋の翳りが落ちている。
 彼は相対的に見て、けっして無能な首相ではない。ワクチンの輸入などとっくに手配していた。
 手配してはいたのだが、
「なんなんです?」
「ヨーロッパ諸国は、ワクチンの輸出を拒否した」
「なんですって!?」
「どうやらバチカンから圧力がかかったらしい」
「つまりこの一件には法王庁が絡んでいる、ということですか‥‥?」
「そこまではまだわからん。現在、アメリカやカナダと交渉を進めているが」
「厳しいでしょうね‥‥」
 腕を組む稲積。
 米国が西欧諸国を敵に回してまで日本を援助するわけがない。もちろんカナダだってそうだ。
 アジア・アフリカ諸国から輸入というのは、この際は不可能である。
「どうなさるおつもりです?」
「国内の企業にはフル稼働で増産するように命じてある。それはすべて政府が買い取って国民に無料で配給する」
「ご賢明な判断です」
 売り惜しみなどが起きれば、暴動になるのだ。
 とはいえ、それでもワクチンが不足するだろう。
 現在は腺ペストしか確認されていないが、もし肺ペストが発生したら、被害は爆発的に広がる。空気感染するからだ。
 黒死病の再現である。
 そんなことになったら、日本は終わってしまう。
「イギリスなら、あるいは」
 稲積がいった。
 彼の友人である北海道在住の女性が、英国と強いパイプを持っている。そのコネクションを利用すれば何とかなるかもしれない。
「賭けてみる価値はありそうですね‥‥」
 というより他に方法がない。
 いずれにしても、ここからは外交合戦だ。早期のうちにワクチンを輸入するための。
 できれば四八時間以内に。
 なかなか厳しい条件だが、やるしかないのだ。
 渋面を作る助教授の顔を思い浮かべながら、稲積が心の中で詫びた。


 一方その頃。
「ふふふ‥‥政府も混乱しているようだな」
「は‥‥」
「この時点でトップを失えば、終わらせることができるだろう。燕、首相官邸の攻撃準備はどうなっている?」
「手抜かりなく‥‥」
「バウディア。あちらの件はどうなっている?」
「大宮、横浜、市原で、朝には肺ペストが発生します」
「三カ所か。小癪な護り手どももさぞ混乱するだろうな」
 男の哄笑が響く。
 長い長い夜は、まだ明けそうになかった。











※吸血奇譚シリーズです。3部作の中編です。
 シリアスです☆
 日本が終わってしまうかもしれません☆
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。
※10月20日(月)の新作アップは、著者、私事都合によりおやすみいたします。
 ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


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日本が終わる 中編  〜吸血奇譚〜

 紅い。
 紅く染まった空を、ヘリコプターが駆ける。
 毒々しいまでの朝焼け。
「血の色みてぇだな」
 中島文彦が言った。
 苦々しい口調である。
 もっとも、爽やかな夜明けだったりしたら、それはそれで別の非難をされたことだろう。
 普段ならそう指摘するであろうシュライン・エマも、シートに身を沈めたまま、
「そうね」
 と、応えただけであった。
 巫灰慈、御影涼、守崎北斗の三人も、むっつりと黙り込んでいる。
 ヘリに乗り込んでいるのは、このメンバーだった。
 残りは草間興信所に残り、鼠の撃退に全力を尽くしている。
 あえて戦力を二分したわけである。
 もちろん、それには充分すぎるほどの理由があった。


