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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


化け猫騒動

【オープニング】

「おい、貧乏探偵。依頼だ。ありがたく受けろよ」
 お世辞にも立派とは言いがたい草間武彦の興信所に、その無礼な珍客が姿を現したのは、冬将軍が勘違いをして二ヶ月も早く来てしまったかのような、ある恐ろしく寒い秋の真夜中のことだった。
 これと言って用事も無いくせに、つい深夜番組などを見て夜更かししてしまった草間は、さっさと布団に入らなかった自分を、かつて無いほど激しく心の中で罵った。ドアに鍵をかけ、カーテンを閉め、電気も消して、既に就寝体勢に入っていれば、居留守を使って上手くやり過ごすことも出来たはずなのに……もはや完全に後の祭りで、迷惑な客人は、草間が恭しく事務所のソファに導いてくれることを、さも当然という顔をして待っている。
「…………何か用かよ。東条克也」
 愛想のかけらも無い声で草間は言ったが、東条は気を悪くした風も無い。日本人にしてはかなり長い両足を、これまた日本人らしくなく、威風堂々と前に進めて、勝手に部屋の中に上がり込んできた。
「用が無ければ、こんな汚い事務所に誰が来るか。掃除くらいしろ。どうせ暇なんだろ」
「こう見えても忙しいんだよ。毎日毎日、高尚な調査が山のように……」
「ほう。その高尚な調査を、下着に水着姿の頭の軽そうな即席アイドルを見物しつつ、整理していたというわけか」
 テレビから、黄色い女の声がわんわんと響いてくる。草間は慌ててリモコンに飛びつき、電源をオフにした。
「何の用だよ。東条グループの御曹司が」
 そう。彼、東条克也は、日本でも有数の財閥グループ、東条一族本家の長男にして、押しも押されもせぬ時期総帥様なのである。金を持っているのは言うまでも無く、長身美形、テニスは国体で優勝してしまうほどの腕前であり、さして苦労もなく東大にすとんと入り、留学先の某有名英国大学では書いた論文が教官たちの大絶賛を浴びるという…………まさに世の中の不公平を一身に集めたような、とんでもない存在なのだ。
 ただし、神は二物を与えずの例に洩れず、一つだけ、この完璧な人間にも弱点はあった。お化けだの幽霊だの妖怪だの、早い話、そういう類のものに、異様に好かれてしまうのである。
 本人にとっては不本意極まりないことではあるが、こればかりは、努力や根性でどうこう出来る問題でもない。結局、トラブルに巻き込まれるたびに、草間興信所へと通い詰めることとなり、そこから、この貧乏探偵との腐れ縁が始まった次第であった。
「……………もしかして、また、連れてきたのか?」
 呆れたような草間の問いに、東条は、途端に顔を曇らせた。豪胆なこの男にしては、珍しい、苦渋に満ちた表情だった。
 自分が幽霊に愛される程度なら、東条は決して顔色を変えたりしない。憑り付いた心霊現象を一喝し、逆に追い払ってしまったこともあるほどだ。これは普通ではないな、と、草間はやや姿勢を正した。
 いつでも仲間たちに素早く連絡できるよう、無意識のうちに、携帯を上着のポケットの中で握り締める。
「何があったんだ?」
 草間が尋ねた。東条が答える。
「妹の……舞のことなんだ」
「舞さん?」
 草間は携帯を取り出した。電話をするには明らかに非常識な時間帯であるが、この際、無視する。超嫌な奴の克也が相手なら、多少困っていても明日の朝まで放置しておくが、妹の舞となれば話は別だ。
 あんな良い子は滅多にいない。素直だし、可愛いし、兄と違い、金持ちのくせに依頼料を出し惜しむということもないし、これは何としても助けてやらなければ!
「舞さんがどうしたんだ?」
「実は……」
 呟いたきり、東条は黙りこくってしまった。奇妙に長い間をおいて、やがて、ようやく、次の言葉を吐き出した。
「舞が、猫になってしまったんだ」

