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<東京怪談・PCゲームノベル>


恐山で逢いましょう

■羽澄・静夢編【序】

「――ふむ、恐山か」
 ”格安恐山ツアー”という見出しだけ読んで、俺の頭は物凄い回転を始めていた。
(恐山といえばイタコだよな)
 そしてイタコといえば口寄せである。
 死者や神を降ろしたり、占いなどをするというイタコ。
(――そんなイタコをつくることができたら)
 「誰でもイタコになれちゃうぞ」的な薬を作ることができたら、なんて素晴らしいのだろう!
 そんな思い付きから、俺はこのツアーへと参加することにした。
 その記事をちゃんと読んでいなかったことを後悔するとは、夢にも思わずに……。



■衝撃の事実【恐山:総門前】

「――で、イタコはどこにいるんだ?」
「え?」
 新幹線とバスを乗り継いでやってきた恐山。長時間座っていたため疲れていないと言えば嘘になるのだが、そんな疲労よりも興味が勝っていた。
「だからイタコだよイタコ!」
 これから皆を山内へと案内しようというバスガイドを捕まえ、俺はしつこく詰め寄っていた。
(イタコの能力を)
 自分のこの目で見て、その能力を発揮できるような薬を調合しようというのが今回の目的だ。まずはイタコがいなければ話にならない。
 話にならないのだ。
 両肩を掴まれて前後に振られているバスガイドは、まるで扇風機のまん前で話す子供のような声を出した。
「イタコはいませんよ〜。このツアーの目的、ご存知ないんですか〜?」
「――何?」
 俺が手をとめると、バスガイドはふらふらしながらも俺にあの雑誌――月刊アトラス9月号を差し出した。
「ほら、ちゃんと見て下さい。”イタコがいなくとも亡き人の霊と接触することは可能か”ってここに書いてあるじゃないですか。今の時期イタコはいないんですよ」
 俺の頭の中が、文字通り真っ白になった。
「なんだってぇぇぇーーーーっっ?!」
 船出前から座礁である。
「冗談じゃない! 俺はイタコの口寄せを見るために参加したんだぞっ。イタコを出せ! 今すぐ出せ!!」
「無理ですよ〜。諦めておとなしく観光して下さい!」
 バスガイドはそう言い捨てると、他のツアー客を率いて中に入っていってしまった。
「そ、そんなぁ……」
 いくら格安とはいえ、わざわざお金を払い時間をかけてまでやってきたのである。タダでは帰れない。
「――イタコになれる薬を作ろうというのだぞ……」
 誰に言うわけでもなく、口にした。
「そんな素晴らしい薬を作ろうと言うのだぞ?!」
 その声は硫黄の臭いに紛れて消える。
「……うぅ……」
 虚しく響いたのは、俺のすすり泣く声だった。