 興信所の入っているビルで、シュラインたちが絶望的な迎撃戦を展開している時に、ヘリを駆った中島が戻ってきた。
 夜明けの足音が忍び寄ってくる時刻だった。
 病院から直行したのなら、こんなに時間がかかるわけがない。
 彼はあらんかぎりの人脈を駆使して、銃器と火炎放射器を掻き集めてきたのである。
 それは、
「戦争でもおっぱじめるつもりか?」
 と、巫がからかったほどの量だった。
 中島の応えて曰く。
「これはもう戦争だろう」
 そして、銃器以外にも、興信所メンバーが待ち望んだものが届けられた。
 絵梨佳の処置が間に合ったという朗報と、ワクチンである。
 これによって、興信所は救われる。
「ただし、持ってこれたのはたった五〇人分だ。だから秘密にしておけ」
 念を押す中島。
 草間が軽く頷いた。
 疑問を呈したのは、守崎兄弟である。
「五〇人分もあれば興信所だけでなく、他の人にも回せるのではないか」
 というわけだ。
 たしかに、それはその通りであった。
 だが同時に、たった五〇人分では事務所のビル全体に行き渡らせることすらできないのも事実である。
 全員に渡らないなら、下手に公表しない方が良い。
 噂がパニックを呼び、錯乱した群衆が事務所に押しかける可能性が高いからである。
 現状、鼠の処理だけでも手一杯なのだ。
 とても人間への対応にまで手は回らない。
 厳しくとも、それが現実というものである。
「それに、ここだけを守ればいいというものでもないから」
 中島から受け取ったワクチンを、慣れた手際で仲間たちに注射しながら御影が言った。
 彼は、とある医科大学にかよう学生である。
 医療行為は実習で幾度か経験している。それ以上に、草間たちと付き合っているせいで並みの町医者よりも治療経験が豊富だったりする。
 まあ、違いは医師免許があるかないかだけ、というわけだ。
 その御影が探偵事務所に駆けつけたのは、中島に先立つこと二時間ほど前である。
 鼠の大群のなかを突っ切ってきたのだ。
 病院関係者の強みで、いちはやくペストの予防接種を受けたからこそできる離れ技だ。
 そして、そうまでして御影が事務所にきたのには、むろん理由がある。
 中島が上空にヘリを待機させているのと、同じ理由だ。
 すなわち、
「ペストだけでは、被害は大きくなっても、この国は潰れない」
 ということである。
 国でもなんでもいいが、組織を潰すには頭を消すしかない。
 となれば、この騒乱を仕組んだものが次に打ってくる手は‥‥。
「首相暗殺‥‥か」
「ばかなっ!? そんなことになったらっ!」
 巫がうめき、北斗が叫んだ。
 現在の日本国首相は、客観的に見て無能からは程遠い。
 この惨状からでも、時間はかかったとしても日本を立て直すことのできる人物だ。
 カリスマ性もある。
 偽悪的な表現を用いれば、民主的に選ばれたにしては有能な人なのだ。
 しかし、いまここでこの国が首相を失えばどうなるか。
 悠長に選挙などやっている時間はない。
 春を待たずして、日本は無政府状態に陥るだろう。
 群雄割拠の時代の到来だ。
 それこそ、本当にこの国は終わってしまう。
「それはちょっとばかり困るわね。政府が存続してくれないと、老齢年金のもらいようもなくなるじゃない」
 戯けた口調で言ったシュラインが、事務所から前線へと戻ってきた。
 両手に小さな機械を幾つも抱え込んでいる。
「事務所に残ってる乾電池を使ってなんとか録音したわ。これである程度は鼠を防げるはずよ」
 得意のヴォイスコントロールを使って、鼠が嫌う音波を発生する機械を作ったのだ。
 もっとも、作ったというよりは調査用のマイクロレコーダーに吹き込んだだけなのだが。
「それじゃ、いってきます。武彦さん」
 シュラインが言い、
「‥‥ああ。気を付けてな」
 草間が応えた。
 首相の護衛には、おそらくもう稲積がついているはずだ。本当は友人を助けるためにも草間自身が飛んでゆきたいだろう。
 だが、彼は興信所の所長であり、まずはここを守ることが最優先課題である。
 だからこそ、シュラインが行くのだ。
 恋人の名代として。
 共通の友人として。
 一見そっけない会話に聞こえるのは、互いの心を判っているからだろうか。
 あるいは、ただ単に不器用なのかもしれない。
 苦笑を浮かべて見守っていた北斗の肩を、双子の兄が叩く。
「北斗‥‥」
「ん。判ってるって。シュラ姐は絶対まもってみせるさ」
「頼む」
「兄貴も、ぬかんなよ」
 拳を突き出す北斗。兄のそれが重なった。
「草間。銃は安物だ。一発撃ってから自分で軌道修正してくれ。それから、火炎放射器はアンタの判断に任せる」
 中島が告げる。
 草間が手を振って応じた。
「じゃ、そろそろ行くかぃ。ニッポンを終わらせねぇためにさ」
 屋上へと向かう巫。
「ああ。欠点だらけの国だけど、鼠にかじり倒されておしまいって幕切れはあんまりだからね」
 つづく御影。
 それは、探偵たちの宣戦布告だった。