「……………………は?」

 草間の口から、この上も無く間抜けな声が流れ出たのは、言うまでもない。





【草間からの電話】

 草間が、海原みなもに電話をかけたのは、実は、携帯の操作ミスだった。
 実は、草間は、周囲の人がそう思っているよりは、はるかに凡人で常識人である。周りにとんでもないのが溢れ返っているだけで、本人は地味に普通に働いていたいのだ。
 したがって、深夜の一時に女子中学生の家に電話をかけないくらいの気遣いは、当然、持ち合わせている。
 この時間でもしっかり起きていそうな、少しばかりヤクザな職業の男の家にかけたつもりだったのだが、繋がって電話口に出たのは、海原みなも十三歳であった。
「しまった。間違えた……」
「草間さん? どうしたんですか?」
「ああ、いや。それより、ずいぶん夜更かしだな。子供はもう寝る時間だぞ」
「すみません。ネットでちょっと調べものしていたら、遅くなっちゃって。それより、草間さん、どうかしたんですか? もしかして……何か事件ですか?」
「いや。事件というか何というか。まぁ、依頼には違いないんだが」
「依頼ですか? 私、やりますよ! どんな依頼なんですか?」
「化け猫だ」
「化け猫?」
「そう。妹が、猫になったというんだ」
 たっぷりと一分間、会話が途切れた。みなもは、依頼者は、精神異常者ではないのか、酔っ払いではないのか、たちの悪い悪戯好きではないのか、脳裏に浮かんだ様々な疑問を一時心の中に封じ込め、努めて冷静に聞き返した。
「と、とりあえず、その方から、お話を聞きたいですね」
「事務所に来れるか? ここまで来たら、東条が屋敷まで送ってくれるそうだ」
「東条……さん? 依頼者の方ですか?」
「そう。東条グループの御曹司だ。ああ、そうだ。言い忘れるところだった。依頼料は、一人、十万円」
「十万!?」
「妹を助けてくれるなら、十万でも百万でも惜しくはないとさ。もっと吹っかけりゃ良かった……」
 草間の呟きを、みなもは既に聞いていなかった。十万円は、中学生の臨時小遣いとしては、明らかに最高金額である。あれも買える。これも買える。欲しくても諦めざるを得なかった物たちが、びゅんびゅんと高速で目の前を過ぎって行った。時給八百五十円のレストランのバイトなど、アホらしくてやってられない!
「行きます! その依頼、受けます! 草間さん、ありがとうございます!」
 お金は手に入るし、猫には触れるし、いいバイトだわ〜と呑気に思った、海原みなも、十三歳。繊細な見かけによらず、なかなか剛毅な主のようである。