■奇術師とイタコ【恐山:極楽浜】

(こうして泣いていても仕方がないな……)
 やっと気を取り直した俺は、ツアー客に遅れること1時間(長っ)。入山料を払って総門をくぐった。パンフは貰ったが見るつもりは(今の所)ない。キョロキョロと辺りを見回しながら、適当に歩いてみる。
(この臭いは硫黄だったな)
 イタコがいないならせめて、他の薬を。硫黄で何かできないだろうか。
 煙とともに硫黄を吐き出す噴気孔は、どうやらここでは”地獄”と呼ばれているらしい。至る所に○○地獄という看板が見えた。
 ごつごつした岩肌そのままに、紅く変色した箇所はその硫黄のためか。
(不思議だな)
 本当の地獄と言われても、信じるかもしれない。
「――はっ」
(そういう薬を作ってみようか!)
 硫黄を利用して、地獄を見る薬を。
「………でもやっぱり、イタコがよかったなぁ」
 諦めきれない俺は呟く。
 たくさんの地獄を抜けると、やがて俺は湖に出た。
「おおっ」
 白い砂が広がる砂浜。そして湖の色は、何故か碧だ。
(一転して極楽、か)
 パンフで確認してみると、湖は宇曽利湖、この砂浜は極楽浜と言うらしい。
(なかなかネーミングセンスがあるじゃないか)
 俺は意味もなく笑った。
 少し離れた所に立っている老人が、湖に向かって何かを叫んでいる。しばらく聞いていると、それは人の名前だということがわかった。どうやら死んだ人の名前を呼んでいるようだ。
(呼べばやってくるというのか?)
 そういう薬もいいなぁ。
 いつものことを思ってから、俺も口を開く。
「うおおおぉぉぉ、イタコよぉぉぉおお」
「うるさいなあ」
「!」
 すぐ近くでした声に、思わず俺は足元を見た。
 子供だ。
 恐山には到底不似合いな、ピエロの人形を持った子供が立っている。それもいつの間にか。
「……うるさいだと?」
 あまりに突然のことだったので言葉を失っていたが、こんな子供に言われる筋はないと思い言い返した。
「そんなにイタコに逢いたいの?」
 子供は俺の言葉など聞こえないように、俺を見上げる。
「そりゃあ逢いたいさ! 俺はイタコに逢いにきたんだから」
「そう――」
 すると子供は、湖の方に視線を移した。
「じゃあ出してあげるよ」
「え?」
「ボクのほしいものはここにはなかった。だから代わりに」
 手を伸ばした。
  ――ぽんっ
 という擬音が、ぴったりだったかもしれない。
「きゃあっ」
 視界に突然女の子が現れたのだ。
「?!!」
 俺はうまく反応できなかった。
「いったぁ〜い。何なのよ急に」
 空中から砂に落下し、着物姿の彼女は尻をさすっている。
「じゃあね」
 子供はそのまま俺に背を向けて行こうとした。
「ちょっと待ちなさいよドール!」
 声をかけたのは俺ではなく彼女の方だ。
 しかしその子供(ドール?)は待たなかった。不思議なことに、彼女は追う気配がない。
「だ、大丈夫か?」
 状況がよくわからないのだが、俺は彼女に手を伸ばして助け起こそうとした。
「ええ、平気よ」
 彼女は答え、俺の手を取ろうとする。が、うまくいかないようだ。俺が自分からその手を握った。
「ごめんなさい――ありがとう」
 どうやら視力が弱いらしい。
 ぐいと手をひいて、彼女を立たせる。俺よりも頭2つ分くらい背が低かった。
(望むなら)
 身長を伸ばす薬でも飲ませようか。
 ついそんなことを考えてしまう。
「あなた、ドールと知り合いなの?」
 訊かれた俺は、首を振った。
「いや。今初めて逢ったけど……あの子供、ドールっていうのか? 凄い名前だな」
(手に持っていたピエロと、何か関係があるのだろうか)
 とどうでもいいことを考える。
「へぇ、知り合いでもないのに叶えてもらったんだ。”ドールが変わった”ってホントだったのかな」
「――叶えてもらった?」
 気になる言葉を訊き返すと、彼女はにこりと笑った。
「あなたがわたしを必要としたんでしょ?」
「!」
(ということはつまり)
 もしかして、本当に――?
「あんた……イタコなのか?」
「そうよ。新米だけどね」
 驚いた。イタコとは、年寄りしかいないと思っていたのに。



