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<東京怪談・PCゲームノベル>


恐山で逢いましょう

■村上・涼編【序】

 就活用の雑誌を買いに行って、私は何故か隣に置いてあった月刊アトラスに目をとめた。
(誰よ、こんな場所に置いたヤツ〜)
 コーナーが全然違うのだ。
 しかしなんとなく気になって、手に取ってみる。ペラペラとめくっていると、1つの記事が目に飛びこんできた。
「――恐山ツアー?」
 声に出した私に近くの客が何人か振り返ったけれど、気にしない。
(ふうん? 面白そうじゃない)
 私は常々思っていたのだ。ここまで職運が悪いのは、きっと私に何か憑いてるせいじゃないかって。
(そもそも霊なんてあんまし信じてないけど)
 どうしても他に理由が考えられないから、あとはそれしかないのだ。
「――決〜めたっ」
 私はその本を持ったまま、レジへと足を運ぶ。それからその足で、アトラス編集部へと向かった。



■ステレオの偶然【観光バス:一番後ろの座席】

 実験に付き合うんだからタダよね! と三下さんを脅し倒して、ツアー代をタダにしてもらったのはいい(実際は三下さんが払うのだろうけど……お気の毒様)。
 東京から青森に入るまでの新幹線も、なかなか快適でよかった。
 ――しかし。
「ああっ最悪。よりによってなんでキミと同じツアー参加してしかも同じバスでこんなにも席が近いのよーっ」
 一番後ろの5人掛けの席。真ん中に女の子を1人挟んで、隣の男に聞こえるように告げた。
 その男――水城・司(みなしろ・つかさ)はどこか楽しそうに返してくる。
「いやはや、偶然とは恐ろしいものだね」
「やっぱり私なんか憑いてるッ。確実に憑いてるぅ!」
 そうとしか思えない。
 これは前世の業か、先祖のたたりか。
「どうしてそんなに俺のこと嫌うのかな」
「なんとゆーか、生理的に」
「おいおい、そんなレベルなのか……」
「女の敵は私の敵よ!」
「待て、いつから俺が女性の敵になったんだ」
「もちろん生まれた時から」
「お前なー」
「あ、あのー……」
「今の俺はお前も知っているとおり夏菜一筋だろう?」
「いいのよ、当人のいない所で嘘つかなくても」
「だから嘘じゃないって」
「大丈夫よ、基本的に信じてないから」
「……よほど俺をたらしにしたいらしいな」
「火のない所になんとやらって言うじゃない」
「お前がサンマでも焼いてるんじゃないのか」
「サンマは美味しいからいいのよ!」
「俺はサンマ以下なのか……」
「あのぅ!!」
 私たちがいつもの調子で口喧嘩を始めると、耐えかねたのか間に座っていた女の子が口を挟んだ。それに驚いた私は、思わず素っ気ない訊き方になる。
「――何?」
「ああ、すまない。うるさかったよね」
 司さんは小さく頭を下げた。すると女の子は怒ったように。
「せっかく旅行に来てるんだから、仲良くした方がいいと思いますっ。楽しくなきゃ損じゃないですか」
「「…………」」
 思わず言葉を失う。
(まさか)
 見ず知らずの、しかも明らかに年下の女の子に、説教めいたことを言われるとは思わなかった。
(悪かったかな)
 いきなり自分を挟んで口喧嘩されたら、きっと私だって嫌だろう。
 司さんと目を合わせた。
「一理ある、ね」
(それなら)
「じゃあキミ、いざという時の仲裁役決定!」
 私は女の子の肩をがっちりと掴んだ。
「ええっ」
「この席に座ったのも何かの縁よ。一応休戦はしてあげるけど、私いつまでもつのか自信ないから! いざとなった時は頼むわよっ」
 だって喧嘩したくてしているわけじゃない。これが地なのだから仕方がないのだ。
 すると女の子は断れないことを悟ったのか、小さく頷いた。
「わ、わかりました〜。どこまでできるかわかりませんが、頑張りますー」
「やれやれ、村上嬢は相変わらず強引だね」
 司さんの言葉にキッと睨みを入れる。でも約束したばかりなので、発言は堪えた。
(ああ、なんて涙ぐましいのかしら)
 こんな私を見て、神様が職運をアップしてくれればいいのに。
 なんてことを思うにも、もう飽きている。
「じゃあとりあえず自己紹介しましょう? 私は村上・涼。現在就活中の大学4年生」
 重大な役目を任命した少女の名前を訊くために、私はまず自分の自己紹介をした。
「シュウカツ?」
 聞き慣れない言葉だったらしい。
「ザ・就職活動」
「なるほど」
 今度は司さんが口を開く。
「俺は水城・司。簡単に言えば、何でも屋、かな」
「あたしは海原・みなも、中学生です」
 若いなとは思っていたけれど、中学生とは……。
「中学生が独りで恐山旅行?」
「海外赴任中の両親から、いつもどこにも連れて行ってあげられないからって、旅行券貰ったんです。でも本当に独りで来るのはなんだか淋しいから、麗香さんに頼んで同行させてもらうことにしたの」
「そっかー」
 そんな旅行なら、確かに楽しみたいという気持ちはわかる。
(――うん)
 旅行の間は、少し我慢していよう。
 あんまり喋らないようにしてれば、きっと大丈夫。
 早速私は実践して、それ以上は何も言わなかった。
 その隙に、司さんがみなもちゃんに話し掛ける。
「楽しい旅行になるといいね」
「はいっ」