【猫化の理由は】

 とりあえず、草間が選んだ五名を連れて、東条は、自身が運転してきたランクルに乗り込んだ。金持ちなんだから、扱うのはベンツか、と思ったが、東条は車の種類にはこだわりが無いらしい。
 運転をしながら、ぽつぽつと事の経緯を語ってくれた。
「二週間くらい前から、舞の様子がおかしくなったんだ。口数は減ったし、居間にも顔を出さなくなった。いつも部屋に閉じこもって……。ひどい時には、学校もさぼるようになった」
 それだけではない。夜中こそこそと厨房に現れては、冷蔵庫の生魚の缶詰を漁るなど日常茶飯事だし、物を大切に扱うはずの彼女が、しょっちゅう部屋の備品を壊すようにもなっていた。
 舞が、猫の鳴きまねをしていたところにも、何度か出くわしたことがある。妹が、あの愛らしい顔で、真剣ににゃーんと鳴いている場面を見てしまったときなど、東条は本気で現実逃避したほどだ。
 これはおかしい。これは異常だと、ある日、心を決めて妹の部屋に乗り込もうとしたところ……。
「悲鳴が、聞こえたんだ。舞の」
 慌ててドアを叩いたが、扉は内側から鍵をかけられているようで、びくともしなかった。大丈夫かと呼びかけると、いやに弱々しい声で、妹の、大丈夫という声が聞こえてきた。
 絶対に開けないでと、彼女は叫んだ。切羽詰ったその様子は、かえって兄の不安を増大させた。
 一時間ばかりは、妹を信じて様子を見ていたが、やはり気になって仕方ない。来るなと念を押されてはいたが、ついに我慢しきれなくなって、再び妹の部屋に行ってみた。
 扉は、やはり、硬く閉ざされていた。しかも、今度は、いくら呼びかけても返事がなかった。その代わりに、猫の声が、唐突に響いた。舞、という東条の呼びかけに答えるように、猫は鳴き続けた。
 やむを得ず、体当たりしてドアを蝶番ごと壊し、中に転がり込んでみると。
「部屋には、大量の血痕があった。舞の姿はなかった。代わりに、猫がいた。あれを猫と呼んでいいなら…………の話だが」
 東条は力なく笑った。
「正直、お手上げだ。俺自身、妙なものを呼び込む体質らしく、変わった経験は多数積んでいるが……こんなのは初めてだ」
 
 
 


