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<東京怪談ノベル(シングル)>


名門学園 秋の大運動会

ちゅん!ちゅんちゅん!!
雀が、小鳥が、起きて、と呼んでいる。

海原みあおはベッドから跳び起きて、窓を開けた。
秋晴れ、快晴、雲ひとつ無い青空。ありとあらゆる言葉を使っても今日の天気は「晴れ」だ。
「やった!てるてる坊主100個作ったもんね♪」
今日は、待ちに待った運動会。昨日、お姉さんズから借りたとっておきの衣装が枕元で待っている。
「いっくぞ〜!やるぞ〜〜!」
元気な声が空へと響いて溶けていった。

10月某日、都内某所の、某名門学園には万国旗がはためき、音花火がパンパン!と鳴り響く。
今日は、学園上げての運動会なのだ。
ここ、小等部グラウンドの左端、1年○組の赤組に海原みあおは並んでいた。
銀の髪に赤いはちまきがよく映える。
「みあおちゃん、晴れてよかったね。」
「うん、頑張ろう。」
「そこ!もうすぐ始めるからおしゃべりは後でね。」
「はあい(×2)」
ぺろりと舌を出し、女の子達が笑う。ごく普通の運動会風景に見えるだろうか…。
ならば、よく見てみよう。
「では、はじめの言葉、4年○組 …」
そう言われて前に出た少女がペコリと挨拶をする。背中の白い羽根が揺れた。
「選手宣誓。」
呼ばれた男子学生は孫悟空の仮装をしている。祝電を読み上げる教頭はバイキングの衣装だ。
最後に演題に上がったゼウス神の格好をした校長は、太ったお腹を抱えながらにこやかにこう告げた。
「今日は思いっきり楽しんでください。誰のためでもありません。君たちのための運動会です!」
歓声と、拍手に包まれた校長の宣言によって、運動会の幕は、今、開かれた。

一年生による徒競走から、プログラムはスタートした。
徒競走?仮装競争の間違いじゃないかと、知らない人が見たら思うかもしれない。
列に並ぶのは、天使、勇者、妖精、キツネ、猫耳娘、メイド…?
でも、これはこの学園のハロウィン祭典中のごく、普通の格好である。(以下説明略)
「位置について、用意…BANN!!!」
子供たちは、一斉に走り出した。ふわふわスカートや、羽、重い鎧にいつものスピードに乗れない子も多いようだ。
その中で、一際早いのは白いキツネ少女。あっという間にゴールテープを切った。
「みあおちゃん、はや〜〜い。」
「えへっ!」
一等賞の旗を持って、友達に褒められて、銀のキツネ少女、みあおは得意げにVサインをきった。

校長が最初に言ったとおり、子供達のための運動会。
強制的な練習はほとんど無いが、みんな生き生きと広い肯定を所狭しと走り、跳び、踊っている。
さっきまで、一年生がポンポンを持って、アニメの曲に合わせて元気に踊った。
今は、高学年の借り物競争だ。控え席でみあおはそれを見つめていた。
衣装が面白いのでビジュアル的には楽しいが、やや大人しい印象は否めない。
(あ〜あ、がっかり。騎馬戦とか、棒倒しとか、好きななのになぁ〜。)
この学園運動会の種目にそれらは無い、
名家の子女を預かる学園としては、怪我などさせては大変、ということなのだろう。
(ちょっとつまんない〜、でも…。)
「みあおちゃん、次は皆での玉入れだよ〜。行こう〜〜。」
後ろで友達が、さらに向こうでは先生が手招きしている。
(でも、ま、いっか。みんなと遊べるんだもんね!)
「うん、今行く〜〜!」
みあおは白銀の大きな肉球のついた手を振って、椅子から立ち上がった。

走って、跳んで、駆け回る。
元気に暴れまわればお腹がすく。子供達にとって楽しみな昼食の時間がやってきた。
弁当などの手間をかけなくてもいいようにレストランのデリバリーや屋台がたくさん出ている。
しかも、名門学園だけあって、有名レストランや一流店のものばかりだ。
運動会の屋台というのは何故か心ときめく。
みあおは、屋台をひやかして歩いていた。飲み物や、お菓子を買ってみたりもする。
「みあお!」
「あ、お母さん!」
かけられた声に、みあおは振り返って歓声を上げた。母が木陰で手を振っている。急いで駆け寄り足に思い切り抱きついた。
「見ててくれた?」
「ええ、上手だったわよ。」
「えへへっ♪」
褒められて、頭を撫でられて、みあおは照れくさそうに笑う。その背後からまた、彼女を呼ぶ声がする。
「みあおちゃん。」
今度は同じクラスの友達だ、家族と一緒に手招きしている。母と手を繋ぎ、その招きに応じた。母は、笑顔でその子の家族に一礼する。
「いっしょにお昼食べよ。」
「うん!」
土の上に敷かれた赤い毛氈の横に、みあおと母はビニールシートを広げた。
側には他の家族もいる。その一人一人に礼をしながら重箱を並べていった。
「ねえ、おかず交換しようよ。」
そう言ってみあおに最初に声をかけた子が、皿を出した。(屋台があってもやっぱりお弁当を持ってくる子は多い。)見事な中華料理が取り分けられている。彼女は華僑の出なのだ。
「私も…!」
今度差し出された皿はフランス料理。しかも、その場でシェフが何やら作っている。料理人を連れてきた?流石…フランス大使の娘。
向こうからはベトナムの生春巻き、そこからはロシアのピロシキ、あっちからは本場のハンバーガー。
「みあおちゃんのお弁当はどんなの?」
「ジャパニーズ運動会ランチだよ♪」
みあおは、重箱を小さな手でみんなの方へと押し出した。
「ファンタスティック!」
声を上げたのは誰だったか?青の、緑の、紫の、黒の輝く瞳が箱の中を覗く。
緑のレタスの間にプチトマト。チューリップの形をした鳥のから揚げ。たこさん、かにさんウインナー。卵焼き、チーズかまぼこ。
色とりどりのおにぎりに、うさぎりんご。
「みおあ、ホントにあんなので良かったの?」
「うん、みあおは、ああいうのが好きなの!」
母と娘のひそひそ話の間に声が上がる。
「少し貰ってもいい?」
「私も欲しい!」「僕も食べてみたいな?」
苦笑する保護者をさておいて、子供たちは交換会である。
「このかまぼこおいしい。」「キャビアもいけるよ。」
「春巻き辛くないね。」「こっちのスープは少し辛〜い。」
有名ホテルのランチバイキングも顔負けの万国博覧会な料理が並んでも、そこにいるのはどの国でも変わらない子供達。
大はしゃぎしながらの昼ごはんは、万国共通であった。