■無茶は承知【外:恐山街道】

「ちょ、ちょっと待ってよ! 普通登山って山のふもとから登るんじゃないワケー?!」
 私たち数名を降ろして、バスはもう出発してしまった。このお寺――常楽寺と書かれている――で降りた人は、恐山を歩いて登ろうという人たちである。
 ちなみに私さんが叫んだのは、(目的の山かどうかはわからないけれど)見えている山が結構遠くにあるからだ。
 これから私たちを案内してくれる予定のおじさんは、「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。
「笑いごとじゃないんだけど……」
「皆さんには、三十三観音像を拝みながら登っていただくんですじゃ」
「「三十三観音像?」」
 声をそろえたのは、私以外の2人。
「そうじゃ。恐山街道の脇には、三十三躰の観音菩薩像が建立されているのじゃ。これは文久元年――つまり1861年6月17日に、慈覚大師の開山一千年祭を記念して建立され……」
「説明はいいわ! どーせよくわからないから。でもなんで、拝みながら登らなくちゃならないのよ。拝むのは恐山に行ってからでいいんじゃないの?」
 私は不満げに告げる。ここから一体どれくらいの距離があるのか想像もつかないが、かなり遠いだろうことだけは確かだった。
 しかしその私の言葉に、おじさんの目がキラリと光る。
「甘いな」
「えっ?」
「あんたは何のために恐山に行くんじゃ?」
「そりゃあ……あんまりにも職運がないから、きっと先祖の誰かがすんごい悪行とかして私の職運潰してくれてるんじゃないかと思って」
 私は思わず正直に答えた。「甘いな」という言葉が気になったからだ。
「だったらあんたこそ、ちゃんと拝まにゃダメじゃ。第一番のここ・永楽寺から始まり、最後の恐山地蔵堂横の第三十三番までの観音菩薩に賽銭と供物を手向け、旅の安全と先祖の供養を祈願しながら恐山へと登ってゆくのじゃよ」
「た、旅の安全と――先祖の供養?! それはやらなきゃ!」
(ぜひやらなきゃ!)
 私は俄然やる気になった。
「よーしっ、行くわよ2人とも! 拝みまくって私の職運返してもらうんだからー」
 おじさんの背中を押して、元気に歩き始める。
(これが終わった頃には)
 きっと私の職運も、回復しているに違いない。