【いざ化け猫退治?】

 東条舞は、確かに美少女だった。
 腰まで届く、長いさらさらの黒髪。黒目がちの、二重の大きな双眸。おっとりとした、大和撫子を絵に描いたような美少女だ。実物は、見せられた写真よりも、さらに五割増で綺麗だという。
 その彼女が猫になったのだから、誰もが、美しい毛並みのしなやかな姿を想像した。
 優美なヒマラヤンか。典雅なロシアンブルーか。あるいは高貴なシャムなんてのも。
 なんにせよ、美少女の化身した姿は美猫でなければならないのだ。それはお約束のはずだったのに……。
「……………猫、か?」
 深夜に案内された東条邸の、舞の部屋。ここに、五人はいた。依頼を押し付けたら、後は極めて人任せの草間の姿はない。東条が、憮然とした表情で、彼らの後ろに立っている。
「その猫が舞だ。何とかしてくれ」
 部屋の真ん中に、猫はいた。睡眠の最中らしく、丸くなっていた。五人を見ても、特に慌てる様子もない。のろのろと顔を上げ、ふはぁと大あくびをした。立ち上がり、のびをした。
「…………でかい」
 そう。猫はでかかった。とてつもなくでかかった。二十キロ……いや、二十五キロ、あるいは三十キロはあるかもしれない。これを猫と呼んだら、もはや猫全体に対する無礼としか思えないような、凄まじいまでの巨体であった。並みの犬が、小さく見える。
「これが舞さん?」
 が、しかし。どう考えても、天下の美少女と目の前の巨大猫は、結びつかない。
「あの。すみません。舞さんですか?」
 どこまでも礼儀正しく、みなもが尋ねる。猫はぶにゃあ、と返事をした。姿もすごいが、声はもっと凄かった。意識していなければ、これを猫の声だと識別するのは、困難だったに違いない。
「お返事はしてくれましたが」
「今の……返事か?」
 蓮がこめかみを押さえる。本気で頭痛を感じているようだ。無理もない。
「人間の知能が多少でも残っているのなら、紙に書いてもらうとか、何かたずねて返事をしてもらうとか、やりようはあるけど……」
 猫は、絨毯の上で、腹を丸出しにして、ごろんごろんと一人で戯れている。どう考えても、人間のとる行動ではない。
「とりあえず、捕まえてみるか」
 このまま見ていても埒があかない。もっともな蓮の提案に従い、皆が猫の捕獲体勢をとった……その瞬間。
「ふぎゃーっ!!!」
 猫が怒った。どうやら、彼らを自分に仇なすものだと判断したらしい。猫はいったん低く身構えると、後ろ足で力いっぱいジャンプした。標的は、日向だった。
 さすが猫。常識はずれの化け猫でも、猫は猫。猫嫌いの人間を、即座に見抜いたわけである。あまりのことに、硬直してしまっている日向の顔面に、猫ははっしとしがみついた。ぶみゃあ、と、例のだみ声で鳴いた。
「うわああぁぁぁぁ!」
 忘るることなかれ。ただの猫ではない。三十キロを誇る巨大猫である。それが高々と宙を舞うだけでも、猫嫌いにとっては怖気が走るほどに怖いのだ。
 日向は、今この時点で出来る最大の防衛方法を、反射的にとった。すなわち、日和と交代したのである。日向と日和は一つの肉体を共有する二つの人格であるが、性格は百八十度の開きがある。猫が好きで好きで仕方ない日和は、猫が大嫌いな日向に代わり、可愛い!と歓声をあげ、逆に猫にしがみつき返した。
「あーっ! ずるい! ずるい! あたしもあたしも! 猫ちゃんおいでーっ!」
 壱華が叫んだ。手にはマタタビ、猫じゃらし。事前にちゃっかり猫グッズを用意してきたらしい。それにしても、化け猫と初めから戯れれるつもりだったのか。この少女は。一応、事件の調査のために訪れたはずなのだが……既に自覚はない。
 猫はマタタビの匂いに釣られて、今度は壱華の腕の中に納まった。さすがに三十キロもあると、抱きつき甲斐がある。壱華は大喜びでマタタビを放り投げた。マタタビ袋は、綺麗な放物線を描いて、猫好きなのに猫に触れない青年の足元に落ちた。
「あ。い、嫌な予感するわぁ〜」
 ひきつった和夜の声に答えるように、猫が振り向く。にぃ、と笑った。少なくとも、和夜には、そう見えた。猛然とダッシュしてくる。可愛いんやけど。可愛いんやけど……。
「はぁっくしょん!! あ、あかん! やっぱ無理や! 近寄ったらあかんて〜! ふぇっくしょいっ!」
 猫好きなのに、猫アレルギー。ある意味、一番可哀相な人かもしれない。神秘の力の水晶眼すらも、怒涛のように襲い来るくしゃみのせいで、使うことがままならない。猫は和夜のズボンをよじ登り、シャツにぶら下がり、首に絡みつき、頬にスリスリした……。
