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<東京怪談・PCゲームノベル>


恐山で逢いましょう

■水城・司編【序】

  霊感の強い人。
  心霊現象に興味のある人。
  そして、逢いたい誰かがいる人。

「全部当てはまるな……」
 恐山ツアーの記事を見て、俺はそう呟いた。
 特に重要なのは3番目だ。
(逢いたい誰か――)
 俺には、謝りたい人たちがいる。
 向こうは俺に謝ってなどほしくないことを、知っているけれど。
(どうしても言っておきたかった)
 それがケジメだと思ったからだ。
「行けば逢えるかな?」
 誰に尋ねるわけでもなく、呟く。
 答えを知っているのは――多分未来の俺だけなのだろう。



■ステレオの偶然【観光バス:一番後ろの座席】

 その人がいることに気づいたのは、俺もバスに乗ってからだった。
「ああっ最悪。よりによってなんでキミと同じツアー参加してしかも同じバスでこんなにも席が近いのよーっ」
 バスの一番後ろ、5人掛けの席。真ん中に女の子を1人挟んで、隣のその人が俺に聞こえるように言った。
「いやはや、偶然とは恐ろしいものだね」
 俺が笑いながら返すと、その人――村上・涼はヒステリックな声をあげる。
「やっぱり私なんか憑いてるッ。確実に憑いてるぅ!」
 村上嬢が俺に対してこういう態度をとるのはいつものことだった。
「どうしてそんなに俺のこと嫌うのかな」
「なんとゆーか、生理的に」
「おいおい、そんなレベルなのか……」
「女の敵は私の敵よ!」
「待て、いつから俺が女性の敵になったんだ」
「もちろん生まれた時から」
「お前なー」
「あ、あのー……」
「今の俺はお前も知っているとおり夏菜一筋だろう?」
「いいのよ、当人のいない所で嘘つかなくても」
「だから嘘じゃないって」
「大丈夫よ、基本的に信じてないから」
「……よほど俺をたらしにしたいらしいな」
「火のない所になんとやらって言うじゃない」
「お前がサンマでも焼いてるんじゃないのか」
「サンマは美味しいからいいのよ!」
「俺はサンマ以下なのか……」
「あのぅ!!」
 俺たちがいつもの調子で口喧嘩を始めると、耐えかねたのか間に座っていた女の子が口を挟んだ。
「――何?」
「ああ、すまない。うるさかったよね」
 素っ気ない村上嬢の反応に苦笑しながらも、俺は小さく頭を下げた。
 すると女の子は怒ったような口調で。
「せっかく旅行に来てるんだから、仲良くした方がいいと思いますっ。楽しくなきゃ損じゃないですか」
「「…………」」
 思わず言葉を失う。
(まさか)
 見ず知らずの、しかも明らかに年下の女の子に、説教めいたことを言われるとは思わなかった。
(失敗したな)
 誰だってこんなことをされたら嫌だろう。
 村上嬢と目を合わせた。
「一理ある、ね」
 俺が認めると、何を思ったか。
「じゃあキミ、いざという時の仲裁役決定!」
「ええっ」
 村上嬢は無理やり決めてしまった。
「この席に座ったのも何かの縁よ。一応休戦はしてあげるけど、私いつまでもつのか自信ないから! いざとなった時は頼むわよっ」
 明らかにNoとは言えない状況に、女の子はおそるおそる頷く。
「わ、わかりました〜。どこまでできるかわかりませんが、頑張りますー」
「やれやれ、村上嬢は相変わらず強引だね」
 俺がそうもらすと、キッとこちらを睨んできたものの、口には出さなかった。どうやらちゃんと我慢しているようだ。そしてもう忘れたかのように、話を切り替える。
「じゃあとりあえず自己紹介しましょう? 私は村上・涼。現在就活中の大学4年生」
「シュウカツ?」
 女の子にとっては聞き慣れない言葉だったようだ。
「ザ・就職活動」
「なるほど」
 会話が途切れた隙に、俺も自己紹介を挟んだ。
「俺は水城・司。簡単に言えば、何でも屋、かな」
 女の子も返してくれる。
「あたしは海原・みなも、中学生です」
(中学生か)
 その割には、ずいぶんとしっかりしているように見えた。
「中学生が独りで恐山旅行?」
「海外赴任中の両親から、いつもどこにも連れて行ってあげられないからって、旅行券貰ったんです。でも本当に独りで来るのはなんだか淋しいから、麗香さんに頼んで同行させてもらうことにしたの」
「そっかー」
 村上嬢はそれだけ呟くと、他は何も言わなかった。可哀相とでも思っているのだろうか。
「楽しい旅行になるといいね」
 みなもちゃんに告げると、彼女は大きく頷いて。
「はいっ」
(誰かさんも)
 これくらい素直ならいいのにと、口にしたらまた喧嘩になりそうなことを思った。



