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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


家族の肖像 東京怪談ver.
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カチャカチャと広大なダイニングルームに食器の音を響かせて、クロガネ一家は家族団らんの真っ最中である。育ち盛りの息子の支倉、可愛い盛りの娘の花霞。
(大きくなった……)
久しぶりに父子そろって食卓を囲むことが出来たバルコフ・クロガネは、しみじみと父親の感慨に浸っていた。
支倉など、赤ん坊の頃は綿毛のようにふわふわしていて柔らかくて、軽かったのだ。それが今では、その身長と運動能力を生かして、バスケットボールの花形選手。娘に至っては、赤子を通り越した少女の姿でバルコフの前に現れた時は、日本語が喋れなかった。それが今では、小学校に通ってお友達まで出来ている。
(子どもというのはすばらしいものだ…)
箸を持つ手を止めたまま、バルコフは変態じみて見られる危険を冒しつつ、生暖かく子どもたちを見守っている。
「花、醤油とって」
「はーい!お塩は?」
「塩はいらないや」
花霞が元気よく返事をして、自分の手元にあった醤油のビンを兄に向かって滑らせた。磨き上げられて光るマホガニーのテーブルの上を、醤油ビンが滑っていく。視線もくれずにそれをキャッチして、支倉はありがと、と妹に礼を言った。
そして沈黙をいっそ強調するような食器の音は再開される。
クロガネ家の食卓はとにかくデカい。縦に長いテーブルは、向かい合って座る人の手と手を伸ばしても届かないほどだ。
お互いの距離が離れすぎているから、呼びかけは声を張り上げなくてはいけない。結果として、子どもたちは静かにそれぞれの食事に専念している。大変行儀の良い話で結構なことだ。
だが……
(何かが違う)
バルコフは低く唸った。父の百面相を遠巻きに見守る子どもたちの視線もなんのその、その眉間には日本海溝よりも深く皺が寄っている。
彼を悩ませているのは、「家族団欒」の四文字熟語だった。
話は昨夜に遡る。何気なくスイッチを入れたテレビでは、「5つ子ちゃん奮闘記」なるドキュメンタリーが企画されていた。5つ子といえばバルコフの子どもたちの2.5倍である。彼らはわいわいきゃいきゃい騒ぎながら、小さなテーブルを囲んで実に賑やかに食事をしていた。
お兄ちゃんがおかずを取ったと言っては泣き、ご飯を零したと言っては姉にしかられる子どもたち。古きよき日本の食事風景である。……とバルコフは認識した。子どもはこうでなくてはいけない。
それがこの家ではどうだろう。
食器は割れたり食べ散らかされたりすることもない。終わった食器は執事の手によって厨房に下げられ、クロガネ家の食事風景は整然としている。
子どもたちは時に言葉を交わすことはあっても、その度に声を大にしなくてはいけないので、自然会話は少なくなる。
(家庭崩壊の前兆か)
父は悩んでいた。世の中の誰が笑おうが、彼は本気である。
テレビの5つ子ちゃん脅威の11人家族と自らの家族を見比べて、一家団欒のひと時を真剣に憂えていたのであった。食卓のこの静けさ。子どもたちの行儀のよさ。これではいけない。
そもそもこの広いテーブルにぽつぽつと三人が腰をかけて、どうして会話が弾もうか!