 一度助け起こしておきながら、結局はまた砂の上に戻っていた。今度は2人で。
「――そんな薬、本当に作れるの?」
 俺が「誰でもイタコになれちゃうぞ薬(仮)」を作りたいがためにここまで来たのだと説明すると、彼女は「信じられない」といった声をあげた。
「俺に不可能はない! 見れば必ずできるはずなんだ。だから――」
 俺は彼女の手を取って訴える。
「俺に口寄せを見せてくれ!!」
 彼女の灰色の目はこちらを向いていた。だが本当に俺を映しているのかどうかはわからない。
 間。
 やがて彼女はゆっくりと口を開いた。
「いいわ。でも、見せかけだけのイタコを作るなんてダメよ。そんな薬は認めないわ」
「え?」
「ちゃんと背景を知って。本当の意味でイタコに近いものになれる薬を作って!」
 訴えるような声。何が彼女にその言葉を言わせたのだろう。
「わ、わかった。約束しよう!」
 よくわからないが、彼女がやる気になっているのは確かなので、そう言っておくことにした。
 それから始まったのは、イタコが現れた背景についての講釈だった。
「わたしの出身地でもある津軽地方――青森県の西の方よ――ではね、昔々から視覚障害者が結構多かったの。それは津軽地方の家の構造と、薪火に問題があったみたいで」
「え?」
 話が予想外のところから始まったので驚いた。
「別に遺伝とかではないんだ?」
「ええ、環境よ。冬の間ね、物凄い量の雪が降るの。だから否応なしに室内に閉ざされてしまう。そこで暖を取るために使うのが『さるけ』って呼ばれる燃料で、それは亜炭からできているの」
「亜炭か……」
 亜炭とは、炭化度の低い低質な石炭のことである。普通炭といえば黒いものを思い描くかもしれないが、それは純度の高い炭だけであり、亜炭は褐色、もしくは黒褐色をしている。
 俺たちは普段目にするのはほとんど”炭”だけだ。それは亜炭が身体的に悪い影響を及ぼすことがわかっているからに他ならない。
 彼女は話を続ける。
「それを薪として利用して、煙が充満した中で一冬を越すのよ。その結果、津軽の風土病であったトラホームが悪化し、知覚障害者が増えるばかりか、その障害の度をも強めていったの」
 それは初めて知る事実だった。
(トラホーム……確か伝染性結膜炎、だったな)
 確かに悪化すると失明すると言われている。
「昭和初期くらいまではそんな生活をしていたみたいなんだけど、ほら、当時は学問なんて贅沢なものだったでしょ? まして障害者なんか差別の対象でしかなかった。だから生きていくためには――」
「イタコになるしかなかった、か」
「これは津軽だけの話じゃないの。どこのイタコでも一緒よ。明治の頃には『神仏分離令』とかいって、イタコまで禁止されたことがあるんだって。でもそんな時代でも、イタコは減らなかった。民衆に向かって語り続けた。それは人々が望んだからだけじゃないわ。生きていくためだったのよ」
「…………」
 そんな厳しい事情があったとは、知らなかった。俺はただ単に、簡単に口寄せができたらいいのにと思っただけだったが、どうやら甘かったようだ。
「――わかったよ。『誰でもイタコになれちゃうぞ薬(仮)』ではなく、『苦労人だけイタコになれちゃうぞ薬(仮)』にしよう」
「ええ、ぜひそうして下さい!!」
 今度は彼女も心から認めてくれたようだ。
「じゃあ口寄せ、お願いできるか?」
 サッと、(いつの間にか)用意しておいたビデオカメラを構える。
「任せて下さい!」
 どんっと胸を叩いた彼女は、それから「あ、でも」と呟く。
「どうした?」
「驚かないで下さいね……?」
「え……」
 どういう意味かと俺が問うより前に、彼女は胸元から数珠を取り出した。ジャラジャラと擦り合わせながら、何かの経文を唱え始める。
 しばらくそれを行なっていると。
「アー、アッ、アー、呼びたいのは誰じゃ」
「え? あ、えと……」
 とりあえず俺は去年亡くなった祖父を呼んでもらうことにして、名前と死亡年月日を伝えた。
「アー、ヤアー、アッ、アー、いがなる行者も、降りどるみゃあ〜」
「…………」
 彼女は無心に数珠を擦り合わせている。
「アー、こりゃああれじゃないの。あの、あんたにいうけども、あんたの知人ですか。こりゃあ急に亡ぐなられだ人でねえのよ」
 確かに、急死したわけではない。
「そうだが」
 するとまた、ジャラジャラ。
「戻る○月○日。戻るど山さァ〜、ハァー」
 ジャラジャラ。
 そこから始まった言葉は、正直俺には何を言っているのかサッパリわからなかった。――そう、なまりと方言が混じっているのだ。