「ねえ、みあおちゃん。」
「なあに?」
昼ごはんが終わり、午後の種目がはじまろうとする頃、みあおはクラスメートに銀の尻尾を引っ張られた。
「あのね、みあおちゃんのお洋服と私のお洋服交換しない?」
アニメの主人公のドレスを着ていた少女は、校舎の裏でそう頼んだ。
「だって、みあおちゃんのお洋服、不思議なんだもん。どうして、しっぽやお手手、取れないの?」
「えっ?それは…。」
「だから、着せて。お願い、ちょっとでいいから。」
みあおは、ちょっと悩んだように顔を空に向けるが…。
「いいよ!」
明るく笑って同意した。そして、二人でそっと校舎の空き教室で着替えをする。
「へえ、こういう風になってるんだあ。」
少女は驚いたようにみあおの仮装衣装を見つめる。
手や、尻尾が薄い、ほとんど透明な生地で繋がっている。全身タイツに似ているだろうか?手や足や、尻尾だけ目立つ不思議な衣装を少女は目を丸くしながら身に付けた。
「うわあ、なんか不思議な感じ。」
伸びてほとんど透明になった生地のところが、肌に吸い付くようで、慣れない彼女には驚きのようである。
一方みあおも衣装は普通のドレス、素早く身につけ、くるりと回った。
(みあお、可愛い♪)
やや時間がかかったが、少女も着替えが終ったようだ。
衣装を身につけ、その上から体操着を身につけた少女は恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに微笑む。
「似合う…かな?」
「うん、似合うよ。お姉ちゃん達がみたら喜びそう!」
「えっ?」
「ううん、なんでもない。こっちの話。いこ!」
「うん!!」
『午後の競技が間もなく始まります。みなさん、お集まりください。』
少女たちは慌てて駆け出した…。

秋色の穏やかな太陽が、ゆっくりと西の空に降りはじめていく頃、人気が消え始めた校庭に3度目の放送が静かに流れる。
『運動会のすべての種目は終了いたしました。ご協力ありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰りください。』
教師や、上級生達が運動会の片付けをしている。
みあおは、小さな口で大きなあくびをした。母の腕の中に抱かれて…。
「疲れたの?」
くすくすと優しく笑う母の言葉をみあおは、うん!と肯定した。
「鬼ごっこも、二人三脚も、フォークダンスもみ〜んな楽しかった!いっぱい、いっぱい遊んでちょっとだけ疲れちゃった。お姉ちゃん達にもお話してあげたいのになあ〜〜ふぁああ。」
また、口から飛び出す大あくび。母は、そっとみあおの髪をなでた。
「少しおやすみなさい。おうちに着くまで…。」
「うん、今日は…とっても…楽しかったよ。」
柔らかい胸に頭を預け、安心しきった顔でみあおは、目を閉じた。
ぽん、ぽん。そっと背中を叩いているうちに、スーと小さな寝息が聞こえてくる。背中から手を離し、娘をしっかりと抱きなおした母は、かすかに眉を動かした。小鳥のような小さな小さな声。
「ありがとう。…おかあさん。」
(可愛い子。私の…娘。)
聖母のような慈顔の奥に彼女が何を思ったか、知る者はいない。

その夜、海原家。
「あのね、それでね、玉入れはね! 」
ソファの上に飛び上がり、顔を上気させて語るみあおを、テーブルを囲んだ姉と、キッチンで重箱を洗う母は微笑みながら見つめている。
楽しい、一家団欒の時…。幸せの時。

「運動会、ものすっごく楽しかったっ!また明日、やらないかなあ。」
きっと今ごろ疲れ果てている教師達が聞いたら、どんな顔をするだろう?
そんなことを考えながら母や姉が笑う。それにみあおの笑い声も、重なる。
それはまるで合唱のように、優しく、楽しく夜空に、星空に響いて行った。