「ごちそうさまでした」
「でしたっ」
きちんと挨拶をして、兄妹は席を立った。
「父さん、学校遅刻しちゃうから、先行くよ。花、行こっ」
「うんっ!」
悩みを抱える父を置いて、元気よく二人は去っていく。
入れ替わりに、控えていた執事が子どもたちの食器を取り上げる。
「旦那様もお食事はもうお済みでしょうか」
家族の危機を危惧して完全に動きをストップしていたバルコフは、その一言でようやく我に返った。食事を再開しながら
「このままではいけないな」
決心をこめて、バルコフは呟く。
「さようでございますか」
バルコフの親馬鹿ぶりと、それに関する今までの所業を誰よりも側で見ていた執事は、驚きもせずに返事を返した。何も言わずに主人の好きにさせてやる……それが執事の領分というものである。

そして翌朝……。
「父さん、おはようござ……あれっ?」
花霞と一緒に自室から降りてきた支倉は、ダイニングルームのドアを開けるなり、そこにいつもと違う光景を見てその場に立ち尽くした。
「どうしたの哥々……あれ〜っ?」
ひょっこりと兄の後ろから顔を覗かせた花霞も次いで首を傾げる。
見慣れたダイニングルームは、妙にこざっぱりしていた。長い部屋に、でんと視界を覆って置かれていたテーブルがなくなっているのだ。ワックスで磨き上げられて光ったフローリングの床は広々としている。テーブルがないだけでこんなに広く感じるのかと、しばし感動する支倉である。
「哥々!しみじみしてる場合じゃないよ……!」
「はっ!そ、そうだった」
妹に袖を引かれて、支倉は我に返った。我が家に一体何が起こったのか。まずはそれを見定めなくてはならない。たとえそれがどんなに恐ろしい事実でも……この時点でかなり嫌な予感を胸に抱えていた支倉は、0.01パーセントの可能性に望みをかけて、恐る恐る部屋の中を確かめた。
「ぎぇっ……!」
「どうしたの、哥々……あぁっ!」
見なければ良かったと思った時には遅かった。兄の反応についつい部屋の中を覗き込んだ花霞とともに、奇怪なうめき声を上げて支倉は目を瞑る。
「何か……今見たくないものを見たよ、僕」
「花霞も」
声が震えている。目を開ける。顔を見合わせる。恐る恐る今見たものを確認する。
「……夢だったらよかったのに」
「夢じゃなかった……」
クロガネ家の純洋風建築の、ヨーロッパの雰囲気を漂わせるダイニングルーム。テーブルが片付けられて広々としたその部屋の片隅に、畳が並べられている。6畳分ぐらいの畳の上には丸い卓袱台がてんと据えられ、その脇にあるのはゾウじるしの炊飯ジャー。そこから黒く伸びたコードは畳の上をうねってフローリングの床を這い、コンセントの延長コードに接続されている。そこにヨーロッパ建築の重厚さなどあり得るはずがない。
兄妹たちにとってはさらに気の毒なことに、その「プチ和風空間」には先住民がいた。大きな身体を窮屈そうに縮め、ちゃぶ台の前で膝を揃えて正座をする壮年の紳士……。
「うわ……やっぱり父さんだ……こっち見てる」
「花霞たちのことを待ってるよ……」
思わず小声にもなる。父の脳内に一体何があったのか。想像は、つくようなむしろ考えたくないような。何はともあれ、重い足を引きずって、二人は食卓に……畳の上に据えられたちゃぶ台につくのだった。
父のことを気遣った(もしくは触らぬ神に祟りなしで穏便に済ませようとした)支倉と花霞は、「いただきます」と情けない声で呟いて箸を取った。フォークにナイフではなくて箸である。目の前にあるのは焼き魚にほっかり炊けた白ご飯である。和洋どちらも食べる二人だったが、今日に限っては突然洋食が恋しくなった。こぶ茶のかわりにミルクが飲みたかった。
「どうだ?」
消沈しながらも、父を傷つけまいと必死で箸を運ぶ子どもたちに向かって、嬉しそうに父が聞いた。
「は……?」
「家族というのは、こうでなくてはいけない。私はずっと…気づかなかった」
「そんな……」
しみじみ言われても。むしろ以前のほうがよっぽど不自然じゃなくて良かったんじゃないかと、思っても口答えできる雰囲気ではない。幸せそうにしている父を思うと、強くも言えない兄妹だった。
そんな子どもたちの様子には気づかず、バルコフは一人うんうんと頷いた。
「家族の絆というのは、食卓から生まれる。膝と膝を突き合わせるこの距離こそが、本来あるべき家族の姿なのだ」
「でも……」
相対性理論というヤツがあるのではないか。物事は絶対的と相対的な見方がある。相対的とは、他との比較の上で成り立っているものを言う。学校で習った知識を今年初めて思い浮かべて、支倉は父を眺めた。
確かに大家族が暮らす小さなアパートで卓袱台は愛用だろう。場所もとらない。夜になれば卓袱台をどかして、同じ場所で布団を敷いて寝たりも出来る。国土の小さい日本に住む者たちの、生活の知恵ってやつだ。
だがしかし、この広大な土地の広々とした屋敷の、宴会場なみに広い食卓で、スペース確保を唱える必要があるだろうか。無論ない。気分は舞台の上で家族ごっこをするドリ○ターズのカトケンだ。タライが落っこちてこないのが不思議なくらいだ。
両手を広げてバルコフは言った。
「さぁ、家族の会話をしよう」
タライが落ちてこないのが不思議なくらいの気まずさだった。
「は、はぁ」
朝一番にペースを崩されて、家族の会話をしようと言われても出来たものではない。途方に暮れて、花霞は凍り付いている兄に囁く。
(哥々!どうしたらいいの!?)