 どうやら、和夜を気に入ったらしい。相手が胡椒を頭から浴びたようにくしゃみをしていることなどには、頓着しない。
 そして、その場にいた女性全員が思った。「舞さん、もしかして、男好き!?」
「ふぇぇっくしょいっ! あ、あ、あ、あかんて〜! 本気で……っくしょい! 息が……っくしょん!」
「た、大変! 大丈夫ですか、榊さん! 今、助けますから!」
 みなもがべりっと猫を引き剥がす。猫は未練がましく手足をばたばたさせていたが、みなもに抱き締められると、それはそれで寝心地が良いと気付いたらしく、ごろごろと喉を鳴らした。私は調査員なんです!と努めて自らを律しようとしたみなもだったが、元来猫好きであるから、こんな風に甘えられると、ついつい頬が揺るんでしまう。
「か、可愛いです……」
「やーんっ! あたしにも抱かせてよぉ! 猫ちゃん、こっち!」
「あたしもあたしも! もっと触りたいよ! ふかふかなの! 尻尾もふさふさ!」
 三人の女の子たちに、かいぐりかいぐりされて、猫はむしろ嬉しそうにひっくり返っている。サイズがサイズなだけに、複数人に構ってもらった方が、ちょうど良いのかもしれない。
 それにしても、と、一人冷静に、香坂蓮は思う。
「あれ、ただの、猫だ……」
 サイズは非常識だが、その他は、どう考えてもただの人懐っこい猫である。とてもじゃないが、人間が化けたもの、などとは考えられない。
「そやな。あれ、ただの猫や。力を使うまでもないわ」
 くしゃみ地獄から復活した和夜が、同意する。青年二人は、現実的だった。妹が猫になった!などとわけのわからないことを口走る財閥御曹司より、よほど常識的である。
「変だと思ったんだ。本当に化け猫なら、何か霊的な力を感じてもいいはずだからな」
「いよいよわからへんかったら、力使うつもりやったけど……。必要なかったわ」
「…………ったく。こんな真夜中に叩き起こされて、結果は勘違いか。迷惑な金持ちだ」
「あら。でも、あんな大きな猫を、心行くまでたくさん触れましたよ? あたしは満足です」
 みなもが猫をあやしながら、ニコニコと頷く。
「でもよ。だとすると、この血は何だ? それに、この猫がただの猫なら、舞ってのは、今度は行方不明って事じゃねぇか」
 日和から再び日向にチェンジした彼が、もっともな意見を述べる。猫を両手に抱えて、壱華も皆の輪の中に加わった。日向がじろりと壱華を睨んだ。
「そのドラ猫、絶対に離すなよ。責任もって、おまえ、しっかり掴んでろよ」
「こーんなに可愛いのに。ほらぁ!」
 お約束のように、猫を突き出す。日向は三歩も退いた。本気で怖いらしい。
「こ、こ、こ、このくそ鬼ガキ! そのおぞましい生き物、この俺に近付けるなっ!」
「ひどいなぁ〜。ね、ね、和夜ちゃん!」
 今度は和夜に猫攻撃。もはやイジメである。集まったメンバーが、全員猫嫌いだったら……まさにこの場は修羅場と化していただろう。猫好きを集めた草間の人選に、微妙に感謝した面々だった。
「ふあぁっくしょいっ! いや、壱華さん、それあまり近付けないでもらえる……っくしょいっ!」
「没収」
 蓮が壱華の手から猫を取り上げた。小さな壱華の体と比べると、ある程度幅のある成人男子の蓮の腕の中はすこぶる居心地が良いらしく、猫はぎゅううと蓮にしがみついた。あのだみ声で、可能な限りの甘えた声を出す。
 やはり、この猫、どうやら女より男の方が好きらしい。
「……なんか、蓮さんに懐いていますね」
 ちょっと羨ましそうなみなも。
「絶対に離すな! …………うわっ!」
 蓮の腕の中から伸び上がった猫に、いきなり額をべろんと舐められて、思わず石化する日向。
「あ。あ。あ。あたしも舐めてっ!」
 三十キロの巨体猫の舌を想像してみてもらいたい。お世辞にも可愛いとは言えないはずなのだが……小鬼の彼女に、気持ち悪いとか怖いとかいう感覚はないようだ。
「ええなぁ……。くーっ! 猫アレルギーのこの体が憎いっ!」
 羨ましがっている青年が、ここにも一人。アレルギーの元凶でも、やはり猫は好きなのだ。
「……と?」
 不意に、和夜が、すっと目を細めた。ほんのわずかに、眼鏡を顔からずらす。牛乳瓶底メガネの奥の、稀有な黄金色の瞳の輝きが、闇の中で強さを増した。全てを見通す「水晶眼」が、何か重要なものを発見したようだった。
「謎解きの時間や。主役が来なはったで」
 全員が、和夜の言葉に振り向いた。
「ごめんなさい!」
 写真よりも五割増しで美人の東条家令嬢が、床と水平になるほど深々と頭を下げて、謝った。