「こちらでも傘下の製薬工場を二四時間態勢でフル稼働させます。正午までに五〇〇万人分を用意できるかと思います。備蓄分を含めてですが」
「助かります」
 宮小路皇騎の言葉に、稲積秀人が頭をさげた。
 首相官邸。
 日本に冠たる名家を代表する者たちが邂逅した。
 表の稲積家。裏の宮小路家。
 もちろん、この場合の裏とは何か後ろ暗いことをしているという意味ではない。
 宮小路家というのは、代々この国の霊的な部分を支えてきた陰陽の一族である。
 このあたりは七条家などと同じだ。
 違いは、時代の変化とともに呪術が無用のものになっていくことを、きちんと認識している点だろう。
 現代日本を呪術国家に作り替えようなどという野心や妄想を、宮小路は持っていない。
 この国と、この国に生きる人々のために、良き補佐役であろうとするだけだ。
 平安時代には陰陽の術をもって、現代は経済力と工業技術力をもって。
 時代が変われば手法も変わる。
 それは当然のことであったろう。
 そして、その当然のことが理解できない連中が、転覆を目論む。
 七条や白ロシア魔術師たちのように。
「宮小路が協力してくれると、事態はだいぶラクになります」
 稲積が言う。
「でも、全然たりませんよね」
 宮小路家の御曹司の顔に苦笑が浮かんだ。
 正午までに用意できそうなワクチンの量は、宮小路家の供出分を含めて一五〇〇万人分に届くか届かないかというレベルである。
 ひるがえって、ペストの感染が確認された患者がすでに一〇〇万人。
 大宮、横浜、市原の三都市では、もう肺ペストが発生しているらしい。
 つまり、空気感染が起こるということだ。
 爆発的に広がってゆくだろう。
 ワクチンの配給が間に合うか、かなり微妙なラインである。
「いまある分は、自衛隊が各地に届けてるんですよね?」
 壁一面に取り付けられたモニター地図を睨みつけながら宮小路が問う。
 感染地域は赤く色が変わっていた。東京二三区は、ほぼ真っ赤だ。
「はい。陸路が使えないのが痛いですが」
 人間たちの地上帝国は、地下帝国のネズミどもによって散々に食い荒らされ、道路も寸断されてしまっている。
 輸送は空路を使うしかない。
 飛行場からの道も使えないので、結局はヘリコプターしかないのだ。
 製薬工場へ飛び、ワクチンを持って被災地へと飛ぶ。
 これの繰り返しだ。
 輸送ヘリだけでは手が足りないので、戦闘ヘリまでも動員されている。むろん戦闘ヘリの輸送能力などたかが知れたものだが、使わないよりはマシなのだ。
 トラック等での輸送ができない以上、仕方のないことである。
「そういえば、ここの守りはどうなってます? ずいぶんと薄いようですが」
「それも仕方ありません。機動隊も自衛隊もワクチン輸送と配給で手一杯ですから」
「そうかもしれませんが‥‥」
 腕を組んで考え込む宮小路。
 もし、この鼠とペストの大発生が、自然のものではなく人為的なものだとしたら‥‥。
 企んだものは、なんのためにこんな事をするのか。
 考えるまでもない。
 この国を転覆させるためだ。
 しかし、鼠とペストだけで日本が終わるだろうか?
 混乱の極みに叩き落とされても、首脳部さえ健在なら対応策は取れるはずだ。
 いま現在だって、次々と対策を打ち出して事態の収拾に務めている。
 だが‥‥その機能がなくなったら?
「場所(ホウェア)ではなく人物(フー)‥‥」
 宮小路の呟き。
 直截的なものではなかったが、その意味を正確に稲積は洞察した。
 あるいは、彼もまた同じ思考の軌跡を追っていたのかもしれない。
「つまり、首相暗殺を目論むということですね」
「はい。一連の動きは大規模な陽動かと」
「たしかに、首相官邸の防御は、今ほとんどありません」
「自衛隊の一部を割いて、ここを守らせるべきです。稲積さん」
「判りました。すぐに手配を‥‥」
「それはいかん。稲積くん。宮小路くん」
 第三者の声が、彼らの会話に割って入った。
 日本国首相である。
「自衛隊でも機動隊でも、彼らが守るべきは国民とその生活だ。私個人の命ではない」
 毅然として言い放つ。
 思わす、若者二人が息を飲む。
 たしかに、現状で部隊を移動させようとするなら空路を使うしかない。それは当然、ワクチンの輸送部分を犠牲にすることとなるだろう。戦闘ヘリで二人か三人を運んだところで意味がないのだから。
 むろん、陸路でのろのろと動かしたのでは、時間がかかりすぎる。
 ここを攻めるのが敵の目的だとすれば、集結を待ってくれるはずがない。
「こんなところに兵力を割くくらいなら、都内の病院と医療機関をガードさせてくれたまえ。暴徒と化した大衆に襲われる危険がある」
 慧眼というべきだろう。
 それにしても、自らの居城である首相官邸を「こんなところ」と言い捨てるあたり、まさに剛毅という表現に相応しい。
 声もなく立ちつくす二人に、首相はさらに口を開いた。
「私が子供の頃、この街は見渡す限りの焼け野原だった。そこから現在の繁栄を築くまで何十年もの歳月がかかった」
 老顔に、懐旧の靄がただよう。
「だが‥‥壊すには鼠が半日も走り回ればいい、とはな。儚いものだ」
 それは、機械文明の脆さを語ったものだったろうか。
 若い宮小路には判らなかった。
 それでも、明敏な彼には首相の考えが少しだけ見えたような気がする。
 敵が首相官邸を攻撃するとすれば、主力を投入するだろう。そうするだけの価値のある作戦だからだ。
 ここに敵の攻撃を集中させることができれば、ワクチンの輸送と配給に邪魔が入る可能性は低くなる。
 いまは、一人でも二人でも、国民を救うことが先決だ。
 防御の薄い首相官邸が襲われれば、自分は殺されるかもしれない。
 否、まず間違いなく殺されるだろ。
 しかし、自分が死んでも国民が生き残れば、そこから次の政治指導者が生まれる。
 日本を再生させるのは自分でなくても良い。
 おそらく首相はそう考えているのだろう、と、宮小路は思う。
「この人は‥‥宮小路家の忠誠に値する人だ。だからこそ、死なせるわけにはいかない。絶対に」
 二〇歳の青年は決意を固めた。
 とはいえ、決意で勝てるなら負け戦など存在しない。
 一八名のSP。宮小路の護衛の陰陽師が三名。稲積の私設ガードが二名。
 たったこれだけの戦力でどこまで戦えるのか。
 それでも、
「必ずお守りします。首相閣下」
 宮小路は言った。