(ぼ、僕もわかんないよ)
結局、いつもどおりに振舞うことにした。
「花、……醤油、取って」
「はい」


「父さんの気持ちも分かるんだけどさ」
カチャカチャと食器を鳴らしながら、正座をして焼き魚を突っついた支倉はため息を漏らした。高い天井、白い壁。木の枠で格子型に区切られた窓。そして、磨き上げられたフローリング。そして床に置かれた畳(色褪せている)とチャブ台(雰囲気を出すべく落書きがされている)。……どう見ても洋風のその館に、どう考えても不自然に敷き詰められた畳の上で、今日も兄妹は朝食を食べている。雰囲気を出すために、クロガネ家では朝・昼・晩の食事のレシピも改編されていた。毎朝毎晩、焼き魚に白飯、漬物に味噌汁である。純和風である。和の文化にはむしろ敬意を払っている兄妹だったが、これでは侘しくもなろうというものだ。
週末……仕事の都合で、バルコフは居ない。元々一家団欒のために設置された日本間セットだったが、父が欠けた時点で一家団欒もなにもあったものではない。
「哥々、花霞たち、いつまでここでごはんたべるの?」
花霞はすでに涙声だ。支倉だってたまにちょっと泣きたい気分になる。
いくら雰囲気を出すためとはいえ、ものには限度ってものがあるのだ。来週には、裸電球を取り付けようと息巻いていた父を思い出せば、そりゃあちょっとは親孝行の心もしぼむというものである。
「……哥々」
「うん。……そうだな」
二人は視線を交わした。こんな時ばかりは、目と目で通じ合う兄妹だ。
父は出張で来週まで帰ってこない。行動を起こすなら今だった。
大急ぎで食器を片付け(父の家族計画の中では、子どもたちは自分で食器を引くのである)、支倉と花霞は早速作業に取り掛かった。
「はい、花霞は炊飯器片付けて」
てきぱきと、ふたりはちゃぶ台を片付け、和室セット(炊飯器だのせんべい座布団だの)を片付け、畳を部屋から追い出した。
執事に頼んで再びテーブルを部屋に運び込んでもらう。食器を引いたり、バルコフや子どもたちに食事を供する役目を取り上げられて、少し拗ねていた執事は、むしろ好意的に彼らの模様替えに協力してくれた。
2時間後……ダイニングルームからは和風の香りは追い出され、懐かしいダイニングテーブルも戻ってきた。今まで何も考えずに使っていたテーブルだったが、今となっては「よくぞ戻ってきてくれた」ってなもんである。ただのテーブルが、こんなに有難いものだとは、こんなことでもなければ気づかなかったに違いない。
「これでようやく、元の生活に戻れるな」
出張中の父を思えば少しくらいは胸が痛むが、仕方ない。このままでは今までの家族の絆だって崩壊の危機だったのだ。何しろ狭い卓袱台にも畳にも慣れていない子どもたち(と父)にとって、和室生活はそれなりのストレスだったのである。
やはり食事は、「醤油とって」といったらスルーッとテーブルの上を滑ってくるくらいの距離がいい。誰かが何かを取ろうと手を伸ばしたら、味噌汁を零したとか、食事の邪魔だとか、そんなことを考えないで済むのだから。
「父さんには悪いけど……でも僕たちは、僕たちなりの家族の絆があるもんな」
「ね。パパしゃんも、説明したらわかってくれるよ、きっと」
父への愛と信頼をこめて、ダイニングテーブルで二人、ほっと胸を撫で下ろしたのだったが…。

日曜日の真夜中、最終便の飛行機で空港に辿り着き、タクシーで出張から帰ってきたバルコフは、変わり果てた(というか元に戻った)ダイニングを前に立ち尽くした。
折角の家族団欒が、こともあろうに子どもたちの手によって取り去られてしまうとは。
(反抗期にはまだ早いぞ、支倉。花霞……!)
