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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

「あんた今幸せ?」
不意にかけられた問いの何気なさが、久我義雅の足を止めた。
 彼の眼前、人の流れを意に介さずに立つ一人の青年が発した声は、その眼差しで以て紛う方なく義雅に向けられたものだと判じさせる。
 今まさに、乗りこまんと開けた外車のドアを片手で支えたまま、義雅は問うた。
「……君は?」
戸惑いとも取れる沈黙は、眼前に立つ青年の形を注視する為に要した時間である。
 輪郭の外側を背景から切り取るロングコートの黒革だけでも充分だというのに、インに着込んだシャツにレザーパンツ、革靴に到るまで黒尽くめ。
 日にあたっていなさそうな肌色から銀の装飾品を覗かせる…紛う方なき東洋人、その黒髪にまさしく頭の上から足の先まで見事に黒く、その上ご丁寧に顔の上に円いサングラスまで乗っていればアヤシサは倍増である。
「あ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
軽く肩を竦めてみせる仕草に、不思議と人懐っこさが見えた。
「目を引く? 私はそんなにおかしな格好をしているかな?」
義雅の姿はごく普通の…と言っても、そのオーダーメードの品は軽く価格が6桁は行くのだが、グレイのスーツを身に着け、色の薄い髪を撫で付けた姿は何処かの企業の管理職、と言った風情か。
 実際は、古の技を連綿と伝える陰陽師の一族、その当代の長を務める身だが、その外見から導き出せる解ではない。
「どちらかと言うと目を引くのは君の方だと思うが」
義雅は柔和な物腰を崩さぬまま、もう一度青年をしげしげと眺めた。
「んー、まぁおっとこ前だかんな」
嘯いて笑いつつも、自分の風体のアヤシサに自覚はあるのか、青年は表情を隠して…最も、その楽しげな空気まで覆えずにいるサングラスをひょいと引き抜いた。
 僅かな細さに鋭く…まるで不吉に赤い月のような色の瞳が現れる。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
それは、東洋人にあるまじき色ではあったが、無彩色の中の意外な鮮やかさに、義雅は少なからぬ感歎を覚え「ほぅ」と短い感心の声を発した。
「義雅様、おさがり下さい」
だが、続けようとした言葉は、間に割ってはいる形で立った青年の背に阻まれた。
 本日は護衛と運転手を兼ねる、赤毛の青年は振り返りもせずに胸の前で構える…その掌の内側、人目にそうと見えぬよう、既に刃を手にしているのだろう。
「この者……」
「人間じゃない、分かっているよ……甲斐、いいから」
言葉尻を奪った雇用主がそう肩に手を置いて制するのに、人でないと評された青年は実に楽しげに肩を揺らした。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?興味あンだよ。そういう人の、」
手にしたサングラス、その耳当ての部分を犬歯で緩く噛んで、笑む。
「生きてる理由みたいなのがさ」


 ピュン・フーと名乗った青年は、義雅の渡した名刺をしげしげと眺めた。
「陰陽師……ッて、記載しといてなんか得するワケ?」
氏名の右上、本来ならば社会的な肩書きが記される位置に記載された一行に対しての素朴な疑問である。
 義雅は物珍しげに覗き込んだシュガーポットから、星形の砂糖をシュガートングで抓みながら答えた。
「友人用に作ってみた物でね。ほんの茶目っ気だよ」
その茶目っ気は文末の『お気軽にご相談下さい』の一言にも込められているようだ。
 手近、というにもおこがましいほどに、眼前にあった喫茶店に入ったはいいが、ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ。