「――あ〜、生き返るぅ〜」
 さっきまでは疲れきって声も出ないほどだった私だけれど、冷や水(ひやみず)を口にするなりその呪縛は解かれた。
 冷たくて、とても気持ちいい水。身体の内側を流れていく感覚がよくわかるほど冷えているのだ。
「バスでやってきても、必ずここに停まっていくんじゃよ。この水は恐山の山ひだの地中深くから湧き出てくる天然水でな。年中冷たい水が変わらぬ水量で湧き出ているんじゃ」
「へぇ、不思議ですね」
 司さんが合槌を打った。私はそんな言葉など聞こえない振りをして飲み続けている。
「真夏でもこんなに冷たい水が?」
「ああ、そうじゃよ。地元の人には1杯飲めば10年、2杯飲めば20年長生きすると言われている、冷水たらぬ霊水じゃ」
「え……」
 凄い勢いで飲んでいた私は、思わず動きをとめた。
「私そんなに長生きしたくないんだけど……」
 むしろ醜いおばあちゃんになるよりなら、早めに死んでおきたいとか思っている。
 私が複雑な表情を浮かべたのを見て、司さんは。
「まああくまで、”言われている”だけだから」
「わかってるわよ!」
 思わず叫んでしまった。
(いけないいけない)
「ふぉふぉふぉ」
 何故か笑っているおじさんが憎らしい。
「――ところでみなもちゃん」
「はい?」
 司さんはみなもちゃんに声をかけると、珍しく言いにくそうに言葉を繋いだ。
「それ全部、持って行くのかい?」
「えと……ダメですか?」
 先ほどからみなもちゃんは、私が水を飲んでいる横で一生懸命水を汲んでいたのだった。その量は――ハンパではない。
「いや、ダメというか……ちょっと多いんじゃないかなと思って」
「そうですか?」
「うん……登るの大変だと思うよ……。君がいいならいいと思うけど」
 あくまで控え目な司さんの対応に、みなもちゃんは困っているようだ。――いや、困っているのは司さんか。
 そこを見るに見かねたおじさんが声をかける。
「お嬢さん、帰りにも寄れるから安心しなされ」
「あ、そっか」
 どうやら解決したようだ。
「ほれほれ、そろそろ行かんと山内巡りをする時間がなくなってしまうぞぃ」
 おじさんに急かされて、私たちはまた恐山街道へと戻る。
「あとどれくらいあるの? もうずいぶんと歩いた気がするんだけどー」
 これでもかというほど「もう嫌」って気持ちをこめて、私は訊ねた。
「ふぉふぉふぉ。ここまでくれば、もう少しじゃよ。あと3分の1くらいじゃ」
「――どこが”もう少し”なのよ……」
 私は脱力する。
(あと1時間くらいってことー?)
「まあ頑張りましょう。景色もこんなに素晴らしいことだし」
「おお、いいこと言うね兄ちゃん。この辺はずっと南部ヒバの原生林が続いているんじゃよ」
「どうりでいい香りがするんですね」
 涼しい顔でおじさんと楽しげに会話を始めた司さんを、私は後ろから睨めていた。
(ちくしょー)
 もともと登山がしたいって言い出したのは司さんだったのだ。みなもちゃんの後押しもあり了承して参加したのは私だけれど……。
(なんか腹が立つのはしょーがないじゃないっ)