【蓋を開ければ】

「最初から、説明しますね」
 五人は、東条家令嬢の案内で、応接室に通された。猫は、今度はみなもの膝の上に陣取っている。男の膝より、女の子の膝の方が寝心地が良いと看破したのである。嫌な千里眼だ。さすが化け猫と間違われるだけのことはある。
「私、マデリーンを、ペットショップで見つけて……。どうしても欲しくて、勢いで買ってしまったんです」
「マデリーン?」
 蓮が不審そうに猫を見る。猫は視線を受けて、例の猫らしくない声であおんと答えた。
「この子の名前です」
「マデリーンって、確か、イギリスの貴族令嬢なんかに使われる名のはずだけど」
「はい。この子にぴったりでしょう?」
「……………あ、そう、だな」
 深くは気にしないでおこう。蓮は思った。東条兄妹は変だ。変な奴に常識的に対応していても、疲れが増すばかりである。
「でも、うちの兄さん、ひどい猫嫌いなんです。見つかったら捨てられると思って……。部屋の中で、こっそり飼っていたんです。だけど、しつけのために学校を休んだり、餌が足りなくて冷蔵庫から夜中に持ち出したりしているうちに、兄さんに怪しまれてしまって」
「そりゃそうだ」
 すかさず突っ込む日向。ここで草間にしたように嫌味を言わないのは、相手が美少女だからである。彼は女の子には優しい。
「血はどうしたんや? あの血がなければ、こんな騒ぎにもならんかったやろ」
「この子が脱走してしまって。ちゃんと戻ってきてくれたんですけど、烏を捕ってきたんです。あの血は、烏の血です。私、すっかり吃驚してしまって、思わず悲鳴を上げてしまって。そしたら、兄さんは部屋の外で大騒ぎするし……」
「猫の鳴き真似していたって、聞きましたけど……」
 みなもの問いに、舞はぱっと顔を赤らめた。
「や、やだ。それも兄さんが言ったんですか?」
 蓮は頷いた。精神的に疲れが溜まってきたらしく、何だかかなりぐったりしている。
「普通、不安になるよな。自分の妹が、猫の鳴き真似なんかしたら」
「うちの子、時々、寂しがって鳴くんです。やっぱり、外にも行けないし、友達もいないし、つまらないみたいで。それで、その……。声が、部屋の外にどうしても洩れちゃって。誤魔化すために、私が猫の鳴き真似しているってことにしようと思って……」
「それ、かえって怪しいで。舞さん」
「うう……。ごめんなさい」
 五人は、一斉にソファの背にもたれかかった。化け猫の正体見たり……である。
 猫はただの猫で、ご令嬢はそれをコソコソと飼っていただけだった。血はカラスの血で、舞はその烏の残骸を片付けに出ていたため、姿が見えなかったのである。あまりといえばあまりな真相に、誰もが脱力感を拭えなかった。
 戻ってきたら、霊媒師やら人魚の化身やら鬼っ子やらがいて、舞の方こそ驚いただろう。しかも、肝心の兄は逃げてしまっていた。妹の姿を見るなり、俺は仕事を思いついた、と、屋敷を出て行ってしまったのである。
 自分の激しい勘違いに気付き、でも謝るのは癪だから、その場から消えたのだ。全く、二十七歳にもなって、子供のような男である。
「お金は、私の方からお支払いします。お一人さま、十万円……でしたね。明日にでも、草間興信所に届けます」
 なるほど。妹の方は、草間の言ったとおり、良い子のようだ。その場にいた全員が安堵した。これで料金を踏み倒されるようなら、ビルを片手で崩す怪力で暴れまくってやろうと考えていた壱華だったが、その必要は無さそうだ。

「本当に、ご迷惑をおかけしました……」

 深々と頭を下げる舞に見送られながら、一同は、東条邸を後にした。
 時刻は三時を回っていた。
 こうして、草間興信所にもたらされた、夜の化け猫騒動は、一応の解決を見たのである……。