■無茶は承知【外:恐山街道】

「ちょ、ちょっと待ってよ! 普通登山って山のふもとから登るんじゃないワケー?!」
 俺たち数名を降ろして、バスはもう出発してしまった。このお寺――常楽寺と書かれている――で降りた人は、恐山を歩いて登ろうという人たちである。
 ちなみに村上嬢が叫んでいるのは、(目的の山かどうかはわからないけれど)見えている山が結構遠くにあるからだ。
 これから俺たちを案内してくれる予定のおじさんは、「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。
「笑いごとじゃないんだけど……」
「皆さんには、三十三観音像を拝みながら登っていただくんですじゃ」
「「三十三観音像?」」
 声をそろえたのは、俺とみなもちゃん。
「そうじゃ。恐山街道の脇には、三十三躰の観音菩薩像が建立されているのじゃ。これは文久元年――つまり1861年6月17日に、慈覚大師の開山一千年祭を記念して建立され……」
「説明はいいわ! どーせよくわからないから。でもなんで、拝みながら登らなくちゃならないのよ。拝むのは恐山に行ってからでいいんじゃないの?」
 村上嬢が不満げに告げる。ここから一体どれくらいの距離があるのか想像もつかないが、かなり遠いだろうことだけは確かだった。
 しかしその村上嬢の言葉に、おじさんの目がキラリと光る。
「甘いな」
「えっ?」
「あんたは何のために恐山に行くんじゃ?」
「そりゃあ……あんまりにも職運がないから、きっと先祖の誰かがすんごい悪行とかして私の職運潰してくれてるんじゃないかと思って」
「だったらあんたこそ、ちゃんと拝まにゃダメじゃ。第一番のここ・永楽寺から始まり、最後の恐山地蔵堂横の第三十三番までの観音菩薩に賽銭と供物を手向け、旅の安全と先祖の供養を祈願しながら恐山へと登ってゆくのじゃよ」
「た、旅の安全と――先祖の供養?! それはやらなきゃ!」
 どうやら俄然やる気になったようだ。
「よーしっ、行くわよ2人とも! 拝みまくって私の職運返してもらうんだからー」
 おじさんの背中を押して、村上嬢は元気に歩き始めた。
「相変わらず、現金だねぇ」
 もう声が届かないことをわかっていて、俺は呟いた。
(そこがとても”らしい”から)
 面白いのだけど。



「――あ〜、生き返るぅ〜」
 さっきまで浜に打ち上げられたトドみたいになっていた村上嬢は、冷や水(ひやみず)を口にするなり歓喜の声をあげた。
 俺も何口か飲んでみたが、冷たくてとても美味しい水だった。身体の内側を流れていく感覚がよくわかるほど冷えているのだ。
「バスでやってきても、必ずここに停まっていくんじゃよ。この水は恐山の山ひだの地中深くから湧き出てくる天然水でな。年中冷たい水が変わらぬ水量で湧き出ているんじゃ」
「へぇ、不思議ですね」
(水量なんて)
 普通その時期の降水量などで全然違ってしまうだろう。それが永遠に同じ水量湧き続けるなんて、人間がはかっていたとしても難しいかもしれない。
(それに)
「真夏でもこんなに冷たい水が?」
「ああ、そうじゃよ。地元の人には1杯飲めば10年、2杯飲めば20年長生きすると言われている、冷水たらぬ霊水じゃ」
「え……」
 凄い勢いで飲んでいた村上嬢の動きがとまった。
「私そんなに長生きしたくないんだけど……」
 その表情が面白くて、つい一言。
「まああくまで、”言われている”だけだから」
「わかってるわよ!」
 もちろんこういう反応がくることをわかっていて、言ったのだ。
「ふぉふぉふぉ」
 何故かおじさんが笑っている。
 俺は誰にも気づかれないように苦笑してから。
「――ところでみなもちゃん」
「はい?」
 先ほどから気になっていたことを訊くことにした。
「それ全部、持って行くのかい?」
「えと……ダメですか?」
 実は村上嬢が水を飲んでいる間、横でみなもちゃんは一生懸命水を汲んでいたのだ。
(いや、それは別にいいんだけど――)
 その量が、ちょっとハンパじゃない。
「いや、ダメというか……ちょっと多いんじゃないかなと思って」
「そうですか?」
 首を傾げるみなもちゃん。今は重くないのだろうか。
「うん……登るの大変だと思うよ……。君がいいならいいと思うけど」
 みなもちゃんはどうしても持っていきたかったようで、少し残念そうな顔をしていた。そこにおじさんが助け舟を出してくれる。
「お嬢さん、帰りにも寄れるから安心しなされ」
「あ、そっか」
(初めから言ってくれればいいのに)
 俺がそう思ったのは、言うまでもない。
「ほれほれ、そろそろ行かんと山内巡りをする時間がなくなってしまうぞぃ」
 おじさんに急かされて、俺たちはまた恐山街道へと戻る。
「あとどれくらいあるの? もうずいぶんと歩いた気がするんだけどー」
 村上嬢の声が「もう嫌」と言っていた。
「ふぉふぉふぉ。ここまでくれば、もう少しじゃよ。あと3分の1くらいじゃ」
「――どこが”もう少し”なのよ……」
 村上嬢は脱力している。
 俺は励ますように告げた。
「まあ頑張りましょう。景色もこんなに素晴らしいことだし」
「おお、いいこと言うね兄ちゃん。この辺はずっと南部ヒバの原生林が続いているんじゃよ」
「どうりでいい香りがするんですね」
 しかしもしかしたら、厭味に映っていたかもしれない。