 このとき、稲積が機動隊と自衛隊の地上兵力に対して、各地の病院に分散配置するよう指示を出している。
 これによって、命を救われたものが幾人かいた。
 芳川絵梨佳もその一人である。
 彼女は病院に乱入した暴徒たちを制止しようとして殺されるところであったが、駆けつけた自衛隊によって救出された。
 とはいえ、これは今の説話とは関係ない。


 鳴動がきた!
 ねじくれた角を持つ巨大な生物が数体、首相官邸に体当たりをかけている。
 それらは、形は人間に酷似していた。
 だが、角を持ち身の丈五メートルはあろうかという人間が存在するはずがない。
 鬼。
 人は古来から、それをそう言い習わしてきた。
 より正確には、
「式鬼といいます。陰陽術の一種です」
 とは、宮小路の説明である。
 攻撃してくるのは、式鬼だけではない。
 魔術師と陰陽師、亜人などの混成部隊が後に続いている。
 その数は目算で二〇〇名ほどだろうか。
 すくなくとも、こちらの一〇倍を超えていることはたしかであった。
 勝敗の帰趨など、論じる価値もないだろう。
 悲愴な戦いの幕が、切って落とされた。


「あんなバケモノまで使ってやがるぜ」
 地上に視線を送った中島が吐き捨てた。
「それだけ敵も本気なんだろ」
「でも、間に合って良かったわ」
 北斗とシュラインが、それぞれの為人で応える。
「けど、時間の問題のようですね。失陥は」
 御影の言葉である。
 どこまでもクールな台詞に、巫が鼻を鳴らした。
「陥させてたまるかってんだよ」
 戦闘準備を始める。
「でも、どうやって降りる? 官邸の前に着陸なんかしたらいい的だ」
 水を差すように言ったのは北斗だ。
 最年少ではあるが、たしかな戦術眼をもっている。
 たしかにこの状態では着陸こそが至難である。
 それどころか、速度を緩めただけで標的にされるだろう。
「ところが、ひとつだけ方法があるんだな。これが」
 巫が不敵な笑みをたたえ、同年の美女を見た。
「はいはい。あのときと同じ手ね」
 心底いやそうに準備を始めるシュライン。
 彼女は空を駆けることができる。物理魔法を応用してソリトン現象を起こし、サーフィンのように滑空するのだ。
 そのことを巫は知っていた。
「他は、少し離れたところにでも着陸してくれ」
「いくわよ。灰慈」
 そのような言葉を残し、宙に身を躍らせる二人。
 垂直落下は一〇〇メートルほど。そこから「浮舟」に移行する。
「ただ着陸するのもつまんねぇな。シュライン、式鬼の側を通ってくれや」
「勝手なことをっ!」
 僚友を腰にしがみつかせたシュラインが、それでも必死に速度とコースをコントロールする。
 この速度で地面に激突したら一〇〇パーセント死ぬ。
 物理魔法のコントロールは、口で言うほど簡単ではないのだ。
「よっしゃ! 喰らいやがれ!!」
 巫の腕から数十の火弾が生まれ、雨のように地上に降りそそぐ。
 これも物理魔法であった。
 いずれも摩擦力に干渉しているのである。
 次々と倒されてゆく式鬼と亜人たち。
「ひょぅ☆ やるねぇ」
 機上、口笛を吹く中島。
「しかし、やはり多勢に無勢だ」
 どこまでも冷静な御影の口調。
 まるで無感動な批評家のようではあるが、この場合、彼の意見は完全に正しい。
 寡をもって衆にあたるには奇襲を旨とせよ。
 古代の兵法書どおりに行動した巫とシュラインではあるが、それでもやはり兵力差は大きすぎる。
 ざっと一〇〇倍の敵だ。
 多少の奇計などで何とかなるようものではない。
「援護してやるさ」
 コパイロットシートに移動した中島が言った。
「何をするつもりだ?」
 訊ねる北斗。
「俺に掴まってろ。跳ぶぞ」
 答えは、ごく静かだった。
 瞬間移動能力(テレポーテーション)。それが、中島の持つチカラである。