■地獄から脱するために【恐山:総門前】

 一体何故、私はこんな目に遭っているのだろうか。
 地面を這いつくばって、なんとか登っている。最後の坂がまた何故か妙に急だった。
(私への挑戦状?!)
 これも職運アップのための、試練なのだろうか。
「つ、疲れたぁ……もうダメ。私歩けない……」
 やっと平らな地面の所までたどり着くと、私はそのままその場に崩れた。司さんはどこか楽しそうに笑って。
「じゃあ負ぶってあげましょうか?」
「じょーだんでしょッ。そんなことされたら職運戻っちゃうじゃないー」
(折角こんなに頑張ったのにぃ)
 水の泡にはしたくない。
「相変わらず酷い言われようだな」
「じゃああたしが――」
「ふぉふぉふぉ。お嬢ちゃんには無理だろうて」
 おじさんはそう笑うと、しゃがんで私に顔を近づけて言った。
「お嬢さん、最後の観音像がまだじゃよ。早く行かんと折角頑張ってきたのがダメになってしまうかもしれんぞ」
「はっ、そうだったわ!」
 私はまだ、目的を果たしてはいないのだった。最後の気力を振り絞り、立ち上がる。
「おじさん! 最後の観音像はどこ?!」
「恐山の中じゃよ。参道を真っ直ぐ行った所にある、地蔵堂の横じゃ」
「わかったわ!」
(急いだ方がご利益がありそうよね!)
 まるで山道で熊に遭ったかのような勢いで、私は総門へと向かって走っていった。後ろからおじさんが何かを叫んだような気がするが、それどころじゃない。
 総門をそのまま突き抜けようとすると、受付らしき小屋の中から呼びとめられた。思わず私はじろりと睨む。
「――あ、あの〜、入山料……」
「いくら?!」
「500円です……」
「これでいいわよね!」
 私は何故か持っていた500円札(何故だ)を、キョンシーの額に貼るかのごとく投げつけて走っていった。
「え?! あのっ、待って下さいよ〜〜〜」
 待つわけがない。
(えーっと、確か参道をまっすぐ行った地蔵堂の横だったわよねぇ)
 仁王門をも抜けた突き当りには確かに、立派なお堂があった。それが地蔵堂のようだ。
(この横、横っと)
 右か左かわからないので、とりあえずキョロキョロと見渡す。
「! あった!!」
 走りより思わず抱きついてしまった。
(よーしっ、思い切り祈るぞぅ!!)



「さて、ツアーの面々はもう山内巡りを終えた頃じゃろうて。あんたたちはどうする? 見たいならわしが案内するが……」
 あとから中へ入ってきたみなもちゃんと司さん、そしておじさんと合流した。それからの行動を決めかねている。
 3人で目を合わせるが、口を開く者はいなかった。
「時間的にもう遅いからのぅ。回るとしても、途中で暗くなってしまうかもしれん」
 おじさんが言葉を繋ぐと、それに司さんが応える。
「それならおじさん。招霊に向いている場所を教えてくれませんか?」
「招霊に? ――ああ、そういえば、このツアーの目的じゃったな」
「ええ……」
(そういえば)
 私の目的は職運アップであり、みなもちゃんの目的はただの観光という感じだったけれど、司さんの目的は聞いていなかった。
(ホントに実験にきたワケ?)
 私には霊感なんてあまりない。けれどそういう人のためにイタコがいるのだと思っていた。だから今回の、”イタコなしで幽霊と接触できるか”という実験には、正直自信がない。
(というか無理でしょ)
 しかし司さんは大真面目に実験をするつもりで来たらしい。
 おじさんは考えるように少し唸ると。
「そうじゃのう……なら、極楽浜がいいかもしれん。よくあそこから宇曽利湖に向かって、亡くなった人の名前を呼んでいる人がいるんじゃ。それはあそこが最もあの世と近い場所であると、本能的に悟っているからなのかもしれんしの」
「わかりました。行ってみます」
「――いや、待て」
 早速足を踏み出そうとした司さんを、おじさんがとめた。
「わしが案内しよう」