【真相の真相】

 草間の調査員たちがそれぞれ戻って行った後、舞は、自室に戻り、猫に話しかけた。
「ねぇ。ばれなかった? 大丈夫だった?」
 猫はきゅっと目を瞑った。巨体をのろのろとベッドの上に移動させると、一つ大あくびをして、そして、言った。
「平気平気。うまく誤魔化せたわよ。アタシが百年を生きた本物の妖猫だなんてこと、ぜーんぜん、気付かなかったみたいよ」
「それなら良いけど……。ちょっとヒヤリとしたわ。だって、なんか、あの人たち……揃いも揃って、普通じゃない感じがしたから」
「そうねぇ。あの子は、鬼の子ね。悪鬼じゃなくて、神族の方。淫魔サキュバス。高位の魔性ね。まだ幼態だったのが救いだったわ。髪の青い女の子は、たぶん、水霊……人魚の一族だわ。水に関わることでは、龍と張る力を持っているのよ。それから、あの金色の目! 初めて見たわ。水晶眼よ! ちょっと感動ね。そして、上天の光を纏った男の子。あらゆるものを浄化する、人間が持つ力の中では、最高位のものの一つよ。あんなとんでもない連中が、一堂に会するなんて……ぶるぶる……考えただけで怖すぎるわ」
「あなたが妖猫だってわかったら、大変なことになってた?」
「殺されていたかもね。アタシは確かに妖猫だけど、大した力は持っていないもの。五人全員どころか、一人を相手にしても、かなわないわね」
「そう……」
 ほっ、と、舞は、詰めていた息を吐き出した。安堵の溜息だった。
「兄さん、ほら、変なものに憑かれやすいでしょ? でも、あなたが来てから、弱い霊くらいなら、追い払ってくれるようになったから……感謝しているの。本当に。これからも、兄さんを守ってね」
「まぁねぇ。アタシも、あの人の妙な気配に引き寄せられた一匹だから、わかるけど。あんなに魑魅魍魎の類に好かれやすい人、ちょっといないわよ。気をつけてあげることね。あの妖怪カラスも、そのいい例だし」
「うん……」
「辛気臭い顔しないのよ。暗い心は、暗い気配を引き付けるわ。大丈夫。アタシがいる限り、あんたの兄さんを、みすみす変な奴らに引き渡したりしないから」
「ありがとう……」
「お礼は、最高級の猫缶でね」
 ふふ、と、猫と少女は笑いあった。人と妖猫、種族も寿命も違いすぎるのに、明らかに、奇妙な友情めいたものが、そこにはあった。





【やっぱり勝者は】

 深夜の三時過ぎでは、適当な交通手段もない。やむを得ず、二人と三人に別れて、彼らはタクシーを拾うことにした。
 実年齢はともかく、見た目だけは若い女の子たちを、青年二人は優先した。下手をすれば、人間ではない彼女らは、人間である彼らより、物理的にとんでもない力を持っていそうだが……そんなことを気にしていては、怪奇探偵の元では働けない。
「気付いたか?」
 深夜のタクシーの中で、蓮が口を開いた。運転手の存在を気にして、普段よりかなり低い声になっている。
「そやなぁ。あの妖猫さんは、ばれんかった思うとるみたいやな」
 のんびりと、和夜が答える。こちらは、あまり第三者の存在を気にしていないようだ。
「悪い気配は、無かった。いや、むしろ……」
「あれは、守っとるで。間違いない。この眼は、飾り物でないやさかいな」
「ああ……。そっとしておくのが一番、だな」
「そやそや。野暮はやめとき」
「俺たちの仕事は、彼女を助けること。あの猫は、彼女にとって、無くてはならない存在……そういうことか」
「任務は完了や。くしゃみにはえらい目に遭うたけどな」
「猫は懲り懲り?」
「いや! それでも猫はええでー。やっぱり猫が好きや!」
「………懲りろよ。おまえ」
「この程度で懲りたら大阪人やっとられんわ!」
「………変な奴」
「何をいまさら。草間事務所の下請け捜査員は、変でなければ勤まらへんでー」
「………おまえ、遠まわしに、俺も変だって言ってないか?」
「何や。結構、勘鋭いんやなぁ」
「否定しろよ……」
「正直は美徳の一つや。嘘は良くないで〜」