和やかな家族の肖像の、何が気に食わなかったのか。あえていうなら畳とちゃぶ台がまずかったのだが、バルコフはそれには気づかない。
「……まあ、……いい」
無表情にバルコフの後ろに控えていた執事は、主人がそんな言葉を呟くのを聞いた。
「もう、冬が近い。そろそろ寒くなってくるころだしな」
とても物分りのいい顔で、バルコフはふっとダンディなため息を吐く。
どちらかといえばストレートに感情を表に出す主人の気質をわかっている執事は、悪い予感を覚えて一人、立ちすくむのだった。

「父さん、昨日帰ってきたの遅かったんだな」
「おかえりなさい言えなかったもんね」
翌日……何もしらない兄妹は、今日も制服に着替えてダイニングルームへと向かっていた。父は撤去された畳とちゃぶ台を見ただろうか。昨日のうちに「こんなことをしなくても、僕たちの家族の絆は強いだろ」と父を説得するつもりだったのだが、父の到着が遅れたために、二人は眠ってしまったのだ。ならば今日、懐かしのテーブル(ちゃぶ台じゃない)を囲みながら父に自分たちの気持ちを伝えよう。そう思って、支倉は元気よくダイニングへと続くドアを開けた。
「父さん、おはよ……」
「おはよう、支倉。今日は冷えるな」
「………(ぱたん)」
支倉が返事もせずに扉を閉めた。反抗期ではない。
思わず閉めてしまったのだ。支倉を見上げて、花霞が不思議そうな顔をする。
「哥々?なんでドア閉めるの?」
「うん……僕はね、今見てはいけないものを見てしまったんだ」
怪訝に思った花霞もそっとドアを開け、隙間から中を覗いた。そしてそこに、あらかた予想していた畳とチャブ台以上のものをみて思わず呻いた。
「……はぅ!」
「な?言っただろう?」
瞬間冷凍された妹を引き戻して、支倉はそっと首を振った。
ダイニングからは、再びダイニングテーブルが撤去されていた。父は何故あのテーブルがそこまで気に入らないのか。むしろ腹を割って夜通し話し合いたいものである。
ちゃぶ台でもなく、ダイニングテーブルでもなく……兄妹が見たのはこたつだった。
日本人の冬の友、炬燵。
花柄の布団の上にどでんと乗っかった木のテーブル。掘りごたつではないので、兄妹は再び正座を強いられる。
それにしても、洋間に炬燵。
悪いことはない。悪いことはないのだ。
だが、いかんせん置かれている部屋が洋風すぎた。
「あれじゃあ、まるで博物館に置かれてる展示品みたいだよ……」
人が立ち入らないように囲いとかされちゃって、その脇には説明書き。「日本の暖房の歴史を語るのに欠かせない歴史的発明品。古くは室町時代に始まり…」とかなんとか。
「どうしよう、哥々。またパパしゃんがいないうちに、片付けちゃう?」
「……いや。チャンスを窺って、父さんにきちんと話そう」
遠い目をして、支倉は肩を落とす。
「父さんに何も言わずに炬燵を取り外したら、次は」
「……」
人間とは経験から学ぶ生き物である。食卓に、戻ってくるのはダイニングテーブルではありえないことを、兄妹は正確に理解した。
「畳の上で布団を敷いて、親子で川の字も追加されるから」
自分の部屋に鍵をかけられ、寝室はどこかの客間を完全改装して床だけ和室にした部屋で、父と兄妹の三人で、花霞を真ん中に寝ている姿をまざまざと想像してしまって、花霞もそっとため息をついた。
クロガネ家にダイニングテーブルと、サニーサイドアップの卵とベーコンとミルクの朝食が戻る日はまだ遠い。
しばらくは、こたつと炒り卵と○大ハム(魚肉ソーセージも可)と、「牛乳」の生活が続きそうだった。


-家族の肖像 東京怪談ver.-