 けれど双方ともに気にした様子はなく、どちらかと言えば装飾に相応しい年頃の少女や女性達の方が、異質としかいいようのない年齢差のある二人連れの男に怪訝そうである。
 ひそひそと空気を揺らして交わされる囁きをこれまた意に介した風もなく、義雅はピュン・フーに手渡した白い紙片…後ろに陰陽マークが入っている、名刺を示して見せた。
「先ほど出来たばかりなんだ」
壮年の男の思わぬ稚気に、ピュン・フーは親指と人差し指の間、角を支点に支えた名刺をふ、と吹いて回しながら肩を竦める。
「んじゃ、俺ってば記念すべきトモダチ第一号?」
「そういう事になるかな」
ピュン・フーの台詞を承けて笑い、義雅は懐中に手をやった。
「最近こういう物を購入してね。その番号を知らせるのに配ろうかと思っていたんだよ」
取りいだしたるは、カメラ付き携帯電話……最新型である。
「あ、いーな義雅かっけーじゃん」
遥かに年長である義雅に対して、躊躇なくファーストネームで呼びかけたピュン・フーは、テーブル越しに身を乗り出した。
 義雅は、なんとなく不安な手つきの左手で携帯を操作し、液晶画面を覗きながらピュン・フーの肩を抱いて少し強引にフレームに入ると決定ボタンを押した。
『ゲコッ』と、初期設定ではなさそうなアラームをシャッター音に代え、色気のないツーショットが録画される。
「なるほど、こうすれば撮れるのか……」
感慨深げな呟きから察するに義雅、どうやら初めてカメラ機能が扱えたらしい。
 ディスプレイ越しにメニューを眺めては『ゲコッ』、天井から下がるカラフルな星のモービルに向けては『ゲコッ』、お冷やに浮いてる星形の氷が鳴れば『ゲコッ』…操作を忘れないうちにという意気は分かるが、果ては注文を取りに来たウェイトレスにまでレンズを向ける始末。
 新しいおもちゃを手に入れた子供の風情な義雅に、ピュン・フーが善意から来る釘を刺した。
「義雅、断り無く撮ったら制服フェチのおっさんの烙印押されっからな」
「……そうか、業務中だね」
はたと動きを止めた素直さに諦めるかと思いきや、
「一枚よろしいですか?」
にっこりと、義雅はウェイトレスに笑みかけた。
 断り無く、の部分に重きを置いた義雅に、ずるりとピュン・フーが椅子からずり落ちそうになる。
「おや、大丈夫かな?」
言いながら、『ゲコッ』とまた一枚。
「いいからオーダーしちまおうぜ、義雅なんにすんの?」
少々げんなりと、ピュン・フーはメニューを開き…しばし止まる。
「私はブラック☆スターダストを頂こうかな」
「すっげ、義雅チャレンジャー……」
並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
 尊敬の面持ちで義雅を見、ピュン・フーはしばしの逡巡の後、
「俺、ストロベリー・ミルキーウェイ☆にする」
と、難解な品の中からひとつを選び出した。
「なんっか義雅、一筋縄じゃねぇなあ」
「年を取ればこういうものだろう……君はこういう人間は嫌いかな?」
その間を突くように、注文の品が運ばれてきた。
 義雅の前にブレンドコーヒー。ピュン・フーの前には…イチゴのかき氷。
「いや?アンタみたいな人間は面白いじゃん」
言い、ピュン・フーは屋内に入っても外さないままでいたサングラスのブリッジに指をかけた。
 義雅は、ピュン・フーが何の躊躇なくかき氷にスプーンを突っ込むのを黙して見つめた。
 もう秋も深まり、紅葉の便りも聞こう季節に何故氷。
「……寒くはないのかね?」
防寒というより、ファッションの意味合いの濃い革コートが、この時ばかりはピュン・フーの味方をしているようだが、思わず義雅は問う。
「全然?俺こん位冷やしてた方が調子いー」
義雅も食う?と、氷を乗せたスプーンを差し出される…『ゲコッ』とまた一枚激写した後、丁重に辞退する。