「これは、あだるあぐやまいになり、ひとうぢうれば、ばんあだれ、ふたうぢどなれば、ははのわたれ、みうぢどなってみれば、ごぐらぐより。いぢまいいだごどごんのごり……」
「待て待て待て」
 俺が静止の声をかけると、しばらくジャラジャラとやっていた彼女は、やっともとの顔つきに戻って答えた。
「――で、何?」
「何じゃない! 何言ってんだかさっぱりわからないんだが、あんた普段は標準語だろ?! なんだって降ろす時だけ”そう”なんだ」
「え〜」
「え〜じゃない!」
「だって師匠の真似だもん。というか、標準語の口寄せなんて迫力ないから嫌ー」
 俺は脱力してしまった。
「あのなぁ……」
「しょうがないじゃない。新米なんだから」
 彼女は極めて明るく笑った。
「――で、つまりなんて言ってたんだ?」
「何が?」
「――っ」
 嫌がらせに視力回復の薬でも作ってやろうかと思ったが、万が一喜ぶかもしれないので堪えた。
「今の内容だよ!」
「そんなの知らないわよ」
「え?」
「いちいち憶えてなーい」
「たった今じゃないか!」
「何度も言ってるでしょう? 新米だから仕方ないの! そこまで頭が回らないのよ」
「く……っ」
 当人に開き直りのように言われると、腹は立つを通り越して萎える。
 そんな俺を見て(見えているのかは謎だが)申し訳なく思ったのか。
「――でもわたし、イタコの定石知ってるよ」
 そう呟いた。
「定石?」
 まるで将棋や囲碁のようだ。
「うん。イタコが口寄せをした時って、言うことが大体決まってるのよ」
「ほう?」
 それは意外な言葉だった。
(いいこと聞いたな)
 つまり薬の効果に、その定石を組み込めばいいのである。
「どんなのだ?」
 自然を装って訊くと、彼女は居住まいをただして話し始めた。
「その1。”恐山の慈覚大師のもとに呼んでくれたのは、この上ない喜びだ”っていう類いの感謝の挨拶」
「ほう」
 俺は手帖を取り出してメモをし始める。
「その2。”呼んでもらえたから1週間の供養になる”っていう類いの供養の功徳」
「ずいぶん短いな」
(わざわざ恐山まで来て一週間か)
「その3。”自分たちは人間と直接対話ができないから、巫女の口を借りて話すよ”って感じの、媒介者としての巫女の存在を認めたもの」
「断りをいれているわけか」
「その4。”もっと生きていたかったけど、運命だから諦めるしかなかった”っていう、運命観による生命の限界性」
「なかなか難しい言葉を知ってるな」
「その5。”家族は助け合って生活しなさい”という類いの親族への和合」
「ふむ」
「その6。”親族関係の喜びがいつ頃あり、災難が何月頃ある”って感じの親族への占い判断の提示」
「確かによく聞くな」
「その7。”大勢の中じゃ話せないこともあるから、他の機会に呼んでくれ”っていう親族への思いやり――なのかな」
「確かに微妙だな」
「その8。”手向けた水をもらって、七日七夜の世界へ帰る”っていう他界への旅立ちの別れの挨拶」
「まだ行ってなかったのか」
「最後の9〜。これはね、最近流行ってるの。”交通事故に注意するように”って」
「――口上にも流行りがあるのか」
「みたいね。どう? できそう?」
 彼女は無邪気に問い掛けてくる。しかしそう簡単な道のりでないことは確かだった。
(――しかぁし!!)
 俺にできないことなど、あるはずがない。
「大丈夫だ! 必ず作ってみせる!!」
「わー、頑張って〜」
 彼女が拍手をしてくれた。その姿を見て。
(そういえば)
 彼女の名前を訊いていなかったな。
 俺は今さらながらに思ったのだった。

■終【恐山で逢いましょう】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|PC名  |性別|年齢|職業
2116|羽澄・静夢|男性|20|薬学科の大学生



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
 なんだか全体を通してわけのわからないコメディになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか……。いえ、書いている私はかなり楽しかったんですけども(笑)。
 口寄せのくだりはあれでいてかなり忠実です。実際標準語の方が口寄せを聞いて果たして理解できるのかどうか、私はいつも疑問に思っています。静夢さんならなまり(方言?)も正常に聞こえる薬とか作れそうですけどね(笑)。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