■荒廃とした地獄【恐山:総門前】

「わぁ……」
 拓けた場所に出た瞬間、みなもちゃんのそんな声が聞こえた。それも仕方のないことだろう。
 砂利のしきつめられた空間はどこまでも広く、硫黄が鼻をつき、薄いもやが現実との境を曖昧にさせていた。
(”霊場”に来たはずなのに)
 地獄へ来たような気さえする。
 この先に浄土はあるのか?
 少々不安になった。
(あの人たちなら)
 きっと浄土にいるだろうと、思っていたから。
「つ、疲れたぁ……もうダメ。私歩けない……」
 一番後ろから最早四つん這いで登ってきた村上嬢は、そのままその場に崩れた。そんな村上嬢はあまり見たことがないので、俺は笑いながら。
「じゃあ負ぶってあげましょうか?」
「じょーだんでしょッ。そんなことされたら職運戻っちゃうじゃないー」
「相変わらず酷い言われようだな」
 お手上げのポーズをつくる。
「じゃああたしが――」
「ふぉふぉふぉ。お嬢ちゃんには無理だろうて」
 おじさんはみなもちゃんの言葉を遮ると、村上嬢の方へ近づいて行った。
「お嬢さん、最後の観音像がまだじゃよ。早く行かんと折角頑張ってきたのがダメになってしまうかもしれんぞ」
「はっ、そうだったわ!」
 おじさんに言われて、村上嬢は思い出したようだ。さっきまでが嘘だったように、颯爽と立ち上がった。
「おじさん! 最後の観音像はどこ?!」
「恐山の中じゃよ。参道を真っ直ぐ行った所にある、地蔵堂の横じゃ」
「わかったわ!」
 そうして凄い勢いで走っていった。
「ちゃんと入山料払うんじゃぞ〜」
 おじさんがその背中に叫んだ言葉は、届いただろうか。
「――おじさん、扱いが慣れてますね」
 その見事さに、俺が笑いを堪えながら告げると。
「ふぉふぉふぉ。わしだって昔はブイブイ言わせていたんじゃ。ああいうおなごの扱いくらいたやすいもんよ」
「はぁ、ブイブイですか……」
 不思議そうな顔で見たみなもちゃんに気づかずに。
「そう、ブイブイじゃ。ふぉふぉふぉ」
 おじさんは楽しそうに笑い続けた。



