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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


籠の鳥
0・序章
雨が激しく降り出した午後、1人の女性が現れた。
草間はちょうどタバコに火をつけたところで、彼女と目が合った。
濡れそぼった体と死人かと思わせるほどの肌の白さが彼女の存在を打ち消していた。
「れ、零!タオル、タオルー!」
あわてて零がワタワタとバスタオルを持ってきて彼女の濡れた体を甲斐甲斐しく拭きだし、着替えをさせるべく別室へと連れ去った。
・ ・・少しして、着替えた彼女はほんのりと赤く染まった頬をして草間の前に現れた。
先ほどの死人のような彼女とはうって変わって生気が戻っていた。
草間はタバコに再度火をつけた。とりあえず見たところ彼女は人間のようでホッとした。
「さて。お嬢さん。うちをお訪ねになったということは、なにかお困りごとが?」
草間は彼女を座らせた後、そう切り出した。
「・・・実は、私、自分が誰だか分からないのです。」
蚊の鳴くような声で、彼女はそう言った。
お茶を運んできた零も怪訝な顔で彼女の話を聞くべく耳を澄ました。
「コダマ・・・という名前のようなんです。私。」
「・・・それは、なぜ分かったんです?」
「手紙・・・。」
零があわてて先ほど彼女が着ていた服を持ってきた。
確かにその中には一通の手紙が入っていた。
『コダマ ここから出して』
ミミズがのた打ち回るような字体だったが判別可能部分は確かにそう読めた。が、他の部分は雨によって全く読めない状態になっていた。
草間は犯罪の匂いを感じた。
彼女・コダマが犯罪者なのか?この手紙を書いたのは誰なのか?
「さて、どうしたもんかな・・・。」

1・マジシャン登場
草間が溜息をついた時、扉が開いた。
「ここは、草間興信所ですね?」
雨の中を歩いて来たにしては濡れているのは足跡のみ。
品のいいスーツにはまったく水に濡れた跡が無い。
白い肌が黒髪によりさらに白さを際立たせて、男の儚げな美しさに拍車をかけていた。
男はぺこりと頭を下げた。
「僕は森村俊介(もりむらしゅんすけ)といいます。初めまして。」
つかつかと草間に歩み寄り、男はニコニコとそう名乗った。
「森村さん・・・ね。で、今取り込み中なんだけどさ。」
草間はどかっとソファの背もたれに倒れこみタバコを取り出そうとした。
が、あいにくさっきの一本が最後だったらしい。
「もうありませんよ。タバコ。」
零がニコニコと草間に言った。
草間はタバコの空き箱を投げ捨てた。
「・・ちょっと失礼。」
森村が、何を思ったか捨てられた空き箱を拾い上げた。
「ゴミだぞ?」
草間が首をかしげた。
わかっていますという代わりに森村はにこりと笑い、「1・2・3」と軽く唱えパチンと指を鳴らした。
眉根にしわを寄せた草間に森村は先ほど拾い上げたタバコの空き箱を手渡した。
「・・・入ってる。」
「僕はマジシャンです。復元マジックは初めてご覧になりましたか?」
草間は直感的に何かを感じたが、言わずにおいた。
が、この男ならコダマについて何か分かるのではないかと勘が教えた。
「森村・・・さんだっけ?復元マジックとやらでこの手紙を復元してもらえないか?このお嬢さん・・・コダマさんというのだけど彼女のことを知る手がかりがその中にあるらしい。」
草間はそう提案した。
森村は少し考えた後、「もちろん。喜んでお引き受けします。」と言った。
「あぁ、それから、悪いんだが俺はこれからちょっと人と会う約束をしててね。この部屋を提供する。何か用事があれば零に頼んでくれ。」
「わかりました。コダマさんのことは僕がお引き受けします。」
「悪いね、お客人。」そして、草間は興信所を後にした。
「あ、いけないです。やりかけのお仕事がありました!」
零が立ち上がり、奥の間に消えた。
2人がいなくなった後、森村はコダマに向き直った。
「ではご覧に入れましょう。この手紙を元通りにして見せます。」
森村は懐からハンカチを取り出した。
そして手紙をそっと机の上に置き、手紙の形をなぞった。
ハンカチを手紙の上にかけ「1・2・3!」と高らかに言い放った。
森村の金色の目が一瞬きらりと光った。
コダマは目を見張った。悠然と森村はハンカチを取った。
手紙は濡れた跡などどこにも無い、まだ書きたてのような白さをコダマに披露した。
コダマは簡単より早く手紙を掴んだ。
「・・・・・・。」
コダマが手紙を落とした。
森村は「失礼」と言うと手紙を拾い上げて読んだ。
が、それは読むというレベルのものではなかった。
全く分からない言葉。森村の知識を持ってしても読み明かせない言葉で手紙は始まっていた。
その分からない言葉の次はスワヒリ語、ロシア語、中国語等さまざまな言語が連なっていく。
示すはただ一言。
『コダマ ここから出して』と。