■白とエメラルドグリーンの極楽【恐山:極楽浜】

 世界の果ては、きっとこんな感じなのだろう。
「何これ……」
「凄いわ、水が碧!」
 私とみなもちゃんがそれぞれ呟いた。
 ごつごつとした岩肌の地獄を通り抜けて、やってきた白い砂浜の極楽。なみなみと水をたたえた宇曽利湖の湖面は、何故かどうしようもないほど碧色をしていた。
「昔からこうなんじゃよ。美しいもんじゃろう?」
「ええ、とても!」
 素直に感動するみなもちゃんとは違い、私は声が出ない。
 碧といっても、コケがいちめんに生えているなどではもちろんない。本当に自然な碧色なのだ。――そう、たとえて言うなら、信号機の青のような碧。
「本当に幻想的、だね。ここなら霊も喜んで来そうだ」
「ふぉふぉふぉ」
 司さんの言葉に、おじさんは何故か笑った。
「宿坊に行く時間になったら、迎えに来よう。それまでは頑張ってみるといい。――逢えることを祈っているぞい」
「ありがとうございます」
 そうしておじさんは、1人地獄の中を引き返していった。
「2人はどうする? 見ててもあまり面白いもんじゃないと思うけど」
 私とみなもちゃんは、顔を見合わせる。
「――と言ってもねぇ。おじさん行っちゃったし、疲れてもう動きたくないし。せっかくだから余興見せてもらうわよ」
「余興ってお前な」
「あたしは! できればお手伝いしたいんですけど……」
 喧嘩させないようにと口を挟んだみなもちゃんに、司さんは苦笑すると。
「オーケイ。もし俺に何かあったら、遠慮なく手伝ってもらうよ」
 そう応えた。
 2人よりもはるかに疲れている私は、既に少し離れた所で座っている。みなもちゃんもその横に座りこんだ。白い砂は、その見かけどおり柔らかく優しいので、座っていてもお尻が痛くならない。
 そんな世界に包まれて、私たちは司さんを見ていた。
 司さんは宇曽利湖の方を向き、ゆっくりと両手を前に伸ばした。そのまま手を合わせて、握りしめる。その手の中に、やがて微かな光が生まれてきた。
(あの光で)
 霊を喚ぼうというのだろう。
「あいつ――招霊なんてやったことあるのかしら」
 ふと、私は思った。
「え?」
「密教系の魔術と武術に長けてるのは知ってるのよね。心霊問題も頼まれれば引き受けてることも知ってる」
「涼さん……」
「敵を倒すためには、まずは敵をよく知らなければダメなのよ!」
 こぶしを握って力説。
(そして知っているからこそ)
 思うこともある。
「でも一通りできても、専門ではないはず。何かあったらどうするつもりかしら……」
 具体的な”何か”を、私は想像できているわけではない。でもその行為が、誰にでも歓迎される類いのものではないのは確かだった。
(覚悟はあるの?)
 私はきつい瞳で、司さんを見つめていた。