 跳べる距離は一〇〇メートルほどでしかないし、パイロットを含めて四人もの人間を移動させるなどやったことはないが、この際はそんなことを言っている場合ではなかった。
「せっかくだからな。このままヘリをあの鬼にぶつけてやれ」
 巫と似たり寄ったり台詞を、中島が吐いた。
 急降下してゆくヘリコプター。
 パイロットも興奮状態だったのだろう。
 爆焔!
 轟音!!
 首相官邸の前庭に紅蓮の花が咲いた。
 一瞬後、中島、御影、北斗、パイロットの姿は巫やシュラインとともにあった。
 北斗の炸裂弾が魔術師たちを吹き飛ばし、御影の霊刀が式鬼を切り裂き、中島とパイロットが構えたM−16ライフル銃から立て続けに火線が伸びる。
 むろん、シュラインも巫も傍観しているわけではない。
 物理魔法と特殊能力をもって、敵の戦闘力を奪ってゆく。
 数の差が覆されたわけではないが、明らかに敵の陣列は乱れた。
 好機である
 官邸に立て籠もるものたちは、突撃すべきであった。
 そして、宮小路はそうした。
 二〇名あまりの兵力でしかないが、混沌とした戦局に統制のとれた部隊が入ることは、実数以上に巨大な意味を持つ。
「ナイスタイミングだぜっ!」
 巫が口笛混じりに賞賛したほどである。
「さあ、吐いてもらうぜ親鼠の居場所をな」
 危険な笑みを浮かべる中島。
 彼と対峙しているのは、バウディア・ラスプーチン。
 むろん、中島は少年の名前など知らない。
 倒すべき敵、あるいは情報源として以上の興味など、全くなかった。
 バウディアの方もそうだったろう。
 ロシア語の呪文が流れ、ヴァルキリーの投槍が閃めく。
 十数本の槍に貫かれた中島が惨死するさまを、少年は幻視したかもしれない。
 だが、それは現実のものにはならなかった。
 槍は瞬間移動した中島の残像を貫いただけだ。
 少年の後頭部に押しつけられる銃口。
「吐けよ。殺すぜ?」
 背後から聞こえる声。
 回答はなかった。少なくとも日本語では。
 ふたたび呪文が流れる。
 閃光。
 銃声。
 至近から銃弾を受けたバウディアの頭部が、二階から地面に落とした西瓜のように破裂した。
 怪僧ラスプーチンの直系として生まれ、一族の復興を目論んだ少年は、野望の道半ばに倒れた。
「警告したはずだぜ‥‥」
 中島の声は苦い。恋人と同年配の少年を自らの手で殺めた、という自覚がある。
 だが、それ以上に、
「ぐ‥‥」
 青年の口から鮮血が溢れた。
 地面に血溜まりができている。
 バウディアが最後に放った魔法により、彼の右脇腹は大きく薙がれ、肋骨が露出していた。
 早急に治療を受けなくては、命に関わるだろう。
「ちっ‥‥」
 それでも銃を構え直す。
 退くつもりは、なかった。
 戦闘は終わっていない。
 バウディアの敗死により魔術師どもを一時的に後退させたが、依然として敵の方がずっと数が多いのである。
 善戦しているとはいえ、それが苦戦から敗北へと転がり落ちる断崖の上につま先立ちしているだけだということを、中島は知っている。
 それに、
 絵梨佳は彼に戦えといったのだ。
 崇高な誓約だ。
 ならば、この命の最後の一滴が流れ落ちるまで、戦って戦って戦い抜いてやろう。
 ライフル銃が咆吼する。
 引き金が、酷く重かった。
「こんな事をしていたら、本当に死んでしまいますよ」
 突然、背後から聞こえる声。
 温かい手が、中島の傷口に触れる。
 一瞬の痛みのあと、みるみるうちに傷が塞がっていった。
「アンタは‥‥?」
 驚いて振り向いた中島の瞳に映ったのは、金色の髪の女性だった。
 知己の骨董屋店員に似ている。
「この国を終わらせぬために推参しました。玉ちゃん、とお呼びくださいね」
 微笑。
 戦場には似つかわしくないほど艶やかな。
「‥‥さんきゅ」
 ややぎこちなく謝意を表する中島。
 礼を述べることになれていないのだ、と、表情が語っていた。