「さて、ツアーの面々はもう山内巡りを終えた頃じゃろうて。あんたたちはどうする? 見たいならわしが案内するが……」
 俺とみなもちゃんも入山して、凄い勢いで最後の観音像を拝んでいた村上嬢と合流した。それからの行動を決めかねている。
 3人で目を合わせるが、口を開く者はいなかった。
「時間的にもう遅いからのぅ。回るとしても、途中で暗くなってしまうかもしれん」
 おじさんが言葉を繋いだ言葉に、俺が応える。
「それならおじさん。招霊に向いている場所を教えてくれませんか?」
(見て回る時間がないのなら)
 目的を達してしまいたいと思ったのだ。
 するとおじさんは一瞬不思議そうな顔をしたが。
「招霊に? ――ああ、そういえば、このツアーの目的じゃったな」
「ええ……」
 どうやらちゃんとツアーの話を聞いていたようだ。
 考えるように少し唸って。
「そうじゃのう……なら、極楽浜がいいかもしれん。よくあそこから宇曽利湖に向かって、亡くなった人の名前を呼んでいる人がいるんじゃ。それはあそこが最もあの世と近い場所であると、本能的に悟っているからなのかもしれんしの」
「わかりました。行ってみます」
「――いや、待て」
 早速足を踏み出そうとした俺を、おじさんがとめた。
「わしが案内しよう」



■白とエメラルドグリーンの極楽【恐山:極楽浜】

 ”この先に浄土はあるのか?”
 入り口でそう心配していた俺は、杞憂だった。
「何これ……」
「凄いわ、水が碧!」
 村上嬢とみなもちゃんがそれぞれ呟く。
 ごつごつとした岩肌の地獄を通り抜けて、やってきた白い砂浜の極楽。なみなみと水をたたえた宇曽利湖の湖面は、何故かどうしようもないほど碧色をしていた。
(そこはまさに)
 極楽浄土に見えた。
「昔からこうなんじゃよ。美しいもんじゃろう?」
「ええ、とても!」
 瞳を輝かせたみなもちゃんが答える。
 碧といっても、コケがいちめんに生えているなどではもちろんない。本当に自然な碧色なのだ。――そう、たとえて言うなら、信号機の青のような色だ。
「本当に幻想的、だね。ここなら霊も喜んで来そうだ」
(きっと俺の両親も)
 観光気分で来てくれるのではないか。
 そんなふうに思った。
「ふぉふぉふぉ」
 その俺の言葉に、おじさんは何故か笑った。
「宿坊に行く時間になったら、迎えに来よう。それまでは頑張ってみるといい。――逢えることを祈っているぞい」
「ありがとうございます」
 そうしておじさんは、1人地獄の中を引き返していった。
「2人はどうする? 見ててもあまり面白いもんじゃないと思うけど」
 俺が2人に問いかけると、2人は顔を見合わせる。
「――と言ってもねぇ。おじさん行っちゃったし、疲れてもう動きたくないし。せっかくだから余興見せてもらうわよ」
「余興ってお前な」
「あたしは! できればお手伝いしたいんですけど……」
 みなもちゃんが喧嘩を避けるよう言葉を挟んだのがわかったので、俺は苦笑して応えた。
「オーケイ。もし俺に何かあったら、遠慮なく手伝ってもらうよ」
 村上嬢は既に少し離れた所で座っている。みなもちゃんも隣に座ったのを確認してから、俺は真っ直ぐに湖の方を向いた。
(さてと……)
 どうしようか。
 まずはそこからだった。
 招霊をしたことがないわけではない。けれどこれまで行なってきた招霊は、例えばその場所にとり憑いている霊を呼び出して始末したりするような、そこに存在しているとわかっている霊を呼び出すものばかりだった。
 しかし今回は違う。
(父さんと母さんが)
 ”ここ”に存在しているかなんて誰にもわからない。――いや、きっと存在していない確率の方が高いだろう。
 それを呼ぼうとするのだから、かなりの力が必要なのは確かだった。
(時間がかかりそうだな……)
 でもとりあえずは、やってみるしかない。
 それにこの場所だからこそ、呼びやすい何かはあるはずだった。
 両手を前に突き出し、手の平を合わせる。きつく握りしめた手の中に、やがて生まれるは灼熱の光。けれどまだ、小さい。
(父さん)
 話したいことがあるんだ。
 聞こえたらここへ来てくれ。
(母さん)
 謝りたいことがるんだ。
 聞こえたらここへ来てくれ。
 いつも招霊をするように、徐々に境界を広げてゆく。その分俺の声の大きさも強さも、より必要になってくる。相手がどこにいるかわからない以上、今回は限界がない。
(どれくらいもつかな?)
 1人苦笑した。
 ――瞬間。
「!」
 境界がどこかを、またいだ気がした。