【やっぱり勝者は】

 深夜の三時過ぎでは、適当な交通手段もない。やむを得ず、二人と三人に別れて、彼らはタクシーを拾うことにした。
 三人の少女たちは、先にタクシーを拾うと、当然のようにいそいそと乗り込んだ。人間などよりよほど強い彼女らのこと、暗い夜道を用心する必要など全くない訳であるが……それをあえて口にして、鬼の怪力だの淫魔の精神操作だの流水の攻撃だのの餌食にされたら、たまったものではない。人間の男二人は、謹んで彼女らを見送った。
「ねぇねぇ、あの猫ちゃん、あたしの仲間だよね?」
 後部座席で、壱華が嬉しそうに足をぶらぶらさせる。同じく後ろのシートに座っている日和が、頷いた。
「うんうん。あの猫さん、あたしたちと同じ気配がしたよ」
 助手席に座っているみなもが、くすりと笑った。
「なんか、一生懸命で。可愛かったです」
「あの猫、飼いたかったなぁ。樹ちゃんに頼んでみようかなぁ」
「駄目ですよ。あの猫は、守り神みたいなものなんですから。東条の家にいたほうが良いんです」
「けっ。あんなケダモノ欲しがるなんて、悪趣味のきわみだぜ」
 日和から日向にまたもチェンジして、淫魔の少年が呟いた。良い子の日和は既に就寝時間のため、短時間しか交代できないのである。
「日向ちゃん、悲鳴上げていたもんねぇ。あーんな可愛い猫ちゃんに。ふかふかで、気持ちいいのに。触れないなんて、かわいそー」
「てめぇ……。よっぽど俺と喧嘩したいみたいだな……」
「いいよ。壱華と喧嘩する? でも壱華強いよ?」
「上等だ。最近、体動かしてなくて、鈍り気味だったからな。久々に暴れたいぜ」
 助手席から身を乗り出して、慌ててみなもが二人を止めた。
「駄目です! タクシーの中なんですよ? 喧嘩なんて、絶対に駄目です!」
 お子様二人が、むぅぅと睨み合う。
 見かけの年齢は、三人とも大差ないはずなのだが、性格の違い故か、みなもがお姉さんのような役割になっていた。
「まぁ、ここは、みなもの顔を立ててやるよ」
「うーん。壱華も、やめた。後で樹ちゃんに怒られるの、やだもん」
「良かった」
 人魚の少女は、にっこりと笑って、周囲の気温が氷点下にまで下がるような恐るべき発言を、何気なく醸し出した。
「あたしも、二人の体内水分をナノレベルで操って、蒸発消滅なんて、させたくないですから。仲良くするのが、一番ですよね?」
 妖怪変化が三人も集まった場所に居合わせた、タクシーの運転手こそが、一番の被害者であろう。
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2021 / 馬渡・日和&日向 / 両性 / 15 / 中学生(淫魔)】
【1532 / 香坂・蓮 / 男性 / 24 / ヴァイオリニスト(兼、便利屋)】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生】
【1619 / 葉山・壱華 / 女性 / 12 / 子鬼】
【2084 / 榊・和夜 / 男性 / 21 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ソラノです。
 実は、今回の依頼が、OMCでの初仕事です。お申し込みくださった皆さん、ありがとうございます。
 
 オープニングに状況説明が少なすぎて、非常に扱いにくい依頼だったと思います。
 受注の内容から、シリアスよりはコメディをお求めの方が多かったようなので、予定通り、そっち系で走ってみました。
 全員、猫と戯れます。体重三十キロの、だみ声の、ありえない巨体猫ですが……。
 プレイングを生かしきれなくて残念ですが、気楽に読める内容に仕上がりました。少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

 異様に速い納品となりましたが、一人一人、大切に書かせていただきました。
 また、どこかでお会いできれば嬉しいです。
 今回は、ありがとうございました。