     ★

「――ん? 何よ」
 手の中の光を生かしたまま、懸命に頑張っている(らしい)司さんを見ていると、不意に誰かが私の肩を叩いた。振り返ると、そこにはみすぼらしい格好をした女が立っている。目深にかぶったフードで顔に影ができているため、下から見ているのに表情は見えない。
「何か用?」
 私がいつもの口調で尋ねると。
「――アメを下さい。お金ならありますから、アメを下さい」
 そんなことを言った。
(何この人……)
 みなもちゃんと顔を見合わせる。
「みなもちゃん、アメ持ってる? 私ないんだけど……」
「ありますけど、お金はいりませんよ」
 みなもちゃんはそう告げると、おやつにと持ってきていたのだろうアメを差し出した。1つずつ小さな袋に入ってるやつだ。
 すると女は本当に嬉しそうに受け取って。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
 そうくり返しながら去っていった。
「変な人。ってか、気持ち悪いわね。恐山ってやっぱりあんな人もいるんだ」
 怪しい新興宗教のようだとは思っていないけれど、どうやら近い人もいるらしい。
「そうですね」
 みなもちゃんは苦笑して、視線を司さんの方へ戻した。私も倣うと、向こうはまだ変わりがないようだ。
 それからしばらくすると、また女はやってきた。何度も、アメをもらいに。
「――お金貰った方がいいんじゃないの?」
 呆れて私が告げると、みなもちゃんは。
「でもほら、次でなくなっちゃいますから」
 アメが入っていた袋を見せた。見るとみなもちゃんの手の平に1つで、袋の中にはもう何も入っていない。
「――それで最後なの?」
「わっ」
 不意に後ろから声が聞こえた。振り返ってみると、例の女が既に立っている。
「え、ええ。そうです。これが最後です」
(まったくぅー)
「ちょっと貸してみなもちゃん」
「え?」
 私は横から手を伸ばして、みなもちゃんの手の上にあったアメを取ると――袋をあけて自分の口に放り込んでやった。
「キミねー、何度も貰いに来るなんて図々しいのよ! これでもうアメはないのっ。他を当たって!」
 アメがなくなるまでやってくるなんて、図々しすぎる。しかも「それで最後なの?」なんて。
 すると女は。
「……もう、ないのね」
「うんそう、もうないの。ごめんねー」
「じゃあ代わりに、あなたの――をくれない?」
「え?」
 多分それは、訊き返してはならなかった。
「あなたの眼を貰うわ」
「きゃっ?!」
 突然女が私に襲い掛かってきたのだ。
(何よっ)
 私は顔を庇い、女の手を叩く。しかし女はまたすぐに襲い掛かってきた。
(ちょっとじょーだんでしょ?!)
 私はなんの力も持たない普通の人間なんだ。こんなのと戦えって言われても困る!
 ぐいと身体を掴まれて何かの覚悟を決めると、不意に女は私を放して苦しみ始めた。私は勢いで砂の上に倒れる。
「ぎゃああっ」
 何が起きたのかよくわからないが、みなもちゃんが助けてくれたのだろうことはわかった。
「檻を!」
 凛とした声が響くと、水がそれに従って動く。言葉のとおり水の檻をつくり、女を閉じこめてしまった。
(やるじゃない)
 どうやらただの中学生、ではなかったようだ。
「どうした? 大丈夫か?!」
 この一瞬の騒ぎに、招霊に集中していた司さんもさすがにそれを中断して、こちらへ近づいてくる。
「うぅ……ぐぐぐ……」
 水の檻の中で苦しそうにしている女を見て、司さんが呟いた。
「なんだこれは……」
 それから水に気づいて。
「これはみなもちゃんが?」
「はい。あたし、水を操れるんですよ」
「なるほど」
 それからみなもちゃんが、倒れたままの私を助け起こしてくれた。
「大丈夫ですか? 涼さん」
「ええ、ありがとう。みなもちゃんのおかげで助かったわー。あいつは何の役にも立たなかったけど」
 厭味たっぷりに言うと、司さんは「酷いなー」と呟き。
「こっちはこっちで大変だったんだから。一応逢えたけど、邪魔が多くて声が届いたかどうかはわからないんだ」
「――邪魔?」
 私は思わず眉を動かした。
(邪魔ってことはきっと)
 他の霊に邪魔されたってことでしょ?
 檻の中に女に、目を移す。
 この人はどう見ても、生身の人間ではない。――幽霊だ。
(確定じゃない!)
「……邪魔ってさー、こういう人のことを、言うんじゃないワケ?」
 私がそう口にすると、さすがに司さんも気づいたようだ。
「! まさか――俺の声につられてやって来たのか?」
「それ以外に考えられないじゃない!」
「あ、あたしもそう思います……」
「あちゃー。なるほど、ここは近すぎて危険だってのは、そういう意味だったのか」
 司さんはそう呟くと、小さく頭を抱えた。それから気を取り直したように顔を上げた時には既に、いつもの顔に戻っていた。
(立ち直りの早いこと)
 もちろん自分は棚上げである。
「まあいい。こいつは俺が責任を持って還そう」
「当たり前でしょ! てか早くやってよ。物凄くキモイんだからぁっ」
「ハイハイ」