2・糸口
コダマは迷子の子犬のように森村を見つめた。
それは森村にしかすがる人間がいない心細さの現われだった。
「・・・催眠術を試してみましょうか。記憶が戻るかもしれません。」
森村が、沈黙を破って唐突な提案をした。
「催眠術・・・ですか・・・?」
コダマがおずおずと聞き返した。
「恐れることは無いです。これも僕のマジックの一環ですから。」
森村はパッと先ほど使ったハンカチを自分の手にかぶせると小さく「1・2・3」と唱えた。
ふわっとハンカチを取ると森村の手には小さな額縁が握られていた。
「これはですね。心を覗くための額縁です。」
「心を・・・覗く?」
コダマが聞き返した。
「えぇ。もちろん他人のではなく覗いた本人の心です。だから・・・。」
言葉を区切ると森村は真剣な顔をしてコダマに向き合った。
「貴方自身が貴方の心を覗くしかないのです。心の中にコダマさんがどうしても忘れたくて忘れてしまった記憶があるのかもしれません。それでも、覗きますか?」
忘れたくて忘れた記憶・・・そんなこと、コダマは微塵にも考えていなかったようだ。
しかし、コダマは意を決し森村に言った。
「覗きます。だって、私の心だもの。」
森村は最上級のほほえみをこぼした。
「誰かが困っていたら、手を貸す事はやぶさかではありません。コダマさんには僕の助けが必要です。僕は喜んで貴方のお手伝いをいたしましょう。」
「さぁ、どうぞ」と額縁をコダマに差し出した。
コダマは額縁を・・・自分の心を覗き込んだ。

3・孵化
「さぁ、じっと見てください。貴方の心の欠片がこの額縁の奥に残っているはずです。」
森村の金の瞳がきらりと光った。
コダマはただ黙ってじっと額縁の奥を覗き込んだ。
身じろぎしないコダマとコダマに誘導を与える森村。
沈黙の中でどれだけの時間がたったのか。
ぴくっとコダマが身じろぎした。
「見つけましたか?」
森村がコダマにそう言うが早いか、コダマが体を抱えて叫びだした。
「ここから出して!私を出して!!!」
メキメキッとどこからか何かを押し上げようとする音が聞こえる。
「早く!早く!!」
森村はコダマに駆け寄りコダマの体を支えようとした。
が、弾けたようにコダマから離れた。
そして、森村は別室にいた零に大声で叫んだ。
「大きな布はありませんか?コダマさんを覆い隠せるほどの大きな布を。早く!」
「は、はい!」
零がワタワタと部屋の奥からシーツを持ってきた。
手早く森村はそれを受け取り、コダマを覆い隠した。
「孵化に失敗しかかっています。このままではコダマさんは死ぬでしょう。」
「ふ、孵化ぁ!?」
零がオウム返しに言った。
「・・・僕が孵化させます。僕のマジックでも最高の部類ですよ。」
ふっと森村は息をつき、零に向かって言った。
「ちゃんと見ていってくださいよ!」
森村の瞳が今までよりもさらに光り輝いた。
シーツに覆われたコダマも痛いほどの光を放ち、事務所は光に包まれた。
零はその光の強さに気を失った・・・。

4・誕生、そして・・・
ヒラヒラと舞い落ちる羽が優しく顔をなでた。
森村はすべてを理解した。
手紙は、目の前の彼女が書いたのだと。
白い羽を背中に今にも飛び立ちそうな彼女・コダマ。
コダマが出たがっていたのはコダマ自身。
籠の鳥ではなく、コダマ自身が籠であり、鳥だったのだ。
「ありがとう。あなたの心の声、全部聞こえていた。あなたは私を本当に心配してくれた。でも、間に合わなかった・・・。」
コダマは少し悲しげに続けた。
「私はもう帰れないの。ほら、孵化してすぐに飛ばなかった羽は消えてしまう。」
そういってくるりと後ろを向いたコダマの背中の羽は小さく消えかかっていた。
「大丈夫ですよ。僕がマジックで・・・。」
森村がそういいかけたがコダマが小さく首を振っていたのを見て言葉を切った。
「いいの。人間にあなたみたいな人がいるのなら、私、ここで生きていきます。」
コダマはそう言って事務所を出て行った。
「きっと、また会えますよね?」

5・後始末
森村は事務所の中を見回した。
白い羽は跡形も無く消えていたが、気絶した零はいまだに起きない。
彼女は孵化の直前の記憶があるはずだ。
起きたら開口一番、事の顛末を訊かれるに違いない。
だけど、コダマはこの街に暮らす住人となった。
彼女自身の口からいつかきっと零や草間に真実を語る日が来るのではないだろうか?
森村はそんな日が来るのが目に見えるようで微笑んだ。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2104 / 森村俊介 / 男 / 23 / マジシャン】
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■         ライター通信          ■
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初めまして。とーいと申します。
私の初めてのお仕事です。あまりに嬉しかったので依頼が来た時点で締め切ってしまいました。他の方との交流をお望みでしたら、なにとぞお許しください。
森村様の設定が大変感動的でしたので作り甲斐がありました。
今回の作品でお気に召していただけたようでしたら、またご依頼ください。
それでは、またお会いできる日を夢見つつ。