     ★

 辺りが一気に暗くなる。
 白い砂も碧の水も、すべてが黒く染まってゆく。
(何だ……?)
 そこが意識の内側であることに、気づくのは難しくなかった。
 どうやら境界に何かが触れた時、内側に跳ね返されたらしい。
(生と死の境に触れたか)
 さてどうする――?
 こちらから戻る方法はない。外にいる2人が俺に声をかけてくれたりすれば別だが、招霊に集中していると思っているはずだからそれはないだろう。
 しかし外で何か変化が起こらなければ、自力で出ることは不可能だ。俺の知識はそれを知っていた。
(やはり無理だったのか?)
 ただその時を待つように、暗い世界を見つめていた。
 ――と。
「……やめなさい……」
 どこからか声が聞こえた。
(外か?!)
 ならば出られる。
 と思ったけれど、どうやら声は内側から聞こえているようだ。
「……ここは近すぎて危険……」
「危険? 危険ってどういうことだ」
 会話を成立させようと試みる。
「……遠くを呼ぶ前に近くが……」
 不意に、その声が誰かの声に似ていることに気づいた。
「……巻き込んでしまう。巻き込まれてしまう……」
「――母さん?」
「……危険危険危険危険危険危険……」
「母さんだろう?!」
 しかし声は、もう応えなかった。代わりにノイズがギィギィと応える。まるで俺と会話することを、邪魔しているようだった。
 それでも俺は、構わずに叫んだ。
「助けられなかったのが、とても哀しかったよ!」
 ”器”としか見られることのなかった俺を、”家族”として見てくれた両親。
(妹だけが助かったのも)
 ある意味奇跡だったのかもしれない。
 けれど俺は――
「もっと奇跡を、起こしたかったよ!」
 本当は、何を引き換えにしてもよかったんだ。それで両親が助かるなら。
 しかし俺には、そんな選択肢すら与えられなかった。
(俺があの時選べたのは)
 夏菜を助けるか助けないか、それだけだったんだ。
「間に合わなくてごめん――」
 闇は何も応えない。応えてくれない。
 ただノイズだけがうるさい。
  ――ザザーーーッ
 不意に外側で、何か大きな動きを感じた。
(! 出れるっ)
 俺の意識はその流れに乗る。その動きを逃さぬよう、全神経を集中した。



 「はっ」と、我に返る。どうやら無事に戻れたようだ。手は最初と同じように前に翳したまま、まだ柔らかな光を放っていた。
 視線を動かす。
(!)
 村上嬢が尻餅をついていて、みなもちゃんが何かよくわからないものと対峙していた。
「どうした? 大丈夫か?!」
 俺は駆け寄ると、その何かを凝視する。
「うぅ……ぐぐぐ……」
 そいつはみなもちゃんを睨んで唸っていたが、傷が深くて動けないようだった。
「なんだこれは……」
 生身の人間ではないのは明白だ。
 それから俺は、その何かを囲っている水の檻の存在に気づく。
「これはみなもちゃんが?」
 村上嬢が何の力も持っていないことを知っているので、みなもちゃんに問いかけた。案の定みなもちゃんは頷き。
「はい。あたし、水を操れるんですよ」
「なるほど」
 俺はもう一度、そいつを見やる。幽霊なのだろう。それはわかるのだが――
「大丈夫ですか? 涼さん」
「ええ、ありがとう。みなもちゃんのおかげで助かったわー。あいつは何の役にも立たなかったけど」
 その言い草に、思わず俺は「酷いなー」と呟いた。
「こっちはこっちで大変だったんだから。一応逢えたけど、邪魔が多くて声が届いたかどうかはわからないんだ」
 嘘ではない。あの声は確かに母さんのものだったのだ。逢えたと言っても過言ではない。
(そしてあのノイズ)
 まるで邪魔をするように、鳴り続けていた――。
「――邪魔?」
 村上嬢の眉がぴくりと動いた。そして檻の中に何かに目を移す。
「……邪魔ってさー、こういう人のことを、言うんじゃないワケ?」
 言われてから、ハタと気づいた。
「! まさか――俺の声につられてやって来たのか?」
 ”声”というのはもちろん、実声を表しているのではない。
「それ以外に考えられないじゃない!」
「あ、あたしもそう思います……」
「あちゃー。なるほど、ここは近すぎて危険だってのは、そういう意味だったのか」
 俺は伝えることで精一杯で、向こうの言葉の意味を考えている余裕がなかったのだ。
(ここはあの世と近すぎるから)
 呼べば呼ぶほど余計なものがくっついてくると、母さんはそう言いたかったのだろう。きっと。
 俺は小さく頭を抱えた後、気を取り直して頭を上げた。
「まあいい。こいつは俺が責任を持って還そう」
 とりあえずはそれからだ。
「当たり前でしょ! てか早くやってよ。物凄くキモイんだからぁっ」
「ハイハイ」