 激戦は、いつ果てるともなく続いている。
 数の差を埋めるため、護り手たちは地形を利用して敵を分断し、各個撃破とヒットアンドアウェイを繰り返す。
 敵も、そうはさせじと集団突撃を幾度も敢行する。
 評するなら、護り手たちが不利ではない、というところだろうか。
 微妙なバランスだ。
 だが、そのバランスがついに崩れる時がきた。
「ぐぁ!?」
「がはっ!?」
 最前線で戦い続けていた御影と北斗が、突如としてなにか強い力に弾き飛ばされる。
 二度三度と地面と接吻し、ようやく止まった彼らが顔を上げると、ついさっきまで戦っていた地点に、黒々とした影が浮かんでいた。
 二人に駆け寄ったシュラインと巫が、
「きたわね‥‥」
「ああ。ついに現れやがった‥‥」
 呟く。
 冷や汗が、頬と背中を伝っていた。
「吸血鬼ドラキュラ‥‥」
 掠れた声が、宮小路の口をついて零れる。
 不死の眷属の頂点に君臨するモンスターが、前線に姿を見せたのだ。
 宴は、これからが本番だった。
 血の色をした太陽が、巨大都市を染めあげている。











                         つづく

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / 上海流氓
  (ちゃん・しゃおうぇん)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
1831/ 御影・涼     /男  / 19 / 大学生 探偵助手
  (みかげ。りょう)
0461/ 宮小路・皇騎   /男  / 20 / 大学生 陰陽師
  (みやこうじ・こうき)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「日本が終わる 中編」お届けいたします。
次回が三部作の最終回です。
ついでに、吸血奇譚の最終回でもあります。
最後の決戦ですので、綾や奈菜絵も参戦するかもしれません。
玉ちゃんはもう戦線参加していますが。
さてさて。生き残るのは誰でしょう☆
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆

10月20日(月)の新作アップは、著者、私事都合によりおやすみいたします。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。