「義雅、んな男の写真ばっか撮ってどーすんの」
「HPにアップしようかと思って」
「マジ!?」
素で驚くピュン・フーに「冗談だよ」と断る…オカルトサイトを管理する女子中学生がそう言っていたのを聞きかじっただけで、ちょっと使ってみたかっただけである。
「んだよ、ビックリさせんなよ……」
果たして、陰陽師のサイトがどんな代物か、脳裏に何がめくるめいたかは知れないが、ピュン・フーは未だ頑固に顔に乗せていたサングラスを外すと瞼を揉んだ。
 五指に余さず嵌めた存在感を主張する銀の指輪、その中の眼窩にルビーを入れた髑髏のそれとふと目が合う。
「な、アンタ今幸せ?」
顔を撫でるように手を下ろした、その瞳の色は宝石のそれより濃く深い。
 その静かなまでの紅に、楽しげな感情を乗せて問いに、義雅はふと笑んでコーヒーにミルクを注ぐ…濃茶の中央に注いだ。乳白色は縁側からふわりと色を変じさせる。
 柔らかな色合いで味を和ませたコーヒーを一口含む。
「私が幸せかどうか判ったかな?」
「何の禅問答だよ!」
気分としてはバッターに投球を素手で受け止められ、更に変化球で投げ返されたボールのような問いにすかさず突っ込みが入る。
 対する義雅は、目を細めて微笑む。
「自分で考えてみるといい」
「んじゃ、ヒント!」
人生命題に対する問いかけの筈が、まるでクイズだ。
 義雅は、きょろきょろと周囲を見回し、辺り憚るようにちょいちょいと小さな動作でピュン・フーを手招く。
 余程の秘密か、と素直に身を乗り出したピュン・フーの後頭部に手を回して更に至近に引き寄せ、その耳元に囁きかけた。
「生きる理由は死なない理由だね」
吐息と共に吹きかけられた囁きを逃すまいとするかのように耳を押さえたピュン・フー…だが、その甚だしい渋面に、身体を離した義雅は変わらぬ笑みを向けた。
「解ったかな?」
「てかヒントでも何でもねーじゃん……」
その通り。
 煙に巻かれて拗ねたのか、ざくざくと氷を突き崩すピュン・フーに義雅はゆったりと椅子に深く腰を掛け直す。
「悩める青少年にもちっと親身になれねーワケ?」
「自分が来た道だからこそ、その成長を見守りたいだけだね」
「何れ自分も行く道なら、物ぐさなオトナになりたくないね」
軽口で返し、ピュン・フーは肩を竦めて軽く眉を上げた。
「あ、義雅。さっきのにーちゃん着いたみてぇ」
ふ、と顔を上げ、入り口の方には目線も向けなかったピュン・フーの言の通り、カウ・ベルの軽やかな音に「いらっしゃいませー」の声と…『ゲコッ』というシャッター音が混じる。
 先の運転手兼護衛の青年が、足を踏み入れた店内のファンシーさの中で浮きまくる雇用主とそれをナンパした青年の醸す得も言われぬ違和感に不覚にもたじろいだ瞬間をデータに納められて義雅は満足げだ。
「さて、迎えも来た事だから、そろそろお暇しよう」
「えー、あっちのにーちゃんにも聞きたかったんだけどな、俺」
不満気なピュン・フーを置いて席を立ち、義雅は机上に伏せられたオーダー票を取り上げた。
「残念だけれど、次の約束があってね。君はゆっくりしておいで」
戸口に控えて待つ、赤毛の青年に向かって歩き出した背に、声がかけられた。
「義雅」
それは雑踏の中でかけられた時と同じ、ただ自分だけに向けられた明確な意志に強く。
「あんたの言う、理由はわかんねーけどさ。生きるのにそれが大事だってぇんなら東京から逃げな?」
振り向けば、笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
一方的に請け負った約束は、まるで不吉な予言のように。
「私の理由を」
義雅はピュン・フーの赤い眼差しを受け止めて、笑みを深めた。
「本当に知りたいと思うなら、また会えるだろう」
軽く肩を竦めて見せたピュン・フーに向けた軽い会釈を挨拶代わりに、義雅は再度背を向けた。