 俺が無事に霊を還した後、ちょうどあのおじさんが迎えに来た。
「――おじさん、アメをほしがる霊って、知ってますか?」
「ああ、知っとるよ」
「「「!」」」
 宿坊へ向かう道すがらみなもちゃんが訊ねると、おじさんはあっさりと返事をした。2人からあの幽霊がアメをほしがっていたことを聞いていたので、俺も一緒になって驚く。
「この辺りじゃ有名な話じゃ。ある晩ふもとの村の駄菓子屋に1人の若い女性がやってきてな。痩せた身体で1文を出して、アメを買って帰ったのだそうじゃ」
「……それだけ?」
「まさか。その次の日も、そのまた次の日も、辺りが暗くなってからその女性がやってきて、アメを買っていった。それからは一日おきに同じ時間にアメを買って帰っていくようになったのじゃ」
「それで?」
「それが幾度となく続いたある晩、同じ時間にやってきた女性の姿は、見る目にも気の毒なほどやせ衰えていて、やっと歩いているという感じじゃったそうだ」
「!」
「そしてこう言った。いつものアメを下さい。自分にはもうお金がないから、アメの代わりにこの櫛をもらって下さい。お金がないからもう2度と来ない。その代わりどうか、アメを下さいってな」
 宿坊はもうすぐそこだ。物語のクライマックスも近い。
「あまりにも淋しそうに哀しそうに話す女性を見て、駄菓子屋の主人は女性のあとをつけてみた。そうしたら女性は墓場へと消えてゆき、その墓場には何故か赤ん坊の泣く声が響き渡っていたというんじゃ」
「それで――その主人ってのはどーしたの?」
「だらしのないことに怖くなって逃げ帰ったんじゃがの。その噂が村中に広がると、早速村の連中はくだんの墓場へと行ってみた。そしたら不思議なことに土の中から赤ん坊の声がするじゃないか。掘り返してみると、死んだ母体がしっかりと赤ん坊を抱いていたという」
「…………」
 何だか酷く、哀しい話のように思えた。
「これは赤ん坊が生まれそうな臨月の若い母親が急死して間もなく起こった、妖怪物語と言われておるよ」



■伝えたい言葉【恐山:極楽浜】

 翌日。
 恐山をあとにする前に、俺はもう一度極楽浜へとやってきていた。
 静かな水音と、カラカラ回る風車。あの時のように、ノイズは聞こえない。
 ”現実”の宇曽利湖。
(それでも――)
「俺の声は、届いたんだな」
 呟いた声は風に消える。けれどちゃんと届いていることを、昨日知ったから。
「妹はちゃんと、俺が立派に育て上げて見せるよ」
 2人がいないことは、ハンディになんかならない。
(そのために、俺がこちら側にいる)
「だから安心して、眠っていてくれ――」
 本当に伝えたかったのは、この言葉だった。
(自分の責任の重さを)
 俺はちゃんとわかっている。
 惰性で一緒に、暮らしているわけじゃない。
 必ず守るから。
(俺を信じて)
 いつか仇を討つ日を。
 待っていてほしかったんだ。
(望んでいないだろう?)
 そんなことはわかっている。
 けれど俺たちは、もう後には戻れない。
 だからそれは、俺の決意表明だった。
(――今、わかったよ)
 こういうあの世と近い場所は、死者のためではなく生者のためにあるのだということは、最初からわかっていた。生きている人がまだ見ぬ浄土を思い、死者の幸福と冥福を願い、自分の悲しみを癒す場所。
(でも本当は、それだけじゃない)
 悲しみから立ち上がり、前へ進むために。
 未来を約束するために。
(どうしても必要な、場所であったんだ)
 少なくとも、俺にとっては――。

■終【恐山で逢いましょう】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|PC名   |性別|年齢|職業
1252|海原・みなも|女性|13|中学生
0381|村上・涼  |女性|22|学生
0922|水城・司  |男性|23|トラブル・コンサルタント



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
 村上嬢との掛け合いを書くのがとても楽しかったんですけれど、今回は一応休戦中ということでなるべく控えさせていただきました(笑)。お2人の関係の解釈など、ずれている部分がありましたらお知らせ下されば嬉しく思います。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