 司さんがやっと霊を還した後、ちょうどあのおじさんが迎えに来た。
「――おじさん、アメをほしがる霊って、知ってますか?」
「ああ、知っとるよ」
「「「!」」」
 宿坊へ向かう道すがらみなもちゃんが訊ねると、おじさんはあっさりと返事をした。私たちは少なからず驚く。
「この辺りじゃ有名な話じゃ。ある晩ふもとの村の駄菓子屋に1人の若い女性がやってきてな。痩せた身体で1文を出して、アメを買って帰ったのだそうじゃ」
「……それだけ?」
「まさか。その次の日も、そのまた次の日も、辺りが暗くなってからその女性がやってきて、アメを買っていった。それからは一日おきに同じ時間にアメを買って帰っていくようになったのじゃ」
「それで?」
「それが幾度となく続いたある晩、同じ時間にやってきた女性の姿は、見る目にも気の毒なほどやせ衰えていて、やっと歩いているという感じじゃったそうだ」
「!」
「そしてこう言った。いつものアメを下さい。自分にはもうお金がないから、アメの代わりにこの櫛をもらって下さい。お金がないからもう2度と来ない。その代わりどうか、アメを下さいってな」
 宿坊はもうすぐそこだ。物語のクライマックスも近い。
「あまりにも淋しそうに哀しそうに話す女性を見て、駄菓子屋の主人は女性のあとをつけてみた。そうしたら女性は墓場へと消えてゆき、その墓場には何故か赤ん坊の泣く声が響き渡っていたというんじゃ」
「それで――その主人ってのはどーしたの?」
「だらしのないことに怖くなって逃げ帰ったんじゃがの。その噂が村中に広がると、早速村の連中はくだんの墓場へと行ってみた。そしたら不思議なことに土の中から赤ん坊の声がするじゃないか。掘り返してみると、死んだ母体がしっかりと赤ん坊を抱いていたという」
「…………」
「これは赤ん坊が生まれそうな臨月の若い母親が急死して間もなく起こった、妖怪物語と言われておるよ」
(生まれるはずだった)
 赤ん坊のために、あの女はアメを求めていたの?
(今もなお)
 誰かの呼びかけに、すぐにでも応えられるくらいに。
(――でも)
 手を出してはいけなかったわね。
 私はそう思った。
 どんなに欲しても、生身の人間に手を出したら負けだろう。
(もう同情はできない)
 可哀相だけれど、それが”現実”なのだ。
(彼女の存在しない現実)
 私は掴まれた肩の痛みを、思い出した。



■お約束エンド【白王社ビル:月刊アトラス編集部】

「――で、涼さん。レポートは?」
 月刊アトラス編集長碇・麗香は、にっこりと微笑んで手を出した。三下さんはその後ろに隠れている。
 私もにっこりと微笑み返し。
「ありません。書くのが面倒だからこうしてきたのよ」
「あら……じゃあ収穫はあったのね?」
 キラリと瞳を光らせた麗香さんに、私はゆっくりと頷いた。
「私、遭遇しちゃいました」
「お話詳しく聞かせていただこうかしら」
「嫌です」
 即答した私に、麗香さんは少しの間気づかなかった。
「――え? 嫌?」
 私はいよいよ、職運が本当にアップしたかどうか実験する時が来た。
「この際アトラスでいいわ。私を雇って! そうしたら喋ってあげる!!」
「嫌です」
 今度は麗香さんの即答。
「い、嫌ですってぇ?! 幽霊と遭遇話聞きたくないの?!」
「残念ながら、今の私は幽霊など興味ありませんの。お引取り下さい!」
 麗香さんのノリは、まるで新聞購読の勧誘を断るかのようだった。
(い、一体どうなってるの……?)
 麗香さんが幽霊に興味ないなんて。
 すると三下さんが私の近くにやってきて、私の耳元で真実を告げた。
「実は編集長、お土産に貰った温泉たまごを口にしてからすっかりそれに夢中なんですぅ〜〜」
「な……っ」
(どうりで)
 編集部の中が恐山臭い――つまりたまご臭いのだ。
「さっきの”遭遇した”ってのも、きっと物凄く美味しい温泉たまごと遭遇したと思ったんだと思いますよ……」
「――っ」
 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、返す言葉が出なかった。
「あーーもうっ、やっぱり文句つけてくればよかったぁー!」
(拝んでばっかりで)
 文句の1つもつけなかったのが敗因なのよ!
 私はその辺の机にやつあたる。
 そうして暴れるだけ暴れて疲れると。
「さらに職運悪くなってたらどうしよう……」
 そう肩を落として、私は編集部をあとにしたのだった……。

■終【恐山で逢いましょう】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|PC名   |性別|年齢|職業
1252|海原・みなも|女性|13|中学生
0381|村上・涼  |女性|22|学生
0922|水城・司  |男性|23|トラブル・コンサルタント



■ライター通信【伊塚和水より】

 初めまして! この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
 ”宿敵”という関係をいかに書くかが最大の問題だったのですが、私なりに考えて書いた結果このようになってしまいました。イメージから外れている部分などありましたら、お気軽にどうぞ。もし次回がありましたら参考にさせていただきますので。
 どこまでも元気のいい涼さん、書いていて凄く楽しかったです。こんなにパワフルな女性は初めてかもしれません(